第17話 シーナの涙とシルフの見解 ~エディの告白3~

 湖からの帰り道、シーナが少しずつ遅れだす。エディはシーナに歩調を合わせる。ルーク達はそれに気付いていないのか、あるいはわかっていてもあえてそうしないのか、歩くペースを落とさない。二人と四人の距離が少し、また少しと離れていく。かなりの距離が開いた時、シーナがエディに話かけた。

「エディ、今日は誘ってくれてありがとう」

「ううん、ボクの方こそ。お弁当、凄く美味しかったよ」

 なんとなく良い雰囲気のエディとシーナ。

「シーナ……」

 エディがシーナの名前を呼んだ。シーナは来ると予感した。

「はい」

「シーナのことが好きです。ボクと付き合って下さい」

 見事なまでにまっすぐな告白。シーナの目が嬉しそうに輝いた。しかし彼女は悲しそうに微笑んで目を伏せた。

「……ごめんなさい」

「えっ……」

 全然違うグループに女の子一人で参加して、しかもお弁当まで作ってきてくれた。これでフラグが立ってないなどと思う男はまず居ないだろう。しかし、シーナの答えは厳しいものだった。

「エディが誘ってくれて、とっても嬉しかった。でも……」

「でも?」

「どうして私なんかを誘ったりしたの?」

「どうしてって、それはシーナの事が……」

「私のドコを好きになってくれたの?」

「シーナって良い子だよね。今日だってみんなを待たせない様にって、一番早くから来てたでしょ、勉強だっていつも上位に入ってるし、もちろんかわいいし……って、うわぁっボクは何を言ってるんだ」

 思うがままに述べているうちにとっちらかった挙句、本音を漏らしてしまい顔を赤くするエディ。シーナは悲しそうに言った。

「私の家は、あんまり裕福じゃ無いの」

「そんなのどうだって良いじゃないか」

「私の水着、見たでしょ。ミレアやメイティみたいなかわいい水着じゃ無い、いつもプールの授業で使ってるの。それしか持ってないから……」

「だからどうしたって言うんだい?」

「成績が上位だと言っても、一生懸命勉強した結果がコレ。だからもっと勉強しないといけないの。私、そんなに頭が良くないから一生懸命勉強しないと付いて行けなくなっちゃうもの。せっかく苦しい家計からお金を工面して学園に行かせてもらってるのに、そんなことになったら申し訳ないから」

 涙ながらに話すシーナにエディは返す言葉が思い浮かばなかった。

「お弁当だって、遊びに行って、外で食事するのってお金がかかるから、かといって自分だけお弁当って訳にはいかないじゃない。だからみんなの分も作ってきたの。だって、その方がまだ安上がりだもの。恥ずかしい話よね」

 自虐的な事まで言い出すシーナ。

「だからごめんなさい、エディと付き合う事は出来ないの」

 シーナは答えを告げると黙り込んでしまった。気まずい沈黙が二人を襲う。


「理由はそれだけ?」

 意を決してエディが口を開いた。

「ボクと付き合えない理由って、それだけなの?」

「ええ、エディの気持ちは凄く嬉しい」

「なら、待ってるよ」

「えっ……?」

「卒業するまで、シーナの事を待ってるよ」

「まだ二年以上あるのよ。私以外にも女の子はいくらでもいるわ」

「ボクはシーナが良いんだよ。たった二年待つだけじゃないか。それに、恋人にはなれなくっても友達にはなれるだろ」

「エディ……本当に二年も待ってくれるって言うの?」

「うん。付き合ってくれなくっても、たまに一緒に遊びに行く事ぐらいはできるよね?」

「私を待つっていうことは、他の女の子を見ちゃダメなんだよ」

「もちろん。ボクはシーナを好きになってからは他の女の子なんか見ていないよ。これからもずっとね」


 シーナが思っていたよりも遥かに強いエディの気持ち。それが嬉しくて、シーナの目に光っていた涙が頬を伝った。そして、エディの頬には暖かくて柔らかな感触が。


「ちゅっ」


 突然頬にキスされてエディの思考回路がフリーズする。シーナは真っ赤になって

「今のは約束の証。二人がちゃんと卒業した時は……ねっ」

 そう言うと更に顔を赤くするシーナ。


「よかったね、エディ」

 エディの耳に突然声が飛び込んできた。

「シルフ?」

 思わず精霊の名を呼んだエディにシルフは楽しそうな声で答える。

「ご名答。なかなか面白いモノを見せてもらったよ」

「のぞき見なんて悪趣味だなぁ」

 エディが不機嫌そうに言うと、シルフが姿を現した。シーナは信じられないといった面持ちでシルフを見ている。シルフはニコニコしながら話を続けた。

「いやいやのぞき見なんて……ウォレフも言ってたろう?精霊はいつでも側に居るって」

「そりゃまあそうだけど……」

「それとも、もっと早く声をかけた方が良かった?例えばキスしてもらう寸前とか」

「シルフ、冗談がキツいよ」

「ごめんごめん。ウンディーネがデイブを気に入ってる様に、ボクも君の事が気に入ってるからさ。つい……ね」

 シルフは目線をエディからシーナに移した。

「えっと、シーナって言ったっけ?」

「君、ちょっと気負い過ぎじゃないのかな? みんなが精霊と対話してるのを見て焦ってたりしてない?」

 図星を突かれたシーナは俯いてしまう。

「それで、ボク達の声を一生懸命聞こうと躍起になる。懸命になって対話しようとする」

 淡々と続けるシルフ。そして冷淡に吐き捨てる。

「で、本来の目的を忘れる」

 はっとするシーナ。ここからシルフの声が優しくなった。

「君達が精霊と対話しようとするのは何故だい?」

「……精霊との絆を深める為……です」

 震える声で答えるシーナ。

「そうだよね。でも、君は精霊と対話をする事に懸命になっている。対話する事が目的となってしまっている」

 黙って聞くシーナにシルフはまた冷たい言葉を投げる。

「上辺だけの対話じゃあ絆なんて深まらないよ」

 だが、またすぐ優しい顔になり、話を続ける。

「君みたいな頑張り屋さんがよく陥るんだよね」

 やれやれといった表情のシルフ。

「エディ達、特にデイブは正直成績は良くないよね。それに昔は先生をバカにしているところもあった。だから精霊の声なんか全然聞こえてなかった。でも、ウォルフの凄さを知って、素直な心を持つ様になった。それで精霊と対話出来る様になって……元々素直な子だったんだろうね、今ではすっかりウンディーネのお気に入りだ」

 そこまで言うと、シルフは優しい顔になった。

「今、エディにキスした時、エディの事が好きだっていう素直な心だったよね。それと同じだよ。仲良くなりたいっていう素直な気持ちで精霊と向き合ってみなよ。仲良くならなきゃいけないなんて考えずにさ」

 一気に言うと、シルフはエディの方に向き直った。

「エディ、お邪魔しちゃったね。シーナとうまく行くと良いね。頑張って~」

 応援の言葉を最後にシルフは空に消えた。

「私、必死だったからなぁ……」

 シーナが呟いた。

「シルフの言う通り、精霊と数多く対話する事にとらわれて、精霊と仲良くなるっていう本来の目的を忘れちゃってたのね。シルフは私が頑張ってるってこともちゃんと見てくれてたのにね」

 シーナの顔が晴れ晴れとした表情になった。

「ありがとう、エディ。シルフがアドバイスをくれたのもあなたのおかげなのね。こんなに精霊と仲良くなってるなんて、凄いなぁ。私も頑張らなくちゃ」

「頑張ろうって思うのがいけないって、さっきシルフが言ってたよね」

 思わずエディが突っ込んでしまった。

「あっ、そうだったわね」

 シーナは笑顔で言った。

「私も精霊と仲良くなりたいな」

「ボクとももっと仲良くなってよね。恋人になってくれるのは卒業してからでいいけどさ」

「もちろんよ。エディ、これからよろしくね」

 こうしてエディとシーナは『友達以上恋人未満』となったのだった。



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