第11話 女の子が溺れるのはお約束? ~湖畔でバーベキュー2~

「腹も膨れたし、昼寝でもすっか」

 デイブがごろんと横になった。

「食べてすぐ寝ると牛になるってどこかの国じゃ言うらしいよ」

「なるか、んなもん迷信に決まってんだろ」

 エディの言葉に反論するデイブ。ミレアは冷静に分析する。

「人間を牛にするなんて、上級魔法使いでも難しいわよね。でも、食べてすぐ寝たら健康に良くないわよ。それに……」

 ミレアがステラのボディラインを横目でチラチラ見ている。どうやらステラの腰のくびれが羨ましい様だ。それに気付いたデイブが言い放つ。

「ミレア、メイティとお前じゃ比べ物にならんぞ」

「うっさいバカ!」

 顔を真っ赤にして涙目のミレア。

「ちょっと泳いでくる!」

 泳いでカロリーを消費しようというのか、ミレアは湖に飛び込み、沖の方へと泳いでいってしまった。

「あ~あ、デイブが変な事言うから」

 呆れ顔のエディ。

「そうだよ。ミレアだって綺麗な身体の線してるじゃないか」

 ルークも諭す様に言う。それを聞いたステラは少し怒った様な悲しい様な目をしていたが、彼はそれに気付いていなかった。


――ルークったら、他の女の子の身体なんか見て……まあ、しょうがないか。私との記憶は失くなっちゃったんだから――


「ミレアって、泳ぐの上手いんだね」

 ミレアの姿は湖の沖の点となっていた。頭だけを水から出して泳いでいる様だ。

「私達も泳ぎましょうか」

 ステラがルークの手を取り、水辺へと誘う。

「あれっ メイティ、えらい積極的だね。もしかして……」

 エディに言われてふと我に帰ったステラ。ルークがミレアのボディラインを褒めた事に嫉妬してメイティという立場である事が頭から飛んでしまい、恋人同志だったステラとルークの頃の様な行動に出てしまったのだった。

「夏は女を大胆にさせるってか。羨ましいねぇ、ルーク君」

 デイブの冷やかしにステラはルークの手を離し、真っ赤になってその場に座り込んでしまった。

「ご、ごめんなさい。私ったら……」

「ううん、そんな事無いよ。ちょっとドキっとしたけど。でも、昔も何かこんな事があった気がする」

「ルーク……」

 ステラの手のぬくもりがルークの記憶の底に残っていたのだろうか。嬉しくなったステラの目から涙が溢れた。

「メイティが泣いちゃったじゃないか! デイブが変な事言うから!」

 事情を知らないエディがデイブを叱りつける。

「す、すまん。そんなつもりじゃ……」

 狼狽するデイブ。この状況を収拾しなければと焦るデイブの目の端にミレアの頭が水中に消えるのが見えた。

「あっ ミレアが!」

「デイブ、話をそらそうとしてもダメだよ」

「バカ!そんなんじゃ無ぇ。ミレアが沈んだんだよ!」

「ええっ?」


 ミレアはかなり沖の方まで泳いでいた。長い時間泳げば脂肪は燃えると考えたのだが、どうやらミレアの体力の限界を越えてしまったらしい。泳いで助けに行こうとも、ミレアの位置がわからない。ミレアが沈んだ辺りを闇雲に潜って探してみても湖は広く、深い。

「ウンディーネ! 居るなら助けてくれ!」

 水面から顔を突き出したデイブは必死になって叫んだ。

「このままじゃミレアが! 頼む、力を貸してくれ!」

 デイブの声が響く。すると、どこからともなく声が聞こえた。

「しょうがないわねぇ」

 声と同時に湖の水が割れた。モーゼの十戒の如く真っ二つに割れた。剥き出しになった湖底にミレアが倒れている。

「ミレア!」

 名前を呼びながら駆け寄り、ミレアを抱き起こすデイブ。

「バカ、無茶すんじゃ無ぇよ」

「……デイブ?」

「いいから早く戻るぞ」

 ミレアをお姫様抱っこして岸へ向かって走り出す。

「ちょっ、バカ やめなさいよ」

「うっせぇ。急ぐぞ」

 割れた湖の底を駆け抜けるデイブに抱かれたミレアの目には聳え立つ水の壁が映った。

「何? コレ、どうなってるの?」

「お前はバカみたいに沖まで泳いで、力尽きて沈んだんだよ」

「……それはわかってる。ごめんなさい」

「沈んじまったらドコに居るかわかんねぇだろ。だから頼んだんだよ」

「頼んだって、誰に?」

「ウンディーネに決まってんだろ。こんな事出来るヤツ、他に居るか?」

「ウンディーネが力を貸してくれたの? 私達、まだ魔法使いじゃ無いのに?」

「ああ。感謝しろよな」

「……ありがとう」

 ミレアは素直に感謝の意を口に出した。しかしデイブはそれを良しとしなかった。

「バカ。俺に礼言ってどうすんだよ。ウンディーネに感謝すんだよ」

「もちろんウンディーネにも感謝してるわ。でも、ウンディーネにお願いしてくれたのはデイブでしょ。だから、ありがとう」

 ミレアはもう一度、今度は自分が感謝の気持ちを伝えたいのはデイブだとはっきりさせた上で礼を言った。

 湖が割れて剥き出しになった湖底はデコボコはしているが、少し濡れている程度で滑る事も無く、デイブはミレアをお姫様抱っこしているにも関わらず走る事が出来た。だが、岸までもう少しという所に一か所だけぬかるみが有り、足を取られたデイブは「やばい!」と思いながら無意識のうちにミレアを抱きしめる形で身体を捻り、ミレアが湖底に叩きつけられるのを防いだ。

 その代償としてデイブは肩から湖底に突っ込んでしまい、顔を泥まみれにしながら半回転、仰向けに湖底に寝転がる形になってしまった。ミレアはデイブに抱きしめられて上に乗っかった状態。青い空が割れた湖の水の壁の上に見える。


――ああ、良い天気だな――


 何故かそんなどうでもいい、呑気な事を考えたデイブの視界がいきなり塞がれた。そして口に柔らかい感触。なんと、ミレアの唇がデイブの口を塞いでいたのだった。

「な……ちょっ……おま……」

 溺れた女の子に人工呼吸を施す為にキス出来てラッキーというのはよくあるパターンだが、今回溺れたのはミレアの方だし、人工呼吸をする必要はミレア・デイブ双方共に無い。明らかにミレアがデイブにキスしてきたのだ。驚いてテンプレ通りに焦るデイブ。

「ウォレス先生が言ってたでしょ、素直な心で接すれば精霊はきっと応えてくれるって」

 ミレアがデイブの目を見ながら言う。

「だから、デイブが素直な気持ちでウンディーネにお願いしてくれたんだなって、私を助けたいって思ってくれたんだなって」

 そして、目線を外し、恥ずかしそうに言った。

「だから、私も素直な気持ちを表してみたの」

「しかし、初めてのキスが泥まみれとはな」

 照れてそっぽを向いて鼻の頭を掻きながら言ったデイブにミレアは笑顔で応えた。

「腐れ縁の私達には丁度良いんじゃない?」


「はあ……見てられないわね。頭を冷やしてあげましょうか」

 ウンディーネは溜め息をつくと割れていた湖を元に戻した。水の壁が崩れ、デイブとミレアに襲いかかる。

「ぶわっ」

「きゃあっ!」

 水をかぶった二人は慌てて立ち上がった。水位はどんどん上がってくる。デイブはミレアの手を掴むと走り出した。

「ミレア、急げ!」

「そんな事言ったって走りにくいんだもん」

「言ってる場合か!」

 焦る二人。しかし水位が上がると共に走りにくさも増してくる。遂にはミレアの腰のあたりまで水位が上がり、二人は走れなくなってしまった。

「ミレア、もう泳げるか?」

 デイブがミレアを心配する。もし彼女の体力が回復していなければ背負って泳ぐしか無い。デイブが立ち止まりってミレアに背中を向けた途端、水位はそこで止まった。

「なんだ、もう浅いトコまで来てたんじゃねぇか」

「ははっ はははは……」

 半泣きになりながら笑い出すミレア。二人は手を繋いだまま、ゆっくり歩いてみんなのところへ戻った。

「『夏は女を大胆にさせる』だっけ? めでたしめでたしってとこかな」

 エディの言葉に冷静になり、デイブと手を繋いでいる事に気付いたミリア。ぱっと手を離すと「ち、違うのよコレは……」真っ赤になってしどろもどろで何か言おうとするが、慌てれば慌てるほど言葉がうまく出て来ない。

「いいよ、そんなに照れなくっても。全部見てたから」

 あっさり言ったエディに焦るミレア。

「見てた? 全部? キスしたところも見てたの?」

「えっ、キスしたんだ。それは遠くでわからなかったよ」

 ミレアの告白に目を丸くして驚くエディにミレアはエディ以上に驚いた。

「だってエディ、大胆って……」

「ああ、二人で転んだ後、ミレアからデイブに抱きついた様に見えたから。まさかキスしてたなんて思わなかったよ」

 ミレアの真っ赤な顔が今度は青ざめていく。焦って余計な事を口走ってしまった為にキスした事がばれてしまったのだから。思わずミレアの口から出た言葉。


「墓穴掘った……」


「いいじゃない。ミレアとデイブはお似合いだよ」

 エディはにっこり笑うとルークに顔を向けた。

「メイティとルークもね」

 いきなり振られたルークは狼狽した。

「や、やだなぁエディ。からかわないでよ」

「いや、本当にお似合いだと思うけど。ねぇ、ミレア」

 エディが呼んでもミレアはまだ墓穴を掘ったショックから立ち直っていなかった。



「お前だってお優しいじゃねぇかよ」

 ルーク達には聞こえない声でサラマンダーがウンディーネに突っ込んだ。

「私はあの子に呼ばれたもの。『居るなら助けてくれ』って。あなたみたいに自分から手を差し伸べた訳じゃ無いわ」

「呼ばれなくっても助けてたくせによぉ」

 反論するウンディーネに素直じゃ無いなと言いたげなサラマンダー。

「ふふっ どうかしらね? でも、私もあの子達はほっとけないって言ったわよね」

「男女の機微ってヤツも考えてたの?」

 サラマンダーとウンディーネの会話にシルフも面白そうな顔で加わった。

「さあ、どうかしらね」

「ま、これから面白くなるんじゃねぇか?」

「そうじゃな。記憶を失くした元ルフトの王子とアルテナの王女、そしてそうと知らずに友として行動を共にする三人か。なかなかの見物じゃわい」

 ノームも面白がっているとしか思えない。

「坊やが記憶を取り戻したらどうなるかしらね?」

 核心に迫るウンディーネにシルフが答えた。

「ウンディーネのお気に入りの坊やがどう出るかだね」



「そろそろ帰らないと」

 日はとっくに傾き、辺りを橙色に染め始めていた。

「本当。早くしないと日が暮れちゃうわね」

 慌てて帰り仕度を始める五人。

「さあ、帰ろうぜ」

 来た道をまた歩いて帰る。

「明日、学園でデイブとミレアはどんな顔するかな?」

 ちょっと楽しみなステラだった。

 そして次の日、学園にデイブとミレアの声が響く。

「腐れ縁だ!」

「腐れ縁よ!」

 以前と全く変わり無い二人だった。



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