第7話クレイジージャパン
余りにも大きな月やそれらの元居た世界にはない技術を見て、何かの番組のドッキリ企画とかでなく、実際に変な事に自分が巻き込まれていることを実感として理解した。
確かに自分の今居るところは、自分の知らない世界、そのことが確認できた、だがメグミは何故かその事に安心してしまった。
自分の知らない変な組織に女性である自分が攫われていたのだとしたら、どうせ碌な事に成らない、そんな事は女子高生であるメグミにだってわかる。
しかし、それが異世界だというのなら、更に人の良さそうなアツヒト達の言っていることが真実であるのならば、元の世界で変な奴らに攫われるよりはマシだろう、そうメグミは思ったのだ。
メグミはシャワーから出ると、柔らかく吸水性の良いバスタオルを体に巻いて、ドライヤー? で髪を乾かした、
(バスタオル柔らかい、肌触りも最高ね、でもこのドライヤーどうやって動いてるんだろ? コードレスなんだけど……それにやたら軽いけど、これプラスチィックじゃないよね? 何この素材? 金属でもないし……まあ問題なく風も出るし温風も出るからいいけど……魔法かな?)
一通り髪を乾かし、備え付けられていたブラシで軽く髪を整えた。ふと備え付けのアメニティグッズを見ると、『化粧水』っと書かれた小さな瓶が目に入った。
(異世界の化粧水かな……どんなんだろう?)
興味本位に軽く左手の掌に振りだして、試しに右手の甲に塗ってみる。スウッっと肌になじんでベタベタしてないのに塗る前よりもしっとりしてる……左手の甲と比べても明らかに右手の甲の肌がシットリモチモチしている。もう一度今度は右掌に化粧水を振りだし、今度は左手の甲に塗ってみる……
(なんか凄いのきたーー、なにこれどっかの通販番組かよって位、効果がわかるんだけど……)
左の掌に今度は多めに振りだし左右の手でもんで今度は頬に軽くたたいて塗る。
(シットリスベスベきましたわぁーー。なにこれ凄すぎ……これが備え付けのアメニティグッズ? 異世界ってレベル高すぎでしょ)
興奮して顔中にペタペタやっていたが、ふと気が付く、
(あっ……準備が出来たら下に降りるんだった……忘れてたーー!!)
慌てて下着を身に着けTシャツを着てソックスを履き、ジャージを着て部屋を出る。出るときに気が付いたが、扉の内側から鍵が掛けれるようになっている。自分が部屋の鍵も掛けずにシャワー浴びたり、裸でドタバタやって事に気が付いた。
(ま……まあ、良いよねっ……て良くないか……不用心だったね、舞い上がってたんだな私、次から気を付けよう!)
部屋を出るとき扉の取っ手にカードを翳すと、またカードに魔法陣みたいのが浮かび上がり、
カチャリ
と鍵が閉まる音がした。扉の取っ手を捻って回し、鍵が掛かっているのを確認して急いで階段をおりる。
降りながら部屋を見ると長机と椅子が並べられており、その上にお皿に乗ったサンドイッチが各席に用意されているようだ。一つの長机の左右に2人づつ計4人座れるようになっており、各長机の中央にはお菓子の盛り合わせが木のボウル一杯に盛られている。メグミは大分遅れたかと思ったが、まだ自分を含めて3人ほど来てないようだ。
誰も居ない長机の席に腰かけ、サンドイッチを摘まもうとしたら、タツオがメグミの前の席に腰かけた。
(そっか何か足りないと思ったらタツオ居なかったのか……私より遅いとか男なのに何やってたんだタツオ?)
見るとタツオはTシャツの裾をジャージのズボンの上に出し、上のジャージの前のジッパーは止めずにいる、更に袖部分をまくり、ズボンも裾をまくってる。
……どうやら4Lでも小さかったらしい。
(小さかったから一度交換に降りたけど、5Lは流石に無かったのね……寸足らずで着るよりは捲り上げて着た方が、やんちゃな男子の着こなし風に見えてまだマシだぜってとこかしら?
……タツオって筋肉で膨れた、太い手足の所為で、ぱっと見そうは見えないけど、手足が長いわね、身長との比率で言っても足が本当に長い、これってサイズもそうだけどこのスタイルの良さもあって寸足らずなんだわ)
交換に一度戻ったり、その寸足らずな不格好、それを何とかしようと苦心していて時間が掛ったのだろう……
そんな事を思ってタツオを見ていたが、ちょっと不躾に見つめ過ぎたかタツオが睨んできたので、慌てて視線を外す……そういえば心の中ではタツオ、タツオと親しいげに呼んでいるが、一度も言葉を交わしたことがなかった事に思い至る。
(アミさんの前では借りてきた猫だった癖に生意気だぞ!! タツオっ)
心の中だけで悪態を付いて自分のミスを胡麻化した。再びサンドイッチを食べようと、手を伸ばしかけると、隣に立つ人の気配がする。
「2人は飲み物はなんにする? 紅茶やコーヒー、オレンジっぽいジュースやジンジャエールっぽい飲み物があるわよ?」
そうアミから声が掛かる、注文を取りに来たようだ。
(ぽいってなにぽいって? すっごい気になるんですけど!!
……紅茶やコーヒーにはそんなモノが付いてないのに、その二つにだけついてるって事は実際は違うって事よね?
うーーん、折角の異世界初の飲み物なんだし、ここはチャレンジすべきかしらね?)
メグミが迷っていると、タツオが、
「じゃあジンジャエールで」
躊躇いなく注文する。
(全く躊躇いが無いわね? ぽいって言ってるのに……けどここは乗るべきかしら?)
「私も同じものでおねがいします」
メグミも同じものを注文した。
(最悪タツオの様子を見て、その後飲んだらいいんだし、安パイよね)
メグミはタツオを毒見役に使う気満々だ。
そんな二人の注文にアミは、
「分かりました、ジンジャエールっぽい飲み物2杯ね」
注文を繰り返し、確認を取るのだが、あくまでも『っぽい』は外せないらしい。
(ここまで念押し? これは……失敗したんだろうか?)
そうメグミが危惧していると、アミがお盆に載せてそのジンジャエールっぽい物を運んできた。
メグミの前に置かれたグラスは、見た目は間違いなくジンジャエールで、氷入りのグラスの中でシュワシュワ泡立っている。
タツオは早速口をつけ、グイッと一気にコップの半分くらい飲んで一言、
「美味い……美味すぎるっ……なんだこれ?」
さらに残りも一気に飲み干ほし、そのまま直ぐにアミを呼んで御代わりを注文する。
(ん? そうなの? そこまでなの?)
メグミもグラスを傾け飲んでみる、その味は……
(美味しーーーなにこれ? 確かにジンジャエールっぽい味はするけど、遥かに美味しいわ!
上品な甘さにスッキリとした喉越し、体に染み入るかのように口の中で消えていく、炭酸もきつ過ぎず弱すぎず、後味が異常に爽やか……確かにこれはジンジャエールじゃなくてジンジャエールっぽい飲み物だわ。
ジンジャーってショウガよね? どこら辺がショウガなのかしら? ちっとも辛くない、舌に突き刺さる感じがしない……恐らく味は似せてるけど、使ってる材料が全く違うんじゃないかしら……)
ジンジャエールっぽい何かをメグミが堪能していると、最後の一人である女の子が階段を下りてきて、メグミの隣に腰かけた。それを確認しアツヒトが、
「えーー皆さん色々と驚かれたと思います。今皆さんが着ている衣類、トイレ、お風呂、その他にも確認された方がいれば大変驚いたと思います。
『異世界なのになんだこれ?』
と思われた方も多いでしょう。この世界の事を説明する前に、現在この街がこのような事になって居る原因を説明しましょう」
一旦区切って皆を見回すアツヒト、
(そう、確かにそこは気になるわ、何なのこのファンタジー感の無い異世界は! 剣と魔法の世界って言ってたじゃない?)
皆何か問いたそうにしているが状況に理解が追いついていないのか、一様に押し黙っている。すると、
「えーー皆さん、大変興味があるような目をしてますからそのまま続けます。本日、皆さん達、11名の方が、日本からこの世界に召喚されました。
しかし、本日、日本から召喚された日本人は他にも存在しています、この街の周辺にある他の大きな4つの街でも同様に日本人は召喚されています。
それぞれに10名前後、日本人が召喚された筈ですので、本日召喚された日本人の数は、総勢で50名程になりますね。
また召喚は、半月に一度、15日毎に行われますので、一月で100名ほどの日本人が此方に召喚されています。
一年で1200名、10年で1万2千人、この日本人の召喚は大体100年位前から行われているそうですから、単純に考えれば100年で12万人召喚された計算になります」
言葉がでない……一体何人召喚する気なのだろう? しかも100年前から? 何をさせたいのか? 当然何か目的があるのだろうが……
今のメグミには想像も出来ない……皆唖然としてアツヒトの説明を聞いている。
「ああ、別に日本人だけが召喚されているわけじゃあ無いですよ、この世界では日本人以外も様々な国の人達を召喚しています。
例えば主にアメリカ人を召喚している街もありますし、ドイツ人を召喚している街もあります。
しかし、この街は、この周辺の街は、日本人を召喚しています。そして、その所為で他の4街を含めたこの辺一体の地域は、『異世界の中の異世界』と言われています。
何故なら召喚されているのが
(ん? 日本人だからどうしたってのよ? あんたも日本人でしょうに?)
「ええ、これだけでは何を言っているのか理解できないでしょう。しかし、これから話すことを聞けば、同じ日本人である皆さんには共感できると思います」
(じれったいわね、勿体付けずにサクサク話しなさいよ! 癖なのかな? アツヒトの)
「そう、『日本人の衣食住に対する拘り』が凄まじいことは、皆さんもよくご存じでしょう。皆さんは、お風呂のない生活に耐えられますか?」
(無理ね、お風呂は必須よ)
回りの女の子も「無理ー、あり得ない」「必須よ、朝はシャワーでも良いけど晩は湯舟につかりたいわ」と騒いでいる。
「お米の、味噌の、醤油のない生活に耐えられますか?」
(ウチはパンも多かったから、特に拘りは無いけど……無いと食べたくなりそうね)
「ああ、そりゃ無理だなパンじゃあすぐ腹が減っちまう」
タツオがポツリと呟いている。
「まともな着るものもなく、何日も同じ服を着ることに耐えられますか?」
「臭そう」「ええ、あり得ない」とまたも女子から否定的な言葉が漏れる。
「ここは異世界です、日本にあってもここにはない物は多い。そう普通はここで、ここにはないのだから有るもので我慢するんだと思います」
「ええ、マジかよ、何だよそれ」「えええ、なんで私やだー」「何とかならないのか?」「工夫すれば行けるんじゃね?」
騒ぎ始めた周りをサッと手で制してアツヒトが話を続ける。
「そう、皆さんが今言ってる通り、諦めない、工夫する。何とかしようとしてしまう。我々の先輩方、先に召喚された人々もそう考えたんです。
なければ自分達で作ればいいじゃないか!
同じ材料がないのなら代わりの材料で代替すればいい!
作る道具がないのなら、それを作るための道具を作ればいい!
日本の記憶、日本の技術だけでは作れないのであれば、異世界の技術で代用すればいい!
オリジナルに似せて、より便利に、より美味く、より快適に、失敗しても、改良して改善して工夫して、オリジナルに近く、更に上を目指して、オリジナルを超え、上を、さらに上を目指して」
アツヒトの説明に熱がこもる。
「この世界に先に召喚された先達の築いた基礎に、
後から来た者が更に付け足して、付け足して!!
改良し、技術を磨きに磨いて!
そして遂にこの異世界に、日本の様な日本より進んだ技術のある街が誕生した!!
とまあこう言うわけです。
現在のこの街のある地域は日本の技術に異世界の技術を融合して、より便利に、より美味しく、より快適に! を合言葉に独自の文明が現在進行形で発展していってます」
(確かにトイレやお風呂はGJよね!)
アツヒトは更に興が乗ったのか手ぶりまで混ぜて、
「現在このヘルイチ地上街には約5万人の日本人がいます。この異世界では大きな都市であるヘルイチ地上街の、人口の約半分は日本人やその家族です。
これだけ日本人が居るからには、それぞれ興味ある分野が違います。よってあらゆる分野で先ほど述べた日本人の拘りが発揮され、この街は異様な発展を遂げています。
『召喚されたアメリカ人』の友人も居るのですが、彼らは口々にこういいます。
なぜ日本人は異世界に馴染もうとしない?
なぜ異世界の道理に従わない?
お前らはおかしい、お前らはクレイジーだ!!」
アツヒトはピッっと指を立ててこう言った。
「我々召喚された日本人の築いた文化は、異世界の住人や他の国の召喚された人々にこう言われています。
『クレイジージャパン』
とね、しかし日本人にとってそれは、先達がこの頼るべき者もいない異世界で、必死で築き上げた文化で、そしてこれから私たちが更に発展させていく文化です。
故に我々われは誇りをもって彼らにこう言い返します。
『クレイジージャパン』? ああ結構だ! 好きに呼ぶがいい、だが我々は決して立ち止まりはしない!!」
ほへーーっとメグミは話を聞いていた、唖然としていた。周りを見渡すと皆同じように唖然としていた。
(アツヒトさん熱い人だったのね……ただの弄られキャラかと思ってた)
アツヒトの話は更にヒートアップして続く、
「一つ例を上げましょう、皆さんは『スライム』と聞いて何を思い浮かべますか? 恐らくは某有名ゲームの、ゼリーの様な体をもった『スライム』を思い浮かべるでしょう」
(ああ、知ってるそれ、某勇者が冒険するRPGでしょ? 玉ねぎみたいな奴、弟が好きだったわ、私はプニプニしたパズルのキャラが好きだったけどね)
「しかし本来『スライム』とは、不定形の粘性物質、ドロドロとした液体の様な魔物です。あらゆる隙間に入り込み、浸透し、死角から犠牲者に忍び寄り、一気に全身に降りかかり、へばりつき、呼吸を止め、そして全身から溶液を出して溶かしていきます。非常に厄介な魔物で、初心者が経験値稼ぎに倒せるような魔物ではないのです」
(なにそれ! 可愛くないわね、ちっとも可愛くないわ!)
「しかし、そうしかしなのです、我々日本人にとっての『スライム』はそんな物ではない、そんなものはスライムじゃあない。しかし!!
『お前らの言うスライムはこの異世界にはいない!』
そうこの異世界に召喚された日本人の先輩方は言われたそうです」
(そりゃあまあ、ゲームのモンスターですからね、居ないのが当たり前でしょ? え? ちょっと待って、さっき話してたスライムは居るのよね、ん?? 剣と魔法の世界?)
メグミの疑問を他所にアツヒトの熱い語り続く、
「居ない? ならば!! 居ないなら造ってしまえ!
理想とする、我々のよく知るスライムを我々が作れば良いじゃないか!
プルルンっとしたゼリーの様なスライムを!!
都合の良いことに、『スライム』自体は、この世界に居るじゃあないか、だったらそれを元に品種改良して、魔道改造して、錬金改造して、最後には色々混ぜ合わせて捏ね繰り回して…………
そして我々日本人は遂に『ゼリースライム』を作り上げたのです!!」
(はあ? ええっ、なんで態々モンスター作っちゃってんの? バカなの? うん、きっとバカなのね?)
「ええ最初は、
『そんなもの何になる? 日本人はバカか?』
そう散々批判されました」
(全く同意見だわ、但し日本人がバカなんじゃないわ、そのモンスターを作った人がバカなのよ、一緒にするんじゃないわよ!)
「しかし!! しかしなのです。
現在『ゼリースライム』は世紀の大発明として絶賛されています」
(?何故? え? 世紀の大発明? 狂気の副産物の間違いでは?)
「我々日本人は『ゼリースライム』を、我々の理想である、あの愛すべき雑魚モンスターとして、弱く、限りなく弱く、そして雑魚らしくどんどん増えるように作りました」
(まあ確かに可愛い感じの絵だったけど、アレが本当に本気でそこら辺に居るの? 実際にリアルで居たらキモいよね? え? 目とか着いてるの?)
「何でも食べて、何でも取り込み、何でも分解する。そしてとても弱く、扱いやすく、幾らでも増える」
(ん? 分解? 分解してどうするの? え? それって大きな微生物みたいなものなの?)
メグミの疑問を他所に、アツヒトの語りは尚も続く、
「今この街の下水処理は『ゼリースライム』のお陰で全くコストがかからなくなりました。あらゆる塵の処理を『ゼリースライム』が行ってくれます。
飲料水の浄化も『ゼリースライム』なら
その有用性から色々な用途に使える特化型の亜種も製作され、今や世界中でなくてはならない存在になってます。正に『クレイジージャパン』の面目躍如っといったところです。」
ムッフーッっと鼻息が聞こえそうなくらいのどや顔でアツヒトが語っている。しかし聞いてるメグミ達は、
(どうした? アツヒト? 何がお前にそんなに熱く語らせるんだ?)
内心引きつつ思っていた。
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