第12話 依頼と告白は命がけ

「――――――どうしようかな?」



 トレダールでの初日を終え、俺は朝早くから初心者育成ギルド(通称。職業屋)へと足を運んでいた。その理由はなにか?



「まさか異世界にまで来て金稼ぎをしなければならないとは……」



 ――――ということである。



 ちなみに、他の仲間たちも今頃はそれぞれ頑張っているだろう。



 そんな事を思いながら、再度視線を壁の掲示板に向ける。ギルドの依頼は其々の部門に来る。


 分かれている理由は、部門ごとでネットワークが異なるのと、争奪戦がないことだ。



 依頼はD、C、B、A、AA、AAA、Sランクの7段階に分かれている。Dが一番低く、Sランクが一番高いレベルだ。


 俺のような新米の盗賊はDランクしか受けられないが、徐々にこなしていく内に受けられる依頼も変わっていく。



 まぁ、ベタな感じだよ。そして現在掲示板にはDランクの依頼が3つあるのだが――――





依頼名:薬草採集


依頼内容:トレダール弟7地区付近に生えている薬草の採集。


条件:小布袋1つ分。


依頼者:薬屋メディカ


ランク:D


報酬:銀貨1枚


補足情報:なし




依頼名:魔物討伐依頼


依頼内容:トレダール弟14地区に出現したウルフの討伐依頼。数は未定。


条件:ギルドに所属する者のみ。


依頼者:貿易商


ランク:D


報酬:半金貨5枚


補足情報:早急の退治を求む。




依頼名:護衛依頼


依頼内容:トレダール弟6地区の式典に出席する依頼人物を護衛。


条件:ギルド隊員のみ。


依頼者:レストラン経営者。


ランク:D


報酬:半金貨1枚


補足情報:実力者求む。


 なるほど――――どれも違う種類の依頼のようだな。採集、討伐、護衛か……簡単そうなのは採集。難しいの討伐。どちらとも言えぬのが護衛か。



 何故か少年のように跳ねる心臓。ギルドといえば依頼が代名詞と言っても良いほどだと俺は思っている。



「――――うーん。やっぱり採集依頼が妥当かね?」



 討伐はまだ厳しいし、護衛は気を使いそうでめんどくさい。



「うしっ。それじゃ――――おっちゃん。この依頼お願い……って、なんで此処にあんたが――?」



 なんと、バータルの盗賊のギルド内でバーテン兼ギルドの受付嬢をしているゴリゴリのおっちゃんがそこにはいた。おっちゃんは不気味な笑みを浮べる。ちなみに何故嬢なのかは直ぐわかるよ――



「うふふ。実は、丁度良く此処で働くことになったのよ。短い期間だけどね……あらぁ? なになに~? ついに隆生ちゃんも依頼に挑戦かしら?」



 わかったかな? そう言うわけだ。



「そうだったのか……頑張るねぇ」



「うふふふ。そうかしら?」



 そう言ってオカマ兼オカマのおっちゃんは依頼書を預かり、責任書を手渡された。ギルドでは、依頼を受ける際に必ず責任書を渡される。責任書は依頼を受けた証拠であり、依頼人への証明書となるのだ。



「そんじゃ、行ってくるわ~」



「うふふふ。頑張ってらっしゃい」



 おっさんは投げキッスのようなことをしていたが、気のせいだろ――――気のせいだと信じたい。ううっ~……



 ギルドを出た後、俺は船着場まで直行した。以前説明したようにトレダールは大小15の島に分かれている。そのため、他の地区(島)に移動するにしても船を利用しなければいけないのだ。



 他の島に移動するために再度乗船券を買わなければいけないとおもいきや、どうやらトレダールの島の移動は無料らしい。――助かった。こんなのでお金がかかってしまったら、依頼を受ける意味がなくなってしまうからな。



 船員の1人に案内され、この地区に来た時のガレオン船とは比べ物にならないくらい小さな船の前と連れて来られた。クルーザーほどの大きさである。



 俺の他にその船に乗り込む客はいない。余りの小ささに疑問に思っていると、操縦士の男が口を開いた。



「何で人数が少ないのかって顔してるな?」



「――ぁ、あぁ……はい。確かにそう思いましたけど。他の皆さんは島移動は余りしないのですか?」



「いんや、頻繁にしてるぞ」



「それなら何故?」



 男はさも自慢げに話す。



「その理由は2つあるっ!」



 おぉ……何故この人はテンションが上がってるんだ?



「1つは、その地区ごとに船が違うから。それに伴って人数も少ないってわけだ」



「はぁ。それはなんとなくわかってましたが、それにしても他と比べてこの船だけ小さくないですか?」



「それは2つ目の理由からだ。おまえさんが行こうとしている弟7地区はな、はっきり言って田舎だ」



「田舎……?」



「そうだ。殆ど手入れがされてない島であり、家畜の魔物や食料の栽培を行っているのさ。だから、普通の観光客は殆どいかない」



 なるほど。それで薬草の生息区域というわけか――――――



「まぁ、わかったならさっさと出発するぞ。此処から少し時間がかかることだしな」



 男はそう言うと、男は俺の了承も待たずに船を出発させるのであった。



 ――――数時間後。



 トレダール第7地区は、操縦士の男性が言っていた通り、何もない場所であった。その島に近づくにつれて喧騒さえも遠ざかっていく。



 上陸した最初に感じたのは――――――――



「――――――眠たくなるな」



 ゆっくりと進む時間。辺りは自然に溢れ、数軒の母屋があるだけで他には何もない。木々が伸び伸びと葉を散らし、花々は蜜を吸いに来る虫たちに花粉を提供している。



 まるでピクニックに来たような気持ちに浸りながら、軽くなる歩を命一杯進める俺。簡素に整備された細道をゆったりと歩き、民家が数軒立つ場所へと歩く。



 時折、モーモーと牛のような鳴き声が聞こえてくる。民家に近づくと、家の前で真っ青な空を仰ぎ見る老人が1人座っていた。俺はその老人に声をかける。



「こんにちわ。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」



「――――――――ふぉ? ほ~………」



 なんとも気の抜けた返事。しかし、この場所でなら許される言動である。



「ギルドの依頼でこの島に来たのですが、薬草などの生息地域などをご存知ではないでしょうか?」



「薬草かのぉ~はて……たしか――――――どこじゃったかのぉ……」



 老人は少しの間、考えているのか何も考えていないのかわからないが、口を開かなかった。



「――――――ほぉ。そうじゃ、たしかあの山の麓にたくさん咲いてあったのぉ」



「あそこにある山ですか?」



「そうじゃ」



 確かに、老人の指差す方向に少し大きめの山というか丘があった。どうやら薬草はその近辺にあるらしい。



 後は自分で探すか――――――


「ありがとうございます。それでは早速行きたいと思います」




「――――――ほぉ~……」


 老人は再度空を仰ぎ見る。俺はせっかくの日向ぼっこを邪魔しないために静かにその場を去った。


 目指すは前方に見える丘。距離的には――――1時間もあれば着くだろう。



「るんるんる~ん。るっるるる~ん。るっるっるっるっるるるるるるるるるるる~ん」



 思わず鼻歌を歌いたくなってしまうような心地よさ。危険な珍獣(変態)の姿もあらず、腹立たしいちゃら男の姿もない。実に平和だ。まさに平和だぜ。



 時折、買っておいた携帯用の飲み水を口に含みながら丘へと続く道を進んでいく。足を進めると徐々に木々の感覚が広くなり、日が少し傾き始める頃には岡の麓へと行き着いた。



 俺は予め調べておいた薬草の絵を思い浮かべながら、辺りを散策する。



「緑色の茎に5枚の葉っぱがついた少し大きめの草……この近くに生えているんだよな? ――――ん? もしやあれか??」



 絵と似通った草が丘の中腹に見えた。俺はすぐさま確認するべく、斜面を駆けた。



「おぉ…………これだ、これ――――いやぁ~こんなにも簡単に見つかってしまうとは。楽で助かった。それじゃ早速……」



 依頼内容は小革袋1つ分。そこらへんに薬草を引き抜いて入れると直ぐに満杯になる。


 俺は、自分たちもいずれ使用することを見越して小革袋を2つ分満杯にした。



 あっけなく終わってしまった依頼に少しの達成感と不満感が過ぎったが、直ぐにそれらは消え去った。


 中腹から見渡した情景がやけに美しかったのだ。



「――――綺麗だな。もうちょっと上に行ってみようかな?」



 思い立ったが吉日。革袋を持ちながら今度はゆったりとしたスピードで丘を上がる。頂上付近まで着くと、再度後ろを振り返った。



 そこに広がっていたのは美しい自然と自然と――――自然である。もはや緑しかない。まぁ、素晴らしい景色ではあるがな。



 そして下らない思考をしていた矢先――――――――――遥か彼方の方向に一瞬だが見えた天に突き刺さる赤黒い線。それは一瞬にして視界から消えてしまった。



「な、なんだ…………?」



 瞬刻すぎて気のせいだと思ったが、妙に目に焼きついて離れなかった。そして同時に感情が腹の底で揺れるのを感じた――



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