雪はどこまでも白く
幼い頃からかわいい、かわいいともてはやされてきた。だからわたしはかわいいのだと自然に思った。
成長するにつれ、かわいいが綺麗になった。
あまり大きくならなかった胸とお尻が好きではなくて、もう少し太りたかったのにどうにも太れない体質みたいだった。
17歳になって周りが結婚を意識しはじめた頃に、わたしも求婚された。
相手は王子様だった。
「世界一美しいあなたと一緒にいたい。僕と結婚してください」
王子様だということを抜きにしても、とても素敵な人だった。わたしにはもったいないくらいに。
わたしは王子様と結婚した。
母が嫁入り道具の中に魔法の鏡を入れてれた。聞いたことに必ず答えてくれる鏡。
毎日、「世界で一番美しいのは誰?」と聞いた。鏡は毎日「それはあなたです」と答えてくれた。
王子様が王様になって、わたしたちに子どもが望まれるようになった。
雪が積もって綺麗だったから窓を開けて、黒檀の木の窓辺で洋服を縫っていた。
「いたっ…」
針が指に刺してしまった。血が出て、雪の上に落ちた。
綺麗だった。黒と白と赤。
「この黒檀よりも黒い髪と雪のように美しい白い肌と血のように赤い唇を持った女の子が生まれてきてほしいわ…」
王様も大臣たちも男の子を望んでいるけれど、わたしは女の子がほしかった。
次の年の冬に女の子が生まれた。
あの日に願った通りの、美しい子だ。
この子を守り続けて生きていこうと決めた。
生まれた子は白雪姫と名付けられた。
かわいいわたしの姫。花かんむりを嬉しそうに頭に乗せて庭を駆け回るのが大好きな子だった。野原で自由に駆け回らせてあげられないのがとても苦しかった。ケガをしている動物を拾ってきては、一生懸命お世話する姿が愛らしくて優しい子に育ってくれていることが嬉しかった。
魔法の鏡に世界で一番美しいのは誰か聞くと、白雪姫ですと答えるようになった。
そうだろう。姫は、わたしの娘はとても美しく成長した。
それに気がついたのは白雪姫が16歳になってからだった。
王がよく白雪姫を連れて歩くようになったのだ。
残念なことにわたしは王子を生むことができず、妾たちも子宝に恵まれなかった。そのため、姫はいずれ国を治めることになるから、その時のために勉強をさせているのだと思った。
だけど違った。
王は姫を、自分の娘を、まるで妾のように扱っていた。
許せない。わたしの姫を、あなたの娘を、そんな扱いをするだなんて。
わたしは姫を森へ追いやった。
きっと酷い母親だと思われるだろう。姫はあの状態に満足していたのだから。
優しかったわたしの姫。こんな醜い場所になった城になんていない方がいい。
幼い姫に野原を駆け回らせてあげられなかったから、森を選んだ。
あそこなら小人たちがいる。知り合いの猟師に様子を見に行かせることもできる。
醜い城の中、一人でそっと息をついて鏡に毎日聞いた。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは誰?」
「それは白雪姫です」
姫が生きていることを確かめる方法だった。普通に聞いただけでは姫のことを邪魔だと思っている妾たちにわたしの邪魔をされてしまう。
姫の居場所はバレるわけにはいかなかった。
ある日、妾の一人が老婆の格好をして出かけて行った。まさかと思って鏡に聞いた。
「あの妾はどこへ行ったの?」
「白雪姫のところです」
急いで小人たちの家へ向かった。ドアの前で姫が倒れていた。
「ああ、なんてこと」
このままでは姫が死んでしまう。そんなことは絶対にさせない。
近くにいるはずの小人を大声で呼んだ。
「お願い!小人たち!早く帰ってきて!姫が死んでしまう!」
少しすると小人たちが走って帰ってきた。胸の飾り紐を緩めると姫は目を覚ました。わたしはそれを姫に見つからないように見ていた。
城へ戻り、姫を殺そうとした妾の一人を処刑した。
しばらくして、また別の妾が老婆の格好をして出かけて行った。
もしかするとと、嫌な予感を抱いて鏡に聞いた。
「あの妾はどこへ行ったの?」
「白雪姫のところです」
まただ。わたしが邪魔ならばわたしを狙えばいいのに、どうして姫を狙うのか。
急いで森へ向かった。
姫は毒櫛を髪に挿していた。
櫛をわずかにずらして毒がまわらないようにして、解毒薬を飲ませた。
これで少ししたら目を覚ますだろう。ちょうど小人たちも帰ってきた。
姫が目を覚ましたのをまたもわたしは見つからないように影で見ていた。
そして城へ戻り、姫を殺そうとした妾を処刑した。
それから季節がひとつ過ぎ去り、姫が18歳になった冬の日に、王が身罷った。
不思議と悲しくはなかった。わたしの姫にあのようなことをしたからだろうか。愛情はとっくに無くなっていたようだった。
残っていた妾は城から出さなくてはならなかった。今まで王に尽くしてくれたいい女性だった。
また、王が身罷ったことで国が少しだけざわついてしまった。致し方のないことだけれども姫が女王になる前に落ち着かせておきたかったからもう少し小人たちの家にいてもらうことにした。
ある日いつものように鏡に聞いた。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは誰?」
「それはあなたです」
目の前が真っ暗になった。
そこからはよく覚えていないけれど、気がついたら小人たちの家にいた。
ガラスの棺の中で、姫は眠っていた。
ああ、姫。姫。わたしのかわいい姫。
そのまま姫と一緒に居たかった。しかしわたしには城でしなければならないことがある。
仕方なく城へ戻った。
砂を噛むような日々が続いた。姫を守るためにしていたことなのに、結局は姫を死なせてしまった。そのことが頭から離れなかった。
姫の遺体は小人たちが守っていてくれているはずだ。
仕事がひと段落したら姫を迎えに行こう。
景色が綺麗なところに弔うのだ。
ある日、もう意味がないことだと知っていながら、わたしは鏡に聞いた。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは誰?」
わたしか、それとも別の女性か。白雪姫と言われることはないはずだった。
「それは白雪姫です」
なんということだろう。
姫が生き返ったのか。わからない。だけどこれ以上に嬉しいことはない。
急いで小人たちの家に行かねば。姫が生きているのなら、この目で確認したかった。
小人たちの家には姫はいなかった。
いわく、隣国の王子が連れて行ってしまったのだという。
一度でいい。姫に会いたかった。
わたしの願いはすぐに叶った。
姫は隣国の王子と結婚することになった。
わたしの元へ招待状が届いたのだ。
あの子は幸せになれるのだろうか。
もう悲しいことはないだろうか。
心配しながら隣国の城へ行った。
姫は王子の隣で幸せそうに笑っていた。
よかった。本当によかった。
充分だ。帰ろう。
踵を返して広間を出ようとしたら、兵に囲まれた。
「失礼、こちらへよろしいか」
何かしてしまったのか。個室へ通された。
「これを履くようにと、王子からのお達しです」
真っ赤に焼けた鉄の靴だった。
「どういうことです?」
これは処刑用のものだ。
「あなたが白雪姫を三度も殺そうとしたということは、皆知っているのですよ」
なんということだ。わたしが姫を殺そうとするわけがないのに、わたしは罪を被せられてしまった。
「…このことを白雪姫は知っているのですか」
「ええ。ただ、白雪姫はあなたに罪はないと仰っていましてね。洗脳でもしましたか」
嘲笑を浴びせられる。とても不愉快だ。
「まさか」
洗脳などやり方さえ知りはしないのに。
でも、姫の選んだ王子だ。わたしがこれを拒んだら姫に酷いことをするかもしれない。
わたしは鉄の靴を履いた。
皮膚が溶けて猛烈な痛みが襲った。
上と下の感覚がない。
喉から血の味がする。
真っ赤に染まる視界の隅で兵の一人が剣を振り上げるのが見えた。
とどめを刺される。
わたしは死ぬのだ。
なぜこんなに冷静に考えているのだろうか。
やり残したことはあまりない。
姫の子どもが見たかったくらいか。
広間にいるはずの姫がいる。
目が合った。姫は泣いていた。
泣かないで、わたしのかわいい白雪姫。
酷い母でごめんなさい。
幸せに、どうか幸せに。
そして、剣が振り下ろされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます