第19話 男と漢の戦い
トレダール弟6地区。初心者育成ギルド(通称。職業屋)第1訓練場。時刻は昼時。訓練場には殆ど人は見当たらない。ほぼ貸切状態である。
目の前には、木製の模擬剣を振り回しながらテンション高めでウザめのチャラオが1匹。対して、ダガーと同程度の大きさの模擬剣を持ち、非常に気だるげな私。
他のやつらは、俺の溢れんばかりの嫌気とは裏腹に、無表情で壁際に体育座りを決め込んでやがる。
その表情がすこしツボであるのはこの際どうだっていいことだ。
「よっしゃぁ竜二っ! スタートの合図は任せたぜっ? ――――覚悟しろよ隆生っ。がはははっ!」
「――――――――――止めていいっすか?」
「却下っ! さっさと始めっぞっ!!」
やっぱ、やんなきゃ駄目なのかよ……めんどくせぇ。腹減った……智久の無表情きめぇ……はぁ、やりたくねぇ――――――――――だが、このアホを何時までも調子づかせるのもウザイな。それに何でか純には負けたくねぇんだよなぁ。幼い頃からの馴染みであり、いつでも競ってくるだろうか?
「――――――しょうがない。やるなら。しっかりとやりますか」
純の意見も一理ありますし、こいつがどのくらいの強さなのか知りたいって願望もある。――――あれ、なんか俺って変わったか? 元の世界ならこんなこと本気で思いもしなかったのに……やっぱり、男には隠せぬ闘争心があるのかねぇ……なんてねっ☆
竜二が間に立ち、眼鏡を押し上げて声を上げる。
「模擬戦闘を始めるよ~。なるべく2人とも怪我しないように……それは無理そうかな。ははは――――頑張れ隆生っ」
ブンブン振り回すあの馬鹿が俺の安全を考えているわけがないよな――――はぁ。てか、見捨てられてね俺? ファックっ!
「始めるよっ。それじゃぁ。試合――――――――かいしっ!!」
「――――――――くたばれっ隆生っ!!」
途端に踊りかかってくる純。距離を詰めた純は木製の剣を振り上げる。しかし、シェルとの模擬戦を経験していた俺にとって、その攻撃は簡単に対処出来るものであった。
力はおそらく純の方が上。さらには武器のリーチも大幅に此方が短い。それゆえ、受け止めることは困難だろう。それなら――――――
「――――――んっ」
俺は振り下ろされた剣をしっかりと見据ながら身体をずらし、ダガーの腹を剣に当てて純の力を利用して受け流した。思わず驚きの表情を浮べる純。
俺だってお前と同じく少しは訓練してんだよっ! 運動だけは自信があるんだぜっ!!
「ふんっ!!」
受け流した後、さらにがら空きとなった鳩尾に左の拳を1発。
「――――ぐふっ」
仲間を傷つけるのには多少なりの罪悪感を感じるが、それは今は考えるべきではない事。純だし大丈夫だろう。がははっ
続けざまに木剣を振るうが、それは回避されて純は苦しみながらも後方へ逃げる。
普通なら崩れ落ちるところなんだけどなぁ――――流石に忍耐力は凄いな純。
「――――げほっ。げほっ……てめぇ――――っ! ゆるさねぇ!!」
「許さないって……模擬戦を挑んできたのはあんたでしょうっがっ」
この隙を逃すほど俺はもう素人じゃないし、優しくもない。
咄嗟に純との距離を詰め、頭部へ向けてダガーを振り下ろす。しかし、右へ転がり逃げられる。
それを予期していた俺は、即座にサッカーボールを蹴る時の勢いで横へ転がった純に右足を振り抜いた。
鈍い音が響いた。咄嗟に腕でガードされてしまったが問題ない。勿論漫画のように後方へ吹っ飛ばす程の力もないが、態勢を崩すことには成功した。
ここがチャンスっ! 一気に決めるっ!
力点を足に移動させ距離を詰める。俺は止めを刺そうと木剣を振りかざすが、純は闇雲に剣を振るったことで臆する。
俺はその軌道をしっかりと見据えて、その剣先をするりと抜けると、仰向に倒れた純の首元に――――――ダガーの刃を押し当てた。
「――――――俺の勝ちだな?」
「………………」
立ち上がり、呆然と俺を見詰める純を見下ろした。その瞳を見た瞬間、勝利の感情が底の見えぬ、深い、深いぬかるみの底へ落ちていくのが感じられた。浮き上がってくるのは程よい罪悪感。
明らかに俺は――――純を支えていた自信の柱を折った。竜二の声が響く。
「試合終了っ! 勝者――――隆生っ! 純、惜しかったねぇ」
「――――――くそっ」
純は俺に聞こえるくらいの小さな声を漏らした後には、何時ものテンションに戻っていた。
しかし、それは先ほどの闇を含んだ瞳を見た俺には無理やり元気に振舞っていうようにしか思えなかった。
ちょっとやりすぎたか? ――――いや、俺だって本気でやったんだお互い様だろう。そうだよな?
「うるせぇっ! 俺が手加減してやったんだよっ! おらっ! おめぇも何時までも勝ち誇ってんじゃねぇ。次やるときは本気だしてやるぜっ!」
「――――ぁ、あぁ」
そう言って純は背を向ける。そして、壁際に腰を下ろして声を上げた。
「――――胸糞わりぃから、他の奴らも模擬戦してみろよ」
「わっちたちもっ!?」
俺もつられて壁際に腰を下ろす。勿論純とは少し離れてだ。どうやら、純の提案に他のみんなも俺たちの戦闘に刺激されたのか反対意見はないようだ。
「う~ん――――そうだね。せっかくだからやってみよう。それならまずは……浩太と岳にしようか。どちらも近接だし? 2人ともいいかな?」
「僕はいいよ~。岳の巨根パンチに勝てるかはわからないけど……ぐふふ」
「――――ボコボコにしてやる」
模擬戦の話が進む中、ふと横にいる純の姿を見たがその表情に変化は見られなかった。
「ははは――どっちも気合純分だね。それじゃっ低位置についてっ――――――よしっ。それじゃぁ第二試合――――開始っ!!」
俺は気を取り直して声を上げる。
『皆さんこんにちわっ! 突然始まった仲間内模擬戦。第1試合はご存知の通り、俺VS純。勝者は俺だ。そして第2試合は、浩太VS岳。果たしてどちらが勝つかっ』
『実況は俺こと佐藤隆生と……(わっちこと下野智久)がお送り致しますっ!!』
『お互い敵を睨みながら隙を窺っております。未だ動く気配は全くありません。ここで両者の武器を確認しておきましょう。物凄い視線を送っている巨根の岳は、職業が格闘家のため両手には鉄製のナックルが装着されていますねぇ』
『武器の場合は木剣を使いますが、ナックルに関してはそんな物はないのでモノホンを使うしかないようですっ。これは浩太君は痛いでしょうねぇ~。どう思います智久さん?』
(いや~Mですねぇ)
『なつかしいっ! って、某有名ゲームに出てくる人の真似をしないでください智久さんっ――――――おっと! 均衡を保っていた2人がついに動き出すかっ! ――――動いた! 岳がうごきましたっ!!』
先に動いたのは岳。長さのある木製の大剣を持つ浩太へ向けて直進した。浩太は突っ込んでくる岳に向けて大剣を水平に振るう。
その迫力に押されてしまったのか、岳は一度身体を急に止めて後ろへと逃げた
『おっと~岳選手っ! 浩太の迫力におされてしまったかぁ!? 此処で身体に似つかない小心者の精神が出てしまいましたねぇ。対して浩太選手は待ちの姿勢ですが、どう思います智久さん?』
(いや~Mですねぇ)
岳は舌打ちを1つ落とした後、再度駆けた。次は直進的にではなく、サッカーでドリブルしている時のように左右にステップを振りながら駆ける。
そして次は浩太の初撃を岳は上手く回避して、懐へ潜り込んだ。大剣は一撃は大きいが、それが回避されて超近距離に踏み込まれると一気にピンチに追い込まれる。
今回もその定義通りに懐に接近した岳の拳が浩太の腹に炸裂した。
『きまったあああぁぁぁぁ! 岳の拳が浩太の腹にめりこんだっ! さらにっ! 続けざまに岳の拳が顔面を捉えるっ! これは痛いっ!!』
頭部を強打されたことにより、タフの浩太であっても膝から崩れ落ちる。それと同時に竜二のレフリーストップが入り、呆気なく試合終了となってしまった。
『いや~容赦のない攻撃に流石の浩太も耐えられなかったようですね。しかし、最後浩太が嬉しそうにしていたのは気のせいでしょうか? どう思います智久さん?』
(いや~Mですねぇ)
その後、智久の祈祷によって浩太は回復し、何故かすっきりした表情で今は俺の隣に座っている。
『それでは続いて弟3試合は――竜二VS智久。どちらも戦闘は不慣れなですが、果たして勝つのはっ! 実況者は私と先ほど回復を果たした浩太でお送りします。今回は私が号令をかけましょうっ! それでは~試合――――――かいしっ!!』
実際に今も使っている木製の杖を持つ竜二と、分類ではショートソードと呼ばれる長さの剣を持つ智久。勿論今回は木剣である。2人の戦闘スタイルは近接の智久と遠距離の竜二。
『今回は攻撃魔法と祈祷はなしにしておりますっ! 攻撃魔法を使ってしまえば大怪我してしまう可能性がありますからねぇ~。浩太君はどちらが勝利すると思います?』
(う~ん。僕の予想は智久かなぁ。竜二よりはまだ戦闘訓練をしていると思うし……でも頭の良い竜二なら。うーん――――わかんないっ!)
案外ちゃんと考えてると思ったら――――まぁ、そこが浩太らしいねっw
攻撃魔法はできないけど、他の魔法なら使える。それにどんなものがあるかはわからないが、竜二なら何かをするかもしれないのも事実。
『おっとぉ! 早速竜二選手に動きがありましたっ! どうやら魔法を使うようですっ! いったい何の魔法でしょう!? これは智久はどうするっ? それにつられて、智久選手も動くっ!』
(智久は少し駆け出しが遅かったかもねぇ~ぐふふふ)
浩太の言葉通り。智久が竜二の下へ到達する頃には、既に魔法は完成してしまっていた。ほんの数秒で竜二は構築から発動までを行ったのだ。
突如竜二が前に広げた両手から溢れ出る暴風。その風はもろに離脱の機を逃した智久に直撃する。
『風ですっ! 竜二選手の両手から風が出ています。直接的ダメージはないですが、智久選手は動く事ができません。ですが、これだけでは竜二選手も勝つことはできませんよね?』
(そうだよねぇ。でも竜二なら――ぐふふふ)
一瞬だが風の勢いが膨大に上がった。それは智久を後方へふっとばす勢いであった。智久はそのまま後方のい壁に直撃する。
それによって鈍い音が訓練場に響く。
智久は糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。慌てて駆け寄ると、白目を剥いて倒れている状態。
『実にあっけない試合でしたが……やはりそこは合理的主義の竜二君ですねぇ』
(そうだねぇ。流石僕らの参謀だよ~。後は、僕らのレベルがその程度ってことじゃないかなぁ)
『そうですねっ。もっと強くならなければいけませんねっ。それでは今回は、これにて仲間内戦闘訓練を終わりたいと思いますっ! 実況者は天才で秀才の佐藤隆生と天然記念物菊川浩太でした~。また何処かであいましょう~~』
こうして、突然始まった模擬戦闘訓練は終わりの鐘を告げるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます