第21話 俺様とお前の強さの違い


[純side]



『俺は強くなる』――――――――――――とあいつらには言ったが……



「…………何をすりゃ良いんだ?」



 弱音? ――――あん? 弱音なんて吐いてねぇよ。ぶっとばすぞ?



 強くなるには戦わなければいけねぇ。もっと戦って、あのアホを倒すっ。俺が隆生に負けただとっ? あぁそうさ。確かに――――あいつは強かった。



 俺も馬鹿じゃねぇ。今の俺では勝てねぇのはわかってる――――だがな、何時までも勝った気でいるんじゃねぇぞ隆生。


 もっと強くなって奴隷商人たちもお前も俺が全部――――ぶん殴るっ!!



「――――――やっぱり強くなるなら依頼をやるしかねぇな」



 強者と言われている奴は誰であってもギルドで数多の依頼をこなしているはずだ。しかもやわな依頼じゃねぇ。


 命の危険を伴う――――討伐任務をだっ。



 ギルドの壁には数枚の依頼書が張られていた。それらの一枚に目がいく。




依頼名:魔物の討伐依頼。


依頼内容:トレダール弟15地区に展開されている、ゴブリンの巣の壊滅。


条件:ギルドに所属する者に限る。単独ではなく、多人数での戦闘。


依頼者:トレダール弟6支部。


ランク:D~


報酬:金貨4枚



補足情報:人数が10人以上になり次第行動開始。待機場所はギルド第二共有会議室。後方支援に長けた者最優先で求む。


詳しくは夕闇の侵略者所属のシェルまで――――



「ほぉ……どうやら俺の求めていたものがあったようじゃねぇか。すぐに会議室に行ってやろう――――そういえばシェルって確か隆生を訓練しという奴だよな? はは~ん。なおさら行ってそいつの顔を拝んでやろう」



 早速足を運んで第二会議室の戸を叩くと、中には既に見たことのない隊員たちが群れていた。



 壮年のがっちりとした男、とてつもなく巨大な斧を担いだ男、俺より明らかに年下であろう少年、赤色の鎧に全身を纏った顔の見えぬ野郎もいやがる。



 おいおい……女がいないじゃねぇかっ! 異世界といったらナイスバディの美女だろっ!? ほんとに――――この世界はカスだな。



 ――――まぁ、しょうがねぇ。俺は強くならないといけないからな。それまでは我慢だ。強くなって世界中の女性たちを飽きるほど侍らせてやるぜ。ふふふふ――――――



「――――――ははははははっ!」



 他の奴らの視線が高笑いをする俺を捉えたが、そんなのは無視だ。男には興味はねぇ。



 当然の如く椅子に腰を下ろす。部屋にいるのは俺を含めて12人。もう規定の人数には達しているようだな?



 そう思っている矢先、会議室の扉が唐突に開かれた。そして、そこから現れたのは――隆生から話を聞いてた通りの人物。おそらく奴が――――――シェルだろう。



 細身の体躯に目を引く赤色の短髪。両眼は鋭く虚空を睨み、Tシャツに革のズボンとラフな格好の青年。


 そいつは部屋に入るなりぶっきら棒に言葉を放った。



「どうやらもう人数は揃っているようだな? 時間も押していることだ、早速移動するぞ。準備しろっ」



 その言葉を機に、部屋に居た者共はそれぞれ準備を始める。俺もそんな奴らを暇そうに見詰める。


 それが終わると、シェルの後に続いて今回の目的の地――トレダール第15地区へと向かうのであった。



 15地区が未開拓上に偏狭の地ということもあり、船は長旅を要した。島の全体はアーモンドを横に置いたような形の島。


 殆どの場所がまだ手を付けられておらず、住んでいる者はいない。



 船はアーモンドの丸みを帯びた方の下側に船舶した。説明にケチをつけんなよ? そんな文句はシェルに言ってくれ。


 俺は奴の言葉を代弁しただけだ。



 島に着く頃には既に昼を回っていたため、周辺に野営地を整える。そこは平原になっており、見渡しも良好で野営地には最適なんじゃねぇだろうかと勝手に推測する俺。



 そして各自(俺以外)持ってきた食料を食べたり、談笑をしているんだが――――――――――



「――――――何も持ってきてねぇ。攻略に数日かかるなんて聞いてねぇぞっ……」



 シェルの野郎――――騙しやがったなっ!?



 時と共に腹が空く。それに作用して苛立ちが募っていた俺の元へ近づいてくる奴が1人。


 真っ赤な鎧を全身に着込んだ顔の見えぬ変人。そいつは俺の目の前まで来ると鎧の隙間から微かに垣間見える目で、俺を見下ろした。



「あ? なんだよ? ――何かようか?」



「――――――――――」



「おいっ。何か喋れやっ。こちとら腹減って苛立ってんだよ」



「――――――――――」



 いくら此方が怒鳴っても喋らない。俺が構わずがんをつけていると、暫くしてそいつが腰の布袋に手を突っ込み、中から幾らかの干し肉とチーズを取り出した。



 ゴクン――――と思わず唾を飲み込む俺。視線がそれらの食べ物に集中する。



 そいつは何をするかと思えば――――まさかの目の前でそれを兜の中に突っ込み、食した。


 俺はあっけに取られていたが、直ぐに憤怒の表情で怒号する。



「てめぇ!! 俺が腹を減っているのを知りながら……くそがっ――――――!」




 腹が減っていて怒る気もうせ、うなだれる俺にそいつは再度袋から食物を取り出す。そして再度食するかと思えば――――――



「――――――くれるのか?」



 なんと今度は自分では食わずに、俺にくれるというのだ。たったそれだけのことなのだが、俺はその時神を見た気がしたぜ全く――――――今笑った奴処刑だ。



 食べ物を受け取ると、そいつは何事もなかったように元の場所へ帰っていく。その背中にはまるで後光が差しているように輝いていたぜ。



 ――――それほどまでに腹が減ってたってことなんだっつうのっ



 干し肉を頬張り、チーズを口に詰め込み、水で流しながら喉を潤す。



 実に…………旨いっ。現実に食っていた物と比べれば簡素な食料だが、全然いける。



 直ぐに食べ終えてしまったが、先ほどの空腹を乗り越えることは出来たので十分に満足感を得ることは出来た。



 その後やることもなくなり時間を潰していると、シェルの集合がかかる。



「――――それじゃ、今回の任務について簡単に説明する。よく聞いておけ」



 やっとかよっ。まだ何もろくに聞いてねぇぞ? これはちゃんと聞いておかないといけないな。



「今回の最終目標は沼沢地に展開されているゴブリンの巣の破壊だ。敵の正確な数は未定だが……少なく見積もって30はいるだろうな」



 30匹のゴブリンか……下級魔物だがこの数は手こずりそうだな? とにかく、ゴブリン共を何対もなぎ倒してやるぜ。


 まぁ、ゴブリン如きに負ける俺じゃねぇけどな。



「今日は数人を連れて敵の偵察をする。作戦実行日は明日だ。偵察に行く奴はお前と、お前と…………お前も来い」



 シェルは頭の剥げたおっちゃんと腰に2本の剣を差した男。そして――――この俺を指差した。



 ははぁっ! 俺を指名するとはわかっているじゃねぇか。こいつの偵察の技術とやらを拝見しようじゃないの



「他は今夜の食料と水の調達、周辺の安全の確保もしておけ。後は――――勝手に自己紹介でもしておけ。チームワークは必要だからな。さっき呼んだ奴行くぞ。着いて来い」



『――――了解』


 


――数時間後。



 野営地の平原を北上すると、手が全く付けられていない生い茂った森林が現れる。幸運なことに魔物との遭遇はあらず、森林をすんなり抜けると、ぬかるみの目立つ広い沼沢地が視界に現れた。



 水溜りに落ちないように気をつけながら少し前進すると、ごつごつとした岩が突き出る場所が前方に現れた。


 シェルはその場所には行かずに右手に折れ、その一帯が見渡せる小高い丘に登る。そして、そこに生える木々の中に身を隠した。



「シェルさんっ! あそこが敵の潜伏地ですかっ!?」



 頭のてかったおっちゃんが声を漏らした。



「――そうだ。あれがゴブリンの住処だ」



「おぉ……! あれがっ――――武者震いしますねっ!」



 おっちゃん声デカイって――――てか、なんでこいつ敬語なんだ? シェルはあんたより遥かに年下だろう?



「シェルって言ったか? 結局偵察って何すんだ?」



「そこの君っ! シェルさんを呼び捨てにするとはっ……」



「――――あぁ? やんのかおっさん?」



 シェルはいきり立つ俺たちを制止して、言葉を落とす。



「最低限必要な情報の獲得だ。敵の戦力、使用武器、基地内の構造、行動パターン……まぁ、そんなところか。


 ――――あぁ。後は俺たちの仲間が身を隠せる場所を念のため数箇所確保しておきたいな」



「ここの他に、ということか?」



「――――あぁ。そうだ」



 それから会話は途切れ、暫く沈黙が支配した。おっさんは妙に興奮し、シェルは意識を岩石地帯に集中させている。


 もう1人の男に至っては何時の間にか、木にもたれながら寝てやがる。


 ほんとにこんなんで大丈夫なのかよっ――――あぁ~……暇だ。




 俺も一眠りしようかと思った直後、シェルが口を開いた。



「ゴブリンが出てきたな……夜食の調達か?」



「――――ほ、ほんとですねっ!」



 確かに岩場の間からゾロゾロと3体の魔物が出て来ていた。それらは緑葉色の地肌に尖った2対の耳。



 頭の悪そうにだらしなく口を緩め、その中からは薄汚い牙が見て取れる。背丈は成人男性の半分程しか無いが、体格は幾分かがっちりとしていた。



 手には刃のこぼれたショートソード、銅製の斧、こんぼうを持ち、旅人から奪ったであろう不釣合いな白茶色の革の鎧を着込んでいた。



 そいつらは此方に見向きもせずに、ゆっくりとした足取りで沼沢地の先の森林へと向かって行く。



「どうするんだ? 追うのか?」



「奴らを追って情報を吐かせましょうシェルさんっ!」



「――――いや、奴らを拷問したとことろで得られるものはないだろう」



 はんっ。まぁそうだろうな。あの馬鹿みたいな奴らでも自分たちの仲間の情報を吐くことはねぇだろう。



「ならどうすんだよ? まだ何も情報を得ていねぇだろ。このままじっとしてるのか?」



「何もってことはない。武器と行動パターンの予想はだいたい理解した。後は内部の構造と他の隠れる場所だけだな」



 ――――はぁ? あれを見て何がわかるっていうんだ? こいつ頭おかしいのか?




 俺が疑問をぶつけるまでもなく、おっさんが驚いたように声を上げる。



「私には全くわかりませんでしたが……?」



「簡単なことだ。奴らの装備を見れば、ある程度の武器と防具を揃えていることがわかるだろ。なぜなら、食料を捕りに行く奴は、どの組織間でも下位の連中だ。まさかボスがいくわけがないだろう?」



「なるほどっ……下位の連中があの装備なら、他の連中もある程度の装備は整えているということですねっ!」



「――――そうだ。行動パターンもだいたい推測がたつ。奴らは朝は寝ているとして昼、夜の食物を取りに数体が外出するということだな。もし、攻めるなら寝ている朝か昼だな」



「さすがですシェルさんっ! それなら……偵察はもう終わりですか?」



「なわぇねだろおっさん。まだ一番大事な内部構造がわかってねぇ。そうだよなシェル?」



 俺がそう言うと、シェルは僅かに笑みを浮べて頷く。



「あぁ。だが心配するな。内部構造は俺が今から潜入して確認してくる。お前たちは他に隠れる場所を探しておけ」



 こいつ1人でか? 行けんのかよっ。俺も着いて行くか――――いや、こんな陰気な役は俺のすることじゃねぇな。



「自分だけ美味しい所持って行く気だな――――ったくしょうがねぇな」



「うおおおぉ……喜んでっ! 初めての任務ですねっ……!」



 シェルは寝ているもう1人の男を叩き起すと、散歩に出かけるようにゴブリンの住処へと歩を進めて行くのであった。



「おら。俺たちもさっさと終わらせるぞ」



「――はいっ! いい場所を見つけましょうっ!!」



「――――ふわぁ……ぇ? 何すんの?」



 それから俺たちは周囲を慎重に散策し、ゴブリンの住処から近場の待機場所を2箇所に目を付けた。


 詳しい場所を教えろって? しょうがねぇな――――




 1箇所目は住処の背後の岩場の間。2箇所目は、先ほど身を隠していた丘の反対側の沼地に生える雑木林の中だ。


 教えてやったんだかなんかよこせっ――――嘘だって。流石に俺でもそこまでは言わねぇよ。



 俺たちも相当早く終わらせたつもりだったが、元いた場所に戻る頃には当然のようにシェルがカムバックしてやがった。



 そして、そのまま偵察を終えて仮拠点地に戻る頃には、時刻は夕刻に差し掛かっていた。


 シェルは待機していた者に指示を出し、夕飯の準備が始まる。



 夕飯は何の肉かわからないが、肉汁がっつりの骨付き肉にどでかい焼き魚。さらにデザートに赤い林檎のような果物も用意していた。


 初めて食べる物だったが、どれも実に格別な味だったぜ。



 俺たちは食事をしながら、偵察の結果を報告する。シェルのおかげでゴブリンの巣穴の内部構造もだいたい理解出来た。



 奴が言うには、内部は入り組んではいるがトラップなどは設置されていないだと。あんな低知能な奴らにそんな事はできねぇだろうよ。



 岩場の中に入ると初めに広々とした空間が広がり、そこから壁に6個の大穴が開いている。


 その中の5個は行き止まりで、真ん中の穴が正解の通路だそうだ。



 その大穴を進むと空間が広がり、そこからさらに穴が数本分かれる。そして、さらに進んで行くとゴブリンの居住空間に出るという。



 その先は警備をするゴブリンがいたため、進むことは出来なかったそうだが十分すぎる情報だろう。



 この野郎いったい何者だ? そこまで見つからずに行くとは……今の俺には――――死ぬほどうざいが……できねぇ。てか、やりたくねぇ。



 シェルは夕飯を食べ終わると、徐に立ち上がって言った。



「飯食ったらと早く寝ろ。明朝行動を開始する――――以上」



『――――――了解』




 ――――翌朝。



 周囲はまだ薄暗く、冷たい風が全身を震わせる。だが、俺にはそんな寒さなど関係ねぇ。俺の暑さはこんなんじゃ冷めないんだよっ。



 他の隊員共もそれぞれ眠たげな身体を解している。あの真っ赤な鎧を着けた奴は、相変わらず素顔を見せないが――



 その後シェルは1人で偵察に向かい、余り時間をかけずに戻ってきた。報告によると、ゴブリン共は不寝番も立てずに寝静まっているらしい。



 そして――――朝日が眠たげな顔を出すと共に俺たちも行動を開始した。



 昨日、せっかく丘の上以外に2箇所身を隠す場所を探したというのに、それは今回は使用しないらしい。


 俺たちの努力を無駄にしやがって――――



 シェルはゴブリンの住処から視線を外すと、俺たちの方に顔を向けた。



「――――よし。それじゃ行動開始だ。これからゴブリンの巣穴を壊滅する。道筋は昨日教えた通り。なるべく固まって行動するぞ、いいなっ?」



『――――了解』



「まずは最初に行き当たる居住区を占領する――――行くぞっ!!」



『――――了解っ』



 俺たちは闇夜に身を隠しながら、尖った図太い針のように空に向かって隆起した岩石地帯を慎重に足を進めていく。


 その隆起した道を縫って進んでいくと、1つの丸みを帯びた岩が現れた。



 そこにゴブリンが住んでいる。正確には、そこから地下の洞穴になのだが――――――――――――



 洞穴と言っても、殆どがゴブリン自らが作ったようなもの。



 内部は蟻の巣のように混雑しているかと思えば、そうではなかったり――――ゴブリン程度の知能というわけで適当なんだよ。



 洞穴内の入り口を越えると、シェルの報告通り、高さ7、8メートル。横幅15、6メートルの空間に出る。


 そして、その岩壁には6個の大穴が空いており、どれもが洞穴内の闇を吸っていて先を見通すことは困難であった。



 その中でも分かりやすく正解の道を差している穴があった。妙に淵が擦った様に傷ついた中心の大穴。あの穴がゴブリンの居住区へ繋がる穴だろう。



 ははーん。おそらくシェルもそうして当たりを付けたというわけだな。



 シェルは真ん中の穴に近づく。そして、此方を振り向いて、何をするかと思えば虚空に指を突き出した。



 そして――――まるで紙にでも書いているように指を動かすと、夜の湖のような暗闇に白い文字が突如浮かんだ。



 ――――なんだ? 魔法か?



 驚いているのは俺だけだったのは腹立たしいが、今はどうでもいい。それには『此処で数人出口を確保しろ』という文字が書かれていた。



 シェルは偵察に一緒に行ったおっちゃんを含めて、3人を指示して待機させる。そして他の者たちはシェルと共に穴の中へと足を踏み入れた。



 ごつごつとした歩きにくい岩道を歩いて行くが、中からはいっさい音は聞こえない。静寂だけが支配していた。


 息を呑むのも惜しまれる状況。他のやつらは相当びびっているようだなぁ? ――がははっ。


 俺はこんな事でびびらねぇねぞ。殺って、殺って殺りまくってやる。




 俺は腰に差したショートソードの鞘を無意識に触る。心中とは裏腹に手には汗が滲み、肺が重い空気で埋まった。


 左、右に折れた後、一個目の空間を通り越し、さらに壁に空く大穴へと足を踏み入れた。



 そして、また何度か左右に折れた後シェルが歩を止めた。再度、先ほどのように虚空に文字を書く。



『この道を右に折れた先が、ゴブリンの居住空間だ』



 確かによく耳を澄ませば、微かにいびきのようなものが聞こえる。さらにシェルは続ける。



『作戦は言った通り、最初は盗賊の者と俺が先導し、隠密で行って徐々に制圧していく。ある程度始末する。見つかった場合は全員でかかるぞ』



 俺たちはゆっくりと頭を垂れる。



『それじゃ――――いくぞっ!』



 やっと始まるぜ……隠密で行くのは気にくわねぇが、こいつの言う事を卑下にする程俺も馬鹿じゃねぇ。乱戦になったら活躍するのみだ――




 高まる緊張。湧き出る興奮。此処でゴブリン共をなぎ倒して必ず俺は――――――――強くなるっ。



 右に折れると、入り口の半分程の空間が広がる場所に出た。そこにはさらにいくつもの穴が岩壁に開いていた。


 中心には大きな穴が空いており、左右には直径2メートル程の穴があった。



 そこからいびきが聞こえてくることから、どうやらその中でごぶりん共は暮らしているのだろう。


 シェルは5人の盗賊を先導して、一番左の穴に入って行く。



 暫く息を殺して待っていると、微かな音が聞こえた。集中して聞き耳を立てている俺たちにだけがやっとわかる音で――――グギュアッ。



 なんだ……ゴブリンの断末魔か? 耳障りな音だ――――――だが、一応は上手くいっているようじゃねぇか。



 続けて一拍を置いてさらなる断末魔が続いた。それが7~8度聞こえた後、場は静寂に呑まれた。そして、何食わぬ顔で帰還するシェルたち。




 彼らは俺たちの方に目配せすると、またもう1個の穴へと慎重に歩を進めていく。そして、先ほどと同じように断末魔が聞こえ始める。



 そしてまた奴らは帰還し、さらにもう1個の穴へ。俺はその暗躍の順調さに、安心感と同時に不満が現れ始めた。



 ――――なんだよ? もしかして俺たちの出番はねぇんじゃねぇだろうな? 



 そう思った矢先――――先ほどのか細い声とは比べ物にならない大きさの叫び声が、洞穴内に響いた。



 グギャッ グギャアアアッ グギィギギギギギッ 



 明らかに断末魔とは違う、怒りの怒号。同時に金属が衝突し合う音が鼓膜を刺激した。それにつられて俺たちは咄嗟にその穴へと駆ける。



 内部では数体のゴブリンが血を流して地面に倒れ、シェルは2体のゴブリンと戦闘を繰り広げていた。


 他の4人の盗賊も各々1体のゴブリンと武器を合わせている。



 突如、現れてきた戦場。シェルが華麗に1体のゴブリンの首を掻き切り――――叫んだ。



「こいつがしくじったっ! 直ぐに手当てをしてくれっ!」



 シェルの視線の先には――――肩から血を流す1人の盗賊。彼は壁にもたり掛かかりながら、呻き声を上げている。状況を察した回復要員の隊員がすぐさま駆けつける。



 他の者たちも当然の如くすぐさま武器を取り出し、盗賊の手助けに入る。俺は一瞬頭が混乱し、初めての乱戦に全身が強張る。――――しかし、咄嗟に自分を奮い立たせ、腰に帯びたショートソードを抜き去った。



 カキンッ カキンッ カキンッ



 グギャッ ググッ――――――――――



 他の隊員たちが加勢したことで、その穴の中にいたゴブリンは至って手間取らずに殲滅に成功した。



 ――――ちっ。俺は何もできなかった。こいつら…………思った以上にやりやがる



 耳に聞こえる騒がしい物音と振動。それは明らかに入って来た穴の外から聞こえてくる。



「直ぐにゴブリン共が押し掛けてくる! 戦闘態勢をとれっ!」



 刹那。1本の道からゾロゾロと波のように押し掛けてくるゴブリン。中には人間並みに体格の大きい身体の奴等も窺えた。



 すぐさま戦闘を開始する仲間たち。此方は10人に対して相手は見ただけでも倍はいるだろう。


 数は圧倒的に不利であり、さらには乱戦状態ゆえ迂闊に武器を振るうことも許されない。戦闘経験の薄い俺には厳しい状況なのはわかるだろう。



 そんなことを考えてる合間にも、此方にも2体のゴブリンが迫って来ていた。



 1体は革の鎧を着込んでこん棒を持った、低身長メタボのゴブリン。もう1体は俺と殆ど同程度の身長を誇り、長剣を持ったゴブリン。


 

 ついに俺も戦う時がきやがったっ! やってやるっ――――やってやるぞっ!



 俺はまだまだ質量の感じるブロードソードの柄を握る。両手でしっかりと構えながら、鋭い視線でゴブリンを見据える。



 ――――相手が動く前に殺る。俺は隆生みたいに待ちの姿勢じゃねぇんだよっ! 攻めて攻めて攻めまくるんだよっ! まずはヒョロ長野郎だっ!



 一気に足に力を込めて駆ける。すると、厄介そうな長剣のゴブリンが奇声を上げながら向かって来た。


 そのまま前進しながら俺はブロードソードを命一杯に振り下ろす。



 ――――――しかし、ヒョロ長はいとも簡単そうに俺の攻撃を防いだ。



 手に感じる鈍い衝撃。金属と金属が擦れ合う嫌な音。


 ゴブリンの荒々しい息遣いに、間近で俺を射抜く爛々と燃える両眼。その瞳を見た瞬間、戦場にいることを痛感させられた。



 力はほぼ互角。俺が剣に力を込めると相手も負けずに押し返してくる。しかし、その均衡は直ぐに押し破られた。



「ぐっ…………」



 お腹に感じるリアルな衝撃と痛み。革の鎧をしていても、相殺しきれない衝撃が全身を貫いた。


 込み上げてくる吐き気を必死に抑えながらも、咄嗟に今起きたことを理解した。



 あのデブゴブリン――――何時の間に懐にっ……!?



 背後で控えていたはずのゴブリンが、その背の低さを利用して俺の視覚からこんぼうを腹に振るいやがったのだ。



 まだ慣れない戦闘でもう1体のゴブリンの存在を視界に捉えていなかった……!



 さらに俺の命の線を掻き切ろうと、ヒョロ長が長剣を俺の頭部目掛けて薙ぐ。



 だが、俺はなんとか一気に重くなった体を動かして横に転ぶことで回避した。


「くっ……くそがっ――――!」



 此処でやっと肌を刺激する殺意。死への恐怖が脳内を駆け巡る。先ほどのこんぼうの痛みが妙にリアルで、俺が異世界に、そして戦場に立っていることを――――――改めて理解させられた。



 こえぇ。こえぇぇよっ! この野郎共俺を確実に殺しにきてやがる……俺はどうすれば――――はっ? どうすればだと? 何言ってんだ俺は?


 

 どうするもこうするもねぇだろっ! 此処で逃げるわけにはいかねぇんだ俺はまけねぇ……いくら相手が強くても、どんなに巨大でも――――



「――――俺はまけねぇっ!!」



 恐怖? なんだそれは? 俺の世界にそんな物は存在しねぇ。俺は純っ――――砂井 じゅんっ! この世の麗しき女性を救う勇者であり、神を凌駕する天才だっ! てめぇらごとき雑魚に――――――負けてられねぇんだよっ!!



 そう思った瞬間、少し身体から漏れる白い湯気のようなもの。そんなことが出ているとは知らずに俺は駆けた。


 そして、迫っていたゴブリンに剣を振るうでもなく、身を挺しての体当たりを食らわせた。



 デブゴブリンは、思わぬ俺の強勢に不意を突かれたのか、まともに受けた。俺はそのままゴブリンの上に覆いかぶさるように地面に倒れる。そして、こん棒を持つ手をがっちりと掴んだ。



 さらに俺は強く握り締めていたブロードソードを振り上げる。しかし――――必死にデブゴブリンはもがき、奴の短い手が跨っている腹部を殴打した。




「ウォッ――――――」



 鳩尾に拳が突き刺さるが、自身の命が懸かっている状態ゆえそう簡単に手を離すわけも無い。



 根気で必死に痛みを我慢しながら、恨みを込めて振り上げたブロードソードを唯一防具に覆われていない頭部に――――――――――――――――――振り下ろした。



 スローモーションのように流れる時間。ゴブリンの恐怖と怒りにに染まった瞳。そんなゴブリンに下ろされる鉄の刀身。



 何かを潰したような、何度聴いても耳に残る不快音が鼓膜を鳴らし、独特の血の臭いが鼻腔を刺激する。そしてゴブリンは――――静寂を受け入れた。



「――――――――――」



 見るも無残になったゴブリンの残骸から武器を抜き去りながら、俺は無表情で見下ろした。



 隆生はゴブリンを殺す修行をして、相当参っていたが、確かに殺しはこの俺でさえも厳しい。――――だが、それも受けいれねぇといけねぇだろ。



 この世界で受けいられない奴は弱者だ。戦闘は常に全力で、相手も当然に俺の命を狙ってくる。


 そんな世界だ――まともであった考えは捨てなねぇといけない。



 これが――――死。この感覚を俺は忘れない。お前はよくやった。俺の方が強かった――ただそれだけだ。


 お前の殺意も、哀しみも全て俺が背負って生きてやる。だから――――――――――



「――――今は安らかに眠れ」


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