Part4

 錬司が摩耶に連れて行かれた後、未散はとぼとぼとした足取りで帰路に就いた。


 妙に気分が落ち込んでいた。


 未散の中では、錬司は未だに気の弱い少年という印象が先行している。皆の前では自信に溢れた人間性を押し出しているが、その実はきっと、事故の前とそう変わった所のない、自己主張の小さい、穏やかな性格の人物だと思っている。


 そうした過去の自分から決別するように、ここ最近の錬司は振る舞っているのではないかと、未散は錬司の事を見ていた。だから以前の錬司と同じようなリアクションをする時は、その相手との間に、過去と決別するアクションを見せずとも良いという信頼関係を築いているのだと考えたのだ。


 自分は何も変わっていない――謙遜であれ、事実を言っている心算であれ、錬司の主張はそうであった。どれだけスーパースターとして持て囃されても、根っこの部分では、竜胆錬司のままだと。


 その変わらない竜胆錬司を、摩耶に見せ付けられたのが、思いの外にショックであった。


 ぐぃぐぃと自分を引っ張ってくれる相手に、従順して付いてゆく錬司――その相手が、知り合って半年も経っていない花果摩耶であった事に、驚いている。

 そして、決して深い関係であったとは言えない、交流がそれなりに長かっただけの自分が、錬司と摩耶の関係にもやもやとしたものを抱いているという事に、戸惑っていた。


 俯きがちになりながら歩いていた未散の視界に、見慣れた男子の制服のズボンが入って来た。


 顔を上げると、そこに、田上正則が立っていた。

 ポケットに両手を突っ込んで、首を横に傾けて、未散の前に立ちはだかっている。


 錬司に舎弟の茂田と実岡諸共喧嘩で敗けてから、学校に来なかった男である。辞めてはいないとの事だったが、家を訪ねても誰もおらず、時折、やくざのような連中とつるんでいるのを目撃されていた。


「よぅ、未散……」


 田上が焼けた声で言った。見ると、頬が紅を引いたようだ。左眼の白眼の部分に、血だまりのようなものが生じていて、真っ赤だった。ぬるい風に乗って、アルコールの匂いが未散の顔に届いて来る。


「田上くん……貴方、お酒を飲んでるの⁉」


 未散が声を上げた。田上は唇を捲り上げて、黄色い歯を見せて笑った。


「今更だな」


 田上はそう言うと、未散に歩み寄って来た。


「逃げんなよ……」


 未散が下がろうとするので、低い声で威圧する。田上の身体の内側に溜まった、とぐろを巻く黒々とした感情が、質量を以て、未散に覆い被さって来るようであった。


 未散が、田上の威圧に屈せずに踵を返して走り出そうとする。

 しかし、横手から現れた茂田と実岡に、道を阻まれてしまった。


「助けて……」


 未散が、大声を張り上げようとする。だが、その口を、後ろから回り込んで来た田上の掌が塞いでしまう。田上は未散の身体を抱きすくめるようにして拘束した。


 茂田と実岡の背後――つまり、未散がそれまで歩いて来た方から、自動車のハイビームが近付いた。逆光の中で黒い影になった茂田たちも、人に見られれば退散するであろうと思った未散であったが、車は四人の横に停まり、開けられた窓から、


「早く乗せろ」


 という、低い声が聞こえた。


 茂田がワンボックスカーの後部ドアを開け、田上が動きを止めた未散の足を、実岡が抱えて、車の中に放り込む。反対側のドアの内側に、後頭部をぶつけた未散に、勢い良く乗り込んで来た田上が跨った。


「何をするの⁉ やめて……っ」


 声を上げようとした未散の、ワンピースのストラップを引き千切った田上は、次いでブラウスの襟を引き千切るようにして、ボタンを弾けさせてしまった。


 汗で湿ったシャツとブラジャー越しに、小さな身体には見合わない乳房が秘められていた。ドアを内側から開けて逃げ出そうと身体を翻した未散に、田上が背後から覆い被さった。


「お楽しみも良いが、怪我はさせるなよ」


 運転席から、そういう言葉が降って来た。

 助手席に実岡が乗り、田上の横に茂田が乗り込んだ。


「やめて! 嫌! 誰か、助けてぇっ!」


 茂田によってドアが閉められ、車が発進する。未散は身体を激しく動かして抵抗するのだが、体格も腕力も差のある田上にがっちりと抱きかかえられてしまっていた。


「うるせぇ、静かにしてねぇと、殺すぞ!」


 田上が、未散の耳元で叫んだ。髪を掴んで頭を引き寄せ、もう片方の腕は少女の細い頸に回している。未散は息苦しさに顔を真っ赤にして、涙を滲ませて、唇を咬んだ。


「黙らせてろよ、警察に捕まったら面倒だからな」


 運転席の男が、のんびりとした口調で言った。


「しかし、そいつ、見た目はマジでガキ臭ぇな。本当にお前らとタメかよ」

「見ての通り、身体だけは一丁前っすよ」


 未散の尻を、自分の脚の間に下ろさせた田上は、未散の下着のシャツの襟に指を突っ込んで、左右に広げさせた。布の繊維の千切れる音が、車の走行音に交じって響く。解放されたバストが、ふるんと揺れながら、車中で露出させられた。


「マニアには需要がありそうだな」


 と、ハンドルを握りながら笑う男。未散には、彼らが薄ら笑いを浮かべながら交わしている、下種で卑猥な言葉の意味は理解出来ても、この状況を理解出来なかった。


「お前はこれから、この人のいる角鱗会かくりんかいでお世話になるんだよ。人の事を、酒や煙草漬けで、ロクでもない人間だなんて言えない身体になるんだぜ」


 角鱗会は、関東一円で幅を利かせている指定暴力団・出岡組の傘下にある暴力団だ。田上たちが付き合っていたやくざというのが、この角鱗会であるらしかった。


 しかし、その角鱗会が、自分を拉致しようとしている事の意味が、未散にはまだ分からなかった。

 それを感じ取った田上が、少女を辱めるべく口を開こうとした時である。


「――何だ⁉」


 運転手の男が、声を高くした。バックミラーが、猛スピードで迫る影を捉えたのだ。


 猛スピードと言っても、狭い道の事である。制限速度をオーヴァーするにしても、高速道路のようには走れない。とは言え、車でないものが追い付くのは、難しいスピードであった。


 そのバンに、今にも追い付きそうになっている白い塊が、見えていた。

 夜の闇を進む白い塊は、ともすると、人魂のように見えた。


 その人魂が、ふっとミラーから掻き消える。


 見間違いか――と、思う間もなく、天井から重い音が聞こえた。

 田上が天井を見ると、車の屋根が、明らかに内側に窪んでいる。それから、二回か、三回、同じような重い音がして、そのたびに屋根がへこまされていった。


「何かが居やがるんだ!」


 運転手がハンドルをひねり、狭い道ながらもじぐざぐに走行して、屋根の上の何かを振り落とそうとした。だが、車上から落下するものはなかった。


「つ、次のカーブで振り落としてやる!」


 焦りで踏み込んだアクセルの所為で、速度は八〇キロに達している。オレンジ色に光るメーターの針が、小刻みに揺れていた。そのままのスピードでは、とても曲がり切れない左カーブがあるのだ。


 ガードレールの向こうは、川の土手だった。隣町から流れ込む大きな川で、流れも速く、落ちたならば自力で這い上がって来るのは難しい。


 ハンドルを勢い良く回して、車体が傾いた。片側のタイヤが宙に浮き、中では田上たちがドアに激突する。


 一瞬、窓の外を見た茂田は、運転手が捉えた白い影を見た。白いシャツを着て、黒いズボンを穿いた人間の姿をした何かであった。田上も着ている、学校の夏服のように見えた。


 運転手は、屋根の上に何が乗っていようとも、それで振り落とせる心算であった。だから、浮き上がった車輪が、再び道路に着地した時、ほっと安堵したのである。


 だが、屋根の上に乗ったものは、カーブでも振り落とされる事がなかった。それ所か、カーブを曲がった際に、車の外側に振り出された勢いを利用して、車が道路と平行に戻る瞬間、両膝で窓を砕きつつ、車の中に侵入したのだ。


「げ⁉」


 ガラス片を浴びた田上の頭部に、黒いズボンが絡み付いた。そうして頸を両脚で挟まれた田上は、窓の外に引っ張り出され、上半身を窓から垂らした状態になった。


 田上の上半身が出た分、車の中にスペースが出来る。そこに、白い上半身が入り込んだ。

 田上を引きずり出した人物は、一瞬、車の屋根から手を放して浮遊状態になり、次の一瞬で車の内側の手摺りを掴んで、上半身を車中に入れたのである。


「り、竜胆‼」


 茂田が悲鳴に近い声を上げた。テレビから這い出して来る悪霊のように、車の窓から上半身だけを入れた錬司が、茂田に向かって手を伸ばし、襟を掴んで、運転席と助手席の間に頭をねじ込ませた。


「何だ、てめぇは!」


 運転手がドアを開け、錬司を弾き飛ばそうとする。それを躱して、ハンドルを握る手を踏み付ける。ハンドルがでたらめの方向に回されて、バンは、ガードレールを突き破り、土手を滑るように落ち、高架の壁に激突した。


「この野郎……!」


 手を押さえながら、外を見る運転手。その顔面に拳がねじ込まれる。鼻骨を陥没させ、前歯を何本も折った男は、助手席の実岡に膝枕をされるような形で、倒れ込んだ。


 錬司は、未散が乗せられたのとは反対のドアを、壊すようにして開かせると、窓から身体を半分出した田上を地面に落とし、座席の足元で蹲っていた未散を助け出した。


「羽生さん!」

「りん、どう、くん……?」


 顔を涙でぐちゃぐちゃにし、制服をはだけさせられた未散が、信じられないものを見る眼で、錬司を見上げた。いきなり暴力団と関係していた同級生に拉致されたのも驚きだが、そこから救い出してくれた超人がクラスメイトだというのも、少女を混乱させてしまう。


 錬司は、普段の明るさを何処かへ奪われたしおらしい未散を見て、彼女にこんな顔をさせた男たちへの怒りと憎しみを、ごぅと燃え上がらせた。


 二度に及ぶΨとの戦いでも、こんな風になった事はない。直前までの摩耶との言い争いや、彼女への苛立ち、罪悪感もなくなっていた。


「竜胆!」


 残った実岡が、未散を抱き締める錬司に吼えた。

 実岡は、角鱗会のものと見える拳銃を構えて、錬司たちを狙っていた。

 震える手で撃鉄を起こし、錬司に向かって発砲する。


 錬司は未散の頭を伏せさせつつ、顔を横に傾けて、銃弾を躱した。耳を掠めてゆく鉛玉であるが、テンプレートを噛んで、最強の兵士であるΩとなった錬司には、痛みも恐怖もない。


 二発目の弾丸が、頬を切り裂いて後方に飛んでゆく。流れた血もすぐに止まり、その傷でさえ、目視可能なスピードで再生されてゆく。


「う……うわぁああああっ⁉」


 実岡が叫び、三発、続けて発砲した。一発は明後日の方向に、二発目は錬司の顔の横、そして三発目は錬司が持ち上げた掌に孔を開けて、闇に消えた。


 耳や頬の掠り傷とは、比較にならない量の流血に、実岡が顔を引き攣らせながらも笑う。だが、錬司は気にしなかった。血はすぐに止まり、掌の肉がもりもりと蠢いて、傷も間もなく消えてしまう。


「ば……化け物……」


 実岡が呟きを終える前に、錬司の下突きが、実岡の内臓を強打した。実岡は、腹の中のものを吐き出し、地面に倒れ込んで、身体を芋虫のようにうねらせながら悶絶している。


「羽生さん!」


 錬司は、未散に駆け寄った。車の傍で、未散はへたり込んで、自分の身体を抱き締めるようにし、怯えて震えている。


「いやぁ……怖い……助けて……っ」


 と、うわ言のように繰り返していた。

 錬司は、未散の小さな肩を抱き、


「大丈夫……」


 と、囁いた。


「僕が――俺が、忘れさせるから」


 錬司は言った。






 その日の夜遅く、錬司の母親が、久し振りに自宅に帰って来た。だが、待っている筈の息子の痕跡がない事と、洗濯籠に入れられた女ものの下着を見て、

「ははぁん」

 と、何かを察した彼女は、久方振りの自分のベッドで眠り、空が白み始めた頃に、家を出た。





 敵勢力の本拠地は、町の中心から僅かに逸れた所にある。町並みに同化するように作られたというよりは、元からあった建屋を自分たちのものにしてしまったものらしい。


 死骸の転がる町を駆けた2A部隊は、その建物の中に飛び込んだ。


 もぬけの殻――ではない。銃を構えた兵士が、死んでいた。死体の数は三つ。一つは頸を一八〇度以上ねじり上げられており、もう一人は顔の皮を剥かれていた。最後の一つは、後頭部と踵が触れ合い、軍服の腹の部分からぽっきりと折られた背骨を内蔵と一緒に突き出させている。


 硝煙の匂いがした。天井に銃創が付いている。これをやった者は、銃弾の中を駆け回って彼らを殺したらしかった。


「下だ……」


 地下室への扉が開き、階段が誘っていた。コマンダーたちは、強化された嗅覚によって、容疑者の臭腺を辿った。


 一番前にキューカンバー、次にホーン、コマンダー、殿は同じく巨体のキメライブが務めた。キューカンバーは高温に弱いが、そのボディは軟体で、クレーン車が放り出す鉄球くらいなら簡単に耐えられる。キメライブの複眼の視界は、三四〇度をカバーする。


 地下室は意外と広く、様々な方向に出入り口があった。壁には最新の銃器が掛けられており、あちこちに積まれた木箱には弾薬などが入っているのだろう。


 中央のデスクに、一人の男が腰掛けていた。そのデスクの脇には、敵勢力の首魁である人物の身体が寝そべっていたが、頭部がない。デスクの上の男は胡坐を掻いていたが、その足の前に、キューカンバーたちの方を睨むようにして、切断された頭部が置かれている。


「貴様……何者だ」


 キューカンバーの陰から、コマンダーが聞いた。


 背の高い男だった。

 と言っても、コマンダーと同じくらいの身長である。にも拘らず、コマンダーがその男から妙な威圧感を覚えたのは、男の肉体のボリュームが、自分以上であったからだ。


 服装が、屋内とは言えこの場所に相応しくない。Tシャツにデニムのパンツ。そんな薄着をしていたら、日差しにやられてあっという間に皮膚が赤くなってしまう。だが、巨大に膨らんだ大胸筋、ボーリング玉のような肩、女性のウェストくらいはある上腕……更に折り曲げられてはいるが、土管のような脚。彼が胡坐を掻いている姿は、まるで巨岩だった。


 貫禄はあるが、若い男だった。精々、三〇代くらいだろう。その顔に年齢以上の精悍さを付け加えているのは、顔の半分を走る傷かもしれない。右の額から斜めに、左の瞼の上を切り、顎に達し、やたらと太い首に伸び、胸の中に潜り込んでいる。


「Aコマンダー……秋原あきはらけいか」

「何⁉」


 自分の質問には答えず、しかし、名前を告げられたコマンダーが動揺した。しかも謎の巨漢は、既に捨て去った本名まで当ててみせたのだ。


「そっちはキューカンバー、白井しらい宗次そうじ。そっちはホーンレプリティアン……角田かくたみどりだったな」

「――」

「キメライブ――Ψとして比較的成功作と呼べるのは、お前だけだったな。相羽あいば晴夫はるお

「何故、そんな事を知っているんだ⁉」


 コマンダーが言った。自分たちの存在は、秘密にされていなければならない。人体実験によって造り上げられた生体兵器、そんなものが表沙汰になれば、ホイル製薬の信用に関わる。全世界の倫理機関から袋叩きにされてしまう。当然、ホイル製薬の親会社にも。


 会社の安否は兎も角、彼らが気になっているのは自分たちの行く末の事であった。ホイル製薬が解体でもさせられれば、自分たちはどうなるのか。兵器としての運用がされなくなれば、人間社会での生活を捨てた自分たちは、単なる化け物だ。


 人間ならば、宗教も祖国も捨て、別の土地で生きてゆく事は可能だ。だが、Ψは、αでさえも、日の当たる場所で生きてゆく事は困難だった。


 そんな自分たちの事を知っているのは――


「……どうした、ホーン」


 ホーンレプリティアンが、コマンダーの袖を引いた。そして、固く閉ざされていた上下の顎を、小さく持ち上げて、掠れた、聞き取り難い声で言った。


「覚えの……あ、る……匂い……」

「同じ……匂い、だ」


 キューカンバーも言った。

 コマンダーは嗅覚に神経を集中した。すると、ホーンとキューカンバーの言っている事が分かった。


 それと同時に、殿を務めていたキメライブがぬっと歩み出て、その巨体を躍らせた。巨漢はデスクの上から飛び退き、キメライブはそのデスクを粉砕した。載せられていた敵司令官の頭部が、ザクロのように弾けた。


「ひゅ――」


 胡坐を掻いた姿勢のまま、天井まで跳ね上がった巨漢は、高跳び込みのビデオを逆再生するようにして天井に張り付くと、天地を逆さにした足場を蹴り、キメライブの頭部に拳をねじ込んだ。


「貴様ッ」


 コマンダーの頭に血が昇った。ジャケットの内側から、一〇本近くの小型ナイフを取り出すと、同時に投擲する。その内の半分は真っ直ぐに巨漢に向かい、残る半分は明後日の方角に飛び出した。


 巨漢は、一〇〇キロ以上の重量を誇るキメライブの身体の下に、自分の身体を潜ませた。キメライブの巨体が盾となり、正面から迫ったナイフと、壁と天井に反射して背後から飛んで来るナイフを防御した。


 ――莫迦め!


 コマンダーは思った。キメライブの腹部には、蜘蛛の口に似た器官が生じている。脳を破壊されても、直後ならばまだ生きている頃の機能を発揮する事が出来る。体液を啜り上げる事は不可能としても、僅かなタイムラグを生み出す事ならば可能だ。


 その僅かが命取りになる。展開したホーンレプリティアンとキューカンバーが、巨漢にダメージを与える。最後には、いつぞやに兵士から奪って置いた拳銃でとどめだ。


 だが、巨漢は何とキメライブの胴体を、鯖折りの要領でねじ曲げつつ、自らの頭で分厚い肉を突き破った。キメライブの腹を裂いて体内に潜り込み、骨を砕いて背中側から飛び出したのだ。


 巨漢はキメライブの血にまみれながら、彼の身体を引き裂き現れた。そして接近したキューカンバーの身体に、鋭く左右の貫手を決めた。鉄球さえ徹さない弾力の肉体が、貫かれた。巨漢は両腕を左右に広げ、キューカンバーの肉体をも破壊した。


 白い肉の内側から噴水のように溢れ出す異形の血を浴び、巨漢は阿修羅の如く輝いた。


 ホーンレプリティアンは、その俊敏さを駆使して、敵を翻弄しようとした。だが、巨漢はその大きさに見合わぬ速度でホーンに肉薄する。距離を取ろうとしたホーンのボディに、前蹴りを叩き込むと、肉体は分断され、下腹部から子宮が押し出された。


 一瞬だった。


 コマンダーが、漸く銃を取り出した所であった。

 血にまみれた巨漢が、コマンダーを振り返った。


 がん!


 拳銃が唸った。巨漢の胸に、弾丸が突き刺さる。


 やった……コマンダーは思った。次の瞬間、視界が暗転したからだ。

 これは夢だと思った。酷い悪夢だった。その夢から覚めて、身体が本格的に起きようとしているのだと。


 そうではない。


 巨漢は、撃ち込まれた銃弾など気にも留めず、コマンダーに平手を見舞ったのだ。その平手が、頸の筋を断ち、頸骨から頭骨を外し、頭部をぐるりと半回転以上させたのだ。


 身体の正面を向いた後頭部を、巨漢は握った。大の男の頭が隠せるくらいの大きな掌だった。そして刹那、コマンダーの背にしていた壁に、眼球がぶち当たった。握り潰される頭蓋骨の張力で弾け飛んだのだった。


 こうして、2A部隊は全滅した。しかしその任務は全うされた。


 異形の骸の中に、血を浴びて佇む巨漢は、恍惚とした表情を浮かべていた。銃弾によって窪んだ胸の中心が、内側から盛り上がり、筋肉の張力によって弾頭を弾き飛ばした。


 巨漢は、階段を上がりながら、ぼそりと呟いた。


「次は、日本……か。待っていろよ、兄弟……」


 蓬田はすだ竜成りゅうせい――


 それが男の名だった。

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