戦争がやってきた

 キュリキュリキュリという金属が擦れる音とブオンブオンという低く騒がしい音で目が覚めた。とてつもない騒音だ。

 どうやら頭上の屋根の上を戦車の車列が走っているらしい。

 あまりに近すぎてよく見えないのだが、どうやら味方の戦車らしい。エンジン音からして重戦車だろう。雑に白いペンキで塗りたくった車体がかろうじて見える。

 キャタピラに轢かれそうになりながら、屋根の上まで上がって空を見上げると、昼間にもかかわらず、雲と煙に包まれて暗かった。地平線の辺りだけが鈍色に光っていた。

 傍らでは何十輛もの戦車が列を作って走っていく。北の方の戦線から急いで帰ってきたのだろうか、雪景色用の白塗料が真っ黒な大地に目立っている。


 遠くの空からサイレンが聞こえてきた。大昔の映画か何かで聞いた「空襲警報」のサイレンだ。地平線の上には無数の黒い点が浮いている。

 目を凝らして視覚を拡大していくと、黒い点は敵の重爆撃機だと分かった。四発の大型爆撃機の大群だ。何十機、何百機もの大群が押し寄せている。

 更に良く見ると、双発の攻撃機や戦闘機の編隊も無数にある。

 レシプロエンジンの爆音が空を満たしていた。気が付くと私の視点も何百メートルもの高空にある。

 突然、下から空を切り裂き、味方の戦闘機が一機、駆け上がって敵の爆撃機編隊に向かっていった。

 たった一人で何百もの大編隊に向かって機銃を撃ちまくる。敵の爆撃機からは曳光弾の雨が戦闘機に向けられる。それでも味方の戦闘機は銃弾の雨をよけながら何機かの爆撃機を仕留めた。火を噴く爆撃機。

 別の機種の味方戦闘機が三機、急上昇してきた。主翼の短い局地戦闘機のようだ。星形十二気筒の重低音が耳をつんざく。

 高射砲の弾幕が空中で花開き、爆撃機の周りを炎と黒い煙の花びらが次々に開いていく。

 先程、私の家の上を走っていった戦車隊も戦車砲を撃ちまくっている。

 あちこちから見方の戦闘機や迎撃機が舞い上がってきては、爆撃機の銃座がそれを迎え撃つ。四方八方へ曳光弾のシャワーが撒き散らされる。

 敵の戦闘機隊が増槽を落として、味方の戦闘機に噛み付いていった。

 隊列を崩さず、目標に向かっている敵の急降下爆撃機隊の上空から見方の戦闘機帯が急降下してきて、爆撃機を次々と撃破する。

 急降下爆撃機が急降下した戦闘機にやられていた。残った数機は爆弾を捨てて煙を吐きながら隊列から離れていった。


 地上でも何処かから忍び寄ってきた敵の戦車隊が疾走しながら戦車砲を撃ちまくっている。その周りでは敵の歩兵が小銃を撃ちまくりながら走っていた。敵の戦車隊は何処からともなく何十両も湧き出してくる。

 地上スレスレでは戦闘機同士が巴戦をしている。今にも地面に触れそうになりながら、信じられないほどの低空を敵味方の戦闘機が舞っていた。

 大地や道路を別の戦闘機の機銃掃射が二列の土煙の並木を連立させている。次々と敵味方の戦闘機や爆撃機が煙の尾を引きながらゆっくりと、或いは急速に高度を下げていく。不時着できそうな場所を探しながら旋回する爆撃機。炎と煙の長い尾を引きながら真っ逆さまに落ちていく戦闘機。片方のプロペラが止まった三座式の攻撃機のコクピットに炎が一気に満たす。

 それでも爆撃機の大編隊は辛抱強く、只ひたすらに目標に向かって飛んで行く。

 突然、無傷の味方戦闘機が一基のエンジンが止まった敵爆撃機向かってまっしぐらに向かっていき、体当りした。二機は空中で大爆発して粉々に散っていった。

 敵の爆撃機の銃座の一つは援護している自分の味方戦闘機に弾幕を向けている。

 大空に満ちているのは炎と煙と爆音だけではない。

 狂気が満ちている。

 どこからともなくジワジワと湧き出した狂気を飛行機の軌跡が切り裂いている。

 その時、近くを物凄いスピードで大きな双発のジェット戦闘機が舞い上がって、青い噴射炎を見せながら遠ざかっていった。


 そこで漸く私は気付いた。

「ここは”今”ではない…」


 すると、何処かはるか遠くでロケットが噴煙を吐き出しながらゆっくりと上昇していくのを感じた。ずんぐりしたロケットが徐々に加速しながら舞い上がっている。

 アレは月へ行くのでも、自由落下軌道に乗るのでもない。

 私はその事実に気付いて、突然眼が覚めた

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