第2話

「『わしが死んだら、わしを喰ってくれ』とその遺書には書いてあったそうじゃ。

楽しく世間話をしとった村の衆たちは一瞬で静まり返った。

互いの顔を見合わせながら、ずいぶん長いこと皆黙りこくっとたのじゃが、突然一人の若いもんがすっくと立ち上がり、『わしがナタを持ってくるわ』と声をうわずらせて言った。それで皆、何かがプッツンと吹っ切れたんじゃろう。まず長男が立ち上がり、黙って布団に寝ている爺さまの亡骸を動かし始めた。すると、何人かのもんも手伝いだした。

止めるものなぞ、だーれもおらん。


 そんなこんなで冷たくなった爺さまを、縁側から庭に運び出し、地面に横たえた。

暗い空からは、粉雪がチラチラと舞い始めとった。

しばらくすると、さいぜんの若いもんが家からナタを持ってきたんじゃ。

それからは……それからは……

ああ、恐ろしいことじゃ……生き地獄じゃ。

あるもんは腕を、あるもんは足を、また、あるもんは耳を……。それはそれは、見るに耐えんさまじゃったじゃろう。

挙げ句の果ては腹を切り裂いて、手を突っ込むもんまで出てきた」


「ひ!」

玲子が思わず声をあげ、口に両手をあてる。


「皆、飢えでおかしゅうなっとったんじゃ。

あるもんは地面に座り、あるもんは中腰になり、まるで野良犬のように、ただ、無心にガツガツと貪っておったそうじゃ。口の周りや手や胸元は皆、血で真っ赤になっとった。そして、あっという間に、爺さまは白いあばら骨と肉片だけの変わり果てた姿になってしもうた」


 囲炉裏の間は、静まり返っていた。玲子も崇も、飲むことも、食べることもせず、ただ黙りこんでいる。

囲炉裏の火のパチパチという音だけがやけに響いていた。火の強い灯が、老婆の横顔に不気味な陰影を作っている。


「その日からじゃった。不幸ごとのあった村の衆の家には、多くのもんが集まるようになった。供養のためなんかじゃありゃせん。

ただ、おのが腹を満たすことだけのために、集まる。なんと浅ましいことじゃ。

年寄りや病人を抱えている家のもんに、いつ頃逝きそうか?と、とんでもないことを聞く下衆まで出てくる始末じゃ。

あるおなごとかは、病気で亡くなったわが子を喰われたくないもんじゃから、夜中に山に入り、コソッと埋めたということじゃ。

そういう恐ろしいことが数十年続いた。

……

まあ、そういう風習も、戦後にはなくなった。というのは、ここら辺りに温泉の泉源が見つかってな。それからポツポツと旅館が出来て、人も集まるようになったんじゃ」

そう言って、老婆はくしゃくしゃの顔を歪めて、初めて笑った。

玲子も崇も、ほっとした顔で、一緒に笑いながら、老婆の入れてくれたお茶を飲んだ。


 その時だった。

玲子は突然、強烈な目まいを感じ、頭の中が朦朧となりだした。目前の光景がぐにゃりと歪みだす。


「た……崇……」

前に座っている崇は、いつの間にか、座ったまま後ろ側に倒れていた。

しばらくすると、二人は、黒い板の間の上で意識を失ってしまった。

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