第18話 デイブは訓練で汗を流し、ミレアはピンチで冷や汗を流す ~デイブの訓練デビュー1~
暑い日が続く中、デイブが暑苦しい事を言い出した。
「なあルーク、剣の稽古はお兄さんに見てもらってるんだよな」
「うん、そうだよ。それがどうかした?」
デイブは羨ましそうな表情をした後、思い切った顔でルークに頼んだ。
「俺もソルドさんに稽古つけてもらえないかなぁ」
「兄さんに稽古を?」
デイブの意外な言葉にキョトンとするルーク。
「ああ。一回だけでも良いからさ」
「うん、兄さんに頼んでみるよ」
「本当か? やったぁ、頼むぜ!」
デイブの嬉しそうな顔。もし、ソルドに断られたら……少し不安になるルークだった。
「兄さん、お願いがあるんだけど……」
家に帰ったルークはソルドにデイブが剣の稽古をつけて欲しいと言っている事を話した。
「なんだ、そんな事か。別に良いぞ。じゃあ今度の訓練の時にでも連れて来いよ」
「本当?」
「ああ、別にもったいぶる程の事はやってないしな。いつでも連れて来れば良いさ」
あっさり了承してくれたソルド。一安心したルークだった。
次の日、ソルドが了承した事を伝えると、飛び上がって喜ぶデイブ。
「で、次の稽古はいつなんだ?」
「明後日」
「そっか、ドコに行けば良いんだ?」
「お城」
「……えっ?」
「だからお城だって」
「な、なんでお城?」
「親衛隊の訓練に参加させてもらってるんだ。兄さんが教官の日にはね」
「マジか!?」
「うん」
「親衛隊の訓練に参加かぁ。なんか凄ぇ話になっちまったな」
期待と緊張に震えるデイブ。
「お城に入れるんだ~。良いな~、私も行きたい!」
「おい、ミレア。俺達は遊びに行く訳じゃ無いんだぜ」
軽いノリで言うミレアに渋い顔のデイブ。
「そんな事わかってるわよ。でも、ステラ様に会えるかもしれないじゃない。ねぇルーク、私も一緒に行って良いでしょ?」
「って言われても、ボクが良いって言ったって……ねえ」
「それもそうね。でも、明日なのよね。じゃあとりあえず行くだけ行って、ダメだったら諦めて一人で帰るわよ」
「まあ、多分大丈夫だとは思いますけどね。アルテナの王は民衆を大事にする方ですから」
気楽な事を言うステラ。
「エディはどうする?」
「ボクは遠慮しとくよ。剣の稽古なんて怖いしね。シーナ誘って町にでも出るよ」
「そうか。なんだかんだ言って、シーナと上手くいってるみたいだな」
「へへっ、まあね」
「でも、どうしてそんなに仲良くやってるのに恋人にはなれないのかしら?」
ミレアが素朴な疑問を口にした。だがエディはその理由を言う訳にはいかない。
「まあ、いいじゃない。ボクがそれで満足してるんだから」
「ふーん。まあ、エディが良いなら良いんだけどね」
あっさりと引き下がるミレア。デイブは鼻息を荒くして呟いた。
「へっへっへっ。明日が楽しみだぜ」
翌日、デイブとミレアは待ち合わせ場所へ足取りも軽く向かった。そこには既にルークとソルドの姿が。
「おはようございます!」
デイブは初めて見るルフトの英雄ソルドに緊張しながらも元気に挨拶すると、ソルドから気さくな声が返ってくる。
「ああ、おはよう。君がデイブ君だね?」
「はい!今日はよろしくお願いします」
「おお、気合入ってるな。結構結構。で、彼女のミレアちゃんか」
「はい、すみません。お城に行くって言ったらどうしても一緒に行きたいって」
「ああ、構わんよ。ただし、お城の中を勝手にウロウロしないこと。間違っても『お城を探検だ~』とか言い出さないでくれよな。でないと……」
「でないと?」
ソルドの顔が険しくなる。そして低い声で恐ろしい事を口にした。
「最悪斬られる。んで、俺とルークは打ち首」
「えええええっ!?」
思いっきり焦るミレアとデイブにソルドは脅す様な口ぶりで続ける。
「そりゃ、王城だぜ。王様が居るんだからな。怪しい動きすりゃ斬られても文句は言えない」
「お、脅かさないで下さいよ」
「変にウロウロしなきゃ大丈夫だよ。さあ、行こうか」
少し怯える二人を尻目にソルドは歩き出した。
王城に着くと、ソルドに気付いた門番が挨拶してきた。
「ソルド殿、おはようございます。ルーク殿も」
「おはようございます」
「そちらのお二人は?」
デイブとミレアを見て門番が質問する。
「ああ、ルークの友達だ。今日の訓練に参加させようと思って連れてきたんだが、構わないよな」
「ソルド殿が連れて来られたのですから問題は無いかと。君、名前は?」
「デイブです! 自分も将来親衛隊に入りたいと思ってます!」
「そうか。頑張れよ、君」
「はいっ!」
「私はミレアって言います。あ、私は付き添いですので」
もちろんミレアは訓練に参加する訳が無い。
城の中庭には親衛隊や衛兵達が集まっていた。ソルドの姿を見ると一斉に駆け寄り、挨拶に来る。
「ソルドさん、凄ぇな」
「本当ね。格好良い」
デイブとミレアが関心していると、一人の大男が近寄ってきた。
「よぉ、ソルド」
「あれ?ドルフじゃねぇか。ゼクス様の警護は良いのか?」
「いや、今日はルーク殿の友達が来るって言うからよ」
後方を指差すドルフ。興奮したデイブが声を上げる。
「うわっ ゼクス王?」
「ゼクス様もモノ好きだな」
苦笑いのソルド。
「隣に居るの、ステラ様じゃない?」
デイブと共に興奮するミレア。
「今日はちょっと見物させてもらうよ」
ゼクス王が笑いながらソルドに言う。
「王様の前で訓練かよ……とんでもない事になっちまったなぁ」
緊張するデイブ。
「ところでデイブ君、君はどんな刀で練習してるんだい?」
ドルフが質問する。
「はい、コレです」
デイブは愛用の木刀を差し出す。
「ちょっと振らせてもらっても良いかな?」
ドルフはデイブから木刀を受け取り、何度か振って見せる。
「ふむ……なかなか良い木刀だ。じゃあ、君も振って見せてくれるかい?」
憧れのドルフの前で木刀とは言え剣を振る。デイブは気合を入れて木刀を振って見せた。
「……なるほど。素直な振り方だな。誰かに教えてもらったのかい?」
「いえ、我流です」
「ほほう、ずっとその木刀で?」
「はい。本物の剣、欲しいんですけど……」
本物の剣。もちろんピンからキリまであるが、安いモノでも学園生のデイブには手が出る代物では無い。
「じゃあ、今日はコイツを使うと良い」
ドルフは一本の剣をデイブに渡した。ずっしりと重い鉄の剣は鈍い光を放っていた。
「それは練習用の剣だから刃は付いて無いが、木刀に比べたら重いだろう。それをきっちり振れる様にならないとな」
「お借りします。ありがとうございます」
「んじゃ始めるぞ~」
ソルドの気の抜けた様な声。その声に衛兵達はきちんと整列、直立不動の体勢を取った。
訓練は素振りから始まった。ソルドの号令に合わせて全員が剣を振る。デイブは最初のひと振りで鉄の剣の重さに振り回される。振り下ろした剣が思い通りの高さで止まらない。
「これが本物の剣の重さかよ」
必死になって剣を振るデイブ。汗が流れ、腕と背中がぱんぱんになる。横を見るとルークも黙々と剣を振っている。こうなったら意地で振り続けるしかない。ソルドの号令が響く。
「……九十八・九十九・百!」
体力の限界ギリギリ、気合だけで剣を振っていたデイブは最後の百本目で剣を止める事が出来なかった。剣が地面に突き刺さり、手に痺れる程の衝撃が走る。
「おいおいデイブ、大丈夫か?」
「すみません、大丈夫です」
剣を引き抜こうとするが、疲れている為かなかなか抜く事が出来ないデイブ。
「しゃあない。ちょっと休憩な。汗拭いて、水分摂って」
ソルドの言葉で一旦休憩に入る。なんとか剣を地面から抜くことができたデイブは汗も拭かずにドルフのところに駆け寄った。
「ドルフさん、すみません」
「ん?どうした?」
謝るデイブに不思議そうな顔のドルフ。
「貸してくれた剣を傷付けてしまって……」
ドルフから借りた剣は地中の石にでもぶつかったのだろう、刀身に少し歪みが生じ、欠けている部分もあった。
「このバカ」
ドルフは溜め息を付きながら吐き捨てた。
「はい、バカ者です。すみません」
借り物の剣を傷付けてしまった事を詫び、頭を下げたデイブにドルフは静かに言った。
「君は今日、何をしに来たんだ?」
「剣の稽古です」
「だろ? 剣の稽古というのは素振りだけじゃ無い。実際に剣と剣で打ち合う事もするんだ。
こんな事で謝ってたら打ち合いなんか出来ないぞ」
ドルフがデイブをバカ扱いしたのは剣を傷付けたからでは無く、それを気にしておどおどしているからだったのだ。もっともデイブからすれば欲しくても手が届かなかった剣を傷付けてしまったのだから持ち主に謝るのは当然なのだが、その持ち主は親衛隊のドルフ。剣は使ってなんぼの道具である。
「刀身の歪みは修正できるし、刃が欠けたら砥ぎに出せば良い。その剣は卸したてなんだが、今日訓練が終わった時にどれぐらい使い込まれてるか楽しみだよ」
ニヤリと笑うドルフにデイブは元気に応える。
「はい、期待に添える様頑張ります!」
やる気に満ちたデイブの顔を見てドルフは満足そうに目を細めるとこう加えた。
「初めて鉄の剣を持って、百本の素振りをやり抜いた。君はなかなか見所があるよ」
「偉そーに」
ソルドがドルフの脇腹を突っついた。
「おう、俺は偉いぞ。なんたってお前の上司だからな」
「違ぇ無ぇ」
ソルドとドルフは顔を見合わせて笑った。ひとしきり笑った後ソルドは振り返り、声をあげた。
「んじゃ、再開するぞ~」
またしても気の抜ける様な声であった。
素振りの次は踏み込みながら剣を振る稽古。息を切らしながら必死で踏み込み、剣を振るデイブ。
「彼氏さん、頑張ってますね」
少し離れた所で見ていたミレアに声がかかる。
「ええ。親衛隊の訓練に参加させてもらうって聞いた時はどうなるかと思ったけど……って、ステラ様!?」
ミレアは飛び上がって背筋を伸ばした。
「そんなに緊張しないで下さいな。よかったら女の子同士、お話しません?」
「は、はひ 喜んで! 私、ミレアって言います」
ミレアの声がひっくり返る。
「じゃあミレアさん、どうぞこちらへ」
ステラに促され、お城の中に入るミレア。
「うわっ 私、ステラ様に名前呼ばれて、一緒にお城の中を歩いてる……」
完全に舞い上がってキョロキョロしているうちに「こちらですよ」と通されたのはステラの部屋。
「バルコニーに出ると中庭が見えますから彼氏さんが頑張ってるところも見れますよ」
広いバルコニーにはテーブルと椅子が置いてあり、座る様に勧められる。
「お茶を用意しますね。紅茶でよろしいかしら?」
「はいっ ありがとうございます」
王女と二人、バルコニーで優雅にティータイム。ミレアにとって夢の様な時間が訪れようとしている。眼下の中庭ではデイブが必死になって剣を振っているというのに。
「……にしても似てるなぁ……」
ステラの顔をまじまじと見ながら呟くミレア。
「私、誰かに似てますか?」
ステラは笑顔でミレアに聞く。もちろん誰に似ているかは百も承知。笑顔を作ったのは正体を明かせない申し訳なさからだった。
「ええ、私は魔法学園に通っているのですけれど、少し前に転入してきた子がステラ様にそっくりなんですよ」
「それって、もしかしたらメイティのことかしら?」
「あっ、そういえばメイティってお城に住ませてもらってるって言ってたっけ」
「残念ながら、メイティは今日はお城に居ないんですよ」
「そうなんですか。でも、ステラ様とこうやってお話できるなんて夢みたいです」
「夢みたいだなんて。王女なんて言っても普段は普通の女の子なんですよ」
二人がそんな話をしていると、ティーセットが運ばれてきた。紅茶が入ったティーポットにティーカップが二つとスコーン、ビスケット等が乗せられたティースタンド。
「うわっ おっしゃれ~!」
初めて見る洒落たティーセットに思わず声をあげるミレア。
「じゃあ、いただきましょうか。ミレアさん、お砂糖は?」
「いえステラ様、それぐらいは私が……」
ミレアがあたふたしながらシュガーポットを取ろうとするが、手を滑らせて砂糖をテーブルに撒き散らし、シュガーポットは床に落ちて派手な音と共に割れてしまった。その途端、ステラの顔が険しくなった。
「何という粗相を。この砂糖一粒一粒は民の汗一滴一滴。それをよくも……この者を引っ捕えよ!」
突然のステラの大声に怯えるミレア。程なくして足音とカチャカチャという音が聞こえてきた。
「私、捕まっちゃうんだ……牢屋に入れられちゃうのかな……?」
下を向き、震えて真っ青になっているミレアは側に人の気配を感じた。
「お立ち下さい」
その気配の主がミレアに声をかける。意外な事に女性の声。震えるミレアがのそのそと立ちながら声のする方に顔を向けると
「お怪我はありませんか? 今片付けますからね」
可憐なメイドがにっこり笑ってモップで床を拭き、布巾でテーブルを拭いて「お砂糖です。
どうぞ」と、代わりのシュガーポットをテーブルに置くと一礼して去っていった。呆然とするミレアの耳にステラの声が聞こえた。
「冗談ですよ。少しは緊張がほぐれましたか?」
笑顔に戻っているステラ。
「……冗談じゃ無いわよ! 本気で泣きそうになったわ!」
『泣きそうになった』のでは無く、実際に涙を流しながらステラに詰め寄るミレア。
「ごめんなさい。でも、それだけ元気が出れば大丈夫ね」
「……あっ」
「だいたいあなただってこの国の民でしょ?これでもアルテナ王家は国民を大事にしてるつもりなんですけどね……」
「そうですね。でも、今の冗談はキツ過ぎますよ。普通の人はともかく、王女様は言ってはいけない冗談です。言葉の重みが違いますよ。私、本当にどうなることかと……」
「ごめんなさい。私って世間知らずなもので……」
「いえ、もう良いんですよ。それより、ステラ様がこんな冗談を言う方だってわかって嬉しいぐらいです」
「そう言ってもらえたらほっとするわ」
「ところでステラ様」
「ステラで構いませんよ」
「いえ、さすがにそれは……」
さすがに王女を呼び捨てにするのは恐れ多い。尻込みするミレアにステラは微笑んだ。
「そうですか、それは残念。で、何でしょう?」
「先程の件なのですが」
「と、言いますと?」
「ステラ様は『引っ捕えよ』と仰ったのに衛兵で無く、メイドさんがきましたよね。打ち合わせでもしてらしたんですか?」
「本当に怒ってたらあんな芝居がかったセリフ言えませんよ。彼女にもシュガーポットが割れた音が聞こえたでしょうから、また私の悪ふざけが始まったとわかってたんですよ」
「さすがは王家に仕えるメイドさんですね」
「ええ。彼女とも長い付き合いですから」
屈託無く笑うステラにミレアも笑うしか無かった。
「じゃあ、あらためてお茶にしましょうか」
「はいっ」
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