第9話 俺の彼女に向かってブサイクとは、随分な言いようですね

 オオクボ・アヤカ姫殿下の裳着もぎの式典は盛大に執り行われ、祭りはその後も大盛況の中で幕を閉じようとしていた。


 俺はというと、初日こそキミエさんたちにユキさんを加えた五人だったが、二日目以降はユキさんと二人きりで祭りを楽しむことが出来た。それというのも姫殿下がユキさんに、祭りの期間中は俺と行動を共にすることを命じたからである。あの命令は二人に会った祭りの初日だけかと思っていたのだが、思い起こせば姫殿下は確かに祭りの間はユキさんのともをするように、と言われていた。一体俺のどこがそんなに気に入られたのか分からなかったが、ユキさんによると姫殿下はたいそう俺を気に入ったそうだ。そこで付き人の一人であるユキさんを俺に預けたということらしかった。


「ヒコザさんはご迷惑でしたよね?」


 祭り二日目の朝、街道のちょっとおしゃれな茶店ちゃみせで待ち合わせた俺たちだったが、ユキさんは会った早々こんなことを言い出した。今日も帯刀たいとうしていない彼女に対して、俺はタメ口で話さなければならないことになっている。


 そんなユキさん、今日はミニ浴衣ではなくパステルピンクのミニワンピに、スカートの裾を始めとしてところどころ白のレースがあしらわれた可愛らしい私服姿だった。聞くとこの衣装も姫殿下の指示らしい。長い髪は大きめの赤いリボンでポニーテールにまとめられている。可愛すぎて鼻血が出そうだよ。姫殿下、グッジョブです。


「そんなことないって。姫殿下に感謝しているくらいだから」

「ヒコザさん……やっぱりモテる人って女の子を喜ばせるのがお上手なんですね」


 奥ゆかしいのはいいんだけど、ユキさんはどう言っても俺がお世辞を言っているとしか思ってくれていないらしい。肩にかけたポシェットを両手で持って、うつむきながら恥じらっているばかりである。


「ユキさん、手をつないじゃだめかな?」

「はい……はい? て、手を、ですか?」

「うん、ほら、この人混みだからはぐれちゃったらいけないし」

「あ、あの……そ、そうですよね。殿下のご命令ですもんね」


 言いながらもユキさんはポシェットから手を放そうとしない。ただ実際に街道は物凄い人の波で、うかうかしていると互いに呑み込まれてはぐれてしまいそうなほどなのである。


「で、でも、私なんかと手をつないだら、ヒコザさんが恥ずかしくないですか?」

「ん? どうして?」

「だって私とヒコザさんとじゃ釣り合いが……あっ!」


 こうしていてもらちがあかないので、俺は半ば強引にユキさんの手を取った。思った通り、ユキさんの手は温かくて柔らかい。しかし恥ずかしさのせいかユキさんは慌てて手を引っ込めようとしたので、俺は放さないようにさらにしっかりと握った。


「ひ、ヒコザさん……」

「ごめん、痛い?」

「い、いえ、大丈夫です」

「そう、ならよかった。行こうか」

「は……はい……」


 それにしても無遠慮というか何というか、すれ違う人はみんな俺たちを好奇の目で見るばかりだった。中にはユキさんを見て、まるで道化師でも見たかのように吹き出す失礼なやからまでいたほどである。その度にユキさんは萎縮いしゅくしそうになるのだが、俺はお構いなしにユキさんの手を握り続けた。


「あの、ヒコザさん……」

「ん?」

「その……皆の視線が……」

「気にすることないよ。堂々としていればいい」


「ねえ、そこのイケメンお兄さん」


 そこへいきなり二人の女子が立ちはだかった。俺たちの行くてをはばむように立っていたので、立ち止まらないわけにはいかない。ユキさんはさっと俺の後ろに隠れてしまう。見ると二人はこっちの世界ではかなりの美少女、つまり俺から見たら相当のブサイクということになる。その二人はユキさんと似たようなミニワンピを着ていたが、異常なほどにたけが短いのでもうちょっとでパンツが見えそうである。ただし俺は見たいとは思わないけどね。


「イケメンって俺のことですか?」

「そう、あなたのこと。ねえ、そんなブサイクな女より私たちとイイコトして遊ばない?」

「俺の彼女に向かってブサイクとは、随分な言いようですね」

「か……かの……」


 ユキさんは途端とたんに真っ赤になってあわあわしている。やっぱこの人は本当に可愛い。でも今はそこにツッコミ入れないで下さいね。


「え? そのブサイク、あなたの彼女なの?」

「だから何なんです? ブサイクブサイクって、失礼にもほどがありますよ」

「だって、ねえ……」


 二人は顔を見合わせると、ユキさんに目を向けて吹き出すような仕草を見せた。これには俺も心底頭にきたよ。


「いいからどいてくれませんか?」

「いいじゃん、そんなのほっといて私たちと遊ぼうよ。三人で気持ちよくなろっ!」

「遠慮します!」

「ええ? なんで? 絶対楽しいってば!」

「はあ……しつけえよ、消えろブス!」


 俺は苛立いらだちが頂点に達したので、少々ドスが利いた声で二人を威嚇いかくしてやった。俺にとってはお前たちの方があり得ないくらいブサイクに見えるんだよ。スレスレのミニなんか着やがって、似合ってないし気色悪いったらありゃしない。


「な、何よ! アンタ頭おかしいんじゃないの?」


 俺にブス呼ばわりされた二人は周囲に集まった人たちの目も気になったようで、悪態をつきながらその場を立ち去っていった。これを見ていた人たち、主にこちらでブサイク認定されている女子たちからは賞賛の拍手をされてしまった。そうなるとさすがに俺も恥ずかしい。


「い、行こうか」

「はい!」


 俺は改めてユキさんの手を握りしめ、出店の並ぶ街道を足早に歩き始める。その時のユキさんの顔は、何となく嬉しそうだった。




「アタシらをブス呼ばわりとは……」

「ああ、くノ一くのいちきっての美形と言われている我らを愚弄ぐろうするとはいい度胸だ」

「これはあのお方に報告して対策を講じる必要があるな」


 去って行く二人、コチョウとサユリの会話が俺たちの耳に届くことはなく、路地を曲がったところで彼女たちの姿は霧のように消えていた。

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