第28話〈ちょっと息抜き番外〉『淫魔』

 『淫魔』は魔族の中の一種族で、生気と精気を吸い、糧を得ている。

 通常の魔族の様に『負の感情』ではなく、直接、人からエネルギーを吸収する、少し特殊な魔族である。

 『色欲』を吸っているとも言えるのだが、それらの感情は生命の繁殖に必要な感情であり、必ずしも『負の感情』とは言えない。それは『淫魔』が殆ど『魔素』を放出しない事からもわかる。

 一口に『淫魔』と言っても、女性型は『サキュバス』、男性型は『インキュバス』と言われ、同じ『淫魔』ではあるのだが別の種である。



 少し離れたところに座る、『大地母神』の女性神官を見て、


「あっ、あそこに居る美人さんはサキュバスのお姉さんね! 相変わらずサキュバスってエロいわ。

 周りの空気がピンク色よ!」


メグミが嬉しそうにしている、中々の美人さんだ。


「良く分かるわねメグミちゃん、うーーん、良く見ると多少魔素を纏っているかしら? 私にはこの距離だと普通の人と区別がつかないわ」


「お姉さま、周囲の精霊を見れば何となく分かりますよ、サキュバスの回りにはピンクや紫の精霊が周辺に集まって来てますから」


「そうなの? あら本当ね、あれって契約してるのかしら?」


「ノリコ、あれは違うわ、メグミが感じている『気』が有るでしょ? アレに引かれて集まってきているだけね」


「メグミちゃんのその『気』が見えるのは便利ですね、色で正体隠してもバレバレなんでしょ?」


「正体バレバレと言われてもね、一度会ってその色を覚えてれば分かるけど、そうじゃなきゃ誰がどの色かなんて分からないわ、それに興味が無いと覚えてないから、分かるのは知り合いくらいよ」


「精霊が見えるだけでもサアヤやノリコも十分特殊なのよ、普通の人に存在の薄い精霊は見えませんからね?」


「精霊見えても参考程度なのよね、そう言う意味では、もう少し探査系を何とかすべきなのよね、私もサアヤも斥候系を習ってるけど、中々手が回らない所為かまだ使い物に成らないのよね」


「『遠見』や『千里眼』とかですか? あれは今の私達では能力不足ですわ、元々難易度が高いですからね、高い基礎魔力に加えて高い基礎精神力、両方要りますから。

 『遠見』は複合精霊魔法ですし、『千里眼』は複合神聖魔法、直ぐに覚えるのは無理ですわね」


「そこまでじゃなくても、『音波探査』とか『動体検知』、それに『赤外線探査』位あると便利じゃない?」


「あれ? 他はパッシブだけど『音波探査』はアクティブ系でしょ? 魔物に気付かれ易いから不人気だって聞いたのだけど?」


「だからよ、魔物の位置が分かって尚且つ、魔物が釣れるのよ? 便利でしょ?」


「ああ、おびき寄せるのに使えるのね、確かにそれは良いわね」


「お姉さまもメグミちゃんも、魔物を避けるって考えは無いんですか?」


「ねえサアヤ、そもそも今まで魔物を避けたことが有った? サーチアンドデストロイで会う敵は全部倒してきたわよ?」


「うっ、けどそれは相手が弱かったからですわ!」


「それはどうなのかしら? 魔物を相手に、逃げるや避けるの選択肢がメグミちゃんにあるとは思えないわ……余程の強敵なら、あっ、ダメね、寧ろ嬉々として突っ込んで行く姿しか想像できないわ」


「……容易に想像できますね、お姉さま、メグミちゃんよりも先に私達が探査系を鍛えないと、メグミちゃんが先に探査系を覚えたら強い魔物の群れに誘導されそうで怖いですわ」


「失礼な! 一応二人の意見も聞いてから強い魔物の群れに誘導するわ! 勝手に誘導したりなんかしないわよ!」


「一応なのね……反対しても言いくるめられて、ほぼ強制的に……そんな未来が見えるようだわ。

 けど……そうね、サアヤちゃんが範囲魔法で殲滅して、生き残りを私とメグミちゃんで各個撃破、それで何とかなってしまいそうなのが怖いわね……」


「確かに私達のパーティは攻撃力過多ですものね。

 それに比べて他が弱いんですよね、パーティーの能力バランスが歪ですわ。

 探査系ですか……でもよく考えたらメグミちゃんは可成り気配が読めますよね? 探査系はそれで十分では?」


「サアヤだってある程度は読めるじゃない、なら分るでしょ? 

 気配を読むだけじゃあ探査範囲が狭すぎるわ、もう一寸習熟すればもっと範囲が広がるのかもしれないけど、どっちにしろその程度じゃあダメよ。

 まあ近距離だと、少しでも殺気が有ればかなり正確に分かるから便利ではあるけど、それでも自己防衛位にしか使えないわね。

 私はね、こう広範囲の魔物の配置を把握して、出来るだけ効率よく狩りたいのよ」


「それは確かに便利そうですわね、魔物が群れているところに範囲攻撃魔法……ああっ! 堪りませんわ!」


「サアヤ、範囲魔法は対象を選ばない分、味方を巻き込む危険性が高いのだから、使う時は良く周りを見るのよ?」


「『ママ』は心配性ですね、大丈夫ですわ、ちゃんと気を付けてます。

 でもその所為か滅多に範囲魔法を使えないんですよね……迷宮って思った以上に攻撃魔法が使いにくいですわ! 壁や天井を崩すわけにもいきませんし……迷宮で範囲魔法は使える場面が限定されすぎですわね」


「確かにそうね、迷宮では普通の射撃系の攻撃魔法も中々使えないものね……

 相手を追尾する魔法って難しいのかしら?」


「幾つかありますけど、それでも射線範囲に人が居た場合は撃てませんね。

 打ち上げて人を躱して撃つ『曲撃ち』も出来ないではないですが、万が一が有りますからね、命にかかわる場合がある以上、危険は冒せませんわ。

 それに追尾式の魔法の場合、魔物の移動の仕方によっては攻撃魔法の軌道に意図せずに味方が入ることが有りますからね、返って直射式の魔法より危険ですわね」


「そうなの? そう考えると魔法を撃つ場合の周りのへの安全確保の意味でも、ますます探査系は拡充したほうがいいわね。

 魔物だけなら私もある程度周囲の状況や位置を把握できるのだけど、人の位置把握が難しいのよね、余程下心や邪心を抱いた人でないと把握できないわ」


「お姉さまの『邪心検知』も一応探査系に入るのでしょうか?」


「入らないと思うわ使い勝手が悪すぎですもの……まだ『精霊眼』の方が使えるわ」


「まあなんにしても、もう少し探査系が欲しいわね、後は、罠感知系かしらね?

 今後下層に行けば行くほどトラップが増えて来るのに、今のままじゃあ危険すぎよ」


「ある程度は精霊に聞けば、罠を回避できますよ?」


「人工の石に囲まれた通路とかだと精霊そのものが殆ど居ないんじゃない?

 それに精霊避けをしている部屋とかもあるみたいよ?

 発見さえできれば解除自体は、物理的な機構は私が、魔法的な機構はサアヤが居れば何とかなるだろうけど、その発見が難しいのよね」


「魔法の罠なら『魔力感知』で発見できるのでは?」


「設置型の魔法の罠の中には、パッシブ型の地雷罠もあるわよ? それだと『魔力感知』に引っかからないわ、魔力探知の阻害もしてる場合が殆どだって師匠が言ってたわよ」


「はぁーー、覚える事が多すぎて手が回りませんわね」


「ねえ、貴方達、何も全部3人だけで解決する必要は無いのよ?

 普通パーティーは6人位でしょ?

 もう少し一緒に冒険してくれる仲間を増やすべきだと思うわ」


「『ママ』それが出来たら苦労はしないわ!

 中々居ないのよね、仲間になってくれる可愛い子が……」


「ウチのパーティーに仲間が増えない主な理由は、誰かさんの選り好みが激しい所為では?」


「サアヤちゃん、選り好みもなにも、そもそも選ぶほど相手が居ないわよ?

 最近気が付いたのだけど、何故か私達って避けられてるのよね、何がダメななのかしら?」


「前衛も出来るし後衛だって熟せますからね、何も問題なさそうですのに、おかしいですわね?」


「二人が美人過ぎて回りが気後れしてんじゃないの? はぁ、仲間に成ってくれそうな可愛い子がその辺歩いていないかしらね?」


「家に空き部屋は幾つも有るのだから、8人位のパーティーになっても私は平気よ?」


「あと5人ですか?! それは先が長そうですわね」


「あと4人よ、もうほぼ完成してるわ」


「ああ、そうでしたわね……それでもあと4人ですか……」


 メグミ達は相変わらず『光と太陽の神』大祭の出店でノンビリ寛ぎながら、目の前を通り過ぎる、人々を眺めて人間ウォッチ中だ。


 先程メグミの言う『銀色の気の美女』を、メグミがフラフラと追いかけて行きそうになるのを必死で引き留め、今はノリコと『ママ』でガッチリ左右から腕を組んで拘束している。


 多少セクハラをメグミが仕掛けて来るが、よそ様に迷惑をかける位ならと、二人は目を瞑っている状態で仲良く並んで寛いでいた。


 少し離れた席でノンビリお茶を楽しんでいるサキュバスの女性神官を眺めながらサアヤは、


「そう言えばインキュバスはどう見えるんですか? メグミちゃん」


綿あめを食べながら聞いてくる。


「さあ知らないわね、そんなモノ見て何が楽しいの?」


 メグミはラムネを飲みながら肘で『ママ』の胸の感触を楽しむのに夢中……な為か、気もそぞろに返事をしている。


「楽しいかどうかは知りません、けど目に入るでしょ? 普通にあの人達も出歩いているんでしょ?」


 ノリコに綿あめを差し出しながらサアヤが再度、尋ねるが、


「はっ! 甘いわねサアヤ! 私の目は常に可愛い女の子しか映さないのよ!」


 メグミは左手でノリコの胸を盛大に押しつぶしながら綿あめを一部もぎ取りそれを頬張る。


「……嘘ばっかり! 普通に人ゴミ避けて歩いてたじゃないですか!」


 サアヤはそれを目で咎めながら、ノリコの胸に手を付いてその口元に綿あめを差し出す。


「バカねサアヤ、見なくたって気配で避けれるのよ、なら目に映す必要がないでしょ? 私は常に女の子のお尻や胸や顔しか見てないわよ?」


 腰に手を当てて胸を張るメグミ、こうすると両方の肘が左右の巨乳に接触して肘が天国なのだ。


「……ねえメグミちゃん、それって能力の無駄使いじゃない?」


 左右から胸を責めて来る二人に、少し体を引きながらノリコがメグミに指摘する。


「ノリネエまで何言ってるの? 訓練よ、男の顔を見ることなく日々を過ごす。これは訓練なの!」


 ヤレヤレと両手を広げているが、その手は確実に二人の胸の先端をこする。『ママ』の眉毛がピクリと反応しているが、メグミはそれに気が付かない。


「あっ、そうか戦闘の訓練になるのね! 気配を読む訓練! 凄いわメグミちゃん!」


 ノリコは手を打って感心する、それと同時にメグミの手を抱き込む様にして胸の先端から引き剥がすことに成功する。


「違うわ! 360度あらゆる方向に居る美人を逃さずキャッチして目に焼き付ける訓練よ!」


 ぐっと左拳を握りしめて力説するメグミ、その拳が確実にノリコの胸を潰す。


「…………」


「ノリコ諦めさない、メグミに何を言っても無駄よ、見るだけならよそ様には迷惑は掛からないわ」


 『ママ』は未だにヤレヤレのポーズで胸を触り続ける右手を抓り上げる。流石に諦めたのかメグミは大人しくその手をラムネに戻す。今度は肘だ!


「こう写真を簡単に撮れる装置が欲しいわね、今度開発してみようかしら?」


 メグミはラムネを舐める様にチビチビとしか飲まない、何故なら飲み切ってしまったらもう肘で楽しめないから。


「メグミちゃん、それ盗撮になりませんか? イヤですからね、私はメグミちゃんが痴漢で捕まるのは」


 サアヤは少し小声でメグミに尋ねる。

 その頃には周囲の客はもうとっくの昔にメグミ達の周囲から離れて行っているのであまり意味は無いのだが……

 女同士とはいえイチャコラやっているのだ、気不味さが半端じゃあない。


(メグミちゃんはサキュバスの周囲の空気がピンク色だって言ってますけど、私達の周囲の空気も十分ピンク色なのでは?)


 そう思っているサアヤもノリコに十分ベッタリくっ付いているのだが本人は気が付いていない。


「大丈夫よ、バレない様に撮れる装置を開発するから! 覚えるのも結構しんどいのよ、それに写真ならコレクションできるじゃない?」


 それを聞いたサアヤは呆れるたのと恥ずかしいのと両方で脱力したようにノリコに抱き着いてその胸に顔を埋める。


「ねえ、メグミちゃん、無理に全部覚えなくても良いでしょ?」


 ノリコは甘えて来るサアヤの頭を撫で、髪を手櫛で漉きながらメグミに問いかける。


「流石に私だって女性全員は覚えてないわよ? 特に気に入った娘だけ念入りに覚えてるだけよ?」


 その手が有ったかと、サアヤの行為にショックを受ける。


(サアヤ、恐ろしい子! 何て……何て自然なの! 顔全体で胸の感触を楽しむなんて! ……ノリネエはもうダメね、サアヤが退くまで隙間が無いわ!)


 ならばと『ママ』の方を振り返るが、そこには左手に焼きそばの皿を持ちバッチリ胸をガードした『ママ』の姿が有った。


「お姉さま、先ず盗撮写真のコレクションを止めませんか? 犯罪ですよ」


 ノリコの胸に顔を埋めたままサアヤがノリコを見上げて訴える。


「サアヤは真面目過ぎよ、けど……確かにそうね盗撮よりは、堂々とお願いして、全身隈なく撮影すべきよね」


 そんな事を言いながらもメグミの頭の中では、どうしたら現在の状況を改善できるか、具体的にはどうやったら『ママ』のガードを攻略できるが思案中であった。


「幾ら女性同士でも、それは無理じゃありませんか?」


 サアヤは余裕の笑みを浮かべてノリコの胸に顔を付けたままメグミに指摘する。


「アイドル事務所のスカウトですって名乗って、念のため写真撮らせてくださいねって言えばいけると思うのよ! 写真撮られる女の子もこう言えば悪い気はしないでしょ?」


 離れて座っていた他の客が、メグミのその言葉に盛大に咽る。そして益々メグミ達から距離を取っていく。


「何て悪知恵の働く……メグミ、実際にやったらご飯抜きですからね」


 『ママ』は本気のお怒りモードに突入していた。


(なっ! ご飯を抜かれたら私死んじゃう! 隠れてコッソリ栄養補助欲品なんて食べたくないわ! あの美味しそうなご飯の香りを嗅ぎながら食べる栄養補助食品の不味さったらないわ!)


 一度『ママ』を本気で怒らせて一食抜かれた事が有るが、あの地獄は思い出したくも無かった……保存食の栄養補助食品をマジ泣きしながら食べたのだ。ちょっぴり塩味の効いたあの味は思い出したくもない。


 『一食抜くだけ』、普通の人なら空腹を我慢すれば良いだけ、大したことはない、何を大げさに、そう思うかもしれない。

 しかし、メグミは一食分、何も食べないだけで低血糖で倒れる自信がある。

 メグミはカロリー消費が激しい、しかも体脂肪は、胸がそれなりにあるのに一桁台だ。エネルギーを蓄えておく脂肪が無い為、定期的なエネルギー摂取は必須なのだ。


 それだけに美味しい食事を誰よりも楽しみにしている、『ママ』の美味しい食事を抜かれる辛さに比べたら、大概の苦しみに耐えられる、メグミは本気でそう思っていた。


「ええっ! なんでよ! なにも悪い事してないわよ! 服着た状態で街角で写真を撮るだけよ? 脱がして撮るつもりはないのよ!」


 メグミには何が悪いのかさっぱり分からない、日本なら良くある光景だ。

 メグミだってスカウトによく声を掛けられた、野郎が行く手を遮ってウザい事この上ないが、相手が美人のお姉さんだったら話位は聞いたかもしれない。


「メグミちゃん、服を脱がせて写真を取ったらそれは犯罪です! 立派な犯罪! それに服を着ていても、騙して写真を撮った時点で詐欺です! これも犯罪!」


(ああ、そうゆう事ね、そうか、アイドル事務所じゃないからダメなのね? うーーん、あっ、なら簡単じゃん!)


「……いいわ、詐欺じゃなければ良いんでしょ?」


「何考えてるんですか! ねえ! 何考えてるんですか! 目を見て話してください!」


 ノリコの胸から起き上がり、メグミに詰め寄ってくるサアヤに、


「大丈夫、二人ならトップアイドルに成れるわ!」


ビシッとサムズアップした親指を突き付けて宣言する。


「サアヤちゃん、かき氷を買ってきて、メグミちゃんは少し冷やさないとダメね」


 脱力したノリコがサアヤにお願いすると、


「分かりましたわ、お姉さま」


 そう言ってサアヤはそのまま、かき氷を求めて屋台の方に歩いていく。


(あれ? なんで? 二人なら確実よ? なんでなの?)


 メグミが混乱していると背後から、


「ねえメグミ、何で私は除外したのかしら?」


優し気な声で『ママ』が尋ねて来る。

 一見笑顔だが目が笑って居ない、思わず目を逸らしたメグミに、


「何故目を逸らすのかしら? こっちを見なさい」


変わらずに声音だけは優し気だ。

 だが、有無を言わせない底知れぬ迫力がそこにはあった。


(え、だって『ママ』よ? アイドル? イヤ無いわ、それは無いわ……けどそれを正直に言ったらダメな事くらい私でも分かるわ、うぅ、これは非常に不味いわね)


「……うんまあ……そうだ! 『ママ』ならママタレでトップになれるから! アイドルじゃなくても良いでしょ? ねっ?」


 何とか絞り出した答えに、


(うん、我ながら抜群の答えね! これなら……)


メグミは内心満足していた。しかし、


「メグミは今晩ご飯抜きね」


『ママ』は笑顔のまま死刑宣告する。


「ノォーーーー!! ええっ、何で! 何でよ!

 えっ?! 『ママ』もしかしてアイドルになりたいの?

 なら先ずフレンチメイドの服を着ないとダメよ! ヴィクトリアンメイドじゃあアイドルには成れないわ!

 じゃあ早速帰ったらフレンチメイドに御着替えね! 決定!!」


 絶望に打ちひしがれたメグミは、その時閃いたのだ。『ご飯抜きはイヤ!!』腹の虫が告げた起死回生の一手だ、これならどう転んでもメグミに損はない!


「転んでもただでは起きない辺りがメグミちゃんね、けどそうね『ママ』のフレンチメイド姿、私も見たいわ」


 そのメグミの思い付きにノリコが賛同した。


「着ません」


 『ママ』はそっけなく告げるが、メグミだけでなくノリコまでウルウルとおねだりモードで『ママ』を見つめて訴えて来る、『着て!』と……


「……絶対に着ませんからね! ノリコもメグミに乗せられてはダメよ」


 『ママ』は与しやすいノリコにターゲットを絞って諭すが、


「でもアイドルに……」


それを阻止するようにメグミが口を開く、『ママ』はそのメグミの言葉を遮って、


「黙りなさいメグミ、私は貴方が年齢で私と二人とを分けたのが気になっただけよ、アイドルに成りたいわけじゃないわ」


言いたくは無さそうだったがフレンチメイド服よりはマシ、そう心の天秤が傾いたのか自分の気持ちを正直に告げる……どうしてもフレンチメイド服は着たくないらしい。


「年齢? 精霊の年齢? ねえ『ママ』って幾つなの?」


 メグミが思わず呟いた一言が悲劇を生む。


「ねえメグミ、あなた一週間ほどご飯抜いてみる?」


 声にならないメグミの絶叫が響き渡る。



 『サキュバス』は取り込んだ人、亜人の精の特性を、自らの体内で厳選、合成し、それをもって妊娠し繁殖する。生まれてくる子は必ず『サキュバス』であり、それまでに溜めた精の質により、非常に優秀な個体が多い。


 『インキュバス』は自らの精を人、亜人の女性の体内で受精させ子を成す、生まれてきた子は必ず『インキュバス』であり、其れまでに吸った精の質により、こちらも優秀な個体が多い。


 これら2種族は人を魅了する『魅了』の力や、人を淫らな気持ちにさせる媚薬の様な『催淫』、『生気吸収』『精気吸収』等を種族の力として持っている。また、非常に容姿に優れ、『魅了』などなくとも、人を容易に虜にする。


 この『淫魔』は魔族で有るため、異世界の普通の国の都市や街では、『光と太陽の神』の大神殿などを中心に討伐対象とされている。


 しかし、ここ『ヘルイチ地上街』を含む5街地域では、人と共存しており、街の住人として共に暮らしている。

 その為、現在では世界中の『淫魔』がこの地域に集まってきており、『淫魔』が安全に暮らしていける街として『淫魔』から歓迎されている。


 これはその他の種族の住人からも普通に受け入れられ、街中を平然と『淫魔』が闊歩して居ることでも分かる。

 街中で一番見かける魔族としてその他の住人にも認知されているのだ。


 また、『サキュバス』『インキュバス』共にそれを伴侶とする、絶倫な日本人も居て、その子供も普通に暮らしていたりする。



「それにしても、この人出でも『淫魔』以外の魔族の人はほとんど見かけませんね、うぅうーーーー!? 頭にキーンと来ましたわ!」


 サアヤがかき氷を食べながら頭を押さえる。


「サアヤちゃんゆっくり食べましょうね、急いで食べてはダメよ、血管が収縮して頭が痛くなるわよ、ほらどう? まだ痛い?」


 そんなサアヤに優しく『回復』を掛けながらノリコが頭を撫でる、『回復』の暖かな波動が伝わり、頭痛が取れたのかサアヤに笑顔が戻り、そしてかき氷を一口ノリコにあーんする。


「サアヤ、他の魔族の方は、長時間魔素の放出を止められませんからね、地上にはあまり来ないのよ、その為の迷宮でしょ? 

 まあ偶には来ているみたいだけど、来ても短時間ね、メグミ、もう少し上の方をお願いね」


 サアヤに説明しながら、『ママ』はメグミに指示をだす。

 メグミはご飯抜きを許して貰う代わりに現在『ママ』の肩もみ中だ。


「この辺? ヤッパリ胸が大きいと肩がこるのね、ねえ『ママ』、私が暫く持ち上げていてあげようか?」


 メグミは真顔で提案する。何処までも本気の顔だ。


「サラッとセクハラするは止めなさい、反省してないならご飯抜きを撤回しませんよ?」


 それに対する『ママ』の声は何処までも冷淡だ。


「えっ? ちゃんと肩を揉んでるわよ? なんでよ! ちょっと親切に提案しただけでしょ?」


 メグミはまたしても繰り出される、ご飯抜きに慌てる。


「では黙って肩を揉みなさい、変な事を言う必要は有りません」


 『ママ』の声はやはり冷淡だった、先ほどのメグミの失言は相当地雷だったらしい。


「ううぅ、なんで?」


 メグミは納得が行かないらしい、しかし肩もみは好きなので色々揉み方を変えて揉んでいく、女性の肩は揉み心地が良いのだ。

 『ママ』は特に首筋がスッと伸びていてメグミのお気に入りだ。


(ああ、うなじ! 色っぽい! 堪らないわね! なんだろ吸血鬼が美女の首筋に牙を立てたくなる気持ちが分かるわ。

 舐めたいわ! いや嘗めまわしたい!)


「それよりメグミちゃん、『淫魔』以外の魔族の人、他の魔族の人はどんな風に見えるんですか? 見かけたことは有りませんか?」


 サアヤが今度は肩もみを頑張るメグミに一口かき氷をあーんしてくれる。


「偶に見かけるわよ? そうだ偶に見かけるあの人、この間は黒鉄鉱山で見かけたわね、あそこで見かけるのは珍しかったから覚えてるわ。

 見え方ねえ? そうね黒っぽく光るって独特な感じね、他にも微妙に見え方の違う人を見かけたから2・3人位はちょくちょくヘルイチに来てんじゃない?」


 メグミは一口かき氷を貰って上機嫌だ、サアヤの質問にもサクサク答える。


「なっ!! 魔族の人が黒鉄鉱山に来てたんですか? 何時ですか?」


「なんでメグミちゃんその時に言わないのよ!」


 二人はサラッとメグミが言った事、その事実に驚愕し、それを黙っていた事を非難する。


(あれ? 何故? なんで私非難されてるの?)


 メグミにはその理由が分からない、まあいいやとサアヤに御代わりのかき氷をねだってあーんするがサアヤは口にかき氷を入れてくれない。


「別に座って本読んでるだけだったし、アレよね、魔族の人って魔物に襲われないのかしらね?」


 大した事じゃないと、そう説明を付け足してから再びあーんをして御代わりを要求する


(魔族は人類の敵じゃあ無いんでしょ? 襲い掛かってこないなら放っておいても平気でしょうに、何を気にしているの二人は? 

 寧ろ魔物をもっと気にするべきよ、それに、そもそもアレに気が付かないなんて、二人は本当に探査系を拡充すべきね)


「それは結界を張ってたんじゃないでしょうか? けど本当に何時なんですか?」


 そう言ってからサアヤが仕方なさそうに、一口かき氷をメグミにあーんしてくれる。


「結界? あれよ『コボルトロード』が出た時ね、あんな騒ぎの中、夢中で本読んでたわ、うるさくなかったのかしら?」


 メグミは御代わりが貰えて満足したので尋ねられたことに答える。すると、


「!? あの事件ってその魔族の人が原因なんじゃありませんか?」


「そうね、魔族の人って悪戯好きって言うからもしかしたら……」


何故か二人が再び動揺している。


「そうなの??」


 メグミは魔族の事はあまり知らない、他に覚えたり勉強することが沢山有る、敵でもない魔族の情報は余り収集していないのだ。

 確かに初心者講習でそんな事を言っていたのは覚えていたが……


「あの魔素の量は幾ら何でも異常でしたよ! 可能性は高いです! それにコソコソ結界を張って隠れていたのも怪しいですわ」


(なるほど、そう言った理由ね、けどあれで隠れてる心算だったのかな? まあノリネエやサアヤが気が付いてないからそうなのかな?

 けど本を読んでいても魔素を発生させられるのね……便利ねソレ)


「そうなの? じゃあ、あの美人さん呼べば何時でも『コボルトロード』狩り放題なのかしら?」


 大儲けできる予感しかしない。


「他の方に迷惑が掛かるので止めましょうねメグミちゃん」


「魔物はメグミちゃんの前にだけ現れる訳では有りませんからね? 他にアレが沸いたら死人が出ますよ、前回だって危なかったんですからね!」


「そうね、これは冒険者組合に報告して厳重に抗議してもらわないと!」


 何故か話がメグミの意図していない変な方向に進んで行く。


(あれ? 報告? めんどくさいわね、それに……)


「必要ないと思うけど? ナッちゃんとアッちゃんも居たし、把握してるでしょ?」


「……あの場に居たんですか? あの二人が?」


 キョトンとした顔でサアヤが尋ねて来る。


(あら可愛い、その顔もキュートねサアヤ!)


「? 居たわよ?」


「「…………」」


 何故か二人がジトっとした瞳で無言で見つめて来る。


「なによ? なんで? 結構ナッちゃんとアッちゃんは見かけるでしょ? 割と頻繁に見習い冒険者の様子見に来てるよね?

 受付嬢の人達って交代で見習い冒険者のいる場所巡回してるよね?」


 二人だけではない、割と頻繁に受付嬢達は見習い冒険者が狩りをしている所に見回りに来ていた。

 まあ遠巻きに見守るだけで声すら掛けてこないが、そんな業務なのだとメグミは思っていた。


「受付業務だけにしては人数が多いなと思ってましたが、狩場の見回り迄してたんですね」


「私全く気が付かなかったわ、今までも居たの? そうなの?」


「そうよ? まあアレね、あの美人さんが悪戯してたんなら、今度会ったら悪戯し返さないとダメね、先ずはあの美乳を思うさま揉むべきかしら?」


(アレは良いモノだわ、あの人すっごいスタイル良かったもの! 何時か絶対揉んでやろう、グヘヘッ)


「なんでしょう、メグミちゃんがヘラヘラ笑ってた理由が分かった気がしますわ」


「ちっとも危機的な状況じゃ無かったって事なのね」


 当然だ、男子には『復活の首飾り』すら配られて無いのだ。


「見習い冒険者が行くところが危険なわけないでしょ? 怪我くらいはしても命の危険は無いわ、大体どこも安全が確保されてるわよ? って! ヘラヘラとは失礼な! 誰がヘラヘ……ヘラヘラしてたの私?」


「緊張感は全く感じられませんでしたね」


「けどまあヘラヘラ程度しか表情に現れてなかったんなら、それはそれで良かったのかもね」


「……内心何考えてましたの?」


「物足りないなと……」


「「…………」」

 

 その時の物足りなさを思い出していたのが悪かったのか、


「メグミ、二の腕を揉むんじゃありません! 肩だけ揉みなさい」


 思わず『ママ』の二の腕を揉んでいた、胸に比べると少し物足りないが、適度にプニプニで気持ちがいい。


「なんで? 二の腕って胸と同じ位柔らかいのよ! 揉んでて楽しいのに」


「メグミ、あなた本当にご飯抜きますよ」


(何故?!)



 街で暮らしていく以上先立つものはお金である、仕事をしてお金を稼がなければダメなのだ。

 それは『淫魔』も同じこと、何某かの職業に就いて働いている。この街では『娼館』やら『男娼館』等で働いている『淫魔』も多いが、それと並行して、『メイド喫茶』『執事喫茶』等で働いているものも多くいる。


 更には『会ってヤれるアイドル』としてアイドル活動している『淫魔』までいる。そうこれはサキュバスだけでなくインキュバスも同様で、超イケメン5人グループ等も居るそうだが、メグミはそっちには全く興味が無かった。


 重要なのはサキュバスのアイドルグループだ!


 しかし普通、アイドルと言えば処女性だったりが大事な筈であるが、この街の男共は、とっとと『サキュバス』で童貞を捨てるためか、その辺の拘りが少ないらしい。

 『AVアイドル』等は元の日本にもいるがそれとは一線を画した、本物のアイドル並みの『歌って』『踊って』をしていて、『魔法球テレビ』等にも良く出演している。

 『写真集(エロ)』を発売したり、『音声保存魔法球』での歌の販売なども行われて、サイン会、握手会なども開かれている。

 ただし場所が娼館なのがサキュバスのサキュバスたる所以だろうか?

 男性のみが対象で、個室で行われるサイン会、握手会、どこに何でサインして、どこに握手しているのかは男性参加者のみの秘密だそうだ。



 メグミは目の前に現れた別の『大地母神』の女性神官、サキュバスのお姉さんをぼーっと見つめる。


(ああ、どのお姉さんも美人ね、なんてレベルの高い種族なんだろ。

 けど何だろ? さっきから交代でずっとあそこに誰か一人いるわね? 何かあったのかしら?)


「サキュバスのアイドルグループっているじゃない? あのサイン会や握手会はなんで女性は参加禁止なんだろうね?」


 サキュバスのお姉さんが丁度目に入ったのでそんな話題を振ってみた。


「気になるならあの後輩ちゃんに聞いてみれば良いじゃないですか?」


 メグミ達3人には『サキュバス』の友人がいる。

 彼女は、珍しい『人の伴侶』になったサキュバスの母を持ち、更に本人は処女で、女性が好きという、なんともレアな『サキュバス』だ。

 本人は『大地母神』の女性神官で、見習い冒険者として現在修業中。


 彼女を同じ講義で最初見た時メグミは、


(すっごい美人で可愛い子がいる!!)


そう喜んだのだ。

 講義が終わって声を掛けたら、向こうも乗り気で直ぐに親しく成れた。どうやら向こうもメグミ達の事が気になっていたらしい。


「後で騙していたと思われるのも嫌なので最初に告白しますわね、ワタクシ実は『サキュバス』なんですのよ」


「へぇ、まあただの人間じゃないのは分かってたけど、そうなんだ、それで?」


「サキュバスかどうかなんて女性相手ならあまり関係ないんじゃありませんか?」


「普通の女の子と大差ないわね、何か違うのかしら?」


「まあ珍しい友達が出来たんだから寧ろ喜ぶべきよね、プレミア度高いわよあんた」


「ねえメグミちゃん、私はエルフですけど?」


「知ってるけど? 何? どうしたの? そうだ、ねえエルフとサキュバスってどっちが珍しいの?」


「それは人口で言ったらエルフの方が遥かに多いですけど……」


「ならプレミア度はサキュバスの方が上じゃない?」


「何でしょう、微妙に蔑ろにされている気がするんですけど!」


「サアヤ、あんた心が狭いわね、もっと大きな心を持ちなさい、胸の大きさと反比例するくらいにね!」


「心の大きさと胸の大きさに何の関係があるんですか!」


「心ってのは胸の内に秘めるモノよ! なら胸の大きさが大きい方が心が広いかもしれないでしょ? ノリネエを見なさい! どうよ!」


「うっ! 謎の説得力が有りますわ……」


「アハハッ、貴方達って本当に面白いですわね、こんな反応されたのは初めてですわ」


 その事が嬉しかったのか、彼女はメグミ達にとても懐いて講義や実習を良く一緒に受けている。


 ただ、三人の中でもメグミはこの『サキュバス』の彼女に矢鱈と好かれて狙われている。

 メグミも最初は何故か好かれてとても嬉しかった。第一メグミ好みの可愛い子が抱き着いてきたりするのだ、イヤな気はしない。

 だが今では美人に言い寄られて嬉しい半面、『食事として狙われている』という恐怖から複雑な気持ちを抱えている。

 彼女本人は良い子なのだが、一回結構な量を吸われ、


「あっ! ごめんなさい、けどメグミちゃんの精気は絶品ですわ!! なんて美味しい」


そう呟かれては、警戒するなと言われても無理な話である。

 彼女の好きが人として好きなのか、食事として好きなのか区別がつかないのだ。

 一度尋ねてみたが、


「両方ですわ、ワタクシたち相性ばっちりですわね!」


 その後、メグミの方が一学年上級生であることが判明してからは『メグミちゃん』が『メグミ先輩』に変化した。


「私……あの子はちょっと苦手なのよ」


(両方って何よ! 私を食べる気なの? 私は食べても食べられるのは嫌なのよ!)


 メグミは攻めるのは得意だが攻められるのは苦手だ。


「まあ珍しい、何故? 親しくしてるわよね? 一番メグミちゃんが好かれてるわよね? 可愛い子じゃない、メグミちゃんの好みの子でしょ?」


「顔やスタイルはね、そう見た目は好みなんだけど」


「メグミちゃんって先ずは見た目なの?」


 人は内面だって大事だ、だが、


「ノリネエ、初対面で相手の内面まで分かる?」


一目見て内面まで分かれば誰も苦労はしない。


「無理ね、メグミちゃんだって初対面の時はね、こんな女の子だと思ってなかったわ」


 話が変な方向に転がった。


「メグミちゃんって黙って座ってれば、真面目そうな美少女ですものね」


「中身が正反対だなんて誰も思わないわよね……」


「なっ、失礼な! 私は常に真剣に真面目に生きてるわ!」


 メグミはその意見に抗議する。


(私の何処が不真面目なのよ!!)


「メグミは行動は兎も角、真面目で優しい女の子なのは確かね、行動は兎も角ね」


 珍しく『ママ』がメグミに賛同してくれる、肩もみが気持ち良かったのだろうか?


「『ママ』熱でもあるの?」


「いいえ、お姉さま、メグミちゃんは自分の欲望に素直で真面目なんですよ。あと優しいのは間違いでは有りませんわ」


「ああ、そう言った意味ね、確かにそうね」


「ねえ本人が目の前にいるのよ、私、滅茶苦茶ディスられてない? ねえ『ママ』は褒めてくれたのよね?」


「サアヤが解説してくれたでしょ?」


「おかしいわ、私の味方が居ないなんて! そうよだからこそよ、綺麗なサキュバスのお姉さんに癒してほしいのに、何で娼館もサイン会や握手会も女性の利用が禁止されてるの! 納得いかないわ!」


「もしかして娼館に行ったんですか!?」


「好みのお姉さんが居たから後を付けてみたのよ、そしたら娼館があったから入って行ったらね、受付のお姉さんが『働きたいの? 普通の子にはお薦めできないわよ? もっと自分を大切にしなさい』って」


「……」


「違うのよお客として利用したいのよ! って言ったら、『ごめんなさいね、ここは男娼館じゃないのよ』って!」


「…………」


「ちっがーーーう!! 相手は女性で良いのよお姉さんでも良いわ! って言ったら『ごめんなさい、今はそう言った趣味の子が居ないのよ』って!!!」


「………………」


「やんわり追い出されたのよ!! おかしいじゃない! 『どこかに必ず好みの子が見つかる』層の厚さを誇る!! ってのが売り文句でしょ! 何で居ないのよ!!」


 『サキュバス』と言えば淫乱系のお姉さんが多いように思うが、この街に集まったサキュバスは清楚系やら淑女系、巨乳に貧乳、小学生にしか見えない幼女(年齢は200歳越えで超合法ロリ)から熟女系、やせ型系からぽっちゃり系と幅広く網羅している為『どこかに必ず好みの子が見つかる』層の厚さを確かに売り文句にはしていた。


「受付のお姉さんの苦労が偲ばれますね」


「メグミ、未成年者がなんて所に行ってるの!」


「年齢制限15歳以上って書いてあったから私は平気よ!」


「それは男子の年齢制限でしょ?」


「女の子は16歳から結婚できるのよ! だから平気よ!」


「分かったわメグミちゃん、ほら膝枕してあげる! ね、ここは家じゃないんだからもう少し控えめな音量で話しましょうね」


 興奮して声が大きく成っていたらしい、だが周囲にはもう誰も居ない、可成り遠巻きに人が居るだけだ、およそこの混み合った祭りの会場で、メグミ達周辺だけ空白地帯が出来上がっていた。


「ほんとう! やったわ!」


「……ねえメグミちゃん、膝枕は向きが逆よ」


「(この方が暗くて落ち着くからお構いなく)」


「はぁ、まあサキュバスですからね、精気を吸う序の商売ですから、女性が対象外なのは当たり前ですよ、メグミちゃん」


「(待ってよ、この街には子供の『サキュバス』だって居るわよ? 処女のサキュバスだっているでしょ? その子達はどうしてるのよ?)」


「お願いメグミちゃん、向きを変えて、その向きのまま普通に喋らないで!」


 メグミが喋る度に息が微妙な所を刺激するのだ、ノリコの顔が真っ赤に成って行く。


 もちろんメグミはワザとやっている。


 ノリコはその事を伝えたいが恥ずかしくて口に出来ない、しかしそれでも膝枕したメグミを気遣って太腿をモジモジと動かさない様に我慢していた。


(それよ! それが良いのよ! ノリネエが顔を赤くしながら耐える、その姿を想像するだけでご飯三杯は行けるわね!!)


メグミは若干Sだった。


「子供のサキュバスもそうですけど、別に何かしないと精気や生気を吸えない訳じゃないんですよ、普通に近くに居るだけで吸収は可能だそうです。

 ですから子供のサキュバスは普通に周りの人から少しずつ吸収しているみたいですよ。

 まあ子供ですから、偶に吸収量を間違えたりするみたいですけどね、命に別状はないそうですから危険は有りませんわ。

 子供ですからね、全力で吸ってもたかが知れてるみたいですわ」


(そういえば、あの子に吸われた時も手を握られただけだったわね、女性が好きなサキュバスだから特別って訳じゃないのね)


 少しフラフラしただけで済んだが、あの独特の感覚は二度と味わいたいとは思わない。


「(だったら、女性相手でも良いじゃない! なんでダメなのよ!)」


「だから趣味の問題では? サキュバスですからね、男性が大好きな方が多いんですよ。

 けどおかしいですね、噂では女性の好きなサキュバスの方が居るそうなんですけど?」


 二人は彼女が女性好きなのをまだ知らない、狙われたのはメグミだけなので知らないのも当然である。

 単にメグミを慕う可愛い後輩位に思っているのだ。


「(そう言えばお姉さんも、『今は』って言ってたわね……)」


(あの子以外にも女性の好きなサキュバスが居るのかしら? あの子が娼館で働いてるとは思えないし、そんな年でもないし……)


「ねえメグミちゃん、私の話も聞いて、ね? 向きを変えましょうね! そうだ、頭を撫でてあげるわ、ね、メグミちゃん頭を撫でられるの好きでしょ」


「(…………)」


「メグミ、ノリコが限界だから諦めなさい、いい加減にしないと抓りますよ?」


「(…………)」


「ご飯……」


「ほらノリネエ撫でて! 褒めて! 甘やかして!」



バーーンッッッ!!


 店のドアが打ち壊さんばかりの勢いで開く、するとそこから小柄な浴衣姿の女性が打ち出されるように店の奥に突進してくる。


「エリザベスーーーー!! ちょっと聞いてよぉ!」


 ガバっとエリザベスの胸に飛び込んできて抱き着いてくる真っ赤な浴衣姿の小柄な女性、エリザベスは慌ててその手に持っていたメンテナンス中の剣をカウンターに置く。そして、


「あら、エリカちゃん、どうしたの?」


その背を撫でながら尋ねる、すると店の入り口から、


「わぁ、エリカ姐さん、ダメだよ、店の扉壊れちゃってるじゃないか、ごめんねエリザベスちゃん。弁償するね」


白い浴衣を着流した優男が扉の具合を確認しながらエリザベスに声を掛ける。


「まあシュウイチさんまで? 珍しいわね、最近はザッツバーグさんの所にしか行ってませんでしたよね? ウチは卒業したんじゃなかったの?」


「アハハッ、エリザベスちゃんは手厳しいな、メンテナンスの薬液はこの店から仕入れさせて貰ってたよね? ウチの若い連中に御使いさせてたでしょ?」

 

「シュウイチは欲しい武器を、ザッツバーグさんの所の鍛冶師に造って貰うために通い詰めて居たそうよ、エリザベス」


 そう言って、藍色の浴衣を綺麗に着込んだ優し気な女性が店内に入ってくる。


「あらヒトミさん、預かってた武器のメンテナンス終わってますよ」


「エリザベス、冷たいじゃないか!! そんな連中は如何でも良いから私の話を聞いとくれよ!」


 エリカがエリザベスの胸に顔を埋めて下から見上げて来る。


「ハイハイ、で? エリカちゃんどうしたの?」


「ねえエリザベス、ちょいとこの刀、見とくれよ」


 エリカが赤い鞘に入った刀をエリザベスに手渡す。その刀を鞘から抜いたエリザベスは、


「あら? わあぁ、凄いわね、こんなにヒヒイロカネが混じってる、何て魔力圧なの! この位になると一般人の私は持ってるだけで取り込まれそうよ、この子、元は魔鋼なのかしら?

 こんなにヒヒイロカネを吸収できるなんて! もう半分くらいヒヒイロカネなのね……

 エリカちゃんこの刀はザッツバーグさんの所ので? え!? もしかして巨匠の? けど巨匠が魔鋼の剣なんて……」


その刀を見て、感嘆の声を上げる。


「ね! 凄いだろ? こんなにヒヒイロカネを吸収してるんだよ? なのにっ!! んっ? あれエリザベス?」


 エリカはエリザベスが驚いたことに満足そうだ、自慢したかったのだろう、しかしすぐに顔を曇らせる。

 エリザベスが少し悲しそうにその手の刀を見つめていたのだ。


「けど、そうね、この子頑張り過ぎね、少し頑張り過ぎてるわね」


「……なっ……なんで?! ……けどエリザベスもそう思うのかい? そうなの……」


 エリカはエリザベスの胸に顔を埋めてしまう。


「あらっ? エリカちゃん? なに? どうしちゃったの?」


「それがねエリザベスちゃん、その刀を作った鍛冶師に、さっき『光と太陽の神』の大祭で出会ってね、エリカ姐さんがその刀を見せたんだよ」



「あれ? そこに居るのはメグミちゃんじゃないか! 偶然だね、メグミちゃんも祭りに来てたんだね」


「……あんた誰よ?」


 近寄ってくる男にメグミは警戒してノリコの膝から起き上がる。


「……んっ!? ……ねえ、もう何回目かなこのやり取り……あれっ? けど前回は一応気が付いてはくれたよね?」


「さぁ? 知らないわ? 誰よアンタ?」


 メグミの警戒は解けない、何かあっても何時でも対応できるようにと臨戦態勢だ。


「くっ……色だけじゃあダメなのか? ほらメグミちゃん真っ白なお兄さんシュウイチですよ!」


 浴衣の上から収納魔法で取り出したマントを肩に掛ける、これだけで何時ものシュウイチの格好にかなり近い筈だ。


「浴衣にマントは似合いませんわね」


 メグミが起き上がった隙に、ちゃっかりノリコの膝枕を占拠したサアヤがその姿を見て呟く、こちらはシュウイチの様子に害はないと判断したようだ。


「え? 浴衣なのサアヤちゃん? 死装束じゃなかったのね……日本式のゴーストの仮装だとばかり」


 ノリコはそんなサアヤの頭を撫でながらシュウイチの格好を見てその素直な感想を述べる。確かに白一色の浴衣とか普通は着ない。


「ノリネエ、それを言うなら幽霊ね、お化けとも言うわ」


「けどお姉さま、紙宝が有りませんから、仮装としては不合格、不完全ですわ」


「そうなの? ああ、そう言えば頭についてる三角のが無いわね」


「それにこの浴衣、生意気な事に、同じ白でも微妙に色を変えて模様が有るわよ、無駄に凝ってるわね」


「あ、あのメグミちゃん??」


「……ああ、あんた白いキザ野郎ね! アンタなんの用よ、私は用事は無いわよ、可能な限り速やかに消えなさい」


「酷いなメグミちゃん! ねえ、頼んでおいた太刀はどうなってるのかな?」


「そんなモノ頼まれた覚えは無いわね! 大体、男の武器なんて私が造るわけないでしょ? あんたもいい加減しつこいわよ!」


 何とかメグミも思い出した、シュウイチとは何度かザッツバーグの店で有ってそんな事を頼まれたが、その度に断っている。


「あれ? でもメグミちゃん、太刀造ってましたよね?」


 サアヤが気持ちよさそうにノリコに膝枕されながらメグミに聞く。


「ああ、あれはタツオのよ、報酬だからね、仕方ないでしょ」


「えっ? メグミちゃん太刀を造ったのかい?」


 シュウイチはその言葉に驚く。

 ザッツバーグは約束通りメグミに、


「偶には太刀とか造って見ても良いんじゃないかな? 鍛冶の勉強になるよ」


そういってシュウイチの前でメグミに太刀造りを勧めてくれていたのだ。

 その際にメグミも、


「そうなの? ふむっ、ザッツバーグのおっちゃんが言うならそうなのかもね、まあ良いわちょっと考えてみる」


そう答えていたからこそシュウイチは期待していたのだ。


「そうよ、けどあんたの欲しがってる魔鋼の太刀じゃないわよ?」


(な!! 魔鋼じゃない? ミスリルか? いや、オリハルコンか!)


「……ちょっと見せて貰うことは出来るかな? ちょっとだけお願い!」


 シュウイチは思わず土下座して頼み込んでいた、『上級冒険者の誇り』そんな言葉が脳裏をよぎったが、ここでその太刀を見なければ絶対後悔するとの確信があった。

 相手は巨匠の愛弟子、その愛弟子の魔鋼以外の剣となれば、その価値は計り知れない。見るだけでも土下座する価値があった。


「白い衣装で土下座しないでよっ! 何だかた居たたまれない気分になるでしょ。

 もう仕方ないわね見せるだけよ? 既に持ち主が決まってるんだからね、アンタにはあげないからね!」


 メグミはそんなシュウイチに収納魔法で取り出した黒い拵えの太刀を手渡す。

 

 シュウイチが上級冒険者であることはザッツバーグから聞いて知っている。

 そんな男が剣を見る為だけに、見習いのメグミ相手に土下座するのだ、流石にそれを無碍にする程メグミも鬼ではない。


「ありがとうメグミちゃん、わっ、大きいな、え? この大きさの太刀ってその相手は人間なのかい?」


 少し大きさに戸惑いながらも太刀を受け取ったシュウイチは、スラリと刀身を引き抜く。

 その太刀は漆黒の美しい刀身に、黄色い刃金が刃紋も美しく黄金のように輝いていた。

 刀身の側面にはこれも黒い金属で魔法回路で張り付けてあり、ルーンを刻んだ部分だけが中の金属が透けているのか妖しく赤く輝く。

 魔法球も赤色で仄かに輝き、それ以外は柄や鍔も黒い。


「これがメグミちゃんの造った太刀か……なるほどハイブリットなんだね。

 凄いな、刃金はオリハルコン、使ってる魔鋼も極上だね、真っ黒だ……

 黒い刀身に黄色く刃が光っているのも綺麗だ、無駄のない機能美なんだけど、けどもうこれは芸術品の域だね、又腕を上げたねメグミちゃん! 

 ん? 何だろこの感じ、剣から感じる力がオリハルコンどころじゃないな…… 

 出来が良いからか? いやしかし……もしかして芯金はアダマンタイトなのか?! 

 いや流石に幾らメグミちゃんでもその年で『大名工』は無いよね……」


「何言ってるの? それの芯金はヒヒイロカネよ、ルーンの部分から透けて見えてるでしょ?

 タツオがポキポキ剣が折れるって言ってたから念には念を入れてみたわ」 


「えっ! …………えええぇぇぇ!!!」


 メグミはシュウイチの想像を超えていた。


「ほらっ! もういいでしょ? 返しなさい」


「ね……ねえ、ねえメグミちゃん、これって本当にメグミちゃんが作ったのかな? 巨匠が手伝ったとかじゃないのかな?」


 太刀を鞘に納めてメグミに手渡す、手渡すのが惜しいが仕方がない。それにヒヒイロカネだ、芯金にヒヒイロカネ!

 巨匠が芯金だけ製作してメグミに手渡したのでないとすれば……


「はぁ? 師匠がなんで私の鍛冶の手伝いをするのよ? 私は弟子なのよ? 逆は有ってもそれは無いわね」


 メグミの言葉はその可能性を肯定していた、そうもう既にメグミはこの街で5番目の……


「もしかして……いやヒヒイロカネを加工してるんだからそうなんだね、ねえメグミちゃん僕にも是非太刀を! 同じもので良いから!!」


 本当は白色の太刀が欲しいが、この際、色は如何でも良かった。

 それに今の太刀は背の高いシュウイチが使うにしても少々大きすぎる、だがそれすらどうでも良いと思えるほどの出来栄えだ。


「もうヒヒイロカネが無いわね! 大体アンタ魔鋼で良いんでしょ? 違うの?」


 無論、メグミの造る太刀なら魔鋼で構わない、それこそ自分の好みに育てれば良いだけ。だが、


「えっ? ヒヒイロカネを使い切った? 20キロは渡したよね? ザッツバーグさんから受け取ってないのかな?」


 20キロものヒヒイロカネだ、それだけで一財産。それに先ほどの太刀は大きかったが、流石にどんなに使っていたとしても芯金なら1キロ程だろう。


「そうよ、貰ったから使ったわよ? もう全部使い切って残って無いわね!」


「えっ、一体何にそんな、いや違う、そうじゃない、魔鋼で良い、魔鋼でいいから太刀を! 太刀を頼むよ! メグミちゃん!!」


 シュウイチは額を地面につけてお願いする。だが、


「ふっ、イヤよ! 野郎の剣なんざ金輪際造りたくないわね!」


メグミの態度はそっけない、何時もどおりのメグミだ。このやり取りも何度目だろうか?

 だがあんな太刀をみた後ではシュウイチも引き下がれない。


「ねえメグミちゃん、可哀そうでしょ? こんなに頼んでいるじゃない、それに、男の人の武器は作りたくないって、この間だって3本ゴロウ君たちに作ってあげたじゃない?」


(ありがとうノリコちゃん! 君は本当に聖女様だ! あと誰だゴロウって!! 何処のどいつだ羨ましい!!)


「メグミちゃん、何だか憐れですわ、土下座までしてるんですから造ってあげては? あのヒヒイロカネはこの方が下さったんでしょ?」


(ああ、サアヤちゃんなんて良い子なんだ、お兄さんが今度お菓子を買ってあげるね)


「私はザッツバーグさんから貰っただけよ、ザッツバーグさんが誰から貰ったかなんて私には関係ないわね」


(メグミちゃん! 本当に君はブレないね! けど今回ばかりはブレてよ!

 そして僕に太刀を! 太刀を造ってくれ!)


 その時だ、藍色の浴衣を着た優し気な女性が通りかかり、メグミに土下座して地面に額を付けているシュウイチに向かって、


「あらシュウイチ、何土下座なんてしてるのかしら? 

 情けないわね、妊娠でもさせたの? 土下座するくらいなら責任取って結婚しなさいな」


(なっ!! ヒトミ、何てタイミングの悪い!!)


「ヒトミ、冗談でもそれは酷いな、ってメグミちゃん、御願いだから怒らないで! 僕の日頃の行いの所為だから、メグミちゃんがそう見えた訳じゃないから!」


 慌てて顔を起こし、必死でメグミを宥めるシュウイチ。


「何っ!? その子凄い殺気ね、上級にこんな子いたかしら? 大体こんな若い子が上級?」


(冗談じゃない!! この場で喧嘩にでもなったら……不味い、切れたらヒトミもたぶんメグミちゃんも周りの被害とか眼中にない! 一般人を巻き込むわけには行かない!!)


 メグミはヒトミの軽口に激怒していた、幾ら美人でも言って良い事と悪いことが有る、シュウイチの子供を妊娠、それはシュウイチとそんな行為をしたという事だ。

 それだけはメグミの誇りが許さない!


「ヒトミ、少し黙って、この子が巨匠の愛弟子だよ、ヒトミだって剣が、武器が欲しいんだろ?」


(そうだ君だって武器を造って欲しいんだろ! 僕だって太刀が欲しいんだ!!)


「えっ? 巨匠の愛弟子って、こんなに若かったの? ええっ? 女の子よね? どう見ても女子だわ!」


「冗談とかじゃないからね、だから謝って! お願いだから謝って!」


(ああもう!! いいから謝れ! いい加減僕だって切れるぞ!)



 ヒトミはシュウイチの必死さに、


(仕方な無いわね、この場でシュウイチに切れられると一般人を巻き込むかもしれないわ、それにまあ、確かにこの子を巻き込んでシュウイチを馬鹿にしたのは配慮に欠けていたわね)


そのまま腰を折って詫びだけしよう、そう思っていた。

 しかし、シュウイチはそんなヒトミの手を引いて強引に地面に正座させる。


(なっ!! 正座?? 私が正座っ!!)


 ヒトミは混乱していた、何故自分が正座したのか分からないのだ。

 確かにシュウイチに促されはした、だがそんな事で上級冒険者の自分が正座、しかも地べたに正座などするわけがない。


 だがヒトミは今正座していた。


(詫びる気持ちはあるわ! けど私が何で正座しなきゃいけないのよ!! なんで私正座しているの? 意味が分からないわ! 私は上級冒険者よ!)


 ヒトミは憤慨し、立ち上がろうとする。


 しかし出来ない、足が動かない……目の前で自分を見下ろす、巨匠の愛弟子、その少女のヒトミを見つめる目がそれを許さない。


(何故? 何故なの?!! 何故立ち上がれない!!!


 ……あの目、あの目の所為なの!


  いえ……そうか、そうなのね、これは……この感じ、覚えがあるわ! エリカちゃんの時と一緒……本能、そう、本能が負けを認めてしまったのね)


 少女は上級冒険者二人を自分の足元に跪かせて、それをさも当然の様に見下ろす。


 ヒトミは上級冒険者だからこそ、その少女に逆らえない、その力を感じ取れてしまうが故に逆らうことが出来なかった。


(この屈辱! こんな屈辱! 許さない! 何時か百倍にして返すわ!)


 そんな内心とは裏腹にヒトミの頭は少女に向かって下がる。


「失礼な事を言ってごめんなさい」


 ヒトミが頭を下げた途端、周囲に張りつめていた殺気が霧散する。


「まあ良いわ、今回は許してあげる」


「メグミちゃんは本当に美人さんには甘いですわね」


「ねえメグミちゃん、仮にも先輩二人に対してこれは如何なのかしら?

 ねえ? 私はメグミちゃんがやり過ぎだと思うわ」


 その言葉に浴衣の膝に付いた土を祓って立ち上がったヒトミは、


「いえ、先に私が失礼な事を言ってしまったのですから当然のお詫びよ」


(私を土下座させたこの恨み! 絶対に忘れない! この小娘! 何時か絶対土下座させるっ!! 私の前に跪きなさいっ!!)


内心をひた隠し、優し気に告げる。


「はぁ、許して貰えてよかったよ、一時はどうなるかと」


「ねえ、えっとシュウイチさんでしたっけ? 貴方達はメグミちゃんに剣を造って欲しいんですよね?」


「そうだよ、サアヤちゃん」


「あら、私の名前を知ってますの?」


「メグミちゃん達の事は知ってるよ? 色々噂にも成ってるし調べさせたからね」


「なに、あんたストーカーなの?」


「違うよ! 酷いなあ、剣を造ってもらう相手なんだから好みとか色々調べるでしょ普通、ゴマすりもしないとダメだからね」


 シュウイチはこの辺まめだった。『陽炎』の対外的な交渉事や事務系もシュウイチが一手に取り仕切っている。


(エリカちゃんも私も、そう言った事に不向きですもの仕方がないわ。

 エリカちゃんは直ぐ切れるし、人見知りだから交渉とかできないし。

 私の場合は何故か相手の方が委縮して折角交渉が上手く行っても、脅迫とか言われるのよね、何でかしら?)


 気に入らない条件だと殺気駄々洩れで相手に微笑みかけるのだ。どんな笑顔も殺気と共に向けられたら、獲物を目の前に喜んでいる様にしか見えない。


「それが普通なの? マジで? キモいわね」


 メグミは相変わらず容赦がない。


「ねえ、シュウイチ、こんな事が有ったけど、私の剣は造って貰えそうなの? 頼んでおいたわよね?」


「あっ! アハハハハ! いやぁ……」


「そんな話は聞いてないわね、太刀を造れとしか聞いてないわよ?」


「シュウイチ、これはどうゆう事かしら? 私にあそこまでさせて……」


(この私に土下座までさせて武器も無しって、シュウイチ! 覚悟は良いかしら?)


「いやさっきのはヒトミが悪いだろ? それとこれとは別だよ」


「まあ良いわ、えっとヒトミさんだっけ? 取り敢えず今使ってる剣を見せて」


「ん? あら♪ これは期待して良いのかしら?」


「えっ?! 何で! 僕には今までそんな事一度も」


「五月蠅いわね、アンタは少し黙ってなさい」


 ヒトミは愛用の鉈を取り出しながら、


(今このまま斬りかかったら、どうなるのかしら?)


サッと周りの気配を何時もの癖で探る、本当に僅かな殺気が漏れる、常人では気が付かないそれにその場の全員が反応する。

 シュウイチはヒトミが動いたら止めようと身構えたのが分かる。

 メグミは眉を少し上げただけ、しかしサアヤは魔力操作を始め、ノリコは足に力がこもる。


(なっ! シュウイチとメグミが反応するのは分かるけど、エルフの娘に、この大人しそうな娘まで? それに……なに? このメイド? 何時からそこに居たの?)


 静かに自分を見つめるメイドの瞳、ただ座っているだけ、なのにヒトミはそのメイドを今の今まで認識できていなかった。


 ヒトミは剣の腕ではメグミには勝てないことは悟っていた、しかし、こちらは上級冒険者、恩恵の強さが有る。

 それ込みならいい勝負が出来ると踏んでいた、だが、それもメグミ一人相手ならだ。

 シュウイチは無視して良いとしても、他に三人、しかもその内一人は直前まで目の前に居るのにメグミの剣気に隠れて気配を消していた。


(あのメイド、アレが居る限り、この場で仕掛けても返り討ちね)


 そのメイドを見て、仕掛けるのを諦める、別に本気だったわけではない、屈辱を少しでも晴らすために、すこし脅せるだけで良かったのだ、だがそれも無理そうだった。


 ヒョイと上に投げて柄から鞘に持ち替えて柄をメグミに差し出す。


 メグミはそれを受け取ると鞘から引き抜き、


「へえ、鉈か珍しいわね、重い、結構肉厚ね」


 白く光る刀身に赤い筋がまるで血に濡れたように、血管の様に枝分かれして走る。

 肉厚なその刀身はまさに鉈、その見た目に反してとても切れ味が良いが、この鉈の特徴はその重量と刀身の短さだ、独特のヒトミの剣技を支えるヒトミ愛刀『血濡山姥』、その片割れだ。


「なるほど、貴方二刀流なのね、面白い戦い方をするのね、刃の方で切るだけじゃなく峯の方で叩き潰すのか、だからこの刃厚と重量が丁度良いのね。

 それに、偶に投げつけてるの? そうか二刀流だともう一刀あるからそんな戦い方も出来るのね」


 その手の鉈を見ただけでメグミはヒトミその独特の戦い方まで正確に言い当てる。


(武器を見ただけでそこまで!? この子噂になるだけのことは有るわね、流石は巨匠の愛弟子! 尋常じゃない鍛冶の腕前って噂だけど、これは本当に期待できそうだわ)


「良い出来だわ、誰の作だろ? 師匠の系統ね、んっ、ああ、エルネストの爺さんだわ、元の材質はミスリルかしら? けど……なんでヒヒイロカネばかり吸収させてるの? この見た目の為?」


 刀身の血管のように見えるヒヒイロカネの筋を指で撫でながらメグミが尋ねる。


「あれメグミちゃん、ヒヒイロカネが吸収できるならそれにこ……」


「あんた達何やってんだい?」



 シュウイチがメグミに何か伝えかけた時、またしても参道から声が掛かる。

 そこには真っ赤な生地に金糸で刺繍が施された派手な浴衣を来た、背の低い少女が、後頭部にお面、左手には焼きトウモロコシに水風船、右手の林檎飴を齧りながら立っていた。


「ああ、エリカ姐さん、すっかりお楽しみだね……

 そうだ! 丁度いい、紹介するよ、エリカ姐さんの最近のお気に入り、あの刀を造った鍛冶師のメグミちゃんだよ」


 エリカは確かに祭りを満喫しているようだ、その浮かれた格好は、お祭りではしゃぐ少女そのものだ。


「エリカ姐さん? ん? 最近は年下を姉呼ばわりするのが流行ってるの?」


 メグミの言葉にエリカが一瞬で沸騰する。


「何だい小娘、アタシを子供扱いする気かい?」


 殺気が陽炎の様にその身を覆い、その小さな体が数倍に膨れ上がったかのようだ。

 凄まじいばかりの気を纏ったエリカが鋭い視線と殺気でメグミを射すくめる。

 その姿に『その見た目ほど幼くない』その事に気が付いたメグミ、その顔には零れんばかりの満開の笑みが広がる。


「なにっ! なによこの子! 合法ロリ! 合法ロリなのね! わっ、可愛い! えっ、えっ何この人、めっちゃ可愛いわ!」


 溢れ出すエリカの殺気を気にも留めず、メグミの興奮は有頂天だ。

 相手の怒りも殺気も関係無い、メグミは今そんな些細な事などどうでも良いのだ。

 なにせ目の前に自分好みの可愛い少女、しかも成人済み。

 思わず駆け寄ってその頭を抱き寄せ撫でまくる。


「え? 消えた? はっ? 何あの動き……」


 ヒトミはそのメグミの動きに目がついて行かない。何時の間にか自分の手の上にそれまでメグミが持っていた自分の愛刀まである。


「わぁっ、メグミちゃんダメだよ! エリカ姐さんになんてことを!」


 シュウイチが頭を抱えて叫ぶがメグミはまるで聞いていない。


「みてノリネエ、可愛い、可愛いわ、凄い! ねねっ、お姉さんが何か買ってあげようか? 何が欲しい?」


 頬ずりしそうな勢いである……いやそのまま実際にしていた。


「メグミちゃん! 失礼よ! 先輩でしょ? 年上なのよ! ……年上なんでしょ? 年上なんですよね? まあっ本当に可愛いわ、どうしましょう」


 ノリコまで興奮してオロオロし始める、自分もナデナデしたくてしょうがないのだ。


「お姉さま、私の方が可愛いですわ!」


 そんなエリカにサアヤが赤い顔をして対抗心剥き出しで嫉妬する。ノリコがエリカに夢中なのが気に入らないのだ。


「えっ? うーーん、引き分けかしら?」


 そのノリコの言葉に、


「なっ!! そんなことありません! よく見てくださいお姉さまっ」


珍しくサアヤが反論する。


「おやぁ、エルフの小娘は往生際が悪いねぇ、んふふっ」


 メグミの超絶撫でテクニックにすっかり気分の良くなったエリカは、メグミの胸に抱きしめられたままサアヤを挑発し始める。


「まぁっ!! どの口が! 合法ロリはロリじゃありません! ババアですメグミちゃん!」


「バカねサアヤ、それが良いんでしょ? 何やっても合法なのよ! なのにロリなのよ! 最強でしょ!」


 エリカの背後から抱きしめる様にして、頬ずりしながら全身を手で愛撫する。

 エリカの背丈は小柄なメグミよりも更に低い、身長はサアヤと同じかそれよりも低い位だろう。


「コラッ、アンタは調子に乗り過ぎだよ! どこ触ってんだい!」


「良いじゃない、合法なのよ? ケチケチしないでよ」


 メグミは自分の都合の良い様に合法の意味を捉えているが、もちろん合法の意味が違う。

 年齢的に合意の上なら男女間の肉体的な付き合いが合法的に許される。その意味での合法で有って、何をやっても許されるわけではない。


 『戦姫』エリカ、ギルド『陽炎』のギルドマスターにして合法ロリ、身長は自称143センチ、実際は139センチ、今年で31歳、小学生にしか見えないが立派な大人の女性だ。


 幼さの残る勝気な顔立ち、美少女、そう美少女にしか見えない、胸は無い、お尻も無い、そのスレンダーな肢体、見事なまでの少女体型。

 長い赤い髪の毛を今はアップに纏め、その後頭部には夜店で買ったと思わしき、何処かの魔法少女だろうか? アニメの顔を更にデフォルメしたお面をつけている。

 真っ赤な浴衣といい、三十路の女性の格好ではないが、しかしエリカにはその恰好が見事にマッチしていた。


「アタシは許可した覚えはないよ! ああっ浴衣の中に手を入れるんじゃない!」


「わあ、肌も綺麗! 卵肌だわ! もちもちのスベスベ!!」


「メグミ、よそ様にあまり迷惑をかけるとご飯抜きですよ」


「チッ、そうだったわ、今日は保護者が居たんだったわ」


「ねえメグミちゃん、私は? 私もピチピチですよ?」


「サアヤは何時でも触れるけど、エリカは今だけよ! この機会を逃すわけには行かないわ!」


「くっこの小娘、何てテクニック、こらサービスはここまでだよ、いい加減離さないか!」


「え? あの私は? 次私よね?」


 何時の間にかメグミの隣でノリコが順番待ちをしていた。


「『ママ』、お姉さまとメグミちゃんが目の前で浮気するんです! 酷いですわ!」


 サアヤが『ママ』の胸に飛び込んで抱き着く、そんなサアヤを優しく抱きしめ。


「サアヤ、貴方、酔ってるわね? 何を食べたの?」


「ああ、そこのアサリじゃない? 酒蒸しでしょそれ、アルコール分が飛んで無かったのかしら?」


 ノリコにエリカを預けながらメグミが指摘する。


「わぁ、では失礼しますね、わ、軽い! 本当に可愛い、少し体温が高いわ」


「へえ、アンタも良いモノ持ってるじゃないか! 良いねえぇこれはこれで良い気分だよ!」


 背の高いノリコが抱きしめるとエリカは丁度胸の下にスッポリ収まる。

 そのままノリコが腰かけると、エリカはノリコの胸をヘッドレスト代わりにその膝に座り、ソファーに腰かける様に寛ぐ。


「これで酔ったの? そうね僅かにアルコール分が残っているかしら? けどほとんど匂いだけね」


 胸に縋り付いて泣くサアヤを慰めながら『ママ』がアサリの酒蒸しの匂いを嗅いでいる。


「サアヤって酔いやすいのね、んっ、美味しいわ、アルコールは感じないわね、これ確かに匂いだけだわ」


「お子様だねえ、これで酔えるのかい? はっ敵じゃあないね!」


 エリカも当然のようにアサリに手を伸ばしそれを食べながらサアヤ相手に勝ち誇る。


「ねえエリカ姐さん、何か勢いのまま流されてるけど、状況は理解してるのかな?」


 シュウイチはそんなエリカに心配げに尋ねる。あのエリカだ、ノリだけで今笑ってるがいつ爆発するか知れたものではない。


「あの人見知りのエリカちゃんが初めて会った相手に一瞬で馴染んでるなんて、信じられないわ」


 ヒトミの方はそれどころではない、あのエリカが初めて会った相手に馴染んでいるのだ、しかもあの瞬間湯沸かし器のようなエリカが一度怒ったはずだ。相手が未だに無事で居るのが不思議なくらいなのに、その相手と笑い合っていた。


「ウルサイね、あんた達! アタシは今気分が良いんだよ! 邪魔するんじゃない」


「まあエリカ姐さんがご機嫌ならそれで良いけどね僕は。

 あっ! そうだエリカ姐さんメグミちゃんはあの刀の鍛冶師だよ? 一度見せたかったんじゃないの? 以前そんな事を言ってたよね」


「ん、そうだったねえ、メグミ、丁度いい、ちょっとこいつを見てくれないか?」


 エリカが右手の林檎飴を咥えて、空いた右手で収納魔法から刀を取り出す。


「ちょっと待ってエリカちゃん、先に私よ! メグミちゃん私のは? 私のはどうなったのかしら?」


 ヒトミがその手に返された愛刀『血濡山姥』を手にメグミに訴えかける。


「ああ、えっとヒトミさんだっけ、アンタのはもういいわ分かったから」


「分かった? 何よそれ? 期待してて良いの?」


「まあ気が向いたらアンタの武器を造ってあげるわ、気長に待つのね、今別件で忙しいのよ」


 エリカが口に咥えた林檎飴をノリコは手に持ってやり、左手の水風船も受け取り机の上に置く、甲斐甲斐しく世話を焼く様は仲の良い姉妹に見える。


「って事らしいね、じゃあ次だね、さあ見て驚きな!」


 エリカが刀をメグミに差し出す。真っ赤な鞘に、金銀の細工も綺麗な一振り。それをメグミは受け取って。


「へえ凝った拵えね、さてでは肝心の刀身は……ああ、これ私が打った刀だわ、随分育ったものね」


「ふふんっ、如何だい、凄いだろ! まああんたの腕も良かったからね、育て涯があったねぇ」


 ノリコに林檎飴を食べさせてもらいながら、どや顔でエリカがその刀を自慢する。

 しかし、メグミはその手の刀に眉を顰めると、手でその刀身を撫でながら、


「…………ねえ上級冒険者ってヒヒイロカネしか剣に吸収させないの? もしかして上級冒険者ってバカ?」


哀れみさえその目に浮かべて、エリカを見つめる。


「はぁ? 何言ってんだこの小娘は? ヒヒイロカネを吸収できるならそれを吸収させるのは当たり前だろ? 何言ってんだか? 本当にこの刀を造った鍛冶師なのかい?」


 林檎飴の串を咥え、それをピコピコ動かしてメグミを挑発するエリカ。


「はっ! ダメダメねエリカは、刀が泣いてるわ、本当にこの程度で上級冒険者なのかしら? 嘆かわしいわね」

 

 鞘に納めた刀をエリカに返す序に、左手のトウモロコシを奪い取ってそれを食べながらメグミが呆れる。


「何だと、黙って聞いてれば! 見なさい、これだけヒヒイロカネを吸収しているのよ、この『陽光』の何が不満だってんだい!」


 エリカはその手に戻った『陽光』を鞘から抜き放ち、その刀身をメグミに向けながらエリカが叫ぶ。それを気にも留めずに、


「ノリネエはどう思う?」


 エリカの背後のノリコに尋ねる。ノリコはエリカの手ごと、その手の刀を自分の顔の前に近づけ。


「ん……がんばりやさんね『陽光』ちゃんは、良い子だわ、けど流石にこれは可哀そうね」


 悲しそうに眼を伏せる。


「ふんっ、ダメダメですわ、ヒトミさんの剣もエリカの剣も泣いてますわ、そんな事すら分からないなんて、おこちゃまですわ」


 『ママ』の胸で泣いていたサアヤはここぞとばかりにエリカにやり返す。


「なっ!! なんだとこの小娘!!」


 その挑発に怒りの声を上げるエリカに、


「エリカ、良いモノ見せてあげるわ、これが私の愛刀の『火蜂』よ、これと自分の刀、比べてどう感じる?」


メグミは自分の愛刀を取り出しエリカに柄を差しだす。

 エリカはそれに興味を持ったのか、『陽光』を鞘に納め、その剣を受け取るとスラリと抜き放つ。


「なに? これが愛刀? 面白い形のショートソードだね、へえ、ショートソードなのに両手で使うのかい? 柄が長いね? けど只の魔鋼の剣じゃあ……んっ!? 違う……違うね、何だ? 何か違うそれだけじゃない……これは、何だいこれは?」


「そうね元は魔鋼だけの剣ね、けどね私の『火蜂』は『火蜂』が望むままに、素材を吸収させてるのよ。

 この違いが分かる? ねえエリカ、貴方の『陽光』は今は『火蜂』より強いかもしれないわね、けど良い? 将来近いうちに必ず逆転するわ、必ず『火蜂』の方が強くなる!」


「なっっ何で! バカなっ! 『陽光』はもう半分以上ヒヒイロカネだよ! なんでこんな殆ど魔鋼の……魔鋼なのかい? この色、この艶、これが魔鋼?」


 自分で言っていて不安になったのか、首を捻っている。

 その左右から、シュウイチやヒトミも同じく『火蜂』を覗き込み、同じように首を捻る。


(あら可愛い、やっぱり同じギルトのメンバーなのね、仕草が一緒だわ)


「いいエリカ、良く聞きなさい、武器の精霊はね、武器の持ち主の為だけに存在してるの、ただ自分のご主人様に喜んでもらいたい、ご主人様の役に立ちたい、それだけなのよ。

 だからご主人様が望めば頑張ってヒヒイロカネだって吸収するわ」


「そうさ、だから『陽光』はコレだけヒヒイロカネを……」


「けどねエリカ、それは本当に精霊が望んでいる事なの?」


「えっ!?」


「さっきも言ったわよね? 武器の精霊はご主人様の事しか考えてい居ないわ!

 そんな子がご主人様の為にならないことをすると思うの? しないわ、絶対にしない。

 ならその精霊が望む素材、その素材を吸収して何か不都合が有るのかしら? ふっ、そんなこと絶対にないわね!」


「あ、あぅ」


 エリカは何か言い返したいのだろうが、言葉が出ない。


「ねえエリカ『火蜂』を見てどう思う? それもうね魔鋼じゃないわ、何か別の合金よ。

 分かる? それが本来、武器の精霊が望んでいる姿なのよ、この子達はね自分のご主人様に相応しい武器になる為に、自分で必要な素材を選んで吸収、精製して自分の体を置き換えてその目指す合金になろうとしてるのよ」


「何だ! なんなんだその合金って!」


「師匠に聞いたんだけどね、『属性鋼』って言う見たいよ。

 『魔鋼』が進化した『鋼』ね。

 結構種類があるらしいわ、『炎鋼』『氷鋼』『嵐鋼』『殻鋼』だっけ? 他にもあるみたいだけど4大属性鋼はこれだって言ってたわね」


「なっ! 伝説の属性鋼だって!!」


 エリカはどうやらその合金の名前を知っていたようだ。伊達に上級冒険者をやっていない。


「まぁ! そんな名前なのね」


 ノリコは魔鋼から何かに変わりつつある自覚はあったようだが名前は知らなかったらしい。


「私も初めて聞きましたわ」


 博識のサアヤでも知らないことが有る様だ。それを考慮すれば名称だけでも知っていたエリカは凄いのかもしれない。伊達に上級冒険者ではない。


「因みにこの間のメンテナンスで調べた限りだと、ノリネエの『錘月』は『震鋼』に成りかけてるし、サアヤの『絶華』は『雷鋼』になりかけね」


「お姉さまのは何となくわかるのですが、何故私の『絶華』が『雷鋼』なんでしょうか? 特に雷撃系の魔法は多用してませんが?」


「さあ? 『絶華』に聞いてみたら? 想像だけど、まあサアヤは腕力が無いからね、雷撃系でスタンさせて動きを止める気じゃないかな?」


「ちょっと待って? ねえ、何で『錘月』の『震鋼』は分かっちゃうの? 私はサッパリわからないわ」


「お姉さま、『震鋼』この名が体を表すなら、その名称から分かるのは、恐らく折れないように強度を上げる為の地属性と、打撃威力アップの為の追加効果を与えようとしてるんだと思います、お姉さまにピッタリですわ」


「サアヤの言ってる事が恐らく正解ね、毎回攻撃の度にノリネエの馬鹿力で叩きつけられるのよ? 武器の疲労が毎回一番激しいのが『錘月』よ。

 その衝撃に耐える為に地属性で強度アップさせて、その衝撃の威力をアップさせるための属性を持っているのが多分『震鋼』なんだと思うわ」


「何故だい! アルバートの爺さんもヤキンの爺さんもエルネストの爺さんもそんな事は一言も!」


 エリカは上級冒険者、しかも下に2人も上級冒険者を引きつれたベテランだ。

 巨匠やその弟子との付き合いも長い、にも拘らず、エリカは今までその事を一度も聞いたことが無かった。


「あれ? これって秘中の秘だっけ? ……まっいっか! この程度は構わないでしょ、師匠も『どいつもこいつもヒヒイロカネ、ヒヒイロカネと! 全く馬鹿共が! 鋼の秘密も知らんド素人が増えて嘆かわしいわ!!』って言ってたし」


「メグミちゃんはどうやって教えて貰ったんですか?」


 エリカがオロオロしているのが嬉しいのか、すっかり機嫌を直して、『ママ』の膝の上に座った、サアヤがメグミに尋ねる。


「へっ? 単に師匠に『火蜂が最近変な合金に成って行くんだけど、この合金って何?』って聞いただけよ、そしたらペラペラ教えてくれたわよ? それにね『流石我が愛弟子!』とか言って抱き着こうとして来るのよ! うっとおしいったらないわ!!」


「相変わらず、この街の師匠は自分で気が付いた者には甘いですわね。

 所で抱き着こうとした師匠は……?」


「きっとあの時ね、お店でザッツバーグさんとお話ししてたら、鍛冶場から大きな音がしてね……大丈夫よサアヤちゃん、ちゃんと私が治療したから。

 けどその前、師匠に教わる前から吸収させる素材は精霊任せで何も問題ないってメグミちゃん笑ってたものね」


「分かったエリカ、その『陽光』だって私が造った、いわば私の子よ、それがこんな可哀そうな状態に成ってるのは親として我慢できないわ。

 ザッツバーグのおっちゃんなら相手を見て売って貰えると期待してたんだけど、ちょっと期待外れね」


「くぅぅ! ばっ馬鹿にしてっ! 覚えてろっ!」


「ちょっ! エリカ姐さんどこに! メグミちゃん、また今度! 僕の太刀も頼んだよ! ああ、待ってエリカ姐さん!!」


「エリカちゃんったら、それ三下悪役のセリフよ! もうっ待ちなさい!」


 突然立ち上がり、走り出したエリカを他の2人が追いかけて、この場を立ち去る。


「あぁーあ、エリカ行っちゃった、なにあの子、超足速いわ」


 メグミはトウモロコシを齧りながら走っていくエリカを眺め。


「はぁ、もう一寸抱っこしたかったわ」


 ノリコは名残惜しそうだ。



「とまあこんなことが有ってね、それでエリカ姐さんはここに駆け込んだって訳さ」


 長々としたシュウイチの説明が終わる。


「ねえシュウイチさん、最初の方の語り要りましたか? エリカちゃんが『陽光』ちゃんを見せたあたりからで十分じゃないかしら?」


 エリザベスはエリカを抱えたままお茶の準備を終え、


「あんたは話が長いんだよ! もっと要領よく纏めな!」


エリカはエリザベスの首に抱き着いたままシュウイチに文句を言う。

 出会った頃、エリザベスを妹のように可愛がっていたエリカ、しかし今では逆に妹のように可愛がられていた。


「けどそうね、その、メグミさんだっけ? その人の言ってる通りよエリカちゃん、少し『陽光』ちゃんは無理し過ぎね」


「むうぅぅぅ! ねえエリザベス、アンタもこの事は知ってたってことなのかい?」


 椅子に座って改めて『陽光』を眺めるエリザベス、その膝の上に当然のように座ってお茶を飲みながら、エリカは頬を膨らませる。


「ごめんねエリカちゃん、エルネストのお爺ちゃんに口止めされてるから、話せないのよ、まあエリカちゃん達はもう知っちゃったのよね?」


「何でなんだいっ! 教えてくれたって良いだろ! 秘密にする意味が分からないね!!」


「エルネストのお爺ちゃんに言わせれば『その程度の武器の気持ちも分からない者に属性鋼の武器を持つ資格はない!!』のだそうよ?

 武器の精霊の気持ちが分からない者には使いこなせないどころか、下手をしたら武器に取り込まれるってエルネストのお爺ちゃんが言ってたわ」


「何だいそりゃ? 武器の気持ち? そりゃエリザベスみたいな子には分かるんだろうけど……ねえ?」


「中々私達ではそこまで分からないわね? 武器の気持ちと言われてもね?」


「そうかな? 僕は何となく分かるけど? 

 ほら手入れしてるとさ、こう輝きが増したり、何となく元気だなっとか機嫌が良いのかなっとか分かるでしょ? そうゆう事じゃないのかな?」


「まあ精霊が宿ってるのは知ってるからね、何となく手入れしてて喜んでそうなのは分かるさ、けどその程度さね。

 それに『陽光』は順調にヒヒイロカネを吸収してたんだ、これで無理させ過ぎと言われても、そんなものどうやって見分けろって言うんだい!

 ……んん? そういやあシュウイチ、あんたはこの店のメンテナンス薬液を使ってるんだったね? あんたの太刀ちょっと見せな!」


「ん? 良いけど?」


 シュウイチが白い鞘、白い鍔、白い柄、全部真っ白の太刀を取り出し、鞘から抜き放つとエリカとエリザベスが腰かける横のカウンターの上に乗せる。

 エリカの背丈では太刀は大きすぎる、鞘から抜き放つのも一苦労、それを考慮しての行動だ。


「相変わらず真っ白だねえ、アンタに似て気障な太刀だよ全く!

 ふんっ、ミスリル主体で刃金がアダマンタイト化してきてるのかい、ねえシュウイチあんたヒヒイロカネは吸収させてないのかい?」


「僕は威力より白さ優先さ! 見てよ僕の『白桜』綺麗な白色だろ? それにメンテナンスの薬液はエリザベスちゃんにブレンドしてもらってるからね、お任せだよ」


「何だいそりゃ? エリザベスどういうことだい?」


「以前要望を聞いたら、シュウイチさんは白ければ後は何でもOKって、だからその希望だけ伝えて、後は『白桜』ちゃんにお任せね」


「あら? その薬液のブレンドの比率はどうなってるの? ミスリルとアダマンタイトだけ?」


 ヒトミもその太刀を見つめて不思議そうにエリザベスに尋ねる。

 上級冒険者の使う武器なのにヒヒイロカネが混ざっていなさそうなのが気に掛かるのだろう。


「いいえ、少し比率はその二つが多いですけど、他も満遍なく混ぜてますね、シュウイチさんは、お値段気にしないですからね、ヒヒイロカネも少し混ざってますよ?」


「満遍なく? ヒヒイロカネが混ざってるのに真っ白じゃないか?」


 エリカは刀身に顔を近づけて見つめるが染み一つない。


「表面に近い所はね、けど恐らく芯金付近はヒヒイロカネの比率が高いんじゃないかしら?

 『白桜』ちゃんがシュウイチさんの要望を聞いて、見た目だけは白くするようにしてくれているのね」


「はぁ? 素材ってのは表面から吸収していくんじゃないのかい? 芯金にヒヒイロカネ?」


「違うわよエリカちゃん、武器が素材を吸収するのは、素材が染み込んで言っているわけじゃあ無いのよ。

 精霊が錬金術の様に元の素材に薬液に含まれている素材を錬成していってるの、確かに表面に近い所、接触している方が錬成は楽だけど、楽に大量の素材を錬成するのが重要なのは傷や疲労を癒す時ね。

 武器の成長に伴う素材の置換は刀身全体に及んでいるわ。表面から吸収させるだけでは無理なのよ。

 エリカちゃん、日本刀の構造は知ってるわよね? 適材適所、各部位ごとに素材を使い分けているでしょ? 」


「まあそうだね……ああっ、なるほどそうか! 武器の精霊に任せると、適材適所で勝手に吸収する素材を使い分ける、その為には表面から吸収するだけでは無理だから非接触錬成で内部の構造も置換して行ってるんだね、そう言う事なんだろエリザベス!」


「正解よエリカちゃん、属性鋼の武器だって全部均一じゃないのよ、寧ろ均一じゃないからこその属性鋼の武器なのよ。

 そのシュウイチさんが見せて貰った太刀もそうだったんでしょ?

 魔鋼の刀身にオリハルコンの刃金、そして極めつけはヒヒイロカネの芯金!

 凄いわね、精霊がその後成長しやすいように素材を適所に配置してあるのね」


「ヒヒイロカネが加工できるなら全部ヒヒイロカネで造れば良いじゃないさ? 何だってそんな無駄な事を……腕がまだまだなのかねぇ?」


「それは違うと思うわエリカちゃん」


「違う? 何故?」


「ヒヒイロカネは凄い金属よ、けどね、刃金にして万が一欠けた場合、その修復には膨大な時間が掛るわ。

 靭性も強度も極めて高いけど、修理も異常にし難いのよ。

 その万が一を畏れてのオリハルコンの刃金じゃないかしら? オリハルコンはね特に修復速度が速いのよ、鋭さと粘り、そして修復の容易さ、それらを加味しての選択だと思うわ」


「『オリハルコン』は中々良い素材だわ、私の『金色夜叉』も良い切れ味だし、修復が早いのが特に助かるわ」


「でしょ? だから刀身の魔鋼も同じね、修復の容易さと靭性の高さ、そして将来の属性鋼への成長を見込んでの選択ね、仮にその太刀で敵の攻撃を受けて、傷が入っても修復は容易でしょうし。

 その太刀を渡す相手は武器で攻撃を逸らす癖のある人、そしてかなり力が強いのね、『武器強化』を掛けても刃が欠ける程の力で切る可能性が有るのよ」


「使い手の戦い方を見越しての素材の選択だってのかい?」


「そうよ、そしてそんな力で切りつけても決して折れない様に芯金にヒヒイロカネなのね……ルーンが赤く浮かび上がっていたのは芯金のヒヒイロカネを一部露出させているのかしら?

 金属疲労を取り除いたり修復するのに、素材を吸収しやすいようにって工夫なのかもしれないわね」


「カッコいいからってだけじゃないのか、メグミちゃんには珍しく見た目重視なのかと思ったよ」


「それに真っ黒な刀身……そこまで刀身が黒いのは可成り質の高い魔鋼、それは分かる、けどそう魔法回路は? 魔法回路までが黒、そんなのってあり得るの?

 ミスリル、オリハルコンどれも違う……魔法回路無しなんてあり得ない……ルーンが刻んである以上必ず魔法回路は有るのよ……黒い……黒銀、そうか黒銀だわ! その鍛冶師の人、魔法回路に黒銀を使ったのね!」


「黒銀? 何だってそんなマイナーな素材を? アレはアクセサリー用じゃなかったかい?」


「多分ザッツバーグさんが渡したんじゃないかな? 色々な素材を勉強して欲しかったんだと思うな」


 そんなザッツバーグに好意的なシンイチの言葉に対して、ヒトミは、


「あの人は武器マニアだから、黒銀の武器とかコレクションしたかったんじゃないかしら?」


少しザッツバーグに辛らつだ。


「そっちか!! 確かにその線は大いにあり得るな」


 だがその意見はシュウイチにも同意できる、なにせザッツバーグの武器マニア振りは有名なのだ。


「私も一度エルネストのお爺ちゃんに黒銀の剣を造ってくれるように頼んでみようかしら?」


「止めときなエリザベス、黒銀は確かに銀よりは遥かに硬く、靭性もあるけど、魔鋼と同程度で魔鋼よりも育ちが悪い。

 それに魔法回路に使うにしたって、銀よりは優れているけど、ミスリルやオリハルコンには劣る。

 全部が中途半端なんだよ、黒いってこと以外は全てミスリルに劣るのが黒銀さ、悪い事は言わない、止めときな」


「けどそのメグミさんだっけ、その人が使ってるわ、無駄な事はしない人でしょ? 何か意味が有るのよ」


「ううーーん、もしかするとヒヒイロカネとの組み合わせかな? 相性が良いんじゃないかな?

 黒銀は魔鋼と一緒で魔素を吸収して出来る金属だ。ヒヒイロカネの放出する魔力と相性が良いのかもしれないな。

 エリザベスちゃん、僕から正式に依頼するよ、一本黒銀で太刀を造って貰ってくれ」


「ヒヒイロカネとの組み合わせだとエルネストのお爺さんじゃあ無理よ? 巨匠に頼むならザッツバーグさんの所で依頼しないと」


「いや黒銀だけで良いよ、ヒヒイロカネは後から吸収させる、実験だからね、そこまでお金はかけないさ」


「メグミさんは造ってくれないの? 頼んでるんですよねシュウイチさん」


「中々ねえ、下手したら巨匠よりも頑固だよあの子は」


「私は、そのうち造ってくれるって約束したわ♪」


「斬りかかろうとしてよくそんな事が言えるよね、それにヒトミが斬りかかろうとしたことが分かってるのに、メグミちゃんも良くそれにOKしたよね……ねえ、僕の何がダメなんだろう?」


「白いからじゃないか? ウザいんだろその白さが?」


「エリカ姐さん酷いな! 白は僕のパーソナルカラーだよ! 白の何処がダメなんだい? これが良いんじゃないか!」


 そんなシュウイチの主張は三人にサラッと無視される。


「メグミさんに造ってもらうのはハードルが高いのね、分かりました、一度エルネストのお爺さんに相談してみるわ。

 運が良いのねその太刀を造って貰った相手の方は……それにしても背の高いシュウイチさんでも持て余すほどの大きさの太刀?

 ここまで工夫した太刀、見栄で大きくはしない筈よね、その太刀を渡す相手は誰?

 可成りの大男で力が強いわね多分……オーガの様な……あれ? 一人思い当たる人が居るけどそんなまさかね、ありえないわ。

 ヒヒイロカネを使った太刀、一体幾らになるの? とても見習いが買える値段じゃないわよね?」


「にしてもエリザベス、アンタは凄いね、シュウイチの話を聞いただけでそこまで分かるのかい?」


「簡単な連想ゲームよエリカちゃん、その鍛冶師の人が、機能美だけを求めるって噂の『巨匠の愛弟子』って人なら、多分間違いないわ。

 エリカちゃんの『陽光』ちゃんもそうだけど、その人が作る武器には無駄が一切ないのよ、全て理尽くめよ。

 私もお店のお客さんに持っている人が居るから見せて貰ったことが有るけど、このメグミさんって人の造る武器はその根本が一緒、あらゆる形状、工夫に全て理由があるわ。

 こう言う人がシュウイチさんが教えてくれた様な太刀を作ったのなら、この程度の想像は返って容易ね」


「無駄な飾りが無いんだよねメグミちゃんの造る武器には」


「まあ使いやすくて良い刀だよ『陽光』は。

 しかし、変じゃないか! 『陽光』のメンテナンスはザッツバーグの所の薬液を使って、ザッツバーグの所を通して鍛冶師に出してたんだよ!」


「エリカちゃん、ザッツバーグさんはきちんと仕事をしてるでしょ?

 何が変なの?」


「あそこは世界一の武器屋だろ! その腕を信頼して高い金も払ってるんだ!

 なのになんだいこのざまは! この子が無理をしている状態のまま放置だよ! おかしいじゃないか!!」


「それはそうエリカちゃんが望んだからでしょ?」


「えっ?」


「エリカちゃんは『陽光』ちゃんにヒヒイロカネを吸収して欲しかったし、ザッツバーグさんにもそう頼んだんでしょ?

 ヒトミさんもそうよね?

 今回メンテナンスに預かってた『金色夜叉』もヒヒイロカネだけを吸収させるように注文しているわ」


「確かにそうね」


「お客様の武器を預かった武器屋が、武器が可哀そうだからと言って勝手に別の素材を吸収なんてさせられないわ。

 そんな事をしたらお店の信用が無くなっちゃう、それに何故そんな事をしたのか理由を問われても、属性鋼の事は秘密だから答えられないのよ?

 もしエリカちゃんが理由を知らないまま、武器を私に預けて、私が勝手にヒヒイロカネ以外を吸収させたらエリカちゃんはどう思う? どうする?

 それでも私を信用してその後も武器を預ける?

 メンテナンスをしている鍛冶師も一緒、注文を違えることなんてできないわ。

 良いエリカちゃん、普通の人は精霊の希望なんて聞かないわ、自分達が育てたい様に自分の武器を育てるのよ」


「ううぅ」


「お客様あっての武器屋よ? そう言った注文だったんだもの仕方ないわ」


「しかしザッツバーグとは古い付き合いなんだよ! 少し位アドバイスをしてくれても良いじゃないか!」


「それなのよね、あの武器マニアのザッツバーグさんが本当にアドバイスし無かったのかしら? よく思い出してみてエリカちゃん」


「エリカ姐さん、ザッツバーグさんは以前から言ってるよ、薬液はジョンさんの所でエリザベスちゃんに調合してもらえって。

 けどジョンさんの、エリザベスちゃんの所にはヒヒイロカネのみの薬液がないからってザッツバーグさんの所で買っていたのはエリカ姐さんだよ」


「あぅあぅ」


「エリカちゃん、ザッツバーグさんの所は、世界一の高級武器屋、御客の要望がヒヒイロカネのみの薬液ばかりだから、それしか置いてないのよ。

 だから大事なお客さんにはウチのメンテナンス薬液を勧めてくれているのよ」


「理由が分かって思い出してみると色々あるね、ザッツバーグさんはエリザベスちゃんに『陽光』を見せたのかよく尋ねてたよね?

 それを育ってからエリザベスちゃんに見せて驚かせるんだって、そう言って見せなかったのはエリカ姐さんだよ」


「あああああぁぁぁぁ!! うるさい! うるさい! うるさい!

 なんだい寄ってたかって! エリザベスまで!!!」


 エリカはとうとう癇癪を起こして、殺気がその身から溢れ出る。しかし、


「ごめんエリカ姐さん、けど落ち着いて! エリザベスちゃんは一般人だよ!!」


それをシュウイチは慌てて止める。

 シュウイチ達は慣れている、少し位エリカが殺気を出しても平気だ。だが一般人のエリカにはその殺気はキツイ。

 エリカは慌てて殺気を消してエリザベスを見つめる、エリザベスは少し青い顔だがなんとか平気そうだ。

 エリカの癇癪は良くあるのだ、昔から付き合いのあるエリザベスだ、その殺気にも大分慣れていた。


「っとごめん、けどじゃあ私の『陽光』はもうダメなのかい、こんなにいい子なのに!! あんまりじゃないか!」


「何言ってるのエリカちゃん? これからでしょ? ヒヒイロカネはもう十分なんだからこれからは『陽光』ちゃんの意見を聞いて好きな素材を吸収させてあげれば良いだけじゃない?」


「へっ? えぇ? なに、そうなのかい?」


「そうよ? 先にコレだけヒヒイロカネを吸収してるんだから、他の素材の取り込みは寧ろ楽なんじゃない?

 武器としても育ってきてるし、育成は楽だと思うわよ?」


「なっ、なんでそれを早く言わないんだよ! アタシはてっきり『陽光』はもうダメなんだと……」


「『陽光』ちゃんの心が折れる前にアドバイスを受けて良かったわね、ザッツバーグさん達も、まだ大丈夫だから黙ってたんでしょうね、流石に取り返しがつかなくなる前にアドバイスをしてくれる筈よ」


「くそぅ、もっと早く教えてくれたって良いじゃないか!」


「自分で気が付いてほしかったのねきっと、期待されてたんだと思うわ」


「ふんっ、アタシは子供じゃないさね! 馬鹿にして!

 けどそうだね、エリザベス、『陽光』のメンテナンス薬液を任せるよ!

 調合しとくれ!」


「ハイハイ、毎度あり、そうだ知ってるエリカちゃん? 金属って種類が多いのよ?

 そもそも鋼は鉄じゃあないのよ、金属どころか炭素まで含んだ色々な元素の合金なの。

 だからそれらの元素を満遍なく含んだ薬液をベースににして、それぞれの武器やその持ち主と相談しながら配合を変えるのが、当店自慢のカスタマイズ薬液なのよ、凄いでしょ!」


 そんな事とは知らずにエリカはザッツバーグの所で、ザッツバーグが勧めないメンテナンス薬液を買っていたのだ。


「ふっ、ふーーん、ならヒヒイロカネも合金なのかい?」


 誤魔化す様に別の質問をする。


「そうよエリカちゃん、ヒヒイロカネも合金よ、魔法金属はね、魔法元素と物質元素の合金なのよ」


「魔法元素……はっ、ファンタジーだよねぇ」


「エリザベスちゃんは物知りだねえ」


「武器屋の娘ですからね、当然です、エッヘン!」


 エリザベスは鼻息も荒く形の良い胸を張る。


「ねえ? 魔法元素の量の差でヒヒイロカネやアダマンタイトになるのかしら?」


「いいえ、魔法元素にも色々ありますからね、それらの組み合わせで変わってくるんですよ、ただヒヒイロカネみたいに力の強い魔法金属は魔法元素の割合が多いのは確かですね」


「魔法元素ねえ、じゃあそれを合成すれば人工的にヒヒイロカネを作りだす事も可能なのかい?」


「色々実験はしているみたいですけど、成功はしてませんね。

 そもそもミスリルより上の魔法金属は結晶として産出されてるから生成が難しいのよ。

 魔素の濃い地下深くの地層で、尚且つその成分となる魔法元素や物質元素が多く含まれていないとダメ。更に近くに魔力の濃い地脈が走っていてその魔力の圧力と物理的な圧力等が揃って初めて生成される物なので、これらの条件を人工的に作り出すのは中々難しい見たい」


「もうっ! その辺の詳しい話は良いよめんどくさい! まあいい、エリザベス、メンテナンス薬液もそうだけど『陽光』のメンテナンスもお願いするよ。

 この子もメンテナンスの時期だ、丁度いい」


「メンテナンス? 必要ないわよ? 日常のメンテナンスで十分よ、ね! 『陽光』ちゃん♪」


「何を言ってるんだい? だってこの子はそろそろだよ? ねえシュウイチそうだったろ?」


「そうだね、ソロソロの筈だよ?」


「んん? あっ、そうなのそうなのね、そう良かったわね『陽光』ちゃん、そう、貴方のお母さんは優しいのね」


「何だいエリザベス、『陽光』はなんだって?」


「メグミさんが『陽光』ちゃんを見た時に、魔法でメンテナンスしてくれたのね、とても調子が良いって言ってるわ」


「たったアレだけの時間で? いやいくら何でも」


「ドワーフのお爺ちゃんたちと、そのメグミさんの違いはこれね、お爺ちゃん達は自分の技に拘るけど、そのメグミさんは違うわね。

 魔法だろうが何だろうが結果が同じなら良いのよ、その辺にこだわりが全く無いのね」


「ちょっと待って? 私の『血濡山姥』は如何なの? もしかしてこれも?」


「ちょっと良いですか? あれ? これは片方だけご機嫌だわ? ヒトミさん両方渡さなかったの?」


「そうやっぱり私のまで……勿体ない事をしたわ……」


「まあ此方は『金色夜叉』と交代でメンテナンスするしかないですね、どうします両方預かりましょうか?」


「そうね、これからは『血濡山姥』もこの店に預けるわ」


「いえ、今回はいいですけど、普段はザッツバーグさんの所で預かって貰た方が良いと思いますよ?」


「何処のお店に預けても、結局はメンテナンスするのは鍛冶師よね? それなら何処に預けても一緒でしょ? それに『血濡山姥』は元々エルネストさんに造って貰ったから元に戻っただけよ」


「まあそうなんですけど、付き合いのある鍛冶師が武器屋によって違いますからね。

『血濡山姥』ちゃんクラスになるとエルネストのお爺ちゃんじゃなきゃメンテナンスも難しいので……

 ウチは巨匠の直弟子はエルネストのお爺ちゃんだけなのでどうしても上のクラスの武器になると順番待ちがね……

 ザッツバーグさんの所なら同じクラスの『大名工』が何人か居ますからね、順番待ちが少ないので預ける期間が少なくてすみますよ?」


「エリザベスもザッツバーグさんもお互いの店を薦め合うのね、なに? もしかして談合かしら?」


「もう! ヒトミさん、人聞きの悪い事を言わないで下さい、違いますよ。

 お互いに客層が違うんです、だから得手不得手が有るだけですよ。

 その客層に見合った仕事の依頼で有れば喜んでお受けしますけど、そうじゃなければ相応しいお店を紹介するのは当たり前でしょ?

 無理をして依頼を受けても、お店にも、お客さんにもメリットは無いですからね」


「いっそメグミちゃんにメンテナンスだけでも頼めれば楽なんだけどね。

 そうだこれもザッツバーグさんに聞いたんだけど、メグミちゃん達は武器を一本しか使ってない、予備武器を持ってないって言ってたんだよ。

 メンテナンスの間は迷宮に潜るのを控えているのか? と思ってたけど……そうか、一瞬でメンテナンスが済むんだったら、確かに予備武器とか要らないよね」


「素材の補給には時間が掛りますけど、これは寝ている間にメンテナンス液に漬けてるんでしょうかね? 

 けど流石に一本だけとかチャレンジャー過ぎませんか?

 それだけの腕なんでしょ? 自分達の武器なんだから造れば良いだけでは?」


「うーーん、それがこの街の師匠達の謎の教育方針の所為で結構お金に困ってるみたいなんだよね、あの子達。その所為か武器もそうなんだけど、防具が酷い。

 かと思えば20キロのヒヒイロカネを使い切ったって、アダマンタイトやオリハルコン、それだけじゃない他にも素材を色々何キロも持ってる筈なんだよメグミちゃんは。

 なのにお金に苦労してるなんて不憫だよね」


「その黒い太刀、もし売るならどの位の値段なんですか? それだけでも、普通の防具位直ぐに揃えられるでしょ?」


「本当にもしもの話になるけどね、なにせヒヒイロカネを使った武器だよ? 売れば100億は超えるんじゃないかな? 

  剣の形をしているだけでビックリする様な高値で取り引きされてるからね、その位はするだろうね。まっ、上級冒険者の僕達でもおいそれとは出せない金額だね。

 まあ依頼品みたいだし、謝礼金だけで済ませたとして……それでも数十億かな?

 けどあの武器の持ち主がその値段を出すのかは怪しいな、さっきも言ったけど巨匠の方針らしくてね、メグミちゃんは自分の武器の本当の値段を知らないみたいなんだ。

 多分自分が使ってる素材の値段も知らないんじゃないかな?」


「それってウチのお店が何店丸ごと買えるんでしょうね?

 変わった育て方ですね? そうかそれで黒銀に対する偏見も無いんですね、素材を値段で選んでないんだわ、使いたい素材を使いたいところに使ってるんですね」


「素材への偏見をなくす為か、まあそれも有るのかもね、けど一番の理由は、若いうちから大金を手に入れると碌な職人に育たないからって言ってたな」


「けどそんなにお金に困ってるなら、シュウイチ、あんたが少しばかりお金を積めば、アンタの太刀も造ってくれるんじゃないのかい?」


「もう既に素材としてかなりの金額積んでいるんだけどね!!

 まあそれは兎も角、勝手にお金を積んでメグミちゃんに依頼するとバレたら街に居られなくなるよ。

 ザッツバーグさんから『巨匠に殺されても良いなら好きにすると良い、けど師匠連中は全員この教育方針に賛成してる。だからもし約束を破ったら他の師匠連中にも狙われるからね?』っと警告されてるんだ」


「貴方、土下座して頼んでたでしょ? あれはOKなの?」


「お金どころか素材すら渡してない、ただただ誠心誠意頼んでいるだけだからね、それにザッツバーグさんを通して巨匠の許可も貰ってる。

 既に素材でお金は納めてるから、メグミちゃんに頼むだけなら問題はないさ」


「まあ良いさ、アンタはアンタで頑張んな! さてザッツバーグの所に行くよ! エリザベス、後で若いのを店に寄こすから、『陽光』のメンテナンス薬液を渡しとくれ!」


「ザッツバーグさんの所に? 何するつもりだいエリカ姐さん!」


「手持ちの武器を全部預けてメンテナンスさせるんだ! 決まってるだろ!」


「せめて半分にしておきなさいエリカちゃん、武器が無いと戦えないでしょ?」


ヒトミが呆れ、


「エリカちゃん、暴力はダメよ?」


エリザベスはザッツバーグの身を案じた。



 エリカ達が去った後も、メグミ達は相変わらずあの場所でのんびりと過ごしていた。


(くそっ! サアヤがノリネエの膝枕取ったから私の膝枕が無いわ!!)


「ってあれ? 又サキュバスのお姉さん交代してるわね、あっクソ、インキュバスか! 男の娘って何よ! 紛らわしい!!」


「あら、あの人男性なの? そうは見えないわね」


「ハッ、男ってだけでどうでも良いわね」


「にしてもヨシヒロ様は遅いわね? まだ用事が済まないのかしら?」


「全く、何企んでんだか! まあ良いわ、私ちょっと眠くなってきたから寝るわ」


「なに? メグミちゃん寝るの? 今サアヤちゃんが寝てるから私は……」


「仕方ありませんね、メグミ、私が膝枕してあげるわ、そんな所で寝ないで此方にきなさい」


 縁台の様な長椅子を占拠して寝転がるメグミに、『ママ』は自分の膝を叩いて誘う。


「やった! じゃあ遠慮なく!!」


「メグミ、向きが逆よ? 何で貴方は何時もそうなの?」


「(この方が暗くて落ち着くのよ! さっきノリネエの膝枕で仰向けになった時、光が眩しくて、眠れなかったわ)」


「はぁーー、まあ良いわ、大人しく寝る分には許してあげます」


「(むっ? あれ? なんで? 息が苦しいわ! もしかしてこれは!!)」


「メグミ、余計な事を言ったらご飯抜きよ? 分かっていますね」


「どうしたのメグミちゃん、何故? ……もしかして足の間に隙間が……」


「ノリコ、貴方も余計な事は言わないで良いのよ?」


 『ママ』は太っているわけではない、しかし、ノリコと比べて若干、柔らかい肉が付いているのは否定できない。

 

 メグミは起き上がって、ママの膝枕、その太腿を撫でて、


「違うわノリネエ、これは服の所為ね、多少お肉の関係も有るのかもしれないけど、まあその分、感触は『ママ』の方が上よ! 最高だわ」


この瞬間、この家の膝枕ナンバーワンは『ママ』に決定した。


「服?」


「そうよ、『ママ』はスカートにエプロンドレス、膝の上、腿と腿との間の隙間をその服が埋めて幕を張って、その所為で隙間が無いのよ、それに布越しで息をしようにも生地がシッカリし過ぎていて出来ないわ!」


「ああ、そうなのね、けどどうするのメグミちゃん、大人しく仰向けで眠る?」


「メグミちゃん、仰向けじゃなくてもお腹の方を向いて横に寝れば、余り眩しくないですよ」


 サアヤが正にその恰好で寝ながらメグミに声を掛ける。


「あらサアヤちゃん起きたの? ね、もう酔いは冷めた?」


「未だ少し……もう一寸このまま寝てますわ、お姉さま」


「そう、そうね、丁度お昼寝には良いかもね」


「なるほど、サアヤあんたやっぱり天才ね! うん良い感じだわ!」


「じゃあ解決ね、良かった! そう言えばメグミちゃん、何? さっきヨシヒロ様が何か企んでるって言ってたわよね?」


「ノリコ」


「なあに『ママ』、どうしたの?」


「もうメグミは寝てるわ」


「……驚くほど寝つきが良いのよねメグミちゃんって」


「魔力の切れた魔道具みたいに寝るわねこの子は、全く子供と一緒ね、限界まで遊んで、そのまま寝ちゃうのよね」


 眠るメグミを優しく撫でながら、『ママ』は静かに語り掛ける。


「最近遅くまで頑張ってたから疲れているのね」


「貴方も疲れているでしょ? サアヤもまた寝たみたいだし、貴方も少し眠りなさい。私に凭れると良いわ」


「けど、それだと『ママ』は?」


「言ってるでしょ、ノリコ、私は眠らないのよ、遠慮はいらないわ」


「ごめんね『ママ』実は私もお腹が膨れた所為か限界なの……」


「子どもは眠るものよ、おやすみなさい」


 それまで騒がしかったフードコートの一角に静かな寝息だけが漏れる。



 それから一時間後。


「おや? なんじゃメグミ達は寝ておるのか? 出直した方がいいかのう?」


 メグミ達の元を訪れたヨシヒロは眠るメグミ達を見て出直そうと踵を返す。

 すると、


「貴方が神官長のヨシヒロ様ですね? 昨日はこの子達が迷惑をお掛けしました。

 心より謝罪を、後桃をご馳走様でした。

 こちらはつまらないものですがどうかお納めください」


 『ママ』が目を開けてヨシヒロを呼び止め、そしてそのまま収納魔法で取り出した籐で編んだ籠をヨシヒロに差し出す。


「これは失礼を起こしてしまったかな?」


 ヨシヒロは内心少し驚く、そうそのメイド、ごく自然にそこに座っているメイドをヨシヒロは声を掛けられるまで認識できなかったのだ。


「いえ、私は眠れませんから、最初から起きていました、お気になさらずに」


「ほう、これはアップルパイですかな? 良い匂いだ。後で美味しく頂こう」


「あと、メグミはもうすぐ目覚めます、少しお待ちください。

 ノリコは……これはすぐには起きませんね、この子は一度寝ると中々起きないから。

 サアヤは先ほどから目を瞑っているだけなので……平気ね?」


「ええ、『ママ』私は平気ですわ、酔いもすっかり冷めました」


 そう言ってサアヤは、ノリコの膝枕から起き上がる。


「おはようサアヤ、よく眠れたかね?」


 ヨシヒロが尋ねると、


「ええ、最高の枕でしたから!」


ノリコの太腿を撫でて、サアヤは笑顔で答える。その間もノリコは『ママ』に凭れて寝たままだ、一向に起きる気配がない。


「羨ましいのう、ウッオホン、いや、いかんなつい本音が、修行が足らんな、ワハハッ」

 

 ヨシヒロの笑い声に、『ママ』の膝枕で寝ていたメグミが反応する。


「んっ……あれ? ここどこ? ああ祭りの……おっさん誰?」


 メグミは寝つきも良いが、寝起きもとても良い。スッと目覚めると直ぐ様周囲の状況を確認する。

 起き抜けに目に入ったのがおっさんだった為か、メグミは直ぐに不機嫌そうにヨシヒロを睨みつける。


「んーーむ、メグミおはよう、そしてメグミ? お主昨日会ったばかりじゃろう? それに、お主がワシに用があってここに来たんじゃろう?」


 流石に昨日の今日で、顔すら忘れられたヨシヒロ、これには呆れて溜息が漏れる。


「ああ、神官長のジジイね、おはよう。

 けどまあ良いわ、お詫びも済んだし、帰ろっか? ってノリネエがまだ寝てるのね」


「のうメグミ、今の会話の何処にお詫びが有ったのか聞いても良いかな?」


 確かにヨシヒロは『ママ』には謝罪され、お詫びの品まで受け取っている。

 だが、メグミからお詫びらしき言葉は昨日も今日も一言も聞いていない。


「はぁ? あんたらに付き合って囮役をやってあげたでしょ? これで貸し借りは無しよ、なに? お礼でもしてくれるのかしら?」


 メグミの言葉にヨシヒロが固まる。


「それはどういった意味ですかメグミちゃん、囮役? 何のことです?」


 その言葉にサアヤが反応する、サアヤにはメグミが何を言っているのか分からない。


「サアヤ見なさい、あそこに又、サキュバスのお姉さんが居るわ、最初はアイ様が昨日騒ぎを起こした私の監視に寄こしてるのだと思ってたけど……違ったわ」


「監視役? それも初耳なんですけど? ……けど違った?」


 サアヤもそこに『大地母神』の神官が代わりばんこに来ているのは気が付いていたが、『大地母神』神殿はすぐ隣、休憩時間に折角だからと祭り見学や、食事を楽しんでいるのかと思っていた。


「この祭りは他国の人が結構来てるでしょ? どうもその中に私達を狙ってる連中も紛れていたみたいで、そいつらを釣るためのエサだったのよ、私達は。

 で、あのお姉さん達はあそこでそいつらの動きを見張ってたのね」


 ここで長時間待たされた理由をメグミは『何らかの作戦で自分達を囮に、敵を誘い出している』そう考えていた。

 そして自分達と周囲の様子が一望できるあの場所に、不自然に交代で居座る『淫魔』の神官達。

 それをメグミは敵の監視兼、自分達の護衛だろうと踏んでいたのだ。


「ふむ、そう思った根拠は?」


 尋ねて来る時点で認めたも同然なのだが、ヨシヒロは素知らぬ振りをしてその理由をメグミに尋ねる。


「これだけ回りをウロチョロされたら馬鹿でも分かるわよ、何人か捕まえたんでしょ?」


 だからメグミは端的に答える、監視役の『淫魔』の神官だけではない、周囲では人混みに紛れて、複数の勢力が暗躍していた。


「この祭りの人混みの中で正確に動きを掴んだのか!?」


 ヨシヒロが驚く。祭りは大盛況だ、見物客は昨日にも増して周囲に溢れている。


「あんた達お互いに殺気が漏れすぎね、気取られたくなければもう少し殺気と気配を押さえるのね」


 別にメグミとて周囲の人の動きを全て監視していたわけではない、殺気を放つ人物のみに注視してその動きを追っていただけだ。

 こちらに殺気を向ける者、そしてこちらを探る気配、それだけを追っていれば大体状況は把握できた。


 そもそも、メグミは、別に周囲の不審者を探していたわけではない。本気で可愛い子を周囲の祭り客から探していただけなのだ。

 その際に、不審者の気配を捕らえてしまっただけだ。

 直ぐにこの街の手の者か、不審者を捕らえた気配が有ったので、引き続き美少女を探していると、また、不審者がメグミの気配探査に引っかかる。

 こんな事を数回も繰り返せば状況を察するなと言う方が無理なのだ。


「よくそんな中で平然と寝てましたねメグミちゃん、危ないじゃないですか、そこまでヨシヒロ様達を信頼してたんですか?」


 信頼しているなら、自分達の周囲から人を遠ざけはしない、半分はワザと大きめの声で騒いで周囲の人を遠ざけたのだ。

 自分達が狙われているのだ、万が一の際に守らなければならない者は可能な限り減らしたい。とばっちりを受けて怪我でもされたら後味が悪すぎる、流石に周囲全員を守れると思うほど自分に己惚れても居ない。

 それに周囲に人が居ない方が自分達に近寄ってくる者の不自然さが際立つのだ。


「ハッまさか! 途中からね、こっちに向かってくる連中が、捕まる前に消える様になったのよ、警戒する必要がなくなったから寝たのよ」


 そう信頼できる者が動き出したのだ、後は任せれば良いだけ……


「……そこまで掴んで居ったのか、で? 消えた連中は何処にやった?」


 この事はヨシヒロの方でも掴んでいた、いや寧ろそれを不自然に思ったからこそ、ヨシヒロが作戦も半ばでここに出向いたのだ。


「知らないわ、『ママ』に聞いて、消えた連中は『ママ』の結界に捕えられたのよ、私に聞かれても困るわ」


 メグミは今まで黙って遣り取りを聞いていた『ママ』に話を振る。すると、


「あまり回りで騒がれるとメグミが何時まで経っても寝ませんからね、少し処理させて貰いました。そちらも、もう十分捕虜は捕らえたでしょう? 頃合いだったと思うのですが、ダメでしたか?」


平然と『ママ』が答える。


 メグミと同じく『ママ』も周囲の状況を把握していた。

 そして何時ものように結界を張り、此方に害意を持つものを『処理』したのだ。


「むぅ、ダメではないがな、こちらも可能な限り情報を収集したい、その処理した連中、原形を留めていなくても良いから此方に引き渡してほしいんじゃが?」


 メグミ達は目立つ……

 巨匠が『愛弟子』と誰憚ることなく呼ぶメグミ。

 『大地母神』神官長のアイが『我の娘』と呼び可愛がるノリコ。

 エルフの重要人物であるティターニアの孫娘サアヤ。

 それだけでも狙われるには十分すぎる理由なのに、更に他の三人の『神匠』からも弟子として非常に目を掛けられている三人組。

 優秀な職人はどの国も喉から手が出るほど欲している、更に、見習いながら噂になる程桁違いの戦闘能力、少し位危険を冒しても手に入れる価値は十二分にある三人なのだ。


 今までだってメグミ達を狙って他国の勢力の暗躍はあった。別に今回に限った話ではないのだ。


 ランニングに出かけるメグミを狙った者もいた。


 しかし、メグミが今まで無事だったのは、メグミのランニングに追いつける者が誰も居なかったからだ。


 メグミはランニングと称して道なき道を駆ける。


 そう、道以外を駆けるのだ。塀の上位なら可愛いもの、屋根の上だろうが木の上だろうがお構いなしに駆け抜けていく、他人の家も神殿も、それこそ聖域で有ろうがお構いなしに出鱈目に走り抜ける。

 追いかけるのを諦めて待ち伏せようにもルートさえ毎回バラバラだ。


 捕らえようとした組織の人間が頭を抱えたのは言うまでもない。


 メグミ自身は単に可愛い女の子を見かけたら進路変更をし、そのお尻を追いかけたり、可愛い女の子のいる家に目を付け、部屋の中を覗けないかと屋根に登ったり木の上に登ったりしていただけ、勝手気ままに女の子ウォッチングを楽しんでいただけなのだが……


 メグミは何時もそんな調子だからランニングを苦に思ったことが一度も無い。

 日本に居る時からランニングする女の子のお尻や弾む胸を視姦する為延々後ろや横をついて走ったり、可愛い女の子の部屋を覗けるスポットを探し求めて道なき道を走り回っていただけ。


 趣味と実益を兼ねた、素晴らしい行為、それがメグミのランニング。


 なにせ仮に咎められても、


「なによ? ちょっとランニングしてただけよ? えっなんだって? ここは道じゃない? 私の通った後に道は出来るのよ! 気にしたらダメよ」


言い訳もバッチリなのだ。


 他国の工作員も易々と諦めた訳ではない、全て徒労に終わったが何度も挑戦はしたのだ。

 しかし、下手に追いかけた部隊員が、塀で足を滑らせ、股間を強打する、濡れた屋根から滑り落ちる、痴漢と間違えられて捕まる、などなど人的被害の甚大さに、今ではランニング中のメグミを捕らえる事は完全に諦められていた。


「無理です! 向かい合った壁を蹴って屋根に上るなんて事を実際にやってのける化け物ですよ? 追いつけません!」


「あの女、ちょっとした傾斜の付いた壁なら平気で駆け上がる、脚力が異常だ!」


「勢いさえついてれば垂直の壁だって走るんですよ? 忍者マスターかよ!」


「木登りの速さが尋常じゃあねえ! サルかあの女!」


「サル処じゃねえよ! サルでも躊躇うような高所で、枝から枝へ飛び移って移動しやがる! 頭のネジが外れてるよ」


「あの女、細い枝でも平気で飛び移るんだぜ! 枝が折れても平然と他の枝を掴んでそのまま移動していくとか、頭がおかしい、ちょっと間違えば落ちて大けがだ!」


「ちょっとでもとっかかりが有れば壁をクモみたいに這い上っていく、あれ本当に冒険者か? 泥棒の間違いじゃないのか?」


 そんな部下から上ってくる苦情ともつかぬ報告に諦めざるおえなかったのだ。


 他の2人は余り1人で出歩かないし、かと言って『帰らずの館』と各国の非合法活動の実行部隊から畏れられる、あの家に籠っているメグミ達には手が出せない。

 それを多大な犠牲を払って学んだ各国は、チャンスを虎視眈々と伺っていたのだ。

 

 そんな折に、この祭りの人混み、絶好の状況の中に出てきた美味しいエサに各国は飛びついた。


 隠密行動が求められている、普段なら昼間から人攫いなど、ましてや他国人の組織行動など、目立ってしょうがない。


 だが今回は祭り、しかも他国から来た巡礼者や観光客の多い『光と太陽の神』の春の大祭、集団で他国人が活動しても目立たない。

 さらに人混みに紛れて接近し、睡眠剤や麻痺毒、スタン系の魔道具で無力化さえすれば、酔っ払いや祭りに興奮して気分の悪くなった知り合いを介抱をしている振りをし、人気のない所に連れ出し、そのまま転移魔法を使えば逃げ切るのも容易。


 各国は喜び勇んでこの機会を逃すまいと、全力を注いだのだ。

 

 そこに『帰らずの館』が潜んでいることも知らずに……


「なにを物騒な、『ママ』あんなこと言ってますよ」


 ヨシヒロの『原型を留めてなくても』、この言葉にサアヤが憤慨する。


「困ったわね、どうしようかしら?」


 『ママ』が頬に手を当てて、目を伏せる。

 家族を襲う者に対して、一切の容赦は『ママ』の中には無い。

 そして『ママ』はその者達の情報すら必要としていない。生かして捉える必要が無いのだ。


「何もう分解済みなの? まあ良いじゃない欠片か遺品でもあれば渡せば良いのよ」


 それだけあれば『蘇生』は無理でも霊体を呼び寄せる事は出来る。

 ヨシヒロが欲しいのは情報で有って、捕虜本人ではない筈だ、そう判断してのメグミの助言だ。


 死の直前に身に付けていた思いの宿る遺品や遺体の一部からなら、死んで時間が余り立っていなければ、死者の霊体を呼び寄せる事ができる『霊体喚起』が使える。

 対アンデッドで鍛え上げているこの地域の冒険者にとって、『霊体喚起』で呼び寄せた弱い霊体を縛り、情報を無理矢理引き出す事など造作も無い。

 情報だけ必要な場合、生きていない方が寧ろ楽なくらいだ。


 それにどうしても生かしたまま捕らえたいのなら、ちょっとした欠片からでも生き返らせる事の出来る『復活』もある。

 これは呼び寄せた霊体を元に身体を再構成させて生き返らせる、まさに『復活』させる奇跡だ。

 ただし、その奇跡は対価もそれに見合った物になり、使用にあたっては膨大な魔力と極めて高い『加護』が必要になる為殆ど使用されない、たとえ使用された場合でも儀式魔法として高位の神官が複数人で数日かけて執り行う様な奇跡だ。

 そして生き返った本人にも様々なデメリットが伴う。

 再構成された体は弱く、生前の力どころか日常生活にも支障を来すレベルまで弱体化する。

 更に知能の低下や記憶の欠落を伴い、精神体と霊体の劣化も引き起こす為、どれ程元が優秀な人物で有ろうと使用に耐えれるのは一回が限度で有るとされている。


 その為、メグミは今回使用したとしても『霊体喚起』だろうと予想した。


「……あれ?」


 当然のようにヨシヒロよりもエグイ会話をするメグミ、そしてそれに頷く『ママ』、サアヤは会話について行けずにキョトンとしている。


「……まあ、それしかないのであれば、仕方あるまいな。

 さて、バレておるなら仕方がない、まあ万全は期した心算じゃ、これで貸し借り無しじゃな?」


 ヨシヒロがウィンクをしてメグミに告げる。


(うわぁ、ジジイのウィンクとか誰得なのよ? ウザいわ! 死ねばいいのに!)


 内心をありありと表情に浮かべ、蔑む様な目でヨシヒロを睨むメグミであったが、一つ気になることが有ったので、ヨシヒロに尋ねる。


「ねえ、上級を三人も呼んで相手をした大物はどうなったの?」


 あからさまに怪しい登場の『陽炎』の三人組、このタイミングで現れたのは偶然ではないだろう。


(あの白いの……シュウイチだっけ? アレが恐らくこっちの護衛ね。

 何で野郎がこっちに来るのよ! エリカを寄こせとは言わないけど、せめて女性を寄こしなさいよね!

 やっと強そうなのが集団でこっちに向かってたのに、こっちに獲物が到着する前に横取りするし!)


 複数の組織が暗躍していたが、一つ、飛びぬけて練度の高い、統制の取れた集団が居た。

 此方に近寄ってきていた集団は、昨日メグミが相手をした『黒銀』の冒険者よりも気配が強かった。

 恐らく何処かの国の裏仕事専門の中級以上の冒険者だろう。


(けどあの人数差で、あの数の敵を、あれだけの速度で無力化してるのは流石は上級冒険者ね。

 向こうの決着が付いた頃にヒトミだっけ? あのお姉さんがこっちに来たって事は、戦闘自体はエリカ一人? 小っちゃいのに大したものね、ヒトミは戦闘と護衛の両方のサポートでもしてたのかしら?)


 流石に距離が離れていたため、それ以上の詳細は分からない、エリカの大きな気が接近する度に、相手の気配が消えていたので恐らくはエリカが主に狩っていたと思われるのだが、エリカの周辺以外でも気配が消えていた。

 ヒトミが狩っていたのか、第三者が居たのか……


(やっぱり気配とかだけだと離れた位置での戦闘の詳細は掴みにくいわ、探査系の拡充は緊急の課題ね。

 ちょっとエリカが遅れてこっちに合流してきたけど、あれはシャワーを浴びてたのね、着替えてたのかな?)


 抱きしめた際にまだ少し髪がしっとりしていた。

 相手のがどうなったのか詳細は分からないが、それを成した側がシャワーと着替えを必要としている事だけは確かだ。


(騒ぎにはなっていないから、コッソリ倒してたんだろうけど、それでも……どうやって倒したのか興味があるわね)


「それは秘密じゃな」


「ケチ臭いジジイね」


「まああれじゃ、サキュバスの長の所に送ったでな、もう心配は無い、ワシが話せるのはここまでじゃな」


「サキュバスの長?」


「その昔、オークの大軍勢が攻め寄せてきたときに、このヘルイチを守った方ですわね」


 メグミ達の会話について行けず、それまで唖然としていたサアヤが、やっと自分でも分かる単語に、喜んで、その解説をしてくれる。


「へえ、オークの大軍勢? ってあの旧王都の?」


 ヘルイチ地上街の西を流れるヘルライン大河、この対岸を南西に30キロほど進むと先の魔物の暴走で滅び去った王国の首都だった廃墟が有る。

 王国自体が滅びたので新王都が有るわけでは無いのだが、この地域ではその廃墟を旧王都と呼んでいた。

 その旧王都は今はオーク達が大きな群を作って住み着いており、定期討伐クエストはこの群れが余り大きくならない様にオークの数を間引く目的で行われている。


「違いますわ、郊外で膨れ上がった別のオークの群れですね。

 周囲の魔物も何もかも食べ尽くす、暴走状態のオークの群れで、何でも特殊なオークの個体が発生すると、この状態にオークの群れが成るそうです。

 まあ発生頻度は百年に一度の有るか無いからしいですが。

 こうなったオークの群れは非常に厄介です。死すら厭わずに、ただ食欲の命じるままに全てを食べ尽くす夥しい数のオークの群れ。

 その群れがヘルイチ地上街に迫り、滅びの危機に瀕していた際に、この群れを撃退したのが、そのサキュバスの長と言う方ですわ」


 一概に5街地域と言っても、中心都市のヘルイチ地上街と周辺都市との間には数百キロに及ぶ距離がある。

 各中心都市間を結ぶ主要な交易路には、町や村々が有り、交易路を外れた箇所に有る開拓村を含めれば可なり広範囲に人々の生活している生活圏が広がっている。

 これらを合わせて5街地域と呼んでいる。

 だがこれだけ発展している5街地域で有っても、支配地域のその殆どが未開拓地域であり、人々の生活圏は点でしか無い、そこを街道が細い線の様に結んでいるだけなのだ。その点と線から離れた場所、そこは郊外と呼ばれており、そこには多数の魔物が生息している。

 オークの群れもその一つで、主要な旧王都の群れだけでなく小さな群れは多数存在している。

 それに5街地域外からも自由に魔物は移動してくる、5街地域などという境界は人が便宜上付けたものに過ぎず、魔物には存在しない。移動を妨げるものは存在しないのだ。


「イナゴの大群見たいなオークね、でもそんなオークの群れをサキュバスが撃退したの? やっぱりサキュバスって優秀な人が多いのね」


「サキュバスが撃退したのでなく、サキュバスの長が一人で撃退したんです」


「あれ? 思ったより小規模な群れだったのかしら?」


「20万を超えるオークの大群だったそうですけど?」


 イーストウッドの遥か南を海岸線に沿って地域外から西に移動してきたこのオークの大群は、人々が気が付いた時には既にこれだけの規模の大群に成っており、進路上に合ったヘルイチ地上街は滅びの危機に瀕したのだ。

 この地域の冒険者にとっては手頃な獲物であるオークも、一般人には到底かなわない強力な魔物。

 一般人が当てにならない以上冒険者で対抗するしか無い訳だが、当時はまだ冒険者の数も少なく、それだけの数に対抗出来るだけの人数を揃えられなかった。


「20万匹?! それは凄いわね、大規模魔法で吹き飛ばしたのかしら?」


「さあ、私も詳しくは……」


 サアヤもその方法までは知らなかったようだ、読んだ文献にそこまで詳しく記載されていなかったのだろう。


「搾り尽くしたのじゃよ、精気も生気も吸い尽くしたんじゃ」


 サアヤに代わってヨシヒロが答える。


「あれ? サキュバスって思った以上に兇悪? 何その威力、『精気吸引』や『生気吸引』て広く浅く吸う分には余り大したこと無かったんじゃないの?」


「あの方達のような古株のサキュバスは、若いサキュバスと根本的に違うでな。

 サキュバスで有る前に上位魔族じゃ」


「にしても魔物からも吸えるのね? ならじゃんじゃんサキュバスが吸っちゃえば簡単に魔物退治出来るんじゃない?」


(弱体化させるだけでも、狩りの効率が上がるわね、そう考えると、サキュバスをパーティーメンバーに迎えるのも悪くない考えだわ)


「それは無理じゃろうな、あの際も、街を救って貰って街の皆が大層喜んだものじゃ、その感謝の気持ちと功績を称えるために宴を催したのじゃが、だが本人は吐き気がすると言ってのう、宴にも顔を出さずに引き籠ってしもうた」


「その話が今の案と何の関係が? もしかして一緒に戦闘した時に、感謝すると、それがサキュバスには毒になるとかなの?」


「いや、魔物の精気や生気そのモノがダメなのじゃよ、ゲロマズらしい。

 あの際も『今回だけよ! こんな不味いモノ二度と食べないわ! 薄いゲロマズスープを無理やり飲んだ気分よ、うぅぅ、吐きそう、もう寝る!』といってのう、それからずっと娼館に籠りきりじゃな」


 そうそれから数十年経つが、未だに出てこない。

 まあ娼館の中で元気に過ごしているらしいが……


「ジジイの女の声真似は気持ち悪いだけね、しかも妙に上手い所がキモさを倍増させるわ!!

 けどよくそんな不味いモノ20万匹分も飲めたわね?」


「……噺家とかも落語で女の真似はするじゃろう? 落語はワシの趣味での、練習したんじゃぞこれでも?

 まあ底の知れん方じゃ、味は兎も角、容量は余裕じゃろう」


「で、その長の所に捕虜が居るのね? 何やってんの? 絞ってるの?」


「どうじゃろうな? 趣味の方を優先して居る筈じゃが?」


「趣味?」


 捕虜を捕まえているのだ普通仕事を優先させると思うのだが……


「Sの女王様でもあるのでな、あの方は」


「それって拷問してるって事なんでしょ?」


「ウチの地域は人権に配慮して居るからな? なに単なるプレイじゃのう」


「何でも喋っちゃうプレイね、全く碌でもないわね」


 サキュバスの拷問に肉体的な損傷は伴わない、その為人権に配慮されてるといえなくは無い。

 サキュバスの拷問は簡単に言えば『寸止め』だ。

 どうやってかは知らないが延々とイク直前の状態を維持したまま嬲られるのだ。

 一見大した事では無いように聞こえるが、それが数時間続けばそこには脳が焼き切れるほどの地獄が待っている。

 鎮静化する事なく延々と分泌される脳内麻薬に自分自身が耐えられなくなるのだ。

 どんなに意思の強い者でも半日も嬲られば全て喋ってしまう程だと言う。

 そしてこれをサキュバス達が満足するまで延々と繰り返されるのだ。

 何故ならサキュバスにとっては溢れでる精力で食事が出来る一石二鳥の拷問方法だからだ。

 そして食事がメインで情報の取得が二の次な為、幾ら喋っても、どれだけ洗いざらい暴露しても、そこに終わりが無い。

 拷問を終えた者は良くて女性恐怖症や不能、中には狂ってしまう者も多い。


 『人権にに配慮した』


 単なる建前だが、他国に対してはその建前が重要なのだろう。


「じゃがお前さん達の大先輩じゃぞ?」


「えっ? なんで?」


「サキュバスには『大地母神』の神官が多いでな、サキュバスの長もその例に漏れず、『大地母神』の信徒じゃ。

 アイが神官長を務めては居るが、神官の格でいえばサキュバスの長の方が上じゃな」


「『大地母神』の神官の先輩か、確かに大先輩ね。

 そう考えるとヤヨイ様が言っていた。

 『教義』でその行為を『功徳』として認めているとか、その行為で不利益を被らない様に『避妊』『性病予防』『性病治療』等様々な『加護』与えているとか、これも冗談じゃなかったのね」


「あの……メグミちゃんそれ本当ですか?」


「そうよ? ああ、サアヤとノリネエには知らせるなって言われてたんだっけ? 子供には刺激が強いって……忘れなさいサアヤ」


「『大地母神』様って本当にどうなってますの?」


「そもそもサキュバスの神官がこれだけいるのよ? 分かるでしょ?」


「私は単に『大地母神』様の懐が深くて魔族の方も受け入れているだけかと……」


「何だっけ? 『信仰の一形態』らしいから、別に信徒が全員そんな行為をする必要は無いらしいわよ? あとノリネエには絶対に秘密ね」


「『大地母神』様もサキュバスもトンでも有りませんわね」


「ワシはお主達も相当だと思うがのう、今回の件といい、相当じゃぞ?」


「私をメグミちゃんと一緒にしないでください! 私はそこまで酷くは有りませんわ」


「今回私は何もしてないわよ? やったのは『ママ』よ? なにサアヤは『ママ』が酷いって言うの?」


「え? あれ? それは……」


「フフッ、偶にはサアヤもご飯抜いてみる?」


「何でですのーーーーー!!!」

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