第5話 隣に座っただけなのにドキドキしちゃうよ

「ヒコザ! ヒコザ! すごいじゃん、国王陛下の騎士なんて! 私も鼻が高いわ」


「ちょっとケイ、ヒコザ君……ヒコザ様を呼び捨てはマズいって」

「いいじゃない、私とヒコザの仲なんだから」

「いいえ、ケイ先輩、サー・ヒコザです。他の人に示しがつきませんのでケイ先輩はそうお呼び下さい。キミエ先輩とクミ先輩は今まで通りでいいと思います」

「ちょっと、何で私だけ……って、どうしてアンタにそんなこと言われなきゃいけないのよ!」


 俺の隣にユキさん、正面にはキミエさんとクミ先輩、ケイ先輩の三人が並んでいる。


 ケイ先輩がどうして自分の鼻が高いなどと言うのかはスルーして、今は全校集会が終わって朝のホームルーム前のひとときだ。俺がクラスメイトやちょっとだけしゃべったことのある人、後輩の女子などからもみくちゃにされているところをユキさんが助け出してくれたというわけである。そこへ現れたのが三人の先輩だった。ちなみに敬称の件は何とか全校集会で皆に今まで通りでいいと伝えることが出来たよ。


「ケイ先輩、出来れば俺も呼び捨ては勘弁してほしいと……サーはいいので、せめてキミエさんと同じように君付けとかにしてもらえませんか? あとキミエさんも、様とか付けないで今まで通りでいいですから」

「だってヒコザ……」

「サー・ヒコザです」

「ユキさん……ケイ先輩、一応これでも国王陛下の騎士なので呼び捨てはちょっと……」

「サー・ヒコザです!」


 どうあってもユキさんは譲りたくないらしい。


「わ、分かったわよ! ヒコザなんてもういい! キミエ、クミ、行くよ!」


 そう言うとケイ先輩はきびすを返して立ち去ってしまった。キミエさんとクミ先輩は二人して手を合わせ、俺に向かってごめんなさいというジェスチャーをしてその後を追う。どうでもいいけどユキさん、あっかんべするのやめなさいって。可愛いなあ、もう。


「さて、俺たちもそろそろ教室に向かおうか」

「はい。ではまたお昼に」




「静かに! 静かに!」


 俺が教室に入ると再びクラスメイトたちに取り囲まれてしまった。絶対数が少ないとは言え貴族は特段珍しいというわけではないので、皆の関心事はやはり王族関係のことらしい。王女殿下には会ったのかとか、卒業したら王城騎士として働くのかとか、行く行くは王族になるのかなどとんでもない勘違いもあったけど。こうなることが分かっていたから王女殿下からたまわった懐剣かいけんは未だに誰にも見せてないんだよね。そこへ担任のコバヤカワ先生が入ってきたというわけである。


 コバヤカワ先生は教師になってまだ五年ほどの若手で、がっしりした筋肉質の体にこっち基準でそこそこイケメンなので女子からの人気は高い。聞くところによるとすでに数人の卒業生と結婚しているらしいから、在校時から付き合ったりしてるのかも知れない。もっともこちらの世界ではそれで罰せられたり倫理観を疑われたりということはないので、先生を責める理由はどこにもないということだ。ちなみに男子ウケはいいとも悪いとも言えず、俺も特に好きでも嫌いでもないといったところである。


「皆コムロ君のことが気になって仕方ないかも知れないが……」


 先生が俺の方を見てニヤリと笑うと、教室内でもどっと笑いが起こる。いや、俺を引き合いに出すのはやめて下さいよ。


「もう一つ、知らせることがあるんだ。皆に新しい仲間、転校生を紹介する」


 転校生とは、こんな中途半端な時期にまた珍しい。


「カシワバラ、入りなさい」


 言われて教室に入ってきたのは女子だった。その瞬間から皆の間に少しのざわつきと、嘲笑ちょうしょうのような息遣いが感じられる。肩までの銀髪に大きな青い瞳、そして卵形のきれいな顎のラインとかなりボリューム感がある胸は正に俺の好みにぴったりだ。つまり他の皆からするとその転校生は相当なブサイクということになる。


「初めまして、カシワバラ・スズネと申します。父の仕事の都合で隣国のタケダ王国より参りました。これからよろしくお願いします」

「ほらどうした、拍手ぐらいしないか」


 先生の言葉で女子は普通だったが、男子は面倒くさそうにパラパラと拍手していた。転校初日で不安なはずなのに、いくら何でもそれは可哀想だよ。ということで俺だけは真面目に歓迎の意味も込めて拍手する。


「カシワバラの席は……そうだな、コムロ君の隣が空いてるからそこに。一番後ろの大きな彼だ」


 そこで今度は女子がやっかみのヒソヒソ話を始める。しかし現在このクラスで空席となっているのは俺の隣しかないのだから仕方ないだろう。俺はカシワバラさんが分かりやすいように手を挙げて合図を送った。


「あ、あの、初めまして。よろしくお願いします」

「うん、よろしく」


 教室のただならぬ雰囲気におどおどしていたカシワバラさんだったが、俺がにこやかに挨拶したお陰で少しは安心したようだ。席に着く時にふわっと香った彼女の控えめな甘い香りも心地よかった。それにしてもこの人、何というかエロさがハンパない気がする。隣に座っただけなのにドキドキしちゃうよ。


「さっき全校集会で見ました。国王陛下の騎士になられたんですね。おめでとうございます」

「ありがとう」


 それからしばらくの間、俺はまだ教材が揃っていないカシワバラさんと机をくっつけて授業を受けることとなった。

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