第13話 自分、不器用ですから

「あぁ~~……バクガのみてぇ――――」



 揺れる脳髄。込み上げる吐き気。俺は今――――――――――――――ギルドに来ている。



 理由は、アルバイトをするため。それだけである。



 目の前の掲示板には白茶色の2つの依頼書が画鋲で貼られている。





依頼名:魔物討伐依頼


依頼内容:トレダール弟14地区に出現したウルフの討伐依頼。数は未定。


条件:ギルドに所属する者のみ。


依頼者:貿易商


ランク:D


報酬:半金貨5枚


補足情報:早急の退治を求む。




依頼名:護衛依頼


依頼内容:トレダール第6地区の式典に出席する依頼人物を護衛。


条件:ギルド隊員のみ。


依頼者:レストラン経営者。


ランク:D


報酬:半金貨1枚


補足情報:実力者求む。



「――――――あぁ~この護衛依頼をくれ」



 俺は筋骨隆々の男に依頼書を渡す。やはり何処でも武闘家のギルドはデカイ奴が多いんだな。



「護衛か? いいじゃねぇか。ほらよ責任書だ」



「――――助かる」



 それだけ言い残して背を向けていこうとすると、背中に男の声が当たる。



「そうだ。その任務の依頼者は気難しい奴だから気をつけろ」



「そうなのか? わかった」



「あと――――終わったら呑みに行くぞ」



 男は満面の笑みでそう言った。俺も思わず笑みがこぼれ、力強く頷く。



 はははっ。初対面の俺を呑みに誘うとは……やはり何処のギルドもかわららないな――――――――――



 依頼場所は、男が依頼書と一緒にくれた地図に載っているから迷うことはないだろう。



 ギルドの場所は船着場の近くにある。外に出ると潮風が頬を打った。地図に視線を落としながら、俺は第6地区の中心へと向けて歩き出す。



 どうやら、式典が行われるのは中心街をさらに北に行った場のようだ。時間は昼過ぎとまだあるが、早めに着いた方がなにかと良いだろう。



 どうも、時間を気にするたちなのでな――――あいつらと元の世界で待ち合わせする時も常に20分前には着いている。まぁ、隆生は俺より前についてるが――――



 色鮮やかなに染まる街路を歩いていくと、中心街へと出た。そこにはありとあらゆる店が立ち並び、多くの人々がトレダールを満喫している。時折、食欲のそそる臭いが身体を止めたが、仕事終わりのバクガを思い出して我慢した。



 さらに北に進むとごちゃごちゃに込み合った中心街とは違い、白に統一された外壁が並ぶ住宅街へと入った。再度地図に視線を落とす。



「目的地は――――あれか?」



 前方に立つ、綺麗な白い外壁の建物。屋根は透き通った海のような青色で、カラフルな窓が特徴的だ。



 俺の知る限りあの建物は――――――教会だな。


 教会の前には控えめな広場となっており、そこには既に何人かの男たちがいた。皆、せわしなく動いている。式典の準備をしているのだろう。



 入り口の前に立っていた男が近づいてきた。ずんぐりとした身体に髭面の男。まさに料理人の割烹着を着込み、頭には細長い白い帽子を被っている。



「おや? もしや君が依頼を受けてくれた方かね?」



 男は、俺の様相をみてギルド員だと判断したのだろう。俺は頷き、責任書を見せる。



「――――確かに。それじゃ、早速詳しい説明しようか」



 そう言われ、男は俺を教会の中の一室に連れ立った。そこは机と椅子が2脚。そして木造のタンスがあるだけである簡素な部屋。



「まぁ、座ってくれ。私の名はデズモンド。よろしく」



「――――――俺は岳だ。それで、内容は?」



 デズモンドは一枚の紙切れを机に出す。それの上部には『優秀レストラン授賞式』と書かれ、その下にはつらつらと説明が記されている。



 ――ていうか、この世界の文字が読めるって不思議だよな? まぁ、別にいいけど。



「なるほど。レストランの授賞式というわけか……」



「――――そうです」



 嬉々とした表情を零すデズモンド。



「それで俺は誰を護衛すればいいんだ?」



「書かれている通り、受賞した私のレストランのシェフを護衛して欲しいんですよ。式典が終わるまで間」



「了解した。だが一つ疑問があるんだが?」



「それはどんな疑問です?」



 俺は紙を机に置くと手を組む。



「わざわざ護衛をつける程でもないと思うのだが? そのシェフは誰かに狙われているとでもいのうか?」



「別にそういうわけではないですよ。用心のためです。用心の――――」



 デズモンドは一切表情を変えない。俺がさらに質問を口にしようとするといきない立ち上がった。



「そうだっ。式典に参加するに当たって此方で正装を用意したので、着替えて欲しいのです。よろしいですか?」



「――――まぁ、いいが」



「では――――――――――」


 デズモンドが部屋の隅に置かれたタンスから取り出したのは、上下黒一色のスーツのような服。



「礼服です。それでは、これに着替えて式典が始まるまで此処で待機していてください。直前に呼びに来ますので。それでは私は――――」



 そう言うと、デズモンドは俺の返答も待たずに部屋を出て行った。



 当惑に満ちた沈黙が部屋を支配する中、俺は渋々黒の礼服に身を包む。少し小さいが、気にするほどではない。



「さて…………これからどうするか――――」



 別にやることもないので、式典が始まるまで武器の整備などで時間を潰した。そして体感として1時間程経った頃であろうか、俺と同じように礼服に身を包んだデズモンドが顔を出す。



「そろそろ始まるから出てきてくれるかい?」



「――――――了解した」



 外に出ると既に会場の設営が終わっており、礼服を着込んだ人々が集まっていた。デズモンドは1人の人物を指差す。



「あれが君の護衛対象だ。頼んだよ」



 護衛対象は紺色の真新しい礼服を着込んだ男。まだまだ歳も若く、俺と余り変わらないのではないだろうか? 



 授賞式を見に来た人々の中に潜り込むと、教会から牧師らしき老人が出て来た。老人は俺たちに向けて一礼すると話し出す。



「それではこれから式典を始めたいと思います。まずは――――――――」



 ――――――式典が始まった。



 途端に俺の身体は緊張する。それほど危険がないだろうと思っていても、いつ何が起きてもおかしくないのだ。この世界は――――



 ギロギロと辺りを見回しながら、怪しい奴がいないかを確認する。しかし、それといった奴は見当たらない。



「それでは受賞者の方、前へ――――」


 護衛対象者が緊張した面持ちで牧師の目前へと出る。俺は懐に隠し持ったダガーを擦りながら、それを見詰める。ナックルは目立つのでとデズモンドから貰った物だ。


 

 牧師が長々と受賞までの経過やいかに素晴らしいものなのかを話し出す。十色の様相でそれを聞いている人々。未だに怪しい者の姿は見えない。



 受賞者、牧師、人々――――デズモンドの姿が見えないな? 何をやってるんだあのおっさんは……まぁ、いいだろう。



 その後も何も起きずに時間だけが流れていく。そして――――――



「――――――これで受賞の式典を終わります。それでは再度盛大な拍手を受賞者にお与えください」



 パチパチパチパチ パチパチパチパチパチ



 その拍手を機に、立ち去る者や受賞者に駆け寄る女性の姿も見受けられた。俺はずっと懐に入れていた手を抜き、ほっと息を落とした。



「――――――――終わったか」



 何事もなく終わった式典。無駄に緊張した身体は多少の疲労はあるが問題はない。



 デズモンドを捜そうとした矢先、背後から声をかけられる。



「いやぁ~お疲れ様。どうやら何も起こらずにすんだようだね」



 ――――デズモンドだ。



「あぁ……式典の最中何処に行っていたんだ? 見かけなかったが?」



「うん? あぁ――少しお腹の調子が悪くてね……ははっ」



 デズモンドは笑みを崩さずに頭をポリポリと掻く。少しひっかかるが、別に詮索する必要もないだろう。



「これで護衛の依頼は終わりだね。それじゃお疲れ様。その礼服は私からのお礼だから貰ってくれていいよ」



 デズモンドはそう言い残すと、その場を足早に去るって行った。



「こんな簡単な任務でいいのか……? まぁいいや――――バクガでも呑みにいこう」



 今回経過した時間はたった数時間――――――ふと空を見上げると、一瞬だが赤黒い直線の光が澄んだ空を割っていたのだった。



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