第4話 宴が終わったらまた楽しまれるがよかろう
「お嬢様、私たちはどうすればいいのでしょうか」
「湯浴みの間に刀を持ち去るのかと思ったけど、さすがにそれはなかったようね」
「ご主人さまは何をさせられるのでしょう?」
「分からないけど、まずはアヤカ様を見つけないと……」
「
そこへ突然扉が開き、二人の
「アヤカ様!」
「王女殿下、ご無事で何よりです」
「うむ。ヒコザは参っておらぬようじゃの」
「アヤカ様は王子殿下がヒコザ先輩に何をさせようとしているのかご存じなのですか?」
「聞いたがはぐらかされた。それより
「戴冠式ですか? そんなに長く滞在出来ませんよね」
「いや、戴冠式は三日後だそうじゃ」
「え! た、戴冠式ですよね?」
アヤカ姫はひとまず大まかなところを二人に説明して話を続ける。
「あの王子、戴冠式の場で妾に結婚を申し込んでくるやも知れぬ」
「け、結婚……ですか?」
「妾と結婚することになれば棚上げになっている同盟の話も前に進むからの」
家柄の格式ではオオクボよりタケダの方が上である。上辺だけ見れば、イチノジョウとアヤカの婚姻は政略的にも双方に利がある話なのだ。
「そしてイチノジョウ殿は妾が断ることはないと思っているのじゃろう」
「イケメンですもんね。ヒコザ先輩と瓜二つですし」
「ヒコザなら妾も考えてもよいのじゃが、どうもあの王子は気に食わん」
「ちょ、ちょっとアヤカ様! ヒコザ先輩はダメですからね!」
「そうです王女殿下! ご主人さまはダメです!」
「冗談じゃ。二人ともそうムキになるな」
「と、とにかく今は今夜の
アヤカ姫に冗談と言われて急に恥ずかしくなったユキが、取り
「それにしてもご主人さまはどこに連れて行かれたのでしょう?」
「先輩、変なことに巻き込まれていなければいいんですけど……」
三人の心配をよそに、その頃ヒコザの元にツチヤ・マサツグが訪れていた。
「コムロ殿、いかがだったかな、タケダのもてなしは?」
ツチヤさんはソファの真ん中に俺、両隣にサナとリツを座らせて、自分は正面で足を組んでいた。二人の女の子がそれぞれ俺にもたれかかるような感じでいるのは俺の指示だ。こうすれば少なくとも、
「少し驚きましたが二人ともいい
「そうか! それはよかった。サナもリツも
「いえ、この娘たちはこのまま私の許に置いておいて頂けませんか?」
「なんと! そこまでお気に召したか。よかろう、二人はコムロ殿に預けおくとしよう」
「ところでツチヤさん、王子殿下は私に何の余興をさせようと思っておいでなのですか?」
「うむ、それだがな……入ってよいぞ!」
ツチヤさんが扉の方に向かって少し大きな声で言うと、そこから鮮やかな赤を基調とした王族の衣装を持ったメイドさんたちが入ってきた。飾り物も含めるとかなりの点数になるようで、六人のメイドさんそれぞれの両手が塞がるほどの荷物となっている。他に二名ほど、化粧道具が入っていそうな小箱を持った人もいるが、こちらはメイドさんではないようだ。
「あの、これは?」
「この後の歓待の宴でな、殿下もこれと全く同じ装いでお出ましになる。そこにヒコザ殿、そなたも並んでほしいのだよ」
「はぁ……はい?」
「そなたは瞳や肌の色は違えど殿下とは瓜二つ。さすがに瞳はどうにもならんが肌は化粧で何とでもなるからな。つまり……」
「幽体離脱をやれ、と?」
「ゆうたいりだ……何だね、それは? ともかく二人が並んで出席者たちを驚かせてやってほしいのだよ」
なるほど、そういうことか。余興なんて含みのある言い方をするから何かと思えば、要は俺と王子殿下が似ているから皆を驚かせてやれということらしい。それならそうと最初から言えばいいのに、肝を冷やしたこっちが馬鹿みたいだよ。それに姫殿下やユキさん、アカネさんはもう知ってることだからね。主賓をあっと言わせることが出来ない余興なんてやる意味があるのかというのも疑問だ。
「王子殿下と二人でニコニコしてればいいんですか?」
「いや、言ってもらいたい
ツチヤさんが手渡してくれた紙にはこう書かれていた。
『皆の者、聞かれるがよい。
「あの……殷富ってどういう意味です?」
ちゃんとフリガナが振ってあったので読めたが、意味が全く分からない。
「豊かに栄える、ということだよ」
「ああ、そういう意味ですか」
よし、言葉の意味は分かった。しかしこれを俺が読む意味は分からないままである。
「では頼んだぞ。準備が整ったらその者たちの案内に従うがよい」
「分かりました。それで、この
「気に入ったところをすまんが、サナとリツを歓待の宴に同席させるわけにはいかぬ。二人はここに残しておくので、宴が終わったらまた楽しまれるがよかろう」
ツチヤさんはそう言うとそそくさと部屋を出て行ってしまった。ただ、その表情に薄ら笑いが浮かんでいたことに、俺が気づくことはなかった。
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