第3話 ルフトの現在
夜、騒がしい酒場で一人カウンターで静かにグラスを傾けるソルドの隣にドルフが座った。
「ソルド、待たせちまったか?」
「いや、一人で始めさせてもらってるから大丈夫だ。とりあえず一杯いけよ」
「ああ、サンキュ」
アルテナの街の酒場で職務も立場を忘れ、友人として飾らない顔で盃を酌み交わすソルドとドルフ。
「今回はすまんな」
「そんな顔すんじゃねぇよ、友人の一大事じゃねぇか」
神妙な顔で感謝の意を口にするソルドにドルフはあっさりと答えた。するとソルドの顔が軽い表情に一転した。
「いやー、マジで一大事だからな。これから忙しくなるしな」
「忙しくなる?」
ドルフがぎょっとした顔で聞き返すと、ソルドの目が鋭くなった。
「ああ。色々準備しないといかんからな。ルーク様が成長するまでにな」
「やはりガイザスにケンカ売って、ルフトを再興させるつもりなんだな」
「ケンカ売るんじゃねぇよ。一方的に潰す。ルフトがやられた様にな」
拳を握り締め、唇を噛むソルド。だがすぐに口元を緩める。
「で、ルーク様が王になってステラ様と結婚、ステラ王妃の誕生だ」
「じゃあアルテナはどうなる?」
「たしかステラ様には弟が居たろ?」
「コルト様か……って、まだ十二歳だぞ」
「ゼクス王にはまだまだ頑張ってもらわんとな」
「ガイザス領はどうするんだ?」
ドルフが言いたいのはガイザスを討った後、言わば戦後処理の話。ガイザスの領土をどうするかと言う事だ。そのままルフトが吸収するのか?あるいは属国として配下に置くのか? どちらにしてもガイザスの広大な領土をルフトは手に入れる事になり、ルフトの国力は一気に跳ね上がる。しかし、ソルドはまたとんでもない事を言い出した。
「ガイザス領は……そうだな、気分悪いからその辺の国にでもくれてやるか」
「これはまたえらい事言い出すもんだな」
ドルフが目を丸くして言うが、ソルドは涼しい顔で話を続ける。
「別に領土を広げたい訳じゃないだろ、ルフトもアルテナも」
「まあな」
「ガイザス領は広いからな。領土が広くなりすぎると統治が難しくなっちまう。だから別にくれてやってもいいんじゃねぇか?」
「それもそうだな。領地をくれてやったら貸しも作れるしな」
「だろ?」
ソルドは領土を不必要に広げるよりも周辺諸国との外交手段に利用する方が得策だと考えたのだった。もっとも気分が悪いから要らないと言うのも本音なのだろうが。
「ルフトは今頃どうなっちまってんのかな……」
ソルドは一気に酒を煽ると悲しげに呟いた。
翌日、ソルドはルフトと呼ばれていた国に出向いた。素性を隠す為にボロボロのマントを頭から被り、流れの旅人を装って。
「こいつは意外だな」
ソルドの頭にはガイザスに虐げられているルフトの人々の姿があったのだが、それは思い過ごしだった。見える景色もほとんど変わっていない。町中歩き回って日が暮れてきた頃、一軒のバーの看板に灯りが灯っている。入ってみると旅人の姿が珍しいのか、酔客が話しかけてくる。
「兄ちゃん、旅の人かい?」
「ああ。ルフトがガイザスに敗戦したって聞いて足を延ばしてみたんだが、戦争に負けた直後だとは思えないな」
ソルドの正直な感想だった。
「だろ。俺たちもびっくりよ」
「びっくり? 何に?」
「ガイザス軍に王城が燃やされた後、三日ばかりはヒルロンとか言うガイザスのゴブリン王子が好き放題やりやがってルフトは終わりだって思ったんだけどな」
「何かガイザスの副官とか言うヤツがソイツ等をとっちめてくれたんだよな」
「ああ。たいしたモンだ。ゴブリン王子とは言え王子は王子。ソイツを諌めて国に帰らせたんだもんな」
頼んでもいないのに、口々に喋ってくれる酔客達。
「今じゃ政権がガイザスに変わっただけで、俺たちの生活は何も変わってないんだよ」
「ガイザスは武闘派だって聞いてたからな、乱暴な奴らが街で好き放題するんじゃないかってビビってたんだけどな」
「ガイザスに忠誠を誓うなら今までと同じ生活は約束するってよ」
ソルドは困惑した。話に聞いていたガイザスは戦乱を続ける小さな国をひとつひとつ武力で屈服させてひとつの国としてまとめ上げたというバリバリの武闘派。ルフトも恐怖政治の犠牲になるものとばかり思っていたのだがそうでは無かったのか。まあ、何にせよルフトの国民が虐げられる事無く暮らしているのを見て少しほっとしたのが救いではあった。
「そうか……いろいろ聞かせてくれてあんがとな」
ソルドはバーを出て、また町をぶらぶら歩いて見て回った。先程の酔客達が言っていた通り平穏な日常の生活が営まれている。
『王が変っても国民の生活は変わら無い……か。じゃあ、俺のやろうとしている事は意味が無いのかもしれない』
ソルドの胸にそんな思いが浮かび上がってくる。
『ならいっそ、ルーク様の記憶が戻らない方が平穏に暮らせるのではないか?国民もルーク様も……』
『いや、それはルーク様の記憶が戻ら無い事に胡座をかいた歪んだ平穏でしかない。やはりルーク様の意志を尊重しなければ……国民を巻き込む様な事はしたく無いが……』
考えながら歩いていると呼ぶ声がする。
「ソルド?ソルドじゃねぇか?」
声をかけてきたのは、あの屈辱の日に共に戦ったワインと言う騎士だった。
「生きてたのか。城と一緒に燃えちまったと思ってたぜ」
嬉しそうに話すワインにソルドも笑顔で答える。
「ああ。恥ずかしながらな。だから俺だってわからない様にこんな格好してるんだが、バレちまったか」
「そりゃお前、滲み出る雰囲気ってのか? なんとなくな」
「そうか。あれからみんなどうしてるんだ?」
「まあ、立ち話も何だ。ちょっと付き合えよ」
ソルドが連れられたのは、かつて足繁く通った小さなバーだった。
「へへっ久し振りだろ。みんなびっくりすんぜ」
ワインがバーの扉を開く。
「みんな、ソルドが生きてやがったぜ!」
十数人の先客が一斉に声の方を向いた。
「ソルド、手前ぇ生きてやがったのか」
「今までドコ行ってたんだよ、この野郎!」
一斉に沸き起こる懐かしい声。
「みんな、すまない。実は……」
ソルドは彼等に全てを話した。あの日、抜け道からルーク王子を連れて城から脱出した事、そしてルーク王子が記憶を失ってしまった事、ルークを魔法学園に通わせようとして事、そしてソルドがアルテナ王の親衛隊となりドルフの下に就く事になった事……
「そうか、色々あったんだな」
しみじみと言うワインにソルドは気になっていた事を質問した。
「ああ。アルテナ王のゼクス様には頭が上がらんな。それより、ルフトは今、どんな感じなんだ? 街の人の話じゃ昔と変わらんって事なんだが、どうなってんだ?」
「ああ、最初は例のゴブリン王子が好き勝手やってくれてやがって、俺等も頑張って抵抗してたんだけどよ、フェゼットとか言うガイザス王の側近だってヤツが現れてゴブリン王子をガイザスに追い返してくれたんだよ。で、俺等に国民が安心して暮らせる国を作る為に協力して欲しいって言うんだ。で、今は様子見ってトコだな」
「平和な国を作る?ガイザスのヤツがそんな事を?」
ソルドの顔に疑念の色が浮かんだ。
「ああ。俺等を懐柔しようとしてるだけかもしれねぇが、もしソイツが本当にそのつもりだったら……」
「だったら?」
「民衆の事を考えたらロレンツ王の仇を討ちたいという気持ちを殺して平和な国作りに協力した方が良いのかもしれねぇ」
ワインもルフトの再興を願っている事がありありと伝わってきた。仇討ちをしたいのは山々だが、そうすれば憎しみの連鎖は切れない。民衆の事を思えば平和な国を作るのが一番。その為には王が変わっても、それが良い王であれば新しい王を盛り立てた方が良いのではないかと考えてもいるのだった。たとえガイザスの配下となったとしても。
「お前もそう思うか。で、今のところは平和だってのは本当なんだな?」
ソルドが確かめる様に聞くとワインは頷いた。ソルドは安心した顔で言った。
「なら、まだ焦る必要は無いって事だ。それがわかっただけでも良かったぜ」
「で、ソルドはこれからどうするんだ?」
「とりあえず、ルーク様の卒業を待つ。その時、ルーク様の記憶が戻っていたら……」
ワインの問いかけに対するソルドの答えに一同は色めき立った。
「やるのか?」
「ルーク様次第だが、おそらくそうなるだろうな」
「そうか。その時は声かけてくれよな」
盟友の頼もしい言葉。しかしソルドには一つ懸念があった。頷きながらも難しい顔で言う。
「ああ。だがもしその時、ガイザスが本当に平和な国を作っていて、お前等がそこに組み入れられていたら?」
「その時はその時だ。みんなで考えようや。一人で背負い込むんじゃないぜ」
「わかった。ありがとう」
そんな話の後は旧い仲間と酒を酌み交わし、昔話に花が咲いた。
「おっといけねぇ。そろそろ帰らないとルーク様が心配だ」
すっかり長居してしまった事に気付いたソルドとワイン達は握手を交わす。
「しばらくルーク様を頼むぜ」
「ああ。こっちこそルフトを頼む。時が来るまでな」
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