f−1/3 リンゴ飴

 お祭りは、宿屋の近所の神社で行われていた。

あたりはすっかり暗くなっているが、そこだけが祭りの照明でかなり明るい。

少し高い石垣の上に神社があり、そこに繋がる参道沿いに、数軒の夜店が並んでいる。

縁日なんて、どこでも似たようなものだ。

最初は、そこから縁日の全景を撮影してやろうかと思ったのだが、撮影するには縁日の照明だけでは不十分だった。

高感度フィルムを使ったとしても、この程度の明るさでは、イヤでもスローシャッターになってしまって、動いている客達の姿がぼやけて写ってしまう。

その方が感じが出るかもしれないが、私的にはあまり好きな画ではなかった。

だからと言って、増感して画質を落としたくもない。

「夜景に強いの、持ってくればよかった………」

東京のスタジオに置いてきたデジタル一眼のコトを思い出し、肩を落としぼやく。

私は縁日の全景を石垣の上から見渡した。

「サワちゃん。バルブ撮影するから、すまないけどここいら一帯の時間を、30秒ばかし止めてくんない?」

バルブ撮影とは、任意の時間だけシャッターを開けっ放しにする、夜景撮影や天体撮影に使われる必殺技である。

だが、当然のことながらサワちゃんは、

「そういった無茶な注文は、どこかの猫型ロボットに言って下さい。私には無理です」

と、気のない返事。私は肩をすくめ、

「仕方ないわね。つまらないけど、普通にスナップ撮影で我慢しとくわ」

そんなわけで、またも撮影に失敗した私は、小型デジカメを首からぶら下げ、夜店の屋台や、客の顔を撮ってまわることにした。


 小型デジカメは撮像素子が小さいので、画質に気になる部分もあるが、最近のモノはかなり改良され、それなりに写るので助かる。

一眼レフに比べて、撮影の自由度は犠牲になるが、何も撮れないよりマシだ。

それに、撮影で一番大切なのは、いかに被写体を奇麗に写すか、だけではいけない。

被写体をいかに活かすかが重要なのである。

例えば、金魚すくいや輪投げなどに夢中になっている子供達の楽しそうな顔は、なかなかいい被写体となるものだ。

こういった人々の自然な顔というのは、意外と難しいものである。

普通、人はカメラを向けられると、どうしても意識してしまい、表情がかたくなってしまう。

ましてや、私が普段使っているような、何㎏もある大きなプロ用カメラだとなおさらだ。

こんなときこそ、今回のような小型カメラがけっこう役に立つ。

わりと気軽なカメラだけに、相手もあまりこちらを意識しなくなり、かなり自然な表情が撮りやすくなるのだ。

さすがに、いつものように時間をかけて構図を決めたりもしないが、そのかわりにベストショットの一瞬を逃さぬよう、常に意識を集中していなければならない。

前述したように、最近の小型デジカメも性能がよくなって、よほど大きくプリントしない限り、満足のいく仕上がりが期待できる。

だからこそ私は、しばしばこの小さなカメラを使って、作品作りをすることがあった。

プロとして世間に名前の知れた私が、こんな玩具のようなカメラも使っていると知って、最初はサワちゃん達は驚いていたが、撮影に本当に必要なのは道具ではなく、撮影者本人の腕であるという基本的なことを、忘れている者は意外と多い。

アマチュアがよく陥るのが、そういった思い違いで、無駄に高価なレンズや、不必要な性能を持ったカメラを、高い金を出して買っただけで、一人前になった気になってしまう。

どんないい道具を持っていても、それを使いこなさなければ意味がないという、当たり前のことを、忘れてしまっているのだ。

まあ、私も最初はその基本さえ、よく分かってはいなかったのだが。

この仕事にたずさわりだした頃の私は、本当に初心者以下の素人で、何をやってもまともな写真など撮ることもできず、今まで何度も挫折しかけたものだった。

そんな私を、ここまで鍛え上げてくれた恩師の山田先生も、5年前に亡くなられた。

先生との出会いがなければ、今の私は存在していなかったことだろう。

先生には、どんなに感謝しても感謝しきれないほど、多くの事を教えてもらった。

私は山田先生の弟子として、その名に恥じぬよう、これからも写真家としてやっていくつもりだ。

 さて、そんな思い出話しはさておいて、ふと、周りを見渡すと、いつの間にかサワちゃんの姿が、見当たらなくなっていた。

ついさっきまで、私のすぐ横にいたのだが?

(………………ま、まさか……………)

一瞬、私の脳裏をイヤな思い出がかすめた。

決して忘れることのできない、忘れてはならない記憶が。

すると、

「ふぇんふぇ〜、どうふぁしふぁんれすふぁ〜?」

と、後ろからサワちゃんの間の抜けた声がした。

振り返ると、口にチョコバナナを頬張り、右手にミルク煎餅、左手にアニメ絵のビニール袋に入った綿菓子を持つという、とても一人前の大人とは思えないような間抜けなカッコで、彼女は立っていた。

他にも大量に買い込んだのだろう、コンビニで買った大きな紙袋を肘にかけている。

「サ、サワちゃん、何やってるの?」

彼女は口の中のチョコバナナを飲み込み、満足げな顔で、

「お菓子の大人買いをしてました」

「お、大人買いって、やってるコト子供みたいなんだけど?」

「見た目は大人、頭脳は子供、その名はカメラアシスタントのサワちゃん!」

ビシッとポーズをキメて言う彼女。

言ってて虚しくないのだろうか?

答える彼女の紙袋から、ガサゴソといろんな食べ物がこすれ合うような音がする。

何日分のおやつを買ったのだろう、想像しただけでお腹が膨れそうだ。

「某出版社から訴えられるよ。ってか、ちょっと買いすぎなんじゃない?」

「そ〜ですかぁ?」

言うや彼女は、今度は右手のミルク煎餅に食らいつき、

「先生も1つどうです? 夜食用に買ったんですけど、コレ、なかなかいけますよ」

と、彼女は紙袋の中からリンゴ飴を1つ取り出して、私に差し出した。

しかし私は、それを見て、

「っ!!」

脳裏にあの悪夢がよぎった。

紅く艶やかなその光沢。

袋越しに伝わってきそうな甘い香り。

  ………お姉ちゃんっ!…………

私が子供の頃の、近所の縁日の夜。

あの日、あの夜、私が姉にせがんで買ってもらった大きなリンゴ飴。

その後で姉と…………………、

「………………………うぅ………………」

その途端、私は気が遠くなり、目まいにも似た感覚に襲われた。

足がもつれて、ふらついた私は、気がつくとサワちゃんの胸に倒れ込んでいた。

「せ、先生っ、先生っ?!」

サワちゃんが心配そうに声をかけた。

だが、私の耳に聞こえる彼女の声は徐々に小さくなり、私の意識は遠のいていった。

そしていつの間にか私は、気を失っていた。

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