第22話〈ちょっと息抜き番外〉『薄い本』

  昨日リフォームも終わり、『ママ』の待つ新しいマイホーム引っ越すことになったある日のこと。


 私とノリネエの荷物は、一人大きめのボストンバックで2個位。

 この異世界に裸一貫(?)で召喚された為、荷物といっても、此方で買いそろえた着替えや、お手入れ用品、身の回りの日用品が少し、本当に少ない…まあこれから色々買いそろえていこう。


 だがサアヤは違った。


 冒険者に成ろうと一念発起し、エルフの都に住む両親の元から、この街に住む祖父母の家に身を寄せて、見習い冒険者修行真っ最中なのがサアヤだ。

 まあ流石に異世界からの召喚者であるメグミ達よりは多いだろうが、それならば荷物も似たようなものではないか?

 そう思っていた、しかし、何やらとても荷物が多いらしい、ほとんどが『本』で有るとの事で、お爺さんのクロウさんに頼んで鳥馬車で新居の庭まで運んで貰うことになった。



 ここで『鳥馬』だが、この鳥馬、大きな飛ばない鳥で、地竜の亜種なのだそうだ。

 これは以前、初めてクロウさんの鳥馬に会った日に、厩舎の掃除当番のサアヤと、その掃除を手伝う為にノリネエと3人で厩舎に向かって歩いている時に聞いたのだが、


「そもそも地竜って何なの? あの輸送で使われている大きなトカゲというか恐竜の様な物も地竜なんでしょ?」


 地竜の亜種と言われても地竜自体元の世界には居なかったのだ、そこからして分からない、それでサアヤにそう尋ねたら、


「地竜は竜種ではない竜、レッサードラゴンよりもさらに動物に近い竜の総称ですわ、恐竜型も地竜の一種ですし、鳥馬の様に大型鳥類型も居ますわね、羽毛の生えた物、硬い鱗に覆われた物、毛におおわれた物色々いますわ。

 それに空を飛ぶもの、海を泳ぐもの、地を駆けるもの、生息環境も様々ですね」


 そんな答えが返ってきた、うーーん益々良く分からない。


「そんなに種類がいるの? 大きな動物が地竜なのかしら?」


 サアヤが開ける大きな厩舎の扉の開閉を二人で手伝いながら、ノリネエがサアヤに尋ねる。


「いいえお姉さま、違いますわ、よっと、相変わらず重いですわこの扉! 

 えーと、そう竜種、竜種になる可能性がある種、そうですね嘗て竜種に成ったものが居る種、その近縁種が地竜と呼ばれます」


(竜種ね、それも良く分からないわね……何だっけ? 要するにあの有名なファンタジーの化け物、ドラゴンって奴だっけ? 魔物よりも更に強い化け物って事だけど……)


「良く分からないわね、そこら辺の動物とどう違うの?」


 分からないことは聞くべきだ、知識が無いのだ、自分で考えたって答えなど見つかる筈もない。私は素直にサアヤに尋ねた。


 大きな扉が開いて厩舎の中に朝日が降り注ぐ。

 その光の中で、ベット代わりの藁の中で黒い巨大な生物がもっそりとその身を起こす。


「そうですね……一般の動物に比べ知能が一様に高いのが特徴でしょうか? 鳥馬もそうですけど、人語を解するほどの知能を有しています」


「え? この子私達の言葉が分かるの?」


 当の鳥馬は、サアヤと共に厩舎の掃除に来た私達の目の前で、警戒感も露わに見慣れない私とノリネエに鋭い眼光を浴びせている。


 余りに警戒の眼差しで見つめられるので、試しに少し睨み返すとビクッっと大きな体を竦めて後ずさる。


「ウッちゃんが怯えるので、睨まないでメグミちゃん!」


「ちょっと揶揄からかってるだけよ、大きな成りして結構臆病よね」


 クロウさんの飼っている鳥馬、名前は『烏骨鶏』通称『ウッちゃん』、全高3.5メートル、体重約一トン。


「にしても酷い名前ね、烏骨鶏って……」


「けど黒いわよメグミちゃん、頭の赤い飾り羽以外は綿毛見たいな黒い綺麗な毛で覆われているし、確かに烏骨鶏にそっくりよ、まあ確かに本物に比べて大きすぎだけど……」


 ウッちゃんは全身が真っ黒で頭の赤い長い飾り羽が特徴的だ、ウッちゃんの呼び名の印象から受ける可愛らしさは全くない。どちらかと言えば精悍さが目立つ外見だ。


 この鳥馬も色々種類がいて、色々な色の個体が居るが。

 ウッちゃんはその中でも珍しい方かもしれない、他の鳥馬より一回り大きく、漆黒の体に赤い頭の飾り羽の鳥馬の個体は他に見たことが無い。


「最初はこの子も小さかったそうですわ、卵から孵したとお爺様が仰ってましたから、小さかったらその……烏骨鶏ですか? 黒い鶏に似て居るのでは無いのですか?

 それにこの艶やかな綿毛が鳥馬と言われるようになった所以だと言われていますわ、尾羽と言って良いのか分かりませんが尻尾なんて正に馬の尻尾みたいでしょ? 

 飛ばない鳥ですから、羽が生えている必要が無いからでしょうか? そう言う風に適応進化したみたいですわね。

 この柔らかな綿毛の毛並の見た目が馬に似ている事から鳥馬になったそうですわ」


「へえそうなのね、旨い事名付けるものね、鳥馬ねえ、確かに綺麗な毛並みは馬みたいだけど……けど幾ら烏骨鶏みたいだからって、普通名前に烏骨鶏って付ける?」


「……まあお爺様が付けたそうですけど、結局お爺様自身がウッちゃんと呼んでますからね……」


「ティタ御婆様が最初に呼び始めたんだっけ?」


 ティタ御婆様はサアヤの祖母、エルフだからか、大変お若く見え、御婆様と呼ぶのにこちらは抵抗が有るのだが、本人がそう呼ばれるのを大変気に入っており、そう呼ばないと機嫌が悪くなるのだ……


「そうですわ、『烏骨鶏って響きが可愛くないわ、可愛らしくウッちゃんで良いじゃない?』そう言ってウッちゃんって呼んだら、こっちの方が反応が良かったみたいです。

 ほらウッちゃんお掃除をしますわ、少しの間庭で遊んでいてくださいな」


 サアヤがウッちゃんの傍によってその巨体を押し出す様に扉に向かって押すと、割と素直に扉に向かって歩き出す。

 しかし、扉の左右にノリネエと私が居る所為か、足取りが慎重だ。しかも、何故か私を避けるように、ノリネエの居る側に回り込む様にしている。


(むぅ、ちょっと脅しすぎたかしら?)


「頭が良いそうだし、本人も烏骨鶏は嫌だったのかしらね? 私もウッちゃんの方が可愛らしくて好きだわ」


 ノリネエが最初にサアヤに言われていた通りに、餌の肉をお皿と共に収納魔法で取り出して庭の方に置くと、ウッちゃんは嬉しそうにそちらに向かって歩いていく。

 私も当初の段取り通り、庭の中央付近に歩いて行って、特盛のお肉の塊をお皿と共に庭の中央に積んでいく。


(これエサ代凄い事に成りそうだけど……まあこの広い家に、広い庭、メイドさんまで居るクロウさんの所なら、大した額じゃないのかしらね?)


 後で聞いたが偶にエサの肉を狩りにクロウさんが迷宮に行っているので、エサ代は掛からないのだそうだ。お金持ちなのに締めるところは締める、ティタ御婆様がシッカリお財布の紐を握っているのだろう。


「で、このウッちゃんが地竜ねぇ、にしてもでっかいわね、羽の生えた恐竜? 最近の学説だと恐竜にも羽というか毛が生えてたって説があるみたいだけど……その仲間?」


 ウッちゃんはエサを貰ったとたん、警戒心が無くなり、ノリネエにもっとエサを頂戴とばかりに頭を摺り寄せている、結構現金な奴だ。


「どうなのかしら? よく見る化石の恐竜より頭が小さくないかしら? 昔地球に居た動物なら、恐竜よりもエピオルニスやジャイアントモアの方が近くないかしら?」


 ノリネエはその頭を撫でながら、手で私の出したエサを示すと、ウッちゃんは警戒しながらも此方に歩いてくる。

 警戒心がエサの誘惑に負けたらしい。


「アレってダチョウを大きくしたような奴でしょ? こっちの方がゴツイわよ? 足の太さが凄いわ、全高を同じにしても多分こっちの方が大分太いわね、首も短いし、烏骨鶏ね……確かに似てるわ、鶏冠はないけど鶏に近い種族なんじゃない? 赤い飾り羽が鶏冠に見えない事も無いし」


「本当に飾り羽が綺麗ね、猛禽類……鷹のような頭に飾り羽、鶏を大きくしたような体……ねえサアヤちゃん、この子やっぱり肉食獣なの? 余り野良の鳥馬とは会いたくないわね」


 まあエサの肉で庭に誘いだしたのだ、肉が好物なのは間違いないだろう。

 この大きさの肉食獣……一般の村人等、襲われたら一溜まりも無いのではないだろうか?


「そうですね、何でも食べますけど、特に肉が好きですね」


 意外な事に鳥馬は完全な肉食獣では無いらしい。まあ肉食獣も倒した草食動物の内臓を食べて、肉以外の栄養素を積極的に摂取するのだと聞いたことが有るけど……


「なんでも食べるの?」


(この鷹のような鋭い眼光と鋭い嘴で、肉以外も食べるのか、意外ね)


「ええ穀物とかも食べますよ、この体ですからね、肉だけでは維持出来ませんわ、狩りに向いている種族では有りませんからね」


 私にはとても狩りに向いている様に見えるのだが……サアヤは更に意外な事を言う。私は素直に疑問を口にする。


「この巨体で足も速いんでしょ? 十分狩りに向いてる様に見えるけど? あの鋭いくちばしと足の爪だけで大概の獲物は狩れるんじゃない?」


 美味しそうにエサの肉を食べるウッちゃんを眺めながら尋ねる、厩舎ではプリンが大量のゼリースライムを引き連れて掃除中だ。


 このゼリースライム、アツヒトさんが熱く語っていたように、確かに世紀の大発明なのかもしれない……とても便利なのだ。

 家畜を飼っている酪農家からは仕事の負担が激減したと大変喜ばれているそうだ。そこら辺にある程度放っているだけで、勝手に厩舎の掃除をしてくれるのだ、それは便利であろう。


 生き物を飼う場合、その住処の掃除が一番大変なのだが、そこを丸っと無償で肩代わりしてくれる、これ程便利な生物は他に居ない。

 酪農家は定期的に寝床の藁を入れ替えたり、エサ遣りをするだけで良くなったのだ、それは助かるだろう。


 ゼリースライムがそれこそ舐める様に這い回り吸収・分解する為、厩舎独特の匂いも余りしなくなり、大変衛生的だ。

 多少家畜のエサまで食べてしまうらしいが、その辺はご褒美として放置しているらしい、餌箱も常に綺麗成るので家畜の機嫌も良いらしい。


「うーーん、頭が小さめですからね、嘴は鋭くても攻撃には不向きですわ。

 この頭は攻撃用ではなく、狭い所にあるエサを食べやすくする為に適応したと言われてます。

 また嘴が鋭いのは肉を引き千切るためですけど、攻撃に使うには首が短すぎますね。

 脚力は確かに凄いですが小回りが利きません。また草原や平地は兎も角、森の中で機敏に動き回るにはこの巨体が仇になります。

 ゴブリン程度なら狩れますけど、こう見えてグルメですからね。ゴブリン肉など見向きもしませんわ」


 ウッちゃんを何故厩舎から庭に連れてきたのか、その辺の理由もここにある。


 ウッちゃんはゼリースライムを食べるのだ。


 常にゼリースライムを厩舎に放って居ればワザワザ掃除の手間が省けそうなものなのだが、オヤツ替わりにゼリースライムを食べてしまう為、掃除のときにだけプリンに周囲のゼリースライムを集めて貰って掃除しているのだそうだ。

 肉食獣にとってゼリースライムはとても美味しいオヤツなのだそうだ。殆ど水分なので余り栄養価は高くないが、それが返って水分補給も出来ると好評らしい。

 野良のゼリースライムが厩舎に餌のお零れ目当てで入り込むらしいのだが、直ぐに食べられてしまうそうだ。


 そしてグルメ、これは良く分かる。ウッちゃんのエサの肉は確かに私の目から見ても美味しそうだ、まあ流石に生で食べようとは思わないが、焼いたら美味しいのではないだろうか……


「それでもこの足の爪だけで十分な武器になるでしょ?」


 肉をモノ欲しそうな目で見ていたのだろうか? そう尋ねると、


「掃除が終わったら御婆様がご飯を作ってくれています、お肉は好きなだけ食べさせてあげますから、ウッちゃんのエサは取らないでねメグミちゃん……

 それと足は鳥馬の生命線、命と言っても過言ではありませんわ、足にケガをするなんてあり得ません、ならその足を武器にしたりは出来ないでしょ?」


(失礼な!! 幾ら私でも生の肉は食べないわよ!)


「うーーん、けど危険な肉食獣を狩らなくても、こんなに大きいなら草原で他の野生の草食動物を狩れるんじゃない?」


「無理ですわメグミちゃん、草原には他にも大型の肉食魔獣が多数生息しています、鳥馬程度では逆に狩られてしまいます。

 まあだからこそ、鳥馬は運送用の家畜として人に飼われることで生き延びてきた種族なんですけどね」


「? どういう意味?」


「人と暮らして、運搬を手伝えば自分で苦手な狩りをしなくても大好きな肉を食べさせてくれると鳥馬は学んだのですわ。

 だから運搬の担い手としてこの世界では広く一般的に飼われていますね」


「そうなんだ、本当に賢いのね、けど運搬ねえ……ねっ、普通の馬は居ないの?」


 私はこの世界に来てから普通の馬を見かけていない。自動車等の無いこの世界、普通は馬、そう馬車が一般的な運送手段ではないかと思うのだ。

エサが植物な為、鳥馬に比べ維持コストは遥かに安いと思うのだが……


「日本の方は良くそう仰いますね、けどこの世界であんな脆弱な生き物を運搬に使うなんて、魔獣のエサを連れ歩いている様な物ですわよ?」


 大きさ的にゴブリン程度なら蹴りで撃退できそうなものだ、しかしまあ、確かにそれ以上となると中々厳しいのかもしれない。


「うーーん、魔物やら魔獣やらが闊歩している所に馬じゃあどうにもならないのか、けど一応居るのね馬も」


 人が話をしているのにウッちゃんがもっと肉を寄こせと頭を摺り寄せて甘えて来る。さっきまで警戒して、更に怯えていたように見えたのに、エサを与えた途端、すごい懐きようだ。

 まあ番犬、警護用ではないのでそれでも良いのかもしれないが、この尻軽さはどうなのだろう?


「そうですね、野生の馬は大体大きな群れで暮らしてますね、草食動物の基本は数です、数で圧倒して少し位捕食されても群れ全体が生き残れるように大きな群れで暮らしてますわ」


 仕方ないのでサアヤに視線で確認すると頷いたので、追加の肉を収納魔法で出して皿に盛ってあげる。肉が目の前に現れた途端、此方よりも肉に視線が釘づけだ。

 こちらが肉を盛り終わるまで大人しく待っているのはクロウさんの躾けのおかげだろうか?


「ねえサアヤちゃん、私この間、普通の馬に乗った人を見かけたんだけど……」

 

 どうやらノリネエは馬を見かけたらしい、なんだろう、ちょっぴり羨ましい。こっちの世界は珍しいものが一杯でそれはそれで楽しいのだが、元の世界と一緒の物を見つけると何故かちょっと安心するのだ、人の心って不思議よね。


 そんな事を思って作業していると肉を盛り終わったので、ヨシと声を掛けると、ウッちゃんは直ぐに再びパクつき始めた。

 ウッちゃんは大きさが大きさなので、30cm程の大きさのブロック肉を纏めて数個食べていく、日本でこのブロック肉を買ったら一つ幾らするのか……考えたくない。


「ああ、それは多分『サラブラッド』ですわね、肉食の魔獣ですわお姉さま」


 サアヤとノリネエは左手にスプレー、右手にブラシを持ってウッちゃんのブラッシングを始めた、このスプレーの中にはノミなどの害虫退治用の薬液と綿毛に艶を出す作用の薬液が入っている。

 シュシュっと左手のスプレーで薬液を振り掛けてから、右手のブラシで綿毛を漉いてあげている。


「ん? ん?? 『サラブレッド』?」


 ノリネエが不思議そうに聞き返す、サアヤが珍しく言い間違いをしたのかと私も思ったが、


「いいえ『サラブラッド』別名『母親の血』、旅人や行商人を良く襲うので有名な魔獣ですわ、肉の柔らかい女性を好んで食べると噂されてます。それ故この名前が付けられたと言われていますわ。

 非常に狂暴な肉食魔獣ですけど……恐らくペット可して飼いならしたんでしょうね」


 言い間違い、聞き間違いではないらしい。


(そうかサラブレットさえ異世界ではそんな感じに変わるのね……まあ元の世界に居たサラブレットとは名前が違うから一緒とは限らないけど……)


「日本の方が一時期好んで飼いならしていたそうですから、しかし、狂暴で気性が荒いですからね、一般には普及しませんでしたわ」


(‥‥日本人がその様子だと本当にサラブレットなのかもしれないわね、魔物化して肉食になったのかしら?)


しかし、やはりと言うか、他の日本人も元の世界に有ったモノは何処か安心するのかもしれない。そんなサラブレットを飼いならすのは郷愁故だろう。


「私は、どうせ馬系で飼うなら『スレイプニール』とかの方が飼いやすいと思うのですが……まあ人それぞれですわね」


 私もブラシとスプレーを取り出してブラッシングを始める、ウッちゃんは気持ちよさそうに目を細め、そのまま地面に座り込む。


(へえ、ちゃんと気持ちいい事して貰ってる事が分かるのね、ブラッシングしやすい様に座り込んだのよね? これって)


「『スレイプニール』? 聞いたことがあるわね、足が沢山ある馬だっけ?」


 たしか元の世界の伝説ではそんな感じだったと思う、此方の世界でも似たようなモノだと噂で聞いたが、私はまだ見たことが無い。

 可成りの大きさの馬らしいのだが……


「そうですわ、八本足の『スレイプニール』が一般的ですが、極まれに六本足の個体も生まれるそうです、六本足の『スレイプニール』は非常に足が速く貴重とされてますわね。

 『スレイプニール』は一般的に非常に知能が高く、高潔で穏やかな気性の個体が多い為、騎乗用の地竜『ライドラ』と共に主に騎乗用に飼われてますわ」


 足が多いのが特徴の馬なのに足が少ない方が優秀って……それってどうなのだろう?


「『ライドラ』って、あの角がカッコいい二本足の恐竜みたいなやつ?」


 ごく一般的に街中で非常によく見かける騎乗用の動物はこの『ライドラ』かも知れない。

 この街でよく見かけるのは、鳥馬よりも小さく、2.5メートル位の全高、二足歩行の恐竜に角を生やし、鎧のような鱗に包まれた種類のものだ、可成りカッコいい、私もいつか余裕が出来たら一匹飼いたいと思ってる。


 後でサアヤに聞いたが、これがこの地域に多い種類の『ライドラ』の特徴らしい。他の街や地域には他の種類の『ライドラ』が居るそうだ。

 街中では背中に鞍を括りつけて手綱を付けて運用されているのをよく見かける。割と年若い少年・少女が乗っているのを見かけるので、日本で言えばスクーター感覚なのだろうか?


「多分それだと思います、色々亜種というか種類がいて色やら見た目が違いますが、それら全てを大きく分類して『ライドラ』と呼ばれてます。

 気性は多少荒っぽいのですけど、忠誠心に厚く、騎乗する主人に尽くすタイプが多いですね。戦争などで一番多く騎士が騎乗するのが『ライドラ』ですね。

 単体での戦闘能力も高く、街から街への移動など地上での騎乗移動に最も多く用いられてます」


 この『ライドラ』は迷宮でもよく見かける。騎兵が搭乗し、槍やランスで突進攻撃を仕掛けるのだそうだ。余り大きすぎず、また大魔王迷宮など広い迷宮では移動に重宝するらしい。


 そしてこの地域の街中で次に多いのがこの鳥馬だ、荷馬車を引いているのは大体鳥馬だ。

 この荷馬車、荷馬車と言って良いのか疑問が残るが皆そう呼んでいるのでそれで正しいのだろう。

 中世風の木製の荷馬車ではない、ゴムのタイヤを履いて、大きな金属の車輪、板バネによるサスペンション迄ついている外観の物を荷馬車と呼んで良いのか非常に疑問だが。


「なんで鳥馬に騎乗しないの? 荷馬車を引いている姿はよく見かけるけど、人が騎乗している姿は殆ど見ないわね?」


 サアヤはウッちゃんの頭の方を優しくブラッシングしながら、


「ああ、それは馬鳥が頭に何か付けられるのを非常に嫌うからですわ、この飾り羽、只の飾りじゃないんです、魔法の触媒、杖の代わりですわね、デリケートなことも有りますが、ここを押さえられると鳥馬は魔法が使えなくなります。

 ですから何か頭に装着されそうになると鳥馬が暴れるんです、手綱が付けれない為、騎乗に向かないんですわ」


「魔法? え? 鳥馬って魔法が使えるの?」


「そうですわよ、荷馬車に多く使われている理由もそれですわ、元々サスペンションなどで荷馬車の緩衝制御は行っていますけど、鳥馬は更に『スライドボード』と呼ばれる、荷物搬送用の魔法を自分の牽く荷馬車に掛けて少し浮かせて荷馬車を安定させるんです。

 これにより荒れた郊外の道でも荷馬車の荷崩れや衝撃を気にすることなく鳥馬は全力疾走できます。

 だからこそ鳥馬は騎乗できなくても荷馬車専用の搬送用地竜としての地位を確立しているのですわ」


「鳥馬ってそんな魔法を最初から使えるの? 何それ人間に便利に使われるためだけの地竜って感じね」


「違いますわメグミちゃん、『スライドボード』の魔法は後天的に覚えたんです。覚え込ませたと言った方が正しいでしょうか? 

 本来、鳥馬が使う魔法は攻撃用の炎系魔法や速く走るための風系魔法ですが、この魔法の素養と、膨大な魔法容量、そして高い知能を活かして『スライドボード』の魔法を覚えさせてるんです。

 まあ浮かせることによってより抵抗が減り、荷馬車を牽引しやすいですからね、本人たちもそれが分かってるんでしょうね、言われなくても荷馬車を装着すると勝手に魔法を使ってますわ」


「ねえ、けどそんな猛スピードで走ってたら、何かあった時に止まったら鳥馬自身が荷馬車に引かれるわよ? 危なくないのかしら?」


「その点も考慮した上での『スライドボード』ですわ、この魔法は術者とその対象物の距離を一定に保つ作用がありますから、鳥馬が止まれば荷馬車も止まるのですわ。まあブレーキが鳥馬の脚だけなので限界はあります、良く言うでしょ?

 『鳥馬は急には止まれない、飛び出すな注意一秒ケガ一生』って」


 似たような標語は知っているが、此方でも似たようなのが有るらしい。


「荷馬車にブレーキを……ってそうか浮いてるからブレーキが効かないのか……」


「専門で御者をしている人は『エアブレーキ』の魔法を併用する見たいですわ、魔法でパラシュートのような物を展開して速度を落とす、荷馬車専用魔法ですわね」


「先ずスピードを出すのを止めない?」


「鳥馬を使用してる方は行商人や、配達員の方が多いですからね、スピードが命みたいなところがありますね、まあ郊外では魔物に絡まれない為にも猛スピードで移動した方が安全ですからね、人も居ませんし良いんじゃないですか?

 ただ街中ではスピード制限がありますからね、ゆっくり移動してるでしょ?

 郊外でゆっくり移動するのでしたら『トリケラ』ですわね。重量物の輸送もこの地竜が使われます。

 彼方は10メートル超えの巨体でゆっくり移動していても襲ってくる魔物が居ませんからね」


「けど郊外にだって徒歩で移動している旅人とか、開拓村の農民とか居たりするんじゃないの?」


「郊外に開拓村なんてありませんよ、魔物や魔獣だらけですからね。

 開拓村と言っても結界を張りながら既存の街の圏内から徐々に広げて行くような距離にありますわ。この世界の98パーセント以上は未開の地。人の支配の及ばない土地です。

 国と国とを繋ぐ郊外の交易路に徒歩の旅人は居ませんわ、魔獣の群れに襲われたとき、人間の足では逃げきれませんからね」


「そうなの? ヘルイチの周辺は結構長閑な田園だけど?」


 この街の周囲を思い浮かべるが、お使いクエストで遠出した時もそんな光景は見たことが無かった。


「メグミちゃんこの街周辺が異常に発展しているだけです。他もこうだと思わない方が良いですわ」


「ねえ、サアヤちゃん、その98パーセントってよく聞くけどそれって何に対して何が2パーセントの面積なの?」


ノリネエが質問する、


(ああ、それ私も聞きたかった奴だわ、ナイスクエスチョンねノリネエ!)


「? ああ、未開の地という言葉の前提ですわね、そうですね国として人や亜人が支配している土地の面積、国土が、地表面積の約2パーセントという意味ですわ。

 要するに残りの98パーセントには国や町すらない前人未到の大地が広がっているんです。ここでいう国土でさえ大きな森や、山を含んでいる事が有りますがそれを含めても2パーセント。

 交易路を外れたら人なんて見かけませんわ、外れる人自体が居ませんけどね」


「バカげた広大さよね、地球よりも広いんだったわねこの星は……国同士の戦争も殆ど無いんだっけ?」


「国と国が離れてますからね、戦争の為の軍隊の移動でさえ大変ですわ。

 交易の要所となる街を巡って戦争が有ったのが150年程前でしたっけ? 確かその位ですわ、以来人同士で戦争は起こってませんね。有っても小競り合い程度。

 まあ何処も戦争するくらいならその兵士を魔物退治に赴かせた方が余程有意義ですからね。

 資源が欲しければ自国の付近で探せば良いんです、その余裕が有ればですけど」


「土地が余りまくっていて、大型の魔獣が沢山いる、そうねこの未開の大地そのものが人同士の争いを阻む天然の要塞なのね」


「けどそれだけ国同士が離れているとなると交易商人さん達は大変ね」


「ねえそれって例え交易路でも郊外で事故にでも遭おうものなら命がヤバいんじゃないの?」


「交易商人、行商人の方は命がけですわよ、その分実入りも良いらしいですけどね、まあ大体キャラバン、隊商を組んで移動しますから、何かあった時は皆で助け合いですわね、万が一の時も交易路から離れなければ運が良ければ助かります」


「ここまで広大だと、そんな事故に遭ったら生き残るのは、たしかに本当に運よね。

 ねえ騎乗用の魔物って『ライドラ』や『スレイプニール』、それに鳥馬、他には居ないの?」


「他ですか? 色々居ますよ、『ロードウルフ』や『ライダーライガー』なんかも結構居ますね、空を飛ぶなら『グリフォン』に『ヒポグリフ』、それに『ワイバーン』でしょうか? それこそマイナーな物は数えきれない程種類がいますね」


「ああ、空を飛ぶのも良いわね! 竜騎士とかカッコいいわ!」


「メグミちゃん、正確にはワイバーンは飛竜騎士で、竜騎士と呼ばれるためには最低でもレッサードラゴンに乗らないとダメですよ」


「レッサードラゴンねえ、強いの?」


「滅茶苦茶強いらしいですね、卵を狙った『エッグハンター』が度々挑戦しては返り討ちにあってるみたいですわ」


「卵? 美味しいのかしら?」


「いいえ違いますお姉さま、レッサードラゴンを飼い馴らすには孵化させて直後に刷り込みを行う位しか手が無いんです。劣るとは言え竜種は伊達じゃありません。成体を飼い馴らすことは不可能とされてますわ」


「卵泥棒の成れの果てが竜騎士だと思うとちょっぴり残念な気分になるわね……

 けどそうね色んな騎乗できる魔物が居るのね」


「何時かそんなのに乗って世界を股にかけて旅してまわりたいわね、秘境がゴロゴロしてるって事は絶景も沢山ありそうで面白そうだわ」


 そんな事を話しているとウッちゃんはブラッシングが気持ち良かったのか、エサのお肉を食べてお腹いっぱいで眠くなったのか、すっかり寝込んでいた。

 最初アレだけ警戒していたのに、慣れるのは案外早いらしい。


 その頃には厩舎もすっかり綺麗になっていた。

 ブラッシングを終えた私達は、プリンたちが綺麗にしてくれた厩舎に、新しい藁を敷き詰め、餌箱に乾燥させた穀物飼料を一杯入れて、水箱にも綺麗な水を満たす。


「ねえゼリースライム追い出さなくて良いの? 一部残ってるけど」


 大半のゼリースライムはプリンが引き連れて外に出て行ったが、数匹そこら辺に隠れていたのか、取り残されたのか、ウロウロしている。

 そして餌箱の飼料の匂いに釣られたのかそちらにプニプニと集まってくる。


「大丈夫ですわメグミちゃん、どうせ明日迄生きては居ないでしょうし、多少飼料を食べられても平気ですわ」


「ああ、まあそうか」


 そう言った途端に、綺麗になった厩舎に戻ってきたウッちゃんが一匹のゼリースライムを嘴で摘まんで食べる。


 そうまるでゼリーを食べる様にちゅるるんと食べるのだ。


「これお腹壊したりしないの?」


「大丈夫ですよ、ゼリースライムは汚れも雑菌も全部分解してその身に取り込んでますからね、結構衛生的な生き物なんですよ」


「生で食べてお腹の中で増殖とかしないの?」


「そちらも平気です、キチンと核を潰してますから」


「本当にゼリースライムって、オヤツ代わりなのね」


「綺麗にしてもらったのに何だか心苦しいわね」


「まあ知能らしい知能は無いので気にするだけ無駄ですわ、感情もありませんし、今回の掃除もプリンちゃんがゼリースライムをコントロールしただけで、ゼリースライム自身にその意志は有りません。

 本能にしたがって取り込んで分解するだけすねあの子達は」


「そんなモノなのね」


 その日の昼食はサアヤの約束通りティタ御婆様が食べきれない程の肉料理を振舞ってくれた。

 翌日もサアヤに会いにクロウさん宅を訪れた私とノリネエは、ウッちゃんの様子を見に厩舎を訪れたのだが……


「なっ、何で警戒するのよ!! 昨日はあんなに懐いたじゃない!」


 ウッちゃんはすっかり昨日の事を忘れたかのように、誰アンタ? 見たいな感じで警戒した目で此方を見つめて決して近寄ってこない。


「一晩で元に戻っているわね、ちょっと悲しいわ」


「メグミちゃん、お姉さま、先程渡したお肉をこちらに」


「サアヤ聞いてよ! ウッちゃん、私達の事忘れてるわ! ヤッパリ鳥ね、鳥頭なのね!」


「メグミちゃん落ち着いて、肉を上げれば分かりますわ」


 サアヤはショックを受けている私達の事を気にする風もなく餌箱に穀物飼料を補給していく。


「??? なんで? まあいいけど、ほらウッちゃん大好きなオーク肉よ」


「え? メグミちゃん、オーク肉だったのコレ?」


 ノリネエが意外そうな顔をして此方を見るが、


「そうよ見ればわかるでしょ? この街の豚肉はほどんどオーク肉よ?」


今更何を言っているのか分からない。昨日あんなにノリネエも食べたのに……


「……そうなのね、うん、気にしたら負けね、良いわ、じゃあ私も、ほらウッちゃんお肉ですよ」


 すると途端に警戒心が薄れ、昨日馴れていた時と同じくらいに甘えて頭を摺り寄せて来る。


「へっ、え? なんて現金な奴なの、少し見損なったわウッちゃん!」


 少し面食らって驚いていると、水箱に水を補給し終えたサアヤがこちらに来て、


「違いますよメグミちゃん、ウッちゃんに細かい人の区別はつきません。人間の個体差の判別が曖昧なんです。

 そして覚え方も独特なんです、


『昨日肉をくれてブラッシングしてくれたこの位の背丈のこんな感じの人間』


そんな覚え方なので、肉を持っていないメグミちゃんがメグミちゃんだと分からなかっただけです。

 肉を与えたことによってはじめて昨日の人間と同じ人物だと気が付いて甘えてきてるんです」


 私とノリネエの格好は昨日と一緒、最初に冒険者冒険者組合で支給されたピンク色のジャージだ。動きやすく作業着にピッタリなのだ。

 昨日と全く同じ格好でこの区別のつかなさは服を変えたら完全にアウトじゃないだろうか?


「難儀な子ね……まあ良いわ、忘れた訳じゃ無いのね? ウッちゃん肉とセットで覚えるの辞めない? 個人でしっかり覚えて欲しいわ」


 頭を撫でながらそう言い聞かせるが、理解しているか未知数だ。


「そうね、私もその方が嬉しいわ」


 ノリネエも頭を撫でてそう呟くが、


「中々難しいんじゃないでしょうか? 私もこの家に住み始めて半年くらいの付き合いになりますけど、毎日エサを与えて最近やっとエサ無しで覚えてくれた位ですから」


どうやらシッカリ覚えてもらうには根気が必要らしい。



 引っ越しに当たって、クロウさんは孫娘が目に入れても痛くない位可愛いらしく、クロウさん宅での積込みと、此方への運搬は、クロウさんが張り切っていつの間にかやってくれていた。


 クロウさんは今回の引っ越しも本当は孫を自分の家から他に出したくないと反対していたそうだが、ティタ御婆様に怒られて渋々納得したらしい。


 しかし認めるとなると積極的に協力してくれる当たり、とても潔い良い。流石幕末の生まれの武士!

 

 そうこのクロウさん、60代位かもしれないがまだまだ若々しい、見た目だけなら50代でも通用するかな? と思っていたら、実は100歳をとうに超えていた。


 最初期の日本人召喚者の一人との事だ。


 この異世界では人の寿命、人の見た目の年齢が余り当てにならないらしい、恩恵の力で老いが遅くなり、下手をすると若返ることさえあるとの事だ。


 ただ孫に良い恰好をしようと無理がたたったのか、そこで腰が限界となり、今は『ママ』に看病されながら居間のソファーで横になっている。


(まあこの量はね、これリホーム仕立てなのにサアヤの部屋の床が抜けたりしないよね? ほんと年寄りに無茶させたわね……)


 そう思うほどの木箱の数であった。

 この量の木箱を運んできたウッちゃんも今は荷馬車から解放して、庭でソックス達にじゃれ付かれている。

 しかしウッちゃんは気にした風もなく、目の前の肉に夢中だ。


(ご褒美に上げたけど……本当に肉を出した途端に気が付いて懐くのよねこの子)


 肉無しで覚えてもらうのはまだまだ当分掛かりそうだ。そして、


「これ全部本? サアヤは本当に勉強熱心ね」


「本当にすごい量ね、サアヤちゃん自分の部屋に、壁一面どころか可動式にして、2段にして本棚造っていたけど……これが理由だったのね」


 荷馬車に山積の木箱を見上げならノリネエと二人でその量に感心する。


(クロウのじいちゃん、これ全部一人で積み込んだの? 無茶しすぎだわ……)


「手伝ってもらって、申し訳ありません。後でお礼しますね」


 既に部屋に一往復したのか、空になった木箱を畳んで手に持ったサアヤが、庭に出てきた。


 

 ここ異世界には、石油化学製品がない。

 

 石油自体は少量ではあるが既に見つかっているのだそうだ。以前アツヒトに尋ねたら、


「この世界も地球と似たような生態系が広がっているからね、掘れば石油も大量に埋まっているのかもしれないね」


「そうなんですか?」


「なにせ石油系の魔物まで居るからね、ドロップアイテムがガソリンのような燃えやすい液体だよ、成分解析ではほぼガソリンだそうだ」


そんな石油系の魔物もいるらしい。


 ただエネルギーは他に便利なものがある、そう魔結晶は万能エネルギーなのだ。その為態々無駄な労力をかけて石油を掘り出す人が居ないそうである。


 そして使い捨ての文化がなく、ほとんどの物は壊れるまで繰り返し使われる為、脆弱な石油化学製品、そうプラスティック製品が全く普及しないそうだ。作った人もいるらしいのだが、そのコストに見合うだけの価値は無かったらしい。


 この本の詰まった木箱もそうで、折りたたむ仕組み付きで、頑丈で、とても軽い木で出来ており、繰り返し使用される。

 こういった元の世界にはない優れた素材のおかげでプラスチックの出番が無いのだ。

 この繰り返し使用できる木箱も、日本人の『もったいない』精神と、異世界の人の元々持っていた精神が合致した結果らしい。



 そんなこんなで早速木箱を運ぶ作業に取り掛かる。


「気にしなくていいよ、って今度参考に本見させてよ、それがお礼で良いよ」


「私も今度読んでみたいわ、サアヤちゃんお願いできる?」


「そんなことでしたら全くかまいませんよ、……と言うか是非読んで頂きたいですわ、なにせお二人とも本場の方ですものね」


「本場? ……本場って何? 日本の事が書いてる本なの?」


 『身体強化』を自分に掛け、『重量軽減』を木箱に掛けて、木箱を持ちながら聞いたら、


「運び終わったら、本棚に並べながら読んでみるといいですわ」


 そんな答えが返ってくる。


(何だろう? イヤに勿体付けるわね)


「サアヤちゃん、それは片付けが進まなくなるパターンよ」


 そんなこんな喋りながら3人で30分と少し、庭と2階のサアヤの部屋を三人で何度も往復する。

 段々とサアヤの部屋に山積になる木箱に、床が心配になるが、床はミシリともいわない。

 凄い収納量の本棚をリクエストされた師匠が気を効かせて特別に頑丈に補強してあるのかもしれない。


(流石は師匠達ね、全く抜かりが無いわ)


 ようやく全ての木箱を運び終えた時には皆汗をかいていた。


「みんな、少し休憩して水分を補給しなさい」


 居間から『ママ』の声が掛かる。


「ありがとう『ママ』、じゃあ皆でちょっと休憩ね」


「『ママ』お爺様の様子はどうですか?」


 サアヤが心配して尋ねると、


「今は眠っていらっしゃるわ、朝が早かったのでしょうね、客間で横になって貰っています」


 『ママ』は冷えたジュースを皆に手渡しながら答える。


「じゃあ腰痛はもういいんだ?」


 一口そのジュースを飲む、


(うわっ、これ美味しいわね、何のジュースなのかしら? フルーツ系? よね? ん? 二種類位ブレンドされてるのかな?)


爽やかな喉越しのそのジュースはとても美味しかった。


「そうね腰痛の方は『治癒』で回復済み、もう問題ないわね」


「クロウさんのお宅のサアヤの部屋って結構奥まったところにあったわよね、この家の庭から2階の部屋までの距離のざっと4倍位?」


 クロウさんのお宅は山の手の高級住宅街にあって、なお、その中でも結構な広さのお屋敷だ。大きなウッちゃんを庭で放し飼いにしても問題ないほど広い。


「そうですわね、3人でこれだけ時間が掛ったんですから、お爺様は2時間ほど一人で運んだんでしょうね……」


 そう言ってため息をついている、流石に高齢なため、無茶が心配だったらしい。


「サアヤちゃん気が付かなかったの?」


 『ママ』がそう尋ねるが、サアヤが気が付いてそのクロウさんを放置するとは思えない。


「昨日は最後と言う事もあって御婆様と一緒に御婆様の部屋で寝たのですけど、その所為で御爺様、一人で寂しかったのでしょうか? 朝起きたら本の積込みが終わってましたわ」


「無茶するわね、見た目ほど若くないんだし程々にしないとね」


 少し休憩して、『ママ』の用意してくれた、お湯で湿らせたタオルで汗をぬぐってから、サアヤの部屋でじゃあ本棚に並べるかっと木箱を開く。


 木箱の中には厚みの薄い本がギッシリ詰まっていた。


(何だろこれ? 薄いわね? 魔導書とか博物誌とかもっと分厚い本を想像してたけど案外薄いのね?)


 そう思い一冊手に取ると……見慣れた感覚、


(あれ? 漫画の本?)


 表紙には綺麗な色彩で綺麗な人物画が書かれており、これは……


(なに少女漫画なの? え? 少女漫画よねこれ?)


 絵のタッチは間違いなく少女漫画だ。


「サアヤ、これって漫画?」


「そうですわ、こちらの世界にいらした、日本人の漫画家の先生が描いているらしいです。

 とっても絵が綺麗で面白くて、今エルフの都の女性の間では爆発的大人気で、私はこの街で最新刊が発売されたら、大量購入してエルフの都に送ってますわ」


 初耳だった、まあ色々やらかしている街だ、今更文化汚染も糞もないのだろう。

 漫画、懐かしさが込み上げて来る、そう弟が好きだったので良く私も買っていた。小さい頃から漫画さえ与えて置けばご機嫌なのだ、小生意気だが手間は余りかからなかった。


「へえーー、こっちにも漫画有るんだ、そりゃこれだけ日本人が来てるなら、漫画家も来てる可能性はあるよね。この世界にあるのは少女漫画だけなの?」


 弟が少年漫画が好きだったので買っていた漫画も自然とそっち系統が多かった。最初は弟に買っていたのだが、読んでみると案外面白かったので私も何方かと言うと少年漫画が好きだ。


「いえ、他のジャンルの漫画の先生も、幾人かこちらに居るらしくて、私の好きな少女漫画? のジャンルだけでも10数名居られるみたいです」


「え? そんなに? ……ちょっと割合が高くない?

 ……やっぱりこの世界に召喚されている人、オタク率が高すぎるような……」


「魔族の方にも、この日本の漫画は大人気らしくて、若干召喚を執行している魔族の方の好みが、影響してるのかもしれませんね」


「ふーーん、そうなんだ、他のこともそうだけど、魔族ってホントにどうなってんだって感じだねえ」


 ふと横を見るとノリコが既に漫画を読みふけっている……


(作業が止まるって言ってた本人の手が最初に止まってるわよノリネエ! 

 本当に夢中ね、なに? そんなに面白いの?)


 私も一冊その本を手にとってパラパラと流し読んでみる。


(え……っと、ダメよねこれは! ……十八禁とかこの異世界にはないのかしら? これサアヤが読んでるの!?)


 少し動揺していた。


(いや待て、落ち着け私! これは偶々こんな本なだけかも、そうよね、ノリネエが夢中で読んでいるって事は、これは普通の奴じゃないかな?)


 そう思いノリネエの読んでいる漫画の続きの巻を手に取ってパラパラと捲る……


(ダメじゃん、こっちもダメダメじゃん! え? ノリネエこんなの夢中で読んでるの?)


 『ホモの嫌いな女子なんて居ません!』有名なセリフらしいが、どうやらそれは真実であったようだ。


「え……とノリネエ??」


 恐る恐る声を掛けると、

 

「あっ……ごめんんさい、つい読みふけってしまって、手が止まっていたわね。ねえ、サアヤちゃん、これちょっと貸してくださる?」


「もちろん是非、同好の士が増えることは喜ばしいことですわ、ノリコお姉さま」


「ありがとう、ねえサアヤちゃん、もしかしてこれ全部そうなの?」


「2割弱位は、魔法関係やら博物誌、百科事典なんかの普通の本ですけど、他はそうですわね」


 サアヤは嬉しそうに答える、ノリネエも何故か嬉しそうだ。


 私は少し頭が痛くなってきた……


(ダメだ、腐ってやがる!!)


 そうサアヤの持ってる少女漫画は、少女漫画のヒロインを男にして、ヒーローは当然男でって内容の話。


 所謂『薄い本』……中でもBL本と言われるジャンルだ。


 メグミもそれから数冊流し読みをしたが、日本の少女漫画で女の子主人公だったら見たことがあるような内容が多かった。


(パクリ? パクッてるよねこれ!)


 まあこの主人公の男がビッチで有ったり……多少内容が毎回『男×男』で不必要に絡んだりとか違いはあるのだが……

 

 『薄い本』……異世界だから厚くできないとかではないのだろう、サアヤの持っている本の中にはコミック本位の厚い本も有るが、内容は『薄い本』だ……

 一応ストーリー物も多く、読むと案外面白いのだが、


(ええ、読みましたとも、嫌いではないですよ読むのだけはね)


内容は全て『BL』


(これが大人気? エルフ? 大丈夫なのエルフ? いや、それに魔族にも人気って大丈夫なの? 魔族ってそっち系なの?)


 世間の腐り具合を嘆く、私はその逆が良いのだ、なんで男同士なのか理解できない、そもそも男が要らない!



 引っ越しをしてから数日後、今では私の部屋にも数冊漫画がある、その後サアヤに教えてもらって『漫画屋』に三人で買いに行ったのだ。


 私の部屋にある漫画は少年漫画や、サアヤの本とはちょうど真逆の内容の本が多い、そう数は圧倒的に少ないけど『GL本』もあったのだ。


 一応『漫画屋』自体が小さな子供は立ち入り禁止だったが、この異世界、十八禁とか無いらしく、モザイクもなければ内容に規制すらない。

 こんな内容の本は流石に子供には見せてはダメな気がするが、その辺は自己責任らしい。


 その後もノリネエは度々サアヤの部屋を訪れては本を借りているらしい。


(なんで? ノリネエってどっちかって言うと百合でしょ? 何で腐ってんのよ!)


それどころか『ママ』がサアヤの本を、この間、居間で読んでいた……


(『ママ』お前もか……後、せめて自分の部屋で読んで! 堂々と読む内容の本じゃないわよ!!!)

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