第13話 武闘派サイカ流・くノ一(前編)
「か、カシワバラさん、どうしたの?」
数日後の朝、登校してきたカシワバラさんを見て俺は思わず驚いた声を上げてしまった。彼女の腕や足の至るところに包帯が巻かれていたからである。幸いにして顔はきれいなままだったが、その痛々しい姿は尋常ではなかった。
「ちょっと階段から落ちてしまって……」
「大丈夫?」
階段から落ちたにしては露出している肌の部分に見える傷は刃物で切ったように見える。あざもあるから思い過ごしなのかも知れないが、いつものカシワバラさんの様子と違うので気になってしまうところだ。
「大丈夫ですよ」
彼女はそう言って微笑んだが、瞳には先日に引き続き寂しさのようなものが窺えた。それに目元は泣きはらした後のように腫れぼったく、あのほんのりとした甘い香りも漂ってこない。普通の石けんのような香りはするのでそれはそれで嫌いではないが、本当にどうしてしまったのかと心配になってくるよ。しかしカシワバラさんはそんな俺の思いをよそに、静かに黙って席につき何か考え事を始めた
カシワバラ・スズネと名乗って近付き、ヒコザを家に招いて夕食を共にした日から数日後の
「シノ殿、よもや
「
「ではお尋ねしますが、先日まんまと家におびき寄せておきながら術を解いてそのままヤツを帰したのはなぜです? キク様も大変嘆いておられますよ」
「それは……」
「まさか相手に惚れたわけではありませんよね。失敗すれば次は力尽くということになりますが、その場合はシノ殿のお命もなくなります」
「そのようなことは……」
「
シノとて自分に科せられた任務を忘れたことなど一度もなかった。むしろそのせいで今、彼女は心に葛藤を抱えているのである。
それからもう一つ、シノはキクに対する不信感を持っていた。これまで女棟梁キクはくノ一の、いや自分にとっての最上の人であった。いつも心ゆくまで愛撫してくれる細く長い指先、その口から語られる自分を可愛いと褒める甘い言葉。しかしキクが恋しくて訪ねたあの日、これまでのことがすべて偽りだったと知ってしまったのである。
男との間で交わされていた会話を盗み聞きしたのは自分の罪だ。だが知ってしまった真実はシノの心に怒りよりも深い悲しみを刻み込んでいた。だから余計にコムロ・ヒコザの何気ない優しさが救いになっていたのかも知れない。無論それは
「キク様は早い結果をご希望です。もう一度だけ機会をお与え下さいましたが今回の失態には仕置きせよとのご命令です。ご抵抗は無用になさいませ!」
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