第22話 俺様のハートは太陽の女神に焼かれる
[純side]
『ふぅ――――――俺たちの勝利だっ』
『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
傷だらけの男たちの野太い声が洞窟内に響く。その興奮が全身を走る。
溜まりに溜まった疲労も気にせ、辺りに散らばるゴブリンの残骸にも気にせず、至るところにある血溜まりにも気にせず俺たちは――――――勝利の声を上げた。
「――――お前? 何をにやにやしているんだ?」
数時間前の妄想を脳内で繰り広げていたのだが、シェルの言葉によって現実に戻される俺。
「あん? 別いいだろうが。なんか文句でもあんのか? あんっ??」
がんをつける俺を無視して、シェルは言葉を放つ。
「まぁ、どうでもいいが。それよりそろそろ、第6地区島に戻るぞ。早く用意しろっ」
そうか――――もう、帰還か。案外早いもんだな…………って何感慨にふけってるんだ俺? らしくねぇ~
俺たちはあれから乱闘の末、洞穴内に巣食うゴブリンたちを全滅させることに成功した。
幸運なことに命を落とした者はいなく、俺も骨を折っただけで死ぬことはなかった。
折っただけでも現実世界なら重傷だけどな――魔法ってのはすげぇもんだ。直ぐに治っちまうんだから……
今回の俺の手柄は、結局立ち向かってきた2体のゴブリンだけだが、相当に手強かったぜ。
こんなことを言うのは俺らしくねぇけど、普通に死ぬかと思っちまった。
――――まぁ、負けることは絶対にねぇけどなっ! がははっ!
腰に差したブロードソードの柄を触りながら俺はそう思った。
野営地としていた平原には既に何も無く、後は船の到着を待つだけであった。待っている間は自由時間で、其々好きなように過ごしている。
そんな中、思い出したようにシェルが口を開く。
「――――そうだ。お前ら、まだ船が来るまで数時間あるが……魔草の洞窟には行くなよ。お前らじゃまだ厳しいだろうからな」
魔草の洞窟? なんだそれ? 何言ってんのこいつ?
またもや剥げたおっちゃんが俺の疑問を代弁してくれる。
「シェルさんっ! 魔草の洞窟とはいったい?」
「知らないのか? ――まぁ、最近のことだから仕方ないか。魔草の洞窟は、この島で最近見つかった自然のダンジョンだ」
「だ、だんじょんっ!? それって、魔物が群れになって集合している場所ですよねっ!!」
「簡単に言えば、そうだな。森林を東に進んだ所で発見されたんだが、まだ未知でな。近々、俺たち夕闇の侵略者に依頼が来るはずだ」
ほほぉ。Sランクギルドに値するダンジョンかっ! ほほほほほぉ~。いいじゃねぇの?
「だから、無闇に近づくんじゃねぇぞ? わかったな」
『――――りょうか~い』
興味がそそられた俺は、もっと詳しいことを聞くためにシェルの元へ行く。
「何? 魔草の洞窟にもっと知りたいって?」
「あぁ。いいだろ? 教えてくれよ?」
シェルは一瞬顔をしかめたが、答えてくれる。
『魔草の洞窟』――――魔草が多く生息していることから、そう名づけられた。トレダール国に存在する唯一のダンジョン。
偏狭の地である弟15地区島の森林内で最近発見され、未だ最深部にまで到達した隊員はいない。
生息モンスターは、ゴブリン、スィーフ、スライム、インプなどが生息。ダンジョンランクはB。*まだ未知のダンジョンのため、ランクは高めに設定されている。
「――――まぁ、こんなところか」
「は~ん。それで、内部とかの情報は全くわからねぇのか?」
「魔草の洞窟の内部は、聞いた話では何層にも地下へと続いているらしい。確か入り口は、巨大な丸石に空いている大穴か入れると聞いたが……何故そことまで詳しく聞く?」
「少し気になっただけだっつうのっ! 別にいいだろ?」
「まぁ………………いいが」
ふははははははは――――これである程度の情報は整った。後は―――――
――――数時間後。
「誰がお前らじゃ攻略できないって? ――――この俺様の実力を見誤るとは…………全くシェルの野郎は――――」
男と言うのもは、常に高みを目指すものだろう。困難だと言われて、そこで立ち止まる奴は男じゃねぇ。当然、俺は前人未到の魔草の洞窟に挑戦する!
これぞ、冒険っ! これから俺のダンジョンマスターへの道が始まるというわけだなっ!! やってやるぜっ――――がはははっ!!
あいつ等はもうトレダールに帰還した。これならもう邪魔をする者はいないはずだ。誰も魔草の洞窟の財宝はわたさねぇぞ? ――――まぁ、財宝があるかは知らねぇけど。
野営地とゴブリンの住処があった岩石地帯との中間に魔草の洞窟はある。野営地から森林に侵入し、北上するではなく東へと進んで行く。
木々が太陽光を遮り、闇を放出する森を数時間、道なき道を歩いて行く。すると、湖ほど巨大ではないがある程度の広さのある湖が現れる。
その湖の畔には、時の経過を感じさせない巨大な丸石が佇んでいた。表面は苔が覆って緑色に変色し、蔦が複雑に絡みあっていた。
ゴブリンの住処と似たような感じだが、おそらくあれが――――――魔草の洞窟。
俺は周辺に落ちている手頃な木を手に取り、常備しているアルコールを先端に染みこませる。
そして、火打石で起用に火を点けた。ボオッ――とアルコールを媒介として炎は大きな音を立てて燃え始めた。
その炎に注意しながら、入り口へと近づいていく。
「入り口は…………此処か――――」
苔むした岩石の間に入り口はあり、そこから歩きにくい岩道が地下へと続いている。
松明を片手に慎重にその道を降りて行くと、1つの穴が開いていた。その穴は身体を屈めなければ入る事の出来ないような広さ。
炎に注意しながらそこを進むと、十分に身体を動かせる大きな空間へと出た。
そして、一気に冷気が身体を包み込み、体温が低下していく。 松明をかかげるが、垂直にも横幅にも広いうえに全体を見渡す事は叶わなかった。
しかし、内部は鍾乳洞のようになっていることだけが窺えた。
少し進むと、壁に出来た洞穴のような空間に焼け焦げた松明の残骸が散らばっていた。他にもそこに以前何者かが焚き火をした形跡が残されていたのだった。
「ほほぉ……此処で団を取っていたわけだな。早く未踏の地に行って伝説を残してやるぜっ――」
そな欲望を抱きながらその場を去ろうとした矢先――
「な、なんだっ!? なんで木が勝手に……浮いている?」
なんと地面に唯一焼け残っていた木片が、重力を失ったかのように虚空に浮遊し始めた
その木片は俺の目の前でゆらゆらと揺れ、まるで生き物のように動いていた
その不可思議な現象に恐怖と共に興味が注がれ、徐にそれを掴もうと手を伸ばす。しかし、此方の考えがわかっているのか、浮遊する木片は空中を俊敏に移動して逃亡する
「――ちくしょうっ! 待てこらっ」
何度も掴もうとじたばたするが、一向に取れる気配はない。さらには、馬鹿にしているか木片は周りを旋回し始める
流石にこれは自然に起きている現象ではないと理解し、その裏に何者かの存在を危惧した俺は咄嗟にブロードソードを鞘から抜く
「誰だかしらねぇが俺を馬鹿にしやがってっ!? 死にたくなかったなら――姿を現しやがれっ!」
そう咆えると、唐突に甲高い子どもの声のような音が空洞内に響く
キャキャキャキャ
「やっぱり誰かいやがるんだなっ。出て来いっ!」
再度叫ぶと空中に浮遊していた木片の旋回が前方で急に停止し、その木の側に現れる何か。それはまるで――
「あくまだと……?」
目の前に突如姿を現したのは、全身が薄灰色の皮で覆われ、背中に2本の小さな翼が生えている
体長は大人の手の平ほどの大きさで、両手足は鷲の爪先のように鋭く尖り、青白い両眼を此方に向けている
その中でも特に特徴的なのは、頭に生えた1本の角。黒い表面に蛇がとぐろを巻いているように白い線が入っていた
長い両耳をヒクヒクと動かしながら、意地悪そうな笑みを浮べるその姿はまるで――悪魔
こいつ魔物だよな? 確かあの眼鏡が言っていた気がすっけど――
余り探ることの無い、記憶の奥底を探索するとその魔物の名前を思い出す
『インプ』――種類としては悪魔の一種である。 体長は最大でも人間の子供程。全身が黒く、充血した目をしており、尖った耳に鉤のある長い尻尾を持った姿。生息地は幅広く、廃墟や洞窟など暗闇を好き好んで住む。特に攻撃はしてこないがイタズラを好み、厄介な魔物として知られている
それにしてもガキみてぇなイタズラしやがって――――。こんな奴放置でオーケーだな
俺がインプを避けて背を向けると、頭に感じる軽い衝撃。咄嗟に後ろを振り向くと、鳴き声を上げて地面に散らばる木片を浮かばせて投擲してきた。
少量であるので全く痛くない。そうい痛くはないのだが――――――
「うぜぇっ!! まじうぜぇっ!!」
俺が何処に逃げようとも当然のように追って来る小悪魔。
小悪魔のねぇちゃんに追われるならまだしも、お前みたいな本当の悪魔に追われることなんて望んでねぇんだよっ!
ブロードソードで倒そうとしても、俊敏で捉えることはできずにインプを喜ばせるだけで、どうしようもなかった。
「くそがっ。こんな奴無視だっ! 勝手にやってろカスがっ!!」
ついには俺も諦め、無視して奥へと進んで行くことに決める。暫く適当に進んでいくと、再度俺の慎重の半分ほどの穴が現れる。
此処までは1本道で、迷うことなく到達することが出来た。身をかがめてその穴を進んでいくと、また新たな空間に出た。
先程よりは小さな空間であったが、代わりに迷路のように数本に大穴の道が通っているようだ。
どれに行こうか迷っていると、後ろで奇妙な笑い声を上げていたインプがゆらゆらと1つの穴へと消えていく。
「まさかあいつ……最深部の場所を知っているんじゃねぇか? ――――行ってみるか」
実際のところは疑惑の感情でいっぱいであったが、一抹の期待を抱いてインプの後を追う。
穴の大きさは、十分に剣が震える程度の広さと高さがあった。俺は、たいまつで前方を照らしながら慎重に進んで行く。
どうやらこの道は正解のようじゃねぇか。魔物とも遭遇しねぇのは些かつまらないがな。
姿を消したのかインプは見つけることは出来ず、ひたすらに進んでいく。するとその途中で――――――――
ベチャッ ズズズズズズ――――――
気色の悪い音がぬるりと鼓膜に侵入した。徐に振り向くと、そこに居たのは橙色で液体のように形の崩れた何か。
「――――なんだ?」
確かに来る時にはなかったそれ。じっくりと観察していると、空気の入り始めた風船のように液体が膨れ上がっていく。
そして、数刻の間に1メートル程の大きさまで肥大した。
それには勿論顔はないが、明らかに魔物であると確信できる。某ゲームの初期モンスターのような風貌に思わずテンションが上がる俺。
「こいつってもしかしてスライムかっ!? ベスっ。ベスなのかっ!?」
スライムは自身の身体の一部を地面に引き摺りながら、此方にジリジリと近寄ってくる。
動きはおせぇな。これなら殺れるっ――――――!
俺は近づいて来る気泡の混じった身体にブロドソードを薙いだ。片手のためそこまでの力はでないが、こいつなら余裕だろう。
ゼリーを切った時のように、いとも簡単にスライムを半分に割る。またベチャリと音を立てて形を崩すスライム。
「ふんっ。こんな雑魚に負けるおれじゃぁ…………って、まだ死んでねぇのかよっ」
直ぐにスライムは再生を始め、元の姿に戻った。俺は再度剣を振るい、今度はもっと細かく刻むが――――
「また再生しやがった……めんどくせぇ」
スライムってどうやって倒すんだ? 普通にゴブリンより強いじゃねぇかっ! どうする? 逃げるか?
「仕方がねぇ――――今回は一時退散っ!」
入って来た道はスライムによって帰れないため、必然とどんどんと奥に進んでいく。
スライムの移動速度が極端に遅いので、走ることはしないが足早に進んでいく。ある程度進むと、忘れかけていた腹立たしい笑い声が響く。
キャキャキャキャ キャキャキャキャ
「出やがったな……インプっ! てめぇのせいで、スライムに出くわしちまったじゃねぇかよっ!」
身勝手な言い掛かりをぶつけるが、インプが答える分けも無く言葉は虚空に消える。
俺は目の前に浮遊するインプを払いのけ、前に進もうとしたのだが――――――――
まるでインプに連れて来られたかのように、目の前に忽然と佇む2体の見慣れた魔物。
「あの時の魔物かよ…………!」
盗人のような黒いボロボロの外套を着込み、黄色い両眼だけを此方に向けている。そうバータルからトレダールへと行く渦中で出会った魔物――スィーフである。
またこいつかよっ! しかも2体か…………てか、絶対あのインプが連れてきただろうがっ! あのくそ悪魔がっ!
インプの姿は何時の間にか消失しており、残されたのは目の前の2体のスィーフと俺だけ。さらには、今はまだ姿は見えないが後方からはスライムが迫ってきている。
まさに――――――ピンチっ!! しか~しっ! あの時の俺ではねぇぞ? こいつら2体に負けているようじゃ――――
「何もできねぇんだよっ! きやがられやっ!」
抜き去ったブロードソードの刀身が松明の炎に照らされて、怪し洞穴内に陰を落とす。
2体のスィーフの武器は、天井に連なっている氷柱のような先の尖った石灰の棒と俺の持っている松明ほどの木の棒。
流石に左手に持っている松明が邪魔だな――――。おそらく投げつけても直ぐに火が消えることはないはずだ。消えたらまじ怒るから。そこんとこよろしくっ。
ゴブリンとの戦闘で自身をつけたのか、突然の戦闘、連戦であっても幾分落ち着いて思考を練れる様になっていた。
やはり、今回も相手が動く前に俺が先行を取る。初手は、戦いの邪魔で仕方か無かった松明を石灰の棒を持ったスィーフに投擲すること。
それと同時に、もう片方のスィーフに肉薄してブロードソードを斜めから振り下ろす。
木の棒に防がれるが、明らかに武器の質も力も此方が勝っているため、スィーフは防戦一方にならざるを得ないでいた。
連続で剣を振るい、何時もの如く攻めて攻めて攻めまくる俺。
その最中、耳に聞こえる何かが地面に落ちる音。そして、地面を通して感じる足音。俺はそれを聞きのがさなかった。
咄嗟に攻撃を止めて後ろへと飛ぶ。
目の前では、俺が華麗に回避した石灰の棒の先端が、木を持ったスィーフに突き刺さる場面が繰り広げられた居た。そう――――先ほどの何かが落ちる音は俺の投げた松明で、足音はもう1体のスィーフのものだったのだ。
ゴブリンとの戦いでは同じミスをしたが、今回はそうはさせねぇぞ? 一度犯したミスは絶対に二度とはしねぇ。俺はそういう男だっ!
「――ははっ!!」
即座にもみくちゃになる2体のスィーフに突撃し、ブロードソードを石灰の棒を持った方に突き刺した。
深々に突き刺さる刀身。刀身を通して流れる血流。そして、断末魔を上げて命を引き取る1体のスィーフ。
もう1体も、仲間の武器の刺さった場所が悪かったのか既に瀕死の状態に陥っていた。
俺は徐にブロードソードを抜くと、地面に倒れて此方に未だ怒気の篭った視線を向けてくるスィーフに、ブロードソードを振り下ろした。
鮮血が俺の着込む革の鎧を汚す。俺はその亡骸をしっかりと見詰め、現実を心の中に刻む。
「――――――終わったか」
刀身に付着する血を振り払い、鞘へと仕舞いこむ。そして安心しきっていると――――――――
ベチャゥ ズーズーズーズズズズ
「まじかよっ。もう追いついて来たかっ…………」
俺は咄嗟に半分くらい炎で燃えてしまった松明と、先ほどスィーフが持っていた木の棒を持って逃走するのだった。
――数時間後。
何度か偶然のせいか――いや、あのインプのせいで魔物に遭遇したが、なんとか切り抜けた。そして今居る場所は、階層で言うなら――おそらく三階層に当たる。
なぜおそらくだって? そりゃぁゲームじゃねぇんだし、正確にはわからねぇだろ? だが、入り口のような急坂を2回も下りたんだからそう思って当然じゃねぇか。そうだろ?
相変わらずインプは突然現れるが、そう時に限って魔物を連れてくる。少し前に連れてきた全身岩だらけの奴は相当手こずった。
そいつのせいで俺のブロードソードがぼろぼろになってきちまったぜ。まったく――――
2階層の途中でついに持っていた2つの松明を使い切っちまった。だから新たに探さなければいけないと思ったのだが、どうやら2階層からはその必要もないらしい。
真っ暗だと思っていた洞穴内には、少薄暗いが十分に明かりが保たれていた。その原因は――――頻繁に地面に生えている光るキノコ。
豆電球のように光るそのキノコがたくさんあるため、案外松明なしでも捜索することが出来ていた。
この洞窟の内部は、部屋のように広い鍾乳洞の空間が点在し、それを岩壁についた大穴が道を繋いでいるというものだった。
当然、身をかかげなければ通れぬ道もあれば、極端に垂直に高い道もあった。
獄狭の道で魔物に襲われた時は、流石の俺でも戦闘を諦めて逃亡した。あれは流石にフェアじゃねぇ
だいぶ広い平坦な空間に出る俺。この洞窟での多くの戦闘にも慣れ、緊張が解れてきた俺。そんな時に限って何かが起きる。俺の目の前にも――――――
キャキャキャキャ キャキャキャキャ
「てめぇ。また現れやがったっ! 次はいったい何を…………連れてきた?」
インプが今度も連れてきたのは――――巨大な何か。
なんだあれは――――? いったい――――――――――――
その姿は闇に紛れているが、怪しく光る両眼だけは見て取れる。その瞳を見た瞬間、俺はなんとも言えぬ恐怖に全身が覆われる。
全身を何かで縛られ、抑え込まれるような感覚。呼吸をすることも忘れ、指先1つ動かすことも叶わない。
いつしか思考は停止し、その瞳に魅入られたようにじっと見詰めている。あのインプの笑い声も耳を害さない。俺の五感は全てを停止され、恐怖だけが体を包む。
そんな中、徐々に姿を現す巨大な何か。そいつは大人1人を軽く飲み込んでしまいそうな大きな、口をあけた。
口内は炎が炊かれているように真っ赤に燃え、気色の悪い舌とギザギザの歯が伺える
――おいっ! うごけっ! うごきやがれっ!! このままじゃ…………
俺は未だに動く事ができない。金縛りにあったように動かない――――
そして目前にまで迫る死が俺を飲み込もうとした矢先――――――――
物凄い衝撃と共に吹っ飛ぶ身体。勿論――俺の身体だ。その痛みを機に一時的に恐怖から解放された俺は、咄嗟に現状を確認する。
すると、先ほど俺の視界に映った真っ赤な物体。全身を紅の鎧で固めた――――――食物を俺に与えてくれた神がそこにはいた。
何故あいつがっ? あいつはもう船で帰ったはずじゃ――――――――――
巨大な魔物の口内に俺の代わりに飲み込まれる神。避けることもなく飲み込まれるかと思えば、まるで蜥蜴を逃げる時に尻尾を切る時のように鎧を華麗に脱ぎ捨て、俺の目の前に現れたのは――――――――――
血色の良い小麦色の地肌。炎のように爛々と輝く真っ赤な髪を首下まで垂らし、やんちゃそうだが妙に均整の取れた顔立ち。
さらに特徴的なのは、その赤い髪に負けない程に濃い紅色の両眼ある。
彼女を見て真っ先に感じたのは――――――――太陽の女神。
おいおいおいおいおいおい――――――あいつ女だったのか? しかも――――めちゃくちゃタイプだぜこんちくしょうっ!
陰気な洞窟でも覆えないほどの内なる輝きを彼女は持っていた。思わず目を奪われる俺。
彼女はそんな俺に華奢な背中を向けた。そして、腰に差している均整の取れた華奢な肢体には似合わぬ二振りの長剣が帯びられている。
彼女はその片割れの剣を一気に引き抜く。両端に金の装飾が施された黒い鞘から抜き出た長い剣。控えめに湾曲した刀身。何処かの海賊映画で見たことがあるような剣。
あれは確か――――カットラス。だが、あんなあんなに刀身が長かったか?
彼女は顔だけを此方に向けてこう言った。
「そこで見ていたなっ! あたしが本当の戦いってのも教えてあげるよっ」
そこで冷静さを取り戻した俺は、同時に対峙していた魔物の名を思い出す。
目の前に対峙するのは、魔草の洞窟を縄張りとして猛威を振るう魔物――――アナコンディ。
一目で言うならば――蛇。しかし、その大きさは現実で見てきたものを遥かに凌駕していた。
洞窟の闇に紛れて怪しく光る瞳。爬虫類独特の色合いをしたそれは、じっと彼女を見詰めていた。
片方の瞳は以前に誰かにやられたのか、潰れて痛々しい傷跡を残している。何かを擦った時のような鳴き声を上げ、その妙に大きい身体を動かした。
艶やかな鼠色の地肌に人一人を飲み込んでしまいそうな大きな口。口内は真っ赤に燃え、血色の悪い長い舌が出たり入ったりを繰り返している。
体長は軽く見積もっても数メートルはあるであろう。ある程度の広さを感じていたこの空間が窮屈に感じるほどである。
しかし、彼女は恐れも知らずに一気に詰め寄った。そして、顔面に向けてカットラスを一振り。しかし――――――予想以上に皮膚が硬いのか彼女の攻撃は通らない。
続けざまに2、3度カットラスを薙ぐが、傷つけることは叶わなかった。
大蛇も巨大な口を彼女を飲み込もうと応戦する。しかし、大蛇風情が太陽を飲み込めるわけがない。
彼女はするりとそれらの攻撃を回避すると、ぬるりと滑る蛇の身体をなんなく駆け上った。
必死に振り落とそうと大蛇は身を動かすが、絶妙なバランス能力で頭部まで到達した。
そして彼女は蛇の頭部に跨ると唯一生きている片方の目玉にカットラスを突き刺した。
肉を割く生々しい音。そして洞窟内を振動させる程の悲痛な叫び声を上げる大蛇。思わず頭部から離れる彼女。
蛇とは両眼が見えなくとも対して、不具合がない程に他の部分が発達している。しかし、流石に命を危機を感じたのであろう。
大蛇は暫くの間地団太を踏む。圧倒的危険さが身を貫く中、当の彼女は無邪気な笑みを浮べていた。
「あはははっ。楽しくなってきたねっ。まだまだいくよっ!!」
グルルルルルルルルルルルルルルッ
大蛇は鼻をヒクヒクと動かし、俺たちを探し出そうと五感を集中させている。俺は咄嗟に身を固まらせ、少しの音も出さないようにした。
しかし、一方で太陽のような彼女はそんなことお構いなしに大蛇の元へと突っ込む。
彼女が一気に詰め寄ると、目が見えていた時よりも遥かに早い対応を見せる大蛇。視覚を絶ったことでさらに反射速度が上昇したのだろう。
その大きい身体を縮めてカットラスをかわし、彼女に牙を向ける。彼女はそれを後方に飛ぶこと回避しながら、同時にカットラスを水平に振るった。
飛び散る鮮血。刀身は蛇の口内を傷つけ、紫色の血を滴らせる。さらに怒号した蛇は物凄い速さで彼女に激突した。ピンボールのように岩壁へと吹っ飛ぶ彼女。
「――――あぶねぇっ!!」
その時の俺は、何故だが身体を縛っていた恐怖から一時的に解放され、必死に彼女を受け止めるために飛び込んだ。
「――――ぐはっ」
背中に走る衝撃。身体の内部で骨の折れる音が鮮明に聞こえた。全身に激痛が走るが、どうやら彼女を庇うことには成功したみたいだ。
懐に収まる赤髪の女性が、はっと俺の顔を上目遣いで見た。その美しさは――――――――実に美味だなっ。このやろう……
「――――ごめんっ! 大丈夫っ!!」
咄嗟に離れて、俺の安否を確認する女神。
「あぁ……問題ねぇ――――」
――――――いてええええっぇえっぇ。やべぇよおいっ。ふざけやがってっくそっ! くそっ!!
激痛に歪みそうになる顔で必死に笑顔を作る俺。女性の前で弱みなど俺は吐かねぇぞっ……!
「――――前を見ろっ。来るぞっ!!」
俺たちが話しているほんの数秒の間にも、大蛇は位置を特定しその怪しく光る牙を此方に向けようとしていた。
彼女には似つかぬ曇った表情で此方を見た後、前を向き直り吠えた。
「君への恩は必ず返すっ! 覚悟しなっ――――アナコンディ!」
それに呼応するかのように大蛇も咆える。彼女は今まで使用していなかった二振り目のカットラスを抜いた。そして、物凄い速さで迫り来る大蛇の懐に入ると、首元に目掛けてカットラスを薙ぎった。
今回もまた硬い皮膚に弾かれてしまうと思いきや、綺麗に鮮血が舞った。そして連続で切り刻んでいく赤髪の女性。その度に血が地を濡らし、大蛇は怒りの声を上げる。
すげぇ戦いだっ……でもなんで奴に攻撃が――――っておいおい。まじかよっ。あの人は――――――
俺が驚いたのは仕方が無い。彼女は蛇の硬い皮膚を突き破るために、1度目は弾かれるのを覚悟して大蛇に当てる。
そして、間一髪入れずにその剣の上から2本目のカットラスを押しこむ事で大蛇に傷を負わせていたのだ。
女性とは思えぬ荒々しさにそれとは対照的な正確さと繊細さが、俺の視界では繰り広げられてたのだ。
しかし大蛇も簡単に殺られる相手ではなかった。その大きな身体から到底予想できない敏捷さで、攻撃を回避する。さらには、長い尻尾で地面を叩きつけ、彼女の態勢を崩す。
叩きつけられる度に悲鳴を上げる洞窟。岩が飛び散り、視界が定まらない。さらには、蛇は口から岩を溶かす毒液を吐き出した。
連続で続けられる戦闘。俺は何もできずに壁を背にもがくすることしかできなかった。
くそっ――――何が強くなるだっ……女性に戦わせておいていいのか? ふざけんな純ッ! 俺は絶対に――――強くなるっ!!
「――――――誰でも良いっ俺に力をよこせええええええええっ!!!!」
刹那。全身が白い靄のような物に包まれた。そして、湧き出てくる――――――力。
目前では、不意打ちを喰らい、態勢を崩した麗しき赤髪の女性。そして、好機言わんばかりに口を広げる大蛇。まるで笑っているかのように見えたその表情。
そんな大ピンチであっても今の俺には、不安や恐怖はなかった。何処からか泉のように溢れ出る自身。
その白い靄がそうしているのか――まるで身体の全てが強化され、超人になったような妙な感覚。
俺は――――――駆けた。
そして――――――――――――――――斬る。
ただそれだけの行動。しかし、踏み込みも、反射速度も、力も――――全てが今まで異なっていた。たったそれだけの行動で、今まで猛威を振るっていた怪物は地に落ちた。
一生笑うことのできない屍となって――――――――――そして同時に身体から出ていた白い靄が消失し、俺の意識もぬかるみの底へ落ちていく。
最後に見たのは――――――太陽のように美しい女性の顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます