第14話 オレンジジュース味のキス ~精霊祭3~

 ダンスは延々と繰り返される。何人もの魔法使いや見物客が入れ替わり立ち替わり輪の中に入っては抜けていく。

「さすがに疲れたな」

「この曲が終わったら抜けようか」

 踊りながら相談するデイブとエディ。

「ルーク、何回も同じ曲を繰り返してるから曲が終わるタイミングはだいたいわかったよね」

「うん。多分」

「音が一瞬止まるから。その間に上手く抜けないと……わかってるね?」

 上手いタイミングで抜けないとどうなるか?仮面の男=祭りのオフィシャルに見つかると、

輪の中に戻されてしまうのだ。エディは昔、上手く抜ける事が出来ず、一時間近く踊り続けた事があるらしい。上手く抜けられなかった者を強制的に輪の中へ連れ戻すという行為は精霊を

喜ばせる為の寸劇的な意味があるらしい。もちろん仮面の男は無理に踊らせるのでは無く、抜けようとする者の顔をちゃんと見て怪我や病人が出ない様に安全には注意を払っている。


 やがて音楽が一瞬途切れる。

「今だ!」

 エディがルーク手招きしながら輪から抜け出す。それを見たデイブもミレアに手を伸ばす。

「行くぞ!」

「うん!」

 デイブの手を取り、二人一緒に輪から抜け出す。

「は~、疲れたな」

「でも楽しかったね」

 無事に踊りの輪から抜け出た四人。

「喉渇いたな。何か飲みに行こうぜ」

 デイブが提案するが、エディはそれをあっさり流す様に言った。

「じゃあお二人でどうぞ。今日はそういう事だったよね」

「そっか……そうだったな」

 照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら言うデイブ。しかし、もう片方の手はミレアとしっかり繋いだまま。それに気付いたエディはにっこり微笑むとルークの肩を叩いて二人に背を向けた。

「じゃあまた明日ね、デイブ、ミレア。行こう、ルーク」

「おう、また明日な」

 二人と別れ、歩き出すルークとエディ。ルークがふとエディに呼びかける。

「ん? どうしたの、ルーク?」

「これで良かったの?」

「何が?」

「デイブとミレアのこと」

「うん。まったくデイブったら……女の子が自分からキスまでしてるんだから、ビシっと決めてあげないとかわいそうだよね」

「でも、今まで三人仲良くやってきたんだろ?二人がくっついたらエディの立場は……」

「バカにしてもらっちゃ困るよ」

「ルークも半年程だけど見てきただろ?デイブとミレアの息の良さを。こうなるのが遅いぐらいだよ」

「でも、それじゃエディは……」

 ルークはデイブとミレア、そしてエディの微妙なバランスが崩れるのではないかと心配していた。しかし、エディの口から想いもしなかった言葉が飛び出した。

「ボクだって、好きな娘はいるから」

「えっ そうなの?」

 びっくりするルークにエディは話を続ける。

「うん。まだ勇気が出なくて告白はして無いんだけどね。デイブと約束したんだ。デイブがビシっと決めたらボクもその娘に告白するって」

 予想外の展開に驚き、呆然としているルークにエディは付け加えた。

「あ、メイティじゃ無いから安心してよね」


「ジュースで良いか?」

「う、うん」

 ルーク、エディと別れたデイブとミレアは屋台の出店で飲み物を買おうとしていた。お互い妙に意識してしまってさっきまで一緒に踊っていたのが嘘の様にぎこちなかった。二人は精霊祭の会場から少し離れた公園のベンチに座った。

「なんか、俺達じゃないみたいだな」

 ふと漏れたデイブの言葉。

「そうね……私が変な事しちゃったからかなぁ……」

 こころなしか寂しそうにオレンジジュースに口を付けるミレア。

「お前が悪いんじゃ無いよ」

「?」

「かと言って俺が悪いんでも無い……と思う」

「どういう事?」

「俺達も成長したって事だ」

「そうね、夏休みが終わると精霊との契約。いつまでも子供じゃいられないものね」

 寂しそうにミレアが言うと、デイブは力強く言った。

「子供じゃなくなっても俺達は俺達だろ」

「それはそうよ」

 デイブの言葉を軽く流したミレア。デイブは畳み掛ける様に言った。

「なら、俺とお前が恋人になっても俺達は俺達だよな」

「えっ……」

 思わぬ言葉に顔を赤くするミレア。もちろんデイブの顔も赤く染まっている。

「何回も言わせんじゃねぇよ。俺の彼女になってくれってんだよ」

「嬉しかったわ。デイブが助けに来てくれた時は。死ぬ間際の幻かと思ったもの」

「俺も嬉しかったぜ。お前がキスしてきた時はよ」

「泥の味だったけどね」

「じゃあ、今度は泥の味じゃ無いヤツを頼むぜ」

「泥の味はデイブのせいでしょ」

「悪い、そうだったな」

 二人の顔が近付き、触れて、離れる。

「オレンジジュースの味だったな」

「……バカ」

 デイブの照れた様な呟きに、ミレアは小さな呟きで答えた。


 精霊祭最終日。デイブの言う祭りのクライマックス、精霊を祠から帰っていただく神事が執り行われる。これは地水火風の四大精霊の属性に則り、ノームの祠には土を、ウンディーネの祠には水を、サラマンダーの祠には火を、シルフの祠には風を最後に捧げるのだが、これは魔法を使わず人力で行うもので、結構派手な神事である。

「メイティはまだ寝込んでるの?」

「うん。だいぶ熱は下がったけど、まだ寝てなきゃダメなんだって」

 ミレアの質問に嘘の答えで応じるのは三度目。これが最後だと自分に言い聞かせるルーク。

「本当に大丈夫なの? やっぱりお見舞いに行った方が良いんじゃない?」

 エディも心配そうだ。

「うん。声は元気そうだったから」


 日が暮れ、精霊祭はいよいよクライマックスを迎える。祭壇へと続く道をパレードがやってくる。先頭は地の精霊と契約している魔法使い達。花や木の実等を撒いている。これらはお守りになるというので、見物客はひとつでもキャッチしようと躍起になっている。

 次に水の精霊と契約している魔法使い達。大きなバケツに水を沢山入れて、柄杓で回りの見物人に水をかけながら歩いている。この水を浴びると縁起が良いという話で、しかも暑い夏の夜。みんな喜んで水を浴びせられている。

 続いて火の精霊と契約している魔法使い達。大小様々なローソクや松明を振り回し、火の粉を撒き散らしながらのパレード。この火の粉を浴びると無病息災のご利益があると言われているが、やはり火の粉を浴びるのは勇気が要る様で、見物客は逃げ腰になっている。

 最後尾は風の精霊と契約している魔法使い達で、色とりどりの紙吹雪を撒きながら練り歩いている。水を浴びて濡れた見物人の身体にペタペタ貼り付いている。

 遂にフィナーレの時がやってきた。パレードの魔法使い達がノームの祠の前に置かれた大きな瓶に花を、シルフの祠の前の瓶には紙吹雪を、ウンディーネの祠の前の瓶には水を捧げ、最後にサラマンダーの祠の前に置かれた瓶には油を注ぎ、松明の火を移す。油の表面が燃え、炎が立ち上がる。ステラ王女による祝詞奏上が始まると、精霊祭会場は静まりかえり、祝詞の声だけが響く。ステラが祝詞を読み上げ終わった時、シルフによる風が四つの瓶を中心に渦を巻いて炎の柱と水飛沫、花と紙吹雪が宙を舞い、空を鮮やかに彩る。


 大歓声が起こり、精霊祭は終わった。


「空一面の花と紙吹雪は綺麗だったわよね」

「いや~、なんと言っても炎の柱が渦を巻いて空へ上って行くんだぜ。ありゃ凄いわ」

「ステラ様、綺麗だったなぁ」

「今年はパレードの木の実、取れなかったよ……」

「なんだお前、ノリ悪いなぁ。全然水浴びてないじゃないか」

 見物客は口々に祭りの感想を話しながら帰っていく。


「終わっちまったな」

「メイティも一緒に見たかったね」

 ルーク達も人波に乗って精霊祭の会場を後にする。

「明日は終業式、そんで夏休みだな」

「夏休みが終わるといよいよ精霊との契約ね」

 精霊との契約、魔法使いとしての第一歩がいよいよ始まる。その期待に胸を膨らませる四人だった。



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