第27話〈ちょっと息抜き番外〉『6柱神』

 この異世界には6柱の『神』がいる。

 

 此方の世界の神様の様に『信仰されている』のではなく、実際に存在している。

 

 ≪何故存在していると言い切れるのか?≫ 

 

 疑問に思う方も居るだろう、しかし答えは簡単だ。

 

 会話が可能なのだ。

 

 誰でも可能なわけではないが、その声を聞き、此方の問いにも答える存在としてそこにある。これは高位の神官に限った事ではない、子供だろうと老人だろうと、男も女も関係なく、『神』に認められその存在を強く感じられる者にとってこの世界の『神』は身近な存在なのだ。


 なにせこの世界の『神』は人々に『加護』と『恩恵』を与えている。


 奇跡を実際に誰しもが経験できるのだ、しかも条件を満たし、その修練を行えば自らその奇跡を行使できる、その存在を疑うことは難しい。


 しかし、会話だけなら、そう声がするだけなら別の何か、巨大な自我を持った魔法装置の様な物が人々に奇跡の力を与え、会話している。

 そう言った疑いも出る、特に此方の世界から召喚された人々には実在する『神』など俄かには信じられない。

 だが……声だけではないのだ、此方の『神』は時折姿さえ見せる。


『神々しく降臨する』


 ……そう思った人もいるかも知れないがこちらの『神』は神々しさと縁遠い。


何故か? 


 自らを称える祭りの屋台で買い食いをしている姿を見かけられたり、子供と一緒に神殿の境内で遊んでいたりする姿が度々みられるからだ。


 頻繁にではないが、そんな感じで気まぐれに、しかし度々降臨する為、人々も神々に気易い。


≪そんな者は神ではない!!≫


 確かにそう言った意見もある。だが『神』に出会った者は全て、それは『神』だと証言する。見目美しい男女、神々しいほど美しいその姿も確かに『神』の証明だろう……

 しかし、違うのだ、出会った者は皆その圧倒的な存在感と抱擁感に、生物的な畏怖をもってそれが『神』だと何故か認識できてしまうのだ。



「アレが神なの? まあ確かに綺麗ね、それにスタイルも良いわ……けどノリネエと大差なくない? 

 けどまあ折角だし、あの胸揉んでこようかしら? 次何時降臨するか分からないんでしょ?」


 どこにでも例外は居る、そしてここにも一人罰当たりな例外が居た……


「なんで折角って単語と胸を揉むって行為が繋がるの? お願いだから止めて、アレでも本人はお忍びでコッソリ遊びに来ている心算なのよ……だからそっと見守ってあげてね。

 それに『炎と戦いの女神』様だから怒らせると怖いわよ、本当に罰が、神罰が下りますからね」

 

 罰当たりな行為を止めようとしているのだが、その本人が『神』をアレ呼ばわりだ、信仰心に篤い者が聞いたら激怒しそうなセリフである。


「気が強そうだものね……真面目そうだし、その辺の許容範囲は確かに狭そうね、神様の癖に……もっと大きな心、寛容の精神は無いのかしら?」


「その寛容の精神で悪戯をするのは止めましょうね、プライベートでしょうし、そっと見守りましょう、ね?」


 他の『神』を祀る大祭の出店で買い食いしているのだ、確かにプライベートなのだろう。


「むうぅぅ、折角の美乳なのに! あっ……分かったわよ冗談よ! 暴力反対! 勿体ないけどまあ良いわ、先に別の女神様で試してから……

 そうだ『大地母神』様は来てないの? 巨乳だって聞いたわ! 見つけたら是非揉まないと! 『大地母神』様なら笑って許してくれるわきっと」


 握った恋人繋ぎの手を、その握力で握りつぶすかの様に力を込めるノリコに、慌てて弁解をする。幾ら鍛えても単純な腕力ではノリコにすら劣るのだ、力比べでは敵わない。

 しかし、続く言葉は自らが信仰すると決めた主神に対しての言葉としては最悪だろう。脱力するようにノリコの力が抜ける。


「確かに『大地母神』様なら笑って許して下さるでしょうけど……多分そのまま笑って罰も下しますよ、『加護』が弱く成る位なら、他の女神で試した方が良いんじゃありませんか?」


 ここにもう一人、『神』に対して、自らの信仰すると決めた主神に全く敬意を抱いていない人物がいた。


「はぁっ、まったくもう!! 貴方達、折角のお祭りなのよ? そのお祭りを楽しんでいる方に酷い事をしたら許しませんよ? 例え相手が誰であろうと、ダメな物はダメ! ほら行きますよ」


 相手が『神』で有るとか関係なしに、他者に迷惑を掛けそうな子供を叱り飛ばす、大人の保護者が居たようだ。


「そうだったわ、今日は保護者同伴だったわね……うっ、分かったわよ、何もしないわ。

 ねえ、二人とも手を繋いでくれるのは確かに嬉しいのだけど……左右から掴まれると全く手が動かせないんだけど……いっそ腕を組むか、いい加減、手を離してくれても良いのだけど?」


「それはダメ、ねえ、昨日何をしたか忘れたの?」


「そうね、その件で謝罪とお礼に来ているのよ? 又騒ぎを起こしたら何しに来ているのか分からないでしょ?

 今日は大人しく言うことを聞きなさい。

 それと腕を組んだら益々胸に自分の腕を押し付けて来るでしょ。公衆の面前でそんな不埒な真似は許しませんよ!!」


(うっ、バレてる? なんで? 露骨すぎたかしら?

 ……ああっ、折角巨乳二人に挟まれてるのに!!)


「……何かしたかしら? 覚えが無いわね」


 『光と太陽の神』を祀る、春の大祭の喧騒に、白々しい少女の韜晦の声が掻き消される。



 八百万の神様のいる日本人にとっては、今更新たに6柱増えたところで、全く気にもならない。

 それらの異界の『神』はこの街に召喚された日本人にすんなり受け入れられた。

 他国の、それこそ神々しい『神』を信仰する人達には許容しがたい、フレンドリーな神々も、日本人にとっては昔話で、またおとぎ話で、はたまた現代のラノベで語られる、良くいる人間臭い神様だ。

 日本人は神を畏れ敬いはするし、蔑ろにはしない、しかし、同時に絶対視もしない。

 日本人にとっても神は自然現象の様な、地震や台風等と同じで、人の抗えない巨大な『何か』だ。


 故に、


「汝は神を信じますか? 神の言葉を、その全てを受けいれ懺悔し、許しを請い、神の言葉に従うのです」


 そう問われれば、日本人は、


「はぁ? まあその言葉に選りけりじゃない? 全部を受け入れろって? 死ねって言われたら死ぬの? 首の上についてるのは何なの? 自分で考えないなら脳みそなんて必要ないわよ?」


 これは極端な例だが似たり寄ったりだろう。

 日本人にとって神を畏れ敬う事と、盲目的に信じる事は同一ではない。

 特に一神教の人々が信じる神様の様に全知全能で決して間違いを犯さない、そんな神様は日本人には馴染みが薄い。

 日本人に親しんだ神様は間違いも犯すし失敗もする。とても不完全な存在ながらも巨大な力を持った『何か』でしかないのだ。


 そんな日本人の気質にこの異世界の神々の在り方は非常に受け入れやすいモノだった。高みから見下ろすのでなく、その傍らに寄り添うように有ろうとするその姿は日本人が古来から信仰し敬ってきた神様にどこか似ていたのだ。


 『6柱神』


 そう呼ばれる神々、だがこの異世界の『神』は6柱神に留まらない、邪神と言われる神々も居る。マイナーなごく一部の種族に信仰されている神も居る。

 天使や神の御使いなども含めれば可成りの数の神々とその眷属が居るのだ。

 この事も日本人には受け入れやすい、先にも述べたが日本には八百万の神が居るのだ、少しばかり神様の数が多かろうと、数が増えようと気にもしない。

 

「神様は神様でしょ? それが何であれ、神様に違いないのなら、例えそれがどんなモノでも、一定の畏敬の念を持って接すれば良いだけでしょ?

 まあふざけたことしでかすなら例え神でも許さないけどね!」


 日本は使い古しの裁縫用の折れた針にまで神様の宿る国なのだ。

 そう巨大な力すら持たなくても、何か不思議な存在、それすら神として祀る日本人にはあらゆる神と神の眷属は等しく『神様』であり、畏敬の念を持って接するべき存在、それだけの事として受け入れられた。


 そしてこの異世界の神々、特に6柱神は祭り好きだ。


「人々が笑い、踊る、そして楽しく飲んで食べて歌う、こんな素敵な事が他にあるかね?」


 そう言って祭りを推奨しているのだ。


「単に自分達が楽しみたいだけじゃないの? お忍びとか言って遊びに来て、買い食いしたり、踊ったり、飲んだりしてるんでしょ?」


 そんな声も一部に有るのは事実だが、まあそれも祭り好きな日本人らしく、特に反発も無く祭りは人々に受け入れられている。


 ここ5街地域では6柱全ての『神』の祭が、すべて街ぐるみで開催されている。

 特にヘルイチ地上街では日本からお盆、正月、七夕、お月見、夏祭り、秋祭りなどの日本古来の風習や祭り、また、クリスマスやハロウィーン、バレンタイン等の舶来のお祭りも当然の様に開催され、


「どれだけ祭り好きなのよ!! この街、毎週何かの祭りが何処かで行われているんじゃない?」


「あれ? 知らなかったんですか? 実際、祭りの無い週が有りませんよ」


「なっ!! 費用とかどうなってるのよ? 祭りの資金が無限に沸いてくるわけじゃないでしょ?」


「元々屋台とかは普通に物を売って利益を上げてますし、神事や奉納の舞や踊りは常に練習しているものを一般に公開するだけですよ」


「飾り付けなんかも毎回、回収して再利用してるから、費用は殆どかかって無いって言ってたわ……必要なのは人手だけ。

 その人手も『功徳』の為のボランティアで神官が大挙して手伝ってるから問題ないし……それに屋台なんかの場所代で返って黒字だってアイ様が仰ってたわ。

 何とかもっとお祭り増やせないかと悩んでおられたわね」


「商魂たくましいわね! 要するに皆騒ぎたいだけなのね……」


「まあヘルイチ地上街は観光地でもありますからね、世界各国から訪れる旅人、観光客や巡礼者にお祭りを楽しんでもらってお金を落として貰う。理にかなってますわ」


「誰も困って無くて寧ろ喜んでいるのだから、良いんじゃないかしら?」


 そうだれも祭りが多くて困ってない、迷宮から生みだされる資源で常に街が潤っている為、祭りで騒いで資源を消費しても困らないのだ。

 観光客や巡礼者も祭りでお金を落とす、お金の回りが良く成り、更に祭りが増える。

 各神殿、各種ギルド、商店街などが、我も我もと祭りを増やしていった結果、祭りの無い週が無くなる程祭りが多い。

 一応人手の関係もあり、重ならない様に配慮はされているらしいが……


「街の住人の頭の中が、お祭りだらけでパープリンにならなきゃ良いけどね」


「飲兵衛にとっては天国のような街でしょうね」


「みんなが笑顔なのは良い事よ、町全体がどこかの夢の国の様な遊園地みたいな物でしょ? 素敵だわ」


「本当に遊園地なら良いのだろうけど……ここは普通に住人が暮らす街でしょ?」


「何ですか? お祭り嫌いなんですか?」


「別にお祭りは良いのよ、お祭りは何方かと言えば好きよ、ただね、お祭りが有ると必ず居るのよ酔っ払いが!!  

 この酔っ払いが何故が良く絡んでくるのよね、うっとおしいったらないわ!! それが嫌なだけよ」


「まあ、黙っていれば可愛いですからね……懲らしめるのは良いですけど手加減してあげてくださいね」


「やり過ぎはダメよ?」


「半殺し位で勘弁してあげてるわよ、流石に私も鬼じゃあ無いわ」


「……本当にやり過ぎてはダメよ」



 しかし、この様な状態にあるのは、この街『ヘルイチ地上街』を含めた周辺5街、『5街地域』だけで有る。

 その他の国、異世界の都市や街は、6柱の何れかの『神』だけを信仰し、その他の『神』は排除されて居たりするところも多く、6柱の神殿が全て一つ街に存在している街が有るのはこの5街地域だけだという。


 又、アメリカ人、ドイツ人等他の国から召喚された人々の多い街は更に複雑で、元の世界の宗教を信じている人々と、元の世界の『神』は、こちらの世界のあの『神』と言う人々、元の世界の宗教は忘れ、こちらの『神』を信仰し始める人々、そんな風に色々派閥が別れ大変な争いが起きたりしているらしい。


 そういう話を聞くと、


「日本人でよかったわ、居るのか居ないのか分からない神様や、居ても万能でもない神様なんてモノの為に、人間が殺し合うほど争うってんだから、全くなに考えているのか理解できないわね!

 ……そもそもあの人だけは良さそうな神様たちがそんな事望んでいるの?

 どうせそれで得してる守銭奴や、頭パッパラパーな狂信者が扇動してるだけでしょ?

 そんなアホらしい争いに付き合わされない。それだけでもここに召喚されて本当に良かったわ」


そう心底思う。


 この街の6柱の神の神殿はお互いに仲が良く、お互いに、お互いの祭りに協力したり、共同で『セーブポイント』を運営維持したりしている。


 その考えはこの異世界では、可成り異端らしく、各6柱の神の総本山、大神殿やその大神官長等から、この街の神殿、神官長などは、異端として非常に疎まれている。


「己が信仰する『神』を蔑ろにするのか!!」

「他の『神』を祀る神事に協力などと、恥を知れ!」

「異端者め! 背教者共め!!」


 口汚く罵られ、ほぼ絶縁状態だ。

 しかし、この街の神官長は大神殿の大神官長よりも、よほど『神』に信頼されており、その身に受ける『加護』の強さも、『恩恵』の強さも比較にすらならないほど強大なため、他の地域の神殿は何も手出しができないらしい。

 別段大神殿から絶縁されたところで何も困らない、そう、


「『神』はそこに居る、信仰はここにある、それ以上何が必要かしら? 

 私は大神殿の大神官長を信仰しているのではないわ、私は私の愛すべき『神』を信仰しているのよ」


 『大地母神』神官長アイ様はそう仰り。


「然り、我々は『神』の言葉を聞き、その忠告に耳を傾け、自らを戒め、その言葉を道しるべに自らを高めるだけじゃ」


 『光と太陽の神』神官長ヨシヒロ様はそう好々爺然として微笑む。


「『神』がお許しになっていることを、大神官が許さないなどと……私を笑い死にさせたいのかしら?」


 『白き月と夜の女神』神官長のユイ様は鼻で笑い、


「『神』にも会えず、その声も聴くことが出来ない者が大神官長とは嘆かわしいわね。

 信仰に出自や地位が関係あるのかしら? その考えは『神』がお認めになっているのかしらね? もしお認めになっているのなら、それは私の『神』とは別の神様ね、名前が一緒なんて紛らわしいわね」

 

 『青き月と闇の女神』神官長セラ様が冷徹に切り捨てる。

 

「あんな馬鹿共の話など聞く必要は無いわ!!

 口で吠えるだけなど、それでも『炎と戦いの女神』の神官かしら? 

 気に入らないなら戦いなさい! 堂々と掛かってくるが良いわ、返り討ちにして、全て焼き尽くして差し上げますわ!」


 『炎と戦いの女神』神官長カルラ様は良いお年にも関わらず、血気盛んだ。


「みみっちいのう、なんじゃその度量の狭さは、海の男なら細かい事など気にするでないわ! はっ、如何でも良いわそんな事! 酒が不味くなる! 

 うまい酒に良い女、それに広い海、他に何が必要だ? 『神』? ワハハハハ! こいつは傑作じゃ!

 我らの『海王神』様は他には何も要らぬそうだぞ、ワッハハハハ」


 『海王神』神官長テツヤ様は豪快に笑い飛ばす。


「自らの信仰に自ら縛られるなど、『風と商売の神』の大神官長が聞いて呆れるぜ。

 風は自由、自由だろ!! 分かるか!! そう自由! フリーーーーダム!! 分かったらみんな俺の歌を聞けーーーーーー!!!」

 

 『風と商売の神』神官長のバサラ様は突然歌い出す、自由過ぎるだろう……


 大神殿の大神官長が年に一回『神』の声を聴ければ良い状態であるのに、下手したら毎日『神』の声を聴き、色々相談にも乗っているというこの街の神官長達。

 そしてお祭りの多いこの地域に頻繁に降臨する神々。

 大神殿から破門されようが、絶縁されようが一向に困らない、それどころか神々が気楽に降臨する所為で、大神殿よりも聖地化しているこの地域の神殿には世界各国から巡礼者が訪れる。

 信者は皆、大神官長の言葉を聞き、姿を見るよりは、『神』の言葉を聞き、その姿を見たいのだ。


 ここで6柱の『神』だが、


◇『光と太陽の神』◇

 光と正義を象徴し、その神聖なる光の力で、不浄を払う力は6柱で一番効果が強い。


◇『白き月と夜の女神』と『青き月と闇の女神』◇

 双子の女神で、2柱で1柱の『神』で有るとされる。非常に仲が良く、2柱で姉妹愛を象徴しているとされる。

◇『白き月と夜の女神』◇

 夜と神秘と女性を象徴し、『魔力』と『精神力』を補助する『加護』は6柱で一番効果が強い。

◇『青き月と闇の女神』◇

 闇と知識と死を象徴し、『全ての知識の根源』を参照することのできる『加護』と安らかな死を与える『加護』を司るが、その『加護』得ることは6柱で一番難易度が高いとされる。


◇『大地母神』◇

 母と大地と生命を象徴し、その大いなる慈悲で全てを癒す、その癒しの『加護』は6柱で一番効果が強い。


◇『炎と戦いの女神』◇

 炎と戦いを象徴し、『生きることは戦いである』とし、その戦いに勇敢に立ち向かうことを旨とする、戦闘における補助の『加護』は6柱で一番効果が強い。


◇『風と商売の神』◇

 風の自由と商売の繁栄を象徴し、その幸運を上昇させる『加護』は6柱で一番効果が強い。


◇『海王神』◇

 水と海と男性を象徴し、その力を上昇させる『加護』は6柱で一番効果が強い。


こんな特色が有るが、基本的な『加護』は共通している。

 又、神々は、一つの神だけを信仰するように求めてはいない。幾つ神を信仰しようと一切問題ないのだ。

 この教えも大神殿では異端とされ排斥の原因にもなっているが、この地域の人々は気にしない。



 ケイコは目の前の状況を見つめ、未だに戸惑っていた。


(何でこんなことになったんだろう、なんで?)


 ケイコの目の前では、小柄な少女が男達に囲まれ、その行く手を遮られていた。



 彼女達の噂を聞いたのは、ケイコがこの異世界に召喚されて5か月が経とうとした頃だった。


「スゲー奴らが居るって噂聞いたか? 女三人組でそこら中荒らしまわってるってよ」

「凄え綺麗な美人の三人組だって聞いたぜ、是非お相手願いたいね! 一度パーティー組んでみてーー」

「桁違いに強いらしいからな、お前じゃ足手纏いにしかならねえさ、なんでもこの間、小屋程の大きさの魔物を漬物屋に売りに来たって」

「ハハハッ、そりゃ話を盛り過ぎだろ、噂ってのは尾鰭が付きやすいからな」

「?んっ? 白い小っちゃい子の話じゃないの?」

「ああ、それ知ってる、白尽くめの女の子でしょ? 小っちゃくて可愛いって」

「受付嬢の訓練について歩いてるって話だよな? けど最近の話か? 半年前位からチョクチョク見かけた奴がいるだろ?」

「あれ? 女なのか? 『黒銀』に拾われたのは大男だろ?」

「ああ、あれも規格外だろ、この間『オークの集落』で狩りまくってたぜそいつ」

「男の話は良いんだよ、重要なのは女だ! 美人三人組だろ!」

「私が聞いた話と違う……その美人ってサキュバスの二人組でしょ?」

「人数減ってるじゃねえか! しかもサキュバスって!」

「何だお前知らないのかよ? 一度娼館に行ってみろ、スゲエぜ! 美人だらけだ!」

「今の話と何の関係があるんだよ! ……凄いのか?」

「ああん? なんだ何も知らねえのか? 娼館にはサキュバスが居るんだよ、ってかサキュバスばっかりだよ! しかも料金が安い!」

「うわっ、男子ってサイテー、こっちくんな!!」

「うるせー! モテない男の辛さがお前に分かるか!! あそこのサキュバスは天使だ!!」

「いや魔族だろ? サキュバスなんだろ?」

「天使がヤラセてくれるか? サキュバスはヤレル!!」

「ウッわ、最悪、なにアンタたち、悪魔に手を出すほど飢えてるとかほんと最悪ね!」

「悪魔じゃねえ、魔族だよ、一緒にすんな!」

「似たり寄ったりじゃねえのか? それって憑り殺されたりしねえのか?」

「死んでねえだろ? 寧ろ絶好調だぜ!」

「なあ話が逸れてるだろ? 美人三人組の話は如何なった?」

「バッカおめえ、出来ねえ三人組よりも出来るサキュバスだろ!」

「サイテー、最悪! 男子って頭の中ヤルことしかないの!」

「無いね! 思春期男子嘗めんな!」


 若干情報が錯綜していたが、そんな噂を聞いてケイコは、


(ちょっと前まではカズミお姉さまの話題で持ちきりだったのに……なに? なんなの?)


その噂の多さに戸惑う……

 どうやら最近、見習い冒険者となったケイコの後輩に、噂になる様な者が多いらしい。


 ケイコは同時期に召喚されたカズミやキミコと共にパーティーを組んでいる。

 このパーティーは主にカズミの活躍により、この時期に召喚された女性の見習い冒険者の中では順調な、とても優秀な女性冒険者のパーティーとして有名だったのだ。

 

 だがそれを掻き消すほどの噂。


(カズミお姉さまよりも凄い新人? そんなバカな、あり得ない! 信じられないわ! だってお姉さまは天才よ?)



 この異世界でケイコの『お姉さま』となったカズミは天才だ。

 文武両道に於いてその天才ぶりを発揮し、そして聖女候補と言われる程の美貌と抜群のスタイルを兼ね備えた完璧超人だ。


 少し勝気で切れ長の瞳は意志の強さを感じさせる、そんな一見キツい冷たい印象さえ受ける美貌。

 しかし実際は常に優しげな微笑を浮かべているため、冷酷そうな印象を受けない。

 それを高貴な、優雅な印象に変えているのだ。


 頭身が高くスラリと伸びた長い手足に小さなお尻。


(カズミさんって本当に私と同じ日本人なの? 顔だちもそうだけど、ハーフ? それともクォーターかしら? 顔小さい、モデルさんみたい)


 ケイコがそう思うほど日本人離れした体型をしていた。もう少し背が高ければ間違いなく一流モデルにだってなれる。


 カズミは一目見れば聖女候補もさもありなんと誰しもが納得する、そんな女の子だ。


 長い髪を上品に纏め、緩く巻いた髪型、気品あふれる立ち姿、優雅に振舞うその姿はまさに皆の憧れるお姉さまだった。


 座学や実技も常にトップの成績で、非常に目立った存在。普通それだけ目立てば他の女子から嫌煙されて孤立する。

 だがカズミは全く孤立していなかった。そう、コミュニケーション能力が非常に高いのだ。

 全く自分を鼻に掛けず、誰にでも気さくに親切に対応し、小さな悩みでも真剣に聞いてくれる。そしてこちらから話しかければ気軽に話し返してくれ話題も豊富、だから男女問わず常に周りに人が集まる。

 そして特定の人物を贔屓することなく常に公平、なのに困っていれば助けてくれる世話焼き気質。


(なんてコミュニケーション能力! 多数の人に囲まれることに慣れてるんだわ。

 付け焼刃な感じじゃない……何かしら? すっごい頼りになるわ)


 不思議に思ってケイコがそれとなく尋ねると、


「日本に居た頃はこれでも生徒会長だったのよ? そうあのお嬢様学校。

 え? お金持ち? 違うわよ。うちは普通のサラリーマンよ。

 おばあ様があそこのOGでね、だから学園長先生と昔から知り合いだったのよ。

 その縁で入学させて貰えただけよ。

 学園長先生ったら小さいときから知ってるでしょ? その感覚で色々雑用を頼まれてね、いつの間にか生徒会に入ってて、そのまま生徒会長になってたわ。

 そうね、だから人の先頭に立って行動すること、それに大勢の人のお世話をすることには慣れているのかもね。

 ま、やってることはただの雑用だったのだけどね、そうね生徒会長といっても学園長先生の雑用係、お世話係ね」


 そんな話をしてくれた。


(いや雑用係って、その学園長先生もカズミさんのことを認めていたのだと思うわ。

 だからそう、色々と気にかけてらしたのね……けどあのお嬢様学校の学園長と知り合いって、小さいころから付き合いがあるって、それって普通のサラリーマンなの?

 ……大きな会社なら社長とかも一応サラリーマンになるのかしら?)


 だからだろうか? カズミは余り特徴の無い地味なケイコにも分け隔てなく親切に接し、召喚同期という事もあり何かと気に掛けてくれていた。


(特定の男子と仲良くすることがないのよね、男嫌いってわけじゃなくて、普通に男子と話してるのに、常に一定の距離を置いてる感じ、これが有るから他の女子からも嫌われないのね)


 ケイコはそんなカズミに憧れて、積極的にアプローチして何とかカズミのグループに入ることが出来た。

 コミュニケーション能力の高いカズミは、他のグループにも積極的に話しかけていたが、どうしても女子には取り巻きのグループが出来てしまうのだ。

 そのグループから弾き出されないよう、ケイコは必至だった。


(高嶺の花、それは分かってる、けど同性でも憧れるのよ、そうよ憧れは止められない! だってなんだかカズミさんってお姉さまな感じだものね……ああっ憧れのお姉さま!)


 ごく普通の地方都市の公立普通科高校、無論共学、そこに通う女子高生だったケイコは、某女子高を舞台にした百合小説に憧れていた。

 そう『お姉さま』に憧れる微百合少女だった。

 そんなケイコにとってカズミはまさに憧れの理想の『お姉さま』そのものに思えた。


 だがケイコは知っている、そんなカズミが蔭で人一倍努力している、そんな姿を知っている。


 ある日、普段よりも朝早くに目が覚めたケイコは何か飲み物でもと寮の食堂へ向かっていた。

 早朝過ぎて誰もいない、静まり返った廊下を歩いていると不意に玄関のドアが開く音がする。気になって玄関へ行くと、一人、見習い冒険者寮をジャージ姿で出ていくカズミを見かけた。


(こんな早朝にカズミさんどこに行くんだろ? まだ薄暗いよね?)


 連日の実技訓練に講習、そして実戦である迷宮での魔物相手の戦闘、皆疲れ果て泥の様に眠っている、そんな早朝に一人出かけるカズミ。

 単なる興味本位、そう好奇心が抑えきれずにケイコは着の身着のまま、その後を追った。


 しかし、そこでケイコが見たのは、重りを背負い、神殿の石段を駆けあがるカズミの姿だった。

 その後も誰も居ない境内で重いメイスの素振りを繰り返し、更に魔法の訓練までする。


 汗にまみれ、歯を食いしばり、髪を振り乱して一心不乱に訓練する。

 普段のカズミからは想像もできない姿がそこに有った。


 そんな無理な訓練をしていれば当然だろう、気を失いかけ倒れそうになる。

 すると慌ててポーションを取り出して一気に飲み干す。

 そして、また重りを背負って今度はスロープを駆け降り、寮に戻っていった。


 こっそりと隠れて覗いていたケイコは、そのカズミの姿に愕然としていた。

 普段のカズミは優雅に、そうスマートに何でもこなしていた。そしてもたつくケイコたちに優しくアドバイスをしてくれていたのだ。


(嘘……天才……そうよね? カズミさんは天才でしょ? なんで?)


 その早朝の訓練をケイコが覗いた日もカズミは何事も無かったかのように優雅に、スマートに自分達と同じ訓練メニューを熟し、講義を聞いていた。


 自分の目で見た早朝のカズミの姿が信じられないケイコはその日の夕食後、こっそりカズミの部屋の明かりが消えるのを待ってみた。


(確かに運動は努力、訓練も重要だわ。けど座学は? アレだけ早起きなのよ、きっと早く寝ている筈よ。自主勉強なんてしている時間は無いわ、やっぱりカズミさんは天才なのよ) 


 そう思い、カズミの寝る時間が気になったのだ。

 だが、ケイコが思わず寝入るまでカズミの部屋の明かりが消えることはなかった。

 そして翌朝慌てて起きたケイコは、その日の早朝も当然のように早朝訓練に出かけるカズミを目撃する。


(凄い……凄いわカズミさん、貴方はやっぱり天才よ、そう努力の天才だわ!!

 優雅に泳ぐ白鳥も、水中では必死で足を掻いている。

 それを本当にやって見せる人が現実に居るなんて……自分の目で見た今でも信じられない。

 益々憧れるわカズミさん!! いえ、カズミお姉さまっ!!)


 ケイコは別に凄い『天才』に憧れはない、素敵な『お姉さま』に憧れていたのだ。

 カズミのその姿は、その陰で努力し、決してその努力をひけらかさないその姿は、ケイコの憧れる『お姉さま』として何も問題なかった。寧ろその姿に共感さえ覚えたのだ。


 その日以来、ケイコは更に積極的にカズミに話しかけ、更に親しくなって行った。

 そして憧れの彼女に、お姉さまに少しでも近付きたくて、蔭でコッソリ自分も努力もした。

 昨日今日始めた訓練ではカズミにはどうやっても追いつけない! そんなことは分かっていた。だが諦めきれなかった。


(カズミお姉さまでさえあんなに努力なさってる、ならお姉さまに少しでも追い付く為に、もっと私が努力しないでどうするの!)


 早朝訓練でへとへとになってしまうことも有ったが何とか歯を食いしばって頑張った。


 その甲斐もあって、見事ケイコはカズミのパーティメンバーにキミコと共に選ばれた。


 その頃には既にカズミは、その才能を如何なく発揮し、『光と太陽の神』の神官となり『加護』を高め、魔法を使い熟し、自分で近接戦闘、防衛も出来る期待のルーキー、10年に一人、いや20年に一人の逸材と噂されるまでいなっていた。

 こんな訳の分からない異世界に来てもカズミは、全く怯むことなく、自らを高め、努力し続けていたのだ。


(私のカズミお姉さまよ、当然よね。

 お姉さま!! 尊いわ! 素敵!!)


 そんなカズミのパーティメンバーに選ばれるためには熾烈な女同士の争いが有ったのだ。


 この街の見習い冒険者達は大体最初は仲の良い同性同士のグループでパーティーを組んで行動する。そう自然と出来上がっていった召喚同期の女性同士のグループ、それが見習い冒険者としてのパーティになるのは必然、最初の1~2ヵ月はそんな感じで女性のみのパーティ単位でクエストを熟していった。


 だが女性の見習い冒険者達は直ぐに壁に突き当たる……女性だけだと前衛が脆い、魔物との戦闘において戦線が維持できないのだ。


 確かに女性も近接戦闘等を学ぶ、カズミやケイコもある程度は近接戦闘も熟せる。

 しかし、それでも足りない、それだけでは足りないのだ。


 魔物はどんどん強くなる、攻撃は益々鋭く激しくなり、その防御力は益々上がっていく、硬く、素早くなっていくのだ。

 体格・身体能力に劣る女性では攻撃力不足、防御力不足になる。

 攻撃が当たらない、当たってもダメージが通らない、攻撃を弾き返される。

 攻撃を受ければ防御しきれない、その攻撃に容易によろけ、膝をついてしまう、攻撃に押し負けて押し倒される。


 その為、女性の見習い冒険者は大抵が後衛、支援職や回復職、そして魔法による火力職を選択する。

 前衛を選びようがない、こればかりは仕方がない。

 しかし、そうなってくると女性だけではパーティーが成立しなくなっていく。


 故に、自然と見習い冒険者となって3ヵ月目位から、女性見習い冒険者は仲の良い三人組でパーティーを組み、それに男性のパーティー、3人~5人のグループが加わる形が、一般的なパーティーの形に成って行く。


 この女性三人組は6人パーティにおける一般的な後衛職の人数だ。幾らカズミ達女性が望もうと、それ以上、一つパーティに女性を加える余裕がない、必然から決まっている逆らい難い制約。


 そうその三人組の女子、カズミのパーティーの残り二枠に選ばれるためにケイコは努力したのだ。


 カズミは普段はとても優しく、人当たりが良い。しかし、戦闘においては非常に冷静に各人の動きや能力を観察し、能力の劣るものを切り捨てていく。


(カズミお姉さまって意外と……いえ意外でもないわね、負けず嫌いなのよね、一番になりたいのよ。

 そうよカズミお姉さまが人の下について、誰かに従っている、そんな姿は想像できないわ)


 カズミは積極的にこの街の師匠たちに教えを請い、それを吸収し、成長していた。

 尊敬すべき師匠にその頭を下げる、それに躊躇いは無い。

 しかしクエストなど、冒険者として行動する際に、誰かの下について行動することがなかった。

 カズミは優秀だ、そして美しい。既に見習い冒険者を卒業した、初級冒険者からパーティに誘われることもあったのだがそれをすべて断っていた。

 保護され甘やかされて、誰かの庇護下で冒険する。それを良しとしないのだ。


(お姉さまは経験を、自ら経験を積んで成長なさろうとしている。

 そう誰かに頼るのでなく、誰かに頼られる存在を目指してらっしゃる。

 その為には常に激しい戦闘をする必要性が有るわ! 強い魔物との戦いを経験して能力を高めて行こうとしてらっしゃるのよ!)


 無理はしない、準備も可能な限りするし、情報収集も怠らない。

 しかし、常により強い魔物と戦い、自らを鍛えることにカズミは貪欲だった。


(足手纏いを率いて、のんびり冒険をしていては強くは成れない。

 それをわかってらっしゃるのね、だからこそ、能力の足りない者と一緒にパーティーを組むことが出来ない……)


 魔物との戦闘、その勝負に懸けられているのは自分達の命だ。

 そこに甘えは許されない。そんな状況では足を引っ張る方も足を引っ張られる方もお互い不幸になるだけ。


(それが分かってらっしゃるから、こと戦闘においてはお姉さまは非情なのね……戦闘においては他人に厳しいお姉さま、けどご自身にはそれ以上に厳しいわ)


 カズミは決して後衛の立場に甘んじることは無い。

 チャンスが有れば積極的に攻撃に参加する。

 そしてそれだけの能力があった、確かに体格的に劣る女性。

 しかしこの異世界には恩恵が、加護、魔法、武技、元の世界にはない技術や奇跡がある。

 それを積極的に学ぶカズミの攻撃力は、他のひ弱な女性冒険者とは一線を画していた。


(ご自分を高めるための努力を怠らない、その苦労をいとわない……ああっ素敵!!

 こんな異世界でも自分を見失わない、目標を見失わないなんて!)


 カズミが何を目標としているのか、それはケイコにはわからない、ただカズミは貪欲に、上を、更に上を目指している。そのことだけは疑いようがなかった。


 そしてそんなカズミがパーティーメンバーに選んだのがケイコとキミコだった。


 キミコは支援系の魔法に特化しており、非常にその支援魔法が多彩で巧みだった。

 一見ケイコと同じく地味な見た目で、取り立てて美人ではない。

 だが醜いわけでもなく、普通、そう極普通の女の子だった。

 体形は悪く言えば太ってる、よく言えばぽっちゃりな女の子。

 更に眼鏡っ子という戦闘に向かない、鈍くさそうな女の子。


 だがしかし、実際の魔物との戦闘では鈍くささのかけらもなかった。

 急に魔物に襲われても、まるで騒ぐことなく、妨害魔法で足止めし、弱体魔法で敵の戦闘力を削ぎ、支援魔法で味方を強化する。

 大人しそうな見た目に反して非常に肝が据わっているのだ。


 又、最近『炎と戦いの女神』の神官となった。特に戦闘支援系の加護に優れた『炎と戦いの女神』

 キミコは更に支援系の手札を充実させて、新たに手に入れた『加護』を積極的に運用するなど、支援特化構成として存在感を発揮していた。


 キミコは後衛職における火力の面では劣っていたが、自らの火力は無くても、前衛の攻撃力を上げることでそれを補って余りある効果を上げていた。


 ただ近接戦闘はケイコよりも更に弱い。キミコの攻撃力ではカズミの選んだクエストで戦う魔物相手には、既にダメージを与えることが出来なくなっていた。

 それ故に攻撃の手段としては既に役に立たないメイスを捨て、スタッフを装備し、棒術を学び、支援魔法の強化と共に、防御を磨いていた。

 攻撃を受け流すことに特化して腕を磨いていたのだ。

 そして例え傷を負っても騒ぐことなく自ら治療し、常に冷静沈着に行動する。


 それがカズミのお眼鏡に叶ったのだとケイコは思っている。


 普段から無口で余り無駄な事は喋らないが、無表情ではない、笑うととてもチャーミングなのだ。

 可成り物静かな女の子だが、それが返って包み込む様な包容力を生み、ケイコもキミコが一緒に居ると何故か安心できた。


(何だろう、こんなことを思ったら失礼なのかもしれないけど、キミコさんって肝っ玉母さんって感じで、居ると安心するのよね)


 そんなケイコは『大地母神』の神官になり、癒しの加護を高め、回復役として何とかカズミのパーティーメンバーに食い込めた。


 近接戦闘も自己防衛程度は出来る程度に努力と根性で訓練した。魔物との戦闘は怖い、だがカズミと一緒に、お姉さまと一緒に居たい一心で心を奮い立たせ立ち向ったったのだ。

 最初に使っていたメイスは若干使い難かったが、カズミが見つけて来た可愛い女の子が店番をしている店で、持ち手が細く、若干柄の長いメイスを買ってからは随分と戦いやすくなった。



「此方のメイスは女性専用に作られているんですよ、だから柄が細いでしょ?

 それに打撃部分だけ太く、卵型、それで柄を長く細くすることで腕への負担を減らしているんです、お勧めですよ」


 武器屋の店番の可愛い女の子が自分に向いた武器は無いかと尋ねたケイコに、お勧めの武器を紹介してくれる。

 それは新体操のクラブの柄を長くした様な形状だ。


(メイス? クラブじゃないの?

 アレ? そもそもメイスとクラブってどう違うの?)


 因みに柄と打撃部位が別で作られた物がメイスで、一体で作られた物がクラブだ。

 このメイスは一見クラブの様だが、打撃部位が別で作られて後、柄と組み合わされており、打撃部位は硬く重い炭素を多く含む魔鋼、柄の部位は炭素の含有量の低い靭性の高い魔鋼と部位によって使われている材質も違う。


「けど若干、その打撃部分が小さくないですか? 今まで使っていた物よりも軽いわ。これでは攻撃力が下がりませんか?」


 そんなケイコの疑問に、女の子はにこやかに答える。


「その点も平気ですよ、柄が長めに出来てるでしょ?

 この武器の特徴です! ポールウェポンってほど長くはないですが、打撃部分が軽いから女性でもぎりぎり片手でも使えますし、もちろん両手でも使えます。だからとても取り回しが良いんです。

 そしてこの長めの柄で遠心力が利用できるから打撃部分が軽くても攻撃力が高いんですよ」


「確かに、とても扱いやすいわ、それに振った時の勢いが今までと違う!

 凄い、これ凄く良いです!」


「女性にはハンマーもお勧めですけど、あれはもっと積極的に攻撃する人用ですね。

 咄嗟に武器を防御にも使って敵の攻撃を受け流し、そのまま反撃もすることのある後衛の方には、攻撃する際に向きを全く気にしないで使える、このメイス『戦棍』はとても向いてると思いますよ」


「そうね、ケイコが今まで使っていたメイスは、私も使ってる棍棒、野球のバット型でしょ?

 確かに丈夫だけど、あれはね、私も最初に支給されたから使っているけど女性には向いていないのよね」


 カズミが支給されたメイスの欠点を上げる。ただこのメイスが最初に支給されるのには訳がある。

 まず耐久性が非常に高い、殆どメンテナンスの必要がないほどだ。

 故にお金がない見習い冒険者に向いている。

 そして重い、そうこれも女性の腕を鍛える為、腕力強化の役割も兼ねて訓練用に御誂え向きなのだ。

 このメイスも一見野球のバットの様なクラブに見えるが、腕への負荷を減らす為、持ち手を含んだ柄が木製、打撃部位が魔鋼製と組み合わされている。

 ただ木製故に強度確保の為、持ち手が太く、手の小さな女性冒険者に不評であった。


「カズミさんこの辺のトゲトゲしたのや、こうカクカクしたのはダメなのかしら?

 こちらの方が凶悪な見た目でとても攻撃力が高そうに見えるわ。

 お店の方が勧めてくださった戦棍も良さそうですが、少し大人し過ぎて弱そうに見えます」


 同じく武器を眺めていたキミコが確かに凶悪な、そして攻撃力の高そうなメイスを見つめて尋ねる。


「その辺も確かに悪くはないのですけど、その棘やエッジにはデメリットもあります。

 攻撃の際にある程度向きも気にしないとダメな事もデメリットですが、それよりも、鋭い棘は傷みやすくて耐久性がありません、どちらかというと柔らかい魔物用です。

 それにカクカクしたエッジタイプは棘よりは耐久性がありますがメンテナンスがし難いですね、なにせ形状が複雑ですから……こう隙間や溝に色々なものが詰まるので……

 そして何よりこの二つのタイプは魔物の装甲を砕いた際に、棘やエッジが刺さって抜けにくいんです。

 男性なら平気なのでしょうけど、腕力のない女性の場合、腕を持っていかれる事がありますから危険です。

 ですから女性専用に作られたこのタイプの戦棍は表面の引っかかりを無くして、衝撃のみを魔物に伝えるように出来ているんです」


 キミコにそう説明を返す女の子。


(この子の説明、とても分かり易いわ! そうなんだそんな理由があっての形状なのね、意味があるのね色々と、けどそうね、最初に勧めてくれたコレ、これが良いわ)


「カズミお姉さま、私、コレ気に入りました。私はこちらを買い求めようと思いますわ」


「お買い上げありがとうございます♪」


「ワタクシも少し良いかしら? 先ほど女性にはハンマーも向いていると言ってたわね?」


「そうですね、積極的に攻撃に参加されるのでしたら、柄が細く、打撃部分を先端に付けた、こちらのポールハンマーなどは、女性に向いてますね。

 長い柄が防御にも使えますし、遠心力を利用した際の攻撃力が素晴らしいです。

 それにこのポールハンマーは反対側にピックが付いているので、装甲に亀裂の起点を入れる際や急所を狙う際にはピックを使用、衝撃で確実にダメージを相手に与えたい際にはハンマーを、そして中距離で前衛の後ろから支援する際に相手を突ける先端のピックと、色々な状況に対応して使えるので攻撃の幅が広がります」


「そうなのね、先輩神官の方がそれと同じようなポールハンマーを装備してらしたから気になっていたのだけど、そんな理由だったのね」


「あら? お客様は『光と太陽の神』の神官様ですか? そうですね、あそこのテンプルナイトの方は大体ポールハンマー装備ですね。

 神官長様は結構緩い方ですけど、テンプルナイト団長の高司祭様は厳格な方ですからね、女性が刃物を嫌って、それでも攻撃力を求めるとやはりポールハンマーになりますねから、必然でしょうかね」


「他に何か似たような武器は無いのかしら?」


「そうですね、モーニングスターなんかも良いのですけど、やはりその重量がネックになりますね、腕力の無い女性には中々お勧めは出来ません。

 刃物の武器で有れば他にもあるのですけど、刃物はお嫌ですか?」


「そうね、刃物を使うと加護の力が弱まるのでしょ?」


「色々抜け道のある制約なので、そこらへんは大丈夫ですよ」


「あら? そうなの? けど……そうね、やっぱり今回はポールハンマーにするわ。

 あまり新人が規則を抜け道を利用するのはね、先輩冒険者の方に目を付けられるのも出来れば避けたいわ」


「ではこちらをお買上げですか?」


「そうねポールハンマーもいくつかあるけど最初に勧めてくれたそれが一番良さそうね、それを頂くわ」


「ありがとうございます」


「キミコ、貴方はどうするの?」


「私はスタッフですから、今のままでも暫くは大丈夫です。

 私は後衛の支援特化ですから……

 残念ですが私の腕力では魔物にダメージが通りません」


「支援特化……お客様は最初に支給されたスタッフをお使いですか?」


「そうです、アレでも攻撃を逸らす用途なら十分役に立つので」


「確かに武器として、その様な用途で有れば十分かも知れませんね。

 しかし、そうですね、敢えて買い換えるのだとしたら、魔法の触媒、魔法の補助器具として見た場合にコチラのスタッフをお勧め致します」


「?! スマートなデザインなのに魔法球が大きいですね。

 アレ? 魔法球が三つ??」


 差し出されたスタッフは先端に行くに従って広がるラッパ型、その広がった先端に大きな魔法球が嵌め込まれ半球を露出している、中程にも小さめの魔法球、そして更に柄頭にもう一つ。

 全体のデザインはシンプルでワンモーションの曲線、装飾は側面に魔法回路のルーンが刻まれた銅製の彫金のみ、本体は魔鋼製だろう薄っすらグレーだ。

 一見ワンドにも見えるが長尺な為片手で保持は出来そうに無い。

 その形状と材質からかなりの重量を予想したキミコだが、持ってみると意外にそこまで重く無い。

 ラッパ状に広がった先端の内部が空洞になっているらしい。


「コチラのスタッフは特に支援系に特化してまして、メインの魔法球は大きく、補助効果に優れます。

 一般的な照準補助、範囲設定補助だけでなく、追加で魔力消費軽減、魔法効果拡大、魔法効果時間延長と属性が付与されています」


「そんなに?!」


「驚くのは未だ早いですよお客様。

 更にこのスタッフの中程にある小さめの魔法球は耐久性向上でスタッフ全体を保護しています、そして更にメインの魔法球を包む物理障壁を発生させて魔法球へのダメージを防いでいます」


「確かに凄い付与だけど、そんなに付与したらそれでは魔力消費が大きすぎるでしょ?」


「そうですね、お客様の仰る通り普通は消費が大き過ぎてこのクラスのスタッフでは各付与効果が弱くなってしまいます」


「付与効果が弱いなら意味がないのでは?」


「そこで最期のこの柄頭の魔法球です。

 この魔法球は地脈からの魔力補給に特化した魔法球で魔法回路を通じて各魔法球に魔力供給を行なっています」


「可なり強引な設計に思えるのだけど……」


「そうですね可なり強引な設計です。

 ですからデメリットも有ります。

 魔法球が多いですから非常に成長が遅く、また使用者に馴染むのも遅いです。

 更に若干じゃじゃ馬気味で魔法の制御に繊細さが求められてしまいます」


「流石にメリットばかりとはいかないのね」


「ですが使い熟せば、そう使い込んでいった際には先の効果を発揮する為、術者の非常に心強い相棒になります。

 そうですね、こちらは容易とは申せませんが、その困難に見合うだけの実りを与えてくれるスタッフとなっております。

 後衛で支援特化であるお客様が初期スタッフから敢えて買い換える場合、このクラスのスタッフの中でお勧め出来るとしたらコレですね」


「お姉さん本当に商売上手……迷うわね。

 私に使いこなせるかしら?」


「キミコ、そこに自分が向上する可能性があるのなら、努力もせずに諦めてはダメよ!

 自ら前に進まない者に望んだ未来は訪れないわ。

 前に進むか立ち止まるか迷ったのなら前に進みなさい。

 停滞は後ろに下がっている事と変わらないのよ、そうでしょ?

 他の者が前に進んでいるのに立ち止まれば、前に進む者から見ればそれは後退よ」


「カズミさん……そうね私も貴方と供に居る決断をしたのだから立ち止まる訳には行かないわね、私もそちらをいただきます」


「はい、お買上げありがとうございます!

 お客様達はこの店は初めてですよね?

 なのでこれからご贔屓にして頂く御礼にメンテナンス薬液を6回分サービスでお付けしますね♪

 今後も当店のご利用よろしくお願い致します!」


(うわっこの子本当に商売上手! けどそうね、なんだか嫌な気がしない。

 流石お姉さまの見つけてきた武器屋さんね。前評判通りだわ、この子の選ぶ武器って本当に手に馴染む、とてもしっくりくるわ。

 お姉さまもキミコさんも気に入ってるみたいだし……

 『任せて安心な美人看板娘』か……確かにあの怖い店主さんが居ない時を狙ってきて正解ね)



 しっかりした武器を手に入れたケイコは、攻撃魔法も学んで魔法による火力を手に入れ、『加護』の修行に励み、後衛職として十分及第点に届くまでに成長した。


 あの店で買ったスタッフを使いこなせるようになったキミコと共に、他の候補者三人を抑えてギリギリパーティーメンバーに食いこめたのだ。



 それから更に1か月後、その頃にはカズミは神官から神官騎士となり、ポールハンマーを使いこなし中衛職もこなせるまでになっていた。

 更に『魔法』による攻撃や補助、『加護』による回復や支援とマルチに活躍するスーパールーキーとして彼方此方で噂になっていた。


 そんなカズミのパーティは常に男子たちに人気だった。


 パーティー募集広場で臨時のパーティーを募集すれば我先にと男子たちが群がる。


(そうよね、誰だってカズミお姉さまとパーティ組みたいわよね)


 確かにカズミは美しい、しかし、それだけでは無かった。

 大人しい見た目だが、委員長タイプで眼鏡に豊満な体と、一部男子に絶大な人気を誇るキミコ。


 そして妹タイプで自己主張はしないが、その健気にカズミについていく姿勢に、庇護欲をくすぐられる者も多いケイコ。


 ケイコ本人はカズミと比べて地味だと思い込んでいる顔立ちは、確かに目立ちはしないが、目立って悪いところもないのだ、少し小柄なところも相まって、妹キャラとしてこちらも一部男子に熱心なファンを獲得している。


 そんなカズミ達三人組だ、男子が放っておくわけがなかった。


 カズミはそんな男子たちを優雅にあしらい、最初の内は常に違った男子のグループと臨時のパーティーを組んだ。


「ねえ、カズミお姉さま、なんで毎回組む男子を変えるの? この間の4人組は結構良かったと思うのだけど?」


「そうよね? ケイコちゃんの言う通り、あの4人組は今回も居たのに……なんで今回はこの5人組なの?」


「二人とも、ワタクシとパーティーを組むのなら良く覚えておきなさい。

 相手の実力は見ただけでは判断できない、そうでしょ?

 まあ見た目からダメな男子は最初から除外する、けどね、そうじゃない男子に関しては見た目だけでは判断が出来ないのよ。

 今後見習いを卒業したら固定パーティを組かも知れないのよ。

 その時に後悔したくなければ、今は色々な男子とパーティを組んで、実際の戦いぶりを観察するの。

 そして自分の見極める目を養い、集めた情報を分析して、固定パーティのメンバーとなる男子を選抜するのよ」


「確かにそれはそうですね、先ほどの身の程知らずな三人組、あんなのは話になりませんものね。

 あんな風に見た目だけで地雷とわかれば良いけど、そうじゃなければ実際にパーティを組んで戦闘する姿を観察するのが確かに一番ですね」


「ああ、あのゴロウ君だっけ? タクヤ君だっけ? まあアレは明らかに残念な感じでしたけど、カズミお姉さまに声を掛けた勇気は中々……あの無謀さ、もしかしたらあの人達将来伸びたりしないのかしら?」


「将来人並み以上になれたのならその時に改めて此方からお願いすれば良いだけよケイコ。

 良い? 今は見習い卒業後に使える男子を探している重要な時期よ。将来性だけに期待して無駄な時間を使う余裕はないわ」


 カズミは戦闘については情を挟んだり、楽観視することがない。常に最悪の場合を想定しそれに備える。

 それはパーティメンバーに関しても同じだった。 

 そんな感じでとっかえひっかえ、パーティを組む相手を変えてカズミ達は迷宮で戦闘を繰り返していた。



 そう、それは丁度見習い冒険者生活5ヵ月目、『黒鉄鉱山』での魔鉄の採掘に先の5人組の男子達と来ていた時の事だ。

 それまで地下3階で順調に採掘をしていたカズミ達は大きなジャックポットに遭遇した。既に50匹を超える魔物がルームに溢れている。

 ルームにいる冒険者たちの殲滅速度が魔物の沸く速度に追いついていない。


「クソッ、何て硬さだ、攻撃が通らない!!」

「次が来る! 次が沸いたぞ!!」

「こっちは『大鉄クモ』で手一杯だ!!」

「くそ、毒を受けた!! おっ、解毒サンキュ! ケイコちゃん!

 『大鉄ムカデ』め! 何て硬い!」

「弱体化で動きが鈍っても、攻撃のダメージか通らなければ倒せない!!」

「防御力を下げる魔法は?」

「あれはワタクシ達見習いの使える魔法ではなくてよ、流石にキミコでも使えないわ」

「コボルトが沸いたぞ!! 数5!」

「4匹は他へ回ったわ、けど1匹こちらへ来ます!」

「他のパーティは何をやっている、こっちが大物は引き受けてるんだ雑魚を倒して救援に来いよ!」


 5人の男子は必死で魔物を押しとどめて居るが、苦戦していた。

 ジャックポットでしか沸かない3メートルを超す大型魔物『大鉄クモ』と『大鉄ムカデ』の2匹を引き受け、その強固な外殻に、攻撃のダメージが中々通らず、新たに沸いた魔物に対応する余力がない。


「他のパーティーもコボルトに『ジャイアントバット』、それに『クリスタルジェリー』の対応で手一杯だわ、泣きごとは後よ! 

 私も前に出ます。兎に角、男子は『大鉄クモ』と『大鉄ムカデ』を早く仕留めて!!」


 カズミはそう言ってポールハンマーを握り、コボルトに殴りかかる。


「クソ! こう接近されていては魔法による火力支援も無理か……ケイコちゃんどうだ?」

「射線が通りません! それに味方に当たる可能性が有るのでこの状況では魔法は使えません」

「クソッ、こんなのが沸いて来るとはな、剣ではどうにもならない!」

「俺たちも打撃系を用意してくるべきだったか?」

「今更言っても遅い! 今は手持ちで何とかするしかないだろっ!」

「あそこのパーティのアイツ、ウォーハンマーだろ?

 あれを借りるか、アイツを連れてくるかできないか?」

「無理だろ! あのパーティのメインは彼だ! 抜ける事なんてできそうにないし、武器を貸せだなんてもっと無理だろ」

「クソ、なんで俺たちは全員ソード系なんだ」


 状況は刻一刻と悪くなっていった。


「キミコちゃん、私も前に出ます、支援を任せるわ」


(ここは一匹でも数を減らすべきよ、私だって『ジャイアントバット』や『クリスタルジェリー』位は倒せる!)


 ケイコもそう思って前に出ようとすると、


「ダメよケイコ、貴方は回復役、このパーティの生命線よ。あなたがケガをして回復役が居なくなるとパーティーが崩壊します。

 私も魔物を捌くので手一杯よ、回復まで手が回らない、堪えなさい」


カズミがコボルトにポールハンマーを叩き込みながらケイコを止める。

 硬い毛皮越しでもポールハンマーの衝撃は確実にコボルトにダメージを与えている。


(流石はカズミお姉さま! あと数発ね、この手数でコボルトを倒せるなんて! 凄いわ!)


 だが、だからこそ、カズミにはコボルトの相手を任せたい、男子は『大鉄クモ』と『大鉄ムカデ』に掛かりっきり、そしてケイコにもキミコにも地下3階のコボルトの相手は荷が重い、あの硬い毛皮に攻撃が弾かれるのだ。


「しかしお姉さまっ!」


 ケイコが反論しようとした時、キミコが警告の声を上げる。


「カズミさん、新たに魔結晶が発生しそうです……これはっ、大きい!」


 魔素が集まりつつあった、それは魔結晶の沸く前兆だ。


「お姉さま不味いです。ここに新たに『大鉄クモ』か『大鉄ムカデ』が沸いたら支えきれません」


 既にルームの魔物は飽和状態だ、皆必死で戦って何とか冒険者と魔物のバランスが取れている、ここに追加で大物が沸いたらバランスが完全に崩壊する。


「撤退準備! 撤退準備だ!」

「これはもう無理だろ、一度詰め所まで戻ろう」

「クソッ、硬過ぎだろ! ダメージがほとんど通らねえ!」

「組み付かれるぞっ! 距離を取れ! ここで押し倒されたら死ぬ!!」

「撤退だ、それしかない、今ならまだ逃げられる!」


「ダメよ、今私達が抜けたらこのルームのバランスが崩壊するわ。そんな事になったら入り口に近い私達は良いけど中央付近のパーティは全滅よ」


 カズミは戦闘に関して非常にシビアだ、だがそれは利己的な理由ではない。

 何かあった際に、他者を救うため、他者を見捨てないためなのだ。

 非常事態に備えて余力を残すため、敢えて足手まといは最初から切り捨てている。


 その時初めてケイコはそれを理解した。


(ああ、お姉さま、お姉さまはやはり聖女だわ、こんな場面でも、ここまでの窮地でもその姿勢に変わりがない……なんて尊いの!!)


「だがなカズミさん、このままじゃあ俺達がヤバい、先ずは自分の身の安全が最優先だろ!!」


「ダメよ!! 貴方達は仲間を見捨てて逃げる気なの!」


 そうカズミにとってはたとえ他のパーティーであっても、同じ冒険者仲間、同じ見習い冒険者なのだ。

 このルームにいる他のパーティにも今までカズミがパーティーを組んだことのある仲間がいる。


「綺麗ごとは生きて帰ってからにしてくれ、男子は復活の首飾りが無い! 死ぬわけには行かないんだ!」


 復活の首飾り無しで死んだ場合、当然死体はその場に残り、その死体を魔物に食われる、ある程度肉体が残っていれば蘇生は可能らしいが、それでも大幅に力を失う、欠損部分が多ければ多いほど失う力も大きいのだ。

 男子が必死なのも理由が有る。

 

 カズミの行為は尊い、とても立派な行為だろう、しかし、それもこれも全滅しては意味がないのだ。

 

 ルームの中央に沸いた魔物を見てケイコは絶望と共にそのことを悟る。

 そして、


「お姉さま!! ルーム中央『大鉄クモ』2、『大鉄ムカデ』1!! こちらに向かってきます!!」


ケイコの叫びに、ルームの各所から悲鳴が上がる。

 この瞬間ルームのバランスが崩壊した事をこのルームにいるすべての冒険者が悟ったのだ。


 そんな絶望に包まれるルームに……


「あれ? ここも混んでるわね、どうするもっと奥まで行ってみる?」


 そんな場違いに気楽な声が響く、ルームの入り口通路から、女性三人組がルームに入って来ていた。声を上げたのは先頭を歩く小柄な少女だろうか?


(わぁ、綺麗な子、けど何で三人? え? 他にパーティメンバーは居ないの?)


 ケイコは自分達の危機的状況も忘れて、それを見て驚愕する、女性三人を先行させるパーティもどうかと思うが、そもそも続くパーティメンバーが居ない。


「地下3階は人気とは聞いてましたけど、どこも人が多いですね、ノリコお姉さまどうしますか?」


 こちらも魔物の溢れるルームを気にする風もなく、背の低い華奢な女の子が背の高い女の子に話しかける、どちらの女の子も目の覚める様な美人だ。


(どうしますも無いわ、逃げて! 地下3階に女の子だけ、しかも三人だけで来るなんて自殺したいの!!)


 この場に居た冒険者の心の声が一つになった。


 確かに自分達は危機的な状況だ。

 ほんのちょっと新たなパーティの出現に、期待もしていた。

 新たな戦力と協力すれば全員で脱出も可能かと希望が湧いたのだ。

 だが現れたのは女性の三人組! これでは戦力として期待が出来ない!

 失望が広がったが、それでもこの新たに来た綺麗な女性三人組に死んでほしいと思うほど人間が腐った冒険者も居なかった。


 だから思うのだ、『逃げろ』と。


「ねえ何だか魔物も多いわ、本当に地下3階は沸きが激しいのね……うーん、空きスペースがあっても採掘出来るのかしら? 余裕が余りないように見えるわ」


 小首を傾げる背高い女の子の言葉に、更に皆驚愕する。


(この状況で採掘なんてできるわけないでしょ!!! 貴方状況分かってるの!!)


 既にこのルームで採掘を続けているパーティなど居ない、皆必死で魔物を押しとどめて居る状況で誰が採掘など出来ると言うのか!


(なんて残念な子達なの、この状況が理解できないなんて、そもそもあんな人数で地下3階に来て、よく今まで無事だったわね……

 あんなに綺麗なのになんて残念な…………綺麗…………綺麗な三人組??

 あれ? 綺麗な三人組の女の子って? どこかで……)


「この程度なら平気でしょ? 移動ついでに少し狩って魔結晶を集めようか? 良いお小遣い稼ぎよね?」


「ダメですよメグミちゃん! 横殴りはマナー違反です! 他人の獲物を取るべきでは有りませんわ!」


「真面目ねえサアヤは、構わないでしょ? 移動してる時に襲い掛かってくる魔物は倒しても良い筈よ、タゲを維持できてないんでしょ? 文句を言われる筋合いは無いわね!」


「二人とも喧嘩しないで、ほらこっち、ルームの端を移動すれば迷惑は掛からないわ、それでいいでしょ?」


「けどさノリネエ、ちょっと観察して気が付いたんだけど、ここのルーム魔物と冒険者のバランスが既に魔物側に傾いてるわ、これ崩壊してるんじゃない?

 なら私達が好きに狩っても感謝こそされても文句は出ないんじゃないの?」


「言われてみれば、そうですね……どうしますお姉さま」


「そうなの? うーん、そうなのかしら? まあメグミちゃんが言うならそうなのかもしれないわね、けど一応声を掛けて許可を取った方が後々問題がないんじゃないかしら?」


 そんな事をのんびりと言い合っている三人組に、此方に向かってきていた『大鉄クモ』2匹が狙いをつけたようだ。

 進路を変えて三人組に向かっていく。

 更に新たに沸いたコボルトが4匹、声に引かれてそちらに駆けだす。

 男子が2・3人がかりでようやく抑え込んでいる、ジャックポットでしか発生しない大物魔物『大鉄クモ』、それが2匹も向かっている。この状況で更にそこへコボルトが4匹が追い打ちを掛けるべく向かう。


(不味いわ! あの子達殺される! なんてタイミングが悪いの!)


 『逃げろ』この三人組に向かってそう叫ぶべきだと、このルームの者は全員理解している。

 だが、叫べない、少しでも魔物が分散すれば、少しでも魔物を足止めしてくれれば、それだけ自分達の生き残る確率が上がる。

 だから誰も叫べなかった、このままでは彼女たちは魔物に殺される、それを分かって居ながら誰も叫べなかったのだ。


「貴方達! 何をしているの! 逃げなさい! 魔物が迫っているでしょ! 分からないの?!」


 カズミが叫ぶ。

 誰もでは無かった、一人いた……自らの不利を承知で『逃げろ』と叫べる、そんな人間が一人いたのだ。


(お姉さまっ!! この状況でもその心は気高さを失わないのですね……

 しかし、アレではもう……)


 果たして今から逃げて、逃げ延びることが出来るのか、『大鉄クモ』の足は速い。


 すると小柄なメグミと呼ばれた女の子が、


「あら? 何あの子! 結構可愛いわ! ねえ、美人さんよ!

 んっ? けど逃げる? なんで……ああ、少し魔物がこっちに来てるわね、『大鉄クモ』かな?

 確かこいつは買取単価が高かった筈、良い値段だったわよね? 丁度良いわ。


 ねえ!! そこの美人さん!! この辺の魔物狩って良いかしら? 少しお小遣いが稼ぎたいのよ!」


この期に及んで気軽に返事を返す。逃げ出す気配すらない。


(なっ!! 何言ってるのこの子!)


「申し訳ありません、マナー違反かもしれませんが、少し魔物を分けてください。

 既に此方に向かってきているので、これを倒したら直ぐに移動しますから」


 ノリコと呼ばれた背の高い、胸の大きな子がその横で頭を下げる。


「おい、カズミさん!! あんな頭の弱そうなやつらに構っている余裕はない!」

「チャンスだ、あっちにターゲットが分散した、今しか逃げ出すチャンスはねえ!」


「ダメよ! 今逃げたら完全にこのルームのバランスが崩壊する、あの子達が持ち堪えている間に今度こそ立て直すわよ!」


 カズミ達が方針を巡って言い争っている間にも、他のパーティがカズミ達のいる方、ルームの入り口に向かって移動を開始していた。

 その後ろからは50匹を超える魔物が追いかけてきているが幸いなことに取り残されたパーティーは居ないようだ。


(何にせよ、皆が無事に逃げ出すタイミングは掴めたわ、ここは貧乏くじだけど、あの子達がほんの少し耐えてくれれば)


 ケイコは既に撤退する気でそのチャンスを生かそうと思っていた。

 カズミはまだ立て直せる気でいるようだったが、既に他のパーティが逃げ出している、撤退は確定事項だ。


「ほらカズミさん、もう無理だって、他のパーティが逃げてきてる、無理だよ!」

「ここに留まっていると魔物に囲まれて嬲り殺しだ、他に選択肢はない!」


 流石にそれを確認したカズミは、


「くっ仕方ないわね、けどあの三人も逃がさないとダメ! 撤退を支援するのよ!

 『大鉄クモ』を押し付けるなんて! これではMPKじゃない! それだけは絶対にダメよ!」


 そう周りに声を掛けるが、男子にそちらに避ける余力はない。

 何とかしたいのは山々だが、取れる手段がない、完全に手詰まりだった。

 何か手がないか思案している間にも『大鉄クモ』は三人に迫る。


(もう無理、何をするにも間に合わない! どうしよう! あの子達ケガをするわ、下手したら……)


「ねえもういいでしょ? 一応声は掛けたわよ? 狩っちゃうからね?」


「返事が有りませんけど、あちらも大変みたいですし、良いんじゃありませんか? お姉さま」


「そうねお忙しそうだし、取り敢えず此方に来ている分だけでも狩っちゃいましょうか? ねえサアヤちゃんプリンちゃん達はまだ?」


「少し回収に時間が掛ってますわね……あっ今来ましたわ、回収は大丈夫そうですわ」


「じゃあノリネエは右のクモね、私は左をやるわ、サアヤはバックアップ! コボルトが流れてきたら始末して、流れてきたらね!」


「ああ、メグミちゃんズルい! コボルトも全部取る気ね!」


「まあまあ、サアヤちゃん落ち着いて、チャンスはまだあるわ、焦らなくても平気よ、じゃあ私も行くわね!」


「お姉様まで!! もうっ! 次は私の番ですからね!!」


(何を言ってるのこの娘達…… えっ!! 何で前に出てくるのよ!)


 ケイコは三人組の行動に唖然とする、この状況で『大鉄クモ』に向かって自ら距離を詰めるのだ。


シュパンッッ!!


 音が響く。


 ケイコには何をしたのか見えなかった、そう全く見えなかったのだ。

 メグミが『大鉄クモ』と交差した瞬間、メグミの姿が消え、『大鉄クモ』が地面に伏せた。

 ケイコにはただ『大鉄クモ』が地面に伏せたようにしか見えなかった。


(何? あのタイミングでジャンプするの? えっ? 『大鉄クモ』ってジャンプして攻撃してくるの??)


 あの巨体で飛び掛かられたら下敷きになった人は圧死確実だろう、そもそもあの巨体、あの重量で飛べるのか?


 だが『大鉄クモ』は動かない、地面に伏せたまま動かない。


(何? なんで動かないの? 狙いをつけてるの?)


 そして見失っていたメグミの姿をケイコの瞳が再びとらえた。

 メグミは『大鉄クモ』を無視して4匹のコボルトに向かって駆け出していた。


(え? ええっ? 何? 今何が起きたの?

 消えた……消えたわよねあの娘! 消えてまた突然現れたわ!!

 それになんでまだ『大鉄クモ』は地面に伏せてるの? 何で……動かないの?)


 ケイコが目から飛び込んでくる情報に混乱している中、今度はノリコがポールハンマーを構えてもう一匹の『大鉄クモ』に迫る。


(あっ! あ、あの子は馬鹿なの! 何で正面から突っ込むのよ!! あれじゃあ『大鉄クモ』に弾き飛ばされるわ!!)


ズドッッン!!!!


 地響きを立てて『大鉄クモ』が地面に叩きつけられる。

 あの巨大な『大鉄クモ』が冗談の様に、まるで人形のように地面に叩きつけられる。

 あの硬い大きな『大鉄クモ』が一撃で、頭から胸辺りまで粉砕され、更にポールハンマーは地面にクレーターを穿っていた。


「っっっはぁぁぁぁっ??? 一撃? 一撃だと!!」

「ありえねえ! このクソ硬い『大鉄クモ』だぞ!!」

「なんで吹き飛ばされない!! 重量比で言ってもあり得ねえだろっ!!」

「待て!! 先に伏せた『大鉄クモ』……あれ魔素に分解始めてねえか?」

「何だ? 何が起っている?」


 皆の視線が、そう逃げてくる他のパーティの冒険者たちの視線までノリコと『大鉄クモ』に集中する。

 その中でノリコは振り終わったポールハンマーを再び構えることなく、右手で杖のように持ち、笑顔で左手を振っていた。


「ああ、ノリネエも終わったのね、さて次はどうする?」


 そんなノリコに歩み寄りながらメグミが声を掛けている。


(ん? あれ? コボルトに向かってたよねこの子?)


 慌ててケイコが視線をメグミの歩いてきた方に向けると、そこには首を刎ねられたコボルトが4匹横たわり魔素に分解を始めていた。


「瞬殺? はっ? コボルト4匹を瞬殺?」

「おいよく見ろ、伏せてる『大鉄クモ』の横! あれ『大鉄クモ』の頭だろ?」


 そんな風によそ見をしていたのが不味かったのだろう、男子の一人が『大鉄ムカデ』に絡みつかれる。


「うわぁっ、クソッ、クソが!! 離せ!! 離しやがれ!!」


 全身に巻き付かれ、更に頭に噛みつこうとする『大鉄ムカデ』をその手の剣でかろうじて防ぐ、転倒していないのが奇跡の様だ。


「不味いぞ、逃げてきた連中を追いかけて魔物が迫ってきてる!!」


 逃げてきたパーティーは既にカズミ達の目前に迫っている、その後ろからは魔物の大群が迫る。

 直ぐにでも『大鉄ムカデ』の拘束を解かなければこの魔物の群れに飲み込まれる。


(ああ、最悪、最悪だわ! これじゃあもう逃げられない!)


「くぅ、離しなさい!! ああ、ダメ離れない、離れないわ!! 下手に攻撃したら味方に当たってしまう!!」


 コボルトを倒したカズミは、巻き付かれた男子の救援に駆け寄り、『大鉄ムカデ』を引き剥がそうと、『大鉄ムカデ』を攻撃をして自分にヘイトを集めようとしていた。

 そしてもう一人の男子も同じ様に反対側から攻撃している。

 だが既に獲物を捕らえた『大鉄ムカデ』はその男子から離れる様子がない。

 それにカズミ達は捕らえられた男子に攻撃を当てない様にする為思い切った攻撃が出来ない。


「キミコ! 『催眠』を! 眠らせて引き剥がすわ!」


「先程から数回試しましたが興奮状態なのか効果が有りません!」


「『麻痺』は!」


「抵抗されてしまいました! 『大鉄ムカデ』は魔法抵抗値が高いです!」


 『大鉄ムカデ』は地下3階の特殊魔物、その大きさだけでなくその他の能力も別格だ。


 キミコで無理なら誰がその抵抗を突破出来るのか?


(完全に手詰まりだわ! ああぁなんて事なの!)

 

 事態の悪化は加速する、そう更に、


「ぎゃあああああ、うわぁ!! 痛てええ!! 畜生!」


 『大鉄クモ』の相手をしていた男子の太腿に、『大鉄クモ』の足が深々と刺さり、そのまま引き倒される。

 その男子にトドメの一撃を加えようと、その杭の様な前脚を振りかぶる『大鉄クモ』、


(危ない! あれじゃあ躱せないわ!!)


 だがやはりキミコは冷静だ、焦るだけのケイコを他所に、キミコは咄嗟に『土蔦拘束』で『大鉄クモ』を拘束し、倒れた男子への追撃を防ぐ。

 その隙に仲間の男子が足を貫かれた男子を引きずるようにして『大鉄クモ』の前から救出し、ケイコの元に連れて来る。


「すまんケイコちゃん! こいつを任せる! 俺は直ぐに『大鉄クモ』の抑えに戻らないと!」


「了解です、任せて!」


 そう言って怪我をした男子を引き受けたが、その傷口を見てケイコは慄然とする。


(うっ、酷い、これ完全に貫通してる。

 『治癒』なら血は止まるでしょうけど……けどこの状態で『治癒』を使ったら、私に魔物のヘイトが集中する……

 魔物の群れが向かって来てる……この状況ではポーションと『手当』で応急処置、それしかできないわ!)


 魔物はその加護や魔法の力の放出を見て、冒険者を攻撃する優先度を決めている。加護、特に治癒系の加護を使う者は魔物の攻撃優先度が高い。ケイコは力の放出が低めの魔法の『手当』と攻撃優先度の低いポーションの組み合わせで応急処置することに決めた。

 魔物の群れが迫っている最中で、回復役が集中して魔物に狙われては、前衛も全力が出せない。少しでも生き残る可能性を増やすためにも前衛のライン維持は必須だ。

ケイコは手早く太腿の根元を縛って止血し、傷口をポーションで洗って、『手当』を重ね掛けして出血を止めようとする。

 ポーションの代金は痛い出費だが今はお金を惜しんでいる余裕がない。何とかその甲斐もあって出血が止まる。


(ふぅ、これなら出血死はしない筈、少し血が流れたけど、貧血になるほどではないわ)


 傷は太腿を貫通していたが、幸いな事に太い血管をギリギリで避けていた、出血が止まったことにケイコは安堵する。

 しかし状況は絶望的だった。

 

 最早この傷ではこの男子は走って逃げる事は不可能。

 出血は止まっても傷は筋肉と神経を貫通して切断している、ケイコの腕では例え『治癒』を使っても、この場でこれほどの傷を癒すことは不可能だ。

 再び走れるようになるには街の病院に連れて行くしかない。病院なら各神殿の高位の神官、治癒術師と呼ばれる、医療の専門家が居る。

 

 だが今の状況でこのケガではそこまで辿り着くことが困難だ。

 

 そして『大鉄ムカデ』に絡みつかれた男子も身動きができない。カズミは必死で『大鉄ムカデ』に絡まれた男子から、『大鉄ムカデ』を引き剥がし救出しようと今も奮闘している。男子に当たらない様に気を付けながらポールハンマーを叩きつけ、注意を自分に向けさせようとしているが、硬い『大鉄ムカデ』の甲殻はカズミの攻撃を弾く。


 この二人はもう逃げることが出来ないのだ。


 カズミのパーティーの他のメンバーは、自分達とすれ違い、その脇を逃げていく他のパーティーに縋る様な瞳を向けるが、逃げて来る冒険者は皆一様に目を背ける。


(みんな自分が死ぬのは嫌だものね、私達だって見捨てて逃げようとしてたんだから……しょうがないわ)


 この場にとどまり一緒に全滅するか、カズミ達を見捨てて自分たちが助かるか、そんな究極の二者択一を迫られているのだ。その気持ちはよく分かった。

 みっともなく救助を願った所で誰も助けてはくれない……それが理解できたのだ。


 カズミは最後の望みをかけて『大鉄ムカデ』に絡みつかれた男子を救出しようとまだ奮闘している。

 仮にその拘束から逃れることが出来れば、足を怪我した男子を引きずって逃げ出すことも不可能ではない。

 追いつかれるかもしれないが生き残れる可能性はある。

 そんなカズミの姿にケイコも覚悟を決めてギリギリまで粘ろうと決意する。


(逃げ出したパーティーは詰め所に駆け込む筈よ、ならお爺さん達が動いてくれるわ。

 もしかしたら詰め所からの救援が間に合うかもしれない……)


 間に合う可能性は低いが望みは零ではない、少しでも時間を稼ぐのだ。

 そんな悲壮な覚悟をカズミ達がしていると、そこに場違いに気軽な声が上がる。


「そうね……中央付近のパーティが移動してスペースは開いてるし、このまま狩っても良いけど……あの人、足を貫かれてるわ、ちょっと傷が深いみたい。

 ねえ、私としては先にあの方の救助に向かいたいのだけど良いかしら?」


 ノリコがケイコの方を、正確にはケイコの前で倒れ込んでいる足を貫かれた怪我人を見つめながらそんな事を言う、ノリコに向かって歩いてきていたサアヤと呼ばれていたエルフの少女が、


「お姉さま、この場で治療なさいますか? どうやら他のパーティはこのルームから逃げ出すみたいですけど?」


「え? じゃあアレ全部私が狩っても良いの? ラッキー、今日は割と儲かりそうよ!」


(アレ? あの子今『私達』じゃなくて『私』って言わなかった?

 そんなバカな……流石に聞き違いよね?)


 ケイコは場違いな会話に、場違いな疑問を持った。

 状況が絶望的過ぎて自分でも気が付かないうちに現実逃避していたのだ。


「メグミちゃんラッキーじゃ有りませんわ、素材集めに採掘に来てるんですよ! まだちっとも採掘できてないじゃないですか!」


「アレを狩ってからノンビリ採掘すれば良いだけじゃない? みんな居なくなるんでしょ? 何処でも掘り放題よ!」


「メグミちゃん! 他のパーティが居なくなるんですよ? ルーム内に沸いた魔物は全て私達に向かってきます、流石に採掘どころじゃないですわ!」


「あら? それは困ったわね、どうしましょう」


「良いのよノリネエ、それならそれで今日は狩りに集中すれば良いわ、狩り放題なんだし、収益的にはプラスでしょ? また明日採掘すれば良いだけよ」


「はぁぁぁーーっ、もういいですわ、メグミちゃんはそこの絡みついてる『大鉄ムカデ』と血を見て興奮して荒ぶってる『大鉄クモ』の始末をしてくださいね。

んふふっ! 魔物の群れは任せてください! 今度は私の番ですわ」


「なっっ! ズルい!! サアヤ、ズルい!! あの数を独り占めなの! 殲滅する気でしょ! 少し位残してよ!」


「メグミちゃん、怪我人の治療が優先よ、今回はサアヤちゃんに任せましょうね」


 そう言ってノリコはケイコの元に歩み寄ってくる、途中逃げていくパーティとすれ違うがそちらを見向きもしない。


「あーあ、折角の獲物なのに! 少しは楽しませてよね、まあ良いわ、次沸いたら私ね、全部『私』の獲物よ!」


 メグミも『大鉄ムカデ』に絡まれている男の子の元に向かって歩いて来ていた。

 この状況で二人とも普通に歩く……焦る様子が微塵もない。


 そしてそれはサアヤも同様だった。歩いて部屋の反対側の壁に沿って移動し、スタッフを手に魔法の射線を確保出来る位置まで来ると静止、魔法を放つ気の様だ。


「貴方達、何をする気なの? あの魔物の群れが見えないの? 逃げなさい!! 私達のことは良いから、逃げるのよ」


 此の期に及んでもカズミは変わらない。死を前に毅然とした態度を崩さない。

 その心の気高さが失われる事が無かった。


(お姉さまっ! なんて気高い……けどこの三人、少なくてもこちらに、救援に来てくれている2人は強いわ!

 間違いなくこの場に居る誰よりも強い!

 さっき『大鉄クモ』を倒したわ、彼女達が居れば生き残る可能性が上がる!

 時間を少しでも稼ぐには……ってよく見たらこの子達なんて装備なの!

 えっ? 防具は? 囲まれて攻撃されたら一瞬で死ぬわよ!!)


 そうカズミだって救援は嬉しい、この状況で、皆が見捨てて逃げて行く状況で自分達の救援に来てくれる。涙が出るほど嬉しかった。

 しかし幾ら単体の魔物相手に強くとも、この三人の防具ではこの群れの魔物の相手は無理だ、それを見て取っての先の言葉、それをケイコは理解した。


 タダのレザーアーマーに、神官服、下には精々鎖帷子位だろう。

 魔鋼とレザーを付与魔法で強化した鎧を着ている自分達でさえさほど保つとは思えない。


 こちらに向かって来ている魔物の群れには『大鉄ムカデ』もいる。

 この三人の装備であの鋭い凶器の様な脚に絡みつかれたら穴だらけだ。

 『大鉄クモ』も絶賛大暴れ中だ『土蔦拘束』を引きちぎろうとしている、今男子が魔鋼の鎧を貫かれたばかりだ、彼女達の装備で同じ攻撃を受ければ簡単に手足が千切れるだろう。


 自分達を助けようとしてくれる、その気持ちだけで十分だった。

 

 そう言いながらもカズミ自身は逃げる気は無い、仲間を置いて逃げる、そんな選択肢は、最初からカズミにはない。



 無事な三人の男子達も流石に自分の仲間を見捨てて逃げる気にはならないのか、どうやら覚悟を決めた様だ。

 最早騒ぐ事も無く『大鉄クモ』の攻撃を逸らし、『大鉄ムカデ』の注意を逸らしながら、魔物の群れに相対する。


 普段は落ち着いているキミコも今回ばかりは流石に震える声で、


「ねえ死んでも大丈夫なんだよね? 直ぐに生き返れるよね?」


そうケイコに尋ねて来る。

 ケイコはそんなキミコに励ましの言葉を掛けようとした時、


「はぁ? 逃げる? 何でよ? それにあんたのツレは足を怪我してるんだから逃げられないでしょ? 走れないわよ? 引きずって逃げてもどうせ追いつかれるだけよ?」


 メグミは『大鉄ムカデ』に絡まれた男の子の横で、そう言いながら腕を振る。

 カズミの忠告を聞かなかった様だ。この距離では今から逃げてももう遅い。


(この子達は女子だし、『復活の首飾り』があるから平気だよね? 痛いかも知れないけど生き返れるわ。

 皆んなで死ねば怖く……やっぱり怖いわ!)


 ケイコが死の恐怖に震えるなか、『大鉄ムカデ』が輪切りになって地面に転がる。


(えっ? えええええええええええっ!!! 何それっ!!)


 ケイコには腕が消えた様に見えた、振られた腕が消えた。

 その剣の残光すら見ることが出来なかった。

 絡みつかれていた男子は突然、『大鉄ムカデ』から解放され唖然として居る。

 何が起こったのか理解出来ない。その刃は魔物だけを正確に切り裂いていた。

 あの一瞬で何回切ったのか『大鉄ムカデ』は幾つにもの輪切りにされて既に魔素に分解を始めている。


「ああ、大丈夫ですよ、直ぐに治療しますから、心配する必要は無いわ。

 それにこの程度のケガなら直ぐに走れるようになるわ。後遺症の心配も有りませんからね。

 もうっ! メグミちゃんたら怪我人を脅してはダメよ?」


 メグミがアッサリ『大鉄ムカデ』を仕留めた事に、カズミ達は驚愕して青ざめているのに、どうやらノリコはメグミの言葉で勘違いをして、このケガが元で走れない体になることを心配して、皆青ざめているのだと思っている様だ。


「別に脅してないわよ? 事実を言っただけよ、治療しなきゃ走れないんでしょ?」


 そう言ってメグミは男子と対峙していた『大鉄クモ』へ向かって歩いて行き。

 その右横を通り過ぎる際に又、腕が消える。

 今度は右側の足、4本すべてが地面に落ちる。

 その太い足がバタバタと地面に倒れて行くのだ。

 右脚の支えを失い右に傾きながら地面に落下する『大鉄クモ』


ゴトリッ


 音がする。

 その音のした方向を確認すると『大鉄クモ』の頭が転がっていた。


「そうだけど、言い方って有ると思うわ。

 ああ、これね傷は、うん貴方、応急処置上手いわね、これなら綺麗に塞がりそうだわ」


「お姉さま治療は少し待って下さい。先に群れを殲滅しますわ」


 サアヤがそう言うと、サアヤの前から放射状に地面が凍り付き、無数の氷の杭が魔物の群れを刺し貫く。

 区別なく全ての魔物を串刺しにして行く氷の杭は『大鉄ムカデ』の硬い甲殻すらアッサリと貫通して縫い止める。


「ああ、良いですね、やっぱり範囲魔法は爽快ですわ! 中々この数を相手に放てませんからね、今晩気分よく眠れそうですわ♪」


「あーあ、これだけしか残ってない、サアヤだけズルいわ」


 そう嘆くメグミの周囲には既に此方に辿り着いていた魔物の死体が5体ほど魔素に返りながら転がる。


 ほんの僅かな時間、その時間でルームのパーティーが逃げ出すほどの数、70匹を超える数の魔物が全滅していた。


「どう? まだ痛むかしら? ちょっと動かしてみて? 違和感はないかしら?」


 カズミ達が魔物の殲滅劇に目を奪われている間にノリコの治療は終わっていた。

 刺し貫かれていた太腿の傷は塞がり、綺麗なピンク色の皮膚で覆われている。

 男の子は確かめる様に足を動かし、


「え? 何でだ? 全く痛くない……動く! 動くぞ! 足が動く!」


 そう言って飛び跳ねて喜んでいる。


(なんていう『加護』の力、このノリコって子はなんて『加護』の力が強いの! ……どう見ても見習いよね? そうなのよね?)


 ルームの入り口付近では逃げ出そうとしていたパーティーが、ルームで行われた殲滅劇に、茫然と立ちすくむ。


 ケイコの隣ではカズミが口元を押さえて震えていた。


「ソックス、ラルク、そっちの回収は済んだ? そうご苦労様、で、悪いけど、追加が大量に入ったから引き続きお願いね、こっちも拾うけど手が足りないわ」


(何? 犬? なのかしら? 魔物のペットよね? それに白くて丸い……豚かしら? 変わったペットを連れているのね)


 ケイコも緑色の魔道スライムをペットにしているが、今回は危なくなったので、既に転移魔法で帰還させている。メグミ達も赤い魔道スライムを連れているが、他のペットは名前も知らない種類の魔物のペットだ。


「メグミちゃん、魔結晶の回収はゆっくりで良いですよ、余り急に魔結晶を拾うとジャックポットが起こりますよ」


 サアヤがスタッフを背中に吊るし、手にショートソードを握って、歩み寄ってくる。途中沸いたコボルトの首を会話しながら刎ねる。


「願ったり叶ったりじゃない、良いわね、じゃんじゃん拾いましょう」


 そう言っているメグミも目の前に沸いた3匹のコボルトの首を会話しながら刎ねて屠る。相変わらず、その動きがまるで見えない。


 やっと何とか冷静さを取り戻したカズミが、


「ありがとう貴方達、今回は本当に助かったわ……あの……なんてお礼を言って良いのか分からないけど、このお礼は必ずするわ」


腰を折ってお辞儀をする。


「お礼? 怪我人が居たので少し手をお貸ししただけ、お礼なんて良いわ、気にしないで下さいね」


ノリコが微笑みを返す。


「けどそれでは余りにも、そうよ、何か、何かお礼をさせて、そうでないと私の気が済まないわ」


 カズミが食い下がると、横から、


「なにアンタお礼をしてくれるの? そうね、良いわねそれ、じゃあ今度体で払ってもらうわね!」


その会話を聞きつけたメグミがカズミを見ながら言う。いや、正確には体を嘗めまわす様に見て、緩んだ顔をしながら言うのだ。


「えっ???」


「メグミちゃん! 人の弱みに付け込んで無体な要求をするなんて! ダメよ! 許しません!!」


「お姉さま問題はそこでは有りませんわ、メグミちゃん体でって何を考えてますの!!」


「ふっ、子供ねサアヤ、体でお礼って言ったら決まってるでしょ! 見なさい、可愛いくて綺麗な子よ、そしてスタイルだって良い。

 そんな子がお礼をしてくれるのよ、しかも望みのままによ! こんなチャンス滅多に無いわ!」


「いえ、あの……望みのままに? いえ私はお礼をすると言っただけよ?」


「女に二言とは見苦しいわよ! さあ、さあ! 大人しくしなさい、大丈夫、痛くしないから~」


「メグミちゃんここは迷宮ですわよ、何をする気なんですか!!」


「メグミちゃんいい加減にしないと『ママ』に言いつけるわよ、ご飯抜きにされても知りませんからね!」


 その時漸くケイコは思い出した。


(規格外に強い美人三人組、間違いないわこの子達があの噂の三人組!)


 その後逃げ出した冒険者達は流石に気まずかったのかそのままルームを去り、カズミ達も十分お礼を言ってから休息の為に地下2階方面の詰め所に向かった。

 消耗が激しく、今日はもうその場に止まる余裕が無かったのだ。

 その三人組はそのままルームに残り引き続き魔物を狩ると言っていた。

 ルームを去る間際に様子を伺うと、


「ノリネエやったわ! あの逃げ出したパーティー、魔鋼の鉄玉を放置してそのまま行ってるわ! これ貰っても良いのよね!」


「放置してもコボルトに食べられるだけね、そうねこれは貰っても良いんじゃないかしら?」


「あのお二人とも、私の『収納魔法』の容量にだって限界が有りますからね?」


「良いじゃない、今日はもう魔法は打ち止めで良いでしょ? アイテムの回収が優先よ! 魔力全開でお願いね! それにサアヤ目的を忘れたの? 採掘に来てるのよ! ほらソックス! 回収回収!!」


「はぁぁ、今度『転送魔法』を覚えますわ、荷物運搬用のペットも居ませんし」


「『収納魔法』と『転送魔法』はどちらが効率良いの?」


「魔法消費量は微妙ですわね、同じくらいだと聞いてますわ。

 けど限界のある『収納魔法』よりは、魔力さえ回復すれば幾らでも使える『転送魔法』の方が、容量を気にしないで使えますからね、その分有利だと思います」


「そうなのね、私も覚えた方が良いのかしら?」


「任せてくれて大丈夫ですわ、お姉さま、無駄に魔力を消費するのは魔力容量に余裕のある、私の方が良いと思います」


「苦労をかけるねえ」


「それは言わない約束でしょ、おじい……じゃないメグミちゃん」


「ナイスノリよ! サアヤ! 後はツッコミ待ちね!」


「え? え? 私? 私なの? えぇ……」


 地下3階の広いルームに女だけの三人組、普通だったらあり得ない、普通だったらケイコも止める。


(あの三人組で危ない事なんて有るのかしら?)


 ケイコと同じくルームを振り返り、三人組を見つめていたカズミが、


「お姉さま……」


熱っぽい顔で呟いた。


(カズミお姉さま……今なんて?)


 しかし前を向いて歩きだしたカズミの顔は何時もどおりで、ケイコは自分の聞き間違いだと思うことにした。



 『光と太陽の神』の春の大祭、それにカズミ達はお手伝いで来ていた。カズミは『光と太陽の神』の神官騎士、実質強制参加だ。

 カズミ達は晴れて見習い冒険者を卒業し、既に『青銅』の冒険者となっていた。

 

 だが未だに固定パーティーは決めていない。

 

 黒鉄鉱山の一件であわや全滅、あんな事件があったにも拘らず、カズミのパーティーは大人気、引く手数多で、特に固定パーティーを組むメリットが無かったのだ。

 それどころか最後まで仲間や他の冒険者を見捨てなかったカズミの噂が広がり、親衛隊の様な男性冒険者の集団が出来上がっていたため、何処かに固定パーティーを決めると血の雨が降りそうな状態なので決められないのだ。


「悪いわねみんな、お手伝いをして貰って、私は兎も角、貴方達は折角の休日、好きな事をしていて良いのよ」


 別段カズミも義務ではない、だた参加した方が神官同士何かと波風が立たない、そんな理由で参加しているだけだ。

 またケイコ達も嫌々参加している訳では無い、こういったボランティアはお互い様なのだ。


「気にしないでください、カズミお姉さま、どうせ今日は親衛隊の男性冒険者の皆さんはゴブリン討伐遠征中、他にすることも有りませんからね」


「そうね、私も特にすることは有りませんから、偶にはこうして功徳を積むのも悪くありません」


「ありがとう、手が足りなかったから神官長様も喜んでるわ」


 巫女服を着たカズミがケイコ達にお礼を言う、言われたケイコ達も巫女服だ。


「しかしカズミお姉さま、他の神の神官の私達が巫女服を着て良いのでしょうか?」


「あら? ケイコは日本で巫女のアルバイトとかしたこと無いの?」


「神社のですか?」


「そうよ、ワタクシは友人に大きな神社の神主のご息女が居たから、そのお手伝いで年始は学校に許可を貰ってアルバイトをしていたのよ。

 まあこれもそれと一緒ね」


「そうなんですかカズミさん? けど巫女のバイトとは違うでしょ? これって『光と太陽の神』女性神官の制服でしょ?」


 普通のカズミは中衛で接近戦もこなせる様に魔鋼とレザーの鎧姿で神官服を着ていない。

  そもそも『光と太陽の神』の神官は神官騎士が多くカズミの様に神殿以外では鎧姿ばかりで神官服を着ているものが居ない。

 だからキミコは神殿で女性神官が着ている巫女服こそ『光と太陽の神』の女性神官服だと思ったのだ。しかし、


「巫女服はね、神官長様が、


≪『光と太陽の神』と言ったら天照大神じゃ! ならば神道じゃのう! 女性神官の制服は巫女服で決まり!! 他に何が有る!≫


っと強引に決めてしまったそうで、それで巫女服になっているだけよ。

『光と太陽の神』の本来の神官服は全く違うわ」


 因みに天照大神は女神で、『光と太陽の神』は男神と全く違う。完全にこじ付け、神官長の趣味丸出しで有る。


「男性の神官の服も陰陽師の様な服ですけど、……これも違うのですね?」


「そもそも巫女服や陰陽師の様な格好、狩衣でしたっけ? これは日本の物でしょ? 『光と太陽の神』は日本人が召喚される前から信仰されているのよ?

 それなのに日本の服が神官服なんて変でしょ?

 神官長様達が勝手に気に入って着ているだけよ、前にその事を尋ねたら、


≪『神』の許可は取ったからのう、何も問題ない、ワッハハハハ≫


そう言ってたわ」


(お姉さま、結構神官長様の物マネ上手い!)


 だがケイコもその話を聞いて納得したことが有る、神官長の趣味なのか、ヘルイチ地上街の『光と太陽の神』の神殿の造りは何処か日本の神社に似ているのだ。

 その謎の答えがようやく判明した。


 そして今、巫女服のカズミ達がやっていることは境内の案内兼見廻りだ。

 春の大祭の神事の方は神官長や高司祭等の上級職の仕事の為、ペーペーなカズミ達は裏方に回っているのだ。


 女性神官であるカズミは舞踏などに参加しても良いのだが、踊り方をマスターしていない。流石のカズミもそこまで手が回らなかったのだ。

 加護に魔法、それに武技と覚える事、訓練する事が山の様に有る。

 そこへ更に舞踏の訓練をする、そんな余裕が有ろうはずもない。


 それでもカズミは昨日1日で一通り舞踏の形だけは覚えたのだから流石だ。

 だが熟練者に混じって披露出来るレベルまでには達する事が出来ず、今回は他の2人と共に地味な見廻り任務に従事していた。

 まあ巡礼者や観光客など祭りの見物客は非常に多い為、地味だが重要な役割だ。

 迷子の保護や酔っ払って寝ている人の保護、道に迷っている人の案内など、仕事は結構忙しい。



 そして今、運の悪い事に、カズミ達は酔っ払いに絡まれてしまっていた。

 更に運の悪い事に、相手は『黒銀』の男性冒険者6人組だ。


 お酒なども提供している屋台が連なる通路の一角で、


「なあ綺麗なお姉さん、俺達にお酌してくれねえかな?」


「なにをふざけて居るんですか! 他のお客様の迷惑になります。

 お酒を飲むのは自由ですけど、大人しく飲んでください! 大声で騒がれては困ります!」


 大声でバカ騒ぎをしていた6人組にカズミが注意しに行ったのだが、そこで囲まれ、絡まれたのだ。


「おおっと気が強いねえ、流石は『光と太陽の神』の神官様だ」


「なんだ? 俺達とは話もしたくねえってか? お高いねえ、ケッ、何が『至高神』だ、ピカピカ光ってりゃ偉いのかよ」


 冒険者達は相当お酒が入っているのか、赤い顔をしてお酒臭い息を吹きかけてくる。カズミはそれに顔を顰めながら、


「『光と太陽の神』様はそんな事は一言も言っていないわ! 大神殿の戯言を真に受けて『神』を侮辱すると許しませんよ!!」


毅然と酔っ払い冒険者に反論する。


 『光と太陽の神』は総本山の大神殿にて『至高神』『唯一神』で有るとされている。だが『神』自身はそんな事は一言も言っていない。

 これはこの『ヘルイチ地上街』の『光と太陽の神』神殿の神官長ヨシヒロが直接『神』に聞いて確かめている。完全に大神殿、そして大神官の暴走だ。


 そして、この他の『神』を見下したかのような発言は、他の『神』を信仰する者から可成りの反感を買っている。

 元々正しさを、正義を信奉する『光と太陽の神』の信徒は、他の『神』の信徒からの反感が強い。

 正義を信奉し、その正しさで自らを律するだけなら問題は無い。しかし実際には自分達だけが正義であり、自分達の行いは全て正しいのだとして、他者を従わせようとする。

 この唯我独尊的な傾向は大神殿を中心に広く『光と太陽の神』信徒に見られる傾向だ。例外なのは5街地域くらいな物である。

 そんな状況の中での先の大神殿の発言は『光と太陽の神』信徒には熱狂的に受け入れられ、他の神の信徒からの猛反発を招いていた。

 そう自分達を一段上に置いてお高く止まっている様に見えるのだ。


「ほう、許さないってか、はんっ、ちょっと可愛いからって調子に乗るなよ小娘が、『青銅』如きが『黒銀』を如何許さないってんだ」


 どうやらこの冒険者達はカズミ達の事を最初から知っていたようだ。

 カズミ達は自分達の素性を名乗っていない。その恰好から『光と太陽の神』の神官であることは分かっても、『青銅』で有ることなど見ただけでは分からない筈だ。

 

 噂になるという事は良い面もあれば悪い面もある。


 これはそう言うことなのだろう。


「知ってるぜお嬢さん、おめえの取り巻き連中はゴブリン狩りに出かけてんだろ? ご苦労なこったな。まっ、あんなのが何人いたところでどうにもならねえがな、雑魚を集めて女王様気取って粋がってるとケガするぜ」


 カズミ達は出来るだけ反感を買わない様に、気を付けて他者と接していた、しかし、


『目立つ』


この事だけで反感を覚える者が居るのだ、そうこの男たちの様に。


(……この人達、最初からカズミお姉さま狙いだわ、酔っ払って単に絡んで来たんじゃない、お姉さまが気に入らないから、ちょっかいを掛ける気で絡んで来てるのね)


「くだらない男ね、何が女王様よ、ワタクシは別にそんな心算は無いわ!

 良いわ、話が通じない人達を相手にしても時間の無駄ね。

 行きましょう、本部に連絡よケイコ」


「おっと簡単に逃がすと思ってるのか? 甘いねえ」


「おいおい、つれねえじゃねえか、ああっ! 何処に行こうってんだ? 先輩が今教育中だろうが!」


 男の一人がカズミの手を捻り上げ拘束する、こんなロクでもない奴等でも『黒銀』でこの地域の男性冒険者だ。

 幾らカズミが優秀でもその実力差は、その身体能力の差は歴然としていた。


「離しなさい! 離して!」


「おっと大人しくしてろよ、ふむ、確かに噂になるだけあって中々美人じゃねえか、ちょいとサービスして貰うかね」


「離しなさい、ふざけないで! 何でワタクシが貴方達なんかにサービスをしなければならないの!」


「お高く止まってんじゃねぞ!!」


 男は捻り上げた手をカズミの背後に回し、更に捻り上げようとする、下手をすれば骨が折れるか関節が外れる、


(ああ、お姉さま!! 誰か! 誰か助けて!)


 ケイコは藁にも縋る気持ちで周りを見渡すが、皆一様に目を伏せ此方を見ない。


 『黒銀』の男性冒険者を相手に一般人が立ち向かう事など不可能なのだ、それを皆知っていた。


「へへっ、どうしたよ? その可愛い口で良い声聞かせな……???!!」


 下卑たニヤケ顔でカズミを甚振っていた男が、突然白目を剥いて悶絶する。

 カズミを解放し、股間を押さえて地面に倒れ込む男、その背後には、


「うん、この魔鋼のヒールブーツは中々使えるわね。確かに蹴りは良いわね攻撃の幅が広がるわ、よし、これなら実戦でも使えそうね! なかなか蹴り具合も良いわ!」


 倒れ込んだ男の背中に爪先を押し当て、泡を吹いて気絶している男の背中で、足首をくりくりと回しながらそのヒールブールの具合を確かめるメグミがそこに居た。


「てめえぇこのアマ!! 何もんだ! 何しやがった!!」


 周囲の男たちが瞬く間にメグミを取り囲み誰何の声を上げる。既にカズミの事など男たちの眼中にはない、男たちの包囲の輪の外側に押し出される。


「はぁ? 見て分からないの? なに? あんた達バカなの? 

 はっ仕方ないわね、良いわ説明してあげる、有難く思いなさい! 蹴り砕いた、それだけの事よ」


 大きなゴツイ男たちに囲まれているのに、堂々と胸を張り、地面に倒れ伏す男の背中をヒールブーツの鋭いヒールでグリグリと踏みつけながらメグミが答える。時折痛みの所為かくぐもった声が上がっているが気にした風もない。


 男たちは蹴り砕いたの一言に思わず股間を押さえ顔を顰めながら、


「てめえ無事に帰れるとは……」


「メグミお姉さまっ!!」


(え? カズミお姉さま??? いまなんと??)


「お姉さま?? ん? あ、あんた……あの時の子ね、今日は可愛い恰好ね、ソレ巫女服? 服だけは『光と太陽の神』は中々趣味が良いわね、『大地母神』様にも見習ってほしいわ」


(いいえメグミさん、巫女服は神官長様の趣味よ!)


「えっ、そんな可愛いだなんて……そうですか? 有難うございます♪」


(カズミお姉さまが照れてる……なに? 何だか可愛い)


「けど待って、なんで私がお姉さまなのよ? あんたの方が年上でしょ?」


(確かに、メグミさんは私よりも年下ですよカズミお姉さま!)


 助けられて以降ケイコは気になって三人について色々情報収集したのだ。

 その情報の中に三人の年齢も含まれている、カズミより年上なのはノリコだけだ。


「年なんて関係ありませんわ! お姉さまはお姉さまです!!」


「そうなの? え? そうなのかな? まあノリネエみたいに年上でも幼い感じの人も居るしそうなのかしら??」


「こらるぁぁぁあぁ!! お前ら俺達を無視して世間話してんじゃねえっ! ここまでコケにしてタダで済むと思ってんじゃねえだろうな!!」


「ウルサイわねモブキャラが!! 男如きが私の会話を邪魔してんじゃないわよ、この転がってるゴミ拾ってとっとと消えなさい!!」


「おいこいつあれだろ? 『コボルトロード』を倒したとか噂になってる女だろ」


「はっ、そんな眉唾話、誰が信じるよ、こいつも調子に乗ってるルーキーか? 丁度いい、一緒にシメちまうか?」


 男達が凄むが、メグミは既にそちらを見ていない。


「何? お礼がしたいの? 良いわね、じゃあ今度こそ体で払いなさい! 良いわね!」


「お姉さま、そんな……こんな昼間からいけませんわ♪」


「何よケチ臭いわね……あれ? じゃあ夕方とか晩なら良いのかしら?」


「ねえ、お姉さま、取り敢えずそこの出店のお茶屋さんで御茶でも飲みながらお話しませんか?」


(いえカズミお姉さま、今それどころじゃ有りませんわ! 周りを見て下さい、男の方達の青筋が切れそうになってますわ!!)


「そうしたいんだけど、お使いクエストの途中なのよね」


「お使いクエストですか? どちらに行かれるのですか?」


「『大地母神』神殿のアイ様の所よ」


「……お姉さま、ここは『光と太陽の神』の神殿ですわよ?」


 『大地母神』神殿は、ここ『光と太陽の神』神殿の隣だ。


(メグミさんってもしかしてドジっ子?)


「知ってるわよ? ああ、ここをね真っすぐ突っ切ると『大地母神』神殿のアイ様の部屋の近道なのよ、知らなかった?」


 メグミが真っすぐと言って指し示す方向には塀が連なっている。


「お姉さま、そこの奥は『光と太陽の神』神殿の聖域ですわよ……」


 カズミは恐る恐る聞いた、そう何かの間違いであってほしかった。


「へえそうなの、結構綺麗な所よね、良い雰囲気で何だか気分が良いのよねあそこ通ると」


「あの……一般人は立ち入り禁止な筈ですが……」


「気にしたらダメよ、それにそんな事どこにも書いてないもの平気よ!」


「お姉さま?! もしかして塀を飛び越えてませんか?」


「そうよ? あの位余裕!! 任せてよ!!」


 メグミはサムズアップして答える。


(ドジっ子より酷いわ、え? なんなのこの子)


 傍若無人にも程が有る。


「こののののののののアマアアアアアァァ!!! ふざけてんのかクソが!! 何堂々と無視して世間話してんだ!!」


「まだ居たのアンタら? もしかして暇なの? まあ昼間からこんな所で酒飲んでる時点で暇人か、ヤレヤレだわね」


 メグミはとうとう倒れている男の背中の上に乗りヤレヤレと首を振る。


(もしかしてメグミさん、あの男の人本当にゴミか何かと勘違いしてないかしら? って股間から血が……え!? あれ?! 砕いたって、それ破裂してるんじゃない??)


 ケイコにその痛みは想像できない、しかし幾ら何でも本当に潰すのは想像を絶する。

 『加護』を使えば確かに治療は出来るだろう、しかし下手をすれば不能になる可能性だってある。

 ケイコの背中を冷や汗が伝う。


「許さねえ!! たかが見習いの分際で良く吠えたな、少し痛い目に遭ってもらうぜ! 何ここは神殿だ直ぐに治療を頼んでやるさ」


 そう言って男たちが剣を引き抜く。


(ああ、何で! 何でこんなことに! 流石に無理よ! 幾らメグミさんでも無理! 相手は『黒銀』なのよ!!!)


 ケイコが心の中で叫んだ瞬間、周囲を一陣の風が吹き抜ける。

 そして、


カランッ! カランッ!


硬いものが石畳の上に落ちる音がする。


「ぐああぁっぁぁ!! 手が!! 俺の手があぁぁ!!」

「何だ!! 何が起った!!」

「止血だ、止血しろ!このままだとヤバい!!」


 剣を握った手を手首で切断された男達が蹲り、必死で『加護』や『魔法』でその手の傷の止血をする。

 地面に落ちたのは剣を握った男達の手だった。

 切られた手首からは血が噴き出し、辺り一面を血の海に変えていく、彼方此方で悲鳴が上がり、周りでこの騒動を遠巻きに眺めていた野次馬が逃げ出す。


「ふんっ、反応すら出来ないなんて『黒銀』の名が泣くわよ、全く期待外れね」


 いつの間にか抜き放ったショートソードを片手に持ち、血脂を振り払いながらメグミが呟く。

 一振りするだけで刀身から汚れが一掃される、濡れたように光るその刀身、一体どれほどの切れ味なのか……


「殺してやる! 何時か絶対殺してやるぞクソアマがぁ!」

「くそ痛てえ、痛てえぞ畜生が!!」

「手がぁ! 俺の黄金の右腕がぁ!」

「血が! クソッ血が足りねえ! 巫山戯ろよクソ女っ!」

「この借りは必ず倍返しだ!! ブチ殺す! 犯して殺す! お前だけじゃないお前の仲間の……」


 最後の男は全てのセリフを言い切ることが出来なかった……

 男の目の前には、その手の剣を男の首に向けて振りぬくメグミと、その剣と首の間に自らの剣を差し入れ男の首が刎ねられるのを防ぐ受付嬢のナツコとアミの姿が有った。


「退いてナッちゃん、アッちゃん!! そいつ殺せない!!」


 低い、低い声でメグミが告げる、其れまでにあった軽い調子が完全に失われている。

 周囲に居た逃げ遅れていた人々の腰が抜ける、皆地面座り込みガタガタと体を震わす……凄まじい殺気が周囲に漏れだしていた。

 騒いでいた男達も押し黙る、誰でも分かるのだ、今騒いだら、今この少女に標的にされたら、確実に死ぬ!


「メグミちゃん、躊躇いなく人の首を刎ねようとしないで!! こんな公衆の面前で何をしているの貴方は!!」


「ダメよメグミちゃん、これ以上はダメ!」


「ダメ? なんで? そいつはノリネエとサアヤを殺すって言ったのよ! 私の女に手を出す気なのよ!!」


「あの二人はそんな簡単に殺せるほど弱くないわよ! 落ち着きなさいメグミちゃん!」


「そうね、こんなゴミに如何にか出来るほど二人は弱くはない。

 けどね万が一が有るわ、それにね、物語では定番でしょ? 糞見たいな雑魚悪役が変な場面で後ろから刺すのよ、重要なキャラをね……そんなベタな展開は許さない!! 

 まっぴらごめんね、禍根は元から断つのが私の流儀よ!! 退きなさい!」


「いいえ退きません! 貴方は冷静さを見失っているわ!」


「冷静? そんなものは要らないわ! 私なら幾ら殺しに来ても良いわ、この程度の雑魚なら後ろから刺しに来ても返り討ちにして切り捨てて見せる!

 けどノリネエとサアヤには無理よ……無理なのよ! ならこの場でこいつを殺すのが一番後腐れが無いわ!」


「メグミちゃんここは神殿よ! 『光と太陽の神』の神殿なのよ! 直ぐに『蘇生』するでしょ! 無駄な事で手を汚さないで!」


「大丈夫よ上手く切るから……精神体ごと切ってやるわ、『蘇生』したって廃人よ! 害はなくなるわ」


「アッちゃん『影縫い』はどうなってるの、何で動けるのよ!! どうして……」


「ナッちゃんこの娘切ったのよ、『影縫い』を斬り解いたの、今『不動縛』で縛ってるけどこっちも何時まで持つのか……」


「もう!! どうなってるのよメグミちゃんは! 廃人になんてしなくて良いのよ! こいつらが何か悪さするなら『誓約』で縛るから! だから引きなさい! メグミちゃん!!」


「『誓約』??」


「そうじゃ『誓約』とは、相手に絶対順守の誓いを立てさせ、それを破った際に精神を壊し、命を奪う、いわば呪いじゃよ、メグミ」


 そう言って神主の様な格好の初老の男性が歩み寄ってくる。


「「ヨシヒロ様!!」」


 ナツコとアミが喜びの声を上げる、二人でも本気のメグミを抑えるのは可成り際どい。


「ナツコ、アミよく止めました、メグミ! いい加減剣を引きなさい! 一体何事ですか!」


 こちらは30台半ばであろうか? 優し気な目をした女性がメグミを叱りながらヨシヒロの後に続くように歩み寄ってくる。


「アイ様! 良かった、メグミちゃんここまでよ」


「ねえメグミちゃん、貴方なら分かる筈よ、私達4人相手にまだ続ける気なの?」


「全く他所の神殿を、しかも大祭の最中に血で汚すなんて! ごめんなさいねヨシヒロ、うちの子が迷惑を掛けたわ」


 『大地母神』神官長アイが『光と太陽の神』神官長ヨシヒロに頭を下げる。


「クッ!! アイ様、見逃してよ! こいつノリネエとサアヤを殺すって言ったのよ!!」


「……ノリコを殺す? ノリコを殺すですって? ……この者達がそう言ったと?」


 今度はアイから殺気が漏れ出す、周囲の温度が一気に下がる。

 ノリコはアイのお気に入り、いや『大地母神』のお気に入りだ。実の娘の様に高司祭ヤヨイと共にノリコを可愛がっている。

 その溺愛振りは有名で、誰憚ることなく『私の娘』と言ってノリコを可愛がる。

 周囲からの依怙贔屓との批判に対しても、


「何かダメかしら? 贔屓? なら貴方達も贔屓して差し上げましょうか?

 けど、貴方達で耐えられるのかしら? 私の修行は甘くありませんよ、フフフッ」


そう平然と答えるほどだ。

 アイの直接指導『苦行』、恐ろしく厳しい指導に耐え、更に乗り越えたのは高司祭のヤヨイを除けばノリコだけだ。

 他の候補者が白目を剥いて気絶し、鼻血を吹き出し、血涙を流すほどの精神負荷、それを耐え抜いたのはノリコだけだった。


 ノリコの『加護』は強い、しかしそれは単に『神』に気に入られている為だけではない。想像を絶する精神修行で精神力を鍛え上げた成果でもあるのだ。


 そんなアイの後継者とも言われているノリコ、溺愛している娘が殺される姿を想像して、アイは静かに、しかし深く怒る。


「そうよ! だから今のうちに始末するのよ!」


「そう、そうなの、そうなのね……」


 アイの周囲の景色が歪む、圧倒的な殺気が陽炎の様に景色を歪める。男達の顔は青色を通り越し、血の気が引いて既に真っ白だ。

 メグミは形勢が逆転したことを確認して、一歩引いて距離を取り剣を構え直す。


 アミはそんなメグミに驚愕の表情を向ける、確かに『不動縛』で縛ったのだ。

 にも拘らず、メグミは今平然と動き回っている、ありえないと動揺し、その動きが止まる。

 しかし、直ぐにナツコがそんなアミの肩を叩く、アミはナツコに促され、冷静さを取り戻すと、ナツコと共に、男達を庇う様にメグミの前に剣を構えて立ちふさがる。


「落ち着かんか馬鹿者がっ!! アイ!! お主も何をしている!! 殺気を押さえよ! お主まで暴走してどうする!! この馬鹿者が!!

 この者達の処分は任せる! だから今は堪えるのだ!」


 ヨシヒロの裂帛の気合を込めた怒声が周囲に響き渡る!


「あらいやだワタクシったら、ウフフ、ちょっと取り乱してしまいましたわ」


 アイは一瞬で殺気を納め、口元を覆って恥ずかしそうに微笑む。

 余りの豹変ぶりに、メグミはこれがアイの罠で有ったことを悟るが、既に一歩引いている、この距離でこの4人を躱して男達に切り掛かるのは不可能に近い。


「ふうぅ、全く、この女狐が! まあ今回はワシらが直接駆け付けて良かったわ、先ずはこの血の海を祓うかの」


 サッとヨシヒロが手を振ると血の海が跡形もなく消える。


「さてメグミ、お主もいい加減その殺気を納めんか、アイがその者達の始末は付けてくれる、お主が手を下す必要は無い」


「……なんで私の名前を知ってるの? おっさん誰よ?」


 メグミは流石に諦めたのか悔しそうに剣を鞘に納めながらヨシヒロに尋ねる。


「……のうメグミ、お主とは何度か会っておるよな? ノリコと共にアイの用事で訪れた際に何度か挨拶したじゃろう?」


 ヨシヒロは戸惑いながらメグミに尋ねるが、


「確かにこの神殿には何度か来てるわね、けどねおっさんの顔とか如何でも良いのよ! 巫女服よ! 可愛い巫女さんが一杯居るのよ! そっちを目に焼き付けてるのよ! おっさんなんて眼中にないわ! 覚えてるわけないでしょ」


 メグミに悪びれる様子は一切ない。


「なっ…………」


 絶句するヨシヒロの肩をアイが叩いて慰め。


「ヨシヒロ、諦めなさい、メグミに男の顔を覚えろと言う方が無理な話なのよ」


 深いため息をついたヨシヒロは、


「聞きしに勝るとは……まあ良いわ、で? 経緯を説明してくれるかのメグミ」


呆れながらもメグミに事情説明を求める。するとメグミは、


「私は何も悪くないわ! 一切合切の罪と罰はそこのゴミに負わすことね!」


ハッキリと視線をそらさず、一切悪びれる事無く言い放つ。

  その言葉にはどこまでも本気の意思が感じられる、心の底から自分は悪くないと思っているようだ。


「ふぅぅぅ……メグミ、今は罪を問うているのでは無い。経緯を聞いて居るのだ」


 頭痛がするのか額を押さえながら、それでも挫けることなくヨシヒロが尋ねる。


「ふんっ、なら良いわ説明してあげる! 大したことじゃないのよ? そこに転がってるクズ野郎が絡んで来たから、ちょっと蹴り飛ばして金〇を潰してやったのよ」


 話してやるから有難く聞けと言わんばかりの態度でメグミは話す。相手が神官長だろうと関係ないのだ、基本男性相手には全く敬意を抱かないのがメグミだ。


「メグミ、女の子が〇玉なんて言うものじゃないわ、はしたない……潰したの?」


 そんなメグミをアイが嗜める。先程自分を罠に嵌め、更にその事を忘れたようにメグミを嗜めるアイに、笑顔を向けて、


「そうよアイ様! サクっと蹴り砕いてやったわ! 女性に手を挙げたらどうなるか思い知れば良いのよ!

 問答無用で切り殺さなかった自分を褒めてあげたいところね! 我ながら大した忍耐力だわ! 我慢したのよ私、偉いでしょ! 褒めてくれても良いわよ」


 基本女性にはトコトン甘いのがメグミだ。


「ふむっ、色々突っ込みどころ満載じゃが、それから? 続きが有ろう?」


 ヨシヒロは自分とアイに対する態度があからさまに違うメグミに、それでも忍の一文字で耐え忍び続きを促す。


「こんな優しい私に、そこら辺に転がってるゴミ野郎が剣を抜いてきたのよ、だから殺したって正当防衛よね! そうでしょ? 

 けどね私は女神の様な寛容の精神を発揮して、手首を切り落とすだけで勘弁してあげたのよ、ねえアイ様褒めて!」


 中々褒めてくれないアイに直接要求を繰り出すメグミ、アイは少し呆れながらもメグミの頭を撫でる。

 アイはメグミにも甘いのだ、手間の掛かる子ほどかわいいアレで有る。


「今度は更に我慢しなさいねメグミ、貴方なら骨を叩き折るだけで無力化も出来たでしょ? 神殿を血で汚すものでは無いわ、良いですね?」


「アイ、お主は甘すぎじゃ! まあ、しかし、それは確かに正当防衛と言えなくもないのぅ」


 そんなヨシヒロの言葉に、ご満悦で頭を撫でて貰っていたメグミは、


「誰がどう見ても正当防衛よ、こんなか弱い乙女一人に向かって、野郎が五人がかりで刃物を向けたのよ? 殺されなかっただけ感謝すべきよ」


そう言って食って掛かる。


「か弱い? ……まあ、お主でなければ今頃どうなっていたかと言ったところか、で? その寛容な女神さまの様なお主が何故その男を殺そうとしておる」


「さっきも言ったでしょ、この糞野郎はノリネエとサアヤを殺すって言ったのよ!! こっちの堪忍袋の緒が切れるってものよね、慈悲は無いわ!」


 売り言葉に買い言葉、その程度で殺人が許される道理はない。ヨシヒロは開いた口が塞がらない様子だが、アイは益々メグミを優しく撫でる。どうやら此方はメグミに同意して褒めているらしい。


 そんな二人にヨシヒロの堪忍袋の緒が切れそうだ、叱ろうと息を吸ったその時、


「神官長様、メグミお姉さまの言っていることは事実です、ワタクシ達が証言いたしますわ、そもそもメグミお姉さまはワタクシをそこの暴漢からお救い下さったのです」


 ヨシヒロやアイの登場に、今まで黙って控えていたカズミが、メグミの弁護に声を上げる。このままではメグミが不利になると思ったのだ。


「カズミ……そうか……そこの連中はお主に……」


 ノリコやメグミがアイのお気に入りなら、カズミはヨシヒロのお気に入りだ。

 ヨシヒロの目が自然と鋭くなる。


「ヨシヒロ、貴方、人に言っておいて自分は暴走する気?」


 そんなヨシヒロをアイが嗜める。


「……ゴホンッ、ん、まあウチの子を助けてくれたことには感謝するぞ、メグミ。

 ナツコ、アミ、お主らは如何じゃ? メグミの説明に間違いはあるか?」


 慌てて咳払いをして誤魔化したヨシヒロは、ナツコとアミにも経緯を尋ねる。


「まあ大筋はあってますよ、ヨシヒロ様、ね、アッちゃん」


「そうね、少し過剰防衛な気もするけど大体はあってますわ、ヨシヒロ様。

 そうよねナッちゃん」


「ほぅ、なんじゃお主ら、まるで最初から見ておったような口ぶりじゃな?

 ……そもそも何でお主らはここにおるんじゃ? まだ勤務時間の筈じゃろう?」


 サッと目を逸らしたナツコとアミは、


「……いやだなあヨシヒロ様、休憩時間ですよ、御昼休憩です! ご飯食べていただけすよ、ねっ、アッちゃん!」


「そうですわ、別に面白そうだからって見物してたわけじゃないんですよ、手を出し過ぎても駄目でしょう? ですから後輩の対応を見守っていたんです!

 その甲斐もあってちゃんとメグミちゃんを止めましたよ、そうよね、ナッちゃん!」


慌てて誤魔化す。しかし、


「ふむ? 昼休憩か、まあ祭りの屋台でお昼ご飯も偶には良かろう……しかし、お主らの口から酒の匂いがするのう……まあ結果的には人一人、命を救っておる。今回だけは不問にしておこうかの」


ヨシヒロにはバレバレだ。


「ではヨシヒロ、この者達はこちらで引き取るわ、今連絡をして応援を呼びました。直ぐに回収部隊が到着する筈よ」


「余り無茶はするなよアイ、お主は偶にやり過ぎる」


 そのヨシヒロの言葉が終わらないうちに、


「アイ様、この者達の行為は許されません、しかし『黒銀』に既に6年です、そして今回の審査でも『黄金』には……お酒のも入って少し羽目を外し過ぎたんです、寛大な処分をお願いします」


「アイ様、この者達も最初はこうでは有りませんでした。今回の件は良い薬になったと思います。組合の方でも更生プログラムを用意いたします。ですからお願いいたします」


ナツコとアミはアイに向かって頭を下げる。勤務態度に多少の問題はあれど、二人とも冒険者組合の受付嬢、冒険者のアドバイザー、身寄りのない召喚された冒険者達の保護者なのだ。


「分かっています、今回は拷問はしないので安心なさい。しかし、治療が済んだら、念のため『誓約』だけは掛けます。

 これは馬鹿な行為をした罰よ、普通に生活する分には全く問題ない筈、良いですね」


 アイとて事情は察した、中級の壁は想像以上に厚い、『黒銀』で10年以上燻っている者達も多い。自らの限界を感じ、冒険者を引退する者もいる位だ。

 だがその鬱屈したストレスを最近目立っていた、噂のルーキーに絡んで晴らす、そんな行為は許される筈がない。


「「はっ! 有難うございます!」」


 しかし罰は思った以上に軽い、『誓約』を除けばナツコとアミに後を託した格好だ。二人は感謝し、頭を下げる。


 すると再び集まり始めた野次馬の人垣の輪の外側から声がする。


「お姉さま、ポールハンマーは仕舞って下さい! ここは神殿ですよ」


「うぅ、大丈夫よサアヤちゃん、これはハンマー、武器ではなく道具よ、刃物じゃないわ」


「それは詭弁です! 神官の詭弁、真に受けて本気にしたらダメですお姉さま! 一般人には通用しない言い訳です……メグミちゃんならきっと大丈夫です! 暴漢如き返り討ちにしてますわ」


「けどメグミちゃんだって万が一が有るかもしれないでしょ! ……ダメよ、絶対にダメ!」


 ちょっと間が有ったがその時、何か想像したのかさらに取り乱す。


「お姉さま落ち着いて! 振り回さないでください!」


「メグミちゃんに万が一が有ったら、私、私! 止めないでよサアヤちゃん!」


「その時は私も許しませんわ、だから落ち着いて、ああ、スイマセン、ちょっと通してください!」


「お願い道を開けて、あのごめんなさい、急いでいるんです道を開けて!」


 野次馬の人垣がサッと冗談のように割れる、まあ一般人からしてみれば背後から武器を振り回す、取り乱した女性が迫ってくるのだ、逃げ出さない馬鹿はない。

 その割れた人垣、そこからポールハンマーを握りしめたノリコと、そのノリコを宥めるサアヤが現れる。

 ノリコはメグミを見つけると一目散にメグミに向かって駆け出し、そのままメグミに飛び掛かると胸にギュッと抱きしめる。


「ああ、もう馬鹿! 心配させないでメグミちゃん!」


「だから言ったじゃないですか、メグミちゃんなら大丈夫ですって、けど本当に良かった、メグミちゃんケガとかしてませんか?」


 途中地面に倒れている男の背中を、ノリコは完全に無意識に、サアヤは若干ワザと踏みつけているが、三人とも全く気にした様子がない。


(自業自得とはいえ……今日一番不幸なのは彼なんじゃないかしら?)


 ケイコはその男性に若干同情する。大事な所を潰され、散々足蹴にされて、そして未だに気絶しているのだ。

 一体どれほどの激痛なのだろう、既に背中にはメグミ、ノリコ、サアヤと三人分の足跡が付いているが目覚める気配すらない。


 ノリコに抱きしめられ、その胸に気持ちよさそうに顔を埋めながら、


「どうしたのよ二人とも? お使いは終わったの?」


「どうしたもこうしたも無いわ、メグミちゃんはこんな所で何をしてるのよ!!

 私はお使いで『炎と戦いの女神』神殿に行ったら神官長様はこちらの神殿に出掛けたって聞いて」


「私も『月』の神殿で神官長様は二人とも此方の神殿に出かけていると聞いたので此方に来たら、ちょうど参道の入り口でノリコお姉さまとバッタリ出会って」


「そう、それで二人で参道を登ってたら、周囲の人達が口々にメグミちゃんらしき女の子が冒険者の男に囲まれているって、喧嘩してるって言ってたのよ」


 ノリコとサアヤが交互に経緯を説明してくれるが、息ピッタリだ。

 まるで事前に打ち合わせをしたかのように流れる様に交互に説明を繋いでメグミに語る。


「なんで私だって分かったの??」


 メグミはこの騒動で自ら名乗った覚えはない、それに有名人と言ったわけじゃあ無い。野次馬がメグミの素性を知っているとも思えないのに……


「小柄な女の子がいきなり暴漢の股間を蹴り潰したって言ってましたからね……」


「メグミちゃん、今日は出来たばかりのヒールブーツの具合を見るって喜んで履いてたじゃない?」


「聞いたらその暴漢『黒銀』の男性冒険者だという事ですし……

 私の知っている限り、そんな人たちに喧嘩を売って、股間を蹴り飛ばす女の子はメグミちゃん以外居ませんわ」


「喧嘩を売ったわけじゃないわ、買っただけよ!」


(カズミお姉さまに売られていた喧嘩を強奪した様な……いえ、助けてもらったのだから感謝しなくてダメね)


「買わないで! 喧嘩なんて女の子のするものじゃないわ! 怪我したらどうするのよ! しかも荒くれ者なんか相手にもしもの事が有ったら……お嫁に行けなくなるわよ! お願いだから心配させないで!」


「大丈夫よ、元々お嫁になんて絶対に行かないから」


「メグミちゃん、分かってて言ってますね? お姉さまはそう言った意味で言ってるんじゃない事分かってるくせにそんな事言って!!

 それにメグミちゃん、油断してはダメですわ、元々腕力は余りないんですから、組みつかれたらメグミちゃんでも危ないですわよ、囲まれて腕力勝負に持ち込まれたら勝てませんよ男の人には!」


「むぅ、サアヤが意地悪言う! まあ良いわ、結局今回は何とも無かったんだし、次からは騒ぎになる前に、囲まれる前に仕留めるわよ。

 下手に手心を加えたのが今回の反省点ね、次からは問答無用で全員砕いて悶絶させれば何も問題ないわ」


「砕く? 悶絶?」


「お姉さま、多分そこに倒れてる方がそうですわ、アレがメグミちゃんが蹴り潰した相手でしょ」


「……あれ? ……もしかして私踏んじゃった?」


「いい気味です、気にしたらダメですわお姉さま。女性に手を上げるような男性に同情の余地は有りませんわ」


「けど、あっ! 血が出てるわ、メグミちゃんやり過ぎよ!! 少しは手加減なさい」


 ノリコは慌てて駆け寄って治療を始める。


「いやノリネエ、ノリネエだってそのハンマーで砕く気満々だったでしょ? なんで私だけ怒るのよ!」


「それはそれ! これはこれ! あっと、え? これどうしたらいいの? 患部……」


 一応『治癒』を掛けてはいるが、その傷、患部を確認しようとしてノリコが戸惑う、何せあそこだ。


「ノリコ、応急で『治癒』を掛けたのならそれだけで良いわ、後はこちらで処置します」


 そんなノリコにアイが声を掛ける。


「あっ! アイ様、いらっしゃったのですね……ああ、私ったらなんて事をっ! 申し訳ありません! 挨拶が遅れて大変失礼しました。

 もうっ、メグミちゃん、アイ様が居るなら居るって言って!」


「横に居たのよ? 普通気が付くでしょ?」


「ノリコは目標を定めると他が全く目に入りませんからね……長所でもあるけど短所でもあるわね。まあ気にしないで良いわノリコ」


「お恥ずかしい限りです。申し訳ありません」


「気にしないで良いって言ってるんだから気にする必要は無いわよ。

 それよりノリネエもサアヤもお使い途中でしょ? 良いのこんな所で時間喰ってて? 時間オーバーで失敗扱いになるわよ? 

 って私もお使いの途中だったわ!! けど丁度良かった、はいアイ様、これ預かって来たの! 受け取りにサインしてね!

 ほらノリネエもサアヤもサクサク済ませて帰りましょ。他の神官長もここに居るんでしょ?」


「あら? 何かしら? メグミ誰からなの?」


「さあ? お届けモノのお使いクエストで預かっただけだからサッパリよ。本人に直接渡す様にって事しか言われてないわ」


「ワシにはないのか? 他の神官長にも届けるのじゃろう?」


 ヨシヒロが尋ねるが、


「おっさん宛の荷物なんて私が届けるわけないでしょ? 他の冒険者が請け負ったんじゃない?」


メグミはそっけない、相手は神官長、流石にそれは分かっているのだろうが、男で有る限り相手が誰であろうがメグミには如何でも良いのだ。


「ならメグミは何でここに居るの? ここは『光と太陽の神』よ? 

 『大地母神』神殿で私がここに居るって聞いてきたの?」


「いいえ違うわ、冒険者組合事務所からだとここを真っすぐ突っ切った方が『大地母神』神殿には近道なのよ」


「えっ? ここを真っすぐ?」


 アイが絶句する。そしてヨシヒロは慌てて、


「ちょっと待てメグミ、確かに冒険者組合事務所と『大地母神』神殿を地図上で直線で結べばそうなる、じゃかこの先は聖地じゃぞ? 一般人は立ち入り禁止じゃ」


メグミにそう告げる。


「そうらしいわね、カズミから聞いたわ、けど前にその聖地? だっけ? そこで会ったおっさんが、『お邪魔します! 一寸通らせてね』って私が言ったら、『ああ、構わんよ』って言ったわよ?」


「はぁぁ?! 誰じゃそんな事を言う奴は!」


「この神殿の関係者でしょ? 違うの? あそこって桃が成ってる樹が有るでしょ? 昨日もそこを通った時に美味しそうだなって見てたら、そのおっさんが『食べるかね?』って言ってきたのよ? どう考えても関係者でしょ?」


「なっ!! 食べたのか?!」


 ヨシヒロが驚く。聖地にある樹、しかも桃の様な実がなっている樹、聖樹に間違いなかった。その実は『神の実』、選ばれた者のみに与えられる神の果実。

 いや違う、選ばれた者以外には猛毒の実、間違って食べたら死は免れない。


「まだ食べてないわ、『一個じゃ足りないから四個頂戴!』って言ったら『ははっ、なら明日もう一度来なさい、あそこら辺の実が丁度明日食べごろだろう、持っていって構わんよ』って、そうだ桃貰って帰らないと! 忘れるところだったわ」


「いや待たんか! 一体誰じゃ、誰がそんな事を?」


「誰って言われてもおっさんとしか……あっ!! あそこにいるわ、ほらあそこでお酒飲んでるおっさん、顔はよく覚えてないけど、あの色の気は多分そうよ。

 綺麗な金色の気、あの色は珍しいから他に居るとは思えないわ、ここに居るって事はやっぱり関係者なんでしょ?」


 メグミが指さすと、その美丈夫も自分が注目されたことに気が付いたのか、メグミ達に軽く手を振る。


「…………ほぅ、あの方が許可したのか……そうか、まあ、関係者じゃのう、なら仕方あるまいな」


 ヨシヒロが何か悟ったように呟く。


「けどメグミ、貴方どうやってその桃を取る気なの? あの樹は結構高いわよ?」


 アイもその樹の事を知っているのかメグミに指摘する、メグミの背は低い、その背が届くとは思えないのだろう。


「あの程度、下から斬撃飛ばせば平気よ」


「ぐっほぉげほっ……なっ何を……メグミ、やっぱりお主、今日は大人しく帰れ! 後で桃は届けさせる!!」


 ヨシヒロがその言葉に盛大にむせる、聖樹の枝を切ってその実を持っていく、流石にそれはヨシヒロには看過できない。

 例え誰が許可しようともだ。

 それに許可した者もそこまで無茶苦茶をしてくると想定してるとは思えない。


「まあ別に食べれるなら何でもいいわ、よろしくね、ってノリネエどうしたの? 折角お土産も出来たのよ? 早くお使い済ませて帰りましょ、『ママ』もきっと喜ぶわ、ねえ? 何を怒ってるの?」


 メグミに許可を与えた美丈夫を睨みつけて、ノリコが、


「ねえメグミちゃんあの人、最初からこの場に居たの?」


そう、メグミに尋ねる。怒りが声から滲み出る。


「そうねえ……多分最初から居たんじゃないかな? あの辺にすっごい美人が居たのよ! その脇にアレも居たような気がするわ」


「そう、女の子が暴漢に囲まれているのを黙って見てたのね? 何で! 何でなのよ! 許せないわ!! 許さない!!」


 未だに手に握っているポールハンマーを折れんばかりに握りしめる。


「まあ、みんな面倒ごとに巻き込まれたくないんでしょ? 闘い慣れて無さそうな、人の良さそうなおっさんに無理言っちゃダメよノリネエ」


 自分から面倒ごとに首を突っ込むメグミだが、それを他人にまで求めたりはしない。それにメグミの美丈夫に対する評価は高い、桃をくれるのだ感謝をしている。


「いいえ違うわ、違うのよメグミちゃん! あの人なら簡単に助けることも出来た筈よ、それを面白がって酒の肴にするなんて!! 例え誰であろうと私は許さない!」


「何? あのおっさん実は強いの? 今度斬りかかってみようかしら? 試合って言えば平気でしょ?」


「メグミちゃんそれは止めましょうね、相手が誰であれ、いきなり斬りかかってはダメです!」


 サアヤ慌ててが止める。メグミなら実際にやりかねない、いや止めないと確実に実行に移す。

 サアヤもあの人物に心当たりがあるようだ、と言うよりこの場で察してないのはメグミ位だ。

 そしてノリコはその美丈夫の事を知って尚、怒りが収まらないらしい。


「まあ、今回だけは見逃してあげます、メグミちゃんも無事でしたからね。

 けど、もしメグミちゃんがケガをしても、そのまま見ているだけなら貴方達もそこの暴漢と同罪よ、絶対に赦さないわ!」


 ノリコはその美丈夫に向かって大きな声でハッキリと宣言する。周囲の人間は自分に向かって言われたのかと、オロオロと戸惑う。

 いきなり綺麗な娘に怒鳴られるのだ、それは狼狽えて当然だろう。

 周囲の野次馬にはメグミ達が絡まれていても助けることが出来なかった後ろめたさも有る。


「ノリコ、そこまでにしなさい! メグミ、ノリコを連れて行って。

 ノリコ、聞きなさい、普通の人は貴方達程強くないよ、心も体もね……この場で貴方があの方達を非難すれば、それは周囲の人達には貴方の、そう、持てる者の傲慢と捉えられるわ、理解しなさい」


 アイがそんなノリコを嗜めるが、ノリコは相手を睨んだまま全く引く様子がない。


「…………はぁ、分かりました、貴方は本当に頑固ね! ノリコ、私も後で事情を聞いてみるから、兎に角今は下がりなさい、メグミお願いしたでしょ?」


 アイがそんなノリコに重ねてこの場を去る様に伝える。


「?? まあ良いわ、ねえアイ様、他の神官長は何処に居るの?」


「本神殿で祭りを見物している筈よ、そっちに行ってみて」


「了解! じゃあ行こうほらサアヤも行くわよ」


「貴方達? ねえお姉さま、貴方達って?」


「サアヤ、余計な事は言わないの、ほら行きなさい」


 アイに更に促されてメグミ達はその場を後にする。



 一方美丈夫の所では、


「怒られちゃったよ、全く君の所の子は本当に真っすぐだね……隠れたけどバレバレだったね? だから僕は……」


「んふっ、良いのよ、あの子にバレるのは想定内です、それよりもね……」


「ふむ、まああの元気な子にバレると色々面倒そうだからね君の場合」


「あの子は絶対に何かして来るわね、あの子もそう、相手が誰だろうと関係ありませんからね」


「優しいねえ君は、罰を下すのが嫌なんだろう?」


「貴方に人の事が言えて? それに神の実を与えるなんて……」


「フフッ、毒かもしれないよ?」


「まあっ、まさか、あの子達に限ってあり得ないわ」


「君の所の子は本当に……うちにも欲しいなあんな子が」


「はぁ、先ず貴方は自分の子を何とかしなさい」


「知ってるくせに、それを今言うのはズルいな」


「あの子達が元居た世界には、『地獄への道は善意で敷き詰められている』って諺があるそうよ」


「僕たちが地獄ねえ、面白い冗談だ。

 まあそれは兎も角、僕達は善意には逆らえない、例えそれが間違って居ようと、善意で有る以上、それに罰は下せない」


「良かれと思って行動したことに罰を下す。そんな事をすれば善行を成そうとする人が居なくなっていまうものね。善意で行った結果の失敗であれば許すしかないのよ」


「せめて話を聞いてほしいけど、彼らは自分の聞きたいことしか聞かない、此方が話しかけても聞かない、いや聞こえないんだ……手詰まりなんだよ……飲まないとやってられないだろ?」


「だから愚痴を聞いてあげてるでしょ? ほらオツマミのお代わり御願いね、次はそうね……たこ焼きが良いわ!」


「……ねえ、もしかしてここ、僕の奢りなのかな?」


「あら違ったの? ウチは孤児院が有りますからね、寄進は大体そっちに回るから、手持ちが少ないのよ。

 良いでしょ? こんな美人に奢れるのよ何か不満でもあるのかしら? あっ、あとお酒の御代わりもお願いね、冷酒も良いモノね」


「ふぅ、まあ良いけどね、はぁ今度ヨシヒロにお小遣いの値上げを要求しようかな……」


「値下げされない様に気を付けなさいね、ほらこっち見てるわよ」


「苦労を掛けているけど、あの子は気が利く子だからね、今はこっちには来ない、そっとして置いてくれるさ」


「あら? そう言えば貴方の所にもいい子が一人いるじゃない」


「うん、良い子だよ、とても良い、将来楽しみな子だ。

 君の所の子と違って危なげが無い。けど……育つのにもう少し時間が掛るね」


「うちの子はね、ちょっと変わった子が多すぎる気がするわ」


「一つ相談なんだけどね、あの子、僕の声も聞こえるんだよね……確か他の奴等もそう言ってたな……」


「なにっ?! どうゆう意味よ! あげないわよ? あの子は私のお気に入りなんですからね!」


「他も中々次世代の育成で苦労してるんだよね、候補者は居るんだけどまだまだ……ねえ皆でシェアしても良いんじゃないかな? 君だけ独り占めはズルいよ?」


「ダメ、絶対にダメよ!!」


「僕達相手にあの啖呵、いいよねえ、アレだけ真っすぐな子はそうは居ない、あの子は潜在的な適性として全て備えてるんだよ」


「だからダメです!! 許さないわよ!」


「ほら、もう一杯奢るから、ね?」


「お酒なんかで子を売る親が居ると思って? ダメです! ……けどお酒はもう一杯頂くわ」



「ヨシヒロ様、アイ様、あの方たちはあのまま放置していて良いんでしょうか?」


「ん? ああ、カズミ、お忍びで楽しまれているんだ、そっとして置いてあげなさい」


 そう言って美丈夫達の方を見る。美丈夫達は、周囲の人々に全く気にも留められずに、自然とその場にいる。

 周囲の人々は、まるでそこに人が居ない様に振舞っているのに、決してその美丈夫達に触れることが無い。

 自然と、そこだけ空間が開いているのだが、周囲の誰も気が付いていない。

 美丈夫が手を挙げてウエイトレスの女の子に注文をし、ウエイトレスも注文の品物を運んでくるのだが、その美丈夫と絶世の美女を相手に何も気にすることなく品物運び、運び終えると、その行為自体が無かったことの様に、美丈夫達が居ないかのように自然と振舞うのだ。


「周囲の方達にはやはり見えて居ないのでしょうか?」


「そうじゃな、あの方達を見る事、それは一般人には難しかろうな」


「ケイコ、キミコ、貴方達は如何なの? 何も見えないの?」


「お姉さま、先ほどから何を? それにメグミさんやノリコさんも何を言ってるんですか? 私には何も……何方か居られるんですか?」


「カズミさん、私にも何が何だかサッパリです……もしかして?? そうなの!? あそこに今居るのですか?」


「見えない、けど見える人には見える……あっ!」


「二人とも声が大きいです、御願い、騒がないで……しかし、お姉さまたちは三人とも見えていらしたみたいですが……」


「カズミ、あの子達が少し変わっているだけ、貴方達はまだ『青銅』になったばかりでしょ? 見えないのが普通なのよ」


「カズミ、『青銅』で既に見えるお主も可成り特殊なのじゃ、そんな自分と他の者を比べるのは、他の者にはちと酷じゃのう。

 気を付けなさい、お主にその気はなくとも他者を傷つける事はある。

 むふ、まあお主の様に自然と見る事が出来る、その事自体は悪い事ではない。その調子で励みなさい、まあお主には言うまでもないか」


「カズミは頑張り過ぎ位でしょ? 寧ろ休めと言うべきでしょうね」


「そうじゃな、カズミ、お主達も、もう行って良いぞ、少し休憩すると良い、今回は災難じゃったな、この不心得者たちはワシらが見張って居る、巡回も増強したのでな、この様な者はもう居らん、安心して祭りを楽しむが良い」


 『黒銀』の冒険者達は、ナツコとアミがテキパキと指示して、自分の切り落とされた手と剣を回収した後、一列に正座させられている。

 蹴り潰された者はまだ意識は戻っていないが、今は穏やかな顔で椅子の上で眠っている。ノリコの治療で痛みは引いたらしい。


「いえ、ヨシヒロ様、元はと言えば私達が原因です、せめて回収部隊の方が来るまでは私達にもお手伝いさせてください」


「ヨシヒロ、貴方の所の子は良い子ね、あの子達みたいにハラハラしない、安心して見ていられる、羨ましいわ」


「ふふん、良いじゃろ! やらんからな! 近年稀にみる逸材じゃ!」


「まぁ……うちにだって他にも色々良い子は居るわ、何せ信者数はウチが一番ですからね!」


「数では有るまい? ん? なんじゃ? ……ほう回収部隊が到着したか、なるほどこ奴らを呼んだのか、まあ適任じゃろうな、確かにこればっかりはウチの所では敵わんのう」


 ヨシヒロの視線の方向から野次馬をスルスルとかき分けて、『大地母神』の神官服を着た12名の女性神官が現れる。彼女達はアイの前に整列すると、


「アイ様、お呼びにより参上しました。ヨシヒロ様、この度は後輩たちがご迷惑をお掛けしました」


 リーダーらしき女性が一歩前に進み出て挨拶をすると、背後の神官達も頭を下げて挨拶をする。


「何構わんよ、お主らの後輩は……まあ一応は被害者じゃ、それよりそいつらじゃ、回収を頼む、ケガをしておる、手荒なことはしないようにな」


「怪我人ですか、問答無用で縛って引いて行くわけにも行きませんね……

 いっそ『スライドボード』に乗せて運びましょうか? 如何ですか? アイ様」


「そうね、それが手っ取り早いわね、事情を知らなければ怪我人の搬送にも見えるだろうし、それに本人達もその方が気が楽かも知れませんね、まだ目の覚めない者もいる事だしその方が良いわね」


「まあ、暴力事件の加害者なのですから、多少晒し者になって反省して頂いても良いのですが……もう既に相応の報いは受けているようですからね……」


 手を切り落とされ、股間から血を流した痕が有る者まで居るのだ、何も知らされずに彼らを見れば、被害者に見えるほど彼らは憔悴していた。

 止血はしていても、未だに手首から先がない右手、相当の出血もしている。貧血気味で座っているのも辛そうだ。


「拘束はしないのですか?」


 カズミが尋ねる。弱っては居ても彼らは『黒銀』冒険者なのだ、逃げようと思えばこの状態からでも逃げるだけの実力はある筈だ。


「それは平気よ、この者達はサキュバス、既に皆、魅了済みで、逃げたくても逃げれないでしょうね」


 それにアイが答える。


「えっ! サキュバス? なのですか?? サキュバスは魔族では? え? でも彼女達は神官でしょう? 『大地母神』の神官ですよね?」


 ケイコは戸惑いながら尋ねる。


「ケイコと言いましたか? 貴方も『大地母神』の神官でしょうに、勉強不足ですね……『大地母神』の神官にはサキュバスをはじめとして魔族の方が非常に多いのですよ。

 そうですか、若い神官は知らない者も居るのですね……今後はもう少し教育課程にこの辺の説明も加えないとダメかしら?

 まあこれもいい機会ね、折角だから説明しておきます、カズミ、あと……キミコでしたか? 貴方達もお聞きなさい。

 我が主神『大地母神』様は非常に懐が深いのです、ですから来るものは拒みません、それが例え魔族であっても、それこそ魔物であっても!」


 それを聞いて三人は驚く、


(魔族が神官!? え? 何それ? 魔物?? いや魔物って人類の敵でしょ? それと戦う為に私達は召喚されたんでしょ? 懐が深いってソレ深すぎでは?)


 アイの説明を聞いてケイコは益々混乱する。


(私の信仰してる『大地母神』様って大丈夫なの? え? 邪神とかじゃないよね??)


「しかしアイ様、サキュバスは……その所謂、男性の精を吸うのでしょ? 淫らな行為をすると聞いてますけど!?」


 キミコが尋ねる。


「そうですね、それは真実です。私達もそう言った事をしていますよ? それに何か問題でも?」


 それに対して回収部隊の女性神官のリーダーが平然と答える。後ろの神官達も頷いていた。


「え? こんな綺麗な人達が?!」


「いえケイコ、問題はそこじゃないわ、そんな行為をしていてはこの街の風紀が乱れます!」


 カズミの指摘に、


「カズミ、この街の治安は他と比べて非常に良いのよ。……まあ今回の様な暴力事件は偶に起こる、それは事実。

 この街には冒険者が多いのよ。世界中で一番冒険者の集まる街、それがヘルイチ地上街。

 冒険者は血気盛んな若者が多いですからね、それに冒険者と言えば腕に覚えのある者ばかり。

 そんな冒険者がこれほど集まっているのに、暴力事件は滅多に起こらない……不思議でしょ? 

 

 まして重大な性犯罪はほぼ皆無なのよ……普通あり得ない事だわ、日本の人口比の犯罪発生件数の数十分の一、これほど治安の良い、風紀の乱れていない街は世界中探しても他にはないわ。


 冒険者の人数に対して、その引き起こす暴力事件、犯罪事件の発生件数は他の国に比べて圧倒的に少ないのよ」


 アイが説明する、確かに治安が良く風紀は乱れていない、それはこの街で半年以上暮らしているカズミにだって分かる。


「しかし、アイ様、今問題にしているのは……」


「彼女達の御陰なのよ、彼女達がこの街の治安を維持してくれているの」


「?えっ?」


 カズミはキョトンとした顔をして言葉を失う、何を言っているのか意味が分からないのだろう。


「有り余る精を、性欲を彼女達が吸収することによって犯罪を未然に防いでいるのよ、効果は実証済み、今説明したでしょ? この街の犯罪発生率は非常に、いえ違うわね、異常に低いのよ。その事に対する彼女達、サキュバスの貢献は非常に高いわね」


 血気盛んなやりたい盛りの若者達、しかも、冒険者として鍛えている。一般人の女性が彼等の性犯罪の標的にされた場合、抵抗は不可能だ。

 恩恵で強化された身体能力は、それ程一般人からかけ離れる。

 ただしこの街では悶々と欲望を溜め込んで性犯罪に走る男性冒険者は居ない。

 悶々と溜め込まれた性欲はサキュバスにとってご馳走だ、例え娼館を利用しなくても嗅ぎつけたサキュバスにコッソリ精気を吸われてしまう。

 この街では性欲を、その有り余る若さ故の衝動を溜め込むこと自体が困難。

 それ故、この街では犯罪発生率が異常に低いのだ。


「しかし! しかしですね、アイ様、彼女達はその……そう言う行為をしているのでしょ? 犯罪を助長しかねないのでは? 風紀が乱れます!!」


 真面目なカズミにはその説明では納得が出来ない。


「それは偏見ね、まあ知らないのなら無理はないのでしょうけど、娼館周辺の治安や風紀は寧ろ他より良いわね」


「まあのう、なにせ賢者しかおらんでな……」


 スッキリして賢者モード、女性神官ばかり周りにいる状況でそんな冗談を飛ばしても、笑う者は一人もいない、一斉に冷たい視線にさらされてヨシヒロは押し黙る。


「ヨシヒロそれはセクハラよ! まあ、あの好色ジジイは無視しましょう、ねえカズミ、この街でサキュバスを見かけたことは有って?」


「いえ、今回が初めてです、それに……本当にサキュバスなのですか? 見た目では綺麗な女性にしか見えませんが?」


「そうね、普通は気が付かない、何故だか分かる? 彼女達が娼館以外では服装を整え、そうは見えない格好で出歩いているからよ。

 サキュバスと名乗る者には今日初めて貴方はあったのかもしれないけど、サキュバス自体には普段からよく出くわしているかも知れないわよ」


 そのアイの言葉に、リーダーが続けて、


「まあ、それとわかる格好で出歩いている人達も極一部には居ますけどね、普通のサキュバスはそこら辺、弁えていますから。

 普段出会っても分からないでしょうね」


そう言ったリーダー含め見た目は綺麗な女性、普通の人族に比べて皆一様に綺麗すぎるが、それでもただの女性神官にしか見えない。

 カズミも、この場の回収部隊の女性神官に普段出会ったとして、サキュバスだと気づける自信はこれっポッチも無い。


「アイ様、サキュバスの治安に対する貢献は良く分かりました。しかし、仮にも先輩方は『大地母神』の神官なのでしょう? そんな行為は……」


 『神がお許しに成りません』とケイコが続けようとしたところを、アイが遮がさえぎり、告げる。


「ケイコ、貴方の様な若い娘は知らないかもしれませんね、まあ、余り一般の女の子に推奨される行為で無いのは確かね、けどね、我らが神はその行為すら許容しているのよ。

 それどころか功徳として認めてさえいるわ」


 ケイコは絶句する。


「なっ、アイ様御冗談を……そう言った商売の方にも信仰は必要、寧ろそう言った商売をされている方達だからこそ信仰が必要なのかもしれません。ですが流石にそれが功徳だなんていくらなんでも……」


 カズミが言葉を引き継ぎ、あり得ないと訴える。


「事実よ、恵まれない男性に『性の悦び』の慈悲を分け与える行為としてお認めになられているわ」


「無論、私達も、娼館で働いている人達も、無理やりその行為をさせられているわけでは無いわ、私達の場合はサキュバスですからね? 当然の行為、食事と一緒よ。

 それに私達以外の種族の人達も、自ら選んで好きでやっている行為よ。

 貴方達は少し勘違いをしているわ、皆不幸にも自由を奪われて、又お金の為に意に沿わぬまま、その行為をしていると思ってるでしょ?」


「違うのですか? だってそんな……」


「この街、この地域の娼館はね、娼婦の互助会的な組織なのよ、裏組織の入り込む余地がないの。

 なにせ主な会員がサキュバスですからね、ゴロツキ如き返り討ちよ。なんでロクでなしに、私達が上納金を納めないとダメの?

 私達が働いて得たお金は私達の物よ、他の誰のものでもないわ。

 だから、この街では必要経費以外の利益は全て娼婦に入るのよ、搾取されることは絶対にないわ。

 そして、そんな娼婦たちを守るために、性病予防の加護や性病治療の加護、意に沿わぬ妊娠予防の加護、等が神から授けられているのよ」


「けど……そんな事って」


「ケイコ、別に推奨されているわけではないのよ?

 『シスター』達は皆処女よ? 皆純潔を守る誓いを立てて、神に尽くす、その事で『加護』を高めています。

 これも一緒よ、恵まれない男性に慈悲を分け与えて『加護』を高める、『信仰の一形態』と言うだけなのよ。

 

 神は放置して、搾取され不幸になる女性が増えるより、積極的に関わり、搾取されない、不幸になる女性が居ない、そんな環境を望まれているのよ。


 恵まれない男性に慈悲を与えて幸福になって貰い、その行為で功徳を積み、同時に金銭を得て女性も幸福、そんなお互いが幸せになれる、この街の『娼館』はそんな場所なのよ」


「しかし、どこにでも裏はあるもの……裏組織の男性が女性を無理やり働かせる、そう言った裏の娼館でその加護は悪用されるのではないでしょうか?」


 カズミが悪用の可能性を指摘する。

 

「カズミ、貴方彼女達を見てどう思う?」


「? どうとは?」


「綺麗でしょ?」


「はい、とても綺麗ですわ、美しいと思います、彼女達がサキュバスだなんて未だに信じられませんわ」


「そうね彼女達の様な美しい女性が、食事の為に精を吸う、それは彼女達には必要な行為なのよ。

 だからこそ、この街の娼館の料金は安いのよ、他より圧倒的に安いわ、そんな彼女達に対抗して他の娼館を作っても、そこにお客が行くと思いますか?


 彼女達よりも美しい女性はそうは居ないわ、そして彼女達よりも料金を安くしたら商売にならないでしょうね……

 この地域ではね、他のどんな裏組織が対抗しようにも彼女達の娼館には勝てないのよ。

 サービスでも、質でも、料金でも勝てないの、そんな商売をする人は居ないわ」


「私達は圧倒的なサービスを提供している自負が有りますからね、どこの組織が相手でも負けませんよ?

 まあ暴力に訴えた組織も嘗てはありましたが、私達は武力でも負けません、完全に壊滅させてきましたからね、今では喧嘩を売ってくる組織は皆無です」


 ふふんっと鼻息も荒くリーダーさんが告げる、何故か自慢気だ。


(もしかしてサキュバスにとっては自慢話なの?)


 裏組織を壊滅させてまで男とそんな行為を行う事、それがなぜそこまで誇らしいのかケイコには理解できない。


「まあ直ぐに理解する必要は無いわ、それに貴方達にそんな功徳を積むことを求めてはいませんからね?

 あくまでそう言った功徳の積み方も有るのだと、それだけ覚えておいて」


 カズミ達三人は言葉を失い、茫然と立ち尽くす。


(異世界……半端ないですわ……何でもありなの?!)


「アイ様、準備も整いましたので、移動を開始してもよろしいでしょうか?」


 リーダーがアイに指示を仰ぐ、するとナツコが、


「あっ、アイ様少しお待ちを、アツヒトさんが今此方に向かって居るみたいで。少し待って欲しいと……」


「アツヒトが? あの子が自分でこちらに来るのなら、この手紙をワザワザ他人に届けさせた意味がないでしょうに?」


 アイはメグミから受け取った手紙をヒラヒラと手で弄びながら呆れる。どうやら手紙の差出人はアツヒトであった様だ。


「この者達の仕出かしたことに責任を感じているんでしょうね……あれで責任感だけは強いですから……」


「その責任感を自分が手を出した女の子達に感じて欲しいですわ、ね、ナッちゃん」


「あぅあぅ、アッちゃん酷い! なんでアッちゃんから始めるの! 私が真面目モードで応対してるのに! 私が最初って決めたでしょ!」


「ええ?? 今のは違うわよ? 私も今は真面目モードよナッちゃん、今のはたまたまよ!」


 そんな二人の言葉にアイは溜息をついて、


「貴方達は本当にいつも変わらないわね……けどアツヒトを待たないとダメなのかしら? 直ぐに連れ帰って治療を始めたいのだけど? 今更あの子が来たところで何をするの?」


アツヒトの訪問に疑問を呈する。


「何って、何気にアイ様も辛らつよねアッちゃん?」


「まあ『大地母神』の神官にも手を出してますからねあのオヤジは、仕方ありませんわ、ナッちゃん」


 そして二人は頷き合うとハイタッチを交わす。


「けどねナツコ、アミ、もう一方の当事者は既に帰宅させましたよ? 今更乗り出してきても処分に変更は有りません。

 冒険者の不始末に対する謝罪という事なら分からないではないけど、私達も冒険者組合に所属する、しかも幹部よ、同じく謝罪するべき立場なのだから……

 一般市民に対する謝罪ならばこの場に来る意味はないし、カズミ達に対しての謝罪ならばこの子達、加害者本人がすべきことでしょ? アツヒトがこの場に来る意味が無いのよ」


「あのオヤジの考えなんて分かりません! ね! アッちゃん」


「とにかく現場に顔を出して働いてるぞ! って雰囲気を作りたいのではなくて? ね! ナッちゃん」


「まあフットワークが軽いのは良い事だけど、この街の冒険者を纏める責任者なのだから、頭まで軽いのは問題ね」


「……あのアイ様、そこまで言われると挨拶しにくいのですが……」


 アイの言葉に、野次馬の間からアツヒトが姿を現しながら続ける。


「まあアイはああ言って居るが、ワシはフットワークが軽いのはお主の長所じゃと思うぞ? 気にするでない」


 ヨシヒロはそんなアツヒトを励ますが、


「そう言って貰えると救われます。この度はご迷惑をお掛けしました」


 アツヒトはそう言って深々と頭を下げる。


「謝罪は、ほれ、そこのカズミ達に向けるべきじゃな、ワシらには不要じゃ」


 ヨシヒロはそんなアツヒトに頭を上げる様に促して、カズミ達を指し示す。


「ヨシヒロ様、私達も謝罪は不要です。

 巡回中に酔客に絡まれただけ、これも職務の一環だと考えます。

 一般市民には被害が出ておりませんが騒動の謝罪という事であれば一般市民に対して行うのが適切かと存じます」


 カズミは謝罪は不要とヨシヒロの申し出を断る。


「ほら見なさい、アツヒト、カズミちゃんの方がシッカリしてるわよ? 貴方は何しに来たのかしら?」


 その様子にヤレヤレと頬に手を添えてアイが呆れる。


「まあ、謝罪も有りますが……今回はこいつらの話を聞いてやろうと思いまして……こんなバカな事をしでかすほどストレスを感じていたとは……自分の管理能力不足を痛感します」


「確かに心のケアが不足していたわね、アッちゃん」


「私達の力不足ね、ナッちゃん」


 三人が自分達で言いながら項垂れていく。そんな三人に、


「それは違いますよ、これは貴方達の能力の問題では無いわ。

 『中級冒険者の壁』この地域では非常に高い壁なのは確かでしょう。

 しかし、それは理由にはならないわね、20年近く『黒銀』で頑張っている者もいるのよ?」


 アイは三人の能力不足を否定し、又、今回の原因がナツコやアミの指摘する、『黒銀』から『黄金』に上がれない事による、ストレスとの見解も否定する。


「確かにアイ様の言う通りです、『黒銀』で十数年も活躍している者も大勢います。しかし、同期が中級に上がる中、『黒銀』のまま置いて行かれる、この者達の気持ちも察してください。

 今回の事は許されませんが、酒を飲んで憂さを晴らす者は、やはり大勢いるのです」


 アイの正論に対して、アツヒトは、冒険者達の感情論で理解を求める。

 アツヒトも、『黄金』に上がれない冒険者達が、将来有望なルーキーに、その溢れる才能を妬み、自分達の憂さを晴らす目的で、カズミ達に絡んだ。そのナツコとアミの見解を支持する。


「まあ、そう言った見解も有るのでしょうけど……この地域の中級には成れなくても、他の国に出て行けば中級には直ぐに成れるのよ?

 『黒銀』に留まるのが嫌なので有れば、他の地域で実績を上げて中級に、『黄金』なれば良いのです、そうしている者も大勢います」


「へっ、流石は神官長様だな、俺達底辺の苦しみなんざ分からねえってか」

「よその国で中級に成っても意味がねえんだよ! この地域の中級と他所の中級じゃあレベルが違う!」

「ははっ、所詮俺達はここまでなんだよ、良く分かったさ今回の件でな、あんな見習いに手も足も出ねえ、才能が無い奴は何時まで経っても『黄金』には上がれねえ!」

「才能か、ああ才能だな、俺達には才能がねえ、思い知らされたさ!」

「冒険者に成って8年、『黒銀』に成って6年だぞ、こっちに来て半年もたってねえ奴にこうも易々と……

 才能だ、才能さえあれば俺だって!!」


「お前らそれは違う……」


アツヒトんがそんな冒険者達を諫めようとする、しかし……


「才能? 才能ですって!! たかが8年ばかり、しかも冒険者になったというだけの連中が、言うに事欠いて『才能』を理由に他者を妬む? お姉さまを妬む? ふざけないで! ふざけるじゃないわ!!」


 カズミがその言葉に激昂する、普段のお姉様然とした雰囲気の欠片も無い、激怒していた。


「たかが8年だと! ふざけるなよ小娘が! 俺達は8年間魔物と戦い続けたんだ!」

「ヌクヌクと日本で過ごしてきた小娘が、『青銅』如きが俺達を否定するっていうのか!!」

「8年頑張っても勝てねえ、五人がかりでだ! これが才能の差でなくて何だって言うんだ!!」


「黙れっ!! 黙れ黙れ黙れーーーっ!!! 貴方達に!! 貴方達にメグミお姉さまの何が分かるって言うの!! 

 8年頑張った? 魔物と戦ってきた?

 その程度、たかがその程度でメグミお姉さまに勝てない、だからそれが才能の差? ふざけないで!!

 才能? そんな安っぽい言葉でメグミお姉さまの努力を、積み上げてきたその努力の日々を貶めないで!! ふざけんじゃないわ!! ふざけるなっ!!!」


「カズミお姉さま、落ち着いて!」

「カズミ……お主……」


「いいえ言わせて! そこの馬鹿共に言わせて! 

 良い? お姉さまは、メグミお姉さまは毎日、雨の日も風の日も雪の日も毎日欠かさず努力を重ねてきたのよ?

 貴方達は毎日トレーニングをしているの? 

 才能? 他人の才能を羨む前に自分の才能を磨いてきたの?

 お姉さまは毎日朝と晩10キロづつ走るわよ? 重りを付けて毎日20キロよ?

 お姉さまは毎日剣の素振りを千回繰り返すわ! 毎日、毎日ね!

 それを既に10年続けてらっしゃるのよ!

 才能? お姉さまの才能は確かに素晴らしいのでしょうね……

 けどね、あの体格なのよ? 分かって? あの小柄で華奢なお姉さまが、貴方達みたいな立派な体格の男性冒険者を圧倒する、その力を得るために払った努力の代償を、才能? そんな言葉で貶めて良い筈がない、筈がないでしょ!!」


 ゼーゼーと息を切らしてカズミは叫び訴える。


「……俺達だって迷宮に戦いに行ってるんだ、そんなトレーニングしている余裕なんか……」


 冒険者の一人が反論しようとする。しかし、


「お姉さまだって毎日迷宮に行ってるわ! それでも、そうこの世界に来てからも、お姉さまはこのトレーニングを欠かしたことが無い! そうよ、迷宮で散々戦った後も、夜中であろうとお姉さまは走ってらっしゃるわ!

 貴方達は今まで8年間、そう8年間だけじゃない! 日本に居る間何をしてきたの?

 お姉さまがあの体格の不利をその努力で克服してきた間、貴方達は何をしてきたの?

 才能? 貴方達の体格がお姉さまにあれば今頃お姉さまは剣豪、いや剣神よ!!

 その体格、その恵まれた体格は才能ではないと? そう言うつもり?

 ふざけないで! ふざけないでよ!

 貴方達に足りないのは才能じゃあないわ!! 努力よ! 努力が圧倒的に足りていないわ! それで他人の才能を羨ましがるなんて! ふざけるじゃないわ!!!」


カズミの叫びはそれを圧倒する。


 辺りは静まり返り、冒険者の反論も途絶える。


「私のお姉さまを貶めないで! 私に努力を、努力することの大切さを、その事を教えてくれたお姉さまを、バカにしないで!」


(カズミお姉さま? お姉さまに努力することを教えたって、メグミさんは年下よ?

 それに此方に来て直ぐにカズミお姉さまは努力を、トレーニングをしてらしたわ?

 私もそんなお姉さまの姿に憧れて努力を、トレーニングを始めたのよ?

 メグミさんがこの世界に来たのは私達よりも4か月近く後の筈よね??)


 ケイコは頭が混乱し始めた、


(そもそもカズミお姉さまの方が年上なのに、何故メグミさんがお姉さまなの? メグミさん私よりも年下なのよ? お姉さまのお姉さまが私よりも年下?

 ああもう訳が分からないわ!!)


考えれば考えるほど訳が分からない。


「あーー、ごめんねカズミちゃん、こいつ等脳筋なんだ、怒らせて本当にごめん。

 でだ、お前ら、言いたいことの半分はカズミちゃんが言ってくれたからそっちは良い。

 けどな、お前らが『黄金』に上がれないのは、そのお前らの根性の所為だ!

 良いか? この地域の『黄金』クラスの冒険者は有事の際に、また組合主催の合同クエストでは指揮官役を任せられる。

 一冒険者ではダメなんだ、強さだけではダメなんだ。

 他の地域とは『黄金』、中級冒険者に求められる資質が違う。

 指揮官として、指導者としての資質が求められる! お前らにはそこら辺が決定的に欠けている。だから中級に上がれない」


 アツヒトがカズミの後を継いで、冒険者達に説明をする。そう今回もこの冒険者達が『黄金』に上がれなかった理由は明白なのだ。

 一方カズミはナツコやアミに宥められて、少し落ち着きを取り戻していた。言いたいことは既に言ったのか、心なしか顔がスッキリしている。

 そんなカズミを微笑ましそうに眺めていたアイは、一転、冒険者達に厳しい視線を向けると、


「この地域の冒険者のクラス分けは強さの指標じゃないのよ。

 何度も説明されたと思うのだけど、8年も冒険者をしていてまだ理解していないの?

 この地域には軍隊が無い、兵士が居ないのよ。

 だから冒険者にはその代わりの役割が求められている、他の国とは冒険者の役割が違うのよ。

 だから中級冒険者にはアツヒトの言うような軍隊での指揮官の役割が求められているのよ。

 強さだけを証明したいのであれば他の地域で中級となることを薦めている理由もそれね。

 無理をしてこの地域で中級冒険者になる必要は無いのよ」


そう言って冒険者達に説教をする。

 この地域では特に男性冒険者に、他の地域での武者修行や旅、他の地域の迷宮での魔物の討伐等を推奨している。

 その理由がこれだ、この地域ではどんなに頑張ろうと、指揮官に向いていない人材は『黄金』には成れないのだ。

 そしてそれはこの地域で鬱屈するよりも、もっと広い世界を知って欲しいとの願いも込められている。


「酒を飲んで『青銅』冒険者に絡むようでは、この地域では『黄金』には成れん。

 そんな者を指揮官として仰ぐか? 自分ならどうじゃ? 考えるまでも無かろう?

 この地域の中級冒険者には他者を導く人望も求められておるんじゃ。

 この地域では特殊な例外を除いて、冒険者としてだけのクラスの到達点は『黒銀』じゃ。

 『黒銀』冒険者であること、それは誰に恥じることはない立派な冒険者の証じゃ」


この地域の『黒銀』冒険者の人数が一番多い理由もこれだ。


「他の地域で『ミスリル』に上がっても、この地域での『黒銀』を冒険者クラスとして名乗るベテランも多いんだ、『黒銀』で有ることに悩む位なら、他の地域で上のクラスを取れば良いじゃないか?

 僕達もこの今のクラス分けとは別に、冒険者の実力だけを見た別の階級を新設するか、指揮官用の階級を新設する提案はしているのだけどね……」


「他の地域とこの地域で既に2種類冒険者のクラスが有るだけでも複雑なのよ、これ以上複雑にしても一般市民が混乱するだけよ。

 この地域でのクラスは指揮官クラス、他の地域でのクラスは冒険者の実力クラス、それで使い分ければ良いのよ、それをきちんと教育しなさい」


「とまあ反対されててね、実現には至っていない」


「だが、この地域の中級冒険者は、他の地域に行ったら厚遇されるだろ?」

「そうだ、『黒銀』は『黒銀』のままの扱いだが、『黄金』は『白金』、下手したら『ミスリル』扱いだぜ?」

「他の地域に行くとしても『黒銀』と『黄金』じゃあ天と地の差だ」


「説明しただろ? この地域の『黄金』は軍の指揮官だ、他国でも自国の軍の一軍の将としての地位と同等に扱われているんだよ。

 実力云々じゃないこれは地域間での外交儀礼の問題なんだよ」


「何故か他の地域でもこの地域と同じクラス名が使われておるから混乱を招いて居るが、この地域のクラスと他の地域のクラスは別物じゃ、似た部分は有るが別と考えよ」


 そもそもこの金属の名前を用いたクラス分けを使い始めたのはこの5街地域だ。

 他の地域の冒険者組合も同様に金属の名前でクラス分けを用い始めたのは別に構わない、しかしこの地域と他所の地域ではクラス分けの基準が違うのだ。そう基準、クラスの名前は同じにしたのにその選定基準を同じにしなかった事が混乱を生んでいた。

 そしてこの基準の違いは世界各国それぞれに有るため、同じクラス名であってもその実力に大きなばらつきが有るのだ。


 その中でも、この地域の『黒銀』冒険者は他の地域でも審査なしで『黒銀』として認めて貰える、それすら可成り特殊なのだが、この冒険者達はこの地域に留まっていた為か、その事を知らない。


 他国の事を知らな過ぎた、普通他国でその冒険者のクラスが審査もされずに維持されることはない、必ず実力を試される。

 この地域は世界一厳しい冒険者クラスの審査として認知されているからこその、他国での審査の免除だった。


「さて納得したかの? そして自分達が如何に馬鹿な事をしでかしたか理解できたかの?

 お前たちは自ら自分達に『黄金』になる資格が無いと証明したのじゃ。

 一から努力し、自らを省みてこの地域で『黄金』を目指すにせよ、世界を見て回り、学び、見分を広めるにせよ。

 奮起する事じゃ、今のままではメグミどころか、カズミに追い越されるのは時間の問題じゃろう。

 男じゃろう、このままでは自分で自分が情けなかろう?」


「神の与える恩恵や加護、それに魔法や武技は貴方達を元の世界に居た時の何倍にも強くしたでしょ?

 そうこの世界で得られた力は元々持っている力に乗じて発揮されるのよ。

 だからこそなのよ、だからこそ、カズミが言うように努力が必要なのよ。

 1の力が2に成っても増える力は1だけ、元の世界ではそれだけ、けどねこの異世界では違うのよ。

 1の力が2になれば増える力は9にも10にも成るの、元の力の1の差が数倍になって現れるのよ。

 恩恵や加護、魔法や武技、これらも確かに大事、その力を高めることも重要でしょう。

 けど、元の力を高めることも忘れてはダメよ?

 そして元の力を高めるためには努力、日々の積み重ね以外に方法は無いのよ、忘れるのではありませんよ」


 神官長二人が冒険者達を諭す、そしてアツヒトは、


「お前らが羨ましがったメグミちゃん、あの子の腕力の、お前らは何倍の腕力が有る? 元の腕力、筋力が違うんだ、それが数倍に高められたお前たちの腕力は女の子達とどれだけ違う?

 そんな圧倒的な力で暴力を振るう、そんな行為は許されない、許しはしない。

 だから罰は受けて貰う、今後この地域で冒険者を続ける意思があるなら、暫くは組合の指示に従ってもらう、保護観察処分だ。

 無論、他の国に移住する、若しくは冒険者を辞めるのも君達の自由だ。

 ……けど、女の子達に情けない姿を晒したまま、このまま諦めたりしないだろ?」


最後に言葉を添えるのがアツヒトのアツヒトらしさだろう、責任者として非情には成り切れない。


 そんなアツヒトの人望は厚い。


 女癖の悪さから、一部では毛嫌いされているが、面倒見がよく、情に厚い、そしてその暑苦しいまでの情熱故に、体育会系の男子冒険者の兄貴分として慕われても居たのだ。


「俺達は……まだ見込みが有るのか? もう成長しないんじゃないのか?」

「努力か……」

「俺達の8年間は……無駄だったのか……」

「情けない……ハハ、情けねえな、見っともねえ」

「終わったろ……俺達は終わっただろ?」


 冒険者達の零す弱音に、


「20代で終わったとか、30代の俺はどうなる? 俺でもまだ成長してる! この世界はな寿命が長いんだ、勇者の爺さん達を見ろ!

 あの年でもまだ成長している、まだ強く成って行ってるんだ、化け物だろ?

 ほんと化け物だよな……あんなのありか?」


励ましていたアツヒトが落ち込み始める。何か勇者のお爺さん達にトラウマでもあるのだろう……


「ワハッハッ、アツヒト、お主もまだまだ青いわ! 50代以下など毛も生えそろっておらん雛じゃ、のうアイ? ……アイ?」


 そんなアツヒトを含め元気付けようとヨシヒロが軽口を叩く。


「……貴方達、それ以上年齢の話をするならこの場で全員……分かってますね? 分かりませんか?」


 男共はどうやらアイの地雷を踏み抜いていたようだ。


「もうしません、年齢の話はもうしません! お願いですから殺気を押さえてください!! 野次馬連中の腰が抜けてます!!」


 溢れ出る殺気に、ヨシヒロは盛大に顔を顰め、アツヒトが慌ててアイを止める。


「あらっ? まあワタクシったら、ウフフ、ついうっかり」


 またしても嘘のようにアイの殺気が消える、半分はワザとだったらしい。


「コラ、アイ、幾ら何でもやり過ぎじゃ! 周りの被害も考えんか!」


 周囲ではカズミ達や回収部隊、それにナツコやアミまで加わってへたり込んだ人たちの介抱に当たっている。

 アイの殺気は一般人には刺激が強すぎるのだ。

 それを見たアイはサッと手をふる、すると穏やかな、暖かな波動が周囲に広がって行く。


「フォローすればよいものではないぞ? お主もまだまだ青いわ! アイ」


「ふふっ、まだ若いですからね♪」


 アイの年を知る皆は、一斉に心の中で突っ込みを入れるが、それを口に出す馬鹿はこの場には居なかった。

 微妙な空気が場に流れるが、それまでの沈んだ空気はなくなった。

 冒険者達が、


「アツヒトさん、俺達はまだやれるのか?」

「見込みはあるのか?」


アツヒトに問いかける。それにアツヒトが答えようと口を開きかけた時、


「あれ? なんだ? どうなった? 何か股間に激痛が走ったあと気が遠く……何が有った?」

「目が覚めたのか!!」

「おい痛みはないのか? 平気か?」

「ん? 痛みはねえけど……けど何だか股間に違和感があるな……って?! お前らこそどうした?? 手がねえじゃねえか!!」

「後で追々話す、先ずは周りを見ろ」

「おうっ! アツヒトさん?! ゲッ!! アイ様にヨシヒロ様まで……捕まったのか? やり過ぎたか?」

「まあ……そんな所だ」


気を失っていた男が目覚め、状況を確認して青ざめる。


「ああ、目が覚めたばかりで悪いが、これ以上ここに居るのは祭りの邪魔になる、何かある度に見物客の腰が抜けるのも不味い……場所を移した方がいい。

 アイ様お願いできますか?」


 アツヒトがアイに要請する。


「ええ、そうね、では貴方達、この者達を移送して、先ずは治療が優先よ」


「ハッ! 了解しました。では移送を開始します!」


 アイはアツヒトの要請に応え指示を出す。回収部隊はテキパキと行動し、冒険者達を『スライドボード』の魔法で作り出した透明な台車に乗せて移動していく、冒険者達は今目覚めた男を含め大人しくその台車に横になっていた。


 ナツコとアミは回収部隊と共に冒険者達に付き添い、カズミ達もヨシヒロとアイ、それにアツヒトに丁寧にお礼を述べてその場を去る。


 ヨシヒロ、アイ、それにアツヒトの三人は連れ立って、本殿に向かって歩を進める。


「ふむ、後は任せるぞアツヒト、アイも余り無茶をするなよ?」


 そう言いながらヨシヒロは三人を包む結界を張る、これで周囲からは三人がただ歩いている様にしか見えない、会話を含めすべての情報が外に漏れることはない。

 それを当然の事として他の2人も受け入れる。この街の幹部が三人も集まっているのだ。

 襲撃を含め、結界を張り万全を期す事に不思議はない。

 周囲には観光客を含め、地域外の人間が多数いる祭りの最中だ。どこに間者が潜んでいるか知れたものでない。


「軽く『誓約』を掛けるだけよ……そうでないとメグミは、あの子は、本気で殺しに行くでしょうね。

 『誓約』を掛けなかったとバレたら必ず自らの手で殺そうとして動くわ。

 他の2人を引き合いに出したのは、本当に不味かったわね、アレがあの子の地雷、あの子はああ言われたら、躊躇いなく相手を殺すわよ」


「……分かっているなら……いや分かっていてもどうにもならんか……」


「どうにもなりませんね、あの子は守ると決めた、なら自分が死んでも守り通そうとする、そんな子よ」


「なら『誓約』で解決すべきじゃな、殺しても殺されてもお互いに不幸になるだけじゃろう」


「アツヒト、後の事は任せますよ?」


「ハッ、お任せを、あの馬鹿共は責任を持って指導します」


「メグミが少し悪目立ちし過ぎたか? 他国の者が多くいる祭りでこの騒ぎ、少し不味いのう」


「今更ですか? まあメグミは遅かれ早かれと言う気がするわ、あの子は自重しませんからね。他国に目を付けられるのも時間の問題でしょ?」


「それもそうか……所でアツヒト、アイに手紙を持たせていたな? 他の神官長の所にも配達していたようじゃが?」


「男性の神官長宛も依頼したのですが……あの子達に断られてしまいましてね」


「男性神官長連中は……アクが強い人が多いもの、仕方がないわ」


 今回メグミ達は女性の神官長宛の依頼しか受けなかった。


 ノリコはその美貌とスタイルから『海王神』神官長テツヤに気に入られ過ぎている為、会いたくなかったのだ。

 幾ら断ってもシツコク入信を勧められ、また食事に誘われる、しかも本気で俺の嫁になれと口説いてくるのだ。

 サアヤも同様だ、毎回まるで孫の様にお菓子を勧められたり甲斐甲斐しく可愛がられている。プライドの高いサアヤは子供扱いが酷くて毎回不機嫌なのだ。

 そしてメグミの場合、以前初対面で口説きに来るテツヤを本気で斬ろうとした為、以来周囲から接触を禁止されている。


 『風と商売の神』神官長バサラの場合、毎回長時間歌を聴かされるのが嫌で、今回も全員断っている。

 無視して手紙だけ渡しても良いと思うのだが、あの手この手で歌を聴かせようとしてきて、毎回何故か逃げれない。

 それに歌が下手なら巫山戯るなと怒れるのだが、上手いのだ、上手過ぎるからツイツイ聴いてしまい、毎回長時間拘束されて後悔する事になる。


 ヨシヒロは他の二人に比べれば可なりまともだが、他二人を断ってヨシヒロだけ受ける訳にもいかない為断った。


 又女性神官長宛の配達先の割り当てにも理由がある。

 メグミの場合相手が神官長であろうと関係なくセクハラをする為、身内のアイ以外の神官長に一人で面会させるのは論外。

 ノリコは、二人の『月』の神官長からも二人掛りで毎回入信を勧められて困っている為、性格のサッパリした『炎と戦いの女神』神官長カルラへの配達を希望した。カルラは一度断って後は入信を勧めて来ないのだ。

 そんな二人の配達希望を優先した為、サアヤは選ぶ余地無く配達先が決まった。


「他の冒険者にお使いを頼もうとしているところに、今回の件で連絡が入りましてね、その連絡でどうやら神官長様達がこちらに集まって居られるようなので直接出向きました」


「ふむ、そうか、で、用件は?」


「それが、最近また各大神殿のほうに動きが……」


「またか? 奴等も懲りんな」


「それだけなの? 大神殿がちょっかいを掛けてくるのは何時もの事でしょう?」


「それがその動きの中で気になる点が一つ……『聖光騎士団』に動きがあるようです」


「っむ! 奴等動き出したかっ!!」


「やはりこのタイミング、この機会を逃したりはしませんか……」


「街に手の者を配して普段よりも警戒のレベルを上げておりますが、未だにこの街での動きが掴めておりません」


「ナツコやアミもその一環か?」


「はい、暗部の手も借りて警戒に当たっております」


「狙いはやはりこの街か?」


「恐らくは、オークの数が普段になく多いとの報告もあります。

 現在のゴブリン討伐が済み次第、オークの討伐に当たる予定ですが、安全の為中級冒険者を普段にも増して増員しています」


「黒鉄鉱山での開封作業にも中級冒険者の人手が取られている……大魔王迷宮に中級冒険者の手が少なくなるわね」


「『黒銀』にも手を借りてそちらの警戒も行っております。ベテランならば遅れは取らないかと」


「他地域にも応援要請を出しなさい。今度こそ逃しません!」


「そこで神官長様方にご相談が……」


「ふむ、何となく察しは付くが、それは他の神官長を交えての方が良かろう」


 ヨシヒロに促されて、三人は足早に移動していく。



 この街の教義は大神殿では異端とされている。


 排斥の動きも強く、他国からの妨害なども頻繁にある。

 しかし、この街の地域に居る限りは、この街の7神官長とその配下の神官達、また冒険者達よって強固に守られているため、煩わしいその他の地域の事情に振り回されることはない。


 だから『大地母神』の信徒であるメグミが、『光と太陽の神』の神殿主催の春の大祭で、神殿の境内に出ている屋台でたこ焼きを3人+1精霊でぱくついてもなにも問題がないのだ。


 フードコートの様になっている、椅子と机のある一角に陣取って、


「桃のお礼と、昨日のお詫びに来ているのに、こんなことをして居て良いのかしら?」


そう言いながらも『ママ』はノリコに差し出されるたこ焼きをパクッっと食べる。


「儀式の真っ最中で、少し待ってろって言ってるんだから、別にいいでしょ?」


 メグミは同じく出店で買ったラムネを飲みながらそれに答え。


「昨日の桃、美味しかったわね!」


 ノリコは更に一つたこ焼きを楊枝に突きさし『ママ』にあーんを迫る。


「アレは美味でしたわ」


 サアヤはそんなノリコにあーんをしたいのだがノリコが『ママ』に掛かりっきりなので出来ない。


「また貰う? 樹には結構一杯成ってたわよ?」


 メグミはそう言ってサアヤの持っていた、たこ焼きを食べる。強制的にあーんを奪い取った格好だ。

 サアヤは若干呆れながら、そのまま、メグミにあーんをすることにしたのか次の一つはメグミの口に持ってくる。


「神殿の皆さんの食べる分だってあるでしょ? もう既に4個も頂いたのですから余り無茶を言ってはダメよメグミ」


「そう言う『ママ』だって、昨日は結構食べてたじゃない? 美味しかったんでしょ?」


「うっ、それはそれ、頂いた以上は美味しく食べる、何か問題が有るのかしら?」


「ま、それで良いと思うけどね、けどあれね、桃ってお尻に似ているわよね、桃尻か……それも良いわね!」


 目の前を通り過ぎる美人のお尻を眺めながらメグミがそんな事を言う。


(このお尻、良いわね、これは良いモノだわ、ふむ、顔もすっごい可愛いし、スタイルも良いわ、胸は控えめだけどそれがまた良いわ! 白い? いや銀色? 面白い気の娘ね?)


 隣のサアヤとノリコがメグミの眺めるお尻の持ち主を見て、息を飲む。

 『ママ』もそんなメグミの視線に気が付いて、メグミを非難する目で見つめて来るので、慌ててそのお尻から目を逸らす。保護者同伴は色々と遣りにくい、安心して視姦すらできない。


(あら? けどなんだろ? 二人の知り合いかしら? 知り合いなら今度紹介して欲しいわね! けどあれね、この世界って本当に色々なタイプの美人さんが居て見ていて飽きないわ)


 様々な職業の人々、様々な神官服と、様々な種族・亜人、魔族などでごった返す境内を眺めながらメグミはそう思うのだった。

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