第24話灼熱の太刀と化け物の『王』

 目の前に居る、筋肉達磨は、タツオに付けられた傷から血を吹き出しながら、足元に絡みつく土の蔦を無理やり引きちぎる。


グルオオオオオオオオオオオォォ!!


醜く無様な肉の塊が大気を震わせ吠える。


(あぁ……お前ならば、お前ならば簡単には壊れはしまい……)


 その鉄の塊のような大剣を振り回す。


グオオォンッ! 


 そしてそれを右肩に掛けるように構える、血を流す右手もそのままに両手でしっかりと。

 タツオの剣は肉は断っているが骨は断っていない、圧倒的な筋肉量を持つその化け物の手首は、血は派手に流れていても、その剣を握るのに支障は全く無い様子だ。


(そうか……お前もやる気か……嬉しいよ)


 メグミが零れる笑みを隠し切れず、にやけ顔のまま化け物の前に進む。

 その足取りには全く淀みが無い、無人の野を歩くが如く、しっかりと、ゆくっりと、前に、その化け物の前に進み出る。

 スッと前に差し出すメグミの左手に火が灯る。


「紅緒、来なさい」


 左手の火の灯が膨れ上がる。


ブワッ! 


 膨れ上がった炎が人型をとる……炎を纏う小さな女性……身長は30センチ程。

 そのまま腕に沿うように飛び上がり、メグミの肩口の辺りまで来て停止し、一度大きく伸びをする。

 炎の衣装をまとい、長い炎の髪をたなびかせる……勝気な表情に意志の強そうな赤い瞳を宿したその美しい妖精……チラリとメグミを見たその炎の妖精が小さな口を開く。


「あら、メグミ、何か御用?」


 炎の妖精が場にそぐわない気楽な調子でメグミに尋ねる、


「ええ……何時もの様に何時もの如くね、お願い」


(『紅緒』は私の契約した、私の精霊、私の剣!!)





 2月前、私は精霊使いの師匠と共に、精霊界に赴き精霊王と接見した。



 虹の中に居るような、回りを包む光の壁が七色に変化していく不思議な空間を、浮かぶように進む。

 浮いているようで歩いている様な不思議な感覚だ、しかし何故か前に進んでいるのが分かる……


《メグミ、ココが精霊界だ、人間には普通知覚できない世界だけどね、疑似的に魔法で知覚させている、どうかな? メグミにはどう見える?》


《虹の中に居るみたいね、七色に光る透明な壁に包まれた通路に居る様に感じるわ、変な空間だわ》


《ほぅ、そんな風に見えるのか》


《師匠にはどう見えてるの?》


《そうだね、私には大きなシャボン玉が幾つも漂っている不思議な空間に見えるね》


《人によって見え方が全然違うのね……》


《まあ本当は見えていないからね、似たような感覚を記憶から探り出してそれを疑似的に再現してるんだよ、だから記憶の違う者同士、見え方も違う》


《精霊たちにはどんな風に見えてるの?》


《フワフワとした小さな仲間が無数にいる世界らしいよ、私達にはその無数の存在がシャボン玉や光の壁のように感じられているって事なのだろうね》


《ふうん、ねえ師匠、前に何か強い光を感じるわ、とてもい大きい》


《それが精霊王だよ、さあ観光はお終いだ、ここからが本番だよメグミ》


 更に前に進んで行くと光が段々と強く成り、突如光が収まったと思ったら、目の前に碧い肌の、白髪に白い豊かな髭を蓄えた巨人が雲のような椅子に座して此方を見下ろしていた。


(これが精霊王? 男……おっさんじゃないガッカリだわ……綺麗な精霊達の王様だって言うから、綺麗な女王様を想像してたのに!!

 いやちょっと待ってこれも師匠には別の何かに見えてるのかしら? 帰ったら師匠に聞いてみよう)


 メグミが無遠慮に目の前の人物を眺め、あれこれ考察していると、朗々たる低い声が響く、


《問おう! 何が望みだ? 貴様は『精霊』に何を望む、貴様の心の底のある渇望を答えよ》


目の前の偉丈夫が問う。


(へえ、いきなり本題なのね、まあ面倒が無くて良いわね)


 すると目の前の偉丈夫がにやりと笑う、


(ああ、そうだったわ、ここは精霊界、心で念じれば別に喋る必要が無い世界……私の心も筒抜けなのね)


(そうだね、だから余り失礼な事は考えないでおくれメグミ)


 師匠から諦めたような呆れたような忠告が入る、メグミは精霊界に入る前に師匠から説明を受けていた。


(わっ、わかってるわ! ちょっと外見にガッカリしただけじゃない。大丈夫よ、その程度で怒る程、器の小さい奴が王様なわけがないもの)


《クハハハハッ、面白い小娘だ、で? もう一度問い直そうか?》


《余計なお世話よ、そこまで健忘症じゃないわ!


 そうね私の望み……


 私の渇望……》


 自らの心に問いかける、すると自然に言葉が湧き上がる、そう、


《『カナデともう一度戦いたい』!!》


 他の望みは無かった、他に望むものは何もなかったのだ。


《その為の、その為だけの……


 『剣』!!


 ……カナデに届く『剣』が欲しい!!》


 届きさえすれば戦える、カナデともう一度戦えさえすれば!!

 次は負けない! 次は私が勝つ!! そして……


《決して折れない!


 決して曲がらない!


 そして全てを切り裂く!


 私の『剣』!!》


 それが望み、私の渇望! 私だけの剣!


《この胸の思いを! 熱さを全て込めた! 私だけの『灼熱の剣』を!!》


 その瞬間空間が震える、目の前の偉丈夫が嗤う、


《クハハハッ!! この小娘、精霊に剣を望むか!

 面白い、実に面白い! 

 最早叶わぬ異界の友との戦いの為に、『剣』を望むのか!!》


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白に、そう真っ白に燃え上がる!


《諦めなければ! 望は消えない! 私さえ諦めなければ可能性は『零』じゃない!!》


 目の前の偉丈夫を睨む。


(視線で人が切り殺せるなら、この偉丈夫を切り殺す!

 殺せなくても殺す! いつか必ず切って見せる!!

 言われなくたって分かってる!

 だから何!! 

 分かっていたって納得なんかしない!

 死んでも諦めない!

 生まれ変わってカナデの元に辿り着く!

 必ず!

 必ず!

 もう一度カナデと戦う! そして勝つのよ!)


 嗤いを納めた偉丈夫が、真面目な顔で言い放つ。


《その意気や良し!! 

 よかろう、そなたの剣となる精霊を与える。

 『名』を………

 貴様が精霊に『名』を授けよ!!》


(試したの? そうか……試したのね!)


 悟った瞬間に再び怒りが込み上げる、


(赦さない! 絶対に赦さない!)


 更に殺気を込めて偉丈夫を睨みつけるが、相手はにやりと唇を笑みの形に歪めるだけ、


(くそっ! こっちは筒抜けなのに相手の心は読めないなんて!! まあ良いわ、いつか見てなさいよ! この借りは必ず倍返しよ!)


 そんな事を思っていると、目の前を赤い、赤い光が、光の尾を引きながら飛び回る。


(これが精霊? 私の精霊? 綺麗ね、綺麗な赤い光)


 その綺麗な赤い光に心が奪われ、直前の怒りが霧散する。


(赤い光の尾……そう、そうね、あなたの名前は……


 『紅緒』!!


 私の『剣』! 私だけの『剣』!!)





「わかったわ、私のご主人様、あなたの望むままに……」


 紅緒の形が崩れて赤い光の粒子となる。

 その粒子がメグミの右手に持つショートソードに流れていき、その刀身の先に新たな刀身を形作る……

 白く!

 白く輝くその刀身は灼熱を秘め、周りの空気に陽炎を生む!



 『灼熱剣』



 メグミの精霊『紅緒』が刀身と化した姿、全てを焼き切る灼熱の『太刀』


 メグミはその太刀を両手で正眼に構えながら『力』を行使していく。


(『身体強化』『武器強化』『守護の盾』『剛力』『剛健』


 そして『振動剣』!!)


 耳触りな高周波が太刀から生じる。ノリコが『大地の息吹』を掛けてくれたのか、緑の気と力を感じる。

 更にサアヤが『腕力向上』も掛けてくれたみたいだ、腕に力がみなぎる。





 ノリコは筋肉の塊の様な『化け物』の前に立つ、小柄な女の子、自分の親友である『バケモノ』を見る。

 その兇悪な笑みを浮かべる表情からは一切の恐怖や不安が伺い知れない……

 いや伺い知れている感情はある、信じたくないがその表情から読み取れる感情は……獲物を前にした捕食者のそれだ。


(この子は、メグミちゃんは……どこか狂ってる……

 普段は普通の女の子なのに、一度スイッチが入ると戦いに……戦いに魅せられてしまう。

 この小さな『剣豪』には、目の前の『化け物』ですら、ただの獲物なのね……なんて嬉しそうに笑うの)


 目の前の筋肉の塊の化け物が、そんなメグミに一瞬怯んだように見えたのは気のせいだろうか? 





 化け物は苛立っていた。


 弱い貧弱な獲物に、ちょこまかと動き回るだけの獲物に、この自分の手首を傷つけられた! 


 この自分の体を無礼にも傷を付けた! 獲物如きが傷を付けたのだ!


 殺す! 叩き潰す! 脆い、余りに脆い獲物の分際で歯向かったことを後悔させてやろう!


 更に先程からから度々魔法が掛る、弱体化の魔法であろうが、この程度の魔法、抵抗すれば造作もなく振り払える! 

 しかし、数が回数が多い、そう何度も何度も繰り返される。


 うっとおしいのだ! 煩わしい!


 そして黒い霧に、土の蔦、どれも取るに足らない、下らない魔法。


 しかし、獲物に止めを刺そうとする度に、とてもタイミングよく邪魔をする、自分の邪魔をする!


 許せん! 許さん! 獲物如きが自分を邪魔するだと!


 今直ぐ魔法を放っているだろう一番小さな獲物と自分に傷を付けた無様に転がる獲物を叩き潰したい!! しかし……


 目の前で舌なめずりをして微笑む小さな獲物、そう獲物の筈、しかし、その相手はどう見ても此方を獲物と認識している、それが感じられる。


 無視して突進すれば容易く弾き飛ばせる、取るに足らぬ相手、その筈だ、だが……

 

 動けぬ! 何故だ、本能が、本能があの獲物は危険だと囁く……


 アレは、アレは獲物でなく『敵』だと囁く!!





 苛立つように、右脚を半歩前に踏み込み、力を込める。

そして迷いを振り払い化け物はその大剣を振り下ろす。その瞬間ノリコ達の目の前でメグミの姿が消える、


ギャンィン!!


 硬いものがぶつかり合う音がして化け物が振り下ろす大剣が軌道を変える、そして一瞬化け物の目の前に、その正面に、太刀で化け物の振り下ろす大剣を攻撃したメグミの姿が見える。


(小手にっ!!

 面にっ!!

 体に剣が届かないなら!!

 

 その『武器』を攻撃する!!!


 その『武器』になら、私の剣が届く!)


 メグミの見つけたメグミの希望……

 背の低いメグミの攻撃は相手には届かない、カナデには届かない!

 しかし!

 相手が攻撃を仕掛けた瞬間!

 そう相手の武器は必ずメグミの間合いに入る、間合いに入るのだ……

 

(攻撃できる!! 間合いにさえ入って来れば攻撃できる!!)

 

 そして一瞬で良い、武器を攻撃してその軌道をほんの少し、僅か数ミリでも良い、逸らすことが出来たなら!


(そのスキさえできれば懐に飛び込める、飛び込んでしまえば体格差は関係ない! 全て! 全て私の! 私の間合いだ!!!)


 大剣を攻撃して跳ね上がる太刀をそのまま前に振り下ろし、化け物の両手を手首から絶つ、タツオの剣を弾き返したその化け物の手首を、灼熱の太刀は飴細工のように易々と切り裂く!


ガキィーンッ!!!!


 硬い骨を切り裂く音がする、まだ振り下ろした大剣が地面に達しないままにその手を切り落とされる。


 そうメグミは相手の攻撃の最中に二撃目を放てる。


 攻撃により跳ね上がる剣の軌道さえ予測し、そうなるよう、二撃目を放つ為の位置に来るように調整する、更なる攻撃に淀みなく繋げる連撃。


 弛まぬ努力と繰り返しの練習、そしてメグミの才能、それがこの攻撃を可能にした。


 大剣は腕の支えを失い、前に飛んでいく、


ドガガガガガッ!! 


 盛大に地面を削りながら前に10メートルほど滑って漸く止まる。

 

 それを見届けることもなくメグミは更なる連撃を繰り出す、手を切り落とした太刀は曲線を描き化け物の胴を凪ぐ、


ザンッッ!!


 大きく切り裂かれるが、傷は内臓には達しない!

 毛皮も筋肉も半ばまで断つが分厚い筋肉の壁に阻まれる!


(チッィ!! 筋肉が厚い、だが此処なら)


 既に狙いを付けていたメグミは太刀を振りぬいた格好のまま踏み込む。

 化け物は手首のない左腕から血を吹きださせながら、その左手を振り回しメグミを攻撃する。

 しかし!!

 その時には既にその場にメグミは居ない!


ザッッ! 


 地面を抉り、グンっと体の輪郭が霞む様な加速!

 人の目から消えたように加速するメグミ!


 強化魔法は元々常人離れしたメグミに神速をもたらしていた。


 化け物の左横に回ったメグミは左の膝裏をすれ違いざまに手首を返して切り裂く、


ガシュッ!!


 化け物の背後に回り込み振り向くメグミの顔には満面の笑みが浮かぶ、膝裏の腱を断ち、そこから血を噴き出させる化け物をみる、


(やはり関節の裏は脆い!! その巨体が仇になったわね)


 左に傾いでいく化け物を見ながら右に滑るように移動し、右の膝裏も絶つ。


ザクゥッ!


 両膝を絶たれた化け物が膝を付く。


ズオオオオン!


 大地を揺らしその巨体が崩れる。


 その膝を付いた化け物の体が血煙を上げる。

 神速で化け物の周りを動くメグミが化け物を滅多切りにしていく、辛うじて時折見える太刀の残光と土煙を上げる化け物の周囲の地面でそうと知れる。


 腕を肩を背中を脇を灼熱の太刀が切り裂く。


 必死で手首の無い腕で頭を庇う化け物が牙を剥き吠える……


グルアアアアァァァ! 


 だがその声には既に空気を震わす大きさはない。

 

 何時の間にか、そう見ていた、見ていた筈の誰もが気が付かない、そんな風に突然、化け物の正面に立つメグミ。


 その化け物は膝裏を絶たれ、地に膝を付き、両腕は肘から先がない、肩も、首筋も、背中も、わき腹も、傷のない所を探した方が早い状態、全身の傷から血を吹きながらも、それでも膝立ちではあったが立っている。


 強い意志を失わない瞳……


 既に、両膝を断たれた時、いや更に前、両手を断たれた時に勝負は決していた。


 そう負けは確定していた、化け物にもそれは分かっていた、だが、膝の腱を断たれ立ち上がることは出来なくても、無様に地面に臥す、それだけは出来なかった。何故なら……


「あぁ……お前は『王』なんだね、ごめんね、私は少し血に酔ってた……お前の誇りを踏みにじる権利は私はないよね」


 そうもう勝負は付いていたのだ、メグミの行為は、その後の行為は八つ当たりでしかなかった。

 満たされぬ自らの願望、切望、渇望……それを少しでも慰めるための身勝手な、一方的な暴力……メグミの嫌いな、自分の嫌いな暴力……


(ああ……私はダメだな、なんでこんなに弱い、なんでこんなに心が渇く)


ズンッ!!


 化け物の『王』の心臓を灼熱の太刀が刺し貫く、『王』の瞳から光消え、『王』は立ったまま事切れ、魔素へと帰っていく……

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