第8話 私が帯刀していない時は敬語は禁止!

「あ、あの……」


 こういう時にイケメンってめちゃくちゃ楽だ。じっと瞳を見つめるだけで相手が恥じらってくれるのである。しかもこっちの世界では俺が可愛いと思う女の子ほどモテないので、そういう子は男性に対する免疫もほとんどないと言っていい。それは今目の前にいるユキさんも例外ではなかった。彼女は耐えきれなくなったのかふいっと目をらし、小さな声でつぶやいた。


「そ、そんなに見つめられますと……恥ずかしいです」


 これはたまらない。ユキさんの恥じらいはさらに俺をときめかせてくれた。


 実はキミエさんもじっと見つめると時々恥じらった表情を見せてくれるが、あの人もかなりモテるのでユキさんほどの効き目はない。クミ先輩には試したことがなく、ケイ先輩に至っては逆に自信満々で見つめ返してくるほどである。つくづく俺の好みに反しているし思わせぶりな態度を取ったこともないのに、どうしてケイ先輩だけはああもグイグイくるのか謎だった。


 それはいいとして今はユキさんだ。俺は自分でも信じられないくらいにユキさんにかれていくのが分かった。ときめきたいなどと言いながら実際は一度八十年近い人生を歩んでいるので、もしかしたら恋愛感情など枯れてしまったのかも知れないと思うこともあった。しかしそれがユキさんを前にしてふつふつと湧き上がってきたのである。やはり心と体が若返ったお陰で活力もよみがえったということだろうか。


「ユキ様、どうかご自分をそんなに卑下ひげなさらないで下さい。私は本当に……」

「も、もう分かりましたから! お願いですからそんなに見つめないで下さい」


 両手で顔を覆ってしまうユキさん。こういうのを羞恥しゅうちプレイって言うのかな。ケイ先輩にもこの初々しさがほんの少しでもあったら、ちょっとは俺の印象も変わっていたかも知れないのに。


「ユキ様?」

「そ、それからヒコザさん!」


 しかしユキさんはすぐに顔から手を離して、両手にこぶしを握り締めて叫んだ。びっくりした。


「は、はい、何でしょう?」

「その、様というのはおやめ下さい」

「いや、しかし……」

「しかしもお菓子もありません! だいたいヒコザさんはおいくつなんですか?」

「はい? 少し前に十六になったばかりです」

「なら高等四年生ですよね? 私は一つ年下の高等三年生です。私の方が年下なんですからやはり様はやめて普通に呼んで下さい」

「ですがユキ様は男爵様の……」

「で、ではその男爵の娘である私が命じます。様はやめて普通に呼ぶこと!」


 困ったなあ。いくら年が下だからと言って、貴族令嬢のユキさんを呼び捨てとかさん付けで呼ぶのは気が引けてしまう。しかし当のユキさんの命令とあっては逆らうことも出来ない。


「承知しました。ではユキさんと呼ばせていただくことにします」

「そうして下さい。それとあともう一つ……出来れば敬語もやめてほしいです……」

「い、いや、それは勘弁して下さい。いくらユキさんがよくても貴族様相手にタメ口はさすがに……」

「では、私が貴族と分からなければいいですか?」

「いえ、そういう問題では……」

「ならこうしましょう。私とヒコザさんの二人だけしかいなくて、私が帯刀たいとうしていない時は敬語は禁止!」


 それはつまり今の状況ってことですよね。ユキさんは帯刀していなければ、ミニ浴衣を着た単なる町娘にしか見えない。俺が彼女を連れてタメ口をききながら歩いても、誰にもおとがめを受けることはないということである。


「分かりました。ユキさんがそう言われるのなら二人だけの時はそうします」

「ヒコザさん、そうしますではなく!」

「そ、そうするね」

「はい!」


 ユキさんの顔は相変わらず赤かったが、ようやく笑顔に戻ってくれた。おかしさに笑い転げるユキさんも可愛いが、こうして俺に向けられた笑顔はそれより数十倍も数百倍も魅力的に感じる。


「それじゃ行きましょ……行こうか」

「はい!」


 それから俺とユキさんはチュウタの店で無事にキミエさんたちと合流することが出来た。気づけばチュウタと約束していた昼八つ、午後二時を少し過ぎたくらいである。店もいていたので、ユキさんが増えてもみんなで一つのテーブルを囲むこともでき、チュウタも休憩をとって仲間に入ったのでそれなりに和やかな昼食となった。


 ところで再会したケイ先輩は、なぜかユキさんに優しくなっていた。どういう心境の変化なのかとキミエさんに尋ねたら、ケイ先輩はユキさんを自分の引き立て役として認識を改めたそうだ。ケイ先輩、それってかなりひどいと思いますよ。でもまあ、それでみんな仲良くお祭りを楽しめるのなら、今のところは聞かなかったことにしておこうと思う。


 ケイ先輩、俺にとってはあなたがユキさんの引き立て役にしか見えませんから。

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