第15話 眼鏡は何時でもきらりと光る
「竜二っ! 2人組みっ! 男っ! 頼んだぞっ!」
怒気の混じった声が広々とした空間に響いた。慌てて返答する俺。
「――――はいっ!」
先輩が流した2人組みの男が目の前まで来ると、僕は簡単な入島の説明と補足情報が書かれた紙切れを渡す。その紙に彼らが目を通している間に持ち物の検査を行う。
僕は今――――――他の大陸から観光や仕事できた人たちを検査する場にいる。勿論お金を稼ぐためにギルドの依頼で訪れた。実はこの仕事はギルド宛てではなく、直接僕に来た仕事。
以前、バータルで師匠に「情報とお金が同時に得られる依頼があったら必ず回してくれ」と言っておいたら、その頼みが今になって舞い込んできたというわけさ。
ありがとうございます師匠。助かりました……
「持ち物も大丈夫そうですね――――それでは……ようこそトレダールへ!」
そう言って笑みを浮べながら2人組みの男を見送った。同時に再度聞こえる怒気。
「竜二っ! 次は団体客だっ! 頼んだぞっ!」
「わかりましたっ!!」
――――数時間後。
疲れ果てた身体を、休憩室に置かれた長椅子に横たえる。時刻は昼をとうに過ぎ、やっとのことで波が去ったため休憩を貰ったのだ。
情報を得るため貿易の依頼を受けたのがいいけど、此処まで忙しいとはね――――――
「――――――休んでるいる場合じゃないな。情報収集をしなきゃ……」
休憩室には僕しかいない。他の人たちは今頃、喫煙所か食堂だろう。船着場の近くだからか、食堂では新鮮な魚が安価な値段で振舞われる。後、「この世界にはタバコや葉巻に似た物がある」と知った時は何処の世界も変わらないなと思ったよ。
休憩室を出て食堂に向かうと、予想通り活気に満ち溢れていた。4本の石で造られた支柱に三角屋根の吹き抜けのテラスもある。たくさんの長椅子と机が置かれ、数百人の人々が入る事が出来る中規模の食堂。
喧騒に塗れる辺りに視線を飛ばし、なるべく話しかけやすそうな人を探す。すると隅に座る1人の人物が映った。
「――――――あの人に聞いてみようかな?」
お腹は余り空いていないが、何も食べないのも変なので飲み物と簡素なパンを頼み、男の元へと向かう。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「――――――――えぇ。構いませんよ」
食堂に場違いな黒の礼服には、皺一つ見当たらない。金色に輝く直毛を七三に分け、僕と同様に黒縁の眼鏡をかけている。さらに、同様に彼も簡単な物を食べていた。
「――――――――」
「――――――――」
騒がしい場とは裏腹に沈黙が場に流れていた。僕が何も話さないのが悪いのだが、目の前に紳士は全く持って僕に興味がないらしい。
「――――――此処ではよくお昼を取られるのですか?」
「えぇ。まぁ…………そうですね」
一瞬断れるかもしれないと思ったので、少しほっとする。なるべく、自然に言葉を繋げる。
「そうなんですか。実はギルドからの依頼で今回が初めてなんですよ。ははっ」
「――――――なるほど」
――――うぅ。中々話が続かないなぁ……
「あの……もしよろしければお名前を教えて頂けないでしょうか?」
彼が訝しげな視線を向けたため、慌てて言葉を付け足す。
「別に深い意味はないのですが…………駄目でしょうか?」
「――――――リチャードです」
「リチャードさんですかっ! 私の名は竜二と言います! 宜しくお願いしますっ!」
「こちらこそ」
それだけ言うと、また沈黙が場を飲み込みに来た。
このままじゃ駄目だ。こういう相手から情報を聞くためにはどうすればいい? まずは――――観察。
無駄に紳士な服装から考えるに、僕たちのように下で働く人ではないと思う。もっと上の役職の誰か。そんな彼が興味を沸きそうな話題は――――
「それにしても入島の検査はもっと効率の良い方法があると思うのですが、リチャードさんはどう思います?」
「――――――そうですか? 例えば?」
初めて興味を持った顔を見せるリチャードさん。僕は思わず微笑を零しながら言葉を繋ぐ。
「例えば、予め制限する持ち物のリストなどを用意すれば、今よりは多少は楽になるでしょう。後は……叶うならば異物に反応する装置を開発とかでしょうか?」
意外にこの世界はずぼらなところがある。いや、現実世界が細かすぎたのか? どちらにしろ、住む環境が異なるとこうも差が出るものなのか。
リチャードさんは食べ進めていた手を止めて、少し思案する。
「前者は確かにその通りですね。後者は今の段階ではどうすることも出来ないですね。考えて置きましょう」
「ははっ。そうですよね。それにしても…………考えておくと言う事は、リチャードさんはそれらに意見が出来る立場ということですよね?」
最初はから気になっていた疑問を口にする。明らかにこの人は上の立場の人間だ。もしそうなら、一般の従業員に聞くよりこの人から情報を得たほうが良いに決まっている。
「――――まぁ、一応役職を担わせています」
「やはりっ! 失礼でなければどういった役職で?」
普通なら上の者に向かってこうは聞くべきではないが、此方はギルド隊員なので気にすることはないだろう。そう思ったのだが――――――――
「まぁ、一応はディマシュキー・ロイセン様の元で働かせて頂いていますよ」
「でぃましゅきーろいせん……ぁっ! ディマシュキー・ロイセン代表のことですかっ!?」
「えぇ――――――――」
呼び捨てにしてしまったが、リチャードさんは別段、意に介した様子はない。
それよりもディマシュキー・ロイセンと言えば――――――トレダールの代表者。バータルの書庫や隆生の説明にも出て来た有名人物だ。でもその側近が何故此処に?
「そんな方がどういった用件で?」
「――――――――まぁ、別に話してもいいでしょう。定期的に職場の環境を調査しているのです。今回は主に食堂などですね」
属に言う抜き打ち調査というものかな? でも、それだけのために直属の部下が来るなのだろうか?
「わざわざリチャードさんが毎回調査を行っているのですか?」
あえてストレートに尋ねる。
「えぇ。人手不足なので――――――」
「人手不足……なるほど。つい最近独立国家クリーミルと貿易協定を結んだのでしたね」
先ほど従業員の男たちが話していた情報だ。僕がそう言うと、リチャードさんは初めて複雑な表情を見せた。
「まぁ……そうですね――――――」
「余り納得していない様子ですね?」
リチャードさんは「勿論」だといわんばかりに此方を見た。僕はその理由がわからずに苦笑いを浮べる。
何か不満でもあるのだろうか。クリーミルに対してなのかな? 独立国家という事以外知らないのが惜しい――――此処は聞いてみよう。
「すいません。無知であり、田舎から上京したばかりということもあって詳しくその国について知らないのですが……どう言った場所なのでしょうか?」
「――――本当に知らないのですか?」
「はぁ。そうですけど――何か変でしょうか?」
「まぁ、有名な国ですから――――――」
「そうなのですか? もしよかったら少しお話を窺っても宜しいですか?」
リチャードさんは少し考えた後、めんどくさそうにしながらも頷いた。
「貴方が何処までご存知かわかりませんが、クリーミルという国はつい最近出来たばかりの国です」
「最近ですか――――」
「えぇ。まぁ、こういうことは以前は良くあることだったのですけどね」
国が出来ることが良くあることなのか……
「一つ特徴的なことと言えば、クリーミルの殆どが女性であるということですね。あそこには殆ど男性がいない」
「それは珍しい……」
怪訝な表情を見せるリチャードさん。この表情を見ると、この世界の女性に対しても差別が見える。
「それだけなら、他国に侵略されて終わりなのですが憎らしいことにあそこには……戦姫がいるのです」
せんひめ……? 戦う姫ってことか?
「――――すいません。戦姫とは?」
リチャードさんは唖然とした様子で僕を見詰めた。
「まさか戦姫のことも知らないとは…………はぁ、戦姫とはある1人のギルド隊員に与えられた二つ名です。まさか、二つ名も知らないとは言いませんよね?」
「大丈夫です。それは知っています」
二つ名とかはよくRPGとかであるからね。おそらく相当の実力の持ち主なんだろう。他国が侵入を思案するくらいなのだから――
「他にも侵入を妨げる要因はあるのですが、他国が一番厄介に思っているのはそれでしょう。私が話せるクリーミルについてはこれくらいでしょう」
「なるほど――――――ありがとうございます」
「いえいえ。それでは私は――――――」
リチャードさんはさらなる質問を拒むように素早く立ち上がり、軽く会釈をするとその場を立ち去ってしまった。僕も僕で今の話を頭の中で熟考していたため、それほど気にはかからなかった。
ふと吹き抜けのテラスから見える海を見詰めると、錯覚なのか血のように真っ赤な色に染まっていたのであった――――――
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