私、ビョーキなんだ。シホはそう言った。SEX中毒。男のあれの事しか考えられなくて、いつもあそこを濡らしているの。

 雅也はシホの自宅で身体を重ねていた。自分でそう言うだけあって、シホのテクニックは見事なもので、雅也は何度もいかされた。こんがりと日焼けした少女の褐色の肌が、月の蒼い光の射し込む室内で煽情的にうねり、内外共に絡み付いて来る。シホはテクニックばかりでなく、身体も素晴らしいものがあった。強く抱き締めれば折れてしまいそうな腰や、すらりと細長い脚をしている割に、前に張り出した乳房やきゅっと持ち上がりながらも丸く育ったヒップが、奇跡的なバランスの上で存在している。メイクできつめの表情を作っているが、脚の間にしゃがみ込んだ女豹の姿態で前髪を掻き上げながらものを手にする時などは、子供のような無邪気さを感じさせる顔を作る。長い舌が暗闇にくねって巻き付き、吸い上げ、熱い吐息を吹き掛ける。

 シホの家には彼女しかいなかった。父親は若くして病気で鬼籍に入り、それが原因で母親は精神を壊し、悪い男に騙されて町から出て行った。狭い田舎の事であるから、その話もすぐに広まり、シホは志村たちとつるむようになった。志村たちといれば楽だった。後ろ指を刺されるのが自分だけではないからだ。自分独りが親の所為で責め立てられるのは堪らなかったが、同じような仲間とつるみ、そして親を理由にされるのではなく自分自身の行動で自分を含んだ仲間たちで一緒に悪く言われるのならば受け入れる事が出来る。

 一通りの情事が済むと、雅也はシホの家の電話を借りて、ベルにメッセージを送った。

“バイトで急に手が必要になったので今日は帰れないかもしれない。家に戻っているなら弁当の作り置きがあるからそれを温めて食べてくれ”

 という意味合いの文を、短く打ち込んだ。

 今日は午前中はバイトをして午後から学校に行き、放課後に追試を受けたので弁当を作って行ったのだ。夜食にとサケと昆布と鶏そぼろを詰めた大きなおにぎりを一つずつと、甘めの味付けの卵焼き、鶏ささみのフライ、キャベツと人参ともやしを醤油と塩コショウで味付けした炒め物を残して置いた。

「あんたも嘘を吐くんだね」

「嘘?」

「バイトなんて嘘じゃん。それとも、自分のにお金の価値があると思ってるの?」

「妹に男の情事なんか話せないからな。尤も、あいつだってこんな話は信じないさ、どうせバイク仲間と夜中のツーリングでもしてるんだと思ってるんじゃないか」

「へぇ、あんた、バイクもやるんだ。知らなかったな。あんたも結構、不良じゃん」

「違反をした事はない。ゴールド免許もすぐさ」

「だったら安心ね。どーせなら今度、何処かに乗せて行ってよ」

「暇が出来たならな」

 汚れの染み着いたベッドの上に雅也が腰を下ろすと、雅也がメッセージを送信するのを終えるまでシーツで胸元を隠して待っていたシホが、再び雅也の下腹部に手を伸ばして来た。薄っすらと浮かび上がったシックスパックを指の腹でなぞってゆくと、臍の上にまで反り返ったものを掌に包み込む。

「それで、話って言うのはなんだ」

 若しかしてこれが用事か、早速先端を口の中に迎え入れたシホに雅也が訊く。それまで散々果てている筈なのに何日も溜め込んでいたかのように屹立する雅也も、たっぷりと喘ぎ声を上げて気をやり続けたのにまだやり足りないシホも、凄まじい精力であった。

「昔、東京に住んでた事があるんだ」

 それから更に何度かまぐわって、流石に疲労が溜まってベッドに横になったシホが話し始めた。雅也が横に伸ばした腕に頭を載せて身体の側面を下にし、彼の胸板を撫で回している。両脚は雅也の片脚に絡め、彼が起ち上がった時にはすぐに反応する事が出来るように。

「東京に?」

「うん、あいつと同じで、私も、この町からすれば余所者……」

 違うのは父親がこの町の出身だという事だった。シホの父は高校を卒業して東京の大学に進学し、そこで出会った女性と結婚してシホを設けた。地元に戻って来たのは、IT系の事業で成功して、出社しない、インターネットを駆使した在宅業務を推進したからだ。こうした田舎にもネット回線を引き、都心部の過密化と郊外の過疎化問題の解決を促進しようとした。

「偉いな。きっと何年かしたら実現する夢だ」

「それが表の理由」

「表? つまり裏が……何か、本当の理由があるのか」

「スティグマ神霊会って知ってる?」

 ああ、と雅也は頷きながら、シホの口からその名前が出るのは意外だなと思った。スティグマ神霊会は二〇年前以上前に設立された宗教法人で、年々信者数を獲得して来た。明治維新が成った直後や終戦直後などの歴史の変わり目に於いて数々の新興宗教が設立されたが、こうした団体と比べても異例なスピードで勢力を拡大している。特に教祖の影蔵かげくら・シヴァジット・獄煉ごくれんのカリスマ性は高く、有名国立大学の教授でさえスティグマ神霊会の信者になる程だった。

「胡散臭い奴らだ」

 どうしてあんな連中の戯言を、そこら辺をふらついている莫迦な学生たちならば兎も角、頭の良い教授先生が信じてしまうのか分からない。いや、理由としては分かる。影蔵・シヴァジット・獄煉を始めとした神霊会の幹部や信者たちは、皆、自分たちの教義を心から信じて深く理解しており、それらを論理的に説明して納得させ、彼らは正しい事を言っているのだと思わせてしまうのだ。巧みな話術と一部の隙もなく組み立てられた理論、そういうものを頭の良い者たちは好む。

 それがどうしたんだと尋ねると、あんた初めて? とシホが訊いた。女の子とエッチしたのは今日が初めて?

 頷く雅也の前でシホは上体を起こして雅也に向かい合う形で脚をM字に広げた。さっきまで舐めたり指を入れたり突き上げたりした身体の中心があられもなく広げられている。枕元のランプを付けて薄いオレンジ色の光が部屋を照らし出すと、よりくっきっりと浮き彫りになった。

「見て、ここ……」

 シホが自分の性器を指差した。陰毛を割り開いてゆくと、ぷっくらと膨らんだ大陰唇がある。その厚手の唇を左右に開けばぬらぬらとしたピンク色の肉が見えていた。さっきまでそこに雅也のものを入れていたとは思えないくらいに美麗な色をしている。だが光の中でそこを注視した雅也は初めて妙な違和感を覚えた。

「分かる? 私、

 女性器は大陰唇、小陰唇、クリトリス(陰核亀頭・海綿体・陰核脚)、膣口から成り、尿道や膣口を保護する脂肪組織に富んだ襞が大陰唇で、その内側の襞が小陰唇と呼ばれるのだが、この部分がシホの身体にはないのである。

「割礼したのよ」

「割礼!?」

「ええ、私の母親は、スティグマ神霊会の信者だったの。結婚する時も神霊会のお寺……ガランでやったわ。私は生まれてすぐにガランに連れて行かれて、ここを切り取られたの。信者は皆そうやっていたわ」

 雅也は驚いたが、しかし、シホの意図が分からなかった。自分がかつて怪しげな新興宗教の信者であった、その事を聞かせる為に家に招いて抱かせたのか。だとすればその理由は何なのか。雅也の戸惑いを感じ取って、シホは話を続けようとした。

 その時だった。窓の外で、がたんという物音がした。ベッドは、窓に対して左側を向ける形で置かれており、雅也はベッドの上で窓に背中を見せるように寝そべっていた。窓から部屋の中を覗き込めば雅也の顔は見えないが、彼に自身の性器を見せているシホの姿は丸見えになる。だが、シホの悲鳴は、単に裸体を覗かれたというだけではないようだった。雅也が窓を振り返ると、暗闇に素早く動く影が見えた。雅也は床に転がった服を引っ掴んで身に着け、窓を開けて飛び出した。シホの家から走り去ってゆく後ろ姿が見える。追って、とシホの悲鳴のような声が言った。

「あいつを追って! でないと……」

 訳が分からなかったが、雅也はシホの言う通り、部屋を覗いた人物を追跡した。シホが何を恐れているかは分からない。普通に考えれば、裸の写真を撮られたかもしれないと思ったからという所だろうが、そうではないような気もした。

 シホの家から数十メートル離れた所まで、雅也は走った。住宅街を抜けると、すぐ傍には畑や田んぼが広がっている。街灯も殆どない。あるのは田畑の持ち主の家ばかりだが、年寄りが住んでいる所が多く、夜中まで明かりを点けている家はなかった。

 覗きの犯人は、雅也の健脚からまんまと逃げおおせてしまった。ズボンを直に穿き、ワイシャツのボタンを留めないままの格好である雅也は、下手をすれば覗き犯よりも怪しい姿である。実際、シホの家に戻る途中で出くわした酔っ払いなどには、身体を持て余した人妻の間男で、亭主が戻って来たので慌てて飛び出した所ではないかとからかわれたりした。

 出て来た時と同じように、窓から家の中に上がり込む雅也。そこで雅也はぎょっとした。ベッドの上にシホの身体が載っているのは窓から飛び出した時と同じだったが、そのシホの身体がおかしな状態になっていた。

 顔と胸に、鉄の匂いのする赤いペンキをぶちまけられていたのだ。いや、そのペンキは、少女の額と胸に空いた孔から、どくどくと溢れて来るもののようだった。シホの表情は恐怖の瞬間のままに凍り付いている。濃厚な血の匂いの中に微かに漂う煙の匂い……

 シホは銃殺されたのだ。

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