第73話再生

 周囲は静まり返り、黒いアイアンゴーレムはピクリとも動かない。メグミも笑みを浮かべた顔のままそのまま固まったように黒いアイアンゴーレの上でその動きを止めている。

 ノリコはまだ唖然とメグミを見つめるサアヤとカグヤを振りほどきメグミの元に駆け出す。ノリコに腕を振りほどかれて、状況を把握したサアヤは、ノリコを追いかけながら、


「カグヤちゃん! メグミちゃんの手を拾ってきて! 早く!! 私はノリコお姉さまを追いかけます」


「あっ、えっ、うううぅ了解ですわ!!」


自分もメグミの元に駆け出そうとしていたカグヤは、少し迷ってから進路を変え、地面に落ちるメグミの右手を拾いに行く、ナツオ達もメグミの元に駆け出しているのが見える。

 タツオの手から幼女を受け取るアカリは、それでも気を失っている幼女を見て迷っているタツオに、


「貴方も行きなさい! 早く! この子は私が見ていますから、行って!!」


「くそっ! 俺は!! ううっ、任せる!」


迷いを振り切りメグミの元に走り出す、幼女の手の脈を取りながら、幼女を抱きかかえるアカリは、


「昨日も、今日も、全く何やってんだろう私は、自分が嫌いになりそうよ」


そう呟いて、幼女の頬を撫でる。


 ノリコは脇目も降らずにメグミに駆け寄りながら、


「メグミちゃん! メグミ! 返事をしなさい! なんで貴方はそう……なんで返事をしないの!!」


 未だに黒いアイアンゴーレムの胸の上で刀を突きさした格好のまま、ピクリとも動かないメグミに向かって叫ぶ、メグミの手の刀はその刀身を光の粒子に変えて消えていく、それでもメグミは動かない。駆け寄ってくるナツオはそれを見て、


「まさかメグミちゃん、嘘だろ?」


悄然としょうぜんと小さく呟くが、それを聞きとがめたアキがなにか言いかけるより早く、


「ナツオ、バカな……」

「バカなことを言わないで!! 気絶してるだけよ!! 死なせない! 絶対に死なせない!」


そう叫ぶノリコに遮られる。ノリコは一気にゴーレムを駆け上ると、そのまま突進するようにメグミを抱きしめ、そのまま抱きかかえて横たえると、メグミの頬をはたきながら、


「メグミ!! 目を開けなさい! なんで!! なんで冷たいのよ! ふざけないで!」


「お姉さま落ち着いて! 『氷結剣』で冷えてるだけです! まだ心音が有ります」


横に来たサアヤがメグミの胸に手を当てながらノリコを叱咤する。ノリコはハッと自分を取り戻すと、直ぐ様『治療空間』を展開しメグミを収容する、


「サアヤちゃん、手を! メグミちゃんの手が! 手はどこ!!」


ノリコはメグミを見つめたままサアヤに混乱したまま叫ぶ、丁度そこにカグヤがかけより、


「ノリコ先輩、手です、メグミ先輩の手はここです!」


カグヤがその手首より少し下で焼き切れたメグミの手を掲げる。ノリコはそれを奪い取るように受け取り、サアヤが手渡す回復ポーションをこれでもかと振りかけ、消毒する。腕の方にも2本目を受け取り振りかけ、消毒すると、


「繋げる、絶対に繋げて見せるわ! カグヤちゃんはお腹の傷を見て!」


駆け付けたタツオはその傷口をみて、


「繋がるのか? 可成りの範囲が欠損してるが繋がるのか?」


ノリコはタツオを一瞬睨みつけるが、直ぐにメグミの方を向いて、絶叫する、


「『雫』お願い直ぐに来て!!」


「馬鹿ね、タツオ君、出来るかどうかじゃないのよ、するのよ」


そう言ってタツオの手をアカリが引く、


「あんた、なんで……」


「あの子はお母さんが来たので渡して来たわ、貴方達二人が守ったから無傷よ、気絶してるだけ、メグミちゃんの姿がショックだったんでしょうね、けど今のメグミちゃんの姿を見たら本当に心臓が止まるかもね」


 アカリはあの時よりも更に惨い状態のメグミを見つめて、タツオをそのまま押しのけてメグミの傍に寄ると、ノリコの『治療空間』に手を付いて自らも治療を開始する。

 メグミの姿は酷いものだった、最大のダメージは切れたその右腕であるが、わき腹は抉れ、傷口は炭化している。その他にも光線が掠った火傷が至る所にあり、アイアンゴーレムの破片が切り裂いたのか、小さな切り傷は全身に及んでいる、幸い傷自体は浅く、重要な血管は切れていない。腕の切れた箇所も炭化しており、わき腹を含め激しく動いたために血が滲みでる程度だ、ダメージの割に流血量は少ない、しかしその身を覆う服は、もうどう修繕しようとも雑巾にすることも難しい襤褸切れぼろきれと化し、靴はその踏み込みに靴底は削れきり、素足が覗いている。


 ノリコは呼び出した『雫」に、


「何でもいい、どうなってもいいから、繋げるのよ『雫』!!」


「ノリコ、部位欠損は『再生』じゃないと無理なのよ」


『雫』は苦しそうに呟く、


「うそよ! 『命の貢献』で死ぬほどの傷も治せるはずよ!」


「ノリコ、言ったはずよ『命の貢献』は絶対に使わない、使わせない」


「イヤよ! 使うのよ!」


「お姉さま、『雫』の言う通りです、『命の貢献』は絶対にダメですアレは命を削る禁術ですよ!! 今ナツオさんが連絡をしてます。直ぐにアイ様やヤヨイ様が来ます! お二人なら『再生』を使えます! 焦らないで! 今は維持です!」


「このまま放置しろって言うの!!」


「そんなことは言ってません! 維持すれば応援が来ます、維持するのはお姉さまの役目でしょ?」


「なんでそんなに冷静なのよ!!」


「お姉さまが混乱してるからです!!」


サアヤが泣きながら叫ぶ、その声にサアヤの方を見たノリコは


「………ごめんなさい、私、混乱してたわね、『雫』、『生命賛歌』を御願い」


上空から声が響く、空中には5組の盾が浮かぶ、


「何なのだ……勇者だと、なんだ勇者とは、片腕を失い、腹を抉られ、それでも敵に立ち向かう、何だそれは? その状態でアイアンゴーレムを倒す? 気を失いながらもそれでも戦う? 何だそれは、そこまでするのか? そこまで求めるのか人は、この少女に、勇者に人は、神は何をさせたいのだ、狂っている……」


「お前らだけには言われたくはないよ、少なくても僕は君を許さない」


 公園に続く道路からその声と共に、強烈な5条の光線が空中に浮かぶ5組の盾に突き刺さる、盾は一瞬の抵抗を示し、結界が白く半円の姿を現すが、瞬時に砕け散り、そのまま光線は盾を貫き、5組の盾は地上へと落下する。

 そこから現れた幼女、プリムラは颯爽と歩みながら、


「アレを回収しろ、これで2回目だ、あの重量だ、そう遠くからの転送じゃない、直ぐに調べろ!」


自分に付いてくる後方の受付嬢部隊に命じる、一部の部隊が装置の回収に向かい、その他の部隊が周囲に散っていく、プリムラはそのままメグミ達の方に来ると、横たわり『治療空間』に包まれるメグミを見る、


「ナツオ! 状況を報告しろどうなってい……手が、なんだこれは! メグミちゃん! くっ、アイ、ヤヨイ急げ! ん? ……うぅ、なんだ! マズい! 今すぐメグミちゃんから離れろ!! 全員だ!! 糞!」


 一瞬でその姿が掻き消えるとノリコの脇に現れる、だが既にノリコは目を開いたまま気を失っている、プリムラは躊躇なく、そのままノリコを突き飛ばし、カグヤとアカリを弾き飛ばす。ゴーレムの胸の上から落ちたノリコは、ふらつきながらも後退したサアヤが抱き止め、カグヤとアカリはタツオが受け止める。『雫』は苦し気にその姿を消す、『治療空間』を維持しながらプリムラは、


「糞! どうなっている、アイ、ヤヨイ、ノリコちゃんだ! 直ぐにノリコの治療を!」


「何ですかプリムラ様、ゴーレムの隠し機能でも働いているんですか?!」


ナツオが声を掛けて近寄ろうとすると、


「来るな!! いいからみんな離れろ! 近寄るんじゃない! タツオ君、アカリちゃんとカグヤちゃんに魔力と精神力の回復ポーションを、その子たちはそれで何とかなる筈だ」


「どうした? 一体何が起こってる!」


タツオが叫びながらポーションをアカリとカグヤに渡す、アカリが頭を振りながら、


「吸われたのよ、一気に吸われたわ、魔力と精神力、恐らく生命力も」


「私達は他人の物ですからそこまで深く『治療空間』に繋がってなかったですわ、だからこの程度ですが、ノリコ先輩は自分の『治療空間』に全力で繋がってました、ごっそり吸われている筈ですわ」


 カグヤが補足しながら答える、プリムラに少し遅れて駆け寄るアイとヤヨイはノリコの手を取りながら、直ぐに治療を開始する、完全に血の気が引いて、痙攣するノリコを腕に抱きながら、


「なに?! 一体何なのよ! 一体どうして、お姉さま!! メグミちゃん、なんでこんな、なんで! 私の大事な人ばかり!!」


「落ち着きなさい、サアヤ、貴方らしくもない、メグミとノリコが起きたら笑われますよ」


ヤヨイがほほ笑みながらサアヤの頭を胸に抱く、アイはノリコに『魔力注入』と『精神力注入』を掛け力を注ぎ込みながらプリムラに尋ねる、


「プリムラ様、これは一体何事ですか?」


「君たちも余り此方に近寄るんじゃないよ、これは僕でもキツイ、大丈夫だ、見てごらん、この信じられない光景を、全くなんてことだ、腕が……腕が再生していく」


「プリムラ様の『再生』ではないのですか?」


「違うね、これは『再生』なんて生易しいものじゃない、『再生』は『蘇生』と同じだ、部位欠損は治っても大きく力を失う、再生した部分はその他に比べて弱くなる、けどこれは如何だろうね、弱くなるのだろうか?」


「何なんですか? ではこれは誰が……」


 その場の全員が見守る中で、メグミの腕と切り離された手首から光の筋が伸び、それがお互いに中間地点で絡み合う、すると両方の炭化した切り口が見る間に剥がれ落ち、骨が、血管が、神経が、筋肉が盛り上がり伸びていく、それが中間地点でくっつくと後も残さず繋がる、それを皆が唖然と見守る。


「何なんですかプリムラ様、これは、誰が治療しているのですか?」


ナツオがおそるおそる尋ねる、


「おそらくメグミちゃん、いや違うな、メグミちゃんの意識は無い、これはメグミちゃんの体が勝手にやっていることだろう。周囲の力を、力を問答無用で吸収し、勝手に再生を始めている、神はなんてものをこの子に与えたんだ、何がしたい」


 目の前では見る見るうちにその腕が繋がっていく既に筋肉が繋がり、皮膚が再生を始めている、抉れたわき腹も、その傷ついた内臓を再生し、あばら骨が伸びていき、筋肉が盛り上がり、傷口を塞いでいく、その他の傷も見る間に治療されていく、


「なっ、これは、メグミちゃんはまだ人間なのですか?」


「君も酷いこと言うな、ナツオ、特に魔の気も、瘴気も感じない、吸血鬼でもない、まだ人間だよメグミちゃんは、ただ化け物じみてるだけさ」


「プリムラ様、貴方は大丈夫ですか?」


アイが心配そうに尋ねる、


「驚くなよ、アイ、半分持っていかれた、この僕のをだ、良かったよ僕が居て、足らなかったら何処まで広がって吸う気だったんだろうな全く」


「プリムラ様の容量で半分ですか? 想像を絶しますわね、被害を考えただけで眩暈がします」


「そっちは如何だい、ノリコちゃんは平気かい?」


「もうノリコは大丈夫でしょう、サアヤ方も平気ねヤヨイ」


「ええ、もう大丈夫です、この子も魔力容量が大きいですからね、少し多めに吸われてますが平気でしょう、精神力の方は私が分けました」


 サアヤの胸で顔色の良くなったノリコは寝ているようだった、サアヤも落ち着いたのか、今はほぼ治ったメグミを見つめて呟く、


「髪の毛は再生しませんのね……」


 メグミの髪の毛は焦げたままだ、このままだと焦げた部分を切り落とすことになり、恐らくはショートカットが精々だろう、肩まで伸びた髪の毛、昨日の漉いて綺麗に整えられた髪を思い出し、サアヤの目からは涙がこぼれる。


「流石に、髪の毛はね……『再生』でも無理だ、辛いだろうが、今回は腕が元に戻ったんだ、良しとしようじゃないか、良い育毛剤がある、普段の倍の速さで伸びるから、それで」


 すっかり治療の終わったメグミの頭を撫でながらプリムラが囁く、メグミの体には髪以外に戦いの痕跡すっかり無くなっていた、腕も、わき腹も、傷跡すら残さず消えている、その日焼けした肌まで再現したものを治療と呼んで良いのならだが……


「目が覚めませんわ、メグミちゃんは目覚めますかプリムラ様」


サアヤが心配そうに尋ねる、それにプリムラが答えるよりも早く、


「もう大丈夫だろ、見ろよアレ」


タツオが指さす方を見ると、メグミの左手が自分の傍らで頭を撫でるプリムラのお尻を撫でている。顔を見ると口をモニュモニュさせながら気持ちよさそうに寝ていた。


「全く安心して良いんだか、呆れて良いのか反応に困るね、まあ良い、タツオ君、服を用意出来るかい? もうこの服はダメだ、何でもいい着替えを用意してくれ、聞いてるよ、昨日服をメグミちゃんに買ってあげたんだろう? その服屋ならサイズが分かるはずだ、至急一式そろえて、冒険者組合の事務所に持ってきてくれ、良いかい、下着と靴もだ、この子は僕がこのまま事務所に運ぶ」


「分かった、それじゃあ行ってくる」


タツオは抱えていたアカリとカグヤを立たせると、そのまま服屋のある冒険者通りに向かって歩き出す。


「ではノリコは私達が運びますわ、プリムラ様」


アイそう声を掛けノリコを『治療空間」で包む、ヤヨイはサアヤを支えながら立ち上がる、


「そうしてくれるかい、ああ、タツオ君、代金は僕に付けておいてくれあの店なら通じる筈だ、ナツオこの場所の後の処理は任せるよ、会議を抜け出してきてるからね、僕たちは一旦戻る。他の者は置いていく、君がこの場の指揮を取れ!」


 歩み去るタツオに声を掛け、プリムラは『収納魔法』で取り出した毛布をメグミに掛けてその身を覆うと『治療空間』ごとゴーレムを下りてくる。そして手で頬を掻きながら呟く、


「にしても困ったな……」


「どうされましたかプリムラ様」


隣でノリコを運びながらアイが尋ねると、


「メグミちゃんが、お尻から手を離してくれない」

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