喰人伝説

ねこじろう

第1話

「あんたたちは、ここら辺りで語り継がれている『喰人伝説』、ご存じかの?」

老婆が囲炉裏の火に薪をくべながら、唐突に言った。


「『喰人伝説』?何ですかそれは?初めて聞きました」

と言って玲子は、前に座る同じ大学の彼氏、崇の顔を見る。彼はニヤニヤしながら、グラスに入ったビールを一口飲むと、いくつかの小鉢の中の一つに箸を入れる。


 暮れも押し迫った十二月の下旬。

玲子と崇は大学の冬休みを利用して、車で瀬戸内海に浮かぶ小さな島に、一泊旅行に行ったのだが、

目的としていたホテルの予約が取れず、山の麓にある古い温泉民宿に飛び込みで、泊まることにしたのだった。


 昔ながらの囲炉裏端の座布団に、二人は向かい合って座っていた。目の前には瓶ビールにグラス。そして、いくつかの田舎料理の小鉢が並んでいる。

天井から下に伸びた自在鉤には、

鉄鍋が掛けられ、囲炉裏の火で猪鍋がグツグツと煮炊きされている。

割烹着を着た腰の曲がった老婆が、京杓子で取り分け、湯気の上がる器を一つ一つ、二人の前に置いていく。玲子は、ショートカットの黒髪に、薄いピンクのタートルネックのセーターを着ている。

小柄だが、気の強そうな感じだ。

前に座る崇は、銀縁メガネに、チェックの厚手のシャツを着ており、ちょっとおとなしい感じだ。

老婆は黒光りのする板張りに正座し直すと、さきほどの話を続けた。


「あんたたちの生まれるずっと昔、いや、あんたたちのご両親の生まれるよりもずっとずっと昔のことかもしれん。

この辺の村の衆は皆、ひどく貧しかった。というのはの、昔この辺は土地が痩せとって農業には向かんし、かといって、名所、旧跡とかがあるわけでもねえから、人も立ち寄らねえ。

村の衆は皆、明日の食い物さえもままならねぇ感じじゃったんじゃ。皆あばらが出ており下腹がぽっこり出とった。

道端で飢えでのたれ死ぬ者まで現れて、そりゃあもうひどい有様じゃった」


玲子と崇は猪鍋に舌鼓を打ちながら、じっと老婆の話に耳をかたむけていた。


「ある日のことじゃ。村で一番の長老の爺さまが亡くなった。

ちょうど今日のように暮れの寒い日じゃった。

寿命だったんじゃろう。人格者じゃったから、通夜の晩には多くの村の衆が、爺さまの家に寄り集まったんじゃ。広い畳の部屋の奥には祭壇が飾ってあり、その前に布団が敷かれ、白装束の爺さまが寝かされとった。その前で、集まった村の衆は酒を交わし遅くまで昔話に花を咲かせておった。酒のあては、塩と葉っぱじゃ。

夜も更けだし、まずはおなご衆と子供たち、それから年寄り連中、若い衆と、一人帰り一人帰りして結局最後は、爺さまの長男と次男、それから、近親者と若いもん数人だけになったそうじゃ」


 風が強くなってきたのだろうか。部屋のあちこちから、ガタガタという音が聞こえてきていた。

老婆は天井をしばらく見上げ、続けた。


「それは丑の刻を過ぎるころじゃった。長男が突然立ち上がり、目前に紙を広げると、爺さまの遺言じゃあ言うて、皆のおる前で震えながら読み上げたそうじゃ」


「わしの田んぼは、妾に全部やる、とか?」

崇がにやつきながら、話をさす。


「崇、からかうのはやめなさいよ」

玲子がにらむ。

崇はばつが悪そうに下を向いた。


「いやいや、そんなことじゃあないんじゃ」

そう言うと老婆はしばらく顔を伏せた後、ポツリと言った。


「わしを喰ってくれ」


「は?」

老婆の意外な言葉に、

玲子と崇は呆気にとられたように、顔を見合わせた。






















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