第23話男の意地

「大きいです……ノリコ姉さま、あれは……」


 眼前に広がる光景、巨大な魔素の渦の中心に、見る見るうちに生じる巨大な魔結晶を見てサアヤが絞り出すように呟いた。


 既に生じた魔結晶の大きさは人の頭ほど、そして更に巨大に成りつつあった。


 1階のコボルトの魔結晶は小指の先ほどの大きさ。

 2階のコボルトの魔結晶は親指の先ほどの大きさ。 

 先程のコボルトソルジャーの魔結晶が鶏の卵ほどの大きさ。

 コボルトナイトの魔結晶でさえ拳ほどの大きさ。


 ではこの人の頭よりも大きな魔結晶を有する魔物は……何?


「立てる人は緊急退避!! 怪我の治療は後回しよ!! 逃げて!!」


 ノリコが叫ぶ、しかしその場に居る誰もが目の前のその光景に動けない、魅入られる様に其れを見つめる。


 見る見るうちに部屋中の魔素がその渦に引き込まれていく、部屋の外からの魔素の流入がその魔結晶の吸収量に間に合っていない。

 周囲の魔素が薄く成り、魔光石がその光を緩める、辺りが更に一段と暗くなる中で仄かに光る巨大な魔結晶、その成長が終わる。


(大きい、なんて大きさなの! こんな階層で発生して良い魔結晶の大きさじゃないわ!)


 すると、今度は急激に魔結晶の周りに魔物の肉体が構成されていく……魔結晶の周りに付く肉の壁は1メートルの塊になってもその成長の勢いを止めない、


 まだ……

 まだ……

 まだ……


(いつまで大きくなるのだろう?)


 その場の全員がそう思った。

 普通の魔物は瞬く間に生成される、この階の魔物などは魔結晶の発生も含めて、1・2秒位 早回しの様な速度で肉体が構成されるのだ。

 しかし、目の前で生み出されるこの規格外の化け物は、10秒経ってもまだ生成されない。


(今仕掛けるのはどうなのかしら? 今なら魔結晶だけ砕けば……)


 アニメを余り見ていなかったノリコにはお約束が理解できない。そしてメグミは絶対に攻撃しない、全力の相手と戦いたいのだ、攻撃するわけが無かった。

 攻撃するなら自分が行くしかない……

 しかし、ノリコの体は動かなかった、もし攻撃を仕掛けた瞬間生成が終わったら、その時は目の前に居る自分が最初の犠牲者だろう、そう思うと体が動かなかったのだ。


(この場で最初に私が死ぬことは許されないわ、可能な限り生き残って、他の人の治療しないとダメ、逸ってはダメよ私!)


 回復役の重要性はノリコも理解している、この場では、他に頼りになりそうな回復役の居ないこの状況ではノリコは自由に動けない。

 そんなノリコの迷いを飲み込むように目の前の肉塊は手足を生じさせていく、


 生まれる腕は男の胴体より太い!

 生まれる足は酒の樽よりも太い!

 何もかもが太い……

 はち切れそうに盛り上がる筋肉が構成されていく、うねる筋肉に吐き気がする。


 巨大な筋肉の化け物が姿を現しつつあった。


(なんて大きさだろう!)


 ……その場の全員が息をのむ。


 高さは3メールはあるだろうか? 縦に大きいだけではない横にも大きい、幅も3メートル……厚さ方向も1メールを超える。

 

 筋肉の壁が生まれつつあった。


 生じた筋肉の化け物が、巨大な黒い大剣を両手で握り、地面に足を付ける。


ドオオオオオッスッンッ!!!


 地響きがする、地面が、ルームの空気がビリビリと振動する。

 化け物が足を付いた地面が重量に耐え切れずひび割れる。

 

 その黒鉄の毛皮を纏う筋肉の化け物……

 顔まで筋肉が盛り上がり、醜悪な乱杭歯の覗くめくれ上がった口元……

 しかし、よく見れば少し犬の面影がなくはない……


(これがコボルト?)


 その場にいた全員が一様に首を捻る、その目の前の光景に皆危機意識が抜け落ちていた。

 いや既に死を覚悟して、目の前に迫る絶対の死に、虚脱していた。


 凶悪に光る赤い目、体の周囲の空気が溢れ出す気に陽炎の様に揺らめく、


ゴウゥ!!


 空気を、凶悪な牙の並ぶ口が空気を吸う、最早おぞましいほどに膨らんだ上半身がさらに膨らむ。


ドガウウアアアアアアアアアアアアルルルルァウ!!!!


 空気がビリビリと振動する。坑道内に響き渡る咆哮、鼓膜の痛さにメグミ達も顔をしかめる。


 死を振り撒く暴力と恐怖の塊が目の前に出現した。


 逃げようと立ち上がりかけた人達の腰がストンっと地面に落ちる……その目の前の圧倒的な『死』の塊に、腰が抜けたのだろう、震えながら、恐怖に歪んだ顔で前をその化け物を見つめる。


 大剣とそう呼ぶのも烏滸おこがましい3メートル近くあるその鉄の塊、それをその化け物が地面を紙屑の様に削り飛ばしながら一振りする、


グヴォガガガガガガガガガッガ!!


 削られた地面が石礫のように周囲に飛散する。

 メグミ達3人はそれをスイッと躱し、タツオは目の前に飛んできた石礫を手で受ける。


パシッ 


 受け止めた拳大の石礫、それを何でもないようにそのままポイッっと後ろへ投げる。


 だがメグミ達の周囲で恐怖に竦み、座り込んでいた人達は避けきれない、


ウッ! ツゥッ! 


周囲の被弾した者から声が上がる。


 今このルームにはメグミ達3人とタツオ、それに怪我人とその治療に当たっていたパーティの人達が10名、それだけしかこの場には残っていなかった。


 ノリコは思う、


(ゴロウ君達がこの場に居なくてよかった、こんなの見せたらあの子たち、ちょっとしたトラウマを抱えるわ。

 残ってる人たちには悪いけど、何とか無理矢理でも立って退避してもらわないと……

 とてもじゃないけどあの重量の魔物に突進されたら庇いきれない! 受け止められないわ! 

 恐怖で竦んでる人たちには無理かもしれない……けど!!)


「皆さん立って!! 立って逃げなさい! ここは私たちが支えます」


 ノリコが叫ぶが、誰も動けない……立ち上がろうとしているが完全に腰が抜けている。

 ノリコはちらりと横にいるメグミを見る、


(笑ってる……笑ってるわ、この子、この状況でも笑顔……嬉しそうに見えるわ、何を喜んでいるの?)


 更にサアヤを見るとこちらはは若干怯えた顔をしている、自分も似たようなものだろう、


(そうよねこれが普通の反応よね? メグミちゃんが異常なのよね?)


 それが普通だろう、そのサアヤもメグミの顔を見て、その顔に浮かぶ歓喜の笑顔に少し安堵したように見える。


(そう……何故かしらね、メグミちゃんが余裕の笑顔の内は、相手があんな規格外の化け物でもなんとかなる気がして来るわ)


 普通に考えたら、とても小柄なメグミが如何にかできる相手ではない。

 鳥馬のウッちゃんが可愛く見える、確かに背の高さはウッちゃんの方が大きい、しかし、その体積、重量は軽く3倍を超えそうだ。

 メグミの体重の60倍を超えるような重量、ヘビー級にも程が有る。


 14人対1匹


 数の上ではこちらが圧倒的に有利、しかし重量では、


 約900キロ対約3000キロ


 完全に不利だった。物量の差で完全負けていた。


 目の前でどの獲物から殺すか、楽しそうに笑みを浮かべ迷っている化け物に数の優勢は意味をなさない。


(恐怖で竦んでみんな腰が抜けているわ、これでは私達以外は戦力外……

 けどメグミちゃんはやる気満々だし……絶対に突っ込むわ、メグミちゃんこれ絶対仕掛ける気だわ!

 止めるべき……いや止めたって無駄でしょうね……メグミちゃんだものね……

 ここはメグミちゃんのヒットアンドアウェイを私とサアヤちゃんで全力でサポートよね?

 ……メグミちゃんのスピードに私達で付いて行けるかしら?

 そもそもアウェイ、離脱してくれるかしら?)


 ノリコはメグミが獲物を前に、倒しきらずにその場から離脱した姿は見たことが無かった。

 本当に敵の直近で、その攻撃をギリギリで躱しながら攻撃を仕掛けるのだ、この親友は……


 ノリコが頭の中で化け物の攻略を考えていると、横にいるタツオから声が上がる。


「なあ、メグミィ、最初は俺にやらせてくれねえか?」


 目の前の化け物を睨みつけながら、そう言うタツオ。


(あぁぁ……ここにもう一人メグミちゃんの同類が居たのを忘れてたわ!

 ううっ、やっぱりタツオ君も同じなのね? 

 ……それよりなんでそうなるの? なんで一人づつ順番なの?)


 ノリコにはその感覚が理解できない、相手は一匹なのだ、二人で一斉に掛かれば此方の戦力は単純に二倍、正面と背後から仕掛けるだけでも勝率は全く違うだろう。だが……


「いいけど、あんたとは相性悪そうだけど、やるの?」


(良くない! 良くないわメグミちゃん! 

 なんで当然の様に順番で仕掛ける事に納得してるの、どうしてそう成るの!

 それに……そうね、メグミちゃんの言う通り確かにタツオ君とは相性が悪そうね)


「タツオ君、メグミちゃんの言う通りよ、アレはあなたとは相性が悪いわ」


「んっ、ああ、分かってるよ、ノリコさんだっけ?

 俺だって分かってるさ」


(そう理解してくれているのね、なら……)


「だけどなあ、男には引けねぇ時があんだよ、かませ犬になるかもしれねぇ、だがよ、意地があんだよ! 

 男にはなぁ!!」


(……ああぁっ、いや、そんな意地は捨てて欲しいのだけど? ダメ? ダメなんでしょうね……こんな状況なのに! なんでこの二人は平常運転なの? 緊急事態なのよ! 理解して!)


「まあ、死なない限りはノリネエが助けてくれるでしょうから、死なない程度に頑張ってきなさい!」


(なんで負けるの前提なのに気楽なの? 気楽にケガとかしないで!

 もしかしたら、いいえ、相手が相手、もしかしなくても死ぬわよ、男の子は見習いなら復活の首飾りは持っていない筈よ、メグミちゃん理解してるの!!)


 ノリコの悲鳴にも似た心の絶叫は、口に出していないのでこの場の誰も気が付かない。

 場違いに気楽なメグミの声に、そちらをチラッっと見たタツオは、


「糞が! この状況でも笑顔かよ、まったく嫌になる! おうよ! かませ犬だって噛むんだってことを、あの犬畜生に教えてきてやらぁ」


 タツオが剣を構えて前に出る。それを見ながらノリコは思う、


(自分も笑ってることに気が付いているのかしら、このタツオって子は……仕方ないわね!)


「サアヤちゃん、弱体化、妨害、拘束いけますか? タツオ君この位は手を貸してもいいんでしょう?」


 自分でもタツオに『大地の息吹』の加護を掛けつつノリコが言う。


「ありがてえ、助かるよ」


 そうお礼を返すが視線は目の前の化け物に固定されている。躊躇いもせずに化け物の前に自ら進み出る。


「ノリコお姉さま、抵抗されるかもですが、何とか魔力を多めに込めてやってみます」


 サアヤが背中からスタッフを取り出し構えながら返事をする。


 タツオがその化け物の前に立つ。


 その化け物は右肩に掛けるように大剣を構え、


ニマァアァ


 目の前に自分から死にに出てきた獲物に、顔を笑顔に歪める。

 そう兇悪な顔では有るが、辛うじて笑顔に見える、貧弱な獲物を嘲笑ったのだと分かるのだ。


「犬畜生がっ、笑ってやがるっ!!」


 タツオが両手で剣を握りなおしながら呟く。その顔にこちらも兇悪な笑みを浮かべて……



 メグミは化け物の前に立つタツオを見る、


(ノリネエが『大地の息吹』を掛けたのかな? 体に緑の気が見えるわね。

 へえ、それに赤い気が混じったわ、『火と戦いの女神』の身体強化系の加護かな?

 『身体強化』『武器強化』は掛かってるだろうし、武器に、もう一種類何か掛けてるわね? 赤い気が武器にもかかっているわ。

 『腕力向上』も、もしかして使えるかな? タツオの癖に生意気な!! 悔しいわね、『加護』系は私より上っぽいのに『魔法』まで負けたくないわ!!

 あっ!! 今2回筋肉が膨れた、『剛力』と『剛健』かな?

 これは思った以上ね、結構やるわねタツオ)


 タツオが両手で剣を上段に構え、化け物の間合いに入る。


ブグオォォン!!


 瞬間、化け物から右横凪の剛撃が振り下される、


風を切る!


そんな生易しい一撃ではない、そんな軽い攻撃ではない。


風を砕く!!


 そんな言葉がふさわしい、大量の風を巻き込んでその黒い鉄の塊が振られる。


 だがそんな一撃をタツオはバックステップで軽く避ける。

 巻き込まれた風が盛大にタツオの体を叩くが、タツオはその体を揺らすことさえない。信じられない程に鍛えられた強靭な足腰。

 そしてその攻撃が体の前を横切った瞬間、タツオが前に、ダッ!! 音を立て地面が抉れるほど踏み込む。


(へえ、良いタイミング、良い見切り、それにあの足腰、やっぱり強いわねタツオ、けど……)


 タツオは踏み込んだ勢いを殺さず、そのまま上段から化け物の右肩にバスターソードを振り下ろす。


「おぅらああぁ!!!」


ガキィン!!


 硬い者同士がぶつかり合う音がする、化け物の毛皮は鋼鉄並みの強度が有るようだった。


(踏み込みが浅いわ!! タツオが普段使ってる武器より短いのね? 借り物の剣で無茶するから……)


 タツオの渾身の一撃も、硬い毛皮に阻まれて、肩に浅い傷を付けるだけに留まる。


 しかし化け物は、


バァウグアアアアアアアアアアアァ!!


 その攻撃に怒り吠える。見下していた貧弱な獲物に傷を付けられたことが我慢できないのだ。


 直ぐに大剣を引き戻しタツオに攻撃をしようとする、その時、突如化け物の目の前を黒い霧が覆う!


ドスンッ!! ドスンッ!!


 地面を揺らしながら化け物が霧を嫌って後ろに数歩下がる。


 タツオはそのスキを逃さず一気に後方に飛ぶ。

 そして着地と同時にそのまま数歩下がり、化け物の武器の間合いから逃れる。


「糞があぁ!! 硬てえぇ! あれでかすり傷だと? ふざけるな!!」


 盛大に悪態をつくタツオに、


「タツオ、もっと柔らかそうな箇所を狙いなさい。関節でもいいわ」


気軽にアドバイスをするメグミ。

 メグミは今のタツオと化け物の攻防を見たのに完全にリラックスモード、観戦モードだ。


「簡単に言ってくれるぜ、畜生がぁ!!」


 メグミの軽く明るい声の調子に、益々タツオの機嫌が悪くなる。


「だから、言ってるでしょ、アイツはアンタと相性が悪いのよ、代わろうか?」


 そのメグミの声の調子が雄弁に語っていた。


『私ならあの程度の化け物余裕で倒せるけど、どうするのタツオ?』


 そう、メグミはその化け物を、この規格外の化け物を雑魚程度にしか感じていない、それが分かる。


「くそっ!! まだ負けてねえ! もうちょっとそこで見てろや!!」


 剣を再び上段に構えなおしながらタツオが叫ぶ。

 そうここまでメグミに言われて引き下がれるわけが無かった。


意地、男の意地! 男の子には譲れないプライドが有るのだ。


 化け物は数歩下がった位置で、忌々しそうに元居た顔の位置に浮かぶ黒い霧を睥睨すると、大剣を再び肩に担ぐように構え、吠える!!


ヴァルアァァァァァァァァァァ!!!


 またもビリビリと空気を軋ませながら響き渡る咆哮!


 その咆哮に黒い霧が吹き飛ばされるように掻き消える。

 

 タツオはその咆哮を意に介さず前に出る、化け物の間合いまで後僅か、


ブオオオォン!!


 化け物は間合いの外に居るタツオに、裂帛の勢いで上から大剣を叩き付ける。

 間合い、この化け物には、その武器にはそんなものは関係なかった、圧倒的な質量の攻撃が風を巻き込みタツオに迫る!!

 

ガッ!! 


 狙いを察したタツオは、その武器の軌道を避け、斜め前に地面を抉って飛び込む。


ドガアアアァァァ!


 化け物の攻撃は狙い違わず、鉄の塊のような大剣が地面を易々と砕き、破片を周囲に飛び散らせる。

 そう化け物の攻撃の間合いは、この副次的な石礫の範囲攻撃を含めれば想像以上に広いのだ。

 タツオが自分の攻撃を易々と避けると見切った化け物は、直接攻撃だけでなく範囲攻撃でタツオの体力を削る作戦に切り替えたのだ。


 その石礫を体の側面に盛大に浴びならもタツオは更に踏み込む、


「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ザシュッ!!


 化け物のその大剣を振り終わり、突き出されたままの右手首をバスターソードが切り裂く。


(やはり浅いわね、踏み込みが足りない!!)


 タツオのその攻撃は化け物の手首の毛皮と肉を絶つが、常識外れの太さを誇る化け物の手首の骨を断つには至らない。


 血を吹き出す化け物の手首。


 しかし、その瞬間、剣を振り終わったタツオの目の前に筋肉の壁が迫る、


(誘いこまれたわねタツオ、案外賢いわ、この化け物)


 攻撃パターンを読まれたのだろう。

 先ほどの右肩への攻撃もそう、タツオは無意識に化け物の正面に立つことを避け、化け物の右手側面から攻撃する。

 その化け物はそれを的確に見抜き、タツオの攻撃後の一瞬のスキを見逃さずに咄嗟に右手を大剣から離し、


(なっ!! 化け物がタックルしてきただとぉ!!)


 タツオがそう認識した時には回避不能の距離に迫る筋肉の鉄球と化した化け物の肩!!


 タツオは咄嗟に体の前で腕をクロスさせて防御姿勢をとる。


パリィィィンッ

ドゥカァッ!


 目の前で五芒星を描く魔方陣の形をした薄い壁が砕ける、と同時に襲ってくる超重量級の衝撃!!

 100キロを超える、人としては超重量級のタツオの体が、小石の様に弾け飛ぶ。

 

 相手は3000キロ、桁が違う。

 

 車に撥ねられたかのような衝撃の中、タツオは吹っ飛びながらも何とか意識を保ち、足から着地しようと試みるが勢いが殺せない!!

 一度足を付くがそれで返ってバランスを崩し、そのまま後方に転ぶ……体に染みついた癖で、受け身を取りながら地面に激突寸前に又あの音が響く。


パリィィィンッ


 頭部を守る完璧な受け身の態勢でも、地面に叩きつけられた衝撃で肺の空気が強引に押し出される。


ぐはぁっ! 


 タツオは意識が飛びかけるのを意地と根性で引き戻し、朦朧とする頭で上半身を引き起こす。


(クソがぁぁ、こんな所で負けていられるか!!)


 タツオの朧げな視界に入った化け物は、足元に絡まる土の蔦に拘束されていた。支援に感謝しながら、


(情けねえぇ、この程度か俺はッ!!)


強引に立ち上がろうと足に力を籠めると血を含んだ咳が出る。


(チッ! あばらが折れたか?  肋骨もやべえぇな肺が傷ついてやがる)


 それでも剣を手放さなかったのは意地か、奇跡か……


 血相を変えてノリコが自分の元に駆けよってくるのが見える、左手でそれを制しながら自分で自分に『治癒』を使う。


(今この人に、攻撃のターゲットを移させるわけにはいかねえ!)


 『治癒』はヘイトが高いのだ、この化け物の相手を押し付けるわけには行かなかった。


(くそ、もう少し加護を鍛えるんだったな、覚えたての『治癒』じゃあ回復が足らねえ!!)


 だが辛うじて呼吸は楽になった、


(くそ、やっぱり剣はまだまだダメだな、それにやっぱりこのクラスの魔物相手じゃ、俺の体格でもどうにもならねえ、力じゃねえ、技が必要だ、速さがもっと必要だな……)


そして冷静に戦況を分析する。


(もう一当て行けるか? 剣は無理か…… だが素手ならまだいけるか? しかしあの毛皮、あの筋肉の装甲を素手で砕けるか? ……ギリギリか? 

 ……いやここで無理をするより、万が一に備えて回復に専念すべきか……

 手応えはあった、最悪刺し違えれば今でも倒せる、次やれば負けねえ! ならここは……)


 タツオは何とか息ができるのを確認し、切れ切れに、


「情けねえが、此処までだ、後は頼むわ、メグミぃ」


息を切らしながらその『バケモノ』に後を託す。


「ん、任された、後は寝てなタツオ、良く一撃入れた」


(くそ……今のを見ても余裕なのか?)


その『バケモノ』は良い笑顔でそう言った。

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