f−3 カメラマンへの道

f−3/1 都会のカラス

 その後、何時間もの長旅の末、私は東京駅に降り立っていた。

途中、京都と名古屋で、やっぱり熊本に帰ろうかと思い直しそうになって駅に下りたけども、結局決心がつかず、無駄に時間がかかってしまい、東京に着いたときには翌日の朝になっていた。

 それにしても、無人駅寸前の実家近くの駅とは大違いに巨大な、東京駅の駅舎には圧倒されたが、それ以上にこの大都会のスケールに、私は言葉を失った。

東京駅のすぐ正面は、社会の教科書やテレビでしか見たことのない皇居があり、そこ以外は高いビル群に遮られてよく見えない。

まるで高層ビルでできたジャングルのようだ。

新幹線の車窓から見えた、当時日本一高いハズの東京タワーさえ、一駅過ぎればいくつかの高層ビルに隠れ、存在感を失ってしまっているほどである。

そして何より、そこで暮らす人の多さはどうだ?

往来を行き来する、数えきれないほどのビジネスマン達。これだけの大人数に、それぞれ職場が存在し、それぞれに家庭がある。

地図で見ると、とてもちっぽけな東京都の、いったいどこにこれだけの大人数が働いて、暮らせる場所があるのだろうか?

「や、やっぱり東京って、すごい…………」

御上さんよろしく、ボケ〜とその様子を見つめる私の姿は、他の人の目にはきっと、とんでもない山奥から出てきた、田舎者に見えたことだろう。

まあ、事実そうなのだから仕方ないが、しかしそんなことより今は、もっと大きな問題があった。

これがただの観光旅行ならば、渋谷に原宿、新宿や浅草、定番コースの東京タワーの展望室とを見てまわるところだが、あいにく今の私はただの家出人である。

旅費と食事代どころか、今夜の宿代さえないのだ。

「いったい、これからどうしよう?」

今さらながら私は、自分の状況に戸惑った。

どうやって今日一日を、これから先を、この右も左も分からない街で生きていくのかを?

これからのことを考えると、私は絶望にくれそうになった。

いっそ父に電話をして、迎えに来てもらおうかとも思ったが、

「そんなこと……………できるわけないよ」

早速ホームシックにかかった私を、安っぽいプライドが引き止めた。

何としてでも、少なくとも数日くらいは、この大都会で生きていかないと。

「とはいえ、本当にどうしよう……………」

仕方ないので、駅近くのコンビニでアンパンを買って、それを今日一日の食事とした。

この後、手持ちのわずかなお金を、節約していかなければならない。

惨めに思いつつ、アンパンを夕食のために半分だけ残し、それをポケットにねじ込んで、何のあてもなく、この大都会をトボトボと歩き出した。


 とりあえず私は、何気なく目に付いた皇居の方に向かった。

日本一の大都市でありながら、さすがにここだけは緑が多い。

少し向こうに、国会議事堂や警視庁が見えるのに、この都会には妙に場違いな感のある、皇居の木々を見ながら周りを歩いていると、

「何してるんだろ?」

1人のおじいさんが、皇居の中の一本の木を、目を細めて凝視していたのである。

見た感じ、6〜70歳くらいで、髪に白いものが多く目立ち、すでに腰も曲がっていたが、どこか貫録のようなものが感じられる紳士であった。

手荷物を持っていないところを見ると、この街の人のようだったが、首から年代物っぽいカメラをぶら下げているのが、そのとき妙に気になったのを、今でも覚えている。

「どうかしたんですか?」

何気なく気になり声をかけた私に、彼はその何かが気になるのか、私の方をチラリと見ただけで、

「ん、ああ、いやなに、あの木に鳥の巣があるみたいなんだが、何の鳥かと思ってね」

と、なおも木を見つめていた。

私もつられてその木を見ると、たしかに枝の一本に、少し大きめの鳥の巣らしきものが見える。私もおじいさんと隣で目を凝らして見つめていると、1羽のカラスが飛んできて、その巣に舞い降りた。

「おお、何だ、ハシブトガラスの巣じゃったか?」

「ハシブト……………? おじいさんは鳥に詳しいんですか?」

カラスの姿を見て、妙に嬉しそうにしている彼に、私は訝しげに聞いた。

(何故? 何でカラスを見て喜ぶの? そんなに珍しいカラスなのかしら?)と。

するとおじいさんは、肩をすくめながら、

「そういうわけでもないが、私はカラスが鳥の中で一番好きだからね」

「か、変わってますね………………」

「そうかな? じゃあお嬢さんは、何でカラスが嫌いなのかな?」

「だって、カラスって悪戯とかするし」

おじいさんの言うことが納得できず、私が言うと、彼は楽しそうに笑いながら、

「そりゃまた、ずいぶんとカラス達も嫌われたものだ」

そう言って、そのカラスをカメラで撮った。

「でもね、カラスもスキで悪戯とかしているわけではないんだよ。ただ、自分達の居場所を探しているだけなんだ」

「え?」

おじいさんは手を後に組み、やはり歳なのだろう、腰を曲げてゆっくり歩き出した。

私もついついつられるように、一緒に並んで歩いた。

どこにも行くあてがない私にしてみれば、少しでも誰かに接していたかったのかもしれない。

「考えてもごらん。カラスだって元々は山や森に住んでいたのに、何でわざわざ敵である人間がいる街にいるのかを?」

再び餌を探しに飛び去って行くカラスを、おじいさんは目で追い、

「住み処やいられる場所を、土地開発だとかゴルフ場だとかの建設で奪われ、壊されてしまい、別の所に移るしかなかった。でも、なら他の山に行けばいいと思うかもしれないけども、その他の山にだって元々そこに住んでいる動物達がいるんだよ。逃げてきた彼らがいられる場所などあるわけがない。行く場所を探しているうちに、何とか餌を探せる街にやって来たんだよ」

おじいさんのその話しが、私は何故か自分のことを言われているような気がした。

私もまた、カラスと同じように住む場所、いられる場所をなくしてしまっていた。

カラスと同じように、行き場所を探してこの東京にやって来たのだ。

今の私は、カラスと一緒なんだ。

「ん、つまらない話しだったかな?」

話しを聞いているうちに、私の表情が曇りだしたのに気付いたのか、おじいさんは私を気遣うように言った。その一言が妙に嬉しくて、私は無理に作り笑顔で、

「い、いえ、何でもないんです。何でも」

そう答えると、私は急に恥ずかしくなり、顔を隠すようにおじぎをして、その場から逃げるように走り去った。

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