第7話 ブラック企業相談所は何処に?

『ギルド』――――そこは7つある基本職業の基礎を学ぶ場所であり、ギルドに所属することで様々な所から依頼される仕事を引き受けることが認められる。


 今日でやっと、そう――やっとギルド基礎演習が終わった。本当に――まじで――――がちで辛かった――――――今までの7日間を考えると――――うぇ……


 ギルド演習初日――――俺たちはそれぞれのギルドへと出向いていた。俺は盗賊ギルド。初日は低級の装備を買わされてギルド内を案内された。


 ギルド演習2日目――――意気揚々とギルドに向かうと、師に当たる人物に会わされて突如任務を与えられる俺。


その任務はバータルの中心地に立つ建造物であり、バータルを治める市長のプライベートルームでもある建物。


 そんな所に忍び込み、ある資料を取って来いというものだった。勿論、俺に拒否権はなく、バータルで最も警備の高い場所へと俺は忍び込んだ。


 普通なら、てか絶対にその書類を盗めるはずもないと思ったんだが――――――なんの偶然かその書類の奪取に成功してしまったのである。


まぁ、そういうものなのだと勝手に理解し、師匠の所にその書類を持っていくと師匠は驚愕の表情を浮べた。


 実はこの任務は新しく入った盗賊が最初に行う任務で、市長の許可も得ているらしい。


なら、なぜ師匠が驚いたか。それは、例え市長の許可を得ていると言っても、盗む時刻などの情報は当然流していない。


それゆえ警備も通常通り稼動しており、素人の盗賊が手を伸ばしても絶対に届かぬ程のセキュリティになっているのだ。


 そもそも何故このような任務があるのか。実はこの任務には2つの目的があり、1つは盗賊の育成。


2つ目は市長の建物の警備のチェックと強化である。


 そのため、普通ならば今までの盗賊たちは市長の建物に盗みに入り、捕まってこっぴどい目に合うという筋書きを経て盗賊の厳しさを知る訓練だったのだ。――――だが、俺はあろうことか成功してしまった。これによって色々めんどくさいことになってしまったのだ。


 まず市長たちは急遽会議を開き、大幅な警備の変更を言い渡した。さらに盗賊ギルドでは、天才が現われたと俺をバータル一の盗人だと祭り上げやがる。


 誰が盗人といわれて嬉しい? ほんとに運がない――――――


 まぁ、ただこれだけだったのならまだ良かっただろう。問題は此処からだ――――俺を天才だと思っている馬鹿な師匠たちは、さらなる最強の盗人にすべく、本来なら1人の師匠を総動員して20人の大所帯に変更しやがった。


 さらには緩い感じだった雰囲気が一気に張り詰め、地獄の特訓をさせられることになってしまったのである。


 ギルド演習3日目――――その日は今日のようにとても暑い日であった。俺は不安を抱きながらも、1人だけ逃げるわけにもいかずにギルドへと行っていた。そこには既に20人の師匠がおり、皆嬉々とした表情で立っていた。本当に鬼気とした表情で……


 そして、直ぐに外の演習場へ攫われた俺。訳もわからず突っ立て居ると、師匠たちの中でも特に筋骨隆々の師(もう、ゴリラ。ゴリラでしかない)が出て来て、即座に始まる地獄の24時間組み手。


 現実世界で一度たりとて喧嘩をしたことのない俺に組み手ができるはずもなく、何度も気絶し、何度涙を流したことか――いや、冗談抜きで――――


 1つ貴重な体験だった事といえば、初めて魔法と祈祷という代物を経験したことだろう。


俺がなんど怪我をしても専属の回復の師が俺を即座に回復させ、地獄の特訓へと出させてくれた。本当にお礼の気持ちと怒りの気持ちで発狂しそうだったよ――――――


 そんなこともあって、24時間の組み手をやり終えた俺はなんとか基礎だけは学ぶことに成功した。――もうわけがわからないが。そして、勿論寝る時間もなく俺の特訓は四日目へと突入する。


 ギルド演習4日目――――つかの間の睡眠を阻止された俺は第2演習場へと連れて行かれていた。


そこはただっぴろい広場のような場所に、アスレッチク場のような器具が設置されていた。


 そして、出てくる新たな師匠。今回は3日目と違いスマートな体系でありながら、ナイスバディの美女であった。彼女は際どい服で自身の身体をちらつかせながら俺の前へと出る。


 思わず見惚れる俺に対して,彼女は妖艶な微笑を浮べたかと思えば,懐から取り出したダガー片手に構えた。そして振るった。全く、不幸にも2日目の組み手におかげがその攻撃をかわすことが出来た俺――


 止まらぬ攻撃に逃げ出す俺。さらに追い込まれるようにアスレッチク場へと追いやられる。


そして、始まる地獄の鬼ごっこ。後ろからはダガーを振り回す美女。前方には次々と襲い掛かってくる障害物の数々。


 ――――――しかし、今回ばかりは俺は楽しんでいた。その理由は2つある。1つは、実はというか俺は自分で言うのも変なことだが、とても運動神経が良い。なぜなら、現実世界ではパルクールを嗜んでいたからな。


そのため、バク宙、バク転、前宙、エアリアル、バタフライツイストなどなど……体操の技やトリッキング技などは殆ど出来る。


 そのため、今回のようなアスレチック場での鬼ごっこはある意味得意であったのだ。そして、もう1つはやっぱり――――――師匠のメロンのように巨大なパイ○ツだ。走ることで揺れるそれを見ていると――――なんだか殺されそうでも幸せだろう? 


 そんなこともあって、4日目はなんとか乗り切ることができた。師匠たちの黄色い声を聞いた時は流石に吐き気を催したが……


 ギルド演習5日目――――再度睡眠を邪魔された俺。既に訓練から逃げることを諦め、此処に来てやっと自分の足で組み手を行った演習場へと向かった。


 そこには最初に師匠と名乗り上げた男が立っており、「今日は何をやるのか?」と尋ねるとダガーの形をした木製の棒を投げてよこした。同様に師匠も同じ武器を持ち構える。


 そして始まる武器ありの戦闘演習組み手。正直、今まで一番の辛さであった。なぜなら、躊躇なく木製のダガーを俺に振るうアホ師匠。


 全身はあざらだけ、しかも化け物のアホ師匠の攻撃は木製であっても本物のダガーの如く切れ味を誇るという最悪さ。耳を切り落とされた時は泣く事も忘れて俺は気絶した。


 今でも思い浮かべると涙がでそうだよ――――なんでこんな所でこんな痛い目にあわなきゃいけないのかと何度も思ったが、どうすることもできないため――――馬鹿な俺は考えることをやめた。


そうしたら人間とは面白いもので、少なからず楽な気持ちになるものだ。


 そして、ある程度対応に慣れて来た頃、日は輝かしい顔を覗かせていたのだった。また徹夜……sit!!


 ギルド演習6日目――――6日目にして初めて邪魔されることなく起床に成功した。そして、無意識に演習場へ向かう。そこで待っていたのはこれまでに訓練をしてくれた、いや強要した六人の師匠たち。


 そこで言い渡されたのは、24時間連続振り返り演習。要するに今までやった全ての事を濃度を高めて再度やるというものだった。休憩はあらず、俺は何度も気絶して何度も水をぶっかけられたとさ。


 今まで傍から見ているだけだった師たちも次々と参加してきた時はかなりの殺意が湧いたねっ!☆


 6日目以降は、殆ど今までの反復練習のようなものであった。だが、相当に厳しいものであったことにはかわりない。


 ギルド演習30日目――――最終日。その日は最も厳しい訓練であった。この日の訓練に比べれば、今までのものは本当に楽だったと感じるだろう。まぁ……でもこの悩みは異世界の住人じゃない俺たちだからこそ感じるものだっただろうけど。


 そう最後の訓練は――――――殺し。流石に人間を殺めるわけではなく(最初は提案されたが、全力で拒否しました)――魔物。ゴブリンと言われるファンタジーで絶対と言っていい程出てくる下級モンスター。


 登場回数が多すぎて愛着さえ生まれてきそうな魔物――――――正直、こんな冗談を言っていないと、今でも思い出すと死にたくなる。


 演習場に行った俺の前の前に用意されていたのは、緑の身体に蛇のような眼をキョロキョロ動かしながら身体をくねらせるグリーンゴブリン。


 全身は縄で縛られ、身動き一つ取れないように工夫されていた。そして、師匠から手渡された本物のダガー。師は言った『この魔物を殺せ』――――と。


 勿論、俺は逃げることも出来た――てか実際に逃げた。だけど思ったんだ……もしこの先、現実世界に戻れなかったら必ず魔物と戦う時が来るだろうと――。だけど、そんなことで簡単に生き物を殺せるわけもなかった。


 何度も足を動かそうとした。その度に心が重くなっていった。ダガーをゴブリンに幾たび突き刺そうとしたか。


渡されたダガーがやけに重くて、何度も手が震えて地面に落とした。その度にこの世界の摂理を恨んだ。


 どうしても目の前のゴブリンを見ることが出来なかった。見てしまったら今にもペシャンコに潰れてしまいそうだった。そして、何時の間にか丸1日程その場ににつっ立っていた。


 その時、俺の何処かが壊れたのかもしれない。疲労のせいか、人間の本性が出たのか、俺すらも知らない本性がでたのかわからない。


だけど、俺はダガーを力いっぱい握りしめた。訓練で身体に染み付いたダガーの持ち方や歩き方。突如として今まで見れなかったはずのゴブリンを一心に見詰め、無心で近づいた。


 そして、明らかに恐怖の色に染まるゴブリンの目を見詰めながら俺はダガーを振り上げて――――――――突き刺した。


 ブスッ。聞いた事のないような奇妙な音が鼓膜を刺激する。そして、溢れる真っ赤な血がダガーを伝って手に触れる。そのリアルで生暖かい血に俺の意識は一気に覚醒した。


 それからは想像の通りであろう。本当に様々な感情が心を蝕み、涙が流れ、嘔吐した。そして――全ての訓練が終わった。


 後日談としては、何かしらの才能を俺に感じたのか、20人の師匠たちは意気消沈する俺とは対照的に、歓喜した表情でギルド演習実践編を推薦してきた。(勿論拒否したけど)


 そうやって俺たちはギルド基礎演習を終えた。他のみんなは俺のように厳しくはなかったらしく、「直ぐにトレダールへと移動しようと」なったが、そんな気になれるわけもあらず、5日間は部屋に篭ってしまう。


 だが仲間に励まされ(本当に涙が溢れるほどに仲間がいてよかったと思ったよ)、やっとのことでなんとか立ち直った俺達はトレダールへと出発することを決意したのである。


「――――どうした隆生? ついに頭でも可笑しくなったか?」


 虚空に向かって独り言を喋っていた俺に岳が心配そうに声を漏らした。


「頭が可笑しい? ふんっ。まさか天才のこの私に言っているのかね? 巨根ゴリラ岳の助君?」


 刹那飛来する巨大な拳が俺のお腹に突き刺さる。まさか悪口に対してカウンターを放ってくるとは――――


「おぬし…………沢村竜平か…………」


「だれが元日本ジュニアライト級チャンピオンで、名古屋市出身の尾張の竜だっ!」


 岳の長い突っ込みを聞いていた浩太が馬鹿にしたように鼻で笑う。


「ふっ……めんどくさっ」


 再度飛び出す巨根パンチは浩太ではなく虚根下野に突き刺さる。


「うひょひょひょひょ……ぐえっ――――」


「ふふふ。智久きっも! うふふふふふ」


 俺を見下ろしながら竜二が声を上げた。


「お前らさっさと用意しろっ。ただでさえ余分にこの街にいたんだから……」


「隆生のせいでなっ! おら、立ちやがれっ隆生っ!」


「――――うるせぇなぁ…………」


「んっ!? なんだってぇ? うるさいっ? まさか遅れた原因の張本人がそんなこというわけねぇよなぁ? んっ?」


 純はいかにも馬鹿にしたような表情を見せる。俺は湧き上がる怒りを抑えながらも、遅れたことは本当のことなので勿論――――無視してやったぜ。


 その後も純からの関節技を受けながらもなんとか旅の準備を終えた。と言っても、食料や道具、後は地図とそれらを入れる背負い袋を買ったぐらいだけど―――


 宿の店主に御代を払い、俺たちは日光が降り注ぐ外へと出る。まずは目的の地トレダールへの行き方などを誰かに聞くことになった。地図を見るだけじゃさっぱりわからなかったんでな。


 なにせ俺たちが購入した地図は安価なためか、現実世界のようにこと細かく描かれているわけではなかったのだからな。


「当然道を聞くなら女性。特に美人でボンキュッボンの人に限るんだけどこの世界じゃなぁ。FUCK! ちくしょう…………」


「うひょっ! 隆生っ! あそこにぴったりのおなごがいるよっ!」


 智久の指差す方向を見ると――――確かに言葉通りに全て兼ね備えた女性がそこにいた。


 真っ白な外套を着込みながらも、起伏に飛んだ――飛びすぎた爆乳の女性。ふっくらと膨れた胸元には金の刺繍のようなものがでかでかと施され、雪のように白い肌にキメ細やかな白髪は肩にかかっていた。


彼女は多く視線をものともせずに通りを歩いている。


 俺たちは思わず視線を奪われた。そして、こんな時真っ先に行動を起すのは――――――――――


「――――麗しき白髪の女神よ。どうか私めにお時間を頂けないでしょうか……?」


 通りのど真ん中で肩膝を地面につき、恥かしい台詞を吐くチャライ男――――――砂井 純。ド変態である。


「純っ! 何言ってんだよっ! ――――――すみません。突然失礼なことを言って……」


 俺と竜二が不満を撒き散らす純を抑えてそう言うと、女性は物珍しそうに俺たちを見た。


「なぜ、あなたがたは…………?」


「――――どうしました?」


 可愛らしく首を傾げる白き女神。その仕草に不覚にも俺たちは地の底まで落ちてしまうほど見惚れてしまった。


 女性は少しの間、押し黙って此方をじっと見つめる。状況が理解出来ない俺たちは他の連中から突き刺さる視線を無視しながら待つ。そしてやっと女性が言葉を放った。


「いえ――――久しぶりに女性扱いされたものですから……驚いてしまって」


「――――へっ?」


「ふふふ………………」


 思わず変な声が出てしまったのと麗しき女性に笑われたこともあり、俺の顔は茹蛸のように真っ赤に染まる。そんな俺を放置して、竜二が声を上げた。


「そうだった――――――この世界の現状は…………失礼っ」


「ふふっ。大丈夫ですよ。それにしても面白い方々ですね」


「貴方のように美しい方に比べれば私たちなんて…………どうです? 一緒にお食事でも?」


 俺と竜二の隙を突いて純が当然の如く口説きやがった。すると女性は苦笑いを浮べ、俺は咄嗟に純を捕縛して先ほどの恥かしさをごまかすように声を上げる。


「あのっ! お伺いしたいことがあって呼び止めたのですが、少しよろしいですか?」


「はい。なんでしょう?」


「実はトレダールと言う場所に行きたいのですが、田舎から出て来たもので余りわからなくて――――」


「あっ! そうだったのですね。それでしたら…………」


 美しき女性はトレダールへの安全なルートを親切に教えてくれた。最後の微笑みには一瞬でやられてしまったぜ。これだから美人ってのは――――――ふふふふ~っ。


「これで良いですか?」


 そんな可愛い声と顔で言われてしまったら――――


「えへへ~。良いですっ。もう完璧です~」


「おい隆生っ! てめぇだけ良い思いしてんじゃねぇよっ! くそっ! 離せ竜二っ!」


 後ろで喚き散らす純は勿論放置。すると、今まで黙っていた変態イケメン智久が――――――動き出す。


 俺は咄嗟に意識を覚醒させ、岳と浩太に目配せする。岳は今いかに危険な状態なのかを瞬時に察知したようだ。余りの美人に智久の危険さをすっかり忘れてしまっていた。


 こいつに限っては常識は通じない。智久の行動はわかっている。奴は美人に出会ったらまずセクハラするのだ。しかし、イケメンなため殆ど怒られたことなどないのがまた厄介だ。


 今、奴の頭の中にはあらぬ妄想の嵐が拭き続けているだろう。その間にも既に奴は気配を消して女性の後ろへと移動していた。


 まさに忍者顔負けの足運び。さらにポケットに入れて暖めていた伝説の不埒な右手を徐に出す。そしてその手を彼女のお尻に――――――


「――――――させるかっ!!」


「うひょっ!!」


 咄嗟に智久の右手を岳が平手で防いだ。その際に言葉が漏れてしまい、白き女性が後ろを振り向こうとするが寸での所で俺が声を上げる。


「本当にたすかりましたっ! ありがとうございますっ!!」


「――――え? あっ……はい。どう致しまして――」


 智久を岳が捕縛したことを確認し、純がそのことについて叫びだす前にマシンガンのように言葉を連射した。


「それでは、私たちはこれで失礼しますっ! 親切に教えてくれてありがとうございますっ! それじゃっ!!」


 竜二、岳、浩太に目配せを一度した後、智久と純を引きずりながら俺たちは足早にその場を離れるのであった。

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