意識を回復した後、私は改めて赤ん坊と直面しました。あの子の下腹部には男性である事を意味するペニスがあり、同時に女性である事を意味する膣がありました。半陰陽にも幾つかタイプがある事はご存知でしょうか。体内に卵巣があり外性器はペニスである女性仮性半陰陽、膣と共に睾丸のある男性仮性半陰陽、そして外見は女性そのものながら子宮や卵管などの器官が存在しない睾丸性女性化症候群。あの子の場合は男性としての機能も女性としての機能も共に備えていたのです。私は影蔵の説いた神の姿を思い出しました。我々の神は完全な存在であり、完全とは相反する要素を肉体の内に宿して融合したものです。あの子は影蔵の理想の肉体を持っていました。私の中であの子を殺すべきだという感情が高まり始めました。しかし不思議なものです、そのように思っていてもいざ他人から望まれると、私はあの子の生命を守りたくなりました。

「他人から?」

 雅也の問いに影山辰美ははいと頷いた。見ての通り、この村は閉鎖的な村です。余所者を余り歓迎しません。私を救ってくれた影山さんに対しても余り良い気はしていなかったでしょう。そんな私が産んだのが両性具有という異質な赤ん坊であった事は、私への不信感を益々募らせる事になりました。私は影山さんとクラウドを伴って村長の家にゆき、村の重役たちとクラウドの今後について話し合いました。産まれた時に産声を上げずすぐに這って歩いたのは獣の赤子に似ている、しかも男性でも女性でもない、何か嫌な事が起きる、すぐに殺してしまいなさい。そう言われました。私と影山さんは反対しました。そんなものは古臭い迷信だ、あんたたちは余所者だからという理由でこの人を嫌い村から追い出す為にいちゃもんを付けているんだ、影山さんが声を荒らげ、会議は終わりました。その夜、私と影山さんは村を出ようとしました。こんな所にいられない、何処か俺たちの事を受け入れてくれる町へ逃げよう。そんな所があるのかしら、私には分かりませんが村にいられない事も事実です。計画は失敗しました。影山さんは村人たちのリンチに遭って半身不随にされてしまいました。村人たちを警察に訴えようとも考えましたが、私の事が公になればスティグマの幹部たちに発見され、クラウドを影蔵の子供として取り上げられてしまうと思い、何も言えませんでした。それから暫く私は動けなくなった影山さんのお世話をしながら畑仕事をやりクラウドを育てました。村人たちの眼は冷たかった。軽蔑の眼でした。その視線に恐怖が混じり始めたのはそう遠くない事でした。村を水害が襲い、作物が育たなくなったのです。村人たちは、クラウドが迫害された事の復讐として環境を操作していると考えました。これ以上クラウドや私に手を出せばどのような災いが降り掛かるか分からない、クラウドと私はこの村でアンタッチャブルな存在になりました。

 クラウドにも異変が現れました。クラウドは少年として育ちました。服を買いに行くお金もなかったので影山さんの子供の頃のお下がりを着ていたから特に違和感はありませんでした。しかし二次性徴を迎えた頃の事です。私にはすぐには分かりませんでしたが、村の人たちが噂をしているのを聞きました。クラウドが女性的な容姿に成長しているという話です。クラウドは中性的な容姿をしていました。だからすぐに気付く事が出来なかったのかもしれません。私はクラウドが裸になっている所を見ました。するとクラウドには乳房があり、ペニスはなくなってしまっていたのです。しかもすぐに月経がやって来たようでした。私はクラウドに暫く外出を控えさせました。それから約一週間後には更に驚くべき事に、あの子は男性の身体に戻っていたのです。クラウドが再び女性の身体になったのはそれから一ヶ月後……恐らく生理の周期に合わせて、あの子の身体は男性と女性を行き来するようになったのです。

 この村で不審な人物が目撃されたのは、クラウドの身体に変化があってから間もなくの事でした。その人物は村の事を調べていたようでした。そしてそれと同じタイミングで、クラウドが怪我をして帰って来る時が多くなりました。虐めを受けていたようです。身体の事がばれたのかと思いましたがそうではありません。それよりももっと隠して置くべき事、つまりクラウドが影蔵の子供であるという事が知られてしまったのです。多分、目撃された不審者というのはスティグマの幹部で、それとなく探りを入れていたのだと思います。影蔵の子供だと分かって、クラウドは日常的に暴力を振るわれるようになりました。通っていた学校では、教師にまで罵倒を浴びせられるようになったそうです。そしてクラウドは姿を消しました。酷い虐めに耐えかねて、出て行ったのだと思いました。若しかしたらあの時の私のように自分の命を断とうと思ったのかも……。

 影山辰美はそこまで話して一つ深呼吸をすると、志村に呼び掛けた。

「私が貴方に調査を依頼したのは、クラウドの姿を見掛けたからです。インターネットで偶然、あの子の姿がホワイトロータスのホームページにアップされている写真に写り込んでいたのです。その画像はすぐに削除されてしまいましたが……」

 ホワイトロータスがD13と関りがあるという噂は朝田辰美も知っていた。クラウドの消息が掴めればと思い、こちらの素性を知られずに依頼出来る志村にコンタクトを取ったのだ。資金についてはいつかクラウドが帰って来るかもしれないという淡い期待の為に蓄えていたものと、影山の遺産でどうにか捻出したものであった。

「その写真は? 保存してたりとか、スクショしてたり……」

 志村は訊いたが影山辰美は分からないという顔をした。パソコンは苦手なんです、時々ネットを見るくらいで。

 手掛かりは殆どなしって事か、がっくりと肩を落とす志村。そのスマフォがSNSアプリの着信を報せた。麗奈からであった。志村は茶の間から立って玄関の方へ向かった。

 そうだ、影山辰美が思い出したように言った。クラウドというのはあの子の本当の名前ではありません。クラウドがD13と関わって悪い事をしているなら、あの子を産んでしまった私に責任があると思い、あの子を私と影山さんが付けた名前で呼ぶ事を忌避したのかもしれません。クラウドというのは私を保護したスティグマの幹部たちが付けた名前です。クラウドというのはホーリーネームであると共に、影蔵の字を一つ貰った称号と真名が一つになった新しい組織の御旗としての名前なのです。しかしそうは言っていられませんね。

「誰だ?」雅也が訊いた。「クラウドの事を、あんたは何と呼んでいたんです」

 朝田辰美が答える前に、玄関から戻って来た志村が慌てた様子で言った。

「大変です、尾神さん! あの子が――ましろちゃんがいなくなりました!」

「ましろ?」

 朝田辰美が首を傾げた。

「あの子に付けた名前と同じです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る