第4話
死による救済、と言う言葉がこれほどふさわしい時代は今までになかったし、多分、これから先もないだろう。
それほどに私たちが生きている今、この社会は生で溢れていた。
生がこんなにも溢れているのには多分、発端となった細胞に理由がある。
2000年代に誕生し、2010年代から急速に研究が進められたiPS細胞(人口多能性幹細胞)は人類の医療においてなくてはならない存在となっていた。
iPS細胞について話をする前にまず、ES細胞とヒトES細胞の話をしなければならない。
ES細胞とは1981年にイギリスのマーティン・エヴァンス卿らが発明した胚性幹細胞と言われるもので、あらゆる組織の細胞に分化することができる。
ヒトES細胞は1998年にアメリカのジェームズ・トムソン教授が樹立したもので、そのES細胞から人間の組織や臓器の細胞を作り出すことに成功した。
しかし、これらのES細胞は患者由来で作ることができず他人のES細胞から作った臓器や組織を作り移植ができても拒絶反応が起こるという問題があった。さらに不妊治療で使用された廃棄予定の受精卵の、将来子になる可能性があった部分(胚)を破壊して作成するため、倫理的な問題があった上、それにより嫌悪感を抱く人も少なくなかった。
しかしそんな倫理的、臨床的な問題を突破してできたのがiPS細胞だ。
iPS細胞とは、心臓や脳や腎臓を作りあげる幹細胞を、人間の皮膚細胞などに因子を導入し培養させることで誕生させ、無限に増殖できる機能を持った細胞のことで英語でinduced pluripotent stem cell《インデュースト プルーリポテント ステム セルズ》と表記する。その頭文字をとってiPS。
iPS細胞は人間の皮膚細胞からつくるため胚を壊す必要もなく、拒絶反応も起こらない。
医療が急速に進歩した背景にはiPS細胞の存在があった。
前世紀なら糖尿病で一生透析を必要として亡くなっていたはずの人が腎臓を皮膚から作り、移植し健康になって退院していく。
前世紀なら重い心臓病で生きるためには移植しかないと言われていた人たちがごく初期に心臓にエラーが発生した時点でまっさらな心臓と取り替える。
前世紀なら足や腕を切断するしかないと言われ、体の一部を切り離した人たちが、しばらく待てば蜥蜴のように100%自分の細胞でできた足や腕を取り戻す。
そうやって、死ぬはずだった人間が死ななくなってからどんどんこの国の、いや世界の人口は増え続け高齢者は増え生死の境は脳死判定の時代よりももっと曖昧になった。
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