第112話パワーレベリング

「パワーレベリング……実在したんですね」


サアヤが感慨深げに呟く、


「マジで有るとは思わなかったぜ、アレだな俺達が日本に居た時より異常に強いのは恩恵の御蔭ってだけじゃなったんだな」


そう言ってタツオが軽く太刀を片手で振って見せる、


「えっ!? 恩恵の能力が強化・底上げされるって言うのがこのパワーレベリングの正体でしょ? 恩恵の効果が魔結晶から流れ込む力で強く成ってるんでしょ?」


タカノリの『ハープーンガン・ライフル型」に魔力を注入してやりながらメグミが疑問を呈するが、


「どうなんだ? 恩恵や加護・魔法・武技が無しでも結構強く成ってるぞ? 特にお前とか化け物レベルじゃねえか?」


「誰が化け物よ! タツオの分際で何言ってくれてるのかしら? 良いわ今度後ろから蹴飛ばしてやる! 背後に気を付ける事ね! それに私は余り実感してないわよ? 恩恵、職能による効果、それに伴う常時発動型のスキルが有るから、素の能力の上昇は実感できないわ」


「そうだったなお前のその出鱈目な反応速度とスピードは元々だったな、それとな、何度も言ってるが、お前、俺は年上だつってんだろ! お前俺の事同級生かそれ以下の年代の奴と同列に扱ってるだろ? ヒトシさんやアキヒロさんは普通に年上扱いしてるじゃねえか? なんで俺だけタメ扱い何だよ!」


「あんた未成年でしょうが! あっちは成人した立派な大人よ、一応私でもそれなりに対応するわよ、常識でしょ!」


「どの口がほざく? 歩く非常識が常識とか笑わせるな! 大体、偶に呼び捨てにしそうになって慌てて『さん』つけて呼んでるような奴が常識を語ってんじゃねえ!」


「五月蠅いわね! 誰が……」


怒鳴り返すメグミを、


「そこまで!! そこまでよ二人とも! 話題がズレてます! それに尊い犠牲者の前で騒がない! いい? ごめんねソラちゃん」


膝枕したソラの頭を撫でながらノリコが口喧嘩を始めた二人を注意する、


「……犠牲者ってソラ、お前死んだのか? ププッ」


タカノリの揶揄いにもノリコの膝枕で横になっているソラには、言い返す気力も無く、グッタリとしている。


「にしてもこの症状、魔素酔いなのかな? それとも急激な力の流入で成長熱?」


メグミも心配そうにソラの額に手を当て、


「やっぱり少し熱が有るわね、暫くソラはノリネエとここで休憩ね、一度地上に戻った方が良いなら連れて帰るけど、如何なのかな?」


「大丈夫、メグミ姉さま、何かが流れ込んで来てるのを感じたわ、きっと一時的、直ぐに馴染む」


「なら良いけどね、無理しないでよ? 焦って強く成らなくてもアンタなら直ぐに強く成るわ」


「うん、分かった、少し寝るね、何だか眠いの……」


そう言っている間にソラは寝てしまった、メグミはサアヤの方を向いて、


「ありがとうサアヤ、魔法ね?」


「ええ、起きて居るより寝た方が楽でしょうし、子供は寝ている間に成長するものですわ。ソラちゃんも感じていたように力の流入量が多すぎてオーバーヒートしてるんでしょうね、パワーレベリングも程々にしないとこう成るのね」


辺りを見渡すサアヤの目には、ぐったりとして座り込む訓練生たちの姿が有る。皆、戦闘の疲労ではなく、急激な成長に伴う疲労らしく、ノリコの回復でも疲れが取れていない、現在ノリコの結界による、安全地帯の周囲では引率の教官役の冒険者と『黎明』の1から4班、更にアリア達が警戒に当たっている。


「まあ……あれよ手っ取り早く強く成ってるんだから、この程度の副作用は仕方ないわね、けどタカノリは元気ね、何が違うのかしら? ソラと同程度攻撃当てた筈だけど?」


 昼間になって一時的な恐慌状態から脱し落ち着きを取り戻し、少し慣れたのか訓練生の戦闘を興奮して眺める二人に、メグミは早速パワーレベリング実験をしてみた。『アトラスモス』に対して、後方から『ハープーンガン・ライフル型』で攻撃を当てさせて見たのだ。

 結果は今の状態だ。最初はソラに攻撃させた、ソラは落ち着いて攻撃を当て、『アトラスモス』に止めを刺した。その時はソラは何とも無かったのだが、その後次の『アトラスモス』を倒している時にそれは起こった、タカノリが興奮して『ハープーンガン・ライフル型』を乱射するのを制止し、何とか訓練生に流れ弾が当たることなく『アトラスモス』を仕留め、ホッとしていた時、背後でソラが倒れたのだ。


「俺の隠れた才能の御蔭かな! おれもあのでっかい蛾の魔物を倒したとき、何か力が漲ってくるのを感じたけど平気だぜ?」


 散々騒いで乱射し、『ハープーンガン』にチャージしてあった魔力を使い切ったタカノリは、今も元気に周囲で戦う『黎明』の初級冒険者メンバーを眺め興奮している。

 元気なタカノリは胸を逸らして自慢げにしているが、此方の話を聞いていたナツオが、


「それは恐らく、ゲームでいう所のレベル差による、経験値ペナルティ見たいなものだね、タカノリ君は魔物との戦闘は初めてだろ? だから力を受け取る素地が出来てないんだよ、だからソラちゃんよりもその流れ込んで来ている力が少ないんだ」


それを聞いたタカノリはガックリとして、


「なんだそれ!? じゃあ俺は大して強くなってないのか? 絶好調なんだけど……」


メグミは、その落ち込んだタカノリの肩を叩いて元気づけながら、


「ナツオ先輩、やっぱり先輩たちはパワーレベリングを知ってたんですね? 何で教えてくれなかったんですか?」


「いや……パワーレベリングねぇ、まあ間違っちゃいないんだけど、これ教えたからって、普通やろうとしても出来ないよ、だから知っていても教えない、第一危険すぎるからね」


「何故? コレだけ短時間で成長できるなら、ある程度冒険者としての素地作りの一環としてももっと流行っても良い筈だけど? アレですか? 促成栽培の薄っぺらな冒険者の乱造による質の低下を気にしてるんですか? 確かに不測の事態への対応力は育たないけど……」


「イヤ、違うよ、それ以前に、パワーレベリングを安全に行う方法が難しいんだよ。

 魔物を倒してその魔結晶のから溢れる力を受け取るには、その魔物と戦う場に居ないとダメだ、けど自分より遥かに強力な魔物居る場所で安全にパワーレベリングを行うには、安全地帯の確保、ベテラン冒険者の協力、そして強力な魔物に対して通用する、初心者でも扱える、強力武器が必要になる。

 更に言えば、ここみたいな初心者が普通来ない深い階層に来る場合、魔素酔い対策として、清浄な結界を設けてその対策も必要になる。


「そんなに難しいですか? ベテラン冒険者の協力が有れば普通に出来そうですけど?」


ナツオの出した条件はメグミには結構ハードルが低く思えるのか、得心が行かないようだ、


「まあベテラン冒険者、そうだね中級冒険者の協力は組合の強力が有れば比較的簡単に得られるかもしれない、けどね、これらの条件の内、少なくても今までは、この安全地帯、清浄な結界を魔物溢れる迷宮のど真ん中、こんな場所に作るのが難しかった、休憩所見たいな安全地帯用の結界石を作ると、その周囲に魔物が寄り付かなくなるからね、こんな高度な結界を維持できるのはノリコちゃんや、一部の高位聖職者だけだよ」


「そっちも各神殿に協力してもらえば何とかなりませんか?」


そう実際、高位聖職者も冒険者として結構居るのだ、


「ならそれも何とかなったとしよう、更に自衛も出来ない初心者を護衛してこの階層に連れてきた、うん、ここまでは大規模な演習として何とかなるかもしれない、けどここからが問題だ、そんな低レベルな初心者ではこの階層の魔物に攻撃が通らない、安全の為に離れて攻撃する手段がない、武器が無いんだ」


「普通の銃は? 『ハープーンガン』じゃなくても普通の実弾の銃でも代替出来ませんか?」


『聖光騎士団』の『人間狩り』部隊も所持していたが、この世界にも銃はある。召喚されたものがこの世界で作り上げたのだ。


「実弾の銃も確かにあるにはある、『L・L』なんかでは結構使われているね、けどね普通の弾丸は、魔物に対して大して効かないんだ、その体皮表面を覆う、魔力障壁を破れない、弾かれるんだ、特にこの位の階層の魔物の魔力障壁は強力だよ」


 魔物はその強さによっても、種類によっても様々だが、強い魔物、強い魔結晶を持つ魔物程、硬い、物理的な硬さも有るが、冒険者と同じでその体を魔法的に守っている『魔力障壁』があるのだ、故にある程度以上強力な魔物は、普通の刃物では傷を付けることが出来ない、魔剣、魔法剣、聖剣など、障壁を破ることのできる『力』の付与された武器が必要となるのだ。


「『L・L』では結構使われているんでしょ? 魔力障壁も突破出来てるんじゃあないんですか?」


普及している以上、その欠点を補う工夫がされている筈だ、そうメグミは考えた。


「その為に撃つ際に魔力を込めて弾丸を撃ってるんだよ、『L・L』の銃は『魔銃』、魔法を込めた弾丸を打ち出す銃が多いんだ」


横から一緒にナツオの話を聞いていたサアヤは、そのナツオの説明に、得心が行ったのかポンと手を打って、


「ああっ! そうかそう言う事ね、メグミちゃん、『魔銃』を撃つには魔力が必要なのよ、だから初心者には撃てないんだわ、撃っても『魔弾』になってないから効果がない、そうですねナツオ先輩」


「そう、サアヤちゃんの言う通り、そして魔力チャージ式の『魔銃』若しくは『魔弾』は非常に高価なんだよ。だからこれを誰からも不満が出ない様に、全ての召喚者に対してパワーレベリング形式として行うことは、まあ費用の問題もあって難しいんだよ」


「うーん、確かにタカノリやソラ見たいな雛は難しいのかもしれないけど、訓練生は何とかなってますよね? そっちは可能じゃないですか? なんとかここでも戦えてるし、ウチの子達は結構バリバリ狩ってますよね? そう言えば他の訓練生よりもウチのギルドの子はこの『経験値酔い』平気ですね、ここって結構格上の魔物の筈だけど……」


「まあその件はね、先行訓練組は色々材料集めやらで迷宮に潜って来てるからね、他の訓練生とは一日の長以上の差が有るよ。他の子達より育っているから平気なんだよ。それにメグミちゃん達だって平気だろ?

 同じくらいの力が流入してきても、体が出来てるからね、余裕で受け入れられるんだよ。

 アレだけ毎日狩ってたんだ、丁度この階層だと、格上相手に効率良く狩れて、魔結晶の力、まあ確かにゲーム風に言えば経験値かな? これが良い具合に入ってきてるだろうね。だからそう『経験値酔い』もしない、うん、これ良い言葉だね、今の訓練生やソラちゃんの状態を表すのにぴったりな言葉だ。

 まあそれでも今までこんな効率の良い経験値稼ぎの狩りは、出来なかったんだけどね」


「???」


「武器と防具だよメグミちゃん、『振動剣』『水刃刀』、それに『フローティングアーマー』に『アクティブシールド』、これらが揃っているからこそ、これだけ強力な魔物が初心者でも狩れるんだ。

 元々この地域の冒険者達は、『魔法』『武技』『加護』を効率良く使って、更に『魔剣』『魔法鎧』も装備し、格上を狩って他の地域の冒険者の数倍の速度で成長していたんだ。

 けどね、今度は更にそれよりも凄い武器と防具が出来た、それによって『経験値酔い』する程の格上の相手を狩ることが出来るようになったんだよ」


興奮して話すナツオを見ながら、メグミは、


「そうか、じゃあ今後は『ハープーンガン』である程度促成栽培して下地を作って、その後『水刃刀』と『フローティングアーマー』と『アクティブシールド』を装備させて只管格上を狩らせれば、誰でもある程度は強く成れるのね、そこである程度育てて安定させてから、今度はじっくり細かい技や駆け引きを覚えさせれば、割といい冒険者が育ちそうね」


一人納得している。しかしそれに対して、


「けどメグミちゃん、よく考えたら、先行訓練組でも2か月経ってないのよ、訓練生に至っては3週間? それで『大魔王迷宮』の地下23階で狩りしてるのよ……私達、訓練を始めて2か月位って、農場で害虫や害獣駆除のバイトや、地下1階で薬草採取? 位だったんじゃない? ね? メグミちゃん流石に召喚された日本人に同じ事したら大半は付いてこれないと思うわよ? 自分で言うのもなんだけど現代の日本人は大半がもやしっ子よ?」


ノリコの問い掛けに、


「うーーん、こっちに来て一ヵ月か二ヵ月目か……私はその頃は只管、鍛冶をしてたかな? 剣を打っては試し切りに地下1階に行ってたわね、薬草採取も序にしてドロップアイテムを売ったら素材を買って、更に剣を打つって感じだったわ」


「そうよ思い出した! そうですよお姉さま、メグミちゃんは農場の魔物じゃ弱すぎて話にならないとか言って延々そんな感じでしたわ、農場でバイトした時もガンガン奥地に進んで行って、農場奥森の野生化した植物型魔物の群生地に飛び込んだりして大変だったじゃないですか」


そのサアヤの言葉で何かイヤな経験を思い出したのか額に手を当てながらノリコは、


「あの時は本当に酷かったわね、『大根足』と『蕪鹿』の群れだけかと思ったら、『大根足女王』と『大蕪主』が居てビックリしたわ、ほんとあの頃からメグミちゃんは嬉しそうにあんな大きな魔物相手に平気で切り掛かるのよね……」


 『大根足女王』と『大蕪主』はこの『大魔王迷宮』にもいる魔物だ、地下24階、この『巨大昆虫の巣』の下の階、『大野菜畑』に湧いて出る。


「けどあの時は大根と蕪が大量に採れてよかったわよ、未だに漬物屋のおばちゃんから無料でたくあんと蕪の甘酢漬けが送られてくるのよ? ご飯のお供とお茶うけにぴったりだわ」


「メグミちゃん大根好きですものね、そう言えば大根の葉も好きでよく食べてますよね」


「そうよ、美味しいじゃない、あのシャキシャキした食感も良いわ、日本だと余り売ってなかったけど、なんでだろ? こっちだと普通に売られてるわよね」


「私も好きだわ、あのごま油で軽く炒めて、お醤油と鰹節で和えたのもおいしいわね、あと『ママ』の作るお味噌汁にも偶に入ってるわ」


 地上で魔結晶を取り込んだ畑の野菜が魔物化した『大根足』と『蕪鹿』、それが農場奥の森の中で野生化し繁殖、そしてそのまま更に進化した『大根足女王』と『大蕪主』は地上で陽光を浴び、森の腐葉土の栄養素を貪り、しっかりと受肉していた。

 倒したその巨体は良質な大根と蕪として食べれる状態で大きいのに質は最上、メグミ達は街の漬物屋にその獲物を持ち込んで売ったのだ。


 植物型魔物『大根足』はその名の通り、二股に分かれた1.5メートル程の大根で、その太めの美脚で蹴り攻撃を仕掛けて来る、又、葉を器用に操り、鞭のようにして攻撃もして来る。進化した『大根足女王』は10メートルに至る巨大な二股の大根で、基本大きさ以外は『大根足』と変わらない、しかし、その色艶は更に艶めかしく、ほんのり金色に光る、まさに女王の名に恥じない美脚である。

 また植物型魔物『蕪鹿』は葉を足と角にした2メートル程の蕪の魔物だ、6枚の葉の内、4枚の葉を足代わりして移動し、2枚の葉は硬質で角のようになっていて、その角で突進攻撃してくる。『大蕪主』は森の主へと進化した『蕪鹿』でこちらも大きさが10メートル程、又色が白から赤に変わっている赤蕪となっているのも特徴だ。


「そうですね、あの当時からメグミちゃんが10メートルクラスの魔物に平気で切り掛かってたから、この状況の異常さに気が付くのに遅れたんですわ、初心者が戦うにはこの階層の獲物は大きすぎですわね……よく考えたら訓練生の皆さんは初めてなのに、よくもあんな大きな魔物に切り掛かってますよね」


「そうよね、私達も最初は大きな魔物は怖かったわ、ペンより重いものを持ったことのない、割と平和な暮らしをしてた訓練生、普通竦んで闘おうって気が起きないと思うけど……何でなのかしら?」


 ノリコの疑問に、それまでぐったりと座り込んで休んでいた訓練生たちが、必死の表情で訴える、


「サー! メグミ教官殿の方が怖いからであります、サー!」

「サー! 逃げると確実にメグミ教官の餌食になります! サー!」

「サー! メグミ教官よりも目の前の魔物の方が勝ち目が有るであります、サー」

「サー! 魔物相手は怪我はしても生き残れます! メグミ教官相手では確実に死にます! サー」


 涙目で訴えかける、どうやらイキナリの『巨大昆虫の巣』での実践演習は相当怖かった様だ、しかし、それよりも……どうやら訓練生たちは究極の選択の結果、魔物に立ち向かっていったようだ。


「ふっ、私の教育の成果ね! 大体、あの程度のデカいだけの虫ケラなんて大したことないわよ、避けれない早さじゃないし、攻撃だって通用するんだから、後は囲んで殴ればOKよ、昔から言うじゃない? 『レベルを上げて物理で殴れ』ってそれで大体OKなのよ!」


「ちょっと訓練生に同情したく成って来たよ……」


ナツオが憐れむ様な目で訓練生を見つめる、その時ノリコが何故か嬉しそうにパンと手を合わせて、


「これって前門の虎、後門の狼よね!」


「お姉さま、思いついて嬉しそうにしているところ悪いですが、それは微妙に意味が違いますよ、この場合は訓練生に背水の陣を敷かせて、退路を断った状態が正しいかと……」


少ししょんぼりしたノリコが、


「そうね、メグミちゃんが虎なんかに負けるわけないものね、絶対に渡れない大河、そっちが正しいわよね、んっ!? 虎と大河、トラとタイガー、まあっ何だか駄洒落みたいね♪」


そして又クスクスと笑って居る。その様子にナツオが、


「ノリコちゃんて以外にお茶目? それに『聖女』だよね? もう少し訓練生に同情すると思ったけど、割と平然と受け流すよね」


「お姉さまは大体こんな感じでマイペースです。そうでなければメグミちゃんと付き合えませんよ、後お姉さまは自分にも厳しいですが、他の人にも厳しいです。砂浜のランニング時とか笑顔で回復魔法掛けながら必死で走る訓練生を励ましてましたが、けど決して甘やかして走るのを止めさせたりしないんです、それに今まで一度もメグミちゃんの地獄の特訓を止めませんでしたからね」


「お前ら少しは訓練生に同情してやれよ、みな『経験値酔い』だっけか? あれで弱ってんだろ? しかも訓練初めて一月経たねえうちにこんな所で退路経たれて戦闘とか、お前ら全員鬼だな?」


訓練生に同情するタツオに、メグミは小馬鹿にしたように鼻で笑って、


「はっ、タツオは何表面的な同情に浸ってるのよ、ここで、最初にシッカリ恐怖を味わって、心も体も成長しておかないと、後々困るのはこの子達よ?

 何時までも引率が付いてくるわけじゃないのよ、その内自分達だけで迷宮に潜らなきゃダメなのよ、その時、この場での経験が生きて来るわよ、恐怖に、巨大な敵に立ち向かった経験、命がけで磨いた連携、これはこの子達の財産になるわ。

 武器や防具もそう、命を懸けたギリギリの戦いで怪我をしながら学んだ武器や防具の性能、限界を忘れたりはしないわ。これで何が出来て何が出来ないかシッカリ学ぶのよ、そして何が足りていないのか心に刻んで今後の訓練でそこを補う努力や工夫をするの、掛かってるのは自分の命よ、死ぬ恐れのない死ぬほどの経験をさせてあげているのよ、感謝すべきだわ」


「……パッと聞いたら良い言葉だけど、それ普通の企業なら超絶ブラック企業だろ?」


「冒険者なんて言ってもやってる事は軍隊の兵士と大差ないのよ、そうよやってる事は戦い何だから、人間相手か魔物相手かの差しかないわ。そして軍隊ってのは超絶ブラックな組織なのよ!!

 けどね、いい? ウチは寮は綺麗で個室、お風呂もトイレも最新よ? 疲労もケガも回復させて、体調も装備も万全に整えて、食事だって旨い、睡眠時間だってタップリある。残業もない、給料は良い、ボーナスは破格! 休みは完全週休3日、 リフレッシュ休暇や有休休暇を考えれば年間の半分は休みよ? 超ホワイトよウチは!

 ちょっと命の、そう命の危険が有るだけ、でもそこは他のギルドだって同じ、冒険者やってたらみんな同じ!

 どうよ? こう聞いたら凄い優良なギルドでしょ?」


「その命の危険具合が半端ないんだけどな、まあ分かったよ、こうやって教育だってしてるんだ、まああれだろ、ウチの訓練生たちは恵まれてるって言いたいんだろ?」


「そうよ、頑張って『水刃刀』だって開発したのよ、文句を言われる筋合いはないわ! 冒険者組合の依頼を120%果したと胸を張って言えるわ」


「タツオお兄ちゃんはちょろいですわ、お兄ちゃん、今メグミちゃんが言ったのは建前って奴です、実態が伴ってませんわ」


「そうよね、そもそも『シーサイド』に来た目的を忘れてるわねお兄ちゃんは、確か最初は『バカンス』だった筈よね? けど私達今何をしてるか分かってる?」


「訓練生の教官だな……ああ、なる程な、さっきメグミが言ったのは建前だな、実際は迷宮に狩りに行って、翌日は装備の手入れや狩りの準備で施設で作業、又翌日は迷宮で狩り、又翌日は施設で準備、この施設での準備を休みと言い張っているわけだな、それに年間半分休みって、まだあいつらがウチのギルドに入って一ヵ月くれえだろ、実績がねえ」


「五月蠅いわね、メンテナンスは私も手伝ってるからあの子達の負担は小さいわよ、半分以上休み見たいなものよ! それに実績はこれから作るから良いのよ!」


そんなメグミに対してサアヤは、


「メグミちゃん、実績で言えば私達の休みは何時ですか? 延々内職している気がするんですが気の所為ですか?」


「そうよメグミちゃん、『マジカルブローチ』の内職がやっと終わったら、今度は『水刃刀』……次は何かしらね?」


続くノリコの諦めの入った言葉に、


「多分暫くは『水刃刀』だと思うわよ? あと並行して『マジカルブローチ』の追加分の残りかな?」


「あれ? 『マジカルブローチ』は終わったでしょ? 終わったわよね? 500個作ったわよ?」


「ノリネエ何言ってるの? 『北極星』と『暁』と『昴』の追加分が有ったでしょ? それに水の魔王とアルネイラにも配ったからその分が追加になってるのよ? うちの子達にも量産型じゃなくてオリジナルを配ってるし、後200個は作らないとダメよ、まあ納期は半年位待っても良いって言われてるから急がないけどね」


そのメグミの言葉にサアヤが若干不機嫌になりつつ、


「なっ! やっと終わったと思いましたのに! まだそんなに残ってたんですか! あと『水刃刀』ってうちの子達の分はもう造ったでしょ?」


サアヤの疑問に対してナツオが、


「ああ、その件は僕から話そう、さっき試し切りの後、メグミちゃんに設計図を見せてもらったんだけどね、コレ、制御魔法球は僕達では製作難易度が高すぎて量産は無理そうなんだよ、『振動剣』迄なら僕達でも作れたんだけど、『水刃刀』これ作り手を大分選ぶよね、現状この難易度の武器を作れるのは師匠達か君達位だよ」


「なら『振動剣』で良いじゃありませんかっ!! 『水刃刀』まで必要ですか?」


ナツオの説明を聞いてもサアヤは抵抗するが、


「それはキツイなサアヤちゃん、こんな良い武器を見せつけられて、ウチのギルドの子達には我慢しろって言うのかい? 見てよこの子達の目を、これでも『水刃刀』は必要ないって言う心算かな?」


そこには、キラキラした眼で訴えかける訓練生たちが、


「サー! サアヤ教官! 私達も『水刃刀』が欲しいです! サー!」

「サー! あの見た目、いや見た目だけじゃないんですけど……やっぱりあの見た目は我慢できません!! サー」

「サー! 先程教官たちが先行組の方に借りて試し切りをしていたので私達も少し借りたのですが、やはり『振動剣』とは違います、遥かに切れ味、攻撃力が高いです。 サー!」


口々にお願いしてくる。俗にいうキラキラお願い攻撃、サアヤはその攻撃にノックダウン寸前だ。


 そう予備の4本の『水刃刀』を回すだけでは試し切りに足らなかったので、先行訓練組の『黎明』のメンバーが休憩に入った際に、教官役の冒険者達が頼み込んで『水刃刀』を先行訓練組から借りたのだ。


「ああっ、ワタクシの『アイリーン』を乱暴に扱わないでくださいね。くれぐれも丁寧に扱ってくださいまし、アキヒロ教官殿」

「どうしてもですの? どうしてもお貸ししなければダメですか? くぅ、わたしの可愛い『アイリス』をお貸ししなければダメですの? ノブヒコ教官!」

「麗しの『エーデルワイス』を男なんかに触らせるなんて、無理よ! 頭がおかしく成りそうですわ! せめて女性に……アズサ教官お願いしますわ」


 そんなやり取りをしつつ、渋々、先行訓練組は『水刃刀』を貸し出したのだが、それを見ていた訓練生が、自分達も試したいと言い始め騒いだ為、結局ここに居る訓練生を含めた全員で試し切りをしたのだ。そして全員が『水刃刀』の魅力に嵌っていた。


「けどあんた達、『振動剣』はどうするのよ? 折角先輩たちが作ってくれた、アンタたちの愛刀でしょ?」


メグミのその言葉に、


「ああ、その件は大丈夫だよ、この子達、全員『振動剣』もそのまま使うって言ってるよ、予備武器だそうだ、これ教えたのメグミちゃんだろ? 『迷宮では何が有るか分からない! 常に予備を準備して複数の武器を所持するように!』って言ってたんだって?」


「へえ流石私の教え子ね! うちの子達も最初に渡した魔鋼の武器は予備として持つって言って『水刃刀』を渡した後もちゃんと整備してるわ、うんそうよね、武器に愛着を持つのは良いことだわ、みんな大事にするのよ!」


「「「「「サー! イエッサー!」」」」」


「ちょっとメグミちゃん! このままだと『水刃刀』を100本作ることになるんですよ! 本気ですか!」


「ああその件だけど、僕たちの分も含めて150本程お願いできるかな?」


「ちょ、150?? 待ってナツオ先輩、なんでナツオ先輩たちにまで『水刃刀』が必要なんですか! 先輩たちには不要でしょ?」


「けどねサアヤちゃん、この『水刃刀』、訓練生が使う分には冗談みたいに凄くよく切れる武器、うんコレだけでも十分なんだけどね、これ僕達が使うとね、ほら、見て」


ナツオはメグミが貸した予備の武器を鞘から抜いて、展開、更にその太刀に『雷』を纏わせた。


「ね! 凄いだろ? この『水刃刀』は使い手次第で更に強力なる! 自在に属性を変えられる属性武器、全く凄いよね、そんな武器に成るんだ、それに『気力刀身』で制御すると、刀身の大きさも形も自由自在だ、ノリコちゃんの聖水がこの水の刀身の主成分だからね、アンデットにも効果絶大、ね? 訓練生だけじゃなくて僕達だって是非欲しい、絶対欲しい! これメイン武器として使うのに全く申し分ない出来だよ、更に成長して進化したらどうなるか、全く見当もつかないよ」


「ブラックよ、超絶ブラックだわ私のギルド……」


「お姉さま、ギルマスなのに諦めないで! お休み、お休みを確保しましょう!」


「ねえちょっと言い出し難いんだけど……実はさ、アリアさん達の使ってる『エアリアルスクリュー』用の『アクティブバーニア』も牝牛人族の人達から追加注文が来てるんだけど……」


「転職しようかしら……」


「けどお姉さまが謂わば社長ですよこのギルド……」


「「はぁぁぁぁ……」」


深い二人の溜息が響くなか、ノリコの膝で眠るソラが寝返りをうつ。

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