第4話 おいでませ、アルテナ魔法学園

 ソルドがドルフの下で王の親衛隊の職に着き、アルテナでの生活にも慣れ、ルークの怪我もすっかり癒えたある日のこと。

「ルークの怪我も治ったみたいだし、いつまでもお城に居させてもらう訳にもいかねぇ」

「うん、そうだね兄さん」

 ソルドの言葉に相槌を打つルーク。ルークの記憶はまだ戻らないが、仲の良い兄弟として二人は城の一室を借りて暮らしていた。

「なんとか部屋を借りられそうなんだ。次の休みにでも引越すか。お前もそろそろ学校に行かなきゃならんしな」

「学校?」

「ああ。お前はココの学校で魔法も学ぶんだ。俺みたいな騎士じゃなく、魔法剣士ってやつになって欲しい」

「魔法剣士?」

「騎士なら一人で多数を相手にするのは正直難しい。だが、魔法が使えれば戦い方が広がる」


 ソルドは屈辱の日を思い出していた。あの時、複数人を一度に攻撃できる魔法が使える者がいればあんな事にはならなかったのではという考えが思い浮かんだのだった。

「もちろんコレは俺の勝手な考えだ。お前にその気が無ければ無理しなくても良いんだぜ」

 ソルドは言うが、ルークが嫌がるわけが無い。騎士と言うのは誇り高い者だ。その騎士の中でも外国にまで名の知られた兄ソルドが考えて出した結論なのだ。間違っているわけが無い。

 ましてやルークはソルドに絶大な信頼を持っているのだから。やる気に満ちた顔で大きく頷くルークにソルドは優しい声をかけた。

「そうか、お前ならできる。金の事は俺に任せてしっかり勉強してくれ」

「うん、わかったよ。ありがとう兄さん」

 喜んで礼を言うルーク。だがソルドは渋い顔になって言った。

「バカ野郎、礼なんか言うんじゃねぇよ。それからな」

 ソルドの表情が一転、ニヤっと笑った。

「お前はまだ十六歳なんだ。学生生活ってやつも楽しまなきゃだぜ」

「うん、ありがとう兄さん!」

「だから礼なんて言うなって」



 城の近くに部屋を借り、二人で暮らして数日経った頃、ソルドはアルテナ魔法学園の入学許可書を持って帰ってきた。

「ルーク、これでお前も魔法学園の生徒だ。ドルフに骨折ってもらってな」

「さすがはドルフさん。王の親衛隊だけあって顔が効くんだね」

「持つべきモノは良い友・良い上司だよな。ま、俺の方が強いけどな」

「そんな事言うもんじゃ無いよ」

「はっはっはっ大丈夫だ。本人の前でも言ってるから陰口じゃ無い」

「……まったく兄さんったら」

 嬉しそうなソルドとルーク。そこでルークが素朴な疑問を口にする。

「魔法学園って、もしかしたらステラ王女様も?」

「んな訳無いだろ。王女様は魔法学院、もっとレベルの高いトコだ」

 魔法学園と魔法学院。一字違いで大違いと言うヤツで、前者は普通の学校、後者はお嬢様・お坊っちゃまが通うエリート校である。

「……それもそうだね。ボクみたいな一般庶民が王女様と同じ学校なんてね」

 少し残念そうなルークの背中をソルドが叩きながら言う。

「何言ってんだ、お前はアルテナ王親衛隊のソルドの弟だぜ。お前は俺より上を目指すんだ」

「うん。頑張るよ」

「登校は来週の月曜からだ。制服とか教科書とか色々準備しないとな」

「うん。楽しみだなぁ ありがとう兄さん」

「だから礼なんか言うなって。何回言わせりゃ気が済むんだよ」



 時は流れて月曜日。ルークの魔法学園生としての生活が始まった。

「ルーク・フェザールです。よろしくお願いします」

 ルークのフルネーム。もちろん本名とは違う。ちなみにフェザールはソルドのファミリーネーム。ルークが無難に自己紹介を終え、空いている一番後ろの席に座ると教師のウォレフが質問してきた。

「ルーク君は魔法についてどれぐらい知っているのかな?」

「はい、炎で複数の敵を一掃したり、風を起こして敵を吹き飛ばしたりできる便利な術だと聞いています」

 ルークの答えに対しウォレフは巌しい顔で唸った。

「一般人の魔法に対する認識はそんなものでしか無いのだろうな」

「?」

 ルークは不思議に思った。魔法は便利な術では無いというのか?

「俗に魔法と言われるものは、精霊や神の力を借りて様々な現象を起こすものだ。物を壊したり敵を倒したりするのは、あくまで結果でしか無い。それを忘れない様に」


『どうのこうの言ってもやっぱり便利な術じゃないか』そう思うルークにウォレフは質問を投げかける。

「では、ルーク君 君は見ず知らずの人に力を貸そうと思うかね?」

「時と場合によりますが」

「うむ、確かに。では、見ず知らずの人に頼まれるのと友人に頼まれるのとでは?」

「それはもちろん友人に頼まれれば力を貸すでしょう」

「そうだな。そしてそれは精霊達も同じだ。魔法を使いたければまず精霊と友達にならなければならない」

「精霊と友達に?」

「そうだ。君は精霊と出会った事はあるかね?」

「いえ」

「だろうね。精霊は警戒心が強く滅多に姿を現さない。しかし、彼等の声に耳を傾けていればいつかは君の前にも現れるだろう」

「精霊の声に耳を傾ける?どうすれば良いのですか?」

「それを学ぶのがここ、アルテナ魔法学園だ。ほら、君の側にも精霊が集まってるんだよ。どうやら彼等は君に興味を持ったみたいだね」


 ウォレフがそう言った途端、ルークの耳に小さな声が届いた様な気がした。

「今、何か感じたかい? それが精霊の声だよ。精霊達はよっぽど君の事が気に入ったと見える。いつもは私が精霊に働きかけて生徒に接触してもらっているというのにな」

 意味あり気に笑うウォレフ。

「君達もしっかり精霊の声に耳を傾け、早く私の助けを借りる事無く精霊とコミュニケーションが出来る様になってくれよ」

 魔法の授業というからには魔法の種類や呪文の唱え方を教わると思っていたが、まずは精霊と友達になる事からのスタート。教師の助けを借りて精霊と対話を重ねること数分、授業が終了すると一気に疲れが押し寄せる。

「ルーク君、凄く疲れたろう?初めてにしては上出来だ」

 ルークの疲れを見透かした様にウォレフが声をかける。

「はい。ありがとうございます」

「まあ、最初のうちは疲れるだろうが、慣れれば普通に会話する様に精霊と対話が出来る様になる。いや、そうならなければならない」


 ルークが教室を見回すと、疲れきった顔の生徒、少し疲れた様な生徒そしてまったく疲れていない生徒が混在している。

「疲れきってる者はまだまだ、少し疲れた者はもう少し。まったく疲れを見せない者は……うまく精霊と対話できた者か、まったくダメだった者のどちらかだな」

「あの、先生は一人で教室中の生徒の精霊との対話を助けているんですか?」

 ルークの素朴な質問。教室には三十名ほどの生徒がいる。その全員が精霊と対話できる様にフォローするにはいったいどれだけの精神力が必要なのだろうか?

「それが教師の仕事だからな。とは言ってもちょこっと精霊にお願いするぐらいだけどね」

 微笑みながら肯定するウォレフ。しかし、渋い顔になり付け加えた。

「もっともいくら精霊がヒントをくれても、それに気付けない生徒の方が多いのは困ったもんだ」


 一時間目が終わり、休憩時間のこと。

「ルーク君だったよね、もう精霊を感じれたんだ」

 一人の少女が声をかけてきた。

「凄いなぁ もしかして天才ってヤツ?」

「俺にもコツを教えてくれよ」

 男子が二人少女に続く。

「おっと、いきなりだったか。俺はデイブ、コイツはエディ。で、コイツが……」

「ミレアよ。よろしくね」

 デイブと名乗る男子は魔法使いよりも戦士の方が似合うんじゃないかと思うぐらい筋肉質で大柄。エディと紹介された男子は対照的にスリムでいかにも魔法使い候補という感じ。ミレアと名乗る少女は魔法使いというより使い魔の猫っぽい。


「あ、ルークです。こっちこそよろしく」

 突然の乱入者達に戸惑いながらも笑顔で応えるルーク。

「ルーク君って、ルフト出身なんですって?」

「うん ちょっと前に引っ越してきたんだ」

「ルフト、大変だったみたいだな」

 デイブの一言にルークの顔が曇り、申し訳なさそうな声になるルーク。

「……ごめん。ボク、昔の記憶が無いんだ」

「バカ、あんた変な事言うんじゃないわよ」

 ミレアがデイブの頭を叩きながら怒った様に言う。デイブはしゅんとして済まなさそうな目でルークを見ている。

「ううん、大丈夫だよ。そのうちに記憶は戻るだろうから、過去の記憶に囚われずに前を向いて生きるって決めたから」

 ルークがデイブを気付かってか明るい声で答えると、ミレアは更に明るい声と笑顔でルークの背中を叩いて言う。

「そっか。それが良いわよね」

 ルークとデイブ達のファーストコンタクトだった。普通はここから趣味嗜好の話などが展開されるのだろうが、デイブは真剣な顔で質問してきた。しかも馴れ馴れしく呼び捨てで。

「ところでルーク、精霊の声ってどんな感じだった?」

 いきなりそんな事を聞かれても困る。何しろ生まれて初めての不思議な感覚。ルーク自身よくわかっていないのだから。

「どんな感じって……どう言えば良いんだろう?耳元で囁かれる様な、遠くから話しかけてくる様な……」

「なんだそりゃ 真逆じゃないか」

「うん。だからどう説明すれば良いかわからないんだ」

 健気に答えるルークにデイブが悲しそうに言う。

「そっか、俺には聞こえねぇんだよな。精霊の声ってヤツが」

「そもそもあんたは魔法使いより剣士の方が向いてるもんね」

「俺もそう思うよ。でも、アルテナ国民なら魔法は使えないとって親がよぉ……」

 ミレアの突っ込みに、ボケる事も無くぼやくデイブにルークが告げる。

「剣士かぁ……ボクも元々は騎士なんだよね。あんまり覚えてないんだけど」

「そりゃルフトの人間だったからそうだろうな」

 デイブが言うと、ルークは力強く言った。

「でも、剣技だけでなく、魔方も使える魔法剣士になれって兄さんが」

「お兄さんが?」

 エディが声を上げるとミレアが興味深そうに聞いてくる。

「お兄さんって何やってる人なの?」

「今は王様の親衛隊に入れてもらってるんだ」

「親衛隊?」

「うん。ドルフさんのおかげで」

「ドルフさんって……あの親衛隊のドルフ!?」

 驚きの声をあげるデイブ。

「知ってるの?」

「この国じゃ知らないヤツの方が少ないと思うぞ」

「あんたみたいな落ちこぼれの希望の光だもんね」

 魔法王国アルテナに於いて魔法が使えなくても英雄視される親衛隊。その親衛隊の長を務めるドルフは魔法の苦手な学生、ミレアの言う落ちこぼれにとって憧れの存在だった。

「落ちこぼれ言うな。まだ調子が出ないだけなんだよ」

「はいはい。早く調子が出ると良いわね」

「まあ、魔法が身に付かなくってもなんとかなるさ」

「ダメよ、そういう事考えちゃ。ご両親に申し訳ないわよ。せっかく魔法学園に入れてもらったのに」

「いや、頑張ってはいるぞ。ただ、なかなか結果が出ないだけだ」

 ルークを置いてきぼりにしてデイブとミレアの寸劇の様な展開が繰り広げられる。

「あの~ちょっと良いかな?」

 ルークが恐る恐る声をかけるとミレアが我に帰った。

「あっ、ごめんなさい。いっつもこうなっちゃうのよね」

「はは…… ところで、魔法って使えなくても大丈夫なの?」

 ルークは苦笑いの後、二人の寸劇の様な話を聞いて湧いた疑問を口にした。

「? どういう事かしら?」

「だから、魔法の国アルテナで魔法が使えなくても大丈夫なのかな? って」

 ルークの疑問に対し、ミレアが質問で返す。

「じゃあ聞くけど、騎士の国ルフトの国民は全員騎士だったりするのかしら?」

「さすがにそんな事は無いよ」

 当然である。住人全員が騎士だったら、国どころか町としても機能しない。

「それと同じよ。魔法の国アルテナと言えど魔法使いじゃない人は大勢いるわ」

 ミレアの説明にエディが付け加えて言う。

「いや、どっちかと言うと魔法使いの方が少ないんじゃないかな」

「そうなんだ。アルテナの人はみんな魔法が使えると思ってたよ」

 ルークの率直な感想。

「現実はそんなもんよ。イメージって怖いわよね」

 溜め息混じりのミレアにデイブが続いて彼なりの説明を加える。

「言ってみればアルテナじゃ魔法を使えるか使えないかってのは、泳げるか泳げないかぐらいの感覚なんだよ」

「そんなもんなんだ」

 そんなもんじゃ無いとミレアは叫びたかったが、その前にデイブが胸を張って言い切った。

「ああ。だから、魔法が使えなくたって萎縮する事は無い」

 この一言にミレアが突っ込んだ。

「ルーク君はあんたと違って先生に褒められてたじゃない。それ、自分に言って聞かせてるんじゃないの?」

「そ そんな事ねぇよ!」

 また二人の寸劇が始まりそうな雰囲気。ルークが目を細めて言う。

「仲良いんだね」

 その瞬間、計った様に二人は声を揃えて叫ぶ。

「腐れ縁だ!」

「腐れ縁よ!」

 息ピッタリの二人だった。睨み合う二人を押さえる様にエディの説明が入る。

「小さい時から家が近かったからね。物心付いた時からずっと一緒だもの」

「そうなんだ。羨ましいなぁ」

「そっか、ルーク君は昔の事を覚えてないんだったね」

 記憶を失っているというルークを悲しそうな目でミレアが見るが、それを吹き飛ばす様な笑顔でデイブが言った。

「良いじゃねぇか。前を向いて生きるんだろ。これからは俺達が友達だ!」

「うん ありがとうデイブ君!」

「デイブで良いよ。俺達もルークって呼ばせてもらうぜ」

「うん デイブ!あらためてよろしく!」

 固い握手を交わすルークとデイブ。そんな二人を見ながらミレアは心の中でデイブに突っ込んでいた。

『あんたは最初っからルークって呼んでたじゃない……』


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