髪の毛をのばす美容室

ちびまるフォイ

黒い毛が白くなるほどのストレス

「いかがですかーー?」


美容師が鏡で後ろの切り加減を確認してきた。


「切りました?」


「え?」


「もっと切ってください」


「ええ? でもこれ以上はさすがに……」


「お願いします!!」


腰まで伸びていた髪をばっさりと切った。

美容師もなにかあったのだろうと察したのか覚悟を決めていた。


なお、別に失恋などがあったわけではない。


私は昔から髪を伸ばすために切っている。

大事に伸ばした髪が足元に切られていくのを見るとストレスが消える。


肩まで切りそろえられた髪を見て大満足で美容室を出る。


「はぁーー。次はいつ切れるかなぁ。半年後かなぁ」


解放感に身を包みながら歩いていると、新しい美容室ができていた。

ただし店名には「逆美容室」と書かれている。


「こんにちはーー」


「いらっしゃいませ、逆美容室メェーリへようこそ」


「逆ってなんですか?」


「うちでは髪を切るのではなく、髪を伸ばすんですよ」


「えっ!? 本当にそんなことできるんですか!?」


「今は開店記念でサービスしていますから、どうぞこちらへ」


逆美容室のイスに座り、美容師はハサミをチョキチョキと動かす。

動作そのものは切っているように見えるのに、ハサミが通った部分は髪が伸びている。


「いかがですか?」


「すごい! 本当に髪が伸びました!!」


「もともとは、美容室の失敗カットのために作っていたんですが

 最近ではヘアアレンジを楽しむ方にも利用してもらっています。

 お客様もそうですか?」


「え、ええ。まあ」


逆美容室で髪はふたたび腰ほどの長さまで戻してもらった。

元の髪型に戻ったことよりも、また髪をカットできる喜びが勝っていた。


翌日の会社。


「洋次さん! なんだねこの書類は!! 1段ずれてるじゃないか!!」


「す、すみません……」


「定時で帰るくらいなら見直しくらいしたらどうかね。まったく最近の子ときたら……」


書類のミス1つでそんなに怒らなくてもいいじゃない。

そもそも、あなただってミスを見つけられなかった責任だってある。


頭の中でぐるぐる回る怒りに思わず美容室にかけこんだ。


「切ってください。バッサリ」


「い、いいんですか?」


「もう限界なんです!!」


髪の毛をバッサリ切ると、抱えていた胸のストレスもスッと消えた。

でもこのままだと明日「なにかあった?」と心配されるので、

逆美容室で髪の毛を復元しておく。


いつしか、美容室をはしごするのが私の日常になっていった。


「バッサリ切ってください」


「かしこまりました、何かあったんですか?」


「ええ、友達のツイートにちょっとイラッとして」


「え……そ、それだけ?」


「はい。さぁ、髪を切ってください。ストレスが少しでもあると気になるんです」


ほぼ毎日美容室に行くようになって、ますます髪を切る敷居が低くなった。

と、同時に問題なのが……。


「え!? お金ないんですか!?」


「黙っていてごめんなさい、言い出せなくって」


「お得意さんだからツケにしておきますが、次回はちゃんと取りますからね?」


髪を切って、髪を伸ばす。

ストレス発散のために2店舗を通う生活は私のお財布を圧迫した。


でも、もう止められない。

日常で感じたストレスを他で発散しても

髪の毛を切ることの解放感にはとうてい及ばない。


「はぁ……ずっと髪切り続けられる場所があればいいのに」


横になりながらスマホを使いふざけて探していた。


「なにこれ? イメージ美容室!?」


私の願いが叶えそうな場所があるなんて想いもしなかった。

さっそくイメージ美容室に行ってみる。


「いらっしゃいませ、イメージ美容室シープラブへようこそ」


「どんなところなんですか?」


「実際に髪を切るのではなく、髪を切ったイメージを見せるんです。

 美容院の店員さんの練習にも使われているんですよ」


「髪切ります!!」


食い気味で答えると、ハサミを手に取って自分の髪をめちゃくちゃに切った。

ざんばらになった髪や足元に落ちる髪の毛を見てストレスが――


「……なんか、あんまりすっきりしない」


所詮はイメージというわかっている。

切っても切っても店を出れば元通りになることもわかっている。


丸坊主になるほど髪を切っても私のストレスは発散しなかった。


「お客様、どうしたんですか?」


「切っても切ってもすっきりしないんです!」


「カット依存症ですね……たまにいらっしゃるんですよ。

 ストレス発散のために髪を切ることが中毒状態になっている方」


「カット依存症……」


「依存症の人はそのうち自分の髪の毛の量では満足できなくなります。

 切った量が多いほどストレス発散になりますからね」


店員の言葉にぞっとした。


たしかに私は最近、髪の毛を復元するときもわざと長めを注文している。

そうすれば次に髪を切るとき「バッサリ」の量が増えてすっきりするから。


これもエスカレートすると髪の毛を切るだけじゃ満足できなくなる。


「どうすればいいんですか!? 私、自分が何をしでかすかわからなくて怖いんです!」


「あなたのような方にお勧めしていることがあるんですよ、さぁこちらへ」


 ・

 ・

 ・


目を覚ますと、やたら視点が低くなっていた。

ヴィィィーーンというバリカンの機械音が聞こえてくる。


(ここは……?)


状況を把握するよりも早く、人間の男の手によってひっくり返される。

抵抗するヒマもないまま体中にバリカンを走らされた。


ボロボロと伸びていた自分の羊毛がカットされるのを見ると、

髪の毛では味わえないほどの爽快感と解放感を感じた。


(これは最高メェ~~!!)


「この羊、なんだか楽しそうだな」


「体が軽くなって嬉しいんじゃないですか?」


牧場の人たちは不思議そうに私を見ていた。



ねぇ、ところで、このイメージはいつ終わるのかしら?

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