第2話 俺はお前の兄さんだ(嘘)

 恐れていた事態。ステラは涙をこらえて医師、そしてソルド達を呼びに部屋を出た。


 ソルドはドルフと共にゼクス王の部屋に居た。

「ルーク様がお目覚めになりました」

 ステラの言葉に安堵の表情を浮かべる三人。だが、ルークが記憶を失くしているという事を聞き、顔を曇らせる。

「人間の脳というのは強いショックを受けた時に防衛本能が働いて記憶を封印する事があると聞いた事があります」

「自分の国が滅ぼされたのだから、無理も無いな」

「頭に強い打撃を受けていますから、その影響もあるでしょう」

「静養が一番ですね」

「第一に怪我を治さないといけませんからね」

「怪我なら私の治癒魔法で」

「落ち着いたら記憶も戻るでしょう」

 口々に意見を出し合ったが、暫く安静にして様子を見るしかないというのが結論だった。


 翌日、ソルドとドルフとステラはゼクス王の部屋に集った。

「あの……お願いがあるのですが」

 ソルドが少し考えた後に口を開いた。

「ルーク様の記憶を無理に取り戻させようとしないでいただきたいのです」

「何故です?どういう事ですか?」

 困惑したステラがソルドに詰め寄る。

「記憶を戻せばルーク様は復讐の鬼となりましょう。そしてろくに準備もしないままにガイザスに攻め入り、そして返り討ちに遭うでしょう。ステラ様はそれをお望みですか?」

 ソルドの言葉にステラは黙るしか無かった。

「私個人の考えですが、ルーク様には暫く普通の民として暮らしていただきたく思います」

「ルークを一アルテナ国民として……ですか?」

 更に困惑するステラ。ソルドが何を考えているのかわからない。だがすぐにソルドは自分の考えを言葉にした。

「できれば、アルテナの学校に通わせていただいて魔法の勉強もさせていただきたいのです。ルーク様が立派に成長された時には私が生命をかけてガイザスからルフトを取り戻すお手伝いを致します。その為の準備期間も必要ですので」

 ソルドは自分の考えを話した後、申し訳なさそうな目をしてステラに言う。

「ステラ様の辛いお気持ちはわかります。ですが、数年間の辛抱です。なにとぞ」

 深々と頭を下げるソルドにステラは首を縦に振るしか無かった。そして彼女は目を伏せて呟いた。

「今回の件は私が原因なのですから」

「ステラ様、そんな風にご自分を責めてはなりません。あなたは何も悪い事はしてないのですから」

 ソルドがなだめる様に言ったが、ステラは自分を責め続ける。

「でも、私がヒルロンの申し入れを受け入れていれば……」

 ステラも父ゼクスと同じ事を考えたらしい。しかしソルドは彼女の言葉を遮る様に言う。

「そんな事をしていたら、逆にルーク様がガイザスに攻め込んでますよ。もちろん私もね」

 ステラの心情を察して言った言葉でもあり、ソルドの本心でもあった。しかしステラは尚も辛そうに言う。

「でも、そうだったらルフトが勝っていたかもしれない」

「それでお姫様を取り戻してハッピーエンド……にはならないでしょうね」

 ソルドは苦々しい顔で自分の見解を述べた。しかし何故囚われた姫は助けられてもハッピーエンドを迎えられないのか? 疑問の表情を浮かべるステラにソルドは持論を付け足す。

「優しいルーク様の事です、ステラ様を取り返してもヒルロンを討ち取るまではしないでしょう。と、なるとわかりますよね」

「次はガイザスがルフトに攻めて来る……のですか?」

「おそらくは。ですから、どっちにしてもこの戦争は避けられなかったのですよ」

「では、私が死ねばよかった……」

「それならルーク様はヒルロンを討ち取るでしょうね。でも、それではステラ様もルーク様も幸せになれない」

 どうあがいてもステラは幸せになれないのか?八方塞がりに陥ったステラは頭を抱えて崩れ落ちてしまった。

「ならどうすれば?」

 途方に暮れて涙を流しながら訴えるステラにソルドは答えた。

「ステラ様のなさりたい様になさればよろしいのですよ。どうすれば正解かなんてわからないのですから」

 なだめる様な口調のソルド。そしてすまなさそうに言った。

「でも、ちょっとの間だけ私のお願いを聞いて下さいね。ルーク様を無駄死にさせない為に」

 前半はお願いしているが、後半は脅している様にも取れるソルドの言葉。もちろん彼にそんな気は全く無いのだが、『無駄死にさせない為』などと言われてしまうと、ステラは黙って頷くしか無かった。

「私はルーク様の兄という事にでもしておきましょう。あと……」

 ソルドが言いにくそうに言う。

「私たちも生活する為には働かなければなりません。できれば衛兵にでもお召し抱えていただけませんでしょうか」

 その言葉にドルフが興奮して声を上げる。

「それは願ってもないですな。いや、ソルド殿ともあろう方が衛兵だなんて。親衛隊に来ていただきたいぐらいですよ」

 しかしソルドは浮かない顔。

「親衛隊? ルフトで王を守れなかった俺がか?」

 先日の事を思い出したのだろう、悔しそうな顔のソルドが吐き捨てる様に言った言葉に対しドルフは応える。

「ルフト王は剣技に長けた方でしたから、王の警護は少なかったと聞いております。ソルド殿はルフト王のお側でお守りしていた訳ではないのでしょう?」

 確かにルフトの王ロレンツは剣の名手であった為、ソルド達は迎撃に周り、王の警護は手薄になってしまっていた。悔やんでも悔やみきれない過去である。

「ええまあ。私は守備ではなく迎撃に回ってましたから」

 ソルドが口惜しそうに言うとゼクス王が優しい声で会話に加わった。

「ではソルド殿、これからはドルフの下、私の側に着いて、しっかり守ってくれるかな」

「御意に」

 ソルドが跪いて答えると、満足気に頷くゼクス王。ドルフも嬉しそうに右手を差し出し、ソルドに握手を求めながら言う。

「ソルド殿が私の隊に入ってくれれば百人力ですな。ソルド殿、今後共よろしくお願いしますよ。親衛隊員として、そして何より私の友人としてね」

 ソルドは彼の手をしっかりと握り、言葉を返す。

「ああ、ありがとう。では今夜にでも時間を作っていただけますか?」

「よろこんで」

 ソルドの誘いに笑顔で答えるドルフ。とりあえず話はまとまった。

「では、ルーク殿の顔を身に行くとしようか」

 ゼクスの言葉に従って四人はルークの居るステラの部屋へと向かった。

 

「ルーク、俺がわかるか? ソルドだ。お前の兄貴だ」

 ルークの顔を見るなりソルドが叫んだ。しかしルークは浮かない顔で答える。

「兄さん……? ごめんなさい。思い出せないんです」

「そうか……まあ、あんだけ頭殴られりゃな」

 腕組みし、仕方が無いといった顔でしみじみと言うソルド。茶番? いや、彼としてはルークに自分が兄だと印象付ける為の一世一代の演技である。ルフトの王が討たれて敗戦が決定したところで瀕死の重傷を負ったルークを背負ってルフトを脱出、生命からがらアルテナに逃げ込んだという一晩かけて考えた設定をルークに説明した。ショックを受けて落ち込むルークにゼクス王が慰める様に言う。

「ソルド殿は君を助ける事ができた。それがせめてもの救いだな」

「……あなたは?」

 ルークの質問にソルドが答える。

「ああ、アルテナの王ゼクス様だ。一緒に居るのは親衛隊のドルフだ」

「お、王様?」

 驚愕の表情を浮かべるルーク。それはそうだろう、一介の兵の見舞いに王様が現れたのだから。

「そうだ。兄ちゃんすげーだろ。王様と知り合いなんだぜ」

 ルークを笑わせようとしてか、ソルドがおどけた様に言う。

「なんで兄さんが王様と?」

「ソルド殿は一流の騎士ですからね。ルーク殿も早く身体を治してお兄さんの様な立派な騎士になってくださいね」

 もちろん本来はルークがメインでソルドは彼の従者に過ぎないのだが、ドルフが口を合わせる。

「へえ、兄さん本当に凄いんだ。でもゴメン、何も覚えてないや……」

「まあ、記憶の方はゆっくり取り戻せば良いさ。まずは身体を治さないとな」

「うん。兄さん、ありがとう」

 ルークは上手くソルドに誘導され、素直に頭を下げる。するとソルドは更にルークを驚愕させる事実を口にする。

「で、ずっと面倒を見てくれてたのがステラ様。なんと王女様だ」

「えっ 王女様がずっと世話を?」

 王様が見舞いに現れただけで無く、王女様が世話をしてくれていたと言う。パニック寸前になってステラに向かって頭を下げ、礼を言うルークにソルドは悪戯っぽく笑って言った。

「そうだぜ。王女様にあんまり迷惑かけんじゃないぞ」

 益々混乱するルーク。ゼクス王はソルドを嗜める様に言った。

「まあまあソルドよ、ルーク君も疲れているだろうし、今日のところはこれぐらいにして後はステラにまかせようか」


 アルテナ王とドルフそしてソルドが部屋を出て、ステラとルークの二人きりになった。

 ルークは王女を相手に何を言ったら良いのかわからない。ステラは話したい事は山ほどあるのだが、言うわけにはいかない事ばかり。二人の間に気まずい沈黙が流れる。それを破る様にルークが思い切って口を開いた。

「あの……ステラ様はアルテナの王女様なんですよね」

「ええ、そうですよ」

 今までは『ステラ』と呼ばれていたのに『ステラ様』と他人行儀で呼ばれたのが悲しかったが、彼女は無理して笑顔を作って答えた。

「何故、王女様がボクなんかにこんなに良くしてくださるのです?」

「昔、ソルドさん……あなたのお兄さんに昔助けてもらった事があるの」

 つきたくもない嘘。本当は言いたかった。


『あなたは私の大切な人だから』


 でも、それは今は言えない。一国の王女の大切な人ともなればそれなりの地位にある人間であろう事は容易に考えられる。それはルークの記憶を戻すトリガーになりかねない。ステラの心はチクチク痛んだ。本当の事を言えない歯痒さ、ルークに王子だった記憶を取り戻して欲しく無いという気持ちと自分の事を思い出して欲しいという想いの葛藤。十六歳のステラには重すぎた。だから、事実もほんの少しだけほのめかせた。


「一緒に遊んだ事もあるんですよ。忘れちゃったんですね」



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