第36話『聖人』

(嫌になるな全くよぉ、追いつけるか? こっちが一歩進む間に十歩くらい進んでねえか、あれ?)


 プラズマの尾を引きながら敵の眼前に瞬間移動するメグミを見てタツオは思う。


(ハハ、もう空笑いしか出ねえぇ、しかし!! 亀だって兎に勝ったんだ、亀でも前に進んでいる限りは負けじゃねえ!)


『光の聖域』のピリピリした感触を不快に思いながら、手に持つメグミ新たに造ってもらった太刀に目を向ける。


「『ほたる』頼む力を貸してくれ、『つばめ』!」


「タツオ……手伝いが居るの?」


 虚空から沸き出した黒い長い髪を棚引かせる美しい妖精がタツオに飛びながら並走し尋ねる。左右が長い綺麗な真っすぐな黒髪はツバメを思わせる……


「頼まぁ、俺一人じゃあ、あいつに追いつけそうにねえ」


「ん、分かった、任せてタツオ、あなたが追いつきたい……そう望むなら手を貸すわ」


「ああ! 何時かぜってえ追いついて見せる! 見てろ!」


「フフフ……男の子はそれでいいのよ」


『燕』と呼ばれた精霊は風と化して掻き消える。タツオは太刀に透明な新たな刀身が生まれ、走る自分の前の風の抵抗が消えたことを感じる。眼前に迫る敵の数は四人、二人が自分の迎撃の為にこちらに武器を構え、残る二人はこのまま『光の聖域』の維持に回るようだ。


(二人で十分って事か? 情けねえ、俺ぁこんな奴らにさえ舐められるのか? クソがっ! 『空絶驀進』!!)


ドウゥ!!


 グンッ!! っとタツオが弾丸の様に加速する。20メートルの距離を瞬時に詰め、勢いのまま先頭に居た敵にすれ違いざまに胴を凪ぐ。


ザンッッ!!


 『空絶剣』タツオの手に入れた大気の精霊『燕』が剣と化した姿、その剣は大気を切り裂き真空波を生み出す。先頭の敵は防ぐことも出来ずに上半身と下半身に分かたれる。勢いを止めることなく二人目に流れるように刀身が迫る。


スパンッ!


 返す刃が閃き二人目の首がその手のメイスごと切り飛ばされる。それを目に捉え、残る二人が『光の聖域』の維持から迎撃に態勢を入れ替えようとする。


(もう遅せえええっ!)


二人の敵の間に踏み込んだタツオは、そこで駒の様に回転する。


グゥザンッ!


 その刀身では間合いが足りていない、そう判断した二人の体が腰からずれる。体と共に回転した太刀の先に造られた不可視の刀身が切り裂いたと知った時には、二人の視界は暗転していた。

 崩れ落ちる敵を確認してタツオは小さく一人ごちる。


「全然足りねえ、追いつけねえ、何なんだろうなこの差は…………なあぁ信じられるか? あの化け物共の足元にも及ばねえ俺が『勇者』なんだとよ、全く悪ぃ冗談だ…………」


タツオの視界には二人を肉塊に変え、ポールハンマーを構えるノリコと、4人の死体を足元に転がし平然と灼熱と氷結、二本の剣を構えるメグミの姿があった。



「あら? あちらも終わったようですわね、おや? その手に持ってるものは『ライフル』でしたっけ? アメリカ人の皆さんが召喚された国で開発されそうですわね。全く色々お持ちですのね」


 左側で『光の聖域』の維持に当たっていた四人の、陣形の中心の影から上半身を出しながらサアヤが呟く。四人は彫像の様に動かない、手に持った『ライフル』を構えることもしない。白い粉の様な物が四人の体から舞っている。


「私はあの方たちの様に化け物ではありませんもの、ですから小細工をしなければね。お分かりになりますか? あの方たちに置いて行かれないように付き合うのは凡人には大変ですのよ? ……あら? もう聞こえてませんのね」


全身を影から浮かび上がらせたサアヤの周りには四つの氷の彫像が立ち。周囲を『氷菓』が舞う。



「『光の聖女』だとぉ、ふざけるな!! こいつは大地母神の神官ではないか? 異教徒が『光と太陽の神』の『聖人』だと、バカにしてるのか貴様!!」


「私も悪ふざけが過ぎると思うのだけどね、『光と太陽の神』様がノリネエを春の大祭で見かけてね、勝手に『光の聖女』にしちゃったのよ、『大地母神』様はそれに怒って『大地の聖母』にしちゃうし、月の女神の双子は面白がって『月光の乙女』にしてしまうし『炎と戦いの女神』様はだったら私もって『炎の戦乙女』に認定しちゃうし、『風と商売の神』と『海王神』は今名称考えてるからちょっと待ってとか言ってるし」


「何を言っている? 貴様正気か?」


「正気よ失礼ね、ノリネエには『加護』での攻撃は効かないどころか、傷でも付けようものなら『6柱神』の『加護』と『恩恵』を失うわよ? 『6柱神』全てに『聖人』認定されてるからね」


 そう『色魔』で『淫売』でポールダンスを腰を振りながら踊ろうがノリコは『聖人』なのだ。この『淫売』も『性的な魅力で物を高く売った』ことによってノリコが取得した『職能』だ。たとえ買取窓口のおじさんが、勝手にノリコの胸に魅入られたのだとしても……


「我が神を愚弄するか! 小娘が!! 異教徒がぁぁぁあ!! 認めぬ! そんなこと認められるかあああああああぁ!!」


『司教』はローブの懐から『拳銃』を取り出し、ノリコに向かって乱射する。


「死ねええええええ! 異教徒がぁぁぁ! この悪魔がぁぁ!!」


バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!


 ノリコに向かう弾丸はそれが当たり前の様に自然に弾道を逸らし地面に穴を穿つ。

特殊魔法『桜華舞台』効果は『踊り子さんに手を触れないでください』全ての害意はノリコに届かない。『司教』はカチッカチッカチッっと狂ったように撃ち尽くした拳銃の引き金を引き続ける。


「メグミちゃん、重要なのはそこじゃないわ。神様たちの悪ふざけとか如何でも良いのよ、今重要なのはそこじゃない。私はね目の前のこの人達が許せない! その行為が! その思想が!

 何故こんな酷いことが出来るの? 神の意志? そんな神様なんていらない! 私はあなた達の信じる『神』を認めない!

 私は、私の『優しい心』を信じる。私の『強い心』を信じる。私は私の『心』を信じる。そして私の『心』はあなた達が許せない! 正義かどうかなんて関係ない! 私のママを奪った正義なんていらない! 私は私が正しいと思ったことをする。

 あなた達を此処で殺すことが罪ならそれで構わない。私は咎人で構わない。私は私の意志であなた達を殺すわ、一人も逃がさない!」


「この大罪人があああああ! 神の正義もなく人を殺すだと? 自分の為に殺すだと? 許さるはずが無かろうぅぅ! この殺人鬼めぇ! 地獄におちろぉぉぉ!」


ドスッ!!


『司教』の左胸に赤い染みが広がる。『司教』の後にはラルクが、その角を『司教』の左胸に突き立てている。


「『光の聖獣』だと……グフォ!」


『司教』の口から血が溢れる。


「え? え? えぇ?」


 ノリコが余りの光景に、『司教』とラルクを交互に見て、間抜けな顔をラルクに向けて呆けている。


ドガァァン!


唖然とその様子を見ていた生き残りの三人がまとめて棘付き鉄球に吹き飛ばされ、頭を砕かれる。


「オーーーホホホッ、このワタクシを無視とは良い度胸でしてよ、さあ立ちなさい、美味しいところを全部頂きますわ! オホホホッ! …………あれ? 動きませんわ? もしかして! ワタクシの出番終わりですの?」


(ラルク…………はまあ良い、カグヤこの空気如何してくれる? ノリネエ固まってんぞ! 顔真っ赤だぞ! なんかプルプル震え出したぞ! これからカッコよく決める場面だったじゃねえか、もう敵いねえ、ノリネエのあの振り上げた鉄槌どこに振り下ろせばいいんだ?)

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