第十三章 絡み合う過去
壱
車のラジオからは雑音交じりに各地の混乱を伝えるニュースが流されていた。各地で爆破テロが相次ぎ、銀行や郵便局などに強盗が押し入り、発電所やダムを占拠しようとする武装勢力を制圧する為に特殊部隊が派遣される。学校にマシンガンを持った集団が現れ、人通りの多い歓楽街にトラックが突っ込んだ。
信号の止まった町を麗奈の運転する綾部の車がゆく。綾部が部屋を取っている新宿のホテルには既に志村が到着している筈だ。だいぶ待たせてしまう事になるだろう、このままならば雅也たちの到着は夜明け頃になると思われた。
「そろそろ着きますよ」
空が白み始める頃、麗奈はハンドルを握りながら言った。特徴的な新宿都庁のツインタワーがビル群の向こうに確認出来る。目的地のホテルの前に到着し、地下駐車場に停めようとした所、パトカーに呼び止められた。げ、という顔をして渋々と路肩に停車すると、その後ろに付いたパトカーから警官が下りて来て窓を叩いた。
「あ、丹波先生――」
警官は麗奈の顔を見ると押忍と礼をした。力神会館は警視庁に武術指導を依頼されていて懇意になっており、逆に麗奈が師範代をしている道場に通う警察官も少なくない。警官の中にD13の人間が潜伏している事は雅也の件でも明らかになったが、力神会館に通う人間が桜の代紋を身に着けている場合があるのだ。
「駄目ですよ、丹波先生」
「ご免なさい、スピードは守ろうとしてたんだけど急いでて……」
「いや、そうじゃなくて」
警官は車の屋根の上を見た。麗奈が窓から顔を出すと、車の屋根からふわりと降りた黒い影があった。綾部一治は何処から取り出したのか黒い外套を畳むと済みませんねぇと言って警官に罰金を支払った。
麗奈が駐車場に車を止め、雅也、ましろ、そして綾部と共にホテルの中に入ってゆく。エレベーターは使えないので綾部が取っている部屋がある一〇階まで歩く事になった。その道中で綾部は自分がどうやって付いて来たのか説明を求められ、話した。追跡して来た車の前に降りた時、持っていた煙玉を使って尾行者の眼を眩まし、走り出した車の上に飛び乗った。そうして外套を頭からすっぽりと被って黒い車体に張り付いて擬態し、ここまでやって来たのだった。町の明かりが殆ど消えてしまった道を、なるべく他の車に出会わないように走って来たのであるからそれまでは気付かれず、明るくなって来た所で屋根の妙な盛り上がりに気付かれてしまったのである。
「何者なの、貴方」
「外法使い――ま、陰陽師のようなものだと思って下さい、分かり易く」
考えてみれば麗奈と綾部は初対面である。どちらも雅也がいたから条件反射的に協力したのであって、彼という繋ぎ役がいなければ互いに不信感を抱いてそのまま別れてしまっていたであろう。麗奈は今更ながらにそう思ったが、この短いが濃厚な時間で綾部一治を信じるに足る人間だと判断する事にした。
「それより、どうしてあの場所に?」
雅也が訊く。ましろが料理に入れたと思しき“伊舎那”を食べなかった雅也が彼女を問い詰めると、まるで狙っていたかのように武装した男たちが店に押し入って来た。そして彼らを追うようにして麗奈もやって来たのである。麗奈はああと頷いて、自分もSNSで雅也が襲われている画像を見てあの通りにやって来て、クラブでポン引きをやっている門下生から連絡を貰い、雅也が入って行った店を特定したのであるという経緯を説明した。
一応言って置くと、と綾部が言った。私も似たようなものです。尤も私は式神に教えて貰ったんですけどね。
「式神?」
「この子です」
綾部が懐から取り出したのは一枚の紙だった。鳥のような形に鋏を入れて切った紙に、小難しい文字が羅列されている。映画や漫画では良く見掛けるが、あれはフィクションの事だと割り切っている麗奈は嘘臭いナぁと眉を寄せた。綾部はしかし自分の商売を腐すような意見を聞いてもそれも良いでしょうと薄く微笑む。確かに、貴方と同じくSNSで知ったというのを式神を見せてそれっぽく演出する、そういう手口だと考えて貰っても構いませんよ。
「実際、影蔵はその手口で自分を教祖に仕立て上げたのですしね」
影蔵・シヴァジット・獄煉は自らのカリスマ性を高める為、神通力を謳って初対面の他人の事をずばずばと言い当ててみせるというパフォーマンスを行なった事もある。しかしこれは神霊会の信者たちの情報収集による知識と人間の心理を突いて演出したものであり、影蔵にそのような超能力が宿っていたとは思えない。だが、余りに巧みな話術と影蔵の自分自身への絶対的な信仰が、有識者と呼ばれる者たちでさえ虜にしてしまったのだ。
「何でもかんでもケータイか」
呆れたように雅也が言った。雅也自身スマートフォンを使用しているが、町中を歩いている人間たちが常に液晶画面に釘付けになっているのはどうにも気に喰わない光景だ。インターネットに傾倒し現実世界との境界を設けず、物事の本質を見ようともせずに騒ぎ立てる。二〇年前、影蔵というペテン師に踊らされた時から人間の思考回路は殆ど変わっていないのではないか。スティグマ神霊会がソーシャルネットワークに変わっただけで、何の反省も見られないように思えてしまうのだった。
ぽつぽつと話しながら階段を上って、一〇階に到着した。廊下に出て部屋に向かい、ノックをして雅也が顔を出すと、志村がドアを開けた。志村は綾部と麗奈とましろに驚いたようだった。綾部については部屋の主と分かり、麗奈の事はメディアへの露出もあって顔を知っていたが、ましろについては分からず首を傾げた。容疑者だ、スティグマのな、雅也はそう言って部屋に入り、ソファの一つに腰を下ろした。
綾部が借りていたのはジュニアスイートである。部屋が完全には独立しておらず、リビングのソファに腰掛けて横に視線を投げるとベッドが設置されていた。部屋の中は清潔に保たれており部屋主の綺麗好きな面が見て取れる。ガラスのテーブルを囲んで、上座の綾部から時計回りに志村、ましろ、下座の雅也、麗奈という順でソファに座った。
「さて、それでは色々と情報を整理しましょうか」
綾部が言った。
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