朝露の雫が葉を伝い、根の生えた大地に滴り落ちる。



 その不規則だが心地よい音を聞きながら、朝の鍛錬に励む者が一人いた。



 巨大な門を抜け、少し進んだ林道で汗を流す。



「ふっ、ふっ、ふっ」



 汗が落ち、傍らに置く刀の鞘に光が反射する。既に数時間もの間、鍛錬を続けている。



 そんな中、近づいてくる気配が一つ。



「これはっ、励むんでおるな。少年」



「ふっ、ふっ、ふっ」



 ちらりと視線を向けると、其処には一初色の、此処では珍しい着物を身に着けた男が一人いた。



「お主、刀を持っているのか?」



「ふっ、ふっ、ふっ――あぁ」



 興味深げに刀を見詰めていた壮年の男。



「おぬしっ。わしと手合わせしてみぬか?」



「ふっ、ふっ、ふぅ……手合わせ?」



 鍛錬を一度止め、男を見る。



 腰には白刀の鞘を帯び、いかにも実力者を思わせる。



「そうだ。ぜひ、頼みたい」



「――――いいだろう」



「そうかっ! たすかるっ」



 嬉々とした表情で顔を綻ばせる男。俺は布で汗を拭き、ほっと息をつく。



「半裸ですまない」



「構わぬ。真剣を使おうぞ」



「了解した」



 互いに一定の距離を取り、自身の魂である刀の柄に手を置いた。



「――――――」



「………………」



 一度刀に手を置けば、其処には言葉はいらない。



 心を川のように緩やかに保ち、五感の全てを集中する。



 水滴の垂れる音、地を這う虫の音、壮年の男の着物が擦れる音。全ての音に集中する。



 相手も中々の手練。その佇まいと、瞬きせぬ瞳を見ればわかる。



 呼吸を小さく、肩の力を抜き、心を無へと変換する。




 ――――刹那、壮年の男が踏み込んだ。




「――――――おみごと」



 地に剣を落とす壮年の男。



 肉薄した矢先、それよりも遥かに早い速さで柄に手を掛けた俺は、刃のない片刃でその甲を叩いた。



「あんたこそ、中々強かった」



「ご謙遜を。私もまだまだ修行が足りませんな」



 銀に輝く白刀を鞘に仕舞いこみ、壮年の男は頭を垂れた。



「こちらこそ」



「鍛錬を邪魔して申し訳なかった。私はこれで失礼する。また何処かで」



「――――あぁ」



 風のように森の中へ姿を消した男に一瞥した後、先ほど感じていた気配に声をかける。



「クロ。いるんだろ」



「――――あれっ? 見つかっちゃってたっ?」



「当たり前だ」



 茂みからその姿を現したのは、全身を黒で統一させた青年だった。



「エンがいないと思って探してたんだっ」



「そうか」



「それにしても強いね、エンは」



「そうでもないさ」



「そうかな? エンって、もしかして……」



 押し黙るクロ。



「どうした?」



「――いや、なんでもないやっ! それより早く帰ろうっ! そろそろイルがお腹を空かせる頃だよ」



「もうそんな時間か。そうだな、行くぞ」



 宿に戻ると、案の定イルが起床していた。



「何処に行っていたっ! 私は腹がへったぞっ!!」



「ほら、言った通りでしょ~」



「む? なにがじゃっ?」



 背負い袋から簡素な食べ物を取り出す。イルはそれらを口に頬張りながら声を漏らした。



「もぐ、もぐ……今日、私は服を買いに行くぞっ――もぐ、もぐ」



「僕もまた用事があるから、出かけるよぉ~」



「そうか」



「エンはどうするの?」


「それは決まっておろう。えんは私に着いてくるのじゃっ。そうじゃろ?」



「――――別に構わない」



「そっか~ならまた夜だねっ!! それじゃ、僕は行くよっ!」



 軽快な足取りで部屋を出て行くクロを背に、イルがお腹を擦る。



「食べ終わったことだし、私達もいくぞぅ」



「わかった。行くよガル」



 ガルル~♪



 宿を出でて朝日を背に街路を歩くと、飲み屋街から一本外れた道にその店はあった。



 謙虚な他の建物とは違い、自身の存在を強く主張する蒼色の建物。



 朝方にも関わらず、街の乙女達の声色が鼓膜を刺激した。



「ほほぉっ! これは私も負けてられんのっ!! 行くぞえんっ」



 そう言って、その戦場に飲み込まれていくイル。



 ガルル?



「そうだ。あれが女の戦いだよ」



 ガルッガルッ♪



「お前も混ざりたいって?」



 ガルルルッ!



「ごめんごめん。お前は雄だもんなっ」



 ガルッ! 



 暫くの間戦場に足を踏み入れていたイルが、手にたくさんの服を持って出てくる。



「ぬのぉ。これは中々厳しい戦いじゃぞっ。これを持っていてくれ。私はもう一度っ」



 また、激しい乙女の海を泳いでいくイル。その反復が数回続いた。



「はぁ、はぁ。女とは恐ろしい生き物じゃのぉ。でも、目当ての服は手に入れたっ。早速着てみるぞい」



 俺の手から大量の服を奪い取り、布に仕切られた着衣空間へと向かうイル。



 少しすると、中から声が響いた。



「えん。見てくれっ。感想を教えるのじゃっ」



 向かうと、そこには大空よりも深い蒼のドレスを着たイルがいた。



 その綺麗な赤髪とは裏腹に、真っ青な色合いの服。純白の肌とも相まって、より美しさを引き立てている。



「どうじゃ?」



「いいと思うぞ」



「ほほぉ。これもありじゃのぉ~。次はこれじゃっ」



 そう言って、次は真珠のような不純の見られない白の服を着用した。



 髪色と瞳とも合い、何処かのお姫様も彷彿とさせる。



「どうじゃ?」



「良いと思うぞ」



「そうかっ。でも、これでは直ぐに汚れてしまうのぉ。次じゃッ」



 それから何着も来た後、結局イルが購入したのは初めに来た蒼色のドレスだった。



 今まで来ていた黒のドレスを売り払い、そのお金で蒼のドレスを購入する。



「ほほぉ、やはり服はたのしいぉ~。それにしても、腹が減った。飯でもいこうぞよっ」



「そうだな」



 その後腹を満たして、そのまま武器屋と防具屋で備品を購入した。そして、夜の闇に世界が覆われる前に宿屋へと戻り、身を横たえるのであった。



                   *



 廃墟の村の中心で、孤独に座る少年が一人いた。



 少年は炎の海に呑まれた世界に絶望し、枯れてしまった空の涙を流す。



 幾千の歳月を経て、雲のない空に黒煙の雲を覆わせた。そして、少年の前に降り立つ巨大な影。



 赤き硬化な鱗を揺らし、その巨大な両翼を広げて黒影は言った。



『哀しいか少年』



「――――――」



『言葉の持たぬ哀しき少年よ。世界が憎いか』



「――――――」



『私は哀しい。そして憎い。力の持たぬ無人が割拠するこの地が――憎い』



 その巨大な長首を折り曲げて、その赤き瞳を此方に向ける。



『私の血を受け継いだ少年よ。お前は力を求めるか』



「――――――」



『この世界の不条理を、共に焼き尽くす勇気があるか少年』



「――――よこせ。力をっ! ……よこせっ! おれにっ!!」



 その時、少年には赤き竜が笑みを浮べたように思えた。



 巨大な両翼を広げ、咆哮する赤き竜。その姿は、まるで地獄から舞い降りた怪物のように異形で、おぞましかった。



 しかし、それ以上に心を揺れ動かすその力に少年は――――――呑まれた。



 途端に焼けるように熱くなる全身。腹の中でマグマが煮え繰り返っているように燃え、両眼が火花を打つ。



 永遠に続くと錯覚させるその状態の中、赤き竜の重厚な言葉が脳髄を揺らした。



『この先私は、お前と共に生き、共に戦おう。お前が命を炎に捧げる限り――――――』






                 *


 


「――――夢か」



 あの時の情景が、最近になって錆びてきた鎖の牢から出始めた。



 背中にかいた汗を流すべく、外に出る。まだ夜更けの世界に、もう一人の影が差す。



「嫌な夢でも見たの?」



 今頃になって、ようやく戻ってきたクロの姿。



「遅かったな」



「ちょっとごたごたしてね」



「そうか」



 場に、珍しく沈黙が流れる。



 何処か重苦しい表情をしたクロ。汗の染みた身体に冷水をかける。



「どんな夢を見ていたの?」



「別に」



 少し震えを伴った身体を乾いた布切れで拭き、服を着る。



「エンはさ……何か僕に隠しているよね」



「何のことだ?」



「本当に僕の目を見て言える?」



 しっかりとクロの目を見据え、俺は頷く。



「そっか」



「あぁ」



「僕の勘違いだったのかもねっ――――それじゃ、僕は寝るよ」



「――――あぁ」



 俺は心中に広がる痛みを、ぎゅっと手で抑えた。




 ――――翌日。



 俺たちは、この街を去る準備をしていた。



「此処を出る前に、少し寄りたい所があるんだけど……いいかな?」



「どうしたのじゃ? 何か用事なら待っているぞい」



「いやっ、一緒に来て欲しいんだ。いいかな?」



「ふむ。私は構わないぞ」



「エンも大丈夫?」



 俺は頷く。



「ありがとう。それじゃ、早速行こうか」



 寝起きのガルを引き連れて、何処か暗いクロの背中を追う。



「此処は?」



 クロが来たのは、街中にある公園の一つ。



 大きな平原の空間には誰もおらず、此処に何の用事あったのかはわからない。




 ――――刹那。



 四方に感じる気配。そして同時に、俺たちを囲むように現れる数人の影。



 皆、黒の外套を目深に被り、顔を窺うことは出来ない。咄嗟に刀の柄に手を当てる。



 ガルルルルルルル



「ん? おぬしらは何者じゃ?」



「クロ、どういうことだ」



 俺の問いの返答を待たずに、外套の一人の声が響いた。



「よくやったクロリア。お手柄だ」



「ま、まってくださいっ! まずは話し合いをと言ったではないですかっ!」



「そうだ。だからまだ殺さずにいるではないか」



 見るからに、2人は顔見知りだとわかる。



「いったい何事じゃ? 説明せいっクロ」



「ごめんみんな。実は……君達に四ツ神族の疑いがかけられているんだ。だから僕は――――」



 咄嗟に理解する。近頃のクロの異変の理由がわかった。



「なるほどのぉ。はめられたというわけか」



「――――ごめんっ。でもはめたわけじゃっ!」



「言い訳はいい。お前は何者だ、クロリア?」



 此方に哀しげな表情を向けるクロ。



「ぼくは、僕は……大帝国アウストリディアの騎士団員」



 慌ててクロは付け足す。



「でも安心して! 一族ではいとわかれば、直ぐに開放するから! エンたちが最悪な日の生き残りなわけないって信じてるからっ」



「――――――」



「そうだよねっ? 信じていいんだよね? エンッ!」



「――――――」



「なんで……何も言ってくれないの? エンっ! イルっ!」



 「炎獄の日」――世界が三体の神々(黒竜、黄虎、白鳥)によって滅ぼされかけた日。その戦いで2つの王国が滅亡し、大帝国アウストリディアも大打撃を受けた。



 二度とその日炎日を生まぬように、帝国は全勢力を持ってその血筋を根絶やしにした。



 幾つも村が焼かれ、幾たびの命が炎に呑まれた忌まわしい記憶。




「なんか言ってよっ! ――――えんっ!!」



「俺は――――――――竜神族の生き残りだ」



 一気に血の気が引いていくクロの顔。



「――――――――うそだっ」



「本当だ」



「うそだっ……うそだっ。うそだっ――うそだあぁぁぁぁぁ!!」



 途端に豹変したように叫ぶクロの姿は、今までとは想像の付かぬものだった。



「そんなわけがないっ……そんなっ! エンたちがあの忌まわしい一族のわけがないっ! 僕の父親を殺した奴なんかじゃないっ!」



 そうか。そうだったのか。だからこいつは――――――



「――――――」



「嘘でしょ? 冗談なんだよね? 今なら僕も怒るだけで終わりだよっ? エンっ!!」



「――――――本当だよクロ」



 呆然と立ち尽くすクロ。その顔は崩壊し、絶望の色を見せた。



「そっか、そうなのか――――はははははっ、ぼくは……ぼくは――――」



 途端に正気を保っていた瞳をせわしなく動かす。



 明らかに異質で、乾いた笑い声を上げるクロ。



 今までの明るさなど微塵も感じられないその様相に、俺は眉を潜める。



「クロリア」



「――――――」



「何故黙っていた?」



「黙っていた? 僕が騎士団員だってことかい? そんなことはどうでもいいじゃないかっ! 黙っていたのはどっちだっ!?」



「言う必要がなかった」



「ふざけるなっ! 君は、僕が炎獄の日の被害者だと知った時、どんな気持ちだった? どうせあざ笑っていたんだろっ!!」



「そんなことはない」



「うそだっ! もう、君のことなんて信じないっ、僕はっ――僕はっ!」



 クロリアは落胆し、怒号する。そして、途端に壊れた人形のように独り言を漏らし始める。



 そして――――――――



「――――――――――――――――殺すっ。殺さなきゃいけないよ僕はっ。そうだよっ、あの一族は根絶やしだっ、ころっス!!」



 俺の言葉なんてとうにクロリアには届かず、狂ったようにその黒剣を抜いた。



「待てクロリアっ! まだ我々がっ!」



「うるさいっ!! あいつは――――僕が殺るっ!!」



「――――っち。あの少年はクロリアに任せる。他は俺たちで叩くぞ」



 咄嗟に稀有な魔力の気配を横溢とさせた男たち。



「これは厳しい状況になってきたのぉ。さて、どうする?」



「――――っち。そっちは任せた」



 赤黒い鞘から這い出るその刀をクロに向ける。



「そっか。やっぱり君はあの一族なんだね――僕に剣を向けるんだねっ」



「お前と戦いたくはない」



「そうは行かないよ。本当に君があの一族の生き残りなら、僕もひいてはならい。勿論きみもさ――」



「なんだと?」



 クロリアは儚げに笑った。そして――――



「なぜって? 僕は、君たちを裏切った蛇神の力を受け継いだ者の一人だからさ」



 周辺でイルの魔法が飛び交っていても、ガルが竜の血を使って身体を数倍にも巨大化させていても、俺には気にならなかった。



「お前が――――蛇神の力を」



「そうさ。黒蛇エキドナ様の力を受け継ぎし一人。クロリア・クルルドス。あの方の命を持って、竜神の一族を滅ぼす者なりっ」



 途端にクロの身体から溢れ出る禍々しい魔力の渦。



 蛇に睨まれたように全身が硬直する。この感覚は久しい。



「エン。君をこの手で持って滅する――――蛇神化」



 クロの内から溢れ出る黒蛇の断片が全身を多い、禍々しい紫色の渦を巻かせた。



「行くよっ――」



 咄嗟に視界から消え果てるクロ。次の瞬間には、眼前にまで移動していた。



 毒々しい力を得た黒き刀身が振られ、咄嗟に防御の刀を当てる。



「――くっ」



 途端に全身を駆け巡る紫色の魔力。そして手にかかるものを言わせぬ衝撃。



 数刻の内に、圧し負けた俺は後方に飛ばされた。



 地面を転がると同時に、身体に触れた毒の魔力が全身に感染していく。

 身体が痺れ、鋭く冴えていた五感の気配が薄れる。



「えんっ!」



 ガルルルルッ!!



 何時の間にか、他の敵を地に落としたイルとガルが声を上げた。



 地を転がる俺に、迫撃を食らわせようと駆けるクロ。


 意図も簡単に追いついたクロの黒剣が、身体へと伸びる。


 紫の重厚な帯を纏った黒き刀身。その一撃を喰らえば、死は必須であると脳が警笛を鳴らす。



「終わりだよっ――エン」



 その黒剣が、身体へと接触しようとした矢先。



 俺は――――身体の奥底に眠る炎の力に触れ、数千度に上昇する熱を解放させた。



「これはっ!?」



 咄嗟に危機を感じ取ったクロリアが、後方へ下がる。



「使うのだな……えん」



 イルの言葉を機に、腹底から引っ張り出す灼熱の魔力。



 全身を覆うように赤い魔力が渦巻き、一挙に周辺の温度を上げた。

 それは、クロが行使する蛇神の断片を遥かに越える禍々しい力。



 その開放と共に、銀髪の髪色が真っ赤な血の赤色に染められていく。

 


「ま、まさか、君も――――――神の力をっ!」



「焼き滅ぼす烈火の炎よ。俺に力をよこせ――――竜神化」



 溢れでる魔力、熱気、怖気。四ツ神の中でも最高位である竜の力。

 俺は既に滅ぼされたと知られていた竜神族の生き残り。

 赤き竜の力を受け取った唯一の後継者。



「俺の名は――――炎。竜神族唯一の生き残りだ」



「まさかあの竜神族……彼らは絶滅したはずでは――」



「俺以外はな」



「そうか、そうだったんだね。でも――――倒すよ炎。僕は君を――――倒すっ!!」



 グルルッ!!



 咄嗟に前に出る従順な竜犬。



「ガル。お前は下がっていろ。これは俺たち――神の子の戦いだ」



 互いに魂の篭った剣先を向け、炎々と渦巻く魔力の渦を暴発させた。



 そして――――――――――





『いくぞっ!!』



 時間の概念から逸脱した俺たちの脚は、目にも留まらぬ速さを実現させる。

 


 一呼吸で互いの眼前まで移動し、その剣を合わせた。



 数度打ち合うだけで、純粋であったクロの心が見えた。



 迷い、葛藤、不満、怒り――全てが俺に向けられ、感情の波が心域を流れる。



 幾千も積まれた両者の剣技を全てに篭め、相手の真を折る戦いを挑む。



「――――――」



「………………」



 言葉はない。場には無機質な音色だけが、鳴り響いていた。



 どの戦場も、殺意と言う声無き叫びだけが響く。しかし、俺たちの間にはまた異なった声が舞っていた。



 舞い散る灰を命の炎で燃やし、クロへと飛来させる。



 細やかなそれらを打ち崩すクロの剣技に、感嘆を漏らす間も無く、蛇の形を得た魔力が地面を滑る。



剣に溜めた炎を地に降らせ、裏切りの蛇を焼き切った。



「――――――」



「………………」



 直近にまで肉薄したクロ。全身から魔力を横溢させ、魔法を形成。

 身体から出でる毒の魔法を業火で焼き、竜の力を発動する。



 それによって、やっと一瞬の隙を見せたクロ。

 途端に炎火の力を放出させ、クロの両手を焼き尽くす。

 しかし最も生命力の高く、再生の早い黒蛇の断片を持ったクロの手は、瞬く間に再生した。



 何度剣を合わせ、何度業火の炎で焼いてもクロは倒れない。



 周囲は焼け焦げ、炎海と化していた。

 そして、また剣を合わせた矢先――――身体に感じる異変。



「どうやら、やっと効いてきたようだね」



「これはっ」



「蛇神の毒さ。侮ったね炎。蛇は竜をも飲み込む――――っ」



 途端に動かなくなった身体では、クロリアの斬撃に耐えうることは厳しく、圧され始める。



 次々と全身に増える切傷。そこからさらに毒の力が入り込み、全身の動きを縛っていく。



 飛び散る鮮血は、竜神の力を得て赤く光り、周辺を照らす。



 次第に朦朧とする視界。縺れる足を咄嗟に踏ん張り、脱兎の如く後方へと逃げる。




「逃がさないっ」



「くっ――」



 それでも逃げることは叶わず、追いついてくるクロリアの剣が胸を斬りさいた。



「えんっ!」



 グルッ!!



地に倒れる身体。それは石のように重たく、動かない。

唯一無傷な瞳が捉えたのは哀しげなクロの表情だった。



「炎……君は大切な友人だったよ――――」



 上に振り上げる黒い剣。そしてそれは俺に向けて――――――――




 途端に脳髄に響く声。



『炎よ。全てをわしに委ねろ。この赤き竜――――イルルヤンカシュに』



 刹那。全身から抑えきれないほどの炎が溢れた。その炎は身体に回った毒を消失させた。



 俺は立ち上がり、こう言った。



「竜をなめるな」



 一瞬でクロに肉薄し、目にも留まらぬ速さでその腕を切り落とした。



 数刻で再生するが、今その手には武器はない。そのまま、腹に足を入れて後方に吹っ飛ばす。



 そして――――――――勝負はついた。



 崩れ落ちるクロ。その首に刀身を当て、俺は言った。



「お前の敗因は俺の力を見くびったことだ。断片のお前とは違い、俺は神竜の全てを扱える」



 クロはふと、イルに視線を向けていった。



「そっか。そういうことだったんだね――――僕は最初から負けていたのか」



「――――――」



「さぁ炎、やってくれよ……君の手で」



 一瞬、心にさす影を消しさり、俺は鬼のように制した。そして、その刀で頭部を切り落とした。



 噴水のように飛び出る血しぶきを前に、最後のクロの言葉が過ぎる。



『――――――ありがとう』


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