第29話剣術指南

 地上に上がると空には綺麗な夕焼けが広がっていた、既に大きな白い月と小さな青い月も見える。

 やはり地上は空気が美味しい、メグミは思いっきり深呼吸した。


「んーーーーーっ、気持ちいぃ!」


 黒鉄鉱山は6階以下が苔の大繁殖階層となっていて魔光石の光で盛んに光合成し、酸素を作り出している。

 その為、上層階にも酸素がいきわたり、一酸化炭素中毒等の心配がないのは良い。

 しかし、空気の循環装置等は設置されていない為、どうしても空気が籠る。

 この緑豊かな異世界の地上の空気は、日本と比べても格段に美味しいのだ。籠った坑内の空気とでは比較にならない、堪らない美味しさだ。


 あの後、メグミ達は地下2階の1階側詰め所にて、ゴロウ達やペットと合流し、そのまま地上に出てきた。

 地下3階に続いて、地下2階が閉鎖されたこともあり、黒鉄鉱山は開店休業状態だ。


 地下4階以降に直接転移して狩りをしているベテラン冒険者も居るには居るが、黒鉄鉱山で採掘する大半の冒険者は見習いや初級だ。

 地下2階で採掘していた数百人が一斉に地上を目指していたため、地下1階ではコボルトに遭遇すらしなかった。

 コボルト自体は居たのだろうが、大人数の冒険者に恐れをなしたのか支路の奥に逃げこんだようで全く遭遇しなかった。


 そして現在、鉱山入り口付近の草原には、地下2階から撤収してきたパーティが幾つもパーティ単位で纏まってたむろしていた。


 街に続く道が大量の冒険者で渋滞中なのだ。


 どうやらコボルトソルジャーは他のルームでも沸いたらしく、怪我人が大量発生していた。

 命の危険は無いものの、自力で街まで歩くのは困難な為、大勢の怪我人を乗せて大型の地竜『トリケラ』が街に向かって移動している。

 その為、道が詰まってこの渋滞が発生しているとのことだ。


「アレ、追い越せないの? 何も街道行かなくても脇に逸れてから追い越せばいいでしょ?」


「この辺の草原は鉱山事務所の結界内ですから良いですけど、少し離れただけで結界の範囲外に成りますからね、今『トリケラ』の歩いている林辺りは街道の結界を逸れたら小型の魔物が一杯居ますわよ?」


「雑魚じゃない? 蹴散らせばいいでしょ?」


「雑魚だからこそ戦いたくないのですわ、全く儲かりませんからね。

 しかも魔結晶をコレだけ人の目が有るところで放置も出来ません。

 どんなに小さくても、回収が義務ですから、違反すると五月蠅いですわ。

 手間ばかり掛かってちっとも儲からない、更に小さい雑魚とはいえ毒を持った、クモやムカデ、それに蛇なども出ますからね。地味に嫌らしいのですわ」


「地上の魔物って魔素に分解しないのが多いじゃない? 解体しないと魔結晶を取り出せないのよ。

 メグミちゃんだったら全部解体する? すっごい手間よ?

 あの人達もそれを嫌って大人しく後ろをついて行ってるのよ。

 ゆっくり進んでいると言っても『トリケラ』は人の速足程度では進んでいるのだから、少し待ってれば空くわ、急いで帰る理由もないでしょ?」


 10メートルを超える大きな体、それに見合う歩幅の大きな『トリケラ』だが、牽引する怪我人を乗せた荷馬車を揺らさない為、ゆっくり移動中との事だ。

 『トリケラ』自身は本気を出せば結構な速度で走ることも出来る、しかし今は怪我人の搬送中、鳥馬と違い、『スライドボード』の魔法も使えない、揺らさない為にはこの速度が限界らしい。


「はぁ、みんなそう言った理由で後ろをついて行ってるのね? まあ良いわ、あの速度でもその内空くでしょうしね。

 けど本当にアレが限界なの? もう少し速度出しても平気じゃない?」


 冒険者の足は速い、各種恩恵や『身体強化』で強化されている為、一般人が歩く程度の労力でランニングよりも早い位のペースで走れるのだ。


「元々資材搬送用の荷馬車なので、頑丈さと耐久性重視で緩衝装置などが付いていないそうですわ、あれ以上の速度だと揺れが厳しい事になるでしょうね」


「リジットなの? それはまた思い切った設計ね。

 御者はどうするのよ? お尻が痛くなるんじゃない?」


「御者は『トリケラ』の頭の上に居ますから、殆ど揺れなくて快適だそうですわ」


「頭の上?」


「鳥馬の様に荷馬車の御者台から指示しようにも、大きすぎて指示を伝える手段がないんですよ、ですから頭の上に御者用のシートを設置して耳元で直接『トリケラ』に指示を伝えているんです」


「ああ、そうなのね、確かにあの巨体じゃあね、手綱なんかじゃ気にもしてくれ無そうよね」


「体を鞭で叩いても、あの甲殻ですからね全く何も感じないでしょうし、仕方ありませんわ」


「甲殻凄いものね……ねえノリネエ、『トリケラトプス』ってあんな甲殻の有る恐竜だっけ? 日本で図鑑見た時はサイの大きい版みたいな見た目だったと思ったけど?」


「毛が生えてたとか羽毛が生えてたって説もある位だから甲殻が有っても不思議じゃないんじゃない? あれはあれで大きなアルマジロみたいで可愛いわよ?」


「3本の角の有る頭の形位しか似てないのよね……」


 『トリケラ』はメグミの言うように全身甲殻に覆われていて、頭にも3本角が生えているが、その前足と後ろ足の付け根、肩や腰に当たる部分にも両側に3本トゲが生えている。

 また甲殻に覆われたまるで武器の様な尻尾の先にも3本鋭いトゲが生えており、尻尾で攻撃されると串刺しになりそうだ。

 メグミが恐竜図鑑で見た、化石を元に考察・復元された『トリケラトプス』の姿とはかなり違う。


「メグミちゃん、『トリケラ』と『トリケラトプス』は違いますよ?」


「なに? え? 『トリケラトプス』も居るの?」


「ええ、『トリケラトプス』は恐竜です、『トリケラ』は地竜なのでそもそも種が違います。

 『トリケラトプス』は綺麗な模様の鱗を纏った、大型の恐竜です。オスの頭には飾り羽が優雅に生えていてとても目立つ、って言うか派手な恐竜ですわ。

 そうですね……近場だと恐竜の類は『大魔王迷宮』の22階『恐竜公園』に多く生息していますね、只迷宮内では『魔物化』している為、本来の恐竜とは少し違って、『トリケラトプス』も迷宮内では、雑食で肉も食べます……まあ魔物ですからね。

 あと地上でも郊外の比較的暖かい地方に群れで生息している地域が有るそうですわ、こちらは本来の草食なのだそうです」


「はぁ、そうなの? じゃああの甲殻に覆われた地味に兇悪な見た目の『トリケラ』は地竜で別の種類なんだ、てっきり『トリケラトプス』なんだと思ってたわ」


「まあ勘違いするのも分からないではないですけどね、大きさも名前も似てますからね。

 確か『トリ』が3本、『ケラ』が角、『トプス』は頭って意味でしたっけ?

 運搬用に飼いならされた『トリケラ』は地竜ですわ、頭意外にもトゲが3本づつ生えていますよね? だから『トリケラ』。

 『トリケラトプス』は頭に三本の角が生えているだけですからそれで『トプス』が付いてるんです。

 ただ物資の輸送などに用いられるのは『トリケラ』だけです、『トリケラトプス』はそう言った用途には用いられません。まあそもそもペットとして飼っている人さえ少ないですからね」


「んん? なんで? 大体大きさは一緒なんでしょ? どっちも物資の輸送に使えそうだけど?」


「以前もお話ししましたが、地竜の特徴はその高い知能です、キチンとエサを与えて世話をして居る限りは、決して人に危害を加えません。

 ですから重量物の運搬などに多く用いられているのですわ、知能の低い大きな恐竜は運搬用には使えませんわ、万が一暴れられたりしたら大きさが大きさですからね、危険すぎるでしょ?」


「うん、何となく言いたいことは分からないでは無いんだけど、けどね、魔物を平気でペットにしておいて、どの口が今更危険だなんて言うの? 

 そもそも恐竜のペットも居るんでしょ? この間それっぽいの連れている人を見かけたわよ? この辺が日本から来た私達と、元々この異世界に住んでた人達との感覚のズレなのかな?」


「その恐竜って『ラプトル』では? あれは小型ですからね、比較的知能も高いのでペットにして連れ歩くことも出来ます。

 あと、魔物でもペットに危険は無いですよ。

 まあ余り飼い主とペットとの力関係でペットが強く成り過ぎると、飼い主の命令を聞かないペットになりますけど、それでもペットが人に危害を加える事は有りません、逃げ出して野生化するペットや、家出して他の飼い主を探すペットも居ますけど、基本ペットは安全です」


「なんで? ウチのソックスは絶対大丈夫だけど、偶に変なペット連れてる人もいるでしょ? 虫系とか植物系とか居るじゃない? あれでどうやって意思疎通してるの? 機嫌が悪いと暴れたりしないの?」


「ペットに出来る魔物は幼生の頃に捕まえて、魔結晶に特殊な処置を施してますからね、『誓約』が働いて、人を傷つける事が出来ない様になっているのですわ、ですから暴れる事は有りません。

 まあ、ペットとして飼っているうちに何故か同じ種類の魔物よりも知能が高く、性質も穏やかに成って行く傾向が有るので、ちゃんとお世話していれば例え『誓約』が無くても暴れることはないでしょうけどね。

 それに飼い主がシッカリ面倒を見てないと獣使いの師匠達にペットを没収されることも有りますし、躾けがきちんとされているので安全です」


(あれ? そうなの? まあサアヤのプリンは核に六芒星が輝いてるし、何かしてるっぽいけど……私、ソックスに『誓約』とかした覚えが無いんだけど?

 あれ? ペット検診的な、予防接種的な何か受けさせないと不味いのかしら?

 最初に獣使いの師匠の所に連れて行って、事務手続きはしたけど、あの時に師匠がこっそり何かしてくれたのかな?)


 メグミは自分の傍らに座って尻尾を振っているソックスの頭を撫でながら考える、どう考えてもそんな事をした覚えがないし、そんな事をされている様に見えない。


「ノリネエ、ちょっといい? ラルクに『誓約』とかした?」


「いいえ、私もサアヤちゃんの話を聞いて不安に成ったのだけど、特に何もしてないと思うの……メグミちゃんと一緒で師匠の所で事務手続きしただけ……だと思うわ」


 ノリコは背後にいるラルクを見ながら不安そうだ。一方のラルクは何故かご機嫌だが……


(この淫獣が!! ノリネエの背後を守ってるんじゃないわねコイツ! ノリネエのお尻を眺めているだけだわ!

 大体背後を守るなら、後ろを警戒しないとダメなのに、視線がお尻に釘付けよ!!)


 どうやらノリコの形の良いお尻を眺めてご満悦だったようだ。


「師匠が気を効かせて『誓約』してくれてるって事は……ないかな?」


 メグミはそんなラルクを視線で怯ませつつノリコに尋ねる。


(真面目に背後の警戒をしてないとトンカツにするわよこの淫獣!!)


 視線に込めたメグミの意志を読み取ったのか、ラルクは渋々ながらも背後に向き直って後方の警戒を始める。


「無いと思うわ、あの獣使いの師匠でしょ? ペットの不利益になることは一切許さないって方ですもの、多分あの方の所だったから『誓約』してなくても事務手続きが出来たんだと思うわ」


 後ろを向いたラルクの背中を撫でてやりながら、ノリコはその可能性を否定する。


(確かにあの師匠なら例え自分の不利益になろうと、そんな事気にもしないでペットの利益を重視するわね。ノリネエの言う通りその可能性は低いかな?)


「……まあいっか、別に今までだって問題ないし、ソックスやラルクが私達に逆らったり暴れたりはしないでしょ? 気にするだけ無駄ね」


 メグミは早々に気にするのを止めた。


「ちょ、それで良いんですかメグミちゃん!! ……けどそうなんですね、ソックスちゃんもラルクちゃんも正規のペット紹介所経由じゃないから『誓約』してないんですね」


「良いじゃない、今更でしょ?」


 気にするのを止めると決めた以上、全く気にしないのがメグミだ。


「もう、大分育ってますものね……ペットの『誓約』は生まれたてで自我の弱い時期、幼生の頃に施すものなので、そうですね、今からだと手遅れかもしれませんわね、まだ小さいとはいえ幼生ではないでしょうからね」


「大きく成って施すとどうなるの?」


 メグミは素朴な疑問を口にする。


「『誓約』自体がペットが抵抗して失敗する可能性が高いですわ、それに無理やり『誓約』させた事をペットが理解してしまうと、飼い主との信頼関係にヒビが入る恐れが……」


 ソックスが自分を嫌う、そんな事は考えたくもない。可愛い可愛い愛犬(愛狼?)なのだ。こんなに懐いているソックスが離れて行ったら寂しさのあまり泣いてしまう自信が有る。


「うん、あれよ、聞かなかった、気が付かなかった事にして、ペットの『誓約』については忘れるのが吉よ」


「良いのかしら? ねえ、それって不正なんじゃないかしら?」


 自ら正しく有ろうとするノリコにとって、不正は許されない。


「ノリネエ、『誓約』の意義を考えて、ペットが飼い主の言うことを聞かないで暴れる事を防ぐ、その為のものでしょ?

 なに? ラルクはノリネエの言うことを聞かないで暴れちゃうの?」


「そんな事はあり得ないわ、ラルクは紳士ですもの! 私の言うことをちゃんと理解してくれて、言うことも聞いてくれるわ!」


「なら何も問題ないでしょ?」


「あれ?! そうね、その通りだわ何も問題ないわね」


 ノリコにとっての不正は、自分が正しくないと思っていることを自ら行うことで有って、決まりや法律を破ることではない。

 例え法律違反だろうと、自分が正しいと思えない事には絶対に従わない。逆に法律違反で有ろうと自分がそれを行うべきだと、正しいと思えるならそれを行うことに躊躇いはない。


 メグミの言った事をノリコの心は正しいと判断したのだ。


 メグミがそう思わせる様に言葉巧みに誘導したのだが、それでもノリコはそれで構わないと思った、メグミの今の言葉に嘘はない、何も間違っていない。


「お姉さま……まあ良いですわ、ソックスちゃんやラルクちゃんが、メグミちゃんやお姉さまに逆らう事なんてあり得なさそうですものね」


「大体人を襲わなくする『誓約』を課すのもどうかと思うわ、常に私達が傍に居て、他の人達からソックスやラルクを守れるなら未だしも、そうじゃないんだからね。

 私達が傍に居ないときに、悪意を持った人に襲われら、そのまま無抵抗で殺されろって言うの?」


 そう、メグミはこの制度の必要性と利点を理解した上で、問題点も正しく理解していた。

 得る利益と、被る不利益、それを考慮した上で、不要と判断して無視することに決めたのだ。


「それはダメよ、ラルクには自衛の権利が有るわ! そうね、『誓約』は施すべきじゃあ無いわね!」


 メグミの意見に改めて同意してノリコも無視する事に決めた。


「そう考えると『誓約』も考え物ですね、確かにペットに対して悪意を持つ人間もいるでしょうし、私達に悪意を持つ人間が、ペットを傷つけようとするかもしれんせんね。

 プリンちゃんの『誓約』も一度見直した方がいいかもしれませんわね……」


 サアヤは決まりで有ること、そして利点のみ考えて、ペットの受ける不利益まで考えていなかった自分を恥じている様だ。

 だが一度課した『誓約』は術者本人以外には解除は出来ない、見直すと言っても、『誓約』を課したペットの管理官がそれに応じることはないが……


(まあ、サアヤなら、一度課した『誓約』で有ろうと、解除は容易でしょうね。

 『誓約』を解析、構造を分析してそれを分解していけば良いだけだろうし、『天才』のサアヤに出来ないとは思えないわね)


 メグミ達の使っている魔法は、魔法組合で教えている魔法をサアヤが解析、術者で有る、メグミやノリコの好みを反映し、無駄を省いて、必要な構造を付け足して再構築した独自のモノだ。


 元々、他の地域の魔法に比べて洗練されているこの地域の魔法を、更に精製し特化していく、これを易々と熟す少女は『天才』以外の何者でもない。


 メグミ達もサアヤに教わってある程度は出来るが、サアヤの場合そのスピードが尋常ではないのだ。


 難解・複雑な魔法式を、暗算で解析して分解、再構築していく。


 こんな離れ業はメグミとノリコには出来ない。魔法式をノートに書き写して、それを解析、分解して、その後苦労して再構築するので一杯一杯なのだ。

 それでも他の一般の冒険者には出来ない芸当なのだが、サアヤの才能はその遥か上を易々と熟す。


 元々エルフは人族よりも知性に優れている、しかしだからと言っても、サアヤの才能はそのエルフの中でも特出していた。

 例えエルフであっても暗算で魔法式の解析・分解と再構築まで熟せる者は極僅か、更にサアヤの様な幼いエルフで熟せる者は皆無、まさに『天才』、努力云々の次元を超えている。


「けどサアヤ、普通のペットは人を襲えないんでしょ? ならペット化した『トリケラトプス』を運搬用に使えば良いじゃない?」


「魔物のペットは冒険者で無いと飼えませんわ、例え一般人が飼っても、御者よりも普通に強くなりますから言うことを聞いてくれません。

 稀に、冒険者の方がアルバイトで運搬業をしている事もありますが、普通の運搬業の方、御者の方は一般人ですからね、魔物のペットを運搬に用いるのは厳しいですね」


「そうか一般人には無理なのね……だから地竜が運搬用によく使われているの?」


「そうですわ、地竜は魔物のペットと違って、飼い主や御者に強さを求めませんから。

 地竜は運搬のお手伝いをする代わりに、飼い主から食べ物と快適な寝床、そして身の回りの世話を提供してもらう、共存の関係ですからね。

 地竜が人に協力してくれるのは、まあいわば友情みたいなものです」


「そんなものなのね、けど冒険者なら『トリケラトプス』を運搬用に使えるのね?」


「魔物化した恐竜、特に大型の恐竜はペット不向きですわ、幼生が見つかることも稀です。

 大型の恐竜は、ペットにしても余り知能が高くならないし、特に気性が荒いので非常に飼い難いんだそうです。

 『大魔王迷宮』内で飼っている奇特な人も居るみたいですが、地上の街に上げるには特別な許可と処置が要るそうです。

 ただしこれも大人しい、そうですね……元が草食の恐竜くらいでしょうか?

 だから『ティラノサウルス』なんかの肉食恐竜はほぼ許可が下りませんわ」


 ペットに施される『誓約』とは、その施されたペットが、その行動が何をしようとしているのか理解して、そこに人を害する行動が含まれるとき、その行動に制限を設ける、そのような行動をしようとした時、心理的、又肉体的な苦痛を与えて、行動を抑制する。


 故に無意識に人を傷つけても『誓約』の効果は及ばないのだ。


 例えばペットが気が付かないで人を踏んで殺しても、それは『事故』であり『誓約』でのペナルティは受けない、そこに『誓約』での行動抑制が働かないのだ。

 同様に『ティラノサウルス』の様な肉食恐竜が人を人だと認識せず、エサだと思って無意識に人を食べても、『誓約』は働かないのだ。


 だからこそ魔物のペットには、物事を認識するためのある程度以上の知性、知能を必要としている。本能のままに行動している魔物はペットにしたくても出来ないのだ。


 恐竜は特に顕著なのだが、その体の大きさに比してその知能が極めて低い。ほぼ本能だけで動いていて、そこに知性が無いのだ。

 要するにおバカ過ぎてペットとして飼えないのだ、飼い主の区別すらつかないのだからエサと間違えて喰われるのが落ちだろう。


「地上の野生の恐竜は? あれを捕まえて飼いならすのは無理なの?」


「確かどこかの国で戦闘用に恐竜を飼っている所が有るそうですわ、飼いならし方等は門外不出の秘伝との事です……が、まあ例え流出したところでマネする国は余りないと思いますけどね」


「そうなの? 恐竜でしょ? それこそさっきの『ティラノサウルス』なんかを飼いならせれば結構な戦力じゃない?」


 メグミはどうやってそこまでおバカな恐竜を飼いならすのかにも興味があった。


「うーーん、如何でしょうか? 恐竜しか居ないのであれば確かにそれも強力な戦力になるのでしょうけど、地竜が居ますからね……

 それこそ『トリケラ』でさえ、『ティラノサウルス』よりも遥かに強力ですから。

 魔物とそれ以外の動物でも、そもそもの地力が違います、同じ大きさの恐竜と魔物だと魔物の方が強いんです、魔結晶で強化されてますからね。

 更に地竜と魔物ですが、地竜とは名前の通りドラゴンなんですよ、竜種ですらない、最下級なドラゴンですが、とは言ってもそれでも地竜はその魔結晶で強化されている魔物よりも更に強力なんです。

 安易に飼えて、更に有用な地竜が居る限り、野生の只の恐竜に出番は有りませんわ、例え飼えたところで大した戦力になりませんもの」


「あんなに特徴が似てるのに、そこまで違うんだ? 恐竜でも十分に強力だと思うけど……『トリケラ』ってそんなに強いの? 大人しそうに見えるけど」


「たしかに性格が穏やかな子が多いですけど、腐っても地竜、やる時はやる子ですわ。

 国同士の交易、長距離輸送などに多く使用されてますが、郊外で魔物に襲われても、あの甲殻と鋭い角で、魔物の群れに襲われても平気で撃退します。

 街中では大人しく歩いてますけど、ああ見えて足は結構速いですからね。

 あの巨体で突進されたら大概の魔物はミンチですわね」


「まあ確かにあの巨体だものね、アレに突進されたらねえ……

 けどそれなら迷宮に地竜を連れてはいれないの? 『ライドラ』見たいな小型の奴じゃなくて、『トリケラ』とか『大魔王迷宮』みたいに広い所なら結構な戦力になるんじゃないの?」


 あの巨体にあの甲殻、十分に魔物相手に壁役が出来そうだ。


「地竜を迷宮にですか? そうですね確かに『ライドラ』は結構連れ込んでますね。

 ただ『トリケラ』は多分無理ですね。あの子達は狭い所が嫌いですから、それに先程も言いましたが性格が穏やかなので戦闘させるのには向いてませんわ」


「鳥馬も無理なのよね? そう考えると地竜は余り迷宮向きじゃないのかな?」


「いえ、そんな事はありませんよ、そう思うのはメグミちゃんの知っている地竜が運搬用や騎乗用の物だからだと思いますけど?

 『グラドラ』や『エンドラ』と呼ばれる肉食で狂暴な地竜の類は飼いならせれば強力な戦力になりますよ」


「狂暴な地竜なのに飼いならせるの?」


「『レッサードラゴン』ほど難易度は高くないですからね、卵を何とか入手して、卵から孵したこれらの地竜を育てれば良いんですよ。

 ただこれらの地竜も街中に入るには許可が要るので、『大魔王迷宮』の地下街の方で無いと見かけないでしょうね」


「その地竜ってどんな奴なの?」


「『グラドラ』は大型のトカゲの様な姿をしていますね、まあ角が生えてたり棘が頭から尻尾まで背びれのように生えていたりと、凶悪な見た目ですけどね。

 日本の方が『これだよ! これがドラゴンだよ!』って喜ぶって聞いたので、日本の方の想像するドラゴンに近いんじゃないでしょうか?」


「良くゲームに出て来る、雑魚ドラゴンに似てるのかしらね?」


「そうなんですか? 私は日本のゲームを知らないので……

 『グラドラ』は大きさは色々ですが一般に10メートル位の個体が多いですね。

 見た目は先ほども言ったように兇悪なトカゲで翼は無いので空は飛びません、6本の足で地を走るのですが、これが結構速いので戦闘になった場合、逃げるのは困難です。

 十分に育った個体は戦闘の際に炎のブレスなんかも吐きます」


「6本足? こっちの世界の生き物は変わったのが多いわね……ブレスねえ、口から火を吐くのよね? まさにドラゴンって感じだけど、ブレスか、何吐きだしたら火炎放射器みたいになるのかしらね?」


「ブレスも魔法ですよ? 固有魔法ですけど、体内で物理的な燃焼剤を作り出してそれを吐き出して着火させる魔法です。

 この燃焼剤が厄介で、体に付着した場合、そこに燃料が有りますからね、火が中々消せないんです。

 ブレスが厄介なのはそこなんです、普通の炎の魔法と違って、魔法を撃ち消しても抵抗しても、その炎が消せないんです」


「体内で吐き出す前に魔法的に燃焼剤を錬成してるのね? トカゲの分際で器用ね」


「メグミちゃん、ドラゴンでしょ? 地竜よ、トカゲじゃないわ」


「そうですよ、お姉さまの言う通りです。地竜は知能が高いんです、魔法を本当に自然に使いこなしますからね、バカにしては行けませんわ。

 それに魔法で言えば『エンドラ』の方が上ですね。

 『グラドラ』はブレス以外の魔法は肉体強化系が主で、それを活かした物理攻撃を得意としてます。

 一方の『エンドラ』は本当に魔法攻撃が主体です。

 蛇の様な見た目のこちらは長細くて頭から尻尾の先までだと30メートル程の個体が多いですね。

 見た目の特徴……蛇との違いは小さいけど足が有る辺りでしょうか?」


「小さな足の生えた竜? 東洋系の竜に似てるわね」


「そうですね、お爺様も日本の竜に似た地竜だって言ってましたね。

 こちらも角やら棘やら生えていて、見た目は可成り凶悪です。

 そしてこちらにも羽は無いのですけど、魔法的に……飛ぶと言うより、空中に浮くと言った方が正確でしょうか? 

 その空中に浮いた状態で空中を泳ぐように移動します。

 そして『エンドラ』の最大の特徴はブレスに加えて、更に全身に炎を纏って襲い掛かってくることです。

 多種多様な炎系の魔法攻撃も仕掛けてくるのですけど、この全身を炎で覆う固有魔法、これが可成り厄介で、近距離で攻撃を仕掛けると、その身が纏う炎に攻撃した者が焼かれてダメージを受けるんです」


「攻撃をするにはダメージ覚悟で仕掛けるしかないって事ね、確かに厄介ね、無傷で倒すには遠距離から仕留めるしかないのかな?」


「『エンドラ』は魔法耐性も高いですし、物理防御力も強固な鱗でその身を守ってますから相当高いです、遠距離から仕留めるは可成り困難ですね」


「益々厄介ね、その身に纏う炎さえなければまだ楽なのに……あれ? 固有魔法じゃなくても、そんな魔法が有ったわよね? 何だっけ?」


「『炎の鎧』じゃなかったかしら? 物理防御力は殆どなくて、攻撃魔法みたいなものだって聞いたけど、たしかそうよね?」


「ああ! そんな名前だったわね、防御系の魔法なのに……たしか短時間しか使用できない魔法なんだっけ?

 使用者は体の周囲に炎を纏うのは良いけど、酸素が消費されて長時間使用すると使用者本人が酸欠になる欠陥魔法だっけ?」


「欠陥魔法?! 違います! あれはあれで使い様なんです! 使用者が炎で焼かれない様に炎に耐性のある強力な結界に包まれるので、あの魔法を掛けてそのまま『火焔竜巻』を発動して、自分中心に周囲を焼き尽くすなんて使い方が出来るんですよ!!

 まあ若干……いや可成り酸欠に成りますけど、併用して本来は潜水用の『酸素補給』で補給すれば大丈夫です」

 

 平行詠唱で、同時に複数の魔法を使いこなす。


 そんなこの地域の冒険者が登場するまでとそれ以降では、魔法の価値そのものが変化してきていた。

 個々の魔法でみれば欠陥品であっても、複数の魔法を組み合わせるこの地域の冒険者にとっては個々の魔法は一要素でしかない。それまで欠陥魔法と呼ばれていた魔法が今では重要な魔法コンボの一要素となった例は多い。


「『炎の鎧』より素直に『炎防結界』の方が良くない? 炎纏う分だけ魔力の無駄だと思うけど?」


「はぁ、これだから素人は困りますね、良いですかメグミちゃん、自分中心に魔法を展開するって事は、魔物の群れに突っ込まないとダメなんですよ?」


「ああ、成る程そうなのね! 相手が『炎の鎧』に攻撃を躊躇って怯んでる隙に、『火焔竜巻』を発動させて周囲を焼き尽くす、そういった使い方をするのね?」


「そうです、流石はお姉さまですわ、分かりましたかメグミちゃん、魔法は組み合わせで用途が広がるんです、その魔法を単体だけで見て欠陥魔法とか言ってはダメです」


「はいはい、分かったわよ、魔法も道具と一緒で使い様って事なのね。

 けどじゃあ、その『エンドラ』も似たような戦い方をするの?」


「『はい』は一回です! もうっ! まあそうです、『エンドラ』の場合は酸素を可成り体内に備蓄できるみたいで、長時間、無酸素呼吸で活動できます。ですから自分を中心に周囲を炎の魔法と炎のブレスで焼き尽くす戦い方をします。

 反撃しようにも『エンドラ』の周囲は酸欠状態、且つ灼熱地獄と攻防一体の可成り厄介な戦闘スタイルを取ってきます。

 まあこれが『火焔を纏うドラゴン』と言われる所以です、これが略されて『エンドラ』と呼ばれるようになりました」


「そうなんだ、けど日本語と英語がごちゃ混ぜね、『グラドラ』は?」


「『地表を這寄るドラゴン』が……ええと英語で『グランドクローラードラゴン』でしたっけ?

 でこれが略されて『グラドラ』です」


「こっちは素直に英語の略なんだ?」


「まあどっちも略称が正式名称になってますからね、由来がそうだと言うだけですわね」


「話を聞く限り、可成り強そうなドラゴンだけど、これでも地竜なのよね? レッサードラゴンでさえないんでしょ?」


「そうですよ、レッサードラゴンは更に強力なドラゴンに成ります、何せレッサードラゴンから上は全て竜種、本物のドラゴンですから」


「地竜も十分凄いと思うけど、なのに竜種じゃないのね?」


「そうですよ、『グラドラ』も『エンドラ』も地竜です。

 あと『ワイバーン』なんかも有名な空を飛ぶ戦闘向けの地竜ですね、こちらも大きく育つとブレスを吐きますが、それでも地竜です。

 『ワイバーン』は特に飛行系の魔法に優れた種です。可成りの飛行速度で飛びますよ」


「地竜って知能が高い、高いってしつこく聞いてたけど、結構魔法を使ってくるのね、けどそうなると『ライドラ』や『トリケラ』は? あの子達も地竜なんでしょ?

 鳥馬でさえ『スライドボード』の魔法を使うのにあの子達は魔法使えないの?」


「両方魔法は使いますよ? 『トリケラ』はその巨体の維持と重量軽減、移動に魔法を使ってます。また甲殻の強度アップにも魔法を使用してるため非常に強固です。

 『ライドラ』は移動速度アップや空気抵抗を減らす魔法なんかですね」


「なのに『スライドボード』の魔法は使えないの?」


「覚える気が無いんでしょうね、『トリケラ』は防御系で魔力が限界でしょうし、『ライドラ』の場合必要が有りませんから、覚える気もないって奴ですわね」


「そうなんだ、まあ『トリケラ』は普段は精製した玉鋼を運んでいるだけだから『スライドボード』の魔法は要らないものね。

 はあにしても凄い渋滞ね、この迷宮こんなに人いたんだね……

 けど『スライドボード』の魔法が無くても、乗り心地が悪いだけ、それだけなんでしょ? もっとスピードを出せばいいのに……大したケガじゃないって聞いてるわ」


「まあ確かに死にはしませんが、これ以上スピードを出すと、街に着くころには乗り物酔い確定ですわ、今のスピードでも可成り不評との事ですから……」


「他の移動手段は使えないの? 早便は……ああ、そうか地下3階の怪我人乗せて昼に街に行ったんだっけ?」


「そうですわ、どうやら向こうで物資を積んでいて出発が遅れたそうです。此方に出発はしたみたいなのですがまだ到着してませんわ、何処かで行き違えれば良いですけど、このままだとお互いに道を塞いで、詰まりそうですよね……

 それに今回は怪我人も多いですし、何方にしても『鳥馬』の早便では運びきれませんわね」


 どうやら早便は街に戻ったついでに色々、鉱山事務所の売店などで売る物資を積込みに回っていたらしい。

 空荷では戻らない辺りがこの街の早便らしい。


「『転移魔法』は使えないの?」


「『転移魔法』は大半の見習いではまだ難しいでしょうね、まあ『転移魔法石』もありますが、『転移魔法石』は高いですからね、緊急では無いので今回は使ってないみたいですわ」


「あれ? 『転移魔法石』って千円位じゃなかったっけ?」


「素の状態の『転移魔法石』はその位ですが、目的地を覚えさせて、更に魔力を注いだものは結構高いんですよ。

 以前にメグミちゃんに勧めたのは、私達なら素の状態の『転移魔法石』を買って、自分達で目的地を設定して魔力を注ぐ事が出来ますからね、街への帰還に『復活の首飾り』の代わりに使う分には丁度良いでしょう?」


「そうなの? じゃあさ、素の『転移魔法石』を買って魔力を注いで売ったら目的地を厳選すれば結構いい商売になるんじゃない?」


「実際に商売をしている人も居ますけど、結構魔力使うんですよ、労力を考えるとあまりお勧めできませんわ」


「そうなの?」


「長距離用の『転移魔法石』は消費魔力容量も大きいですし……おおよそ『転移魔法』での使用量の3倍位魔力が必要に成るんです」


「サアヤは魔力保有量大きいよね? アルバイトしてみたら?」


「……以前やったことがあるんですけどね、アホみたいに魔力保有量の大きな魔族の方が有り余る魔力を使ってアルバイトしてるので……他の種族でその方達に対抗するのは中々厳しいですわ」


「そうなの? それって金銭的に? それとも魔力的に?」


「両方ですね、いっそ転移魔方陣の前で、『転移魔法』を使用した、ポータル屋さんをした方が儲かる位ですね」


「魔力を込めた『転移魔法石』は結構高いんでしょ? 良い値段で売れるのにそれでもそうなの?」


「そもそも『転移魔法石』は一人用です、一方『転移魔法』は重量と距離である程度、魔力使用量が変わりますが複数人連れて使用できます。

 そうですねヘルイチからノーザンライトまで『転移魔法』で自分以外で6人連れて行って、1人四千円、全員で2万4千円位が一般的な料金ですかね。

 一方『転移魔法石』は同じヘルイチからノーザンライトまでの移動に使用できる物で一つ1万4千円、6人分だと8万4千円です。

 誰が考えたって、ポータル屋さんの方が安いんです。需要が余りないので沢山造ってもあまり売れないんですわ」


「結構金額が跳ね上がるのね、原価は一個千円位なんでしょ? 値段を下げれば? もっと売れるんじゃない?」


「近場用の『転移魔法石』は千円位ですけど、長距離用はもう少し高いですわ、消費した魔力、そして『転移魔法石』の材料費、加工費等を考えると余り値段を下げる余地が無いんです」


「余り美味しい商売にはなりそうも無いってことね、そもそも『転移魔法石』の需要が無いのね……」


「いえ、需要自体はある程度あるんですよ、移動用と言うよりも、『お守り』的な意味合いが強いですけどね。

 『転移魔法石』にも利点は色々有るんです、使用者の魔力を消費しないので誰でも、そう一般の魔法の才能の無い者でも簡単に使用できます。

 それに迷宮内での『復活の首飾り』を用いない、脱出の手段として有用ですから、各迷宮の入り口付近の売店では入り口に戻る用の『転移魔法石』が売られてます。と言うか、『転移魔法石』の主な使用用途がこれですね。

 後は地域内の開拓村や小さな町の住人は大概近くの『5街』、ヘルイチ、ノーザンライト、イーストウッド、カンサイ、シーサイドへの『転移魔法石』を身に付けてます。

 魔物に村や町が襲われるなどの万が一の事態に備えて装備してるんです。

 小さな町や村には城壁が有りませんが、『5街』であれば城壁を備えてます。何かあった際はそこに『転移魔法石』を使って逃げ込むんですわ。

 それに森に入って魔物に襲われた際などにも、逃げ出すために非常に有用です。大概目的地は各街の病院前に設定されてますからね」


「なるほどね、そっちの用途なら確かに有用ね」


「ただし、いざという時の『お守り』なので一度買うと、使用するまで次は必要有りませんから、中々数が売れないんです」


「一度魔力を充填すると、有効期限とかないの?」


「身に付けていると自動的に補充されるように成ってますからね、生活魔法等は誰でも使えますから魔力自体は誰しも備えているでしょ? 

 それに生活魔道具等も有るので、それらから少量づつ補充していくように出来ていますわ」


「やっぱり少しは魔力が放出されていくんだ、けど自動で補充できるように成ってるのね、良く出来てるわね」


「まあ放出量がほんの僅かですからね、最初に込める魔力量に比べたらゴミみたいなモノですわ。

 それらの自動補充の魔法も付与しながら魔力を込めますからね、結構面倒なのにあまり売れないので、商売と言うよりもボランティアですわね」


「魔族のアルバイトなんでしょ? 魔族がボランティアとかするの?」


「魔族は人に死んでほしくないんですよ、負の感情を生産し続けて欲しいんです。その為なら結構積極的に協力してくれますよ」


「動機は不純だけど、役には立ってるからまあ良いのかな? けど『転移魔法石』が高いのは分かったけど、誰かが『転移魔法』で怪我人を搬送すれば良いんじゃない?

 それこそポータル屋さんみたいなものでしょ?」


「怪我人の人数が人数ですからね、命に関わりそうな重傷者が居るのなら無理もするのでしょうけど、今回はそこまで無理する場面じゃないでしょ?」


「けどノリネエ、自力で歩くのは困難な程度の怪我はしてるんでしょ? 主に切り傷見たいだけど、なら転移魔法の方が『トリケラ』で運ばれるよりも痛みが少ないんじゃないの?」


「メグミちゃん、『転移魔法』は人数も関係しますが、それよりも今回は重さの方が問題に成ります。

 ここは鉱山ですよ? しかも見習いの皆さんは素材集めで採掘している人が大半です。

 『収納魔法』にほぼ限界まで魔鉄の鉄玉を貯め込んでいる人が多いんです。

 そんな人達を『転移魔法』で送り届けるのなら相当量の魔力が必要に成りますわ」


「怪我してるんだから、鉱山事務所で魔鉄の鉄玉を引き取ってもらって身軽になって『転移魔法』を使用してもらえば良いでしょうに?」


「快適では有りませんが、街に帰る手段が有るのにメグミちゃんは素材を諦めて鉱山事務所で安値で売り払いますか?

 皆さん怪我の治療費なんかも必要ですからね、少し位乗り心地が悪くても安く街に戻れる『トリケラ』での移動を選んだんですわ。

 今回は鉱山事務所の善意で、怪我人の『トリケラ』での移送は無料だそうですし。

 『転移魔法』で戻るなら、重量を軽くする為に安く素材を売って、更に『転移魔法』のお礼の料金まで取られる、見習いには痛い出費ですわ」


「なるほどね、まあ私達も含めて見習いは大体貧乏だものね……もっと楽に何か儲かる手段って無いのかしらね?」


「知っている方がいるなら私も是非教えて欲しいですわね」


「ほら二人ともソロソロその辺に座りましょ、少し道が空くまで待つしかないのでしょう?

 ほらタツオ君達もあの辺に座るみたいよ、あそこに私達もお邪魔しましょう」


「まあ構わないけど、何? ノリネエ、タツオのケガが気になるの?」


「メグミちゃん、今日はもう帰るだけですし、少し位はね、大目に見るべきですわ」


「分かってるわよ、怪我人全部治療するとか言い出したら私も止めるけど、タツオ一人くらいなら構いはしないわ、けどタツオは応急処置は済んでるんでしょ?」


 メグミ達もタツオ達と共に空いている草原に一端腰を落ち着けることにした。ノリコが、


「『雫』一寸手伝って」


 そう言って精霊を呼び出す。近くで揺れていた小さな花の辺りから、綺麗な白い花弁の衣装を纏った『白い精霊』が現れる。


 ノリコの契約した精霊、『生命の花の精霊』の『雫』だ。


 『雫』は白い花弁の髪を持った、全身が白尽くめの『精霊』で、瞳だけがエメラルドグリーンに輝く、非常に優美な姿をしていた。


「何をすればいいの? ノリコ」


 ふわりと飛んで近寄り、優雅にノリコの肩に座りながら尋ねる。

 そんな何気ない動作、それだけで周囲に花の香りが漂う、匂いが強い訳ではない、周囲の空気が清浄な空気に変わっていく、その匂いで清められているかのように澄んでいくのだ。


「タツオ君、ちょっとこっちにいらっしゃい」


 ノリコは、ノブヒコに支えられて立っているタツオを呼び寄せる。


「ん?! なんだ? ノリコさん、何か用か?」


「取り合えずここに座って」


「あぁ? 座ればいいのか?」


「そうしてくれる? うん良いわね、では今から私の『雫』が『命の蜜』を口に入れるから、口を開けて。それで口に蜜が入ったら飲んでね」


「『命の蜜』? 何だそりゃあ? 飲めばいいのか?」


 タツオは座って口を開ける。


「『雫』お願いね」


「分かったわ、ノリコ」


 『雫』は飛んでいき、右手から一粒の蜜をタツオの口に垂らす。『雫』が手を引くと、タツオは口を閉じ、その蜜を飲み込む。


「随分美味い蜜だな、なあこれで良いのか? ………お? おおぉ!! 何だこりゃ! 痛みが……痛みが引いていく」


(成る程ね、タツオの奴やせ我慢してたのか、思った以上にダメージが大きかったのかな? それもそうか、タツオの巨体がああも飛ばされたら、重い分ダメージも大きいのかもね)


 ノリコはそのタツオのケガの状態を正確に把握して居た様だ、応急処置だけでは治りきらなかったケガを癒したのだ。


(ヒトシさん達は他の人のケガの治療をしてて、もう魔力や精神力に余裕が無さそうだものね……

 ノリネエだって昼間倒れるまで魔力と精神力を使ってるのに……まあ、『雫』の『命の蜜』ならこの環境だし、そんなに魔力も精神力も消費しないかな?)


 少し注意してノリコを見るが、特に異常は無さそうだ。

 植物系の精霊である『雫』は周囲が緑に満ちた春の草原、特に野花が咲き誇るこの周辺の環境と相性が良い。

 周囲から『雫』自身が精霊力を集めて補助する為、術者であるノリコの負担は少ないのだ。


 タツオの方は体を捻ったりしながら頻りに異常がないことを確認している。


「スゲーな、なんだこりゃ、『治癒』でも治りきらなかったのに、全くどこも痛くなくなっちまいやがった、これはスゲエ」


「『命の蜜』は、大きな外傷には量が足りないのだけど、体の内部的な損傷には、内服することで、自己治癒能力を上げながら同時に外的修復していくので効果が大きいのよ」


(なるほど内臓が傷ついていたのか、そりゃ『治癒』だけじゃあ治りきらないわね)



 加護も魔法も、患部の様子が分からないとその効果が薄い。故に内蔵にダメージを負った場合は治療が難しい。

 なにせ患部が見えない、内臓にダメージを負った場合、『体内透視』の魔法や『診断』の加護を利用し、患部を特定、更にその傷にあった『治癒』を施さないとダメなのだ。

 適当に加護や魔法を掛けても、自己治癒能力が多少上がったり、痛み止めににはなるが根本的な治療になり難い。


「なんで見えてないと『治癒』の効果が出にくいのかしら? 奇跡なんでしょ?」


「そうね、もっと上級の加護なら患部も何も関係なく、掛けるだけであらゆる傷を癒すのでしょうけど、私達見習いの使う加護や魔法は元々効果が薄いわ。

 だからこそ、その患部を確認して、そこに効率よく、治癒力を注ぎ込んで的確に癒していく必要が有るのよ」


「他の魔法と一緒でターゲットと言うか、狙いを定める必要があるって事?」


「そうよ、良くある失敗で、刃物傷の出血を止めようと表面の皮膚だけ塞いだりする人が居るのだけど、傷が深い場合、骨や神経、筋肉と言った内部の損傷がそのままに成っちゃうでしょ?

 表面上は治ってるけど、骨は切れたまま、神経は切れたまま、筋肉は切れたままになってってるのよ。

 そのままにしておくと必ず後遺症が出るわ、だって何も治療されていないのだもの」


「そんなものなのね、まあ出血を止めるだけでも大したものだけどね。

 けど結構面倒なのね、もう少しスパっと治せないの? 奇跡でしょうに?」


「縫合してるわけでもないのに短時間で骨や神経、筋肉まで繋げて癒せるだけでも大したものだと思うわよ? あんなに短時間で治るのよ? 傷跡も残らないし十分奇跡よ」


 加護の『回復』や魔法の『手当』は、どちらも怪我人の自己治癒能力を高めて、傷を回復させる。

 その為、術者の力を消費するだけでなく、怪我人のスタミナも奪う、実際に傷を癒しているのは怪我人本人だからだ。

 故に傷が深い場合や、怪我の程度が大きい場合には使えない、多少傷が治っても、それ以上に怪我人が衰弱してしまう。


 加護の『治癒』はその点、術者の力のみを使用し、怪我人に負担を掛けないので、ケガの程度が大きい場合に使用される。

 だが怪我人本人の自己治癒能力を使用しない分、術者の力の消費が激しい、また専門的な知識が無いと、ノリコ言うように、表面的な治療になりがちだ。

 『治癒』は術者の望む治療の奇跡を引き起こす、傷を塞ぐように望めば表面的に傷を塞いでしまうのだ。

 だからこそ、患部をよく見て、骨が切断されているなら、それを繋ぐように望み、神経が切れていればそれを繋ぐように望まなければならない。


 漠然と癒そうとしてもダメなのだ、それでは治癒力が分散してしまう。


 それでも強引に治療することも可能ではある、浴びる様に『治癒』を注ぎ込めば可能では有る、がしかし、精神力も魔力も有限で有る以上その方法は現実的ではない。

 これは『回復』や『手当』も同じで、自己治癒能力を高めたい箇所に局所的に術を掛けないと、効果が分散してしまい、傷の回復が遅い。


 この異世界にもガンなどの病気が有る。外科的な手術が必要になることが有るのだ。

 メグミは当初、


「奇跡が実際にあるんでしょ? ガンってその変異した細胞を取り除けば良いだけじゃない。

 加護や魔法を使えば簡単に治せるんじゃないの?」


そう思って尋ねたのだ。しかし、


「メグミちゃん、確かに高度な加護や魔法を使えばそんな方法もあるみたいなんだけど、使える人が限られるし、それに力の消耗も激しいわ。

 他にも沢山怪我をした方や病気の方が居るのだから、一人だけに全力と言うわけには行かないのよ、結果が同じなら、より効率のいい力の使い方をして、多くの人を癒すのが治療術師の腕よ」


 ノリコの答えはそれと真逆だ、加護も魔法も便利な道具程度にしか使っていない。まあそれだけでも十分凄いのだが、メグミにはその方法は二度手間に感じられる。


「それで外科手術なのね、返って手間っぽいけど?」


「外科的に患者さんを切り開くのには加護も魔法も必要ないでしょ?

 知識と技量さえあれば誰でも出来ると言っては言い過ぎなのかもしれないけど、まあ特殊な力は必要ないわ。

 それに加護や魔法の力を組み込んだのが、この街の医療よ。

 体を切り開いて、ガンなどの患部を切除、その傷は普通縫合するのだけど『治癒』で傷を塞いで、切り開いた箇所も『治癒』で塞ぐのが、この地域流ってところかしらね。

 ガンの大手術を殆ど日帰りで行えるのは、本当に奇跡よ?

 手術痕さえ残らないんだもの、それにリハビリも要らない、患者さんの負担が本当に少ないわ。

 あんなに簡単にガンの手術をしているのを見るとね、自分の中の医療の常識が音を立てて崩れていくようだったわ」


「こっちでは日本で末期に近いガン患者でも助かる確率が高いんだっけ?」


「ほぼ百パーセント助かるわ、そもそも薬が、抗ガン剤があり得ないレベルで効くのよ……魔法薬って殆どチートよね?

 それに手術する際の患者さんの体に対する負担が少ないでしょ? 躊躇いなく体を開いて患部を切除するのよ? まるでイボとかデキモノを切除するみたいに気楽に取っちゃうの。

 全身にガンが転移して広がっていても、『ちょっと面倒だけど、まあ大したことじゃないね』とか先生仰るのよ? 信じられる?」


 ノリコは元医学生、医者を目指していただけあり、この異世界に来てからも、医学の知識を高めるために、病院でインターンとしてアルバイトをしたりしている。

 こちらの世界にも医療大学があるのだが、そこに編入したノリコは、


「君はもう基礎は出来ているんだから、後は実地で学んで、経験を積むべきだね」


そう言われて直ぐに病院にインターンとして送り出されたのだ。本人はもう少し医療の知識を身に付けたかった見たいだが、体の仕組みは異世界人も日本人も変わらない為、日本で解剖学を学んでいれば十分との事だ。


「本当は薬理学や、生理学、病理学をもっと専門的に学びたいんだけど、そうなると研究職の方面に進むみたいなのよね。

 私としては冒険者でもあるし、臨床医を目指したいから、そっちは独学で学ぶわ、専門書は大学の図書館が利用できるみたいだし、疑問点は講師に尋ねに行くのは自由みたいだし、何とかなると思うのよ」


「ノリネエは真面目ね……加護や魔法の所為で、そもそも薬理学や生理学、病理学があまり役に立ってないんでしょ?」


「確かにその所為で、診療の為の知識はあまり必要ないみたいなのよね。

 研究職でもっと深く学ぶ人以外には必要ないって言われたわ」


「免疫学や生化学は?」


「そちらも研究職以外には余り必要ないみたい、移植何てしなくても『再生』で皮膚どころか臓器でも『再生』出来るでしょ?

 生理学も『診断』が万能すぎて、簡単なバイタルチェックは魔道具も有るし、免疫学も生理学も専門の研究職の人以外あまり必要ないのよ」


「随分とまあ思い切ったカリキュラムね?」


「脳腫瘍とかね、物理的に切除が困難な場所に腫瘍があっても、『ああ平気、平気、この位なら簡単に取れる、何せ魔法が有るからね』っていって『透視』と『転移魔法』を組み合わせて、手術すらしないで切除しちゃうのよ。

 あちらの世界とは治療法どころか医療の在り方その物が違うから、確かに実地で先生の治療法を実際に見て、先ずはこちらの世界の医療の常識を学ぶというカリキュラムは悪くないと思うわ」


 必要ならば加護や魔法も積極的に使う、病気に合わせて加護や魔法の構成を変え、薬と併用してこの世界では病を治す。

 日本とは治療の常識がそもそも違う、先ずは実地で治療の実態を見て覚えさせるは理にかなった学習方法なのかもしれない。


 こちらの世界でも、何の病気か先ずは診断が必要なのは変わりない。しかし、それも『診断』によって大幅に簡略化されている。


 ガンの治療で切除手術を行う場合にはやはりその患部を見る必要が有る。

 ただこの異世界では、体内を見るのに切り開く必要は無い、魔法や加護で『透視』が出来る、そして切除も魔法的に行える、切除後の傷口も『治癒』で癒せば縫合でき、更に切除されたガン組織も転送魔法で体外に排出できる。

 そして非常に優秀な魔法薬を併用すれば体内に残るガン細胞も駆逐できる。


 以前、加護の講義の際にヤヨイ様がメグミ達にこう教えてくれた。


「この異世界では治せない病気は無いわ、治せないケガも無い、良い?

 この事をよく覚えておきなさい。

 生きてさえ、いいえ例え死んでいても蘇生が可能ね……そうね、この地域の病院に運び込みさえすれば、必ず救って見せるわ、その病気の原因、治療法さえ判明すれば必ず治して見せる」


「けどその原因や治療方法が不明な場合はどうするの? 『診断』の加護も100パーセント分かるわけじゃないって聞いたわ」


 メグミの疑問に、ヤヨイは、


「確かに『診断』の加護でもその原因を必ずしも全て特定するには至らないことも有るわ。特に難病や奇病の類は、その特定の難易度が高いわね。

 けどねこれが加護の奇跡の便利なところでね、確かに一人だけなら力不足で判明しないことも有る、でもね、その場合は儀式魔法を使って、複数人で加護の奇跡を行使すればいいのよ、一人でダメなら二人、三人と人数を増やせば良いだけなのよ。


 『診断』を使って判明しないそんな場合は、この地域では無駄に力を消費しない為にも、最低でも5人位で儀式魔法化した『快癒の願い』でその原因を特定して『知識の泉』でその治療法を判明させるのよ。

 儀式魔法の特徴は、時間さえ掛ければ結果を100パーセントに持っていけるところね。

 更に言えば、5人でも難易度が高い場合には途中から人数を増やして成功率を上れるし、更に時間短縮も行える、これが儀式魔法の便利な所ね」


何とも強引な力業での解決方法を教えてくれた。


「元の世界の病気の研究者が激怒しそうな世界よね」


 長年の研究の積み重ねも糞も無い、奇跡によって全ての研究の結果が知らされるのだ。

 研究者にとってこれほど理不尽な世界も無いだろう。


「この世界にも研究者は沢山いるわよ? 病気と言うのはねそんなに簡単ではないのよ。

 例え原因が分かっても、それを確かめないとダメなのよ、確かにそれが原因だと判明しないと治療できないでしょ? 万が一間違っていて、健康な臓器を切除したなんて医療ミスも良い所でしょ?

 そして治療方法が分かっても、それを実行する知識が無いと折角の方法が生かせないの、どんな成分がその病に効くのか分かってもその薬を作らないとダメでしょ?

 確かに幾らかズルはしてる、けどそれだけではダメなのよ、この世界の神官、特に治癒術師には医学の知識が求められるわ」


 どんな便利な道具も、それを使いこなす、知恵が無ければ無意味だと、ヤヨイはメグミ達に教える。

 だから加護も一緒なのだと、その奇跡を活かす知識が無ければ無意味なのだと教え、その知識を学ぶことを促す。


「?? それだと原因や治療方法が分かっても、実際に治療するまで時間がかかりますよね?

 それまでに患者が死んじゃうんじゃないですか?」


「『コールドスリープ』の魔法が有りますからね、治療方法が確立するまで冷凍冬眠していれば病気は進行しないし、死にもしないわ」


 ヤヨイの言う方法、確かにそれで患者は完治するかもしれない。だかそこに患者の完治を祝う、一緒に喜んでくれる人は居るのだろうか?


「……それだと起きた時には周りに誰も知り合いが生き残っていないとかあり得ませんか?」


「この地域の人達はね、長命なのよ、私達召喚された日本人でもね。

 百歳を超えても迷宮に潜ってる元気な人達が大勢いるわ。

 見た目も50代とか60代位に見える筈よ、それにそこからさらに若返る人が居たりと、結構無茶苦茶よ?

 先程も言いましたが少なくともこの地域では病死が殆どないのよ。

 だから元気なお年寄りが多いわね」


「ヤヨイ様って幾つなんですか?」


「オホホホ、あらメグミ、女性に年齢を聞いてはダメだって教わらなかったのかしら?」


 ヤヨイ様は笑顔のままだが目が笑って居ない。


「あっ、分かりました、理解しました!」


 どうやら聞いてはいけない事だったと気が付き謝る。


「メグミちゃんって本当にこの辺鈍感なんだからっ! ダメよ年上の人に年齢を聞いては!」


 ノリコもメグミを嗜める。ノリコはこの辺良く弁えている、日本に居たときに祖父母の家にいた所為か、年上の女性にとても好かれ、可愛がられるのだ。


(ノリネエって、素が幼いって言うか精神的に幼い感じがするから年上に好かれるのかしらね?

 けどヤヨイ様もアイ様もノリネエの事を『私の娘』って言って可愛がってるって事は、少なくても40歳以上よね? もっと年が近ければ『私の妹』って言うわ。

 まあ見た目は30代中盤ってところだけど、元が美人だから年齢が分かり難いのよねアノ2人は……

 だたねぇ、60代くらいの神官が、アイ様やヤヨイ様に対して年上のように接するのよね。

 まあこの神殿のナンバーワンとナンバーツーなんだからその地位の所為で敬語を使って丁寧に接してるって線もあるにはあるけど。

 初老の司祭様が『ヤヨイお姉さま、こちらはどういたしましょうか?』とか尋ねていたから、どう考えても60代以上なのよね)


 神官長アイや高司祭ヤヨイの年齢は不明だ、メグミは知って居そうな高齢の神官に尋ねたりしたが、


「あらダメよメグミちゃん、女性の年齢は秘密ですからね、聞き回るモノではないわ。

 私よりも年上かって? それも秘密、教えたらお二人に叱られてしまうわ」


そう言ってはぐらかされた。


「人族って本当に不思議ですわ、100歳や200歳程度の年齢で何を気にしているのか理解できませんわ、ウチの御婆様とか万越え確実ですわよ?」


 サアヤが不思議そうにそう呟く。サアヤはエルフだ、本人はまだ14歳だが、周りの大人の年齢が年齢だ、寿命が精々100歳程度の人族の感覚に違和感が有るのだろう。


「えっ!! ティタ様ってそんな年齢なの? なに? クロウさんって何歳の年の差婚なのよ? もしかして一万歳の年の差で結婚とかなの?」


 サアヤの祖母のティターニアは見た目だけなら20代前半、もっと若々しい恰好をすれば10代でも違和感がないかもしれない。

 エルフは年を取らない、ある程度成長するとその見た目のまま、若いまま年だけを重ねていく、老人が居ないのだ。


(にしても一万歳を超えているとはね、流石に驚いたわね……縄文杉の何倍生きているのよ? いやそれよりも……)


 それよりも重要な、気になることがある。


(ティタ様ってショタコンなの? いやまあ今のクロウさんは爺さんだけど、結婚した時はまだ若かったわけでしょ?

 それにお爺さんになったって人間なんてエルフからしたらみんな子供みたいなものでしょ?

 いや違うのかな? 見た目が青年ならエルフにも相手は青年に見えてるわけで、年齢を気にしないエルフにとってはショタでもないのかしら?

 なら今でもクロウさんとラブラブなんだからティタ様はジジコン?

 うーーんなにか違う、あれか好きになったら年の差なんてってやつ?)


「幾つなんでしょうね? けど御婆様は初婚で、お母様が初産だって言ってましたから……幾つ年が離れていても良いんじゃありませんか? 御婆様の初恋だったのですから」


 クロウさんとティタ様は大恋愛の末、駆け落ち同然の結婚し、そのままの状態でヘルイチで暮らしているそうだ。

 当然ティタ様のご実家(?)のエルフ達はその結婚に納得しておらず、未だにティタ様の現役復帰を望まれているそうだが、ティタ様にその気が全く無い。


 サアヤのお母さんでティタ様の娘が見るに見かねて、ご実家に戻り猛勉強、猛特訓の末にハーフエルフからハイエルフにまで進化、一応の跡取りとしてご実家を継いだそうだが、それでもエルフの意思決定機関の長老会議は不満らしい。


 一方サアヤの御父さんはと言うと、名家のご出身のハイエルフで、お母様とはラブラブなのだそうだが、サアヤと折り合いが悪く、現在親子喧嘩の真っ最中で、サアヤは家出同然で祖父母の元に来ていた。


「お父様? あの人はダメです、頭が固いんですわ!

 何かにつけてエルフの伝統とか、エルフの子女としてとか!

 それに魔物退治でお世話になっているのに、冒険者の事を『あんな野蛮な連中と付き合うものではない、エルフとはもっと穏やかに、樹を育むように、大人しく優しく過ごすものだ。お前には相応しくない!』とか言いますのよ?

 お爺様は冒険者ですのに酷いと思いませんか!!」


「まあそれが親心なんじゃないの? 男の冒険者には乱暴な人が多いのも事実だしね。

 何? サアヤは昔から冒険者と付き合いがあったの?」


「小さい頃からイーストウッドに良く遊びに行ってましたわ、あそこはエルフの都に近いですから」


「何しに行ってたのよ? 小さい女の子が一人で出歩いたら危ないわよ?」


「何しにって、ちょっと武器屋や魔法屋さんを巡って良い武器が無いか探したり、新しい魔法が出てないか調べて、魔道具屋や錬金術店で新型の家電魔道具を見て回ったり、錬金術の素材を買ったり、本屋さん本を買いに行っていただけですわ」


「今と大して変わらないわね? 昔っからそのコースで買い物に行ってたのね……」


「それにお爺様の家にも良く泊まりに来てたので、ヘルイチにも度々来てましたわ。

 御婆様がちっとも実家に寄り付かないので御婆様に会うには此方に来るしかなかったですからね

 その時にお爺様が色々冒険譚を聞かせてくださるので、冒険者に小さい頃から憧れてましたわ」


「小さな女の子が、そんなに遊び歩いてたら、それは親ですもの心配だったのではなくて?」


「もうっ、お姉さままでそんな!! 護衛の方達も居ましたし、お母様とも良く一緒だったのでそこら辺は心配ありませんわ。

 単にお父様の頭が固いだけです!」


「サアヤの場合遊んでないで勉強しろとか言えないものね、そりゃあそんな事しか言えなくなるわ」


 サアヤは天才だ、こと勉強に関しては本物の天才なのだ、どんなことでも一度聞けば大体理解するし、覚えてしまう。

 そして勉強自体が好きなのだ、誰に言われなくても魔導書や百科事典を読み漁り、知識を蓄えていく。


「何でそんなに勉強が好きなの? 普通嫌がるでしょ? とくにしなきゃいけない勉強じゃないのよね?」


「えっ?! 自分の知らないことが沢山書いてあるんですよ? ワクワクしませんか? 色々な未知が既知に変わっていくんです。

 ああそうだったのか、ああこんな原理だったのね、じゃあこの原理とこの原理を組み合わせたら? こんなに成るんだ! ってとても面白いですわよ?」


「パズル感覚で勉強をするとか、頭の良い人は違うわね。

 けどまあ分からなくは無いわね、いろんな方法を試して結果を見て考察。

 そしてその考察を元に更に試して、法則性を見つけた時とかめっちゃ嬉しいものね」


「サアヤちゃんは理論派でメグミちゃんは実戦・実験派の天才ですものね」


「私は天才じゃないわよ? 馬鹿じゃあないとは思ってるけど、どんなに頑張っても勉強はちょっと出来る秀才止まりじゃないかな?」


「アレだけ実戦に強くて、鍛冶の腕がそれだけあってまだ不満なんですか!?」


「不満は背の高さね! 他はまあ……努力すれば何とかモノには成りそうね」


「二人を見てると私は自分の平凡さが恨めしいわ、置いていかれない様に頑張らなきゃね!」


「いやノリネエこそ十分でしょ? 鍛冶もそこら辺の鍛冶師よりも既に腕は上よ? 錬金術もサアヤのチョイ下位よね? 私よりも魔力制御が上手いのよね……よくもまあそれだけ高レベルで何でも熟せるわよね。

 大体スタイルと顔の総合得点じゃ間違いなく私の人生で一番よ? カナデはね……胸は控えめだったから、スタイルだけならノリネエの圧勝なのよね……スペック高すぎなのよノリネエは!!」


「けど、一番には成れない永遠の二番手なのよ!! 私は……だってメグミちゃんだってカナデさんが一番で私は二番なんでしょ?」


「まあっ! お姉さま、私はお姉さまが一番ですよ!

 そもそも加護やポールハンマーの打撃力なら、お姉さまは今でもこの三人の中では一番ですよ?

 単純に打撃破壊力だけなら、初級冒険者の中では既にトップでは?

 見習いでここまでの攻撃力を手に入れた方は他に居ないんじゃありませんか? ねえメグミちゃん! あれ? メグミちゃん?? どうしたんですか真剣な顔で悩んで」


「いや、ちょっと考えてるんだけど、結論が出ないのよ! ノリネエとカナデ、うーーんどっちだろう?

 カナデには何時か絶対勝つ!! あの切れ長な瞳と、あの綺麗な立ち姿が良いのよ!!

 それにあの綺麗な面は何時見ても痺れるわね!! あの鋭い踏み込みから繰り出される芯の通った面、無駄が一切ないわ、まさに機能美よ!

 

 けどノリネエも好きなのよね? 顔は好みど真ん中だし、スタイルは抜群よ! むしゃぶりつきたい体よ! 不満な点を探してもどこにもないのが不満?

 ポールハンマーでの攻撃だってそうよ、少しスピードが足りないけど、あの反り返りながら全身を使って繰り出されるスタンプは凄いわ!

 ノリネエは体が柔らかいから、体の撓りが良く活きた、抜群の打撃よ!

 魔鋼製のポールハンマーの柄があんなに撓むのよ? 一体どれだけ力込めたらあんなに曲がるのよ? 信じられないわ!


 うーーん、やっぱり一人には決められないわね、そうね目指すならハーレムよ! やっぱりハーレムを目指さないとね!!

 両方私のモノ! うん、これで何も問題ないわね!」


「誰かの悩みを聞いてこれ程後悔したことは有りませんわ!! お姉さまは私のモノです!! 私は一筋ですからね、浮気者のメグミちゃんとは違いますわ!」


「はっ、良いサアヤ、サアヤと私とじゃライバルには成りえないのよ、そんなことも分からないなんて、全くサアヤはおこちゃまねえ」


「なっ!! なんですって!!」


「黙って聞きなさいっ! 良い? サアヤが欲しいのはお姉さん、ノリネエみたいな優しいお姉さんが欲しいのよ、そうでしょ?」


「えっ?? あれ? ぅううっ」


「そう、サアヤは一人っ子だから姉妹が、長女のサアヤには絶対に手に入らない優しいお姉さんが欲しいのよ!」


「けど私だってお姉さまをっ……」


「サアヤのそれは恋愛感情じゃないわ、単なる独占欲よ、優しいお姉さんを独占したがっている我儘な妹、それだけよ。

 良い? 分かった? これじゃあ私のライバルじゃあ無いわ。

 私は別にノリネエの妹に成りたいわけじゃあ無いもの、どうやったってライバルにはならないのよ」


「くぅぅぅぅ!! でもっ!! 妹ポジションでもお姉さまは渡しませんわ!」


「構わないわよ? まあ良いのよ、どうせ遅かれ早かれサアヤの妹ポジションは崩れるだろうし、今のうちに好きなだけ妹として甘えるのね、邪魔したりはしないわ」


「……どういうこと? メグミちゃんが大人しく引き下がるなんて珍しい……」


「お姉さま、きっと罠ですわ!! 何か仕掛けが有るに決まってます!!」


「私が仕掛け? 違うわよ? 仕掛けるのは、そうねどっちだろ? ティタ様? それともサアヤの御母様かしら?」


「……何ですか? どう言った意味です? 御婆様とお母様が今の話と何の関係が有るんですか?」


「サアヤはエルフでしょう? 私だってエルフについて色々調べたのよ?

 良い? エルフってね多産なのよ、そうとても子供が多いの」


「どう言う意味ですか? それと今の話が何の関係が?」


「あれ? そうなの? でもサアヤちゃんは一人っ子よね? サアヤちゃんのお母様も一人っ子じゃなかったかしら?」


「ノリネエ、エルフは寿命が長いから、子供が少なく見えるだけなのよ。

 一人生んでから次の子供が出来るまでの期間が単に長いだけ、出産適齢期はほぼ死ぬまでなんだから相当な子沢山よ?

 百年に一人生んでも千年以上生きるんだから10人位は産む計算になるわ。

 ティタ様はまだクロウさんが元気だしね、以前聞いたら、もう一人くらい子供が欲しいって言ってたわ、次は男の子が欲しいそうよ。

 サアヤの御母様だってお転婆な一人娘が家に居ないんだから、娘に邪険にされて落ち込んでいるサアヤの御父さんを慰めるためにも……分かるでしょ?

 近いうちにサアヤは妹じゃなくてお姉ちゃんになる可能性が有るのよ。

 何時までも一人っ子で我儘放題出来るわけないでしょ? 妹が出来たらサアヤもお姉さまよ!」


「なっっ! えっ……私がお姉さま? そんな……」


「メグミ、ちょっと話が飛躍し過ぎじゃない? サアヤのお母様はまあ分からないでは無いわ、あの子は元々ハーフだもの人間に近いだけあって子供を作る間隔も多少人より長いだけ……そうね確かにもうソロソロ二人目が出来てもおかしくは無いわね。

 けどティタ様は、クロウさんは幾らお若く見えると言ってもねえ」


「そこら辺もバッチリよ! この間噂に聞いたんだけど、クロウさんとほぼ同期の初期召喚組のお爺さんがこの間浮気して、その若い浮気相手との間に子供が出来たそうよ!

 もうね奥さんと修羅場で大変だったらしいわ! DNA鑑定もしてバッチリ実子認定されたから間違いないって!

 だからクロウさんも平気よ! 多分余裕よ! あの元気なお爺ちゃんなら余裕で今からでも子供が出来るわ!」


「メグミ、貴方何処からそんな情報仕入れて来るの? アレは内輪以外には殆ど漏れてない秘密の筈よ? それに何で修羅場になって困ってるのに嬉しそうなの?」


「受付嬢ネットワークって凄いのよ? 特にゴシップ系の噂話は殆ど筒抜け状態で伝わってくるわ。

 修羅場になって困っていようが生まれた子に罪は無いもの、すっごい可愛い女の赤ちゃんだったわ! 絶対将来美人さんになるわね!

 あのスケベジジイ、女性の趣味だけは良いみたいよ奥さんは綺麗なお祖母ちゃんだったし、若い浮気相手の人も奥さんに良く似た美人さんだったわ」


 酒飲みな二人組は、お酒を奢ると色々情報をくれるのだ。メグミの貴重な情報源に成っていた。


「メグミちゃんワザワザ見に行ったの?」


「違うわよ? 近所の公園に赤ちゃん連れて遊びに来てたから、赤ちゃんを抱かせて貰っただけよ?」


「なんでそれでその人だって分かるんですか?」


「スケベジジイの顔や奥さんの顔は噂を聞いた時に見せて貰ったもの、知ってたのよ。

 公園に来ていた4人連れがね、最初祖父母と若いお嫁さんとその赤ちゃんだと思ったら噂のスケベジジイとその奥さんだったのよ! 驚いたわ!

 あの爺さん完全に奥さんの尻に敷かれていたけど、奥さんの器が大きいのね、孫のように赤ちゃんを可愛がってたわ」


「けどその若い女性と赤ちゃんがその浮気相手だとは限らないでしょ? 別のお子さんのお嫁さんで本当に孫だったのでは?」


「ちゃんと確認したから間違いないわよ? 赤ちゃんを抱かせてもらって返す時に、そのジジイが赤ちゃんを受け取ったから、『あら、ジジイでもパパに抱かれるとご機嫌なのね♪』って言ったら、皆の顔が引きつってたから間違いないわ」


「メグミちゃん、チャレンジャーですわね……」


「あの時の人達? そうなのね?! そんな事をしてたのねメグミちゃんたら! けど赤ちゃんは本当に可愛かったわね、私の胸を吸おうとするのよ、オッパイなんて出ないのにね」


「ズルいですわ! 私が居ないときですわね?」


「良く公園に散歩に来てるからまた抱かせてもらうチャンスはあると思うわよ?

 あれ以来ジジイは来てないけど、奥さんと赤ちゃんのお母さんは仲良く来てるし」


「……全く、どの娘かしらね、メグミに無用な情報を渡さない様に注意しないと……どうやら奥さんと浮気相手の女性の気が合ったみたいでね。

 あの方をそっちのけで赤ちゃんの面倒を見ているそうよ」


 メグミは片っ端から受付嬢に声を掛けているので、そう簡単に特定されてバレはしないだろうが、機密事項もペラペラ喋っているのは二人だけだ。


「あの爺さんどうしているの?」


「家に居ても針の筵でしょ? 小さな子の将来のためにと最近また迷宮に入る様になったみたいよ、あまり無理をしなければ良いんだけど……それこそクロウさん達が一緒についているみたいだからあまり心配はしてないのだけどね」


「まあそんな訳だからヤヨイ様もまだまだ子供が出来る可能性があるわよ?」


「私は『シスター』よ、可能性は無いわね」


「そうなの? けど他の神官長様達は結構子供いるでしょ?

 ユイ様は可成り若い子を掴まえて、この間娘さんが出来たのを隠してるんでしょ?

 セラ様は昔から高司祭の彼氏と隠れて付き合ってて、息子さんは今年成人したんだっけ? 娘さんは小学生なんだけど凄い可愛いのよね!

 カルラ様は隠すことなく子沢山で有名だし、そう考えると子供のいない女性神官長ってアイ様だけよね? 綺麗なのに何でかしらね?」


「アイ様も私も、『シスター』ですからね? 誓いを立てている以上、それを破ったりはしないわ。

 にしても受付嬢ネットワーク? ……問題ね、早々に一般人に情報を漏らすことの無い様に注意しないと!」


「でもアイ様もヤヨイ様も、もう十分神には尽くしたから『シスターの誓い』の拘束は解けているんでしょ?」


 この情報は二人からの情報ではなく、神殿の『シスター』達から仕入れたものだ。


「そんなことまでっ! どうなっているのかしらねこの街の情報統制は!!

 それにメグミ! 何でそんなに私達に子供を作らせたいの? 貴方、男は嫌いでしょ?」


「別に嫌いじゃないわよ? どうでも良いだけよ?

 それにねよく考えてヤヨイ様、ユイ様の娘さん、まだハイハイしてたけど、既に将来美人になるのが確定してたわ! すっごく可愛いの!

 セラ様の娘さんもお母さんに似て、クール系の美少女だったわ!」


「なつ! 一体どうやって見つけ出したの? ユイ様の娘さんは月の神殿の聖地に居るから一般人は入れない筈よ?

 それにセラ様の娘さんも全寮制の女学校に居るから一般人は会えないでしょ?」


「ヘルイチ地上街は私の庭よ? 隈なく走り回ってるから大体は分かるわ。

 ユイ様やセラ様は知ってるからね、よく似た気を持った子を見たら誰の子供かくらいわかるわよ。

 二人ともお母さんに似てるもの、すごい面影が有るわ」


「相変わらず、道なき道を走ってるのねメグミちゃん……」


「道は私の後ろに出来るのよ! 私が走った後が私の道よ」


「一見良い事言ったみたいになってるけど、メグミ、ダメですからね?」


「良いのよバレなきゃ! それに減るもんじゃないでしょ? 物も壊してないんだし何がダメなのよ?」


「各神殿の聖地に関しては、事後になるけど貴方は立ち入り許可が出ているから不問にします。けどね私有地に勝手に立ち入るのはダメでしょ?」


 どんなに結界を張っても、罠を張っても、何事も無かったかのように擦り抜けて平然と通り道にしていく為、各神殿はメグミの聖地への侵入防止を諦めた。

 それに上の方から許可するようにお達しが出た為、今では放置されている。


「地面じゃ無いもの屋根の上よ? 平気でしょ? それにね猫は良いのに私はダメって何よそれ! 私の方が猫よりも身軽よ!

 それに猫系の獣人の人だって結構気ままに散歩してるわ! みんな知らないだけよ」


「そうなの?」


「まあ猫系の獣人の人達はそれが種族の習性ですからね、仕方がない部分が有るわ」


「私も一緒よ! 私の習性なの!」


「メグミ! シスター達の入ってるお風呂を覗くことが貴方の習性なの?」


「あれは偶々目に入っただけよ? それに覗きじゃないわ、そのまま一緒にお風呂に入ったもの!」


「メグミちゃん結構色んな所で問題おこしてますよね?」


「問題は起きてないわよ? バレたら困るところではちゃんと気配を消してるから、今までバレたことはないわ」


「噂に成ってるのはバレても良かった所なの?」


「噂?」


「各神殿の女子風呂を全て制覇したとか、それこそ全寮制の女学校のお風呂場を全部制覇したとか……」


「バレて困る所は何一つ無いでしょ? 良いのよ一緒に入って洗いっこしてるだけだから」


「管理してる人たちは頭を抱えてるそうよ、防犯体制を問われてるって」


「大丈夫よ、ランニングの序に不審者や痴漢っぽい奴は、獣人だろうと誰だろうと片っ端から屋根から叩き落としているから! 私が居る限り女子風呂の安全は確保された様なものね!! 防犯は全く問題ないわ!」


 ここに、この町一番の要注意人物が居るが、メグミの場合、その性別と、一切悪びれることなく、堂々と風呂だろうと更衣室だろうと侵入する為、半分放置されている。


 そもそも『白き月と夜の女神』の神官長ユイの娘は神殿最奥で厳重に警戒されて育てられているが……


「どうやってユイ様の赤ちゃんを見つけたのメグミ?」


「何時ものランニングをしてたら、赤ちゃんの泣き声が聞こえたのよ。

 暫く待っても泣き止まないから、気になって声のする方へ行ったらベビーベットに寝かされて泣いて居たわ」


「あら? それは少し心配ね?」


「まあ赤ちゃんは泣くのが仕事だし、泣いてるうちは死にはしないわ平気よ。

 多分お世話してる人が少し目を離してたのね、泣き止むかと思って少しあやしてみたんだけどね、泣き止まないし、少し匂ってたからこれはおしめが汚れてるんだろうと、おしめを脱がせたら案の定だったわね」


「まあっ! おしめが汚れていたら不快だものね、赤ちゃんだってそれは泣くわね」


「でね、序だし、替えのおしめがあったから、そのままお尻をフキフキしておしめを替えたら泣き止んだわ。

 けどね……喜ぶのは良いんだけど、おしっこ引っかけて来るのはやめて欲しいわね。

 おしめ替えてると良くあるのよね……赤ちゃんって何でおしめ替えてる最中におしっこするのかしらね?」


 解放感故か、おしめを替えようと外すと、その際に粗相をする赤ちゃんは多い。


「メグミちゃんおしめ替えるの上手ですよね? 本当に手慣れてますわ。

 近所の公園に来る赤ちゃんのおしめもパパっと替えてますよね?」


「メグミちゃん赤ちゃんがおしっこしてきても、平然と片手で遮ってそのままフキフキしてますものね」


「まあね、慣れてるからね。よく近所の赤ちゃん預かったりしてたからね」


「赤ちゃんを? え? メグミちゃんが?」


「児童館なんかで子供と遊んだりしてるじゃない? それでママさん達と仲良くなってね。

 暇なときに預かったりしてたのよ。ウチは母も妹も祖母も居たからね、女ばかり4人居て、皆赤ちゃん大好きなのよね……遺伝かしらね? ママさん達がお小遣いもくれるし良いバイトになったわ」


「それでユイ様の赤ちゃんにも同じようにしてあげたのね」

 

「そうなんだけどおしめも替えたし、そのまま帰ろうとしたらぐずり出したから、お腹でも減ってるのかと、哺乳瓶でミルク飲ませたら結構飲むのよね。大声で泣いて喉が渇いてたのかしらね?

 げっぷをさせたらそのままお眠で寝ちゃったからベットに寝かせて帰って来たわ」


「……まあやっていることは人助けにもなっているから、咎めにくいわね。

 けどメグミ? それはよそ様のお宅に不法侵入した挙句に、赤ちゃんを好き放題しているって事よね? 貴方が不審者だったらと思うと頭が痛いわね」


 ほぼ全ての関係者がこの傍若無人な娘に頭を抱えていた。どうやって結界や警戒網を突破したのかまるで見当が付かないのだ。


「メグミちゃんは赤ちゃんに酷い事は絶対にしませんから、ここは大目に見てあげてください、ヤヨイ様!」


「けどお姉さま、メグミちゃんって慣れているのかもしれませんが赤ちゃんの扱い方雑じゃありませんか?」


「雑? 何処がよ? 大体ね、赤ちゃん自体が大雑把に出来てるんだから、少し位いい加減に扱っても大丈夫なのよ? 何のために体が柔らかいと思ってるの?」


「……具体的にどんな風に雑なのサアヤ?」


「足を持って逆さにして持ったりするんですよ? こうおむつを脱がせた後、片手で赤ちゃんの足を持って持ち上げて、汚れたおむつを取り除いて、新しいおむつを敷いたら赤ちゃんを戻すんですけど、その間赤ちゃんが逆さ吊りで……」


「ちょっと逆さにしただけじゃない? 短時間で死ぬもんですか、寧ろ赤ちゃん喜んでるでしょ?」


「お母さんたちの目が点に成ってますけどね……」


「みんな過保護過ぎるのよ、逆さって言っても斜めに成ってる位じゃない、あの程度を気にしてたら子育てなんてできないわよ!」


「頭に血が昇ったりしないの? 後々悪影響が有りそうで怖いわ」


「はぁ? ノリネエまで何言ってるの? 赤ちゃんはお母さんのお腹の中では逆さでずっといるのよ? 赤ちゃんの内の方が逆さには強いわよ! もう一寸大きく成ってきた方が返って弱いんじゃない? まあどちらにせよ短時間なら何も問題ないわね!」


「とまあこんな調子で、割と大雑把に赤ちゃんを扱うんです……何故か赤ちゃんがご機嫌なのですけどね」


「まあメグミの言う事にも一理あるのは有るのよ、赤ちゃんはね恐々扱われるよりも、自信をもって堂々と扱った方がいいのよ、赤ちゃんも安心するの。

 だからと言って無茶をして良いわけではないけど、今聞いたメグミ程度の事は、乳児院のシスター達もやっているわね」


「乳児院か、人数多いと大変そうよね。まああれよ、加減さえ分かってればある程度は雑に扱っても平気なのよ赤ちゃんは、それよりも手早く済ませた方が赤ちゃんだって嬉しい筈よ……多分ね。

 まあ赤ちゃんなんてね基本おむつ替えてミルクを上げて、後は適度に疲れさせてぐっすり寝てれば大きく成るわ」


「適度に疲れさせる? ……ですか?」


「そうよ、赤ちゃんがミルクもおむつも大丈夫なのに愚図る理由は疲れてないからよ、暇なのよ赤ちゃんは、だから散歩いったり、適当にあやして遊んだりして疲れさせればぐっすり寝てくれるわ、後はあれね、泣き始めた赤ちゃんを暫く放置とかしても良いわ、泣き疲れるから」


「それは酷くありませんか?」


「良いのよ、お世話はしてるんだから、構って欲しくて泣いてるだけの時は、暫く泣かせるのも手よ? 適当に泣いたら諦めて泣き止むから」


「それで本当にいいんですか?! ……そうだその扱う加減てどうやって見分けるですか?」


「え? 泣いたら痛いのよ? だから泣きそうになる前に痛くないように手加減すればいいのよ? 簡単でしょ?」


「……」


「メグミはアレね、視界が広いから、何か作業しながらでも赤ちゃんの顔色を常に把握してるのよ。

 だから他の人には雑に見えても、赤ちゃんにとっては不快じゃあないのね」


「にしてもメグミちゃん、ユイ様やセラ様に子供が居ても構わないんですか?

 二人ともお綺麗だから、メグミちゃんとしては残念なんじゃありませんか?」


「まあね、少し残念ではあるけど、まっ、仕方ない所もあるわ! 

 男なんてどうでも良いけどね、美幼女、将来の美少女の為には必要不可欠なのよ!

 なら綺麗な……方達には断腸の思いだけど、子供産んで欲しいわ!」


「なるほど、今の一瞬の間に入る言葉が思い浮かぶようですわ! 

 メグミちゃんのストライクゾーンから少しずれた年齢のお姉さま方には、将来のメグミちゃん獲物の為の布石に成れとそう仰るのですわね?」


「そこまでは言わないけどねサアヤ、野郎が嫌なら人工授精って手も有るのよ、兎に角綺麗な女性からは可愛い赤ちゃんが生まれる可能性が高いわ!

 なら是非ともその赤ちゃんを愛でてみたいと思わない?

 アイ様やヤヨイ様そっくりの赤ちゃんよ? 想像しただけで愛くるしくてどうにか成りそうだわ」


「メグミ!! 子供は貴方の玩具じゃないのよ! 縫いぐるみでもない! 生きているのですからね!」


「知ってるわよ? さっきも言ったでしょ? 妹や弟の世話もしてたし、近所の児童館で小さな子達の面倒も見てたわ、子供のお世話は随分してきたから、そこら辺は嫌って程身に染みて分かってるわよ?

 オシメだって替えるし、そういった下のお世話や、吐いたモノの始末だってしてたわよ? げっぷする時にちょっと戻しちゃう子も居るからね。

 あんな面倒な、手の掛かる生き物を玩具にしたりしないわ」


「確かにそうなのでしょうけど……言い方が有るでしょ? 

 貴方の場合、欲望が優先されすぎていて、命の尊厳が蔑ろに……まあ子供に好かれているみたいだし、キチンとお世話は出来るみたいだし、言い過ぎたかもしれないわね、ごめんなさい」


「ヤヨイ様、謝るのはまだ早いですわ、メグミちゃんが優しいのは女の子限定ですよ、まあ幼児までに限っては男の子にもですけど、児童位になると男子の扱いは更にぞんざいに成って行くので、見ていて可哀そうに成ってきますわ。

 それでも何故かメグミちゃんって小さな子に好かれるんですよね? 何故なのか本当に不思議ですわ」


「メグミちゃんって小さな子には基本優しくて面倒見がいいもの。

 街を歩いていても普通に赤ちゃんいたらお母さんの許可を貰って抱かせてもらったり、よく迷子の子のお母さん探したりしてるわよ」


 メグミは黙っていれば優しそうな美少女なのだ、ノリコ程綺麗すぎたり背も高くない、サアヤ程、華奢でなく、目が覚めるほどの美少女でもない。

 その為か、親近感が湧くのか、良く迷子がメグミの手を掴むのだ。

 一人でオロオロしている子供の傍にメグミが近寄って行っている所為でもあるのだが……


「近所の公園で、子供と遊んだりもしてますよ? 女の子からの評判が抜群に良い見たいですわ。

 何故か結構ぞんざいに扱われている男の子の評判も良いんですよね」


「野郎共はお菓子目当てよ多分ね、ウザいけど遊ぶ分には元気で良いわ! 女の子にはね将来大きく成ったらお嫁に来るのよって言い聞かせて可愛い子に唾を付けてるの!」


 メグミの場合、子供のお世話をしている感覚がない、自分が遊びたいから子供に交じっていっている。高校生にもなってそれはどうかと思うが、子供達を仕切って先頭を切って遊んでいる様は、まるで保母さんの様だ。

 普通の保母さんは、もっと下手間、子供たちのお世話をするものだが、母親も一緒なので公園で遊ぶ際にはその辺の手間が掛からない。面倒ごとは他人まかせで御美味しい所だけ享受できる。これもメグミが気晴らしに公園で子供と遊ぶ理由の一つだ。

 母親たちも、メグミと子供が遊んでいる間はゆっくりベンチでママ友とお茶しながら休憩できるので歓迎されている。


「メグミ、貴方一度孤児院の方に手伝いに来ない? 私やアイ様はね、自分で生んだ子は居ないけど子どもは沢山いるのよ?」


 大地母神の神殿に併設された孤児院はアイとヤヨイによって設立され、5街地域の孤児を一手に引き受けている。


「孤児院か、まあ良いんだけど、私達まだ見習いだからね、近所の公園で気晴らしする位の短時間なら時間が取れるけど、孤児院に行って子供と遊ぶほどの時間は中々ねえ……そうだ! 見習いを卒業したら遊びに行くわ」


 遊ぶだけなら気晴らし程度の短時間で済むが、お手伝いとなると、そうはいかない。

 日々の生活に追われている、メグミ達見習い冒険者にはボランティアでそこまでする時間の余裕がない。

 日々生活するには稼がないとダメなのだ、メグミ達見習い冒険者が稼ぐには迷宮で魔物を倒さなければならない。


「ヤヨイ様は中々チャレンジャーですわ、メグミちゃんですよ?

 ちょっと大きな女の子は触りまくり、小さな女の子も触りまくり。

 男の子は基本放置、まあ男の子のほうがメグミちゃんにちょっかいを出すんですけど、大人気なく必ず反撃しますからね?

 ほっぺを抓ったり、引っ張ったり、耳をひっぱたりと容赦がありません。

 けどあんなにやってるのに、やられている男の子も何故か笑顔なんですよね……あの年でマゾ?」


「んなわけないでしょ! 手加減しながらやってるから少し痛い程度よ、あの位の年の子はね、無視されるよりは、反撃であろうと反応してもらえる方がうれしいのよ。まあ単なるじゃれあい、スキンシップの一環よ」


「けどあんまり激しくやってはダメよメグミちゃん、男の子たちが笑っているから良いけど、泣いたらお母さんたちが黙ってないわよ?

 今はすっかり慣れたみたいだけど、最初はお母さんたちオロオロしてたからね?」


「全く最近の親は過保護すぎね! 私は躾の為の体罰は容認派だからね、女の子には余り必要ないけど、男の子は多少痛い目に合わないとわからないのよ。

 放置してると我がままになる一方よ、付け上がるだけで取り返しがつかなくなるわ」


「私は暴力はよくないと思うのだけど……」


「言って分かるなら言い聞かせるわ、けどね、相手は子供なの、口で言っても理解できないのよ。

 だから体で覚えさせるのよ、怪我をさせたり、後が残ったりしない程度に手加減をしてるし、感情に任せて罰を与えてるんじゃないわ。

 ちゃんとダメなことをしたから痛い目に合うんだって理解させながらやってるからね、躾よ」


「はぁ、とまあこんな感じで、お母さんたちの目の前でもビシバシいきますから……近所の公園に来る子達の親はもう半分諦めてますけどね。

 それにメグミちゃんと子供との遊びは中々激しいですよ? ちっちゃな子達が30分も経たずにへたり込みますからね?」


「子どもがそんなに短時間で?」


「夜、疲れ果てて大人しく寝るので、近所のお母さん連には人気ですけど……」


「メグミ、何をやってるの? どんな遊びよ?」


「私が鬼に成って子供たちを擽って回るだけよ? 『擽り鬼』よ、知らない? 公園内ならどこに逃げたってOKって言って子供たちを散らばらせて、私が追いかけて擽って回るの。

 60秒逃げられたらご褒美にお菓子をあげるのよ、皆お菓子目当てで一生懸命逃げるから、転んだりして擦り傷が出来て大変だけど、ノリネエも居るからね、擦り傷位私でも治せるし、危険は無いわ」


 ごく自然にスキンシップ出来る素晴らしい遊び、それが『擽り鬼』だ。

 以前お気に入りの子を念入りに擽ったら、泣き笑いで息が出来なくなって、その後こっぴどくその子に叱られたので、最近は我慢して手加減しているメグミであった。


「何人相手にしてるの?? 60秒?」


「10人位ですわヤヨイ様、一人6秒掛かりませんわね、大体最後の子がお菓子を貰えるのですけど、毎回最後の子が違って、全員お菓子を貰えるようになってますわ。

 30メートル四方位の小さな公園ですけど、よくもまあアレだけ動けるものだと感心しますわ」


「一回が約一分少々で終わって、それを全員お菓子が貰えるだけ、約10回繰り返すんです。

 途中休憩が入ったり逃げて隠れる時間もあるので、そうですね大体30分位で終わりますね。

 中々激しい遊びなのよね、皆お菓子が欲しくて一生懸命逃げ回るし、擽られて笑ってるしでその間は大騒ぎね。

 その後はお菓子と、水分補給のお茶を配ってみんなでオヤツタイム。それが終わったら私達はお暇するのがパターンね」


「御茶やお菓子って、メグミ、貴方が全部出してるの?」


「毎日じゃないし、そんなに高いものじゃないし、気にする様な出費じゃないわ、気晴らしに遊ぶお金としては安いものよ」


 子供たちのアレルギーなども調査済み、それにこの異世界はあまり保存料などの食品添加物もない為、食べさせても問題はない。

 最近は親たちも気を使って、自分達が用意したお菓子も一緒に提供されているが、メグミのお菓子の提供が無くなる事は無い。


「メグミちゃんにはそのお金で自分の服を買って欲しいんですけどね」


「メグミちゃんは、そう言った事にお金を使うのは惜しまないのに、何で自分の服の代金は惜しむの?」


「……?? まだ着れるわよ? ちゃんと毎日洗濯してるし、ほら破れたところも繕ってるわよ?」


「メグミ、確かに見事に繕ってますけどね、そろそろ新しい服を買った方が良いわよ?

 それはそんなに捨てるのが惜しいなら寝間着にしたら?」


「寝間着は前のが有るわ? これはまだ卸して一月ほどよ? 何がダメなのよ?」


「一月でそんなに!?」


「ヤヨイ様、メグミちゃんは運動量が他の人と全然違うんです、それに平気で森や林の茂みを突っ切るでしょ?

 迷宮に行っても同じで、魔物の群れに平気で飛び込むから、小さな服の破れは何時もの事なんです」


「メグミちゃん大体3着を着まわしているけど、3着だけなのよね……

 メグミちゃんの使い方だと6着を着まわして、半月毎に3着ずつ買い替えるような使い方じゃないとダメなんじゃないかしら?」


「そんなお金は無いわよ!」


「それにメグミちゃんって着ている服が地味目なのが多いですよね……」


「色はこの際度外視ね、先ず動きやすさ優先で、後は丈夫そうなのを安い服から選ぶのよ」


「せめて普段、講義に来ていく服はもう少し良いやつにしませんか?」


「これでもマシな方でしょ? 何がダメなのよ? あれよダメージジーンズとかあったじゃない?

 あれは破れててもオシャレなんでしょ? 私のはちゃんと縫って修繕してるんだから更にマシでしょ?」


「メグミちゃんって服のセンスがない訳じゃあ無いのよね……私達の服装にはウルサイし、服の手直しなんかもサクサクやってくれるし」


「何よ? 何が不満なの? あれなの? 修繕する時にアップリケっぽく直せばいいの? でも子供が着るなら良いけど、いい大人がアップリケってそれもどうなのよ?」


「メグミちゃん大概のモノは自分で縫えるんでしょ? 服も生地を買ってきて自分で縫ったら? 買うよりも安いんじゃありませんか?」


「冒険者用の丈夫な服は、繕うことくらいは出来ても本格的に縫うなら専用のミシンが居るわ、今の経済状態で厚めの生地が縫えるミシンの導入は厳しいわよ。

 冒険者用の服には対刃繊維が織り込まれているから、手縫いとかとても無理ね」


 実は裁縫用の魔法も有り、ミシンを魔法的に再現することも可能なのだが、冒険者には余り必要ない技能であり、更に他にももっと重要な事の講義が立て込んでいる、冒険者組合での講義には説明すら組み込まれていない。その為メグミはその事を知らなかった。

 ただ魔力を消費するこの魔法以外にも、一般人向けにミシンが存在しており、そちらは割と高額だ。


「そうなんですか? けど別に冒険者用じゃなくても普段着を一着縫えば良いじゃないですか? 『ママ』だって縫えるみたいだし頼んでみては?」


 『家と家事の精霊』の『ママ』は家事技能の一つとして裁縫にも優れている。

 そもそもちょっとした小物どころか見事なウエディングドレスすら縫えるのが『家と家事の精霊』の特徴だ。

 『家と家事の精霊』の宿った家の娘は、このウエディングドレスを纏ってお嫁に行くのが伝統となっている。

 その見事さは吟遊詩人が歌に詠む位で、それを売るだけでどんな窮地も乗り越えられるほどの高値で取引されており、『最高の嫁入り道具』と言われている。

 そんな『家と家事の精霊』の『ママ』なのだから、ちょっとした普段着など、生地さえあれば軽く作ってくれる筈だ。


「そうね、お金に余裕が出来たら考えてみるわ」


 にも拘わらす、メグミはあまり乗り気じゃない。メグミにとってはまだ着れる服なのだ、態々生地を買って、『ママ』の手を煩わせるほどの事ではないっと本気で思っているのだ。


「そう言えばノリコ、貴方のその神官服、随分加工してますね?」


「メグミちゃんが何時の間にか加工しているんです。動きやすくて良いのですがダメでしょうか?」


「異性に劣情を抱かせない為にゆったりと神官服は出来ているのですよ? それでは体の線が見えすぎね」


「ええっ! 良いじゃない、何がダメなのよ! そんな野暮ったいモッサリした服じゃあノリネエの良さが消えるわ! 大体冒険者として戦闘するんだから動きにくいのは論外よ!」


「メグミ、言うに事欠いて野暮ったいとは何ですか! 清純な感じがするでしょ? 神官服に大切なのは清純さと清潔感です。それにこれも対刃繊維が織り込まれていますからね? 機能性も十分なのよ! ってよくここまで改造しましたね? 普通に手縫いで一着作れるんじゃない?」


 大地母神の女性神官服は白地に紺色の縁取りがされており、全体的にゆったりと、もっさりと体全体を覆っている。

 ノリコの今着ている神官服は既に元の原型を留めない程に加工され、一切体の動きを妨げることが無い様に、スリットやタックが入り、余分な布が切り取られている。

 にも拘らず、ぱっと見は元の神官服の様に見えるように、紺色の縁取りが途切れることなく縫い合わされていて、デザインを損なわずに、全体的なシルエットが少しシャープな印象を受けるだけに留まっている。


「対刃繊維が織り込まれているの? 結構良い生地使ってるのね神官服って」


 裁縫用の裁ちバサミはメグミ特製の為、どんな生地でも易々と切り裂く。その為メグミは神官服に対刃繊維が織り込まれていることに気が付かなかった。


「あらメグミ、貴方も神官に成りますか? 一着目は支給されるので無料よ?」


「神官服だけ貰うことは出来ないの? 大体神官って刃物禁止でしょ? 論外だわ」


 正確には刃の付いた武器を持つことを神官は神より推奨されていない。

 刃付いた武器を持つと加護が弱まるのでなくそんな武器さえ持っていなけれ加護が強くなるのだ、加護をよく使う神官が刃の付いた武器を持たないのはこの為だ。


「神官服は神官の証みたいなモノですからね、流石に神官でもない人には支給できないわ。

 あとノリコのそれは正式な神官服としては認められないわね、余り高いものでもないし新しい神官服を購入しなさいねノリコ」


「迷宮に行く際には此方の方が動きやすいのですが……ダメでしょうか?」


「神殿内での仕事でない時には……まあそれでも構わないわね、少し体の線が出過ぎな気がするけど下品ではないわ。

 けどねノリコ、迷宮でも他の神官の目が有りますからね、特に貴方は私やアイ様が目を掛けている分、他の者よりも厳しい目で見られるわ。

 無用な妬み、僻みを避けるためにも、見習い冒険者の内は、普通の神官服の方が良いと思うわよ?」


「なによ、折角の人の力作を! 良いじゃない機能性を重視しても! てか、こっちを正式な神官服として採用して欲しい位だわ!」


「メグミ、確かに機能性には優れているかもしれません、けどねそれでは汎用性が有りませんよ、完全にノリコに合わせて立体縫製に成ってるでしょそれは?

 神官服は色々な体格の人が着ますからね。ゆとりをもってサイズの調整が効くようにしないとダメなのよ。

 個々人に合わせて作っていたのでは制服にはならないわ。L・M・Sサイズの3種で纏め買いをするからこそ値段を安くできている面も有りますからね。

 にしても随分思い切って切り詰めたわね? 余った布はどうしたの?」


「私の服の修繕の際に、裏当て布にしたりしてるわよ? 他にはほらっ、小物入れとか縫ったりね、有効活用してるわ」


「貴方は本当に器用ねぇ、これが元神官服? けど確かに色は神官服ね」


「ヤヨイ様見て、私のはアップリケをして貰ったの、可愛いクマさんよ」


「これもメグミが? あなた可愛いの作れるのね? にしても本当に器用ね? 素人のアップリケには見えないわよ?」


 別にメグミとて可愛いものが嫌いなわけではない、妹にせがまれたりしたときには可愛いキャラクターの刺繍やアップリケをした。

 今回のクマのアップリケはノリコのお気に入りのキャラクターで、だらっと寝そべったクマが可愛くデフォルメされている『だらクマ』。ノリコはこのキャラクターの入ったグッズを色々と買い揃えようとするのだ。


「それはノリネエのショーツのアップリケを真似ただけよ? ノリネエがどうしてもって言うから付けたのよ。

 そうだ聞いてよヤヨイ様、ノリネエったらこの年でクマさんのパンツ買おうとするのよ?

 ワンポイントの小さなアップリケで我慢させるのに毎回どれだけ苦労してるか!」


 メグミは自分の服装には頓着しないが、ノリコの服装にはとても拘りがある。自分の下着姿を眺めても面白くないが、ノリコの下着姿には興奮するのだから仕方がない……そう仕方がないのだ。


「ノリコ、貴方、今年何歳になったの?」


「ヤヨイ様まで! なんでダメなの? 地味なのが多いスポーツブラやショーツなんだから、せめて可愛いアップリケが有るほうが良いわよね? そうでしょ?

 だってクマさんやうさぎさんやねこちゃんは可愛いでしょ? 可愛いわよね?」


 ノリコの一番のお気に入りはクマなのだが、うさぎやねこも嫌いではないらしい。


「小学生の女子ならとても愛らしくて良いと思うわよ? けどノリネエはもう直ぐ二十歳でしょ? 自分の年とスタイルを考えてよ?

 冒険者だからね、まだお金もそんなにないし、スポーツブラやショーツは百歩譲って許すわ。けどアップリケは無いわ、それは幾ら何でも無いわ!」


 出来ればレースをふんだんに使った綺麗な下着でノリコを着飾って眺めたいが経済的な理由からそれが出来ない。

 ならばスッキリとしたデザインのスポーツブラやショーツでカッコよく纏めたいのだが、ノリコは少女趣味なのだ。

 ボンキュボンでなくボンキュキュなノリコの小さめのお尻には、確かにワンポイントのアップリケはそれなりに似合っているかもしれない、しかし、それでも絶世の美女のノリコに子供っぽいそれは、明らかにアンバランスなのだ。


「メグミちゃんだってスポーツブラにショーツじゃない。私だって可愛いレースの下着が欲しいけど、今の経済状態じゃ買えないでしょ?

 なら少し位アップリケの有る可愛いのを選んだって良いじゃない!」


「少しじゃないわ! 私が止めなかったら、お尻にでかでかとクマさんが居るのを買おうとしてたわ!」


 この異世界にはプリント柄その物が無い、石油化学製品が無い為、プリント用の塗料が無いのだ。しかし、染付、刺繍、アップリケ等は有るため、それでクマなどのキャラクターを入れ込んだ下着はある。

 ノリコの買おうとした下着は、綺麗な染付で御尻全体にクマのキャラクターが描かれたものでそれ単体で見れば、よく出来た、可愛らしいデザインのショーツだ。

 それを小学生、若しくは中学生位までの女子が履いていたら、愛らしかったかもしれない。


「だって、あんなに可愛いのよ?!」


 だがノリコはもういい大人である。背が高くスタイルが良いノリコは、そのアニメのキャラクターのようなサイズの胸の所為もあり、まだ十代なのにその下着姿はお色気ムンムンだ。

 そんな色っぽいノリコがクマさんパンツ、冗談で身に着けるには良いが、それを常用してるとなるとちぐはぐな感が否めない。


「はぁ、お二人とも何を低次元な、お姉さまもメグミちゃんも、もう少し大人っぽい下着も買うべきですわ」


 サアヤはこちらで祖母や母が色々と買い与えたり、自分で買い揃えたりと私服を含めて一番多くの衣装を持っている。

 当然下着もシルク素材のレース付き、三人の中では下着は一番大人っぽい。


「くっ、サアヤは良いわよね、元々こっちに住んでて色々着替えを持ってるから! 高いのよ! 異世界ってサイズだけは豊富で、ノリネエの胸のサイズにだって合うブラが豊富に取り揃えられてるけど、着て欲しいけど! けどどれも高いのよ!!

 冒険者って言っても肉体労働じゃない? 汗も一杯かくし、毎日2・3回着替えたりするのよ?

 兎に角洗い替え、着替えを用意する方が先決よ」


 異世界の服のサイズの充実ぶりは凄まじい、何せ人以外の種族も大勢いるのだ。

 人としては珍しいサイズのノリコの胸も、サキュバス他、他種族の女性が多いこの地域ではそれほど珍しいサイズではない。

 それに少し位のサイズ差であればメグミや『ママ』が瞬く間に仕立て直すため、ノリコでも服選びには困らない。

 ただしそれも先立つもの、お金が無ければ幾ら自分に合うサイズの服が合っても買えない。


「その着替えよね問題なのは……メグミちゃん、メインで着ている3着が洗濯や着替えで着れなくなったら、以前着ていた方の3着を着るじゃない?」


「前のもちゃんと洗濯もしてるし、修繕もしてるから何も問題は無いわ!」


「今のも相当酷いけど、以前のは……普通は着ないわよ? メグミちゃんは今直ぐにでも服を買うべきよ! 取り敢えず、破れてない繕ってない服を3着は買うべきだと思うわ」


「ふんっ、無い袖は振れないのよ」


 服だけに無い袖は振れないのだ。メグミは上手い事言ってやったぜと、どや顔だが周りはスルーする。


「ねえノリコ、メグミのこれよりも酷い服って……それで公園に居る子供に近寄ったら、不審者と間違われたりしないの?」


「近所の方達はもう既に慣れちゃってますからね、大丈夫です。

 それにメグミちゃん、黙っていれば美少女で、スタイルだっていいでしょ?

 『残念なファッションのお姉さん』として子供達にも人気ですから、多分通報はされないかと……」


「ちょっと待って? ボロい衣服のお姉さんならまあ良いわ、確かにボロはボロよ? けど残念なファッションって何よそれ? 私のはファッションじゃないわ、自然と必然からこうなっただけよ」


「子供がそう言ってるだけよ……まあ、仕方無いんじゃないかしら?

 だって洗濯はちゃんとしてるから清潔は清潔でしょ? それにメグミちゃん、美少女は美少女だし……

 子供から見たら、残念なファッションセンスのお姉さんに見えるのでしょうね」


「ワザとファッションでそんな服を着ている様に見えちゃうんですよ。

 普通そんな服を着ていたらみすぼらしく見えるものだと思うのですが、メグミちゃんって何時も堂々として、姿勢も良いし、笑顔だし。

 みすぼらしく見えないんですよね、そこまで堂々とされると、最初からそう言ったデザインの服なのかも? って勘違いしちゃうんですよ。

 だって貧乏なのかと思えばお菓子をくれるでしょ? 子供だって混乱しますわよ。

 で、子供たちの出した結論が、『残念なファッションのお姉さん』だそうですわ」


「聞いたその場で否定してよ! クソぅ、何処のどいつだ言い出したのは、あの辺の鼻を垂らしてるクソガキかしら?」


 メグミが何度も何度も鼻をかんで拭いてやっても、いつの間にかまた鼻を垂らしている男の子がいる、この子はぼーっとしている様にみえて結構毒舌なのだ。


「メグミちゃんのお気に入りのチエちゃんもそう言ってましたよ」


 メグミが足しげく公園に通う一番の目的が美幼女のチエちゃんだ。太陽のように眩しい笑顔にメグミはメロメロなのだ。

 『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』メグミはこの言葉に忠実だ、チエちゃんと仲良くなるために、先ず周りの子供達とも仲良くなる、それを実際に実行しているだけなのだ。

 ただチエちゃんと仲良くなる過程で、他の子供達とも仲良くなって、既にチエちゃんと仲良くなるという第一目標を忘れかけているメグミなのだが……


「……こんどチエちゃんに可愛い服を作っていって、残念なファッションセンスじゃないってことを思い知らせないとダメね」


 一応まだ忘れては居なかったようだ。


「いやだから!! そんな事よりも自分の服を買いましょうよメグミちゃん!!」


「はぁ、仕方ありませんね、この講義が終わったら、服を買いに行きますよメグミ」


「だからヤヨイ様、お金が有りませんってば!」


「そんなに高い服でなくて良いのでしょ? 私に任せなさい。ノリコも神官服を一着与えます、今のそれはもう少し、そうねせめて『鋼鉄』に上がってから着なさい。それとメグミと一緒に貴方も何か着るものを揃えなさい」


「え? 良いの? 太っ腹ねヤヨイ様!」


「貴方達には良く神殿の仕事もして貰っているわ、それに貴方も私の弟子なのよ?

 弟子にあまり酷い恰好をさせているよと、師匠である私の良識が疑われるわ。

 それにねメグミ、貴方はランニングと称しているけど、その行動そのものが不審なのよ? せめて身なり位は整えないと、本当に犯罪者として捕まるでしょ?」


 メグミ達はこの街の師匠達の教育方針であまりお金を渡さないようにされている。貧乏なのは何もメグミ達の所為だけではないのだ。

 にも拘らず、メグミはリホームの費用、200万円少々を僅か2カ月程の見習い冒険者の生活の中で、武器に変えてではあるが確保していた。


 この三人娘は渡すお金の制限をしていても、それでも常識はずれなほど稼ぐ、なにせ戦闘力が突出している、他と隔絶していた。


 他の者が逃げ出すような魔物の群れに平気で飛び込んで殲滅する。これを繰り返しているのだ。

 流石に固定額の魔結晶や討伐報酬、ドロップアイテムの買取価格まで制限はできない。

 それら魔物の討伐で得る報酬額が常軌を逸していた。


 それなのに何故貧乏なのか?


 稼ぐ以上に使うからだ、消費の仕方がおかしいのだこの三人は!!


 メグミの場合は鍛冶の道具や素材に大半のお金が消える。一通り武器は整ったため、以前ほどではないが、それでも今度は防具の準備の為に色々買いこんでいた。


 ノリコの場合は寄付してしまい、手持ちが無くなっている。三人の中で唯一、堅実に、お金を貯めていたノリコではあるが………サクッとそのお金を寄付してしまい。三人の中で一番貧乏になったことがある。


 サアヤの場合は実家や祖父母が大金持ちなだけに元々の金銭感覚が狂っている、高価な魔導書を冒険者になっても何の気なしに買ってしまってお金がない。

 それに見習い冒険者となって以降、祖父母のクロウさんやティタ様はサアヤにお金を渡さないようにしていた、自立して冒険者になろうとしている孫娘に配慮してのことだ。


 そして現在、貧乏な一番の原因は、『ママ』と住む家に纏わる費用だ。

 とても見習い冒険者が住むような家ではない、分不相応なこの家は、師匠達が手伝い、非常に安価にリフォームは済んでいたが、メグミは手持ちの武器を殆ど売り払い、リホーム費用に充てたため、他に現金化できるものは素材のみ、メグミ達の現金の残高が一度0になっている。


 ある程度、家具なども師匠達が造ってくれていたため、一応生活は出来ているが、日々の生活の中で細々とした物を揃える必要はやはりあるのだ。

 食費、日用品、消耗品、迷宮に行くためには、武器や防具の手入れも必要だ。更に細々とした道具の準備、等々、日々の収入はそれらの費用に消えたため、メグミ達には現在経済的な余裕がなかった。


 普通、見習い冒険者は、ギリギリまで無料の見習い冒険者寮で過ごし、その間に費用を貯めて、アパートや安い一軒家をシェアハウスとしてパーティで借りて住む。

 堅実に稼げば普通に生活ができる程度の支援を冒険者組合は見習いや初心者に施しているのだ。


 メグミ達の様に貧乏な冒険者はそうはいない。


 そうメグミ達はペットの件もあり、貯蓄もないままに2カ月程で早々に寮を引き払い、更に家賃は安いが、なにせ広い、手入れや日々のメンテナンス費用だけでも多めにかかる現在の家に移り住んだのだ。

 

 そして幾ら稼ぎが良くても、この三人娘の浪費癖は収まっていない……

 

 お金があると鍛冶の費用に充てるメグミ、金銭感覚の狂ったサアヤ、唯一の良心のノリコ、彼女の収入が3人+精霊+ペット3匹の生活費として消費されている状態だった。

 見るに見かねた『ママ』が最近は三人の収入を一手に管理し、お小遣い制にしてから幾分か経済的に立て直しつつあるが、それまでの浪費で貯蓄が無いため未だに経済的には苦しい。


 『ママ』は三人にお弁当を持たせたり、安い食材で美味しく食事を作ったり、繕い物や、手造りの小物で家計を遣り繰りして居る。

 その涙ぐましい努力の結果、ノリコやサアヤは、着るものに困るほど貧乏ではないのだが……メグミの場合、貰ったお小遣いが、お菓子や素材に直ぐに変わるため、服を買うお金がない。


「服を買うようにって言ったでしょ? これは何?」


「お菓子よ! 美味しそうでしょ?」


「ではこちらは?」


「素材ね、珍しいでしょ? なんだっけ? クロムにモリブデン、こっちはタングステンよ」


「……服は?」


「まだ着れるわよ??」

 

「………」


 それ以来『ママ』はメグミには本当にお小遣いしか渡さなくなった。自分でメグミの服を買ってきて、メグミに与えた方が確実と思い知ったからだ。

 しかし、それでも、メグミの服の傷むスピードは想像を絶している。一月前に『ママ』が買ってきてメグミに与えた新品の服が、今や繕いだらけの哀れな姿となり果てている。


 故にヤヨイは思うのだ、


(少しくらい、服を買い与えてもいい筈よね? そもそもこの子達は本来なら左うちわで、裕福な生活を送れるだけ稼げるのよ。それを制限している師匠の一人として、少しくらい、服を買い与えたってかまわない筈よ)


 凄まじい高値で取引されてる、自分の打った剣の価値も知らずに、ぼろぼろの服を着て、それでも笑顔で元気に過ごすメグミを見て、


(これは甘やかしているわけじゃあないわ、ほんの少し、本来貰えるはずの報酬を前渡ししているだけ、そうですよね大地母神様!)


 これは何もメグミだけに限ったことではない、サアヤの作り出す錬金術の製品、特に魔法球はメグミの打つ剣と合わさり、凄まじい効果をもたらしていた。ゴロウ達でさえ、地下2階のコボルトを一撃で切り裂くのだ、二人の作り出す武器は並の魔剣ではない。

 ノリコの付与する聖属性もアンデットに対して絶大な効果を生んでいる。ノリコが付与した聖属性の武器は、大魔王迷宮地下10階『墓地』の魔物を一撃で滅ぼすと評判になっている。

 3人とも知らないだけで、職人として3人が造り出す製品はとても高価なのだ。


「あのヤヨイ様、私までよろしいのですか? 私は普段から神官服なので、私服は余り必要ないのですけど?」


「常に神官服で有る必要は無いのですよ? 迷宮に行っていない時位私服で居なさい」


 神官服を着るのは義務ではない、神官の冒険者が好んで神官服を着るのは、迷宮での戦闘の際に、助けを求める側が他と区別しやすいようにとの配慮からだ。


 神殿に住む『シスター』達でさえ、プライベートでは私服で過ごす。神官服はあくまで仕事着、制服なのだ。


 また神官服は、その神官の序列に対して違う神官服があるわけはない、神官長も見習い神官も同じ神官服なのだ。

 ただ階位が上の神官はそれだけ長く神官をしている、経済的にも余裕のある彼らは自分達で神官服を改造したりしている。

 其処には見栄や自己顕示欲等が絡み、黙認されていることもあって、様々な刺繍や飾りを付けたり、こっそりその生地を他の物に入れ替えたりと、皆それぞれ工夫していた。


 例えば大神殿の大神官長等は、金糸銀糸で煌びやかに刺繍され、様々な装飾が足され、メグミの加工したノリコの神官服とは正反対のベクトルで原型を留めていない。


 故にヤヨイはノリコに改造された神官服を着るのをやめるように促したのだ。まだ見習い冒険者であるノリコが、上の階位の者の様に改造された神官服を着ると、『見習いの癖に改造した神官服を着るなど生意気だ!!』っと他の神官から反感を買う恐れがあるためだ。


 この反感は神官服であるから起こるのであって、私服で何を着て居ようと、それは個人の自由なのだ。だからこそ、神官たちも、そうシスターもプライベートでは積極的に私服を着て、無用な争いにならないように心掛けている。


 ただヤヨイや神官長のアイはこの改造神官服問題を、


「全く、くだらないわ、神官とは何を着ているかではなく何を成すかでしょう?」


そう一蹴し、自分たちは無改造の神官服を着るようにしていた。


「ヤヨイ様って本当にお母さん見たよね、ねえ、確かに孤児は沢山居るのかもしれないけど、自分の子供は欲しくないの?」


「メグミは自分の子供が欲しいのかしら?」


「そうねえ……女同士で子供って作れないの? こっちの世界は魔法とか向こうに無い技術があるんだからそんなことも可能なんじゃないの?」


「……昔、そんなことを研究していた人が居たわね」


「居たんだ! 流石は日本人ね、なんでも試してみる人が居るのね! で? どうなったの? 成功したの?」


「そうね、成功はしたみたいね、けどそれだけ、一般化はしなかったわね」


「なんで? 便利な技術っぽいけど?」


「その研究者はね、やり過ぎたのよ、女同士どころか、様々な魔物や他種族を掛け合わせて子供を作ってね、あまりに人道から外れる行為に、今は捕まって監禁されている筈よ。

 だから、その技術自体が今は禁止されているわ、さっきも言ったでしょ、命は玩具じゃないのよ、生まれてきた子供には親は選べないのよ?

 そんな興味本位で魔物とハーフにされて生み出された子供達……本人たちがそれを望むと思って?」


「むーーん、確かにそれはやり過ぎね、けど女性同士で子供ができるなら、私も子供が欲しいわ。

 ヤヨイ様だってそうでしょ? アイ様とヤヨイ様の子供とか、きっとスッゴイ美人よ?」


「そうね、少し興味があるけど、私もアイ様も少し、年を取り過ぎているわね、それにこんな私達の子供……その子が不幸にしかならないかもしれないわ」


 ヤヨイだって考えなかったわけではない、だが女同士の間に出来た子供、要らぬ差別を生まれた我が子に背負わせるのはヤヨイの本意ではない。

 ヤヨイとアイはお互いに姉、妹と呼び合うほど仲がいい、そう、仲が良いままもう数十年過ごしている。

 本人たちも周りも気にしていないが、この二人は実質夫婦みたいなものなのだ。


「年って、エルフに比べたら人族なんて子供みたいなモノでしょう? 気にしなくて平気だと思うけど?」


「そうですわヤヨイ様、問題は肉体的に子供を産めるのかって事だけで、その点はヤヨイ様なら問題ないのですし、御婆様なんて一万歳超えて子供を産んだんですよ? これはハイエルフでも可なりの高齢出産ですわ、それに比べたらヤヨイ様なんてまだまだお若いんですから。気にする必要はありませんわ」


「そうよね、エルフなんかの知り合いがいるとそんな事を気にするのがバカらしくなるわよね。千歳とか万歳の人が結構な人数で居るのだから」


「まあ子供は是非考えてほしいわね! 業務に支障が出るとかで秘密にしないといけない、自分で育てられないなら、なんだったら私が預かって育ててもいいわよ?」


 『白き月と夜の女神』の神官長ユイ様の場合相手が駆け出しの神官であるため、相手の成長を促すため。また要らぬ疑念、依怙贔屓などと言われないためにその付き合い自体を秘密にしている。

 その為、その娘も極秘で育てられている。

 相手の若い神官は夫だと堂々と名乗れるように、また、親子三人で暮らせるようにと、とても頑張っているそうだ。


 『青き月と闇の女神』の神官長セラ様の場合は、高司祭の彼氏とはお互いに立場がある為、喧伝してないだけで恋人同士なのは周知の事実だ。

 ただし、子供が居るのは秘密にしている、これは子供達本人に、誰が自分たちの親で有るかを秘密とする為だそうだ。


 親の七光り、親の影響を極力減らし、子供達には自分で自分の未来を決めて欲しいとセラ様が望んだためだ。

 子供たちは全寮制の学校に預けられ、親が居ることは知っていても、会うことは許されない。

 節目節目で、プレゼントを贈ったりしているみたいだが、よくそれで子供が納得するものだとメグミは思う。

 気になったので会った時にその本人に尋ねてみた。


「別に、親が誰でも私は私、関係ないわ。どうせ人様には公表できない人との間の子なんでしょけどね。

 不自由なく育ててもらっているのだから文句はないわ。自分の道は自分で切り開くもの!」


「寂しくはないの?」


「慣れたわ、それにね、私は最初は孤児院にいたの、あそこはね、本当にもう親のいない子たちが周りにいっぱいいるのよ?

 それなのに私には会えないけど親がいる、こうして支援してもらって贅沢な暮らしだってさせてもらってる。これで私が寂しいなんてそんな、それは贅沢よ!

 それにね、本当の親には会えないけど、けどね、私は自分のお母さんはアイ様やヤヨイ様だと思ってるわ。

 今でも偶に会いに来てくれるし、遊びに行ったら良くしてくれるのよ。だからちっとも寂しくない!」


「まだ幼いのに強いわね! その年でそこまで言えるなんて! あんたのこと気に入ったわ!」


「ところで貴方は誰なの? なんで平然とうちの寮のお風呂に入っているの?」


「気にしたらダメよ! 単なる通りすがりの者よ」


「通りすがりで勝手にお風呂に入ったらダメなんじゃない?」


「誰が決めたのよ? 私は知らないわ! あんたのお兄さんもそうだけど細かいことを一々気にしすぎね!」


「えっ??? お兄ちゃん? えっっ? 私お兄ちゃんが居るの?」


「あれ? 親のことだけじゃなくて兄弟が居ることまで秘密だったの? 困ったわね、いい? このことは二人だけの秘密ね! 私から聞いたって言ったらだめよ!」


「誰に言うのよ? 親には会えないのよ? それよりお兄ちゃんのことについてもっと詳しくっ!!」


「誰ってそりゃあ……アイ様やヤヨイ様にも話してはダメよ? 後お兄ちゃんのことは忘れなさい。男の事なんてどうでもいいわ」


「いやよ! 忘れないわ! いいから話しなさい!」


「くっ、親に似て頑固で高飛車ね! まあいいわ、今度許可とってからね! それで良いでしょ?」


「許可なんて下りるの?」


「小さい癖に、なんて賢い、これでまだ小学生? 末恐ろしいわね」


「胡麻化そうとしてるわね!」


「……また来るから今度ね! 今はダメよ。

 あんたのお母さん、ドSよりのドSだからね、勝手に色々すると何されるか分かったものじゃあないわ」


「それってそのまんまSよね? 怖い人なの?」


「どうだろ? 少し話しただけで、あんまり詳しくないのよね?」


「それだけでドSって特定出来るほどの酷いってこと? ねえあなた本当に誰なのよ?」


「ふっ、人に名を問うときは自分から名乗るのが礼儀よ! あなた名前は?」


「ねえ、名前も知らないで私に会いに来たの?」


「言ったでしょ? ただの通りすがりよ、一目で娘さんだってわかったら色々聞いただけよ?

 ここで会ったのは本当に単なる偶然よ」


「あなた何しにここに来たのよ?」


「そこに女風呂があるからよ? 決まってるでしょ?」


「………もう色々とどうでもいいわ、細かく突っ込んだら負けなのね、いいわ私の名前を教えてあげる、『アン』よ、多分本当の親が付けてくれた名前」


「『アン』、うん、いい名前だわ。私はメグミ! 覚えておいてね!」


「えっっ!! 本当に名乗った?!」


「えっ? 聞いてきたのはあんたでしょうに?」


「いや、名前から色々ばれて困るとか考えないの?」


「ばれても少し恨みを買うだけで無視してれば平気じゃない?」


「こんなところで勝手にお風呂に入ってるのに?」


「何も問題ないわね!」


「小学校の女子寮の女風呂に忍び込んでいるのに?」


「私だって女よ? それに忍び込んでないわよ? 堂々と一番風呂を頂いているわ!」


「もしかして本当のお母さんの周りって変な人しかいないの?」


「さぁ? 私もあまり詳しくは知らないわね」


「お兄ちゃんまで知っているのに?」


「あんたのお兄さんとはあんたと同じで偶然会っただけよ?」


「えっ!! メグミって男子風呂にも忍び込んでるの!?」


「酷い誤解だわっ! なんで男子風呂なんかに入るのよ! あんたのお兄さんとは迷宮で会っただけで、しかも少し立ち話しただけ! 男子風呂なんて、想像しただけで吐きそうよ!」


「よくそれで私のお兄ちゃんだってわかったわね?」


「あんた達、母親の影響が強いのよ、そっくりだわ、一目見ればわかる程度に親に似てるのよ」


 メグミの場合『気』の色が見える、セラ様は少し特殊な色をしていたのだが、その特殊な色をこの兄妹は引き継いでいた。


「そうなの? けど人違いってことは?」


「無いわね、だってあんたの言ってたことと同じことを、お兄さんも言ってたもの、あんた達間違いなく兄妹だし、あの人の子だわ」


「けどそうなのね、私のお兄ちゃんて冒険者になったのね」


「しまった……余計な情報を与えすぎた……じゃあ今日のところはこの辺で引きあげるわ」


「ふふっ、またねメグミ」


「ええ、またねアン! 次に会うまでにもう少し、そうね揉んで楽しくなるくらいまで成長しなさいね?」


「ほっといてよ! 背中流すだけって言いながら色々洗ってたけど、やっぱり揉んでたのね!!」


「揉めなかったから文句言ってんでしょうが!!」


「なっ……! 逆切れ!! 私は成長期よ! 見てなさいよメグミ、絶対追い抜いて見せるわ!」


「ええ、楽しみにしてるわ!」


「そうだ、ちょっと待って! お兄ちゃんの名前も教えなさい!!」


「えっ?? あれ?? ああ、聞いてないわ、思い出せないからどうしたのかと思ったけど、全く興味なかったら名前とか聞いてないわ」


「……今度会ったら聞いておいてよね!!」


「興味ないんだけど? ……わかったわよそんなに怒らないでよ! まったく年上を扱き使うなんて、本当にあの人の娘らしいわ」


 とまあ、アンの場合は少し特殊だが……地位の有る立場にはそれなりのリスクが伴う。ヤヨイが子にそのリスクを及ぼさない為に、育てることが出来ないのなら、引き受けても良いとメグミは本気で思っていた。


「今は他で忙しくてゆっくり子供を産んでいる時間がないわね、まあ本当に子供が欲しくなって、預けるような事になったら頼むかもしれないわね」


「その場合、アイ様が産むの? ヤヨイ様? どっち?」


「どっちでしょうね? そうね、どっちなのかしらね………」


 長生きだといってもエルフほどではない、あまり悩んでいる時間はないと思うのだが………


「そういえば長生きでもエルフだって病気に成るんでしょ? よくそんなに生きられるわね?」


「先程ヤヨイ様が説明してくださったでしょ? エルフの都はこの地域よりも更に病気や怪我の治療技術が進んでいるのですわ、ですから病気で亡くなるエルフは居ませんわ」


「少し不思議なんだけど、記憶ってどうなってるの? そんな長い人生の記憶を覚えていられるの?」


「メグミちゃんは赤ちゃんや小さい時の事をどの程度覚えてますか?」


「そうね、美人の看護婦さんが居た事だけは覚えてるわね!」


「えっ? それって何時の話なの?」


「多分生まれて目が開いた辺りじゃないかしら? 綺麗な看護婦さんが抱いて洗ってくれたのを覚えているわ」


「凄いわ、えっ、そんな事覚えているものなのかしら? あと今は看護婦じゃなくて看護師よ?」


「偶にそんな人が居るって言うのは聞いたことが有りますわ、完全記憶能力でしたっけ? メグミちゃんはもしかしてそれですか?」


「そんな便利な能力が有るの? 私の記憶は綺麗な女性に限られてるわ、あと看護師よりも看護婦の方が萌えるのよ、どうしても駄目なら最悪『ナース』でも良いわ」


「……生まれた直後から歪みないですわ」


「メグミのそれは病気じゃないから治せないわね、いや……もしかして不治の病なのかしら?」


「今度儀式魔法で調べてみますか?」


「随分酷い言われようね、良いでしょ? 誰にも迷惑をかけていないわ!」


「記憶って不思議な物なのね、私は……小さい時の記憶は曖昧だわ、けどお母様の事だけは良く覚えているわね」


「記憶って言うのはそう言った物ですわ。昔の事はどんどん曖昧に、忘れていくものです。エルフも同じですわ、一定期間より前の記憶は曖昧です。まあだからこそ、記録、自分の記憶以外の場所に、記録として書き留めてそれを補完するのですけどね。

 御婆様なんかもそうですけど毎日、日記を書くのはエルフの習慣ですわ、大切な記憶も膨大な年月に薄れてしまいます。けど日記が有れば思い出すことが出来るでしょ?

 大切な記憶は忘れない様に定期的に思い出しているんです」


「素敵な話ね、そうよねティタ様もクロウさんよりも確実に長生きですものね。

 きっと日々の幸せな記憶を書き留めているのね」


「まあ外部記憶魔法球もあって、そちらに記憶を定期的に記録もしてますわ、流石に500歳を超えたあたりから脳の記憶容量をオーバーするって言ってました。

 外部記憶魔法球であればその時の記憶のまま容量を気にせずに記憶できますし、収納空間に保存しておけば何時でも記憶を呼び出すことも出来ますからね」


「……」


「ノリネエ仕方ないわよ、私達とは寿命の尺度が違うのよ、確かにロマンチックだけど日記だけとか流石に無理があるわよ。

 そうなのね、けどこっちに召喚された日本人の寿命ってどうなってるの?

 割と年寄りも居るけど、余り死んだって話は聞かないわね」


「ああ、そうね、老衰で死んだ人はまだいませんね。

 最初期組のクロウさん達でさえまだまだ元気ですからね。本当に私達は何時死ぬのかしらね?」


「こっちの現地の人族には寿命が有るんでしょ?」


「5街地域の平均寿命は伸び続けていますよ、まあ冒険者でない一般の市民は平均で90歳位なのかしらね?

 他の国でも冒険者は長生きみたいね、恩恵のお陰かしら? けど一般市民で70歳を超えて生きている人は稀ね」


「他国は5街地域程、医療技術が発展してませんからね、エルフとの交流も有りませんし、普通に病気で死んだりしてますわ」


「お金持ちでも?」


「多少の病気で有れば、他国でもお金さえ積めば何とかなるのでしょうけど、一定以上の病気の治療にはやはり知識や技術が必要ですからね。

 ただ本当にお金持ちの場合、この地域まで治療に来ていたりしますね。

 あと最近では日本人以外の召喚者の国が出来てます、その『L・L』や『ライヒベルリン』等も医療技術が優れていて、治療のために他国から患者が訪れるみたいですわ。

 『L・L』は何方かと言うと工業方面、ドワーフと気が合うみたいでそちらが発展していってますが、特に『ライヒベルリン』はエルフとの交流でその医療技術を学んで急速に発展していってますね」


「この世界って健康保険とかどうなってるの? そんなものあるの?」


 健康優良児のメグミは病院に行ったことが無い為、こちらの診療システムを知らないのだ。


「この地域の住人であれば保険が適用されますよ、毎月税金と一緒に保険代も徴収されてますからね」


「ねえ、召還された私達は? 見習いだからまだ税金とか払ってないわよ?」


「冒険者は強制的に冒険者組合の保険に加入させられます。ですから見習いでも保険が適用されますわ」


「保険が適用されるのは良いけど強制って何なの?」


「見習いの期間は無料ですからね、制度を悪用する人対策ですよ」


「悪用?」


「他国の人が見習い冒険者になりに、この地域に来る事は良くあることですわ。この地域は教育や技術が進んでますからね。

 しかし、この地域で冒険者になった者には一定期間、この地域の冒険者組合に所属して、その期間税金を納めなければならないんです。

 まあ見習い期間の各種特典は当然、この地域の人々の税金や、先輩冒険者の納める税金で賄われているわけですから。これも当然と言えば当然の事です」


「ふむ、まあ分からない話では無いわね」


「そこでこの制度の問題が出てくるわけです、見習い冒険者になりたいと言って、病気の者が治療の為だけにこの地域に来るわけです。

 加護の『裁きの天秤』等で嘘は見破れるのですが、全ての見習い希望者に掛けて回るわけには行きませんからね」


「病気なんでしょ? 見習い冒険者に成るのを断れば良いんじゃないの?」


「病気が治ってから一定期間貢献してくれるのなら別に病気の者であっても問題無いんですよ。

 だって治療すれば健康体になるんですから、ね? 何も問題ないでしょう?

 寧ろ近隣の国の難民や、食いつめた者達、逃げてきた農奴等を積極的に保護してますからねこの地域は、全くの健康体である方が珍しいですわ」


「随分と人の良い話ね」


「召喚者をコレだけの人数、召喚し続けてるって事は、それだけ人手が足らないって事でもあるんですよ。

 それに迷宮が有るのはこの地域だけでは有りません。この地域で立派に育った冒険者が自分の国に戻って魔物を討伐してくれればそれはそれで助かるんですよ。

 魔物の討伐報酬は他国からも払われています。それは自分の国の迷宮の魔物も討伐して欲しいとの要請があり、それの対価として払われている側面もあるんです。

 この地域の冒険者が他国の迷宮に要請されて魔物を討伐に行くのは良くあることなんですよ」


「けどそんな他国て喰いつめた人達が真面な冒険者に成れるの?

 とても戦闘向きとは思えないけど?

 それに虐げられていた自分の国に帰るのかしら?」


「そう言った人達は自分の国に帰る必要はないのよ、この地域の開拓村で農業をしながら村の周辺の魔物を退治する自警団に所属するなんて道も有るわ。

 迷宮に入って魔物を討伐する事だけが冒険者の仕事ではないですからね。

 そんな生き方も有るの、だからこの地域は来るものは拒まずに、どなたでも受け入れるわ」


「……それって大地母神様の教えが色濃く反映されてませんか?」


「否定はしません、けれどこの地域に住んでいる者の総意でもあるわ。

 メグミ、貴方はこの栄えた状態のヘルイチしか知らないから実感が無いのかもしれないけど、この地域はね、世界中の国々、人々から捨てられた、そんな土地だったのよ。

 この地域に住んでいる人達もそう、世界から捨てられた民だったの。

 魔物の暴走があったでしょう? 周辺の国々が滅んで、迷宮に魔物を押し返したと言っても、この周辺には魔物が跋扈してましたからね。

 一獲千金を夢見る冒険者以外、誰も近寄ろうとしないそんな土地だったのよ」


「『大魔王迷宮』があるヘルイチ周辺は特に魔素が濃いですからね。

 だれもスキ好んでこんな土地に住みたがらない、まさに地獄の様な荒れ果てた土地だったと聞いてますわ」


「実感がわかないわね、長閑な田園風景の広がる今とはまるで違うわね?」


 長閑な田園は広がっているが、この地域は魔素が濃い、農作物でさえ突如、魔物化するのだ。

 他国からしたらそこに平然と住んでいるのが信じらない様な魔境である。

 そんな魔物化した農作物、害虫や家畜を狩る冒険者が常駐しているからこそ、この地域で人々は生活していけるのだ。


 畑の魔物の討伐は見習い冒険者の最初の仕事である、余り強くないそれらの魔物と戦って魔物との戦闘に慣れる、まあちょっとした腕試しになる。

 それにペット達もこの討伐に貢献している、夜間農場に預けられたペット達が畑に侵入してくる、また発生した魔物を狩っているからこそ作物が育つのだ。


 それらの力が無ければこの地域には人は住めない。


 他の地域にも魔物は沢山いるが、流石に農作物が魔物化するようなことはない。人の生活圏に侵入してくる魔物はゴブリン位なものだ。

 他の地域とは魔物の発生頻度が全く違う、それがヘルイチ、『大魔王迷宮』を中心にした街なのだ。


「そうね先人の方々の努力の結晶が今のヘルイチや5街地域よ。

 そう、だからこそ、同じように捨てられている、虐げられている人々をこの地域の人達は見捨てては置けないのよ。

 彼らも元々はそうなのよ、他国から逃れてきた人達と日本人、そしてこの地に見捨てられた難民、そんな人達で構成されているのが5街地域なの。

 嘗ての自分達と同じ境遇にある人達をこの地域の人々は見捨てられないのよ」


「この街の人達が優しいのはそんな経緯が有るからなのね、けどそれだと不正利用にはならないでしょ? 悪用じゃないわよね?」


「そうね、ちゃんとこの地域の住人になってくれる人や、冒険者として活躍してくれる人は問題ないわ。

 けどね、他国の人の中には、治療費を浮かせたいって動機でこの地域で冒険者見習いになって、治療が終わるとそのまま自分の国に戻って素知らぬ振りをして税金を納めない不逞の輩も居るのよ」


「まあ何処にでもそう言った人は一定数居ますよね、それこそ便利な制度が有れば悪用する輩はどうしても出てくるわけですわ」


「そう言った場合どう対処するの? 何だか対処の仕方も決まってるような言い方ね?」


「ええ、もちろん決まってます。そして、そこでこの強制加入が生きてくるわけですよ。良いですか、冒険者組合は入るのは簡単です、しかし、抜けるのは大変なんです。不正利用するような人にはほぼ不可能と言っても良いでしょうね」


「そうなの? え? 私達不味ったの? 不味い組織に強制的に加入させられたの?」


「普通にしてれば何も問題ないですよ。冒険者組合を抜けるには、脱退費用を納めるか、一定期間に一定以上の貢献をする必要が有ります。

 不正利用した人達にはどちらの条件も満たすことは困難でしょうね」


「そうなるとどうなるの?」


「そこはほら賞金稼ぎや税金徴収官の出番になるわ、組合に所属して居ながら組合に税金を納めない人の所には彼らが出向いて税金を徴収するのよ」


「その賞金稼ぎと税金徴収官の違いは何なの? 税金徴収官はまだわかるけど賞金稼ぎはなに? なんだか物騒よね?」


「この地域で、その規則に従わずに悪質な行為をした者が、出頭命令に従わずに逃走した場合には、その首に賞金が懸けられるんです。

 またこの地域で犯罪を犯した者で同じく逃げた者にも、その首に賞金が懸けられます。

 その賞金目当てで犯罪者を捕まえるのが賞金稼ぎですね、この地域の場合、相手の生死を問わずにってところがミソですわ。蘇生出来ますからね、余り遺体が傷んでなければ賞金が出ます。

 まあ賞金額が低い場合には生きた状態で捕らえる様に条件が付くことが有りますが、少額の賞金首自体が稀ですわ」


「5街会議は例え他国で有ろうと、どこに隠れようと見つけ出して税金を徴収するわ。

 無論保険代も一緒にね、余り悪質だと賞金が懸けられて、それこそ死ぬような目に遭ってもらうし、不正利用は決して許さないわ。

 この制度を導入してから不正利用者は今の所ゼロね、たとえ不正利用をしようとしても税金は徴収出来てるから問題は無いわ」


「そうなの? けどそうなると賞金稼ぎや税金徴収官の人達は仕事が無くなるんじゃない?」


「賞金稼ぎや税金徴収官は人気のクエストですよ? そんな職業の人達が居るわけではないですわ、冒険者がそれを請け負うんです」


「わざわざ他国にまで出向いて税金を回収するんでしょ? 面倒そうな仕事なのに何で人気なの?」


「居場所は組合に加入した時点で特定できるようにされてますからね、『探査』の魔法でマーキングして『追跡』の魔法で直ぐに特定できます。

 移動費用は当然経費として認められますし、ちょっとした物見遊山気分で引き受ける冒険者が大半ですね。

 居場所の分かっている一般人の不正利用者から税金を取り立てるだけの簡単なお仕事なのに旅行が出来て、更にお金と貢献が稼げますからね。

 魔物相手よりよほど楽で美味しい仕事ですわ」


「簡単なの?」


「簡単ですわ、不正利用者の家に行って、その目の前に剣を突き付けて『税金を滞納されてますよ? 払っていただけますか?』と言うだけですもの」


「脅しじゃない! 借金取り立てのゴロツキとの差が無いわよ!」


「『不正は断固許さない』これを見せ付ける事が大事なのよ。自分の国に帰りさえすれば安全で取り立てにも来ない、なんて甘い考えは捨てさせることが目的ですからね」


「よくそんな事して他国と問題にならないわね?」


「それ以上に他国と問題起こしまくっていますからねこの地域は、そんな些細な事に、今更目くじら立てたりしませんわ」


「先ほども言ったでしょ? 賞金首は殺しても構わないのよ。

 例えそれが他国の王族であってもこの地域で賞金首に成ったら、この地域の冒険者はその賞金首となった王族を捕らえに行くわ。例え殺してでもね。


 良くいるのよ自国の家臣だからと、この地域でも自国と同じように無茶をする王族が。

 例えその王族の家臣相手で有ろうと、この地域ではこの地域の『法』が適用されるわ。


 以前、無理やり侍女を酒場で犯した馬鹿な王子が居てね、陪審員は全会一致で死刑判決を出したわ、けどねその王子、そのまま国に逃げ帰ったのよ」


「何がしたいのよその王子は? もしかして大衆の面前でそんな事してたの? 酒場で自分の侍女と? 胸糞は悪いけど宿屋でコッソリやればいいでしょ?」


「自国でも評判の悪い王子でね、弱者を甚振るのが大好きなのですって、その時も嫌がる侍女を犯すのを酒場の客に見せ付けて悦に入っていたそうよ」


「クズ野郎ね、死ねばいいのに!」


「ええ無論殺したわよ? 首に賞金を懸けてね、結構高額でしたからね、皆さん競うようにその国の王城に乗り込んでね。

 抵抗を蹴散らして瞬く間に捕えて、この地域に連れ帰った後で、そうね四肢を引き裂いたり、あそこを引き千切って豚に食べさせたりと、そんな感じで色々拷問した後で殺したわね。

 ああ大丈夫、遺体は送り返したから、何とか蘇生したみたいよ?」


「……あのヤヨイ様? あれ?? そこまで? 他国の王子ですよね? 外交特権とか治外法権とかないの?」


「言ったでしょう? この地域ではこの地域の『法』が適用されるのよ? 国として他国に認められてないのよこの地域は、だから外交特権もないし、治外法権も無いわ。

 それに性犯罪には厳しいのよこの地域は、レイプ犯は拷問した上で極刑が下されるわ、当然の報いね。

 その後の報告ではすっかり大人しくなって居るみたいよその王子」


「怖いわっ、この地域コワッ! よくそんな事して国際問題にりませんね?」


「なったわよ? それがどうしたって言うの?」


「メグミちゃん、この地域はね、他の国からは、特に歴史のある立派な国からは内心馬鹿にされているんですよ。

 さっきヤヨイ様が言ったでしょ? 『捨てられた土地に住み着いた蛮族達』位に思われているんです。

 だからこそそんな無法をする王族が冷やかしに半分に訪れたり、少し豊かになったこの地域に難癖をつけて色々集ろうとして来たりするんです」


「そうねサアヤの言う通り、今でもこの地域は一段下に見られているわ、特に貴族や王族と言われる人々からはね。

 だからこそ決して無法は許さない、この地域に下手に手を出したらどうなるか思い知らせる必要が有るのよ、国際問題に成ってごちゃごちゃ言って来てもね、聞き流せば良いだけなのよ」


「メグミちゃん、この世界では戦争は150年前くらいから行われていません。

 けど、この地域はここ十数年だけでも2つの国を滅ぼしていますからね」


「滅ぼしたって、それってもう戦争でしょう?」


「どう考えても戦争にしか聞こえないわよ、サアヤちゃん」


「戦争ねぇ、そうねもう少し戦力が拮抗していれば戦争と呼べるのかもしれないけど……」


「この地域に喧嘩を売った国に冒険者達が乗り込んで行って、王を捕らえて首を刎ねるだけですからね。

 抵抗? 出来ると思いますか?

 この地域の冒険者の戦闘能力は圧倒的ですわよ? 王城に直接乗り込んで瞬く間に占拠してしまいますからね。

 その国の軍隊と戦闘にもなりませんわ、これで戦争と呼べますか?」


「そこまで差が有るの? 他国にだって冒険者は居るでしょ? それに王城なら近衛兵に守られているでしょ? 近衛兵っていったら精鋭でしょうに?」


「この地域の冒険者の装備を考えてください、魔剣、魔法剣、聖剣、そんな武器を装備して、魔法の鎧を着こんでいるんですよ?

 他国の武器など容易に切り裂きますし、他国の武器ではこの地域の冒険者の鎧を切り裂けません。

 魔法は皆無詠唱で連発しますし、魔法や毒などに対する抵抗力も桁違い。

 最初から勝負になりませんよ、オークにすら手古摺っている他国と、ドラゴンでさえ易々と狩る様なこの国の冒険者、これでどうやって勝負するんですか?」


「他国の人もこの地域で冒険者見習いに成れるんでしょ? この地域で学んで他国に戻って行った人達がその国で精鋭に、近衛兵に成ったりしないの?」


「メグミちゃんは他国で、偉そうなだけの貴族の下について、安月給で扱き使われたいですか?」


「御免被るわね!」


「この地域に学びに来た他国の人で自分の国に戻って士官する方は……皆無とは言いませんがほぼ居ません。

 偶に貴族の子弟の方も学びに来たりしますが、その方達でさえ、大抵が途中で挫折するか、そのまま此方に居つく方が多いのが現状です」


「貴族の子弟でも?」


「この地域に学びに来る貴族の子弟はほぼ二種類のパターンに分類できます。

 本物の裕福な貴族の子弟が箔をつけるために学びに来るパターンと食い詰めた貧乏貴族の子弟が箔をつけて士官する為に学びに来るパターンです」


「どっちも志が低いわね? それに結局は箔をつけるのが目的なのは変わらないのね?」


「まあそうですわ、で前者は先ず殆どが途中で脱落します。まあ脱退金は払っていただけるので組合としては損はないそうですけど、そうですよねヤヨイ様」


「そうよ、お金払いの良い、中々お得なお客様ね。甘やかされて育った温室育ちの坊やが魔物と戦えるとどうして思えるのか不思議だわ?

 武器や防具を揃えただけで戦えると本気で思い込んでる節が有るのが見ていて笑えるでしょ、オホホ」


「この地域の上層部って中々良い根性してますよね、それでも武器が流出するでしょ?」


「貴族の武器を見る目なんて嵩が知れてますよ、二流や三流の武器を買ってくれて不良在庫が捌けるので、この地域の鍛冶師や武器屋から返って歓迎されてますね。

 実用性よりも見た目ですからね、出来の良くない武器を少し派手に装飾しているの見たことありませんか? あれが貴族用です。

 あんなのでもホイホイ買って下さる、大事なお客様だそうです」


「それにね、武器や防具はメンテナンスも重要でしょ? 他国に持って帰っても、そのメンテナンスをどうするのかって点が重要なのよ。

 貴族が自分で武器のメンテナンスをすると思う?

 彼らは剣の精霊に嫌われるようなことしかしないのよ、まあこの地域で真面にメンテナンスしている武器の半分以下の実力しか引き出せないわね」


「……なんだかこの地域の人達が悪辣に思えてきたわ、優し気に見えて結構底意地が悪いわね、それに武器が可哀そうな気がするわ」


「武器に寿命は無いわよメグミ、そしてそんな武器でも、下賜されて真面な武人の手に渡れば、ある程度真面にメンテナンスしてもらえて、それなりの威力を取り戻すでしょ?

 その時に活躍してもらえば良いのよ、剣の精霊は人とは時の感じ方違うから気にしなくても大丈夫よ」


「武具なんて独占してもその内何処からか流出するモノですわ。重要なのは武具だけじゃあないでしょ? 

 武具は、造る人、メンテナンスする人、使う人、全部そろって初めて100%力を発揮できるんです。

 どれかが欠けるだけでも1/3の力が失われるんです。それにそんな武器でも魔物退治の役に立ってもらえればそれはそれで、世界全体としてみれば良い事ですわ」


「そんなものなのね、まあ師匠達も使い手を選んで武器を造ってるみたいだし、良い武器はそう言った人達の手には渡らない様に出来ているのね」


「この地域では武器屋も相手を見て売る商品を決めてますからね、幾らお金が有ってもこの地域では、鍛冶師や武器屋に認めて貰えないと、良い武器は買えない様になっているんですわ」


「フムなるほどね、前者は分かったわ、けど後者は?」


「先ほども言いましたが、安月給で士官するのと、冒険者として、実力に見合った報酬を得るのと、どちらを選ぶかって事ですよ。

 貧乏な貴族の子弟が国に戻って士官する、志はまあ割と立派ですが、さて貧乏貴族の子弟が何処まで出世できますかね?

 実力があればあるほど、冒険者として暮らした方が、下級貴族として小金を稼ぐよりもよほど儲かりますからね。

 本人が居つくどころか家族を呼び寄せて暮らしている方も多いですわ」


「その元の国が家族を人質に取って脅したり、家族の出国を妨害したりするんじゃないの?」


「そんな事をすれば、この地域の冒険者が出向いて行って救出しますわ。

 仲間の家族を人質に仲間を脅している人達をこの地域の冒険者が許すと思いますか?」


「この地域の冒険者は本当に無双してるわね、下手に逆らえば滅ぼされるし、手の者を送り込んだら取り込まれるしで散々ね他国は」


「そうよ、だから税金の取り立てで少し位脅すことなんて大したことじゃないのよ。

 直ぐに払えないのなら分割だって応じているのよ? 払う意思を示さない悪質な不正利用者を多少脅したところでそれがどうしたって言うの?」


「怖いわ! 無茶苦茶してるわね、この地域は!」


「大変! メグミちゃんが常識人みたいなこと言ってるわ!?」


「私は常識人よ!」


「どの口が……まあ良いですわ、他国との関係は嘗められたらダメなんですよ。

 この地域はここまでやるぞって見せ付ける事が大事なんです」


「大地母神の慈悲の心は何処に忘れたのよ? やってる事がゴロツキの縄張り争いと大差ないわよ?」


「何言ってるのメグミ、最初に話しましたよ? 困っている人を見捨てたりはしないわ、神の御心に何も恥じることなく、私達は勤めを果たしているわよ?」


「不正利用されて、そのツケを支払わされるのは、一般のちゃんと税金や保険代を納めている冒険者ですからね。

 それに腕に自信が無くても、薬草採取やその他の仕事で冒険者組合に貢献して真面目に税金を納めている冒険者も一杯います。

 病気や怪我は治しますし、仕事の斡旋もします。その人の適性合わせた色々な仕事が有るんです。払う気が有るのでしたら、普通に生活しながら払える額なんですよ?

 他国に比べてこの地域の税金は圧倒的に安いのですから」


「はぁ、まあ良いわ、要するにこの地域はその医療技術も進んでいて、医療体制も制度も万全で、その不正に対しても万全の対策を講じているから、こと健康に関しては何も心配ないって事なのね?」


「そうね、貴方達は後顧の憂いなく全力で魔物の討伐に打ち込めば良いだけよ」


「けどヤヨイ様、魔物を討伐するに当たって現場での治療は必須です。もっと治療関係の能力を向上させないと……」


「流石はノリコね、その通りですよ、さあ雑談はここまで、メグミも自分で『治癒』位は使える様にならないとダメよ?」


「ねえヤヨイ様、もう少し、何も考えないでもスパッと治す方法は無いの? 一々傷口を確かめながら治療するのは面倒よ、それに戦闘中には使えないでしょ」


「そんな方法もあるけど、貴方達にはまだ使えませんよ? まだまだ、徳も基礎魔力も足らないでしょ?」


「今覚えれる加護や魔法を組み合わせて如何にかできないの?」


「そうねえ、そんな方法があったら私が知りたいわね」


「メグミちゃん、千里の道も一歩からよ、頑張って覚えましょうね、応急手当に使える医療知識は有っても邪魔にならないでしょ?」


「うへぇぇぇ、なんだろグロイのよねこの解説書、そう言えば、その度々でてくる、貢献って何?」


「うっ、また話題が逸れてる! まったくもう! まあ良いですクエストの難易度や魔物の討伐によって付与される、貢献ポイントの事ですわ。

 これが貯まるとクラスが上がったり、発言権が増したり、各種特典を受け取れたりと、支払われる報酬以外に付く、そうですね、ボーナス見たいなものですわね。

 そしてこれが一番重要なのですけど、この貢献ポイントを稼ぐと、税金が減額されていくんです。凄く一杯稼ぐと免除されたりもするんですよ」


「それで先輩冒険者達が口々に貢献を稼ぐとか言うのね、なるほどね」


「ほらメグミ、雑談は終了! 講義を進めますよ!」


「はいはい」


「はいは一回!!」


「うぅ、はい……」



 この『雫』の『命の蜜』こそ、メグミの望む、患部を確認しなくても負傷箇所を的確に治療する方法の一つだ。

 ただしそれには『雫』のような精霊と契約しなければならないと言う条件が付く。


「何で『雫』の『命の蜜』は患部を特定しなくても効くのかしらね?」


「そうね、不思議よね? 何故なのかしら?」


「お姉さま、『雫』ちゃんがサポートしているからですわ、お姉さまが把握して居なくても『雫』ちゃんが患部を把握して、そこに治癒力を集中して、更に自己治癒能力を高めているから効果が高いんですよ。

 『命の蜜』は一見、その蜜が傷を癒している様に見えますが、アレは単なるマーカーです。口から入る際に違和感が無い様に甘くなっているだけです。

 経口摂取された蜜は即、体内に吸収されて、患部を見つけ出してそこにマーキングします。

 それを『雫』ちゃんが確認してそこに治癒力を送り込み、同時に自己治癒能力を局所的に高める事によって傷を癒すんです。

 『命の蜜』はその仕組みから特に内臓等にダメージを負った場合に素晴らしく治癒能力の高い、複合精霊魔法ですわね」


「そうなの? やるわね『雫』」


「なんでサアヤちゃんはそれを知ってるの?」


「精霊の補助を受けての治療はエルフの医師や治療術師では普通ですからね、エルフは精霊と仲が良いんですよ。様々な精霊の力を借りて、治療を施します」


「へえ、例えばどんな?」


「水の精霊と協力すれば、体内の毒素を浄化できます。体液の殆どは水ですからね。

 また火の精霊に御願いして、活性化をすることも出来ます。生命活動はいわば熱の放出、活性化することで自己治癒能力を高める事が出来ます。

 また悪性の腫瘍を氷の精霊を使って活動を押さえたりできますね。

 あと風の精霊は癒しをもたらす、『癒しの風』等が使えますし、地の精霊も『大地の恵』と呼ばれる治癒が使えます」


「あれ? ノリネエの『雫』は? 『命の花の精霊』の精霊よね?」


「『雫』ちゃんは可成り特殊な精霊なので、一般的じゃありませんわ。

 特に治癒に特化した『命の精霊』系統は極めて珍しいですわね。とても繊細で気難しい精霊なので契約すること自体が難しいとされてますわ。

 エルフでも契約出来た人が殆ど居ません、しかし全くいない訳ではありません。特に一流の治癒術師と呼ばれている人が契約している精霊ですわね。

 契約できたから一流に成れたのか、一流になる才能が有るから契約出来たのかは、はっきりしませんが…………人族で契約出来たのはもしかしたらお姉さまが初めてかもしれませんわね」


「命の精霊ねえ? なんか『雫』と微妙に違わない?」


「『雫』ちゃんは『命の精霊』の中でも更に特殊で、無属性の『命の精霊』に癒しの効果のある、風と地の属性を取り込んで、木の属性も含んで居ると言った、治療特化型の特殊精霊ですわ。

 私も御婆様に聞いたりして色々調べたんですけど、『命の花の精霊』と契約出来た方は、エルフを含めて恐らく史上初かと……」


「けどそれで良く『命の花の精霊』だって分かったわね? 『雫』が自分でそう言ったの? ノリネエ」


「いいえ、『雫』は物静かな子ですもの、自分から名乗ったりしなかったわ。

 サアヤちゃんが教えてくれたのよ」


「『精霊鑑定』で種族が判明したんですよ、けどそこからが大変でしたわ。

 『アーカイブ』に登録されているって事は、誰かが見たことのある精霊の筈なんです。

 けど、どんなに調べても、『命の花の精霊』と契約した方が居ないくて……『命の花』自体、とても希少な花で、エルフの聖域に極僅かに生えているだけと言うのは調べたら分かったのですが……

 他に手がかりも無いのでその花を調べて貰ったら、その花に宿っている精霊が『命の花の精霊』でしたわ」


「『命の花』に宿った精霊なんでしょ? そんな花はこの辺りには無いのに、何で『雫』はノリネエの前に出て来れるの?」


「確かに普通、モノに宿った精霊は、そのモノに縛られてそのモノの傍から離れられません。

 剣に宿った精霊がいい例ですわね。その宿った剣と常に共にいますわ。

 他の精霊、例えば炎の精霊なんかも、出現するには、精霊界と此方を繋ぐ門となる火種の様なモノが必要、その精霊の依り代と成るものが無いと出現出来ない筈なんです」


「そうよね? 私の『紅緒』も『着火』の魔法で門を開いてから呼び出してるし」


「ただ『雫』ちゃんは『命の精霊』でも有るので、門自体は生き物、お姉さまが生きているのですからそれだと思いますわ、ですから門自体は常に繋がってます。

 一番の疑問は、モノに宿る、花に宿る精霊が、何故花も無いのにお姉さまの呼び出しに応じて現れるのか? ですわ。普通あり得ません」


「何故だか分からないの?」


「ハッキリと原因が特定できてませんわ、ただ御婆様は『相性が凄く良いのよ、ノリコちゃんと『雫』の相性が抜群に良いの、だからノリコちゃんが居る限り、『雫』は何処にだって現れることが出来るわ』と言ってましたわ」


「何なのかハッキリしないわね? ノリネエは『雫』から特に何も聞いてないの?」


「あの子あまり余計な事を喋らないのよ、何時も肩に座ってニコニコしてるだけね」


「御婆様のヒントを下に考察したのですが、樹の精霊に『ドライアード』が居ますよね? 『雫』はそれに近い精霊何だと思います。だって『花の精霊』でも有るわけですからね。

 樹の精霊の『ドライアード』は少し特殊なんです。なにせ宿っているのが生き物、植物ですからね。

 植物、樹そのものが半精霊化した場合『エント』に成ります。これは『ドライアード』とは違った、妖精に近い別の種族です。

 宿った樹そのものが『ドライアード』なので無く、その樹を気に入って宿ったのが『ドライアード』なんです」


「ん? じゃあ樹が枯れたり、切られた場合どうなるの?」


「そこなんですよ、モノに宿った精霊は、その宿主、モノが壊れても、死んだり消滅するわけじゃあ無いんです。

 精霊界に戻って、又自分の気に入ったモノが現れるのを待つのだと言われてます。

 『ドライアード』の宿った樹は非常に長命で、人が死ぬまでに枯れる事が無いので、樹そのものが『ドライアード』だと思い込んでいる人も多いですが、違うんですよ。樹と『ドライアード』は共存共栄の関係で別の生命なんです。

 それに『ドライアード』はある程度の距離ならその宿った樹から離れて行動したりもします」


「ある程度離れて存在できるってのは分かったけど、『雫』の場合、離れすぎでしょ?」


「そこですね、けど御婆様の相性が良いって言葉がそれに関係するのだと思いますわ。

 『命の花の精霊』である『雫』は、本来『命の花』に宿る筈だったのですが、ノリコお姉さまの事が気に入って、ノリコお姉さまに宿ったんじゃないでしょうか?」


「そんな無茶苦茶有りなの? え? ノリネエに『雫』は宿っちゃってるわけ?」


「有りなんじゃないですか? なにせ精霊は自分の気に入ったモノに宿るわけですから、その相手が偶々、植物か人間か位の差しか有りませんもの」


「『命の花』は何処に行ったのよ! それじゃあ『ノリネエの精霊』に成っちゃうでしょ?」


「『命の花』そのものが半分精霊見たいなものなので、それに近い性質のノリコお姉さまを『命の花』と認識して宿っているのではないでしょうか?

 若しくは『雫』を宿したことにより、ノリコお姉さまは『命の花』の性質を取り込んだのかもしれません。

 だってお姉さまが『雫』を使うと『雫』からも良い花の香りがしますけど、お姉さまからも良い花の匂いがしますよね?」


「言われてみればそうね……とても良い匂いがするわね」


「そうなの? え? そんなに匂ってるの? 香水付けすぎ見たいな感じなの?

 私は自覚無いんだけど? ホントに?」


「自分の体臭って本人は無自覚なものよ、鼻がその香りに慣れて匂いを感じなくなるのよ、けどそんなにキツイ匂いじゃないわよ? ほんのり香るだけだから気にしなくて良いわよノリネエ」


「けどちょっと待って、私お花に成っちゃうのかしら? 植物に成っちゃうの?」


「それは有りませんわ、『雫』がそんな酷い事をお姉さまにするわけないと思います。

 恐らく、『命の花』のように他者を癒す能力が高まっているだけだと思いますわ」


「もしかしてノリネエの体液を飲むとケガが治ったりするのかしらね?

 試しに何か飲んでみるかな?」


「メグミちゃん、何を飲む気なの? イヤ止めて! そんな汚いわ!」


「ねえノリネエ何を想像したの? ねえ何? もしかして……」


「ちっ、違うわ! そうじゃなくて、そもそも体液はどれもダメ! ダメです!!」


「一部のマニアな人達があれを『聖水』って言うらしいわよ?」


「メグミちゃんあれを飲む気ですか? 流石にそれはドン引きしますわよ?」


「そっちの趣味は私にも無いわよ、例えば唾液とか、涙とか、汗とかでも良いんでしょ?」


「いえ、それも大概ですわよ?」


「唾液位キスすれば普通に飲んじゃうでしょ? 汗だってノリネエを舐めたら普通に摂取できるわ、涙は……ノリネエを泣かせた奴は死刑ね、私が殺してあげるわ!」


「メグミちゃん自殺願望でもあったんですか?」


「どういう意味よサアヤ?」


「だってノリコお姉さま、今まさに顔を真っ赤にして涙ぐんでますよ?」


「えっ!! あっ、ノリネエ冗談よ、実際に実験とかしないから、大丈夫だから、揶揄っただけよ泣かないで」


「本当? 絶対に絶対に止めてね! 約束よ?」


「うん今の所は大丈夫だから、ね? 泣かないで」


「うん分かったわ……あれ? 今の所は?」


「将来は分からないでしょ? 何かの拍子にノリネエを舐めるかも知れないし、キスだってするかもしれないでしょ?」


「キスするの?」


「ノリネエよく考えて! 私達は冒険者なのよ? 人工呼吸とか色々あるでしょ?」


「ああ、そうね、そんな事は有るかもしれないわね、そうよね、変な意味じゃないわよね」


「そうよ、ただやる時は徹底的にやるけどね! 遠慮なんてしないわ!」


「……メグミちゃん、この年で恥ずかしいんだけど、私、ファーストキスもまだなの、初めては大事にするべきだと思わないかしら……」


「それは良い事を聞いたわ! じゃあ大事に頂いてあげるわね!」


「……」


「お姉さま、諦めましょう、何れその内、必ず奪われますわ! 断言できます! メグミちゃんに乱暴に奪われる前に、私としませんか? 私もファーストキスですわ!」


「なっ!! ズルいサアヤ! 自分ばっかり!! 私だって家族意外とはしたこと無いわ!」


「あれ? 家族とはしてたんですか?」


「妹がね、フレンチ・キスは挨拶だって、おはようとおやすみのキスをして来るのよ。めっちゃ可愛い顔でおねだりされたら断れないでしょ?

 ノリネエこそどうなのよ? 外国暮らししてたんでしょ? キスなんて挨拶じゃないの?」


「私の住んでた地域だと、親しい人とハグはしたけどキスはしなかったわよ?

 それにあっちでも女子しか居ない学校だったから、男の人とはしたこと無いわ」


「生粋の純粋培養なのねノリネエって、良いわね、ノリネエの初めては全部私のモノよ!!」


「お姉さま、危険ですわ、今メグミちゃん、お姉さまを襲う宣言してますわ!」


「ちょっと待ってよ! サアヤだって今キスするって言ったばかりでしょ? なんで私だけ危険人物扱いなのよ!」


「私は親愛を込めてキスするだけです、他に意味は有りませんわ。

 けどメグミちゃんの場合、下心全開でキスする気でしょ? 不潔ですわ! 不純です!!」


「違うわっ! 大事に奪ってあげるって言ったでしょ?

 それに人工呼吸の際に奪うんだから、下心じゃないわ、単なる人助けよ!」


「二人とも黙りなさい!! いい加減にしないと怒りますよ!! 私のファーストキスは私のモノよ!

 誰とするかは私が決めます! 二人が決める事じゃないわ!」


「ほら見なさい、ノリネエが切れちゃったじゃない!」


「お姉さまごめんなさい、そんな心算は無いんです! 許してください」


「ほらノリネエ、予定は未定よ、そんな事態に陥らない限りは大丈夫なんだから怒らないで、ねっ?」


「むぅぅ……」


「そんなに頬を膨らまさないで、美人が台無しじゃない……もう仕方ないわね、これは取って置きだったのに、仕方ないわ。

 ほらノリネエ『だらクマ』のヌイグルミよ、これ上げるから機嫌直して!」


「えっ? あらっ! まあ可愛い! なにこれ、私こんなの見たこと無いわ、どこで買ったの?」


「買う? そんなお金は無いわね! 作ったのよ!」


「メグミちゃん、本当に自分で服を作ったら?」


「良いのよ私の服は! この間ヤヨイ様に買ってもらったのが有るもの!」


「まだ着てませんよね? なんですか?」


「えっ? だって講義に着ていく用でしょ? 迷宮に着て行ったらダメでしょ? それに見なさい、ノリネエはもうヌイグルミに夢中よ、効果抜群ね」


「お姉さま……」



「助かったぜ、礼を言わせてくれ、ノリコさん、『雫』ありがとう」


 タツオがノリコに頭を下げている。


「元気になってよかったわ、『雫』有難う、もういいわ」


「ん、ノリコ、またね」


 『雫』が手を振りながら光の粒子となって消える。


「ノリネエの『雫』も『命の蜜』は『紅緒』の『灼熱剣』とっどっこい位、燃費が悪いからね、余り使わないのよ、良かったわね、タツオ」


「そうなのか、そりゃ無理させたな、悪りぃ、ノリコさん」


「気にしないで、タツオ君、それに今日はこれで後は帰るだけだし大丈夫よ」


「そうか、全く今日は女に助けられてばっかりで、全く締まらねえな、情けねえ」


「まあ無理をした罰よ、タツオ、自業自得!!」


「ふんっ、ほっといてくれ! 女の尻の後ろに男が隠れられるか!

 ……なあメグミ、恥ついでに聞くんだけどよ、俺はこれからどうやったらもっと強くなれる? なんだか剣士・戦士ギルドの師匠に聞くより、おまえに聞く方が強く成れそうな、良さそうに思えるんだ、教えてくれねえか?」


「メグミの姉御、俺も聞きたいです」

「教えてくれ! メグミの姉御、恩は返すから」

「是非、ご教授下され、メグミの姉御」


 タツオに加えて、ゴロウ達まで身を乗り出してきた。


「姉御って何よ……マジで〆るわよあんた達……まあ良いわ、教えてあげる! あんた達も聞きなさい。タツオ、あんた力を込めて剣を振るのを止めなさい、剣ってのは『速く』振るものよ」


「どう言うことだ? 力を込めるなってなんだ? 『速く』振れって……力込めて『速く』振るのはダメなのか?」


「タツオ、力を込めると『速く』は振れないのよ、そうね実際やった方が分かりやすいかもね? あんた達脳筋だし……

 タツオ、何も持たず手を振りなさい、最初は『速く』だけ意識して、次に拳を力一杯握りしめて振りなさい」


「こうか?」


ヒュンッ 

ブンッ


「ん?? 確かに拳を思いっきり握って腕全体に力がこもると、少し遅いな」


「力むとね筋肉が強張って、動きは鈍くなる、当然の結果よ。良い? タツオ、剣はねスッポ抜けない程度に軽く握るの、そして『速く』振る。それで敵に当たる直前に力を込めるの、そして当たったら即、力を抜いて次の動作に『速く』移るのよ。

 今回のコボルトロードとやった時、あんたタックルが避けれなかったわよね。それはね、力を込めたままになってるから、振り終わりに次の動作にスムーズに移れないのよ。

 良い、タツオ、攻撃する前に次にどう動くか決めなさい、そして次の動作に『速く』動くためには、その時、体に力が入っていたらダメなのよ。攻撃の瞬間だけ力を込めて、すぐ次の動作に移る、これを流れるように繰り返せれば強くなれるわ。」


「なあ……簡単に、当たる瞬間だけ力を込めろって言うけど、それスゲエ難しくねえか?」


 タツオも素手なら出来るが武器を握っているのだ。力の加減が苦手なタツオには可成り難しい。


「当たり前でしょ? 練習しなさい。あんたたち男はね、腕力自体が強いから、私よりもよっぽど良いのよ。

 私の場合、これだけじゃあ足りないから、当たる瞬間に腰の捻りと手首のスナップを効かせて、腕の振りすらしなりを加えてるわ。当たる瞬間に力込めるだけなら楽なもんよ、力はコントロールしてこそ生きるのよ」


「タツオさん、メグミちゃんはちょっとアレなので、この後半は無視して良いですよ、常人にはそうできるものではないです。

 けど、剣を軽く持って『速く』振るのと、当たる直前に力を込めるのは私もノリコお姉さまも今修行中ですし、まだつたなくても効果があるので、練習した方が良いですわ」


「サアヤ、アレってなによ! 失礼ね、まあタツオは腕力もあるし体格にも恵まれているから、サアヤの言う通り、それが出来るだけで大分違うと思うわ。

 あんたは糞度胸はあるから腰は入ってるし、踏み込みもまあまあよね。

 あとは足捌き体捌きをもっと流れるように動きなさい、一つ一つの動作が途切れてるわよ?

 それに視界を広く、敵だけでなく周囲まで見るようにして自分を俯瞰して動けるようになれば強くなれるわ」


「……そうだな、そこま出来たら、そりゃ強いよな、まああれだ、直ぐは無理でも頑張ってみるわ」


「そうよタツオ、頑張りなさい、ああ、後反りのある剣を使う時は体裁きも加えて流れるように剣を滑らせ……」


「メグミちゃん!! そこまでよ!

 ゴロウ君たちは、だいぶ前からついてこれて無いわ。それにタツオ君も一辺には無理よ、一歩ずつ進めましょうね」


「……分かったわよ、何よ折角だから色々と……」


「まああれだわ、メグミが『バケモノ』だってことは良く分かったわ、俺も追いつけるように頑張ってみるさ、はあぁ、高けぇ壁だなぁおい」


「なっ……教えてくれっていうから、一生懸命教えてあげたのに、女の子に『バケモノ』ですって! ねえ、ノリネエ、サアヤ、タツオがひどいこと言うのよ」


「う、うん、まあそのタツオ君の言うことも、その……否定できないかなぁ……」


「メグミちゃんは、剣に関しては……その可成り異常でしてよ? タツオさんの言い方もありますけど。全否定は出来かねますわ」


「あれ? え? みんな酷くない? え? 私泣くよ、そろそろ泣いていいかな?」


 するとちょっと離れた位置から吹き出したような笑い声が聞こえる。そちらを見れば地下2階で会ったアキヒロ達と共に救援に駆け付けたパーティの板金鎧の男だった。その男が、


「ああ、悪い、盗み聞きする心算は無かったんだが、こんな場所だ、聞こえてな。

 それに、どこかで見たことがあると思っていたが、あんた『羅刹』の『田中 恵』だな? あの『剣の鬼姫』『新堂 奏』を倒した、あいつと同じ『バケモノ』だろ?

 面を付けてねえ素顔を見るのは初めてだけど、その体格とその名前間違いないだろ?」


「あなた……カナデを知ってるの?」


「知ってるよ、同じ学校だったからな、まあ俺は高校であいつは中学だったがな」


「そう……ところで『羅刹』とか『剣の鬼姫』とか何?」


「何だ知らないのか?! 本人だろ? まあ良いか説明してやるよ。

 俺な、これでも剣道の高校日本一だったんだぜ? え? 知らない? 興味ない?


 ……くっ、まあ俺のことはこの際置いといてだ! そんな俺が中学生一年生のしかも女子に、手も足も出なくて負けた、信じられるか? えっ当たり前?


 ……それが『新堂 奏』、『剣の神』に愛された『剣の鬼』さ、でもあいつ綺麗だろ? で、ついた徒名が『剣の鬼』に『姫』を足して『剣の鬼姫』さ。


 無敵だと思ってたね、誰も勝てないんだ、異常だったよあの強さは。高校生の俺が、あいつと対戦すると怖いんだ。ブルっちまう。勝てる見込みが、スキが一切ないんだ。

 なのにな、その『剣の鬼姫』が負けたって噂が流れてな。みんな信じられなかったね、あり得ないだろ?

 まぐれだろって噂してたら、それを聞いた新堂がブチ切れてね。


『私はメグミに地元で何回も負けている、まぐれなんてありえない!! そして次は絶対に私が勝つっ!!』


 ってね、それがまた噂になってね、それであんたに付いた徒名が『羅刹』、鬼を食う『羅刹』ってね、剣道の世界では有名な徒名だったんだが本人が知らなかったのか」


「なんでカナデには『姫』がついて私には何もつかないのよ、納得いかないわ!!

 ……それに『羅刹』とか女の子に付ける徒名じゃないでしょ。日本の剣道会ってどうなってるの? 頭腐ってんじゃない?」


「俺も気になって、あんたらの試合見に行ったぜ? 成人部門の剣道日本一も一緒に見てたが、あんたら二人の試合見て、なんだあの『バケモノ』共はって言ってたぜ?

 俺も全く同感だったね、あんたら二人は他と隔絶した世界で戦ってたよ。

 今日の一件も最初信じられなかったけど、あんたが『田中 恵』なら納得だ。そりゃ、コボルトロードじゃ勝てないだろうよ」


「やっぱりメグミちゃん、日本でもそうだったのね」


「メグミちゃんって日本でもアレだったんですわね、ノリコお姉さま」


「メグミ、おまえ、日本でも『バケモノ』だったのか?」


「「「姉御、マジ半端ねえ」」」


 メグミは本当に泣けてきた。これでも花も恥じらう乙女なのだ。色々惨くて問題もあるが、まだ16歳の乙女に向かって周り中が『化け物』呼ばわりだ。


「酷い、みんな酷すぎるわ、もう知らない……」


 膝に顔を埋めて泣いていると、ノリコが、


「ほら、メグミちゃん、泣かないで帰りましょう、『ママ』がご飯作って待ってるわよ」


「そうですわ、メグミちゃんお腹すきましたでしょ、早く帰ってご飯にしましょう」


 メグミのお腹がクゥと鳴った……


「ふんっ、どうせ私は乙女の感傷よりも食い気よ。ノリネエ、サアヤ、あんたたち酷いこと言ったんだから、お詫びに晩御飯のおかず少し寄こしなさいよ」


「まあそうね、ごめんね、メグミちゃん、それで許してもらえるなら私は良いわよ」


「私も構いませんわ、ごめんなさい、メグミちゃん」


「だったら、さっさと帰るわよ、おうちに帰って『ママ』のご飯だ!!」


 そういってメグミは立ち上がり、家に向かって歩き出した。

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