第8話 女性と魔物は紙一重
柔らかな風が木々を揺らし、澄んだ空気が肺に充満する。微かな土の臭いを嗅ぎながらおれ達はゆっくりと歩を進めていた。
俺たちは最初に行き着いた交易の街『バータル』を離れ、舗装された林道を歩いていた。
太陽は真上を過ぎ、紫外線が容赦なく身体を突き刺す。純と智久もやっと名の知れぬ白き女性を諦め、今は「疲れた~喧嘩売ってんのか太陽っ!?」と言っている。
アホめっ。文句ばかり言うのが純だが、腹立つのは仕方が無いだろ? しかし、俺も見惚れたのは事実……あの爆乳を見て正常にいられる男がこの世界にいるだろうか? いや、いないっ。
やっぱ男なら巨乳好きだろ? 巨乳こそ最高っ。神だと私は信じたい――――――って俺は何を考えているのだろうか。
「あぁ~つかれたぁ……はらへったぁ~……疲れたぁ~ムシムシする~――――」
「うるせぇなぁ…………」
「あん? 何だと隆生? 誰のせいで俺のが心が傷ついたと思ってんだよ? あとちょっとで落とせたにっ!」
「はいはい。そうですねーーー」
「てめっ! このやろうっ!」
純の拳を軽く避けて、最後尾でヒソヒソと話し込む危険な男、智久と浩太の元へとなんとなく忍び寄った。
「うふふふふふ……たまらないなぁ。あの小ささがいい――――」
――――小ささ?
「うひょっ! 流石浩太だな~。大きいのも良いけど、あの控えめなのも良いよなぁ~……」
控えめ? 何を言っているんだ?
「ぶへへへへへへ。智久変態だな」
「浩太だって――――――」
『うふふふふふふふふふふふふふふ』
余りにも気持ち悪く笑う2人組み。まさにカオスだが。俺は恐る恐る声をかける。
「おまえら…………何話してるんだ?」
2人は緩みきった頬を此方に向けた(めちゃくちゃ気持ち悪い)。
「なにって…………世の中の幼女について話し合っていたんだよ?」
「――――――――――――――」
さも当然のように言い放つ浩太。俺は唖然としてしまう。そして咄嗟に思い出す。この2人は幼女もいけることに――――
しかし、此処まで気持ち悪い話を何時もしているのかと考えると、背筋がゾクッとしてしまう。
俺の身体はこれ以上こいつらに関わる事に対して危険信号を放ち始め、苦笑いを浮べながらその場を離れた。
「うぇえ――――――」
「どうした隆生? ――――――あぁ、なるほどな」
背後をチラリと見るとまた笑みを浮べながら密談を交わす2人の変態の姿。岳と竜二も咄嗟に理解したようだ。
「また始まったのか…………それにしてもビールのみてぇ」
「岳もさっきから同じことばかり言ってるよ?」
「こんな天気の良い日はやっぱり焼き鳥にビールでしょ? 勿論メーカーはクラシ○クで! まぁ……この世界にはバクガしかないけど」
岳はドヤ顔をでグッドサインを出し、竜二は呆れたように眼鏡を直す。――――うん。平和だねぇ~
そんな下らない会話をしながら数時間進んだ後、俺たちは1回目の休憩をした。買ってきたチーズ、パンなどの食料を食べて少し休憩を取る。
トレダールまでは徒歩で数日かかるらしいので食料を多めに買ったが、この状況ではまた途中で買い足しをしなければいけないだろう。なにせ皆、旅なんてものには無縁の人ゆえ、食料を我慢することなんて頭になかったのだから。
冷静な竜二に止められなければ、もっと食べていただろう。ほんとに竜二には頭が上がらない。
そんなこんなで休憩を取った後、俺たちはまた歩を進めた。
疲労と「めんどくせぇ」と連呼する純の言葉を払いのけながら無心で前を見詰めていると、竜二が言葉を漏らす。
「結構歩いたけど……地図で見ると全然進んでないな。それに時計がないから正確な時刻もわからない」
「ったく。この世界の連中はよく、こんな不便なのに生活できんなっ」
純の文句も最もだが、俺たちだって昔はそうだったのかと考えると少し感慨深いものだ。まぁ、やっぱり便利な世の中であってほしいけど。
「うふふ……でも、たしか魔法とかあるだよね? 空とか飛べるんじゃない?」
「うひょっ! それならめっちゃ楽だねっ! 空が飛べるなら……なぁ? こうた~? ぐへへ。」
「――――――智久きもっ」
突然の浩太の裏切りにも表情一つ変えずに頬を緩める智久はやはり――――――カスだな。
そんな罵声を心の中で言った瞬間、前方の草むらから突如何かが飛び出しきた。
「うおっ――――――」
「うひょっ! なんだ? なんだっ!? おんなかっ!?」
まるで某モンスターゲームのBGMを口ずさんでしまうような飛び出し方である――――それってどんな飛び出し方? ってそんなこと言っている場合じゃないっ。そして、智久――――永眠しろ。
飛び出してきたのは、薄汚れたボロボロの布切れに覆われた何か。手には傷ついたこん棒を持ち、背丈は170センチメートルある俺の身長の腰くらい程しかない。布切れから垣間見えるのは黄色い両眼だけであった。
俺たちは咄嗟に身構えるが、誰1人として武器を取り出す者はいない。それほどにこの世界にも、そして突然襲い掛かってくる危険にも初心者なのだ。
「魔物……? ――――――皆ッ! 早く武器を構えてっ!!」
「――――おっ、おう!」
竜二の怒号により俺たちは慣れない手つきで武器を構える。目の前の魔物は黒板を爪で引っ掻いた時のような泣き声を上げると、唐突に突っ込んで来た。
俺たちは何も出来ずに無様に左右に転びながら、振り回されるこん棒を避ける。避けることが出来ただけでも及第点だろう。
初めての戦闘。ギルドで基礎を学んでいても本物の戦闘は此処まで違うのだと思い知らされる。
直に感じるピリピリとした空気。これが殺気というものなのだろうか? 相手はすぐさま方向を変えて、右側へと逃げた智久、浩太、岳の元へと襲い掛かる。
浩太が背丈程もある大剣を闇雲に振るうが、当たることはない。相手は大剣の間を華麗に潜り抜け、後ろで控える智久と岳へと迫った。
岳もナックルを振るうが当たらない。さらに、踏み込んだ敵は岳のお腹目掛けたこん棒を振るった。
――――――ボスッ
此方に聞こえる程の鈍い音が響いた。同時にお腹を押さえて崩れ落ちる岳。さらに下がった頭部に振り下ろされようとするこん棒。
身体は固まったように動かない。絶体絶命と思った矢先、側面から銀に輝く刀身が現れた。
「うりゃああああああああっ!!」
――――純だ。何時の間にか移動していた純がブロードソードを振るったのだ。相手は咄嗟に攻撃をやめてこん棒で防御するが、刀身が浅くだが奴の身体を切り裂いた。
少量だが飛び散る鮮血に顔をしかめながらも声を荒げる純。
「何やってんだよっ! おめぇらも男なら戦えっ!!」
「――――――うひょっ! そうだったっ!!」
「インテリ竜二っ! お前が指示をしろっ!! わかったなっ!?」
「――――っあ、あぁ! わかった!」
純によって俺たちはやっと動き出す。こういう時に行動するのは俺のはずなのにっ! くそっ――――――みんなすまねぇ。純っ! 助かった!
心の中でお礼を述べると、俺はギルドの厳しい訓練を思い出す。ダガーを逆手に握り、此方の様子を窺う敵を見据えた。ゲーマー竜二の的確な指示が飛ぶ。
「智久と浩太は岳を保護してっ!」
「うひょっ! わかった!!」
「――――――任せて」
「奴は僕たちで叩くっ! いくぞっ!!」
『おうよっ!!』
浮かび上がってくるあの時の感情。少しでも気を抜くとゴブリンを殺した時の震えが蘇ってくる。
ダガーの柄をきつく握り締め、必死に押さえこむ。
その間にも純は勇敢に敵に突っ込んでいた。刀身がブレブレのブロードソードを水平に振るうが、意図も簡単に避けられてしまう。
そして、敵のこん棒が純を襲うが、奴もそう簡単に攻撃を喰らうやつではない。
咄嗟に後ろに飛ぶことでこん棒をかわした。しかし、無理な体勢で飛んだためか足を捻らせて転んでしまう。続けざまに竜二が魔法使いにも関わらず接近し、木の杖を振るうがこん棒で弾き返された。
傍から見ればなんてドジな連中だろうと思うかもしれないが、実際やってみろってんだっ。
どんなに大変なことかわかるはずだって。まじでっ。
敵は連続でこん棒を振るう。竜二はなんとか防いでいるが何時まで持つかわからない。
顔を悔しそうに歪めながら純が吠えた。
「魔法使いのお前が何やってんだんよ竜二っ! それに隆生っ! てめぇも黙ってないで加勢しやがれっ!!」
「――――――くそっ。わかってるよっ! やればいんだろっ! やればっ!! くそおおおおおぉぉお!!」
俺は雄叫びで強張る身体を無理やり動かした。ギルドで得た足運びでこん棒を振り続けるスィーフへと突っ込む。
これも盗賊らしからぬ行動だが、そんな事を考えている余裕なんてない。
敵の頭部目掛けてダガーを素早く薙ぐ。訓練のせいか、身体が勝手に動いてくれた。その攻撃はこん棒で初手を防ぐ。鈍い衝撃が手を伝わるが、気にしてはいられない。
連続でダガーを振るい、敵が後退した隙に師との組み手で覚えた足払い技を披露する。敵は突然の攻撃に対応できずに体勢を崩した。流れでそのまま怪しく光るダガーを振り下ろす。
しかしそう簡単に敵も殺される訳もあらず、力任せに振るったこん棒がダガーを直撃した。
その衝撃でダガーは宙を舞い、さらに肩口に感じる痛み。敵がこん棒を突き出していたのだ。
「――――うぐっ」
俺は痛みに耐えかねて咄嗟に後ろへと逃げた。
「隆生大丈夫かっ!?」
「あ、あぁ――――――だいじょう……ぶっ!」
くそがっ! めちゃくちゃいてえええええぇえぇぇ! あのやろうっ!!!
竜二の問いかけにやせ我慢をしたが、実際は疲労困憊だ。再度指示が飛ぶ。
「隆生と純は智久を守って! 智久は2人の回復っ! 岳と浩太は敵をっ!! 僕も魔法で援護するっ!!」
「うひょっ!? 回復ってっ――――!?」
「聖職者なんだからなにかできるだろっ! ギルドを思い出せっ!!」
突如そわそわと杖を弄っていた智久の姿がフラッシュバックした。
そうだ。今まで忘れていたが、他の仲間もギルドで何か技を教わったはずだ。特に智久や竜二は魔法などを――――
俺と純の代わりに浩太と復帰した岳が敵へと迫る。あの2人は子供の頃からの親友。息はばっちりであろう。
さらに岳なんて先ほどの攻撃への怒りなのか、恐怖なんて感じないといった様子で突っ込んでいった。
その間に智久はこっち来ており、状況とは裏腹にキラキラとした両眼を見せていた。
「おら祖チン下野っ! 早く足を回復しろっ!!」
「わかったっ! やってみるっ!! たしかギルドでは――――――我が主の力を持ってこの者の傷を癒せ――ヒール!」
智久が両目を閉じて神妙にそう言葉を漏らし、手を腫れ上がった純の足首に触れる。すると、掌から淡い光が溢れた。
そして、みるみる内にまるで最初から怪我なんかなかたように腫れが――――引かなかった
「――――あれ? 治ってないよね……?」
「――――――――――――――」
「もう一回やってみよう――――我が主の力を持ってこの者の傷を癒せ――ヒール」
再度、回復を行う智久。しかし――――――
「うひょよよよよおよ??」
「――――――――――――――なおんねぇじゃないかよっ!! このゴミ智久がぁぁぁぁ!!」
「うひょおおおおおおおおっ。おたすけぇぇぇぇ」
その後、何度かやると徐々に腫れは引いていき、数十回でやっとのことで純の怪我が回復した。さらに俺の傷も数回にわけて回復する
「ぜーはーぜーはー……わっち――もうだめぇ~」
『おぉ…………』
息切れを起す智久を放置し、思わず感嘆の声が漏れた。智久は嬉しそうに顔を綻ばせる。
そして、続けて俺の肩口の傷も回復してくれた。痛みはいっさいになくなり、暖かい感情が身体を包んだのが感じられた。
しかしそんな感動も敵の奇妙な鳴き声によって引き戻される。
その方向を見ると、丁度浩太の大剣が敵のこん棒を吹き飛ばすと場面であった。さらに岳がナイスな連携で詰め寄り、腹部に強烈な巨根パンチを放つ。
流石怒りを覚えたゴリラパンチというべきが、敵は宙を舞って後ろへ飛んだ。岳を怒らせたら駄目だろ本気で思ったよ――――
さらに今まで黙っていた竜二の声が響く。
「初級風魔法――――かまいたちっ!!」
刹那竜二の両手から目に見えぬ何かが放たれた。そして、同時に呻き声を上げて切り裂かれる敵。鮮血が地面を濡らす。
「すごいっ! 僕、魔法なんて始めてみたよっ!!」
「うひょっ! 人間に魔力があるって本当だったのかっ!!」
先ほどいやらしい想像をしていた2人が驚きの声を上げているが、確かにまさか魔法が使えるとは信じていたなかった。純でさえ口を開けて呆然としているし。
俺たちが興奮している間に、敵は徐に立ち上がっていた。
キキキキキィィィィィイィ
「くそっ! まだ生きてるのかよ……!」
「文句いってんじゃねぇよ隆生っ! 今度こそ俺様がぶっ倒してやるっ!!」
相手は殺意の篭った瞳で此方を一瞥した後背を向けて草陰へと消えて行ってしまった。
「っあ――――くそっ!! 逃げやがったっ! おうぞっ!」
「待てって純っ! わざわざ追う必要はないだろ……周りを見てみろよ」
俺たちは予想以上に疲労困憊していた。皆、敵が姿を消すと糸の切れた人形のように地面に腰を下ろす。
「――――っち。しょうがねぇ。今回は見逃してやらぁ」
そう言ってブロードソードを仕舞う純。俺も落ちたダガーを拾って腰のケースへと差し込んだ。
突然やってきた戦闘。それはこの世界を現しているようだった。気がつけば日は既に傾きはじめており、思った以上に長い戦闘であったことを物語っている。
俺は小さく、そして深く息を吐いて空を見上げた。
「空の色は何処もかわらないんだな――――――――――」
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