第4話 四 過去・未来・現在。大切なのは今?

 窓から差す木漏れ日が室内をぼんやりと照らしていた。


 周辺は本棚で埋め尽くされ、数え切れないほどの古書が静寂を放出していた。


 俺たちは横道で少し休憩を取った後、インテリ竜二の提案により書物倉庫、現代での図書館を訪れていた。


 その理由は、この街――――いや、この世界についての情報を集めるためである。


 それで俺たちは改めて確信した。この世界は元いた世界ではなく、異世界であると。


 その事実に再度複雑な感情が胸に渦巻いたが、意外と俺たちの神経は図太いらしく、今となっては物凄い美女がいることに心を躍らせているくらい平穏である。


 俺は手元に持っていた本を机に置くと、言葉を漏らす。


「ふぅ。だいたいわかってきたな……」


「そうだな。一応、整理してみようか――――」


「おっ! 流石メガネかけてるだけあるねぇ? 頼んだ竜二」


 純はそうやって本を乱暴に置いた。竜二は純のひやかしを軽くスルーしながらも整理するように言葉を放つ。


「まずはこの街の名前は交易の街バータルで、商業の国トレダール系列の国であること。


そして、この世界のことを人々は魔法が中心の世界としてマジックワールドと呼んでいることだな。あと通貨についても少し」


 そう。ここは国ではなくバータルと呼ばれる街であったらしい。


 そして『トレダール』とは、この世界にある巨大な五つの王国の一つの名前である。


 他には、魔法の国『マジカル』。軍事国家『ミリタン』。聖職者の国『モーゼ』。独立国家『クリーミル』の四つがある。


 通貨については、どうやらこの世界では金貨、半金貨、銀貨、半銀貨、銅貨、半銅貨の6つに分かれている。


 価値は正確にはわからないが、金貨は銀貨20枚で一枚。銀貨は銅貨50枚で一枚。


 ってことは、俺たちはこの世界で最も価値のあるコインを3枚ずつ持っているということだ。何に使おうか? やっぱり――――ふうぞ――いや。やめておこう。


「皆も気がついたように智久の机にあった紙切れにもマジックワールドって書かれていたよな。


もしかしたら、まだ信じられないけど、その紙切れを用意したやつがこの理解不能の現状に関わっているかもしれないってことが考えられる」


「偶然だろ。まさか、そいつが異世界に飛ばす能力でも持っているっていうのか? ありえねぇな。それに、まだこの世界が異世界だとは限らねぇだろ」


「今更何言ってんだよ純。お前だってさっきいた魔物をみただろ?」


 俺がそう言うと、純は何か言葉を放とうとしたが押し黙ってしまった。


 先ほどの魔物とは、商人らしき人物が檻に入れていたのだ。



『魔物』――人間とは異なった様相をし、魔の力を有する生物のことを総じてそう呼ぶ。



「あんなのを見ちゃなぁ~……それにしてもあのゴブリンって奴気持ち悪かったなぁ。ぐふふふ――」


「何で楽しそうなんだ? そんなことはどうでもいいんだろ! 重要なのはどうやって帰るかでしょ」


 岳が立ち上がってそう言うが、竜二に制止されて拳を握り締めながら席についた。


「今から言う事は単なる憶測にすぎないけど、比較するものがないから良くあるRPGのゲームと比較して考えるね。


もし、元の世界に帰れるとしても此処に俺たちが飛ばされた――いや、連れて来られたとしたならば、何かしらの事をしなければ帰れないと思う」


「何かしらのこととは……?」


「例えば……ベタだけど魔王を倒すとか?」


 竜二の言葉に智久が反応する。


「うひょおおおおお。そんなのわっちたちに倒せるかなぁ? 女の子を100人抱くならいけるけどなぁ――」


「だっせぇな智久。俺なら1000人はいける」


「ちょっと2人とも黙って――――話を戻すけど、帰るにしてもこの世界の事についてしらなきゃいけないことがたくさんあるのは事実。その一歩としてまずは、この街についてもっと調べよう」


 竜二の言っていることは正しい。俺たちが今やるべきことは行動するのみだ。まぁ、本当にゲームのように何か目的があるとは思えないけどな――


「そうだな。まずやるべきことはそれだな。手分けして情報を集めよう。皆依存はないよな?」


「何勝手に仕切ってんだよ隆生っ!?」


「なんだ? 純は不賛成なのか?」


「違うわっ! 俺は早く行動したくてうずうずしてるわっ! さっさと美女探しの作戦を考えろよっ!」


「誰が美女を探すっていったのよ……」


 どうやら、他の皆も反対はないらしく行動することに決まりそうだ。


 竜二がメガネを指で上に押し上げて再度口を開いた。


「それじゃ、効率良く情報収集をするためにもチームを二手に分けよう。


 1つは外で情報を集める班。メンバーは、隆生、純、岳。もう1つは、書物倉庫で引き続き情報を集める班は、僕、とも、浩太。それでいいよね?」


 流石俺よりもゲーマーな竜二。ゲームに似ているとわかれば怖いものなしだな。


「俺は問題ないよ。他のみんなはどう?」


「いいぜ。こんなせまっくるしい所にいるよりは外のほうが興奮するからな」


「あはは。それは良いね。それじゃ、外の事は頼んだ! 今はこの街、トレダールの事について聞いてきてくれ」


 そう言われ俺は純と岳と一緒に静寂が横たわる書物倉庫を抜け、人々の喧騒がひしめき合う外へと繰り出していく。


 熱い日差しに手で陰を作りながら、岳は言葉を漏らした。


「それで最初は何処に行く?」


「うーん。どうしようか――――」


「ふあぁ……そんなものそこらへんの奴に聞いてみればいいだけだろ? 待ってろ俺が聞いてきてやるよ。――んで、何を聞きゃいいんだ?」


「さっき竜二が言ってただろう。この街のこととトレダールのことだよ」


 純は呆れた様子で返答する。


「だ~か~らっ! その何を聞きゃいいんだよ?」


「それは――――まぁ、この街で有名な人とか、便利な店と安い服屋かな?」


 俺だって何を聞けばいいかわからんが、だいたいゲームとかで重要なのは名の知れた人物とかだろう。対外そいつらが何かに関わっているもんだからな。


 後、この服とは早くおさらばしなければな。このままでは目だってしょうがない――――


 純はポケットに手を突っ込みながら、がに股歩きで歩いていく。見るからに不良である。


 少しの間、キョロキョロと辺りを見回すと、近くを通り過ぎた茶色の長髪をなびかせたおねぇさんに話しかけた。


「あの野郎……情報収集って言ってんだろうが――あれじゃ明らかにあれはナンパだろう……」


 そんな不満を岳の方を向きながら漏らしていると、突如として怒鳴り声が聞こえた。


 咄嗟にその方向に目を向けると、そこには睨み合う2人の男の姿。


 1人は勿論チャラ男の純。そして、もう1人は髭をたっぷりと蓄えたオデブのおっさん。


俺たちは即座に駆け寄る。


「――――どうした純?」


 岳がそう言うと、純と睨みあっていた男が口を開く。


「お前ら。こやつの仲間か?」


「は、はい。そうですが。どうしたのでか……?」


「どうしたもこうしたもあるかっ! こやつがわしの奴隷にちょっかいかけたんじゃっ!!」


「てめぇおっさん! そのおねぇさんを奴隷扱いするんじゃねぇ!! ぶっとばすぞ!?」


「なんじゃとぉぉぉ!?」


 俺はいきり立つ純を制止して、疑問を口にする。


「恐れ入りますが奴隷とは――――?」


「なんじゃ? お主らもしや、田舎の出でか? そうか。だからこのようなふざけたことを――――」


「もしよろしければ、教えていただけないでしょうか……?」


 おじさんは気色の悪い笑みを浮べると、先ほどの女性を引き寄せて腕を掴んだ。


 すると、その女性の腕には此処に入ったときに見たような、茶色い皮ひもが括られていた。


 そして、彼ことオデぶのおっさんは自慢げにこの世界の常識について話してくれたのであった。


 その事実を聞いた純はさらに怒りを露にしたが、俺と岳がなんとか収めて、おじさんに謝罪を述べると一目散に人通りの少ない場所へと行くのであった。


「なんで止めたんだよっ!? お前らだって腹立つだろう! あんなおねぇさんが奴隷なんてっ!」


「俺たちだって怒りで沸騰しそうだわっ! だけど……お前だってこの世界の現状を聞いただろ?」


「んなもの俺には関係ねぇんだよっ! くそがっ――」


 麗しき女性を愛する純が怒るのも無理はない。なぜなら、あの時おじさんが言っていことを簡略すると。


 どうやら、この世界『マジックワールド』では、女性が徹底的に差別されているらしい。


 そう先ほどの奴隷のように、この世界の女性には権利はなく、物のように扱われているとあのおじさん――否。くそじじいは自慢げに言っていた。


 俺だって怒りに震えそうだ。何故あんなにも美人が奴隷にならなければいけない? 女性に権利がないだと? ふざけるなっ。


いくら女好きの俺たちだって女性の権利を無下に

することは絶対にしない――おっと。少し興奮しすぎてしまったか。


「今は、まず情報収集に努めよう。そして、このことも含めて竜二たちと一緒に考えようぜ。なぁ、純?」


「――――ふんっ。俺の考えはもう決まった。何人も俺をとめることはできないっ!」


「考えって?」


「後で教えてやるよ岳。今は、隆生のしょうもない提案に乗ってやろうじゃないか」


 純は何故かとても生き生きとした表情でそう言ったのだった。


 そして俺たちはその後、情報収集とやるべきことを終わらせて日が西に傾いた頃、書物倉庫へと帰還した。


 渋い顔でたくさんの本と睨めっこをする竜二、智久、浩太に、此処で集めた情報と女性の地位の事を話すと、皆、眉を潜めて怒りを露にした。


 ちなみに、ちゃんと全員分の服も買っている。価格で言えば半金貨一枚程で全て買うことが出来た。


 智久には特別に女性用の下着を買い揃えてあげた。いや~。羨ましい――――へへっ。値段は多少したけど――


 純がきらきらとして、なおかつ強い眼差しで言葉を放った。


「そのことでだっ! 俺は決めたぞっ!!」


「あぁ――さっきなにか言ってたな?」


「そうだとも隆生君よ。俺たちの目標は現実世界に帰ることだ。しかしっ! この現状を聞いて、女好きのお前らはこの世界の女性を助けたいと思わないかっ!? ――俺は誰がなんと言おうと、苦しんでいる女性を見捨てるわけにはいかないと思っている!」


確かに――――なっ。男は女性を尊重しなければいけない。


 どんな状況でも見方であらなければいけないと思っている。俺でさえそう思っているのだ、他の変態達はさらに強い志を持っているだろう。


 純の熱の篭った演説をしなくとも、俺たちの意見は最初から決まっていた。


 皆、それぞれ強い眼差しで純を見詰めた。すると純はにんまりと顔を歪めて締めくくる。


「それじゃ、俺たちのもう一つの目標はこの世界の女性たちの権利を回復させることだな! うっしゃああああっ! やったるで!!」


「うひょおおおおおお。一杯抱いたるでっ!」


「なんで関西弁。てかうるせぇよ。ここは書物倉庫だぞ? それと、智久――――死ね」


 俺がそう言うと、智久はさも不思議そうに、そしてうざったらしく顔を傾げたので、殴っておいた。


 そんなこんなで少しの間興奮していた皆を収めて竜二が口を開く。


「その事は良しとして。新たに得た情報を整理しようか」


「なんだよ。またかよ~今日はいいだろうりゅうじ~」


「今やっちゃおう純。早くナイスバディの女の子を助けたいなら。僕も早く助けて――――ぐふふふ」


 純と浩太はそういっていやらしく笑う。


「浩太の言うとおりだよ純。それじゃ、始めようか――――まずは隆生。外で得た情報をもう一回話して」


「わかった。まずこの街と言うかトレダールの国での有名人を調べてみたけど、ゲイズ・フルークスと言う人物が挙がった」


 竜二はメガネを押し上げながら鋭い視線を此方に飛ばす。


「そいつはいったい何者?」


「どうやらこいつは奴隷オークションの取締役らしいぜ」


 純がしかめっ面で鼻を鳴らした。竜二はそんな姿を見て、顔を綻ばせると口を開く。


「奴隷オークションの元締めか――――おっけー。続けて」


「便利な店とかは後で実際に行ってみて教えるわ。後は少し面白い話を聞いたんだけど、この世界には職業屋と言われる場所があるらしい」


「職業屋? 風俗屋じゃなくて?」

 

 智久が真面目腐った顔でそう言った。


「違うわっ! 職業屋ってのは、ドラ○エとかであるだろう? 剣士、盗賊、魔法使い、吟遊詩人――――この世界には魔物が存在するから、その魔物たちと戦うために作られた施設だそうだ」


「ギルドみたいなものかな?」


「ギルドはギルドであるらしい。その職業ごとにね。職業屋ってのはハローワークみたいなものじゃないかな?」


「なんか面白そうだね~。岳は巨根戦士だね。ふふふ――――」


「あぁ? こうた? 誰が巨根だって??」


「まぁまぁ2人とも。それでなんだけど、俺たちも職業に就いてみないか? このままニートになるわけにもいかないし」


 そう言うと、純が高らかに手を挙げて賛同する。


「他の皆も異論がないなら早速着替えていこうと思うんだけど。ゲーマーの竜二君。いいかな?」


「ゲーマーと呼ぶんじゃないよ。ははっ。まぁ、僕も賛成だけどね」


「うっしゃあああああ! いくでー! 俺は戦士になるでーー! 女子(おなご)を救うでぇ!」


「うひょおおおお! わっちは遊び人になるでぇ! 一杯遊ぶでぇ!!」


 また馬鹿共が騒ぎ出した。まぁ、こいつらのお陰で今も平常でいられるのかもしれないしな――――俺たちは全く違う世界にいるのだから。


 今頃元の世界の人は何をやっているだろうか? ――――はぁ。考えるだけ無駄か。今は前を見よう。それしかないんだ――――

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