第5話 討つ相手を間違えるなよ

「では了承したのだな?」


 イチノジョウはしたり顔で戻ってきたマサツグより報告を受けて満足げに肯いた。


「はい。それとサナとリツを大変気に入った様子でした」

「ほほう。そこはキクの申した通りであったか。あのくノ一くのいちも兄上などにくみしていなければ生きながらえていたものを」

「サナとリツの二人もまんまと甘言に踊らされて」

「奴隷の醜女しこめなどいくらでもくれてやれ」


 つまらなそうに手を振りながらイチノジョウが吐き捨てるように言う。


「殿下、それよりも忍び込んだオダの間者かんじゃですが、未だに見つからない様子でして」

「構わん。どこぞにいようと歓待の宴には必ず潜り込んでくるはずだ。そのために宴を開くのだからな」

「それにしてもまさか客人をおとりに使うとは」

「コムロとやらが運悪く命を落としたとしてもそれはオダの仕業しわざ。我が方は形だけ護衛をしていればいい。それよりも間者を逃がすようなことがあってはならぬぞ。もっともコムロを殺された上に万が一逃げられた時には、その奴隷女たちがやったことにすればいいがな」

「はい、手抜かりはございません」

「キノシタにひと泡吹かせるいい機会だ。オダめ、タケダを舐めるなよ」


 イチノジョウは独り言のように呟くと、憎々しげに虚空を見つめるのだった。




「ムネトラ、王子の相貌そうぼうは叩き込んであるな?」


 少しえらが張り、顎の突き出たような顔をしたハチスカ・ヨロクは、共に建物の陰に身を潜めているトキ・ムネトラに向かって囁いた。二人の視線の先にはタケダの王城がそびえ、城門の周囲には今夜の歓待の宴に集まった人たちで混雑している。皆タケダ王国随一と噂の美男子、イチノジョウを一目見ようと躍起になっているようだ。無論宴に参列出来るのは招待された者のみではあるが、王子がバルコニーに姿を現すかも知れないとの期待を持っての参集である。


 その城門から少々離れたところにある通用門が、招待客の出入り口となっている。ここで入念なチェックを受けて、初めて中に入れるというわけだ。


「街道で見た者がオオクボから招かれた者たちだろう。あの時はスノーウルフに勘づかれてまともに確認出来なかったが、わずかに見えた男の顔は……」

「はい。聞き及んでいる王子のものとほぼ一致しておりました」

「よいか、我らが狙うは次期国王となる王子イチノジョウだ。オオクボへの手出しはまだ早いゆえつ相手を間違えるなよ」


 トキ・ムネトラは今や強大な帝国となったオダにあって、並ぶ者なしと称される弓の名手である。矢を射れば一発必中、忍軍カワナミ衆暗殺部隊の切り札とも言われる人物だった。


得物えものは手はず通りの場所に隠してある。頼んだぞ」

「はっ! お任せを」


 言うとムネトラは身なりを整え、招待客が並ぶ通用門の方へと向かって歩き出した。その手にあるのは宴の招待状である。彼は難なく通用門をくぐり、城内への侵入を果たしたのであった。


「これでタケダは大きく揺らぐ。我があるじキノシタ閣下もさぞお喜びになるだろう」


 ヨロクは顎に生えた髭を満足そうに撫でながら、城に背を向けて肩を震わせていた。

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