第9話そして再び場面は鉱山
一体全体、日本人の先達は何を遣らかしてくれてたんだ。戦力を期待して呼び出したら、激弱モンスターを渾身の力を込めて製作とか、洗浄機能付き温熱便座を製作とか、そりゃクレイジー扱いされるのも仕方がない。勇者目当てで召喚したら、マッドサイエンティストが召喚されてきたような物であろう。
(はぁ、しかし魔物を狩るねえ、ここやこの人達、自分達の事を冒険者組合って言ってたっけ? 冒険者ねえ、うん良いわね、なんだろう嫌じゃないわ)
メグミは剣道が好きだ、戦っても絶対に勝てない相手と戦わされるのは絶対に嫌だが、努力すれば、工夫すれば、勝つチャンスが残っているなら、そのチャンスをものにする、ギリギリの戦いは嫌いじゃあない。
否!!
寧ろ大好物だ、強い相手と戦っている時の心の高揚感が大好きだ。ギリギリの駆け引きが、神経に鑢を掛ける様な戦いが大好きだった。
まあ剣道での話であって、実戦がどうなのかは知らないが、だが、実戦と聞いても不思議と怯えは無かった。
怯えるどころか少しワクワクしている自分にメグミは気が付いた。
メグミはこの世界に召喚された衝撃の激動の日の出来事を思い出していた。
その日は夜も遅いのでとその辺りで解散、就寝となり、翌日からの3日間のこの異世界の一般常識を教えてくれる初心者講習も衝撃の連続だった……間違いなく異世界なのに、色々な所が日本なのだ、色々と凄い便利なのだ。
その後、半年間の見習い冒険者期間になり、最初の宿を出て、見習い冒険者寮に入寮し、各職業ギルドを巡り様々な技術を学び、その中でサアヤ、ノリコ達と出会い、親友となり、ソックスを拾い、サアヤ、ノリコ達と3人で一軒家を借りてシェアして一緒に暮らすことになり、現在に至るわけだが、その辺の話は追々折を見て話そう。
◇
メグミ達は鉱山入口にほど近い草原の、大きめの岩の上に腰かけ、お昼ご飯を食べ終えて水筒に入れたお茶を飲んで一服していた。
『家と家事の精霊』の『ママ』が作って持たせてくれた、お昼のサンドイッチは大変美味しかった。何かデザートも欲しいところであるが鉱山管理事務所に買いに行こうか? っとメグミは迷っていた。
そうそう午前中の採掘でとれた鉄玉は2万円で売れた、プリンのその場での精錬の精度が良く、純度が高かった所為も有る、しかし一番の理由は、メグミが強引に値上げを迫り撃沈し、ノリコがやんわりと胸を強調して値上げ交渉を頑張った結果である。
ノリコにお昼ご飯を食べながらそれとなくその点を指摘すると。
「私は冷静に鉄玉の品質、純度を指摘して価格交渉しただけで、色仕掛けなどしていないわ、見習いとはいえ聖職者ですよ私は!」
少し怒りながら否定してたが、買取窓口のおじさんの目はノリコの揺れる巨乳に釘付けであった。本人には自覚はないのだろうか……?
ああ、言い忘れていたがこの街の通貨の単位は『円』である、この辺も日本人の影響が大きい、又物価もあまり日本と差はない。
通貨も下から、『50円半銅貨』『100円銅貨』『千円小銀貨』『5千円半銀貨』『一万円銀貨』『10万円小金貨』『百万円金貨』『一千万円白金貨』となる。
貨幣に使われている金属の価値が貨幣の価値と成るため、紙幣はない。紙幣の価値を保証する、国の様な物がこの地域にはないからだ。大魔王迷宮の入り口に出来たこの街の周辺は、先の魔物の暴走で国が滅び去っているのだ。
故にこの通貨は一応この地域だけの為に冒険者組合が主体となって発行されているのだが、
「世界中どこに行っても通用するよ」
とは初心者講習でのアツヒトの談である。
純度が高く、混ぜ物のないこの地域の硬貨は世界中で珍重されているらしい。プレス加工なのだろうが、この異世界の他の国の貨幣よりも彫金に優れており、偽物を作ることさえ困難と言われている、その加工技術も価値の保証に一役買っている、彫金に織りこめれている魔方陣によって保護の魔法が掛かっていて、偽物も直ぐに見破れるらしい、この地域の硬貨を輸入して自国の硬貨としている国が有る位硬貨の価値が高いらしい。
メグミとしては硬貨ばかりは重くて嵩張って嫌なのだが、紙幣が無いのだから仕方がない、まあ最近では魔法のキャッシュカードが銀行から発行されていて、この街のお店であれば全て使える。重い硬貨を持ち歩かなくて済むのは良いのだが、現金値引き等、価格交渉が効くのは現金払いの時が多い為、結局は重い硬貨を持ち歩かなければならず。『収納魔法』魔法が無ければメグミは我慢できなかったと何時も思う。
もう一つついでに記しておくが、この地域の『公用語』は『日本語』で街中に、『漢字』『平仮名』『片仮名』『アルファベット』『アラビア数字』が溢れている。極偶に読めない、見たこともない文字も見かけるが、あれが本来のこの世界の文字なのかもしれない。もう日本人無双過ぎて言葉もないが、特に地元の異世界人との軋轢はないらしい。
魔物の暴走でこの地域を支配していた王国は滅び去った事は先も述べたが、元々は識字率が低くかった異世界人に、日本人は『学校』を作り、日本語の読み書きを教えて庶民に広めた為、本来の異世界語が簡単に駆逐されていた。
なにせそれを咎める国家が存在しないのだ。
この地域に魔物の暴走後も残っていたのは冒険者相手に商売をしている人々や、他に行く当てのない国を失った難民だけ。
そんな人々だから、使える文字は何でもよく、冒険者の大半を占める日本人がその文字を使っている以上、その文字を覚えた方がコミュニケーションも商売も上手く行く。
現在この地域の異世界人の、日本語の識字率はほぼ100%を実現している。
会話言語も全く問題ない、これは魔法的な変換が行われているらしく、普通に日本語で話しても言葉が通じるのである。
まあこの地域では日本人に可成り毒されている為、変換しなくても日本語で話している人が多いみたいなのだが、これは日本人の多いこの地域だけでなく、この星のあらゆる地域でも変換されるらしく、どこに行っても言語で不自由することはないのだそうだ、多少、方言の様な物は有るらしいが……
また他の地域で召喚された、アメリカ人やドイツ人などとも普通に日本語で会話可能との事だ、驚きである。
お互い、それぞれに日本語と英語、ドイツ語で会話してる筈なのだが、翻訳されて聞こえる為、相手が日本語、英語、ドイツ語を喋っている様に感じるのだそうだ。流石はファンタジー、この機能は元の世界でも是非欲しい所だ。
また支配する国家が無いため、『ヘルイチ地上街』を含め周辺4街の地域は『5街会議』を頂点とする、合議制で運営されている。後に判明したが、あのアツヒトも議員の一人で実は結構偉いらしい。街の成立ちも含め、冒険者ギルドは結構な権力機関となっているそうだ。
また話が逸れたが、メグミがデザートを買いに行こうか迷っていると、ノリコがお茶を飲み終えて、
「ゴロウ君達ーー、午後の打ち合わせをするので此方にいらして頂けますかーー」
鉱山管理事務所の購買で、パンやらお握りやら買って、それを食べ終わって少し離れた草原で寛いでいたゴロウ達に声を掛けた。
ゴロウ達は午前のこともあってか、やる気がなさそうにモタモタと歩いてこっちに向かってきていたが、
ドゴンッ!!
土煙が上がる。ノリコがポールハンマーを地面に叩きつけたのだ。
「はい、キビキビ行動しましょうね。モタモタしないでここに座って頂けますか?」
良い笑顔をゴロウ達に向け、ポールハンマーで目の前の地面を指示した。ポールハンマーで叩かれた地面は結構な範囲で陥没していた……
「「「はいっ了解しました、ノリコちゃん」」」
サッと青ざめたゴロウ達はノリコの前にきて胡坐をかいて地面に座る。
「はいでは、午後の方針についてお話しします」
(あれ? 既に打ち合わせじゃなくなってるな……)
「午前中に、あなた達の戦闘を見させていただきましたが、あなた達は戦闘のやり方が全く分かっていません、弱すぎます!」
ここでタクヤが不満げに口を挟んだ。
「俺たちだって戦士・剣士ギルドで修業したんだ、そっちが……」
ドゴンッ!!
タクヤが言い終わるより早く、タクヤ座っている目の前の地面にポールハンマーが叩きつけられた。
「お話の途中ですよ? 何か言いたいことがあるなら後で聞きます。お話を続けてもいいですか?」
タクヤは正座に座り直しながら、顔を真っ青にして首をコクコクッと振っている。
そして今回ノリコに怒られたわけではない左右の二人まで頷いている。
……タクヤの足の先ギリギリで地面は大きく凹んでいた。
「では話を続けます。午前中の戦闘を見ると、あなたたちは戦士・剣士系の『武技』しか使っていませんでした、この『武技』の使い方にも問題がありますが、これは後で話しましょう。何故『武技』しか使用しないのですか? 『魔法』は使えるのでしょう?」
「生活魔法は必須と聞いていたので学んだ、だが『魔法』を使うのは『魔法使い』の仕事だろう?」
「それは違うわゴロウ君、厳密にいえば『魔法使い』なんて専門職はこの異世界には存在しません。敢えて魔法系の仕事としてその役割を上げるなら、強い魔物に対して、『攻撃魔法』『行動阻害系魔法』『状態異常付加系魔法』を使用することであって、味方に『能力向上系魔法』を使うことではないわ。
それに他者に『能力向上系魔法』を使うのは、自分に掛ける場合の約1.5倍の魔力を消費するのよ? 知らないの? 魔法である限り、他者の魔法に対する魔法抵抗力は支援魔法にも働くのよ、その為効果も減少します。理解してますか? そのことを」
「しかし! 俺たちの装備はナイフや、ブロードソード、ロングソードでスタッフは装備していない」
「それに何の問題があるのかしら? シンゴ君、『魔法』を使うのにスタッフは必要ないわ。スタッフは属性を付与することによって『攻撃魔法』の威力を向上させたり、攻撃対象の設定補助、攻撃範囲設定の補助の為のものであって、『能力向上系魔法』には全く必要のないものよ? 知らなかったの? そもそも生活魔法でスタッフなんて使ってないでしょう? 魔法を使うのに必須であるなら生活魔法にもスタッフが必要でしょう?
どうやらあなた達は、誰も教えてくれなかったのか、教えたが聞いてなかったのか、聞いたが覚えてなかったのかわかりませんが、基礎が全くできてませんね」
いつの間にか3人とも正座になっていた。
(これはノリネエ説教モードに入ってる……話長くなりそうだな……)
「そもそもの基本から一度話す必要がありそうね、聞いたことがあっても復習の
そもそも、この異世界に来た私たちには使える『力』の器が3つあります。
戦士系の『武技』を使うための『気力』
魔法使い系の『魔法』を使うための『魔力』
神官・精霊使い系の『加護』を使うための『精神力』
これらの力は強い弱い、上手い下手はありますが、異世界人、召喚者問わず全ての人に備わった、この世界を生き抜くための『力』です。
冒険者は強大な『魔物』に対抗するために、この3つの『力』すべてを駆使し『魔物』を倒すのよ。その『力』の使い方を学ぶのが、6ヶ月の見習い期間です」
「それは知って……ヒッ」
何か言いかけたタクヤはノリコの一睨みで黙る。
「私は午前中の地上に出るまでの戦いで、魔法の『武器強化』『身体強化』『腕力向上』、加護である神聖魔法『大地の息吹』『守護の盾』『守護の鎧』、そして武技の『叩き潰れろ』を使用してます。
攻撃の威力はもともとの武器と身体性能を合わせた威力を仮に『1』と想定しても、それぞれ最低の強化倍率、『武器強化』で1.5倍、『身体強化』で1.5倍、『腕力向上』で1.5倍、『大地の息吹』で1.5倍、『叩き潰れろ』で1.5倍、合計で最低でも約7.6倍の威力で攻撃している事になります。
あなた達の攻撃は精々『武技』を使った1.5倍のみ、威力が段違いです。分かりますか?」
「え……7.6倍!?」「なんだそれ? え? 全部重複するのか?」「そうか道理で……その細腕であの威力、理由がやっとわかった」
タクヤ、シンゴ、ゴロウがそれぞれ呟く、それを無視してノリコは話を進める。
「良いですか? これは最低でもです。それぞれの強化の習熟度によってこの強化倍率はどんどん上がっていきます。あなた達が弱い理由もこれなら納得するでしょう?
何度も言いますが『魔法』や『加護』の効力は、修練すれば上がっていきます。まだ私は使えませんが、『武技』の『剛力』や『剛健』なども組み合わせれば、さらに威力は上がります。
更に例え貴方達が頑張って武技の強化倍率を3倍に上げたとします。私の強化倍率は満遍なく修行、修練している為2倍だったとします。
貴方達は3倍で3の威力、けどね私は32倍で32の威力で攻撃できることに成るのよ」
ここでノリコはいったん言葉を切った。
「なつ、32倍?」「狂ってる、この世界、狂ってやがる、全部重複とか何処の馬鹿が設定しやがったんだ、ゲームバランス考えろよ」「おいシンゴ、ゲームじゃない、現実だ、いい加減受け止めろ」
そんなゴロウ達の動揺を他所に、メグミは、
(やっぱりノリネエ『腕力向上』覚えたんだ、しかも『大地の息吹』と『守護の鎧』まで……先越された)
全く関係ない所に注目していた、
「また、あなた達の『武技』の使い方にも問題があります。何故『攻撃武技』を一種類しか使用しないの? 『武技』は一度使用すると、その『武技』の仕様箇所に気力が満ちるまで使えません。
だからこそ多数の敵を攻撃するときは、複数の『武技』を連続で使い、間の空かない攻撃を心掛け、『武技連続攻撃』をするべきなのです。メグミちゃんなんかはコンボを決めるとか言ってましたね。
あなた達は『切り裂け』はソード系、『弾けろ』は打撃系・シールド系でしか『使えない』と勘違いをしているでしょう?」
「そうだろ?」「え? これも違うのか? クソゲーすぎだろ」「だからゲームじゃねえぞシンゴ」
「違います! 違いますからね、『切り裂け』はソード系で一番効果が出やすい、『弾けろ』は打撃系・シールド系で一番効果が出やすい、それだけで別にどんな武器でも使用可能です。追加効果を別にして威力上昇だけならどんな武器でも一緒です」
(『切り裂け』をソード系で使うと防具事切り裂く追加効果、『弾けろ』は打撃系・シールド系だと弾き飛ばしの追加効果だったっけ? 習熟度が上がると効果も変わるみたいだけど、そうだ叩き潰れろは確か……気絶させる追加効果ね、ノリネエの場合、気絶する前に潰れているけどね)
「これはほかのすべての『武技』も同様です。それにあなた達は『武技』を使用する際に『武技』名を叫んでいましたが、これ必要ありませんからね? 『武技』は『気』をコントロールして、使用箇所で適切に発動すれば良いだけで、『武技』名を叫ぶ必要はありません。」
ゴロウ達は初耳だったようで、
「そうなのか?」「え? じゃあ俺のアレはただ叫んでいただけ?」「………恥ずかしいな」
そう呟きちょっと顔が赤くなっている。
「また魔法も同じです。呪文は、その魔法式がイメージしやすいようにと、適当に唱えてる人が居るだけで、本来魔法陣をイメージし、魔力回路から魔法陣に注ぎ込む『魔力』のコントロールさえできれば、全く必要ないものです。
例外として上級魔法などには『力ある言葉』で、威力や範囲を上昇させたりする物もあるみたいですが、私たちの見習いレベルの魔法には全く関係ない話です。普通に日本語でブツブツ呟いて何か効果があると思いましたか?」
3人とも無言で真っ赤な顔をして俯いてしまった、効果があると思い込んでいたようだ。
「『加護』を使う、神聖魔法も同様に使用の際には何も唱える必要はありません。
しかし、神聖魔法には『功徳』を積むことで『加護』を受けれる回数が増える、といった特徴が有るの、だから使用の度に『聖句』を唱えて『功徳』を積むもの無駄ではないわ。
けれども、普通の神官は朝晩毎日『聖句』を何回も唱えて『功徳』を積んでいるので、殆どの人は無言で『加護』を使ってるわね。
そして、『加護』はそれを受けるのに精神集中し、『加護』を与えてくれる存在を、『神』を感じる必要があるの、その際に『精神力』を必要とします」
(私は、朝晩の祈りとか面倒なので使用の度に『聖句』を唱えてるけどね、なんかかっこいいし盛り上がるから)
「ここまでが『武技』『魔法』と『加護』の基礎ね、ここまでは理解できましたか?」
ゴロウ達はコクコクっと元気よく頷いている。
「では次に『武器』です、ゴロウ君ちょっと武器を貸してもらえる? そうそのブロードソードを、メグミちゃんもショートソードを貸してくれるかしら?」
「はいどうぞー」
メグミは腰の後ろの鞘から引き抜いたショートソードを柄を向けてノリコに手渡す。ゴロウも背中に吊っていたブロードソードを無言でノリコに手渡す。
「さて、あなた達この2つ見比べてどう思う? 製法が全く違うことが直ぐにわかるでしょう? ゴロウ君この剣安かったでしょう?」
並べられた2つの剣は見た目が全く異なっていた。
メグミのショートソードはキッチリ刃と刀身部分で2層に分かれ、更に素材の魔鋼によりダークグレーとグレー、二色によって構成されている。反りと刃紋がとても美しい。銅が側面に填め込まれ彫金も細かい、鍔の部分に填め込まれた宝石が仄かに光っていることも有り、まるで美術品の様だ。
一方ゴロウのブロードソードは白銀色に輝き、良く手入れはされているのか、錆などは浮かんでいない、今朝からコボルトの爪をその刀身に受けてきたため、細かい傷は付いているが、目立った損傷は無い。
ただし、その刀身は鋼の白銀色一色で、両刃の直刀、剣を描くとき一番に頭に思い描き、実際によく描かれている、まさに『剣』と言った見た目だ。
「それは俺が見つけてきてゴロウに勧めたんだ、カッコいいブロードソードが格安だったからな! 掘り出し物だろソレ!」
タクヤがちょっと自慢気だ。ノリコはゴロウの剣をハンマーでコンコンと軽く叩いて、
「ゴロウ君のこの剣、もう直ぐ折れるわよ、音が低いし雑音が入ってる。内部に金属疲労の亀裂があるんじゃないかしら?」
確かによく見るとゴロウの剣は刃の部分が大分潰れている。この重量で空振りするのだ、そのまま地面を叩いたのだろう、その繰り返しが祟ったのか確かに叩いて響いてくる音には雑音が混じる、内部に亀裂の無い金属は澄んだ音がするのだが……
「あと、この剣が安いのは当たり前なのよ。これはこの地域で作られた剣じゃないもの、多分他の地域の剣ね、普通の鉄が使われてるし、この剣は鋳型に鉄を流し込んで磨いて刃を付けただけの、この地域では決してやらない製法で作られているわ、一応鋼だけど、それだけね、鋼の質も余りよくないわ」
(珍しいわね、他地域の剣なんて初めて見たわ、どこに売ってたのよ? この街、包丁でさえ鍛造品しか置いてないわよ? 鋳造品の刃物とか見たこと無いんだけど……)
「メグミちゃんの剣を見てみて? これ日本刀と同じ製法で作られているのよ、この街の武器はほとんどがそう、折れず、曲がらず、よく切れる、折り返し鍛錬した日本刀の技法よ」
日本人の多いこの街では刃物は鍛造品が大半だ、命を懸ける装備に、安いから、簡単だからと鋳造品を装備する冒険者は居ない。知らなければ鋳造品でもこのゴロウのように装備するのかもしれないが、日本人なのだ、鍛造品の良さはその身に沁みついている。
「それに刀身の横に、銅で飾りのようなものが嵌め込まれているでしょう? この銅に彫り込まれているのは『ルーン文字』剣に様々な魔法の追加効果を付与するわ。
また鍔の部分に宝石が嵌め込まれているでしょ? こちらもこの宝石に様々な追加効果を『魔道錬成』と『付与魔法』で与えているわ」
そう飾りなどではないのだ、武器を飾る趣味はこの地域の冒険者には無い、徹底的に無駄を削ぎ落し、少しでも軽く、頑丈に武器は造られる。命が掛かっているのだ、見栄など二の次、先ずは実用性が第一、そのこの地域の武器に無駄な飾りなど一切ない。有るのは機能美、それだけだ。
「そもそも材質が魔鉄から作った魔鋼なの、色が全く違うでしょ? 黒い色が濃いほど魔素を多く含んだ魔鋼で質が高いの。ただ反面、濃すぎる魔素は魔力の伝達を阻害するわ、だから刃の部分に濃い色の魔鋼を、刀身部分には魔法の伝達率が上がるように薄い色の魔鋼と使い分けているのよ。それに魔鋼はね鍛錬中にも魔力を練り込んで追加効果を刀身自身に与えれるの。
こうして作られた魔鋼の剣は、切れ味も、威力も、耐久力も、それ以外の製法の他の地域の剣とは全くの別物ね、武器としての次元が違うわ、この地域の武器はね他の地域では『魔剣』、『魔法剣』って呼ばれているのよ」
がっくりとタクヤが項垂れた……鍛造の剣と鋳造の剣の差だけではない。そもそも材質が、武器としての格が違うのだ。そのことを並べられた剣が如実に物語っている。
素人でもわかる程にその二つの剣の間には隔絶した差が有った。メグミの剣を横に並べると、ゴロウの剣は玩具に見えるのだ。
(ノリネエ! その位にしてあげて! タクヤの
だがノリコの追撃は止まらない。
「それにねあなた達、武器があなた達の腕前に合っていないわ。
ゴロウ君はこのブロードソードの重量に振り回されて、攻撃が当たっていない。ダンジョンでは複数の敵を相手にすることが珍しくない、一撃の武器の威力より、確実に敵を捉えてダメージを与え、敵の数を減らすことを主眼に置くべきよ。
そうね……ちょっとだけ幅広のロングソードくらいが良いのでは無いかしら? 盾の使い方は上手いもの、片手剣と片手盾のスタイルは変えるべきじゃないと思うわ」
(まあその位が妥当でしょうね、重すぎる武器は使いこなせないけど、軽すぎる武器じゃあ威力に劣るし、耐久性も低いわ、前衛で攻撃を武器で受け流したりもしているゴロウに華奢な武器じゃあ直ぐに武器が折れちゃう、良いアドバイスよノリネエ!)
ゴロウの方を見ると何故か顔が真っ赤で照れている。
(ん? 何で照れてんの? あっ! ああそう言う事ね、盾の使い方が上手いって言われて照れてるのね、まあ確かに剣に比べると随分マシだったからね)
「では次ね、ねえ、タクヤ君は何で二刀流なの?」
「剣の師匠に『二刀流ってカッコいいよね、憧れるぜ!』って話したら、頑張って二本剣を使って練習すれば、そのうち『二刀流』のスキルが取れるかもねって言われて練習しています」
(あれ? 敬語に成ってる? タクヤ敬語使ってるよね? あのチャラいタクヤが敬語?)
そのタクヤの答えにノリコは溜息をつき。
「はぁ……練習はお家でやりましょうね、ダンジョンでやってると死にますよ?」
「うっ、確かにまあ結構無理そうだなとは思ってたんだけど……」
「まあ当然だな、前から思ってたけど左手の剣が飾りにしかなってなかったからな」
「アレは確かに酷いよな」
「なっ! 言えよ! もっと早く言ってくれよ!」
落ち込むタクヤにシンゴとゴロウの追撃が入る。
「周囲に言われる前に自分で気が付くべきでしょ? 貴方は戦士に成るんでしょ? 周囲に頼り切りで一人前の戦士に成れますか? あり得ないでしょ?」
「けど憧れは、夢は捨てるべきじゃないって師匠が言ってたんだ」
「そうね、捨てるべきじゃないわ、けれど、憧れに、夢に向かっての努力は影でなさい。少なくとも実戦で最低限、形にもなって無いものを練習するべきでは無いわね。
取り敢えず二刀流は影で努力してもらって、当面のあなたの武器は……そうね両手使いのファルシオン、日本刀よりちょっと幅広位でいいんじゃないかしら? 両手用に柄を長めにしてね」
(ふむ、良いチョイスね、日本刀ほど繊細じゃないから下手糞なタクヤが使っても折れたりしないでしょうし、中々の武器選定眼ねノリネエ! ん?? あれ? この流れは不味い流れなんじゃないかしら……)
内心焦り始めたメグミを他所に、ノリコの説教は続いていく。
「最後ね、ねえ、シンゴ君は何故ナイフが武器なのかしら?」
「俺も盗賊ギルドの師匠に最初は弱そうに見えてもナイフ使いはそのうちスッゴイ強くなるって言われて……『急所攻撃』で強い魔物も一撃になるって言われて……」
シンゴは最後の方は聞こえない程の小声で答える。
(ノリネエ、目! 目が怖い! 睨んだら可哀そうだよ……ってあれ? シンゴ顔が赤くなって無いか?)
そのシンゴの答えに、又も溜息をつきながらノリコの説教が続く。
「はぁ、まあ、そうね頑張って修業する、そのこと自体は良いことだわ。ただ此方も実戦で行うべき行為では無いわね、そのうちが来る前に死ぬわよ? 貴方は今は戦闘になれることが先決ね、実戦に慣れないと話に成らないわ」
(確かにあのへっぴり腰じゃあナイフの間合いに入ることさえ困難でしょうしね、ナイフって敵と肌が触れ合う位の超近距離武器よ? 魔物が怖くて腰が引けてるうちは絶対に使いこなせないわね)
「うーーん、そうね貴方にはメグミちゃんと同じような片刃のショートソードが合ってるんじゃないかしら、ちょっと長めの細目にして突きもできるようにすれば『刺し貫け』も『急所攻撃』にも両方対応できるわね。良い? さっきも話したけど『急所攻撃』はナイフじゃなくても可能なのよ」
ここで言葉を切るノリコは、パンッと手を打ち、
「ではこれからあなた達3人には、街に戻って『魔法』や『武技』と『加護』を覚えてきてもらいます。覚えるだけなら直ぐです、お金を払えば良いだけなのすから大丈夫ですよ。覚えたてで
ここがこの世界の便利なところで、覚えるだけなら本当に直ぐなのだ、基礎的な能力さえ足りていれば、『魔法』で直接魔法式や使い方を頭に流し込んでくれる。まあ、使いこなすには修行が必要だし、簡易的に魔法で流し込まれた『魔法』や『武技』は魔法式の仕組みや、そのコツ等を理解せずに使えてしまう為、効率が非常に悪いのだが、この辺は後から理解すれば良いだけだ。それこそ使って覚えればいい。
「ああっ言い忘れていたけど、ダンジョン内で『回復』の加護は神官は基本使用しません。
今回も鉱山を出てからあなた達に『回復』を使用しましたが、ダンジョン内での使用は非常にヘイトが高い行為です。
あなた達でも攻撃してる相手の傷を、付けるそばから回復させられたら、その回復している人間を攻撃して先に倒そうとするでしょ? 同じことです」
(基本なんだけど、これが分かってないって、ゴロウ達、講習の間何してたの? 寝てたの? 寝てたんだろうな……)
ゲームなどでもそうだが、後衛の回復職を真っ先に倒すのは対人戦の基本中の基本だ。ダメージを与えても、そのダメージを回復させられては攻撃自体が無駄になる。
「だからダンジョン内では、致命的な何かがない限り神官は『回復』を行いませんし、致命的な何かが起こった場合『治癒』を使用する場合の方が多いです。だからダンジョンに入る冒険者は基本的に自分で回復する
(これも分かってないんだよね……自分の命が掛かってるって自覚が無いのかしらね? ゲーム感覚なの? 最近の子は怖いわぁ)
此方も基本中の基本、ダンジョンに入る冒険者は必ず複数の回復手段を用意する。決して他人任せ等にはしない、罠などでパーティが分断されてしまった際に、回復手段が無ければ生きて帰ることは困難だろう。
メグミも『加護』、精神力での『回復』と『魔法』、魔力による『手当』、更にメグミの様な見習い冒険者には出費が痛いのだが、魔法の回復薬『HP回復薬』通称『回復ポーション』を複数本『収納魔法』に収めている。
『万が一が起こったから』そんな言い訳で自分の命を捨てる気で無いのなら。
万が一に備えておくのは当然の事だ。
常に『備えあれば憂いなし』を体現せねば冒険者等やっていられない。
「今回まだ信仰する神を6柱から決めてないのであれば、取り合えず『手当』を覚えてきてください。当然大地母神を信仰するのであれば大歓迎です。高司祭のヤヨイ様にノリコから紹介を受けたと言えば、即信徒に加えて『加護』を授けてくださいます」
信仰は自由だ、特にこの世界では『加護』と言う、モノホンの奇跡まで簡単に付いてくる。まあメグミは余り信仰心とかは無いのだが、大地母神の教義、その考え方は気に入っている。とにかく器の大きな神様なのだ、急に信徒に成りたいと言って即受け入れる神様は大地母神位なものだろう。
(まあ私も信仰心は薄いけど……ノリネエも特段、信仰に厚い訳じゃないのよね、なんであんなに『加護』の力が強いんだろ? 不思議だわ)
良く宗教家、神官が言うような、『神がこう仰っているから、こうすべきなのです!』といった神の名を借りた言動が一切ない。そもそも大地母神の神官の筈なのに大地母神の事を滅多に口にしない。
『神がお許しに成りません』など神官の決まり文句なのだろうが、それが一切ない。自分はこう思う、自分はこうしたい、自分はそれは嫌だ、それだけだ。
そこに信仰している筈の『神』の存在が一切感じられないのだ。
(見た目は『聖女』って言われても信じちゃう位の絶世の美女なのにねえ?)
ノリコだけでなく特に大地母神の神官はその傾向が強いが、器の大きすぎる神様のおかげなのだろうか?
「『魔法』は『武器強化』と『身体強化』を確実に、後『武技』は覚えたいものを適当に追加してください、先ほども言いましたが種類が多いほど良いです。
ここから街まで徒歩1時間、走れば30分といったところかしら? サアヤちゃんに『身体強化』を使ってもらいますから、そんなにキツクはない筈です。街で各ギルドを1時間で回ってもらって、帰りは自分たちで『身体強化』を使えば同じく30分で戻ってこれますね。そのころにはメグミちゃん達が武器を作ってくれているでしょうから、今度は地下2階で探索・採掘しましょう」
2時間耐久ランニングは既にノリコの中では決定事項の様だ、三人の意見など聞いてはいない。魔法で強化すれば、確かにただ走るよりは楽だろう、しかし魔法は疲労まで軽減してはくれない。
三人は茫然とそれを聞いていたが、ノリコがポールハンマーに手を掛けながら、
「お返事は?」
にっこりしながら尋ねると、
「「「はい!!了解しましたノリコさん」」」
敬称が『ちゃん』から『さん』に変化していた。『様』に変化するのも時間の問題と思われる。
「言葉の前と後ろにサーを付けろこの馬鹿珍」
メグミが横から茶々を入れると、
「「「サー、イエッサー!!」」」
そう答えテキパキと鎧を外して『収納魔法』を使用しそこに納めていた。3人とも割とノリがよかった。
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