「よしっ」



 背負い袋を床に置き、額に滲み出た汗を布で拭く。



 ナルの村に行き着くなり、イルは1人で勝手に周辺を探索し始めた。残された俺たちは、身を横たえられる場所を探して小さな村を歩く。



 東には起伏に富んだ山が連なり、その他の方角には平原が広がっている。



 グルッ グルルル?



「そうだな。少し、疲れたな」



 一晩借り受けられた小屋には、家畜に与えるであろう大量の干草が積まれ、窓は小さなものが一つあるだけ。



 宿屋もない小さな村。村人の住む母屋も数軒しかあらず、村民は自身の畑に夢中で、俺たちの事を気にかける者はいない。



 ギィー



 開け放たれる木製の扉。そこから姿を現したのは、ふて腐れた表情のイル。



「全く持ってつまらん」



「そうか」



「今日は此処に泊まるのか?」



 俺は頷く。ガルは側で身を丸め、既に目を瞑っている。



「もしや、食料も自分で調達か?」



「当然だ」



「はぁ、また干し肉とパンなのかのぉ。私はもう飽きてしまったぞ」



 この村には食料を買う店も当然無い。村民から分け与えてもらうことも可能だが、得られる物は貧相。



 それに、イルの腹を満たすほどの食物が貰えることはないだろう。



「我慢しろ。明日には次の街に出発する」



「街かっ! それは楽しみじゃっ。でも、今日のご飯がのぉ」



 イルは不満そうに腰を下ろす。対して俺は徐に腰を上げた。



「何処か行くのか?」



「待っていろ。俺が何か取って来てやる」



「ほんとかっ! それは楽しみじゃっ」



 柔らかな笑みを浮べるイルと、真っ赤な舌を垂らして此方を見詰めるガル。



 そんな2人に頷くと、腰に帯びた刀を確認した。



「それじゃぁ。行ってくる」



「頼んだぞっ」


 外に出るとまだ日は浅く、明るい陽光が村を照らしていた。



 村を出でて、通って来た林道へと戻る。ここら周辺には、ガルが早朝に持ってきた野兎や鹿などが生息している。

 それに加えて、料理の調子を整える植物も広く根付いているだろう。



 夕刻までには充分な食物を持ってくることも可能。



 そう思いながら、柔らかな自然光が差す森の中へと、足を踏み入れたのだった。





 炎々と命を燃やす太陽は一日の仕事を終えて、優しき魔力の篭った海へとその身を投じ始める。



 腰に三匹の野兎を携え、背中には体格よりも大きい鹿を背負った俺は、ナルの村へと帰還していた。



 母屋の前に置かれた貧相な椅子に腰を下ろす、2人の男が此方をチラリと見た。しかし、直ぐに興味が薄れたのか止めていた話を始める。



 ふと、聞こえるその会話。



「聞いたか? 帝国がまた神族の討伐に乗り出すらしいぞ?」



「それは本当か? 帝国もついに重い腰を上げたってわけか」



「今まで残しておいたのが可笑しいんだっ。あの炎獄の日に全ての族を殺しておけばよかったんだ」



 俺は彼らに見向きもせずに、仲間の待つ小屋へと歩を進める。



 心の中では「此処も滅ぼされた村の一つか」と思いながら、ずり落ちそうになる鹿を背負い直した。



「――帰った」



 小屋内に戻ると、ガルの心地よい毛並みの背に、頭を埋めているイルの姿が映った。



「おぉ、戻ったかっ! 待っていたぞっ」



「今、作る」



「頼んだぞい」



 花のように咲き誇る微笑みを浮べ、右手はだらしなくお腹を擦る。



 直ぐに調理器具を持ち、外へと出る。背中の鹿と野兎を地面に置き、腰に差したダガーを手に持つ。



 まずは鹿の頭を落とし、全身の皮を綺麗に剥ぐ。血抜きは既に森で済ましておいたので必要はない。



 皮を剥いだら、安価であるが売却できる角は取っておき、皮は水洗いをした後、背負い袋へと押し込んだ。



 残った肉は部分ごとにブツ切りに切り分け、少し残して水を張った大きな鍋の中に投じた。



 慣れた手つきで焚き火を組み、そこに種火を落とした後は、予め組んで置いた木の棒台の上に大きな鍋を乗せる。先ほど残しておいた肉は、小屋を貸してくれた村人に謝礼として分けた。



 鹿肉を煮込んでいる間に、野兎も同様に肉片と変える。鍋が沸騰し始めたところで、瑞々しい野菜をたっぷりと投入した。



 その時には、小屋から這い出て来た一人と一匹は、俺の近くで腰を落ち着けていた。



「ほら、ガル」



 ガルルッ! ガルッ



 ガルに野兎の一匹を分け与え、もう二匹は温めたフライパンに、油の代わりになる油草を潰し入れ、焚き火の上へと置いた。



 その上に兎の肉を切り分けて入れ、残った野草を加えた。丁度、野兎の肉炒めが完成する頃には、鍋の食材にも充分に火が通っていた。



「できたぞ。ほら」



「おぉっ!! 今日は随分と豪華だのぉ。早速頂こうかっ」



 木の器に、自分の分の兎肉の炒め物と鹿鍋をよそい、鹿を丸ごと入れた鍋をイルに渡す。



 じわっと、口内に広がる生命の力強さ。その美味しさに、感謝しながらもじっくりと口に運んでいく。



 ガルルルルッ



「もう食べたのか?」



 ガルッ ガルルルッ



「そうか。野兎は二匹目か」



 ガルッ ガルルルルッ



「わかったよ。次は鹿肉だな」



 ガルッ!



 ガルはそう咆えて、傍らに腰を下ろした。



「ほぐっ……ほっほっほっ。えんっ! これは、旨いなっ」



「そうか。良かった」



 既に鍋の中は空になり、イルは兎肉へと頬張りついていた。その勇ましい食べ方に、少しの満足感を得る。



 料理を食べ終わる頃には、既に時刻は漆黒の夜を迎え、銅製のコップから暖かい豆茶を啜る。



「ふぅ。良い夜空だ」



「ほほぉ? えんにしては、珍しいことを言うのぉ」



 ガルッ!



「なに? えんを馬鹿にするなって? 安心せい。一片たりともそのようなことはない」



 ガルル?



「そうじゃ。私たちは一心同体じゃから。のぉ? えん」



「――――そうだな」



 真っ黒に塗りたくられた空には、時の止まった星たちが皇々と命を輝かせている。



 魔力の篭った月は、未だに世界の照らし続け、雲と呼ばれる物は未だ見たことがない。


 

「ふわぁ~。私はもう寝るぞ」



 イルはそう言って、小屋に戻って行く。



 傍らに座るガルの頭を撫で、俺はもう一度空を見上げた。



             *



 僕はガル。竜犬だ。主人は、銀髪のえん兄ちゃん。



「えん~。ひまじゃぁぁぁ」



「知らん」



 今日もイルが駄々をこねている。えん兄ちゃんは、何時も迷惑そうだ。此処は僕が言ってあげないと。



 ガルルルッ! ガルッ



「なんじゃガル? 私が迷惑だって? そんなことあるわけなかろう」



 ガルルッ!



「うるさいのぉ。えんに聞いてみればよかろう」



 本当にイルは仕方ない。えん兄ちゃんに聞いてみるしかない。



 後ろを歩く兄ちゃんの元へと僕は近寄っていく。



「どうした?」



 僕が近づくと、何時もお兄ちゃんは頭を撫でてくれる。僕はこの時が、食べ物と同じくらい大好きだ。



 ガルル♪



「なんだ、甘えているだけか」



 おっと。忘れるところだった。ちゃんとイルのことを聞かなきゃっ



 ガルッ! ガルガルッ?



「イルが?」



 ガルッ!



「別に俺は構わない」



 ガッ……ガルッ!?



「そんなに驚くことか?」



 ガルガルッ!!



「まぁ、俺は別に気にしない」



 ガル………



 お兄ちゃんは優しすぎる。



「ほほぉ? その顔は、私の言葉が正しかったようじゃのぉ。ほっほっほ」



 ガルガルッ!



「なんじゃ? まだ言うか? お前も頑固だのぉ」



 イルには言われたくない。僕はお兄ちゃんのためを思っているんだっ



 再度高笑いをすると、イルはお兄ちゃんの元へと向かった。



 ガルガル……



「えん~。私は腹がへったぞ」



「少し休憩するか」



 ガルッ!?



 ごはんっ! 僕もお腹がすいたよお兄ちゃんッ!!



「ガルもお腹すいたか?」



 ガルルッ



「そうか。待ってな」



 ガルル~♪


 

 やっぱりご飯が一番好きなガルであった。



     *


 

 朝日がまだ差し掛かり始めた頃に一泊した村を抜け、北へと進んでいく、

 肌寒い風が吹く世界へと続く平地に歩を進める。



「ふわぁ~。眠いのぉ」



 ガルの大きな背中にぐったりとへばり付き、楽な態勢で旅路を進むイル。



 ガルル……



 ガルは、鋭い犬歯を見せながら、此方にその深い漆黒の瞳を向ける。その顔には明らかに不満の色が見て取れた。



「えん。次の街はどれくらいで着くんだ?」



「二、三日かかる」



「なんじゃと~。暇じゃのぉ」



 イルはぐったりと腕を緩め、少しすると柔らかな寝息を立て始めた。



 ガルル…………



 何処までも広がる草原の大地。視界を遮る山もなければ、大きな岩でさえ見つからない。



 些かつまらない場所ではあるが、同時にどの古神にも支配されていないと地は居心地が良いのも確か。



「良い天気だ」



 ガルッ♪



 古神――もとい四ツ神の種族の息が漂う地は、何処か胸騒ぎがするもの。

神の行使力と言うものは、人間には害悪であり下手をすれば死の可能性だってある。



 平地を暫く歩いて行くと、湿り気の帯びた沼沢地が広がる。川が近くにあるせいだろうか、至る所に水溜りがあった。



「なんじゃ、嫌な土地じゃのぉ」



「滑らないように気をつけろ」



「わかってるわいっ。そんなドジを私が踏むとでも~――っおっと」



 申し合わせたかのように、足を滑らせるイルの腕を咄嗟に掴んだ。



「気をつけろ」



「ぉっ。すまないのぉ」



 ガルルルッ



「なんじゃその目はガル?」



 ガルッガル~♪



「お主ッ!! このっ」



 一人と一匹は無邪気に沼地を駆け、俺は何気なくその後を追う。



 少し進むと、闇を吸った雑木林が潤沢な沼地に生え渡っていた。活発な太陽の光が差す朝でも少し薄暗い林中。



 異様のない不安の声を木々が発し、道行く旅人の方向を奪う。遠い東の大国付近には、光の届かぬ闇の森があると聞いた事がある。



 この程度で場所で迷うことはないが。



「――――止まれ」


 林道で途端に肌を刺激した感覚。俺よりも感性の鋭いガルとイルは、既に辺りに視線を飛ばしていた。



「何かいるのぉ」



 ガルルルルルルルル



 後方に感じる獣の気配。咄嗟に振り返ると、其処には四ラッド程の巨大な猪が鼻息を荒げていた。



 ガルは俺の前に移動し、その猪を威嚇して犬歯を露にした。



 ガルルルルルルル



「猪か。大きいな」



「そうじゃのぉ。美味しそうじゃ」



「駄目だぞ」



「むぅ――――わかったぞい」



 腰に差す刀を抜くわけでもなく、威嚇するガルの頭に手を置いて優しく撫でる。



 ガルッ?



「俺に任せてくれ」



 ガルルル



「ありがとう」



 猪はいきり立った目を此方に向け、前足を動かす。



 じっとその瞳を見詰め、前へと出る。そして徐々に距離を詰める。



 近づく度に猪は鼻を震わせ、興奮していた。



「大丈夫」



 そっと言葉を吐いて、近づいていく。無駄な殺生はしない。俺が力を振るう時は決まっている。



 ゆっくりと足を進める。些細な砂の音でさえも立てない様に注意を払う。



 しかしその心意気も虚しく、後数ラッドというところで猪が咆えた。



グヒーーーーー



 勢い良く突進してくる猪。その鼻先につく牙は鋭く、当たれば致命傷は避けられないだろう。



 その姿にため息を一つ落とすと、肉薄した猪を見据えた。



 腹に突き刺さろうとする牙に気をつけながら、そっとその胴体に手を当てた。同時に両手を伝わって感じる衝撃。



 腹と足裏に力を込めて、その衝撃に耐える。少し勢いに圧されて後ろへと下がるが、この程度の力を抑えることは簡単だ。



 グヒッ グヒッ グヒッ!!



 必死に抜け出そうと暴れる猪に、感情の篭っていない視線を落とす。



 ――――仕方がない



 暴動する猪の頭に最小限の力で、拳を振り下ろした。



 ドスンッ



 低く鈍い音が空気を鳴らし、暴れていた猪が地に落ちた。




「なにっ? 殺したのか?」



「大丈夫。気絶しているだけだ」



「うむ。それにしても旨そうじゃのぉ」



「――――駄目だぞ」



「む~」



 意気消沈するイルを置いて、気絶させた猪を草陰に移動させた。これで、他の者に狩られることもないだろう。



 少し汚れた手を払い、不満げに石ころを蹴るイルを見た。



「はぁ、今日はもっと美味しい飯を作ってやる」



「ほんとかっ! やったぞいっ!!」



 ガルルルッ!!



 途端に目の前で咆えるガル。そうか、こいつにもだったな。



「わかった。お前にも腕を振るうよ」



 ガルッガルッ~♪



「それじゃ、行くぞ」



「うむ。それにしてもお主は優しいのぉ。私なら焼きつくして終わりだぞ」



「そんな簡単に奪ってはいけない」



「そうかのぉ~」



 袋を背負い直し、猪に背を向ける。



「魔法は駄目だぞ?」



「そんなのわかってるわいっ。安心せいっ」



 絹のような赤髪を靡かせて、イルは可愛らしく怒った。



「それなら、いい」



 沼沢地で一泊を過ごし、湿地に生える雑木林を半日かけて突き進むと、また平たい大地が広がる。



 その大地の渦中で一日を過ごし、さらに突き進む。

 すると、巨大な川が左手に現れた。その川を横目に進んで行くと、川沿いの街が視界に映る。



 轟々と水しぶきを上げる川。朝霧が街に漂い、幻想的な空間を作り出している。



 数日前に抜けた貧相な街とは異なり、喧騒が溢れる街。石造りの門を抜けると、薄汚れた石道が現れた。



 石道の両脇には、汚らしい露天商の店が並び、列記とした店構えを持つ者は少ないらしい。

 そこに住む人々の様相が、この街が小規模であることを物語っていた。



「ほほぉ。此処が街か」



 久方ぶりの街。興味深げに辺りを見回すイルに集まる視線。地べたに横になる半裸の男、頭を布で隠した露天商、汚らしい布服を着た女。



 皆、羨ましいそうに彼女を見詰めている。既にその視線にも慣れたイルは何食わぬ顔をしているが、ガルはそうではなかった。



 ガルルルルル



 咄嗟にその鋭い牙を見せ、威嚇する。それに伴って視線を外す貧民。



「ガル。大丈夫」



 ガルルル――――ガルッ? ガルガルッ



 頭を撫でて落ち着かせた後、今夜の宿を探すためにその石道を歩いて行った。



「ぬっ? なんじゃあれは?」



 数百ラッド程進むと、道を塞ぐ人だかり。近づくに連れて聞こえる喧騒。



「おらっ! やれっ! やっちまえっ!」



「そうだっ! やれっ!!」



 イルが背中を伸ばす。



「うむ。どうやら喧嘩のようだのぉ」



「興味ない。行くぞ」



 如何にも興味ありげにしていたイルを連れて、脇道を抜けて行く。すると、喧嘩の光景が見て取れた。



 数人の厳つい男たちと、彼らと対峙する外套や髪色など全てが黒で統一された青年の姿。



 ふとその青年と視線が交差する。



「――――あぁぁぁぁあぁっっ!!」



 脇道を抜けようとする俺たちを指差して、声を上げる青年。



 青年は対面していた男たちに何か言うと、此方に駆け寄って来た。



「やぁっ! 久しぶりっ!!」



「なんじゃ? 知り合いか? えん」



「知らない」



 無視して去ろうとすると、青年が慌てて声を上げた。



「ま、まってっ! お願いっ! 助けてくれないかな? 今、ピンチなんだっ!」



「知らん」



「お願いっ! このとおりだからっ! 僕の顔にめんじてっ」



 何故、こいつの顔に免じてなのかは到底理解できないが、その挙動に思わず立ち止まる。



 すると、何時の間にか近くには男たちがいた。



「おい小僧。こいつはお前の仲間か?」



「違が――――――」



「そうですっ!! こっちは三人ですし、許してくれませんか? ねっ??」



 ガルッ!!



「ん? あぁ、ごめんごめん。三人と一匹なんでっ。ねっ??」



「馬鹿かお前は? たかがガキが集まったくらいで、俺たちが諦めるわけねぇだろ。とっとと金をだせっ」



 男は懐に差していた、ダガーをチラつかせる。



 イルが小声で言葉を漏らす。



「面白くなってきたのぉ?」



「俺は知らん。行くぞ」



 そう言って、その場を去ろうとする俺の肩を咄嗟に掴む手。



「おいまてや。誰が逃げていいと言った?」



 四人いる男たちの中で、最も細身の者の手だ。



「俺は仲間じゃない。はなせ」



「あん? そんなの信じるわけねぇだろう――――おっ!」



 その手に噛み付こうとしたガル。咄嗟に手を引っ込めて後退する男。



 ガルルルルルル



「この糞犬っ!!」



「てめぇ、わかってんのか! 俺たちに喧嘩売ろうっていうんだな?」



 其々武器を取り出す四人の男。何時の間にか男たちの矛先は俺に向けられ、黒の青年は何時の間にかイルの背後へと移動していた。



 親指を上に立てて、此方に笑みを浮べる青年。



「はぁ、ガルっ。今回はお前がやっていいぞ」



「私にやらせてくれんのかっ!?」



「お前は駄目だ。頼んだぞガル」



 ガルッ! ガルガルッ!!



「あぁ? なめやがって! 俺たちがこんな犬っころにっ――――うわっ!!」



 細身の男の足首に咄嗟に噛み付いたガル。そのまま物凄い力で、咥えた男を投げ飛ばした。



「てめぇぇぇぇっ!! やれお前らっ!!」


他の三人の男たちがガルに襲い掛かるが、その遅い攻撃を華麗に回避して次々と戦闘の能力を逸脱させていく。



 足を噛み、手を噛み、腹に衝突し、胴体を咥えて投げ飛ばす。



 数刻の間に、男たちは地にひれ伏していた。



「良くやったガル」



 ガルルルル~♪



 怪我を被いながらも起き上がった男たちに、ガルが再度咆える。すると、男たちは逃げるようにその場から走り去って行った。



 その光景を唖然として見ていた群集も、睨むと複雑な表情で散った。


 

「なんじゃっ。つまらんのぉ」



「凄いっ! 凄いねっ君のペットっ!!」



 先ほどまで後ろに隠れていた青年がそう言った。



「ペットじゃない。相棒だ」



 ガルッ!



「そ、そっかっ。良い相棒だね」



 その言葉に頷き、場を去ろうと背を向ける。



「っあ! 待って、待ってっ! まだ名前を聞いてないよっ」



「教える義理はない」



「そんなこといわずに~。まぁ、もう聞いちゃったんだけどねっエンっ! 僕の名前はクロリアっ。クロって呼んでねっ」



 知っているなら何故聞く必要があった。



「行くぞ」



 青年――クロを無視し、俺たちは宿屋を探すのであった。



           *



「それでさ~ほんとに死ぬかと思ったよっ」



「ほほぉ。それは不運じゃったのぉ」



 当然の如く、同じ宿の同室に部屋を取ったクロ。ガルは未だに警戒しているが、イルは既に心を開いてしまったようだ。



「エンはどう思うっ?」



「知らん」



「そんな~。これから共に旅をする仲じゃないか~」



 何時からそう決まったのだろうか。だが、裏腹に悪い奴ではないと心は言っている。



 ガルルルルル



「ふむ。まだガルには好かれていないようじゃな。それにしても、えんは真っ先にこやつを追い出すと踏んでいたんじゃがのぉ」



「そんな訳ないじゃないイル~。ねぇ? エンッ」



「興味ない」



「ぇ? なんて?」



「お前に興味がないだけだ。居ても、居なくとも」



 場に広がる静寂。それを破ったのはイルの笑い声だった。



「はははあはははっ。それはっ、それはっえんらしいのっははははっ」



「そんな……酷いっ」



「知らんっ」



 そんな三人をキョトンとした表情で見詰めるガルであった。



 ガルッ?


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