第14話)パタヤ哀愁デート
「ヒロ君、安心してください。彼女はれっきとした女性ですよー!ほらっ、彼女のIDカード」
「は、はぁー、、そうでしたか…(苦笑)」
ショートカットの女がエビスさんに手渡したタイのIDカードには、その女らしき人物の写真とタイ文字ばかりが表記されていた。ある程度タイ語の読み書きが出来るエビスさんは、女性(Miss)を意味するタイ語が書かれている箇所を指差し、僕に教えるように伝える。僕からオカマだと勘違いされたショートカットの女は、顔を赤らめ頬を膨らませて少し怒ったような表情を見せ、エビスさんと黒い肌の南国娘は、愉快そうに笑い転げていた。
久々に訪れたパタヤ滞在初日、僕らは深夜行ったカラオケパブでタイ人女性二人に声をかけられ、図らずも意気投合し、そのまま定宿へと連れ込む形となった。帰る頃にはすっかり泥酔状態だった僕をよそに、エビスさんには色黒の南国娘、僕には赤髪ボブヘアの女という二組のペアが当然の流れのように出来上がっていた。そして、朝起きると、部屋にいた正体不明の女との空間に耐え切れず、僕は逃げるようにエビスさんの部屋を訪れたのだった。
「それじゃー、このまま、皆で軽く昼飯でも食べに行きましょうかー?」
すっかり打ち解けあった様子のエビスさんと南国娘の二人は肩を寄せ合い我々を先導するように歩き、その後ろをトボトボとついて行く僕と遠慮がちに隣を歩くショートカットの女。定宿のすぐ近くにあるホテル軒下のレストランで朝食かねたランチを取ることになった。通りに面した軒先のアウトサイドテラス席に腰を下ろす。
カンボジアほどではないが、熱帯の強い日差しが二日酔いの身体に染み入るようにじりじりと照りつけてくる。エビスさんのニックネームは「コボリ」になり、隣の南国娘は「アン」に落ち着いたようだ。楽しそうな二人の様子を見て、僕はこの後の展開に一抹の不安を感じながら、バナナシェークのストローを弄び、何度もタバコに火をつけた。
ショートカットの女は僕のことを何やらタイ語のニックネームで呼んだが、それは覚えにくい発音の言葉だった。僕はお返しに彼女を赤髪ボブヘアにかけて「ボブ」と呼ぶことにした。それって男の名前みたい!と皆笑っていたが、ボブはちょっとむくれた顔をしたので、僕はボブとは昨日君がつけていたウィッグのことだよと言い訳して誤魔化した。
食事を終える頃合、アンとボブの二人が見計らったように「今日はこの後どこへ行くの?」と僕らの午後の予定を尋ねてきた。「特に予定はないけど」とエビスさんが答えたのか、彼女たちは「じゃあ、私たちと一緒に過ごそう!」と誘っているようだった。
エビスさん扮するコボリは色黒のアンスマリンを気に入ったのか、彼女たちと行動を共にすることに満更でもないようで、僕はボブとペアを組まざるを得ない恐怖に怯えながらも、友達の付き合いだから仕方がないのだ…と自らを納得させるように自分に言い聞かせた。
ホテルに戻り、簡単な身支度を済ませると、徒歩圏内の市場や怪しいコピー商品が並ぶ土産物屋などをぷらぷら散策し、ロイヤルガーデンというショッピングモールで映画を観た。色んなキャラのニューハーフ(オカマ)たちが主役のドタバタコメディーといった感じのタイ映画だった。僕は隣から聞こえてくるハスキーボイスの笑い声に、映画の中のオカマを重ねてしまい、エアコンが効きすぎた激寒な館内で更に寒気を感じ、このダブルデートはいつまで続くのだろうかと憂鬱な気分に苛まれていた。
それから、なぜか二人の家に連れて行かれることになった。彼女たちがモトサイ(バイクタクシー)を捕まえ、僕とエビスさんはそれぞれの女性の後ろに跨る。街を抜け、観光客の僕がまだ足を踏み入れたこともないエリアまでバイクは走り続ける。出発から20分程が経過しただろうか、パタヤビーチ周辺の街の喧騒とは打って変わり、見晴らしのよい住宅街らしき空間がのどかに広がる通りでバイクは停車した。
昔の日本の民家のようで何だか懐かしい、その光景は僕が学生時代に訪れた沖縄で見た景色に似ているなぁと感じた。
その一軒家は、彼女たちと同郷の親戚の家らしく、二人は居候させてもらっている身分のようだ。彼女たちに手を引かれ家の中に上がると、露骨に迷惑そうな表情を浮かべるタイ人のおっさんとおばさん、訝しげに部屋の奥から覗くように見つめる老婆、無邪気に駆け寄ってくる子供たちと、各々から合掌(ワイ)の挨拶をされ、「さわでぃーかっぷ…」とぎこちない発音と合掌で応じる。
彼女たちが寝泊りしている部屋まで案内されると、「着替えるからちょっと待ってて」とでも言うように、ちゃぶ台の上にタイビールの大瓶2本とグラス、氷、ビーフジャーキーのような干し肉のつまみetc.が用意された。ビールは僕が初めて飲むビアレオ(Beer LEO)という銘柄でタイ人が好む安価なビールのようだった。獅子印のシンハービール、象印のビアチャーンの大手二社に対抗するかのように豹がシンボルマークだった。
昼間からの迎え酒で、いい気分になってきた頃、準備を整えた彼女たちがシャンプーや香水の匂いを漂わせて戻ってきた。色黒で黒髪ロングヘアの南国娘アンは自分を分かっているのか民族模様のふわりとしたロングのワンピースを身にまとい、一方のボブはというと今日は金髪のカツラをかぶり髪型はお下げ、ジージャンにジーンズの短いスカートを合わせて逞しい脚をさらけ出している。どちらもさほど化粧はしておらず、カジュアルな普段着といった装いだ。これからまた外出するらしい。
家を出ると、誰のバイクなのか、ボブは車庫から出してきたスクーターバイクに手慣れた感じで跨りエンジンをかけると、僕らを手招きした。「これ一台で行くの?」とびっくりする僕をよそに、アンは運転席の前部分にかがんで座り、僕とエビスさんの二人を後ろに強引に座らせる。キャーというアンの歓声、ギャーと叫ぶボブのハスキーボイスと共に、4人が乗ったバイクはふらふらとスタートし、やがて暖かい南国の風を感じるまでスピードを上げた。
着いた先は、どこかの市場だった。アンとボブは僕ら二人をバイクの所で待たせて、数分後には色々と買出して戻ってきた。焼き鳥にスープ類、果物など、いろんなタイ料理が入ったビニール袋を両手にたくさんぶら下げている。
市場で賑わう現地の人々と、通りをけたたましく行き交うバイクの群れが、僕にアジアの喧騒の中に佇む自分を感じさせ、それを包み込むように茜色に染まった空が、いっそう僕を異国空間に溶け込ませるようだった。
色々買い出して次に向かった場所は、郊外の空地に粗雑に建てられた高床式の小屋だった。周囲には竹で作られた同じような小屋がいくつか点々と建てられており、吹きさらしの小屋内にはゴザが敷かれ、竹製の低いテーブル、座布団に三角枕などが無造作に置かれている。小屋の天井からは裸電球がぶら下がり、色付きの蛍光灯など簡素なイルミネーションが敷地内の所々に装飾されており、見栄えは貧相ながらも、よく言えば星空天井の屋外バーといった様相だ。
どうやら、先程訪れた家で見かけた親戚が経営している店のようだ。初めは戸惑っていた我々だったが、勧められるままに酒を煽っていると、やがて彼女たちの友達やら、親族やら、老若男女入り交じったタイ人たちの宴に招待された客のような感覚で、いい気分になり、苦手なメコンウイスキーも勢いで飲み干した。
穏やかにそよぐ南国の夜風に乗せられるまま、アルコール濃度が高いテキーラのようなタイの薬草酒ヤドンやら、コブラが入った酒などを次々飲まされ、昨晩に続き、再び僕はベロベロに酔っ払ってしまった。
エビスさんは南国娘アンと楽しそうにじゃれ合い、僕は隣に座り嬌声をあげるハスキーボイスの女の声がいつも以上に野太く聞こえ、ジャイ子のような恐怖を感じた。
そして、その晩、ホテルに戻ると僕はジャイ子のようなボブの強引な誘いに応じ、努めて彼女を抱こうと試みた。
が、再び泥酔してしまったおかげか、僕の下半身はジャイアンに怯えたノビタのように首をすくめるだけで、二晩連続でボブの期待に応えることは出来なかった…。
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