戦国英雄降臨?

シロヒダ・ケイ

第1話戦国英雄降臨?

戦国英雄降臨?

シロヒダ・ケイ 作

 

生憎(あいにく)の空模様。ドシャ降りなのだ。今日は二階が座敷(ざしき)の、そう、昭和な居酒屋で飲み会なのに・・・。

数か月前に目出度く新社会人になった先輩二人。「給料が出たので奢(おご)ってやるよ。」と珍しく太っ腹な連絡をして来た。だからなのか、雨が降るにとどまらず、強風も吹く、遠くには雷の音さえ聞こえている。


「お注(つ)ぎしましょう。」下座はクラブの幹事、私と、副幹事の二人。上座の先輩のコップにそれぞれビールを満たした。「仕事は如何です?社会人は大変でしょう・・」とアタリ触りない会話・・。飲むにつれ、キャンパスでの思い出話も出て、先輩たちのご機嫌もマズマズ。学生の飲み会とは違って、卓上の肴(さかな)の皿が、食べきれないかと思うほど並んで、酒席はそれなりに盛り上がった。


 皆がホロ酔いモードに浸っていた時だ。

突然のイナビカリ!これは大きい!と身構えた。想定以上の大音響はガラス窓、障子を揺らして耳に飛び込んで来る。

 一瞬の停電。アッと思ったら再びの閃光(せんこう)、フラッシュ。暗い上座の、先輩達の表情なき顔の輪郭(りんかく)が、閃光を背景に不気味な形相として映りこまれた。

 明かりが甦(よみがえ)り、部屋が平静を取り戻した時、先輩がスックと立ち上がった。

 「舞(まい)を披露(ひろう)しようぞ。」

 ナニ、ナニ、ナニ。先輩にそんな趣味があろうとは? 


 「人生五十年。下天(けてん)の内をくらぶれば・・夢 幻の如くなり・・・。ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか・・・。」

 ははん。魂胆(こんたん)、読めた。先輩は社会人ともなれば宴席での芸の一つや二つ、身に着けておくものだ。俺が披露している、ホラこのように、と先輩ズラをしたいのだ・・。と思った。だが、なぜ「敦(あつ)盛(もり)」なんぞ舞うのだろう・・。

幸若舞「敦盛」。数え十六歳、平家の貴公子。初陣の美男子が熊谷直実という敵のオジさん武将の挑発に乗った。

逃げれば助かったかもしれないものを「ヒキョー者。戻り、我と勝負せよ」そして百戦(ひゃくせん)錬磨(れんま)のオジさんは、馬から引きずりおろしカブトを剥(は)ぎ取ると、相手は自分の息子と同じ年(とし)恰好(かっこう)の美男子。・・その息子は討死したばかりだった。

一瞬、見逃してやりたい・・との想いにとらわれたが、周囲の目を気にして首を取った・・だが、息子と重なるその場の光景が忘れ得ず、世を儚(はかな)んで出家した・・という平家滅亡の一場面。

先輩は確かに皆が羨(うらや)むイケメン。だから敦盛という古典芸能を選んだのか?だがソモソモ酒席でアツモリなぞ受けるだろうか?お笑いテンコモリな芸を選ぶべきではなかろうか?


「光秀!何故(なにゆえ)・・我を殺(あや)めたか」 

先輩は大声で隣に座るもう一人の先輩を睨(にら)んだ。オッ。信長なりきり・・。

「何故、本能寺を襲いしか・・と聞いている。」迫力満点の信長の眼(まなこ)だ、ハハハ。

声を掛けられた方の先輩も心得たもの。

「畏(おそ)れ多くも天皇をないがしろにして日本国を乗っ取ろうとは・・。天誅(てんちゅう)の報いを受けて当然の所業(しょぎょう)・・。」その先輩の眼も妖(あや)しく輝き始めた。

「たわけ!」

オッ。事前に打ち合わせ済みの寸劇(すんげき)とは。なかなかサプライズ。妖しい眼の光は迫真の演技力である。先輩達、ホメてつかわすゾ・・。


寸劇はなおも続いた。

「この日ノ本。日本ごときは天皇主権を尊重すべきと、わきまえていたわ。俺はお前に目指すところを伝えていたではないか。」

「アジアの皇帝ですか?そんな大風呂敷を本気で・・」

「あたぼうよ。南蛮の技術をさらに吸収し、大船団で明帝国を支配下に置く。その後は南蛮紅毛人に伍して、世界をまたにかけるのが目標よ。西洋では小国のポルトガルでさえ世界に進出しておるではないか。俺に出来ない事ではあるまい。島国日本の名目だけの主権は天皇で変える必要はない。東アジアの盟主たる俺にとっては、日本は属国に等しいのだからな・・。」

「ハッ。しかしながら私めの領地を没収するなど、私を信ずるに足らずと、見限られたのではござりませぬか?」

「わしは代(だい)替地(たいち)の件、刈り取り放題と申したぞ。その地はどこだ?」

「ハァ。石見(いわみ)など毛利の所領を、自ら攻略して手に入れよと・・。」

「毛利攻略など、秀吉が既にメドをつけているではないか。わしに来てくれとはそういう事だ。だからお前に命じて、花を持たせるよう図らったのが、わからんのか。」

「花とは・・。京より遥か離れた僻地(へきち)の事を・・。」

「お前が石見の価値を知らぬとは・・。その地は宝の山ぞ。豊富な銀を掘出せば、明攻略の軍資金になるものを・・。その大事の役目を任せようと思っていたが、どうやら俺はお前を過大評価していたらしい。」

「てっきり不必要の烙印(らくいん)を押されたかと・・。」

「たわけめ。だから三日天下の恥さらしになるのだ・・。」

「本能寺でお亡くなりになられて、なぜ私が三日天下である事をご存知なのですか?。イヤ、私の天下は正確には十一日ありましたが・・。」

「教科書に載っているではないか。わしはそちと同じく、この世に生まれ変わりとして生誕したのだからな。お前も秀吉のその後を勉強したハズである。」

なんか、寸劇の雲行きが怪しくなってきた。先輩達は信長と光秀の生まれ変わりというのか?そんなのアリ?


「しかもサルマネしか出来ぬ秀吉ごときに負けるとは。コヤツに・・。」

エッ。今、先輩達が俺を見たゾ。


オ、オオー!

イナビカリが襲った。先ほどとは比べものにならない。大きい奴。部屋全体がビリビリと震え、爆弾がさく裂したかのような雷鳴。コワーイ・・。

途端、自分の体内にムクムクと湧き上り充満していく何か・・。自分が何ものかに変態を遂げる感じ・・。自分の中に別人格が入り込んで・・乗っ取られていく・・。

この場面。もう俺にはナレーターにはなれそうにない。副幹事にかわってもらおうか・・。


イヤ待てよ。確かに別人格に乗っ取られてはいるものの、まだ自分が少し残っているゾ。二重人格とも違うこの感じ・・。ひょっとして、俺も誰かの生まれ変わりなのだろうか?ま、兎も角、ナレーションはどうにか続けられそうだ。


「お前等、秀吉・家康。本能寺の変を事前に知っていたのではないか?」

先輩が自分と隣の副幹事に問うてきた。俺が秀吉で副幹事が家康だというのか?

信長の目が光秀に向けられた。「お前、秀吉と家康にリークしたのか?」

「そのように思われる根拠は?」光秀が聞き返す。

「秀吉があまりに早く毛利攻めから帰還出来た事。有名な、いわゆる中国大返しだな。また、家康に関しては光秀の重臣・斉藤利三がリークしたのではないか。後にその娘のお福を三代将軍家光の乳母として推薦した事は、せめてもの罪滅ぼしではないのか?利三は家康を光秀の味方に誘い込む期待を抱いていた。結果、脈があるようふるまったタヌキにケムに巻かれた。家康の伊賀越えはいかにも最大の試練かのように脚色しているがな・・。」

「確かに。信長亡き後の政権運営を構想するに於いて、秀吉、家康は組む相手として期待申しておりました。ポスト信長の織田家では、子息様達の信頼が厚いのは、なんといっても古参の柴田勝家。秀吉は立場が弱くなるハズ。毛利との戦中である事もあり、時間をかけて今後の身の振り方を思案するものと踏んでおりました。となればそのうち私と連携する可能性はあると考えておりましたが、こちらからリークする相手ではありません。」

「家康にはリークしたのだろう?」

「お察しの通りでリークしております。家康にとって信長は目の上のタンコブ。仕方なしに臣従しておったわけですから、これは支配下から脱する大チャンス。飛躍を考えるなら私と連合を組む公算は大と考えておりました。だからリークしたのですが堺に滞在する家康の元に秀吉の妻ネネの親戚筋の杉原某という武将が同行しておりました。後から考えるとこのものが秀吉に注進したんでしょうな。」


「どうだ、秀吉。告白してみぃ。」

オッ。俺の顔を見ている。と、自分の中の或る者が口を開こうとした。ヤッパリ、俺は秀吉だったか。若干、サル顔でもあるしなぁ・・。まあ、おれの話を聞こうじゃないか。

「何時かは、この時が来るかもしれないと・・ピンと来る勘です。杉原某だけではなく京、光秀領内に情報担当者を配置していました。毛利攻めといっても水攻めですからヒマは腐るほど。大返しの段取りを整えるには十分な時間でしたから・・。万が一親父殿・信長様が亡くなられた場合、成(なる)程(ほど)、私の織田家での立場は低下するでしょう。だから、私が主役で弔い合戦(とむらいがっせん)を行なえる場合は大返し、毛利との和平が長引けば、様子見で有利な立場を模索する事に決めておりました。その場合の選択肢では光秀側に付く事もありましたでしょう。」


「俺が討たれるのを待ち望んでいたのか?」

「そんな。いろんな可能性に対応する用意(ようい)周到(しゅうとう)を実践(じっせん)しただけですよ。それに信長様の後継者は私以外にいないでしょう。天下を取り、刀狩で日本に平和もたらしたのは私です。明攻略のための朝鮮出兵も敢行致しました。他に誰が信長様の御遺志を実行出来ましょう。」

「フン。お前は、俺のサルマネをしただけだ。朝鮮攻略さえ失敗するとは。あの頃、日本は世界トップクラスの鉄砲を保有していたのだぞ。強力な艦隊を作り、補給などの兵站(へいたん)能力を緻密(ちみつ)に仕上げて挑(いど)めば苦も無く落せて、目的の明攻略も容易だったハズだ。伸びきった兵站のスキを突かれて逃げ帰るとは・・」

「その明が支援してゲリラ戦、持久戦に持ち込まれてしまいまして・・」

「明はその後、満州族にコロリと負けてしまったのだぞ。やり方と臨む姿勢が安易なのだ。寄せ集めの軍隊ではダメだ。お前が陣頭指揮で真剣に取り組まねば大業は成し遂げられる事はない。サルマネでは仮に朝鮮国を落したとしても統治出来ぬであろう。」

ヤレヤレ、指摘をうけた事はその通りだ。

「織田がつき、羽柴がこねし天下(てんか)餅(もち)、座りしままに、食うは徳川・・と言う。秀吉はこね方が雑なのだ。家康は鎖国をし、ワールドサイズの天下餅を小分けにして、小さい餅を食べたのだがな・・。」

光秀が「私の名前が無い・・。臼(うす)に手を入れる突きての役割は果たしましたのに・・」と小声で呟(つぶや)くが、皆にシカトされた。大声を出した家康がいたからである。


「小分けしたとは心外な。荒唐無稽(こうとうむけい)な計画は日本を壊しまする。」明討伐には反対の立場だったといわんばかり。

それは違う。「朝鮮出兵に諸手をあげて賛同したのは家康ではないか。」オレ、秀吉が咎(とが)める。

「あれは、失敗すると見込んでいたから賛成したまで。カネを使わせ、武将達の忠誠心を薄め、秀吉から離反(りはん)に導く為であります。案の定、豊臣臣下の間に確執(かくしつ)が生まれ、関ケ原での勝利を確実にしました。私の天下を・・。」家康がニタッと笑った。

ムカッとしたオレ。「いけ好かんやっちゃ。俺の秀頼、そして、お前の娘婿を殺しやがって・・あれだけ秀頼の行く末を頼み、お前も快諾したではないか・・。」

「イヤァ。頼む・・と言われた時は、天下をお前にくれてやると言われたかと思いましたよ。マァ、何事も日本の平和の為でござる。内乱の芽は摘み取らないと・・。それに、とてもあんたの息子とは思えない。今だったらDNA親子鑑定しておくべきでしょ。秀次殿を殺すのはそれからでも良かったハズです。」

ヌヌヌ。気にしている所を指摘しやがって・・。日頃は幹事、副幹事で楽しくしていたが、今と言う今、憎らしい。ヌヌヌ。


「皆さんは戦国時代のヒト。共に脇が甘い、一過性のヒトですよ。私は江戸時代を築き、日本に平和をもたらした・・。」なんか家康、図に乗ってきておる。

「ただ、長生きしただけではないか。」

「イヤ。私には天運と、それを活かす力があったのです。思えば桶狭間、よくぞ信長様が今川を打ち破ってくれました。武田信玄にコテンパンに、のされた時も信玄に死の鉄槌が下って危機を救われました。本能寺では光秀様に私の手足を縛るくびきから解放してくださいました。感謝、感謝です。小牧・長久手の戦い、私も頑張りましたが、織田信雄様が秀吉と講和を結んで戦局は急展開、私は絶体絶命の危機に立たされたのです。」

「おう、あの時完膚(かんぷ)なきまで打ちのめすべきだったわ。」

「それを天正地震様が救ってくれました。秀吉はビビッて講和も持ち掛けてくれました。逆の立場だったら、私なら容赦なく潰しにかかったでしょう。おまけにビックリ。なんと母の大政所(おおまんどころ)様を差し出すとあってナンバー2は家康だと世間に認めさせてもくれたのです。絶体絶命死の覚悟がVの確信に変わった瞬間でした。あとは長生きするだけで。・・その後は甘々の判断で朝鮮出兵でしょ。アホですなぁ。」

ヌヌヌ。俺にだけ様を付けず感謝の言葉も言わず、アホとは・・。

「あの時は北条だの四国だのいろいろあって・・天下統一を急ぐ観点から講和を急いだだけだ。ウムム。俺の最大の失策だった。」

なんとか家康の真実味に乏しい、おまけに傲慢(ごうまん)さに一矢(いっし)報いねば・・。

「こいつはこんな奴なんですよ。ねえノブナガ・サ・マ・・・」

「・・・・」

何か変だ


いつの間にか信長、光秀の顔が柔和になっている。そういえば俺もどうでもよくなってきている・・。家康に対して憎しみより親しみを感じている・・・。

雨は上がったようだ。イナビカリも途切れ、雷雲は既に去っていたよう。


先輩が口を開いた。

「俺達は、自分達がナニモノか知る事が出来たな。それぞれ戦国の傑出した武将が降臨したのだ。俺達はそれぞれの人物の生まれ変わりなのだ。生まれ変わりの因子が体内に宿っておったのが本日、それが開花した。これからもそれらのキャラと共に人生を歩むのだ。」

カミナリが因子を活性化させたというのだろうか。それにしても信長・光秀・秀吉・家康と四人が揃うとはデキスギの感は免れない・・。

「そこでだが、縁のあるこの四人。せっかく集まったのだ。数年後に起業してビジネスで天下取りをする気はないか?」

皆がウオーッと勢い込んだ。

「俺は創造力と切り拓く発想を持つから企画本部長。」と信長

「俺は学識豊か。開発本部長だな。」と光秀。

「私は永続的に続く組織を作る総務・管理本部長。」家康。

オッ。社長がいないではないか。ひょっとして・・このオレ?

「お前は人たらしにつき営業担当だな。」と信長から言い渡された。

そんなァ。本部長がついてないではないか。いくら出自が農民だとしても、皆が御曹司としてもそれはなかろう。

「今時、それはいわれなき差別にあたりまする。」

「であるか。しかしそちは草履取りより社長を目指せ。」


                            完

付記 そこのあなた。あなたの体内にも過去の偉人・有名人の生まれ変わり因子が潜在的に宿っているかもしれない・・のですよ。




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