魔法学園に転入したのは騎士の国の元王子でした

すて

第1話 騎士の国ルフト陥落

「そぉれ、突っ込めぇ!」

 ランスを持った歩兵が城門を突破する。待ち構えていたかの様に弓の矢が降り注ぐ。だが勢いに乗った兵は怯む事無く進撃を続ける。城内から迎撃の兵が現れ、白兵戦が始まった。

 火器など無い時代。長剣、ランス、モーニングスター、大ハンマー……思い思いの武器を手にした兵達が戦場と化した城郭を駆け回る。

 

 ここはとある大陸の内陸部。湖を囲んで三つの国が隣接していた。湖の北西が魔法の国アルテナ、北東に騎士の国ルフト、そして南側が新興国のガイザスである。 千年以上の歴史を持つアルテナとルフトは長い年月の間に友好関係を築いた。しかしガイザスは近年幾つかの国が一人の王によって武力統一された国である為、まだ他国とあまり友好的な関係は持っていなかった。アルテナやルフトを始めとする近隣諸国はガイザスを武闘派の王の国として近付くのを恐れていたからである。とは言うもののガイザスの統一戦争以来、戦乱は起こらなかった。しかし、一人の王子によってその平和は砕かれた。


 彼の名はヒルロン。彼は武闘派のガイザスの王子として生まれながら体躯に恵まれず、国民の中にすら『ゴブリン王子』と陰口を叩く者もいた。ガイザスが攻めたのは湖を挟んで北西に位置するルフト。何故彼はルフトを攻めたのか? それは二年前に遡る。もう一つの国アルテナの王女ステラに一目惚れしたヒルロンは、アルテナの王に結婚話を持ちかけたのだがそれは受け入れられなかった。表向きはステラがまだ十四歳と幼いという理由だったが、実際は彼女が嫌がったのは明白であった。それから二年が経ち、十六歳になったステラはルフトの王子ルークと出会い、二人は恋に落ちた。それを知ったヒルロンは嫉妬に狂い、ルフトに攻め入ったのだった。


 騎士というのは馬に乗ってこそ本領を発揮する。戦闘は数に物を言わせたガイザス軍が優位に立ち、遂にはガイザスの軍勢が宮殿になだれ込んだ。勢い付いたガイザス軍は宮殿内で迎え討つルフト軍をも返り討ちにし、王宮内で暴れまわった。ルフトの騎士の一人、ソルドが周囲の敵を蹴散らし、数名を引き連れ後を追ったが遅かった。奥から黒煙が流れてきた。奥に進んでいくと廊下の奥が紅く、明るくなり、ガイザス兵が逃れる様に走ってきた。

「奥から炎が……と言う事は!」

 撤退する敵兵の群れを躱しながら逆行し、城の奥に向かって走り、王の間に飛び込んだソルドの目に炎と煙に包まれ、深手を負ったルフトの王ロレンツの姿が映った。

「ロレンツ様!」

「おお、ソルド。すまんが頼まれてくれるか?」

 駆け寄ったソルドにロレンツが息も絶え絶えに言う。

「心得ております。ささ、早くこちらへ」

 ソルドはロレンツに肩を貸し、立ち上がらせようとするが、ロレンツはそれを拒み王子の名を口にした。

「いや、わしの事は良い。それよりルークの事を頼む」

「ルーク様? どちらに?」

 ソルドは部屋を見回した。すると、力尽きた数多の衛兵に混ざってルークも血溜まりの中に沈んでいるのが見えた。

「ルーク様……うっ」

 ルークは頭から大量の血を流していた。ソルドは慌てて駆け寄ると呼吸を確認する。

「大丈夫、まだ息はある」

「ソルド、頼んだぞ」

 安堵するソルドにゼニスは王子の事を頼むと息を引き取った。ソルドはルークを背負い、隠し通路を駆けて城から離れた湖のほとりの森にたどり着いた。振り返ると空が赤い。城が炎に包まれ、崩れようとしていたのだ。こうして千年の歴史を誇るルフトはガイザスの強襲によりわずか一日でその歴史を閉じたのだった。


 城を脱出した二人は湖のほとりの森からアルテナ領に逃れ、王城へと向かった。アルテナの街を歩くボロボロの二人。人々は誰も背負われているのがルフトの王子だとは思わなかった。ただ、燃える城と赤い空を見てルフトに一大事が起こったのだと理解し、二人がルフトから落ち延びて来たのだろうと憐れみの目を向けるばかりだった。


 ルークを背負い、休むことなく歩き続け、ソルドはやっとの思いでアルテナの王城に辿り着くと、城門を守る衛兵がボロボロの二人に声をかけてきた。

「君達はルフトから逃れて来たのか?」

「街の民が貴国の王城が燃えていると言っていたが、何があったんだ?」

 ソルドはルフトの城がガイザスに攻められ、怪我を負ったルーク王子を逃がす為にルフトを脱出し、アルテナに逃げ込んだ事を説明し、アルテナの王に取り次いでもらう様頼んだ。しかし、衛兵達は困って顔を見合わせる。

「申し訳ありません。私も城門を守る責務がありますので、確認しないことには……」

「確かにそうだな。いきなりボロボロの男がやってきて、こんな事言ってもな……」

 衛兵の答えに仕方がないといった顔のソルド。確かに逆の立場であればいきなりやってきたボロボロの者を王に通す訳にはいかない。しかし衛兵は血まみれのルークを見てこのまま帰すわけにもいかない。また、彼が本当にルーク王子だとしたら問題になると思ったのだろう

「しかし、怪我をされているお二人を無碍に追い返すのは人として出来ません。まずは手当を。その間に確認は取れましょう」

 と持ち掛けてきた。ソルドにとってはありがたい言葉。ルークの手当てが先決。深々と頭を下げ、礼を述べた。

「ありがとう。私は大丈夫ですからまずは王子を」

 衛兵に先導されてアルテナ城の医務室へと歩くソルドに声がかけられる。

「ソルド殿ではありませんか?」

 声をかけてきたのはアルテナ王親衛隊のドルフ。魔法の国アルテナと言えども衛兵や親衛隊は剣を携えており、ドルフはルフトとの合同演習でソルドと何度も手合わせをしているうちにいつしか飲み友達にもなっていた男だった。

「おお、ドルフ殿。なら話は早い。ルーク様を……」

 知った顔に出会って緊張の糸が切れたのだろう。ソルドはそこまで言うと意識を失った。

「お前達、ルフトの英雄ソルド殿の顔を知らんのか?」

 いきさつを聞いて衛兵に怒声を浴びせるドルフ。だが、怒っている場合では無いとばかりに叫んだ。

「早く医者を! 私は王に知らせてくる!」


ソルドが気付いたのはベッドの上だった。

「気が付かれましたか」

 ドルフの顔がソルドの目に映る。がばっと跳ね起きたソルドは辺りを見回すと、ルークの姿が見えない。ソルドの顔に不安の色が浮かんだ事に気付いたドルフが穏やかに言った。

「ルーク様ならステラ様が付きっきりで見ておられますよ」

 それを聞いてほっとした様子のソルドにドルフはまだ寝ている様に言うが、ソルドは立ち上がると歩き出そうとする。

「大丈夫、私はちょっと疲れただけですから。それよりアルテナ王にご挨拶をしなければ」

「そうですか、わかりました」

 こういう時のソルドは何を言っても聞きはしない。ドルフは彼の身体を心配しながらもソルドを王の間に案内する。

「ドルフです。ソルド殿が目を覚まされました」

 ドルフが扉をノックして王に声をかけると室内から王の声が聞こえた。

「そうか。では見舞いに行こうか」

 それを聞いたドルフがソルドも一緒に扉の前に居ると伝えたところ、王は二人を室内に招き入れた。

「まさかガイザスがいきなり攻めてくるとはな」

 アルテナの王、ゼクスが悼む様にソルドに声をかける。

「ええ。いきなりの強襲でしたから。情報を掴んでいればこんな無様な事には……」

 答えながら、無念そうに拳を震わせるソルド。

「まさか一日で城が落とされるとは。ステラの愛する人の国の一大事に援軍も出す間も無かった。すまない」

「いえ、援軍を出していただいていたら、後々アルテナとガイザスとの関係が悪化するかと」

 援軍を出せなかった事を詫びるゼクス王にソルドは丁寧に言葉を返すが、ゼクスはルフトがガイザスに攻められたのは自分にも責任があると考えていた。ヒルロンの申し入れを受け入れていれば、ステラとヒルロンを結婚させていればこんな事にはならなかっただろうと。そして彼は「攻めるならルフトでは無くアルテナを攻めてくれば」と顔を歪めた。

「横恋慕の上のやつ当たり。よくある事ですよ。もっともスケールが大きすぎますがね」

 ソルドが吐き捨てる様に言うとゼクスの顔が少し和らいだ。

「そう言ってくれれば少しは気も楽になる……か。まあ今後の事はゆっくり考えるとして、とりあえず今は身体を休めることだ」

 ゼクスの言葉にソルドは謝辞を述べながらもドルフにルークの所へ連れて行ってくれる様頼んだ。騎士として、自分の身体より王子の事が気になるのだろう。そんな気持ちを汲んでドルフはソルドをステラの部屋に案内した。本当は「横になっとけ」と言いたかったのだが。

 

 二人がステラの部屋に入ると、ステラは未だ意識の戻らないルークに懸命に治癒魔法を施していた。

「ステラ様、お疲れではありませんか?」

 ソルドが声をかけると、ステラは泣きそうな顔で声を震わせる。

「ルーク様が目を覚ましてくださいません」

「私は疲れで眠ってしまっただけですからすぐ目が覚めましたが、ルーク様は頭に強い衝撃を受けていますから。少し時間がかかるやもしれませんね」

 ソルドはステラを落ち着かせる様に答えた。見るとルークの頭には包帯が巻かれている。どうやら医者が傷の処置はしてくれている様だ。後は意識が戻るのを待つしか無い。また、意識が戻ったとして頭を強打した事で、何か影響が出るかもしれない。

「お医者様も頭の傷が心配だと仰ってました。ああ、ルーク……」

 心配そうにルークの手を握るステラ。

「ここはステラ様にお任せして、ソルド殿ももう少し休まれては?」

 ドルフがソルドを元の部屋に戻る様に促す。

「ステラ様、ルーク様をよろしくお願いします。でも、くれぐれもご無理はなさらないでしてくださいね。あなたが倒れられたらルーク様も悲しまれます」

 治癒魔法を長時間使って憔悴しているステラを気遣った言葉をかけ、二人はステラの部屋を出た。

「ソルド殿、かたじけない。貴公もルーク様が心配でしょうが、お二人にさせてあげたかったもので」

「わかってます。私もそんなに野暮ではありませんよ」

「さすがはソルド殿。さ、ソルド殿ももう少し休まれては。それにしっかり食べないと体力も戻りませんよ」

 ステラとルークを二人にしてあげたいというのとソルドを休ませたいというドルフの思いやり。ソルドは友に感謝し、少し身体を休めさせてもらう事にした。いつかガイザスに借りを返す時の為にも。


 二日が経ち、すっかり回復したソルドに対しルークは依然として意識が戻らない。皆の顔に焦りが見えたが三日目の朝、やっとルークが目を開けた。

「ルーク……良かった」

「……ここは?」

 ルークは状況が把握出来ていない様子。無理も無い、頭を強打して三日間も昏睡状態だったのだから。

「アルテナのお城です。もう大丈夫ですよ」

 ステラが安心させる様に言うが、ルークはキョトンとした顔のまま。

「アルテナの……お城?」

 何故自分がアルテナの城に居るかがわからないという意味なのだろうとステラは怪我をしたルークをソルドがアルテナ城に運び込んだ事を話すが、ルークは益々不思議そうな顔。

「ソルド……?」

 ステラの顔に困惑が走る。

「ルーク、ソルド殿がわからないのですか?」

「……ええ。私を助けてくれた方ですか?」

 頭を強打した後遺症だろうか、ルークはソルドの事がわからないらしい。ステラは恐る恐る質問した。

「……私の事はわかりますよね?」

「ごめんなさい。助けていただいたみたいですが……何も思い出せないのです」

 申し訳なさそうに俯くルーク。

「貴方がどなたなのか、何故自分がこんな怪我をしているのか……自分が誰なのかすらわからないのです」

 

 

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